東京あれこれ

2019年10月 5日 (土)

「世田谷郷土かるた」

 このようなものを入手しました。
Setagayacard01
 発行者は、こどもたまがわ文化の会で、ボロ市推進委員会が協賛、世田谷区教育委員会が推薦。昭和53年12月発行です。

 私は昭和32年10月から昭和60年3月まで世田谷区民でしたし、昭和60年以降も平成8年まで帰省先が世田谷区ということで準区民のようなものでした。それで、世田谷区には愛着があります。
 ただ、世田谷区は東京23区の中で最も面積が広く、わが家は区のヘリ付近でしたので、知らない場所も多いです。

 絵札から6枚。
Setagayacard02

 対応する読み札。
Setagayacard03

 「い」は松陰神社ですね。「さ」は鷺草にまつわる伝説。鷺草は世田谷区の区の花で、毎年春先に、世田谷区役所や出張所で鷺草の球根の無料配付が行われ、貰ってきて育てていました。花も咲きましたし、新たに球根も採れたのですが、やがて絶えてしまいました。「し」は懐かしの玉電。解説に依れば明治40年の開通だそうです。「て」のでんぎり山というのは知りませんでした。駒沢競技場は家から徒歩15分ほどでしたので、遊びに行ったこともあります。「と」の等々力渓谷に初めて行ったのはつい数年前です。「ま」は豪徳寺ですね。このかるた、ひこにゃんの生まれる大分前です。

 しおりが付いています。
Setagayacard04

 以下のように、1ページにかるた1枚ずつの詳しい解説が書かれています。
Setagayacard05

2019年9月29日 (日)

明治40年の市街線入り東京全図

 このようなものを入手しました。
M40shigaisen01

 上は表紙で、中身は以下のようなものです。
M40shigaisen02
 上が西です。左方向に90度回転させると通常の向きになります。

 「東京全図」とありますが、範囲は、赤坂区、芝区、神田区、下谷区、麻布区、浅草区、本郷区、牛込区、四ッ谷区、小石川区、本所区、深川区の12区です。
 新宿も渋谷も品川も、まだ郡部です。

 区と郡の表が載っています。郡部は以下の通りです。
M40shigaisen03

 玉電の経路はこの地図の範囲外ですが、別枠で乗っていました。
M40shigaisen04

 玉電は、多摩川の川原の砂利を運ぶために引かれたと聞いたことがあります。ずいぶん昔から通っていたのですね。

 びっくりしたのは現在の世田谷線です。右端の渋谷駅から左へ延びてきた線路が三軒茶屋で分岐して、一方は玉川へ、もう一方は現在は下高井戸に行きますが、この路線図では、松陰神社のあたりから下に折れて用賀で本線に合流しています。これは全く知りませんでした。

 以前ご披露した昭和12年の地図を載せます。
M40shigaisen05

 比較すると、三軒茶屋から駒沢の間に、昭和12年の地図では3駅あります。私が玉電を使っていた頃も同様でした。明治40年の地図では三軒茶屋と用賀の間は旭橋の1駅のみです。この駅名は知りませんでしたが、位置は後の上馬駅付近ではないかと思います。私が通っていた小学校は旭小学校という名で、もとは上馬駅付近にあったと聞いたことがあります。そのあたりに旭橋という地名があったのなら、学校名はその「旭」を採ったと思われます。

 すみません。途中から個人的な懐かしさからローカルな話になってしまいました。(^_^;

2019年9月 7日 (土)

昭和12年の東急沿線案内

 このようなものを入手しました。
S12tokyu01
 名称は「沿線案内 東横.目蒲.玉川電車」ということになりましょうか。
 当時はまだ東急電鉄という名称はなかったかもしれません。
 東横線はそのままですが、目蒲線は目黒線と名を変え、玉川電車(玉電)は新玉川線から田園都市線となりました。
 小中高校の時代は玉電のお世話になり、大学以降は目蒲線のお世話になり、今は大井町線と目黒線のお世話になっている私ですので、つい手が出てしまいました。ローカルな路線です。

 裏です。
S12tokyu02
 字が小さいですが、沿線の名所案内、四季の見どころ、運賃表などが並んでいます。

 渋谷駅付近。
S12tokyu03
 東横百貨店がど~んと描かれています。
 近隣の青山学院、國學院、赤十字病院よりもずっと巨大に。(^_^)
 さらに、「東横百貨店」の文字が赤字で、赤枠で囲われています。盛大にアピールしています。
 東横のマーク、懐かしいです。
 渋谷駅から斜め左上に延びているのは玉電です。
 左に延びているのは東横線。渋谷駅の隣の並木橋という駅は今はありません。

 東横線沿線。
S12tokyu04
 中央を横に走っているのが東横線です。
 左にある自由が丘駅の隣が「府立高等」「青山師範」となっています。今は「都立大学」「学芸大学」です。
 この旧称は初めて見ました。

 玉電沿線。
S12tokyu05
 右下隅の三宿から、太子堂を経て、三軒茶屋で分岐します。左が本線、上に延びているのが支線で、今も世田谷線として残っています。
 子供の頃、私の家の最寄り駅は上馬でした。三軒茶屋から駒沢までの間に上馬を含めて3駅あります。玉電が地下化されたときに、この3駅は廃止されてしまいました。その時はうちはもう引越した後でしたが、この3駅を利用していた人たちは随分不便になったことと思います。

 大井町線沿線。
S12tokyu06
 上野毛の下と等々力の左に「分譲地」とあり、尾山台の下には「貸住宅地」とあります。
 東急が宅地開発も手がけていたのでしょう。関西の阪急と同じ手法ですね。

 裏面の冒頭。
S12tokyu07
 沿線名所案内の冒頭が東横百貨店です。(^_^;
 山の手随一の百貨店、堂々たる百貨殿堂、日々千客万来の盛況は他の追随を許さず、など大絶賛しています。(^_^;
 次項の東横映画劇場にも、山の手随一の映画殿堂という文言があります。
 今も、大井町線に乗ると、「次は大岡山。東急病院最寄り駅です」など、しっかり東急グループの宣伝が入ります。

 沿線名所案内の後半から。
S12tokyu08
 豪徳寺の項に、「俗に「お猫さん」と称する猫塚があり招福の吉祥として花柳界方面の信仰が厚い」とあります。
 豪徳寺には何度か行きましたが、これは知りませんでした。今は溢れんばかりの招き猫が有名ですが。
Gotokuji04

 あ、これかも。
Gotokuji11
 あ、でもこれ、お堂であって、塚ではありませんね。
 今度確かめに行かねば。

2019年9月 1日 (日)

お食事会&変わりゆく渋谷2019

 今日は、毎年恒例の昼食会が渋谷でありました。会場も4年連続同じ場所です。去年もブログのネタにしました。
 去年と同様、お料理を載せます。写真だけですみません。(^_^)

 飲み物は黒糖梅酒にしました。去年と同じです。
Shunsai20

 前菜:無花果胡麻チーズ 柿 鮟肝 胡麻味噌 青味
Shunsai21

 造里:お造里3種盛り
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 容器は去年と同じでした。ユニークな容器で、去年は容器に気を取られて中身を撮るのを忘れました。
 今年は、給仕の人が容器の蓋を持って行ってしまったので、蓋の写真が撮れませんでした。
 去年の写真を載せます。
Shunsai10

 焼物:牛角煮と松茸の湯葉焼き くこの実 カシスマスタード 青味
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 進肴:松茸 春菊 水菜 菊花浸し いくら 振り柚子
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 煮物:萩真丈 揚げ松茸 海老芋おかき 青菜 蕪餡
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 食事:本日の代わり御飯/香物:二種盛り/留椀:赤だし汁
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 デザート:本日のデザート
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 デザートにアイスクリームは入っていませんでした。残念。
 アイスクリーム断ち、2ヶ月ほど続いていますが、今日だけ食べてしまおうかしら。(^_^;

 恒例により、25階の会場からの眺望です。
Shunsai27

 去年の。
Shunsai18

 中央やや左に建造中のパルコのビルが大きくなっていますが、まだ完成には到っていません。

 東急本店の駅側のご近所が空き地になっていました。
 いずれ何かが建つことでしょう。
Shunsai28

 ヒカリエで開催中のネコ展には行きませんでした。

2019年7月23日 (火)

来年3月に東横閉店

 ローカルな話題ですみません。

 昨日のニュースで、来年の3月に渋谷の東横(東急東横店)が閉店すると知り、驚きました。
 渋谷駅周辺は、ここ何年も大規模な再開発工事中で、いつ果てるとも知れません。
 東横も工事中で、だいぶ狭くなりました。でも、いつかは工事が終わって、大々的にリニューアルオープンするものと思っていました。
 それが、まさか閉店とは、……とは。東急グループの大本山と思っていましたに。
Toyoko01
 上の画像は、東急プラザが閉店するときに、店内に展示されていた渋谷駅付近のジオラマです。このジオラマのことは、以前、当ブログでもご紹介しました。

 もう1枚。
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 東急プラザに先立って、東急文化会館もなくなってしまいましたし。
Toyoko03
 渋谷は大きく変わります。
 子供のころから東急線沿線に暮らし、渋谷は一番身近な大きな街でしたので、何ともさみしい思いがします。


2019年5月 4日 (土)

渋谷109の看板

 今日は渋谷に行きました。
 渋谷、相変わらず混んでいます。人でいっぱい。
 例のスクランブル交差点では、写真を撮りながら渡る人もいて、邪魔。(^_^;

 その交差点の所で信号が変わるのを待っていたら、109の看板(?)が変わっていることに気づきました。
109a
 オサレになりました。そういえば、少し前にネットニュースで見たような。

 109にはまだ行ったことはありませんし、どんな物を売っているのかも知りませんが、私に縁のないビルらしいことは何となく分かります。(^_^; ただ、あの看板は大盛堂などに行くときに目に入っていましたので、感慨はありました。

 私のHDDの中にもとの看板の写真があるかと探したのですが、下の写真ぐらいしか見つかりませんでした。
109b
 確かに、109の看板を撮そうと思ったことは今までありませんでした。上のような写真でも見つかって良かったです。(^_^)

 

2019年4月22日 (月)

八丁堀の旧京華小学校(2)

 昨年10月に仕事で八丁堀に行きました。時代劇ではおなじみの土地ですね。(^_^)
 駅の近くに旧京華小学校がありました。帰宅してからググってみたら昭和4年竣工という歴史のある建物で、ユニークな形をしているということでした。でも、現地で見たときにはそういった予備知識がありませんでしたので、こういう写真しか撮りませんでした。
Hacchobori02
 今日また八丁堀に行く用事がありましたので、角度を変えて撮りました。
Hacchobori03
 もう少し別角度から。
Hacchobori04
 さらに。
Hacchobori05
 これは並木に遮られていて、建物がよく見えませんね。

 でも確かに当時としてはずいぶんユニークな建物だったのではないかと思います。

 写真を撮っていたら、たまたまこういうバスが通りました。
Hacchobori06
 京華小学校とは何の関係もありませんが、八丁堀という江戸繋がりで、良いタイミングでした。(^_^)

2019年3月 5日 (火)

谷中の全生庵

 3日前に千駄木の団子坂下に行ったことを書きました。団子坂下の交差点から谷中に向かって歩いて行くと、左側に全生庵という臨済宗のお寺があります。
Zenshoan01
 ここには、山岡鉄舟、三遊亭円朝、弘田龍太郎の墓があるというので、境内に入ってみました。

 山岡鉄舟の墓。
Zenshoan02
 賛碑。
Zenshoan05
 解説板。
Zenshoan06
 三遊亭円朝の墓。
Zenshoan03
 追悼碑。
Zenshoan07
 解説板。
Zenshoan08
 弘田龍太郎の墓。逆光になってしまうので斜めからの撮影になりました。
Zenshoan04
 曲碑。「叱られて」の楽譜が刻まれています。
Zenshoan09
 解説板。
Zenshoan10

 境内に金の菩薩像がありました。
Zenshoan11

2019年3月 2日 (土)

金栗足袋発祥の地

 今日は所用で千駄木に行きました。地下鉄を降りて地上に出ると、団子坂下の交差点です。交差している両方の道の街灯にこういうものが下がっていました。
Kanakuritabi
 NHK大河「いだてん」に登場する足袋屋さんはこの近辺にあったのでしょうか。マラソン用に足袋を改良していったというのは大きな功績と思います。

 この垂れ幕(というか、何というのでしょうか。ワッペンかペナントかなぁ)、町おこしですね。文京区が設置したのでしょうか。力を入れていますね。

 交差点付近は人通りが多いので、その近辺で撮影するのは恥ずかしくて、少し谷中方面に歩いて行ったら、これ、忽然と消えました。文京区千駄木から台東区谷中に踏み込んでしまったようです。両区の境界が切れ目になっています。

 仕方ないので、用事が済んだ後、また駅前に戻って撮影しました。ま、撮していても誰も私のことなんぞ見やしません。(^_^;
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