文学

2022年9月20日 (火)

『はてしない物語』

 数日前、エンデの『はてしない物語』を初めて読む人は、岩波少年文庫ではなく、ぜひハードカバーでという記事をネットで読みました。
 その理由については、ネタバレになるということで書かれていませんでしたが、気になります。
 で、買ってしまいました。(^_^)
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 ハードカバーは一時的に版元品切れのようで、購入したのは古書ですが、状態は新本同様でした。

 結構ぶ厚いです。
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 表紙。
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 中を開くと、本文の文字色は緑とセピアでした。こういう本は初めてです。
 この色にも意味があるのでしょう。

 ページをパラパラとめくって、重大なことに気づきました。
 私、カタカナの人名、地名が苦手だったのです。
 頭に入りません。
 読めるかなぁ。(^_^;

 子供の頃は、『宝島』だの『十五少年漂流記』だの、何の抵抗もなく読めていたのですが、いつの間にこんなことになってしまったのか。
 日本の人名、地名は子供の頃からずっと問題ありません。
 頭が横ではなく、縦なのでしょう。

 いつものことながら、いつでも読めると思うと読まないんですよねぇ。
 ま、そのうち。

2022年9月12日 (月)

政子が実朝のために選んだ歌(補遺)

 9月4日のNHK大河「鎌倉殿の13人」に、政子が実朝のために抜き書きした和歌の束が登場しました。
 その一番上に載っていた紙に書かれた和歌について、「「鎌倉殿の13人」で、政子が実朝のために選んだ歌」、「政子が実朝のために選んだ歌(たぶん完結編)」の2つの文章を載せました。
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 今回はその続きです。
 前回、「たぶん完結編」と書きながら、続きというのもお恥ずかしいことです。(^_^;

 あの2つの文章を登録したあと、Twitterでご覧くださった静岡大学の小二田誠二さんから次のようなコメントを頂きました。小二田さんは母校の大学院の友人です。

 >つまり、実朝・義村死後に編纂された『拾遺風体和歌集』に入ることになる歌を
 >政子がどこからか入手したというか、私撰の歌集を作ってた、と言う設定?

 そういうことになってしまいますね。
 政子のセリフでは、頼朝が生前に入手していた歌集から実朝の好みそうな歌を選んで抜書した、とのことなので、そこは合いません。
 ただ拾遺風体和歌集を見ると、あの歌の少し前には和泉式部の歌、少しあとには西行の歌が収められていますので、歌集の成立年代は随分下るにしても、三浦義村の歌が収録されていてもおかしくはありません。
 他の歌は歌集から抜き出し、あの歌だけは、例外的に同時代の歌を書いて一番上に置いた、とでも考えなくてはなりません。
 ややご都合主義ではありますけど。(^_^;

 そういう返信をしました。

 そして、昨日の放送。
 昨日の回では、政子と対面した実朝が一番気に入った歌として、歌の束の2~3枚目の歌を選んでいました。その歌は父頼朝の歌ということでした。
 ということで、歌集の歌だけでなく、同時代の歌も収められていることになります。
 良かったです。(^_^)

 歌の内容が重要となった今、歌の作者については左程重要ではなくなりましたが、1枚目の紙に書かれた歌の作者「平義村」というのが三浦義村なのかどうか、気にはなります。
 そもそも、三浦義村は歌を作っていたのかどうか。

 これについて、吾妻鏡の次の記事が見つかりました。
 新訂増補国史大系本は所持してはいるのですが、渋川の家にあるので、国会図書館のデジタルコレクションから古典文庫本で引用します。

 >廿二日、戊午。将軍家、令逍遥火取沢辺給。是依覧草花秋興也。武蔵守・修理亮・出雲守・
 >三浦左衛門尉・結城左衛門尉・内藤右馬允等令供奉。皆携歌道之輩也。

 依拠史料に付いている返り点は省略し、句読点等も一部改めました。
 建暦三年(1213)九月二十二日条です。今の番組の時代から8~9年後に当たります。

 これによれば、実朝は火取沢(現在の横浜市磯子区)のあたりを逍遥し、草花を見て、秋の興趣に浸ったということです。
 武蔵守は北条時房(トキューサ)、修理亮は北条泰時、三浦左衛門尉は三浦義村です。
 そして、実朝に供奉したこれらの人々は「皆、歌道に携わる輩」だということです。

 この逍遥は、単なるレクリエーションではなく、同好の士を選んで供奉させての吟行だったのでしょう。
 ということで、三浦義村も和歌をたしなんでいたことが判明しました。

 面白い記事が見つかったものです。♪

2022年9月 7日 (水)

政子が実朝のために選んだ歌(たぶん完結編)

 先日の「鎌倉殿の13人」が終わった後、「「鎌倉殿の13人」で、政子が実朝のために選んだ歌」という記事を書きました。
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 政子が実朝のために書き抜いた和歌の束の、一番上に載っていた歌がチラと画面に映ったのを解読した結果、拾遺風体和歌集の385番歌

  山がつのかやふく軒のむら時雨おとせぬさへぞさびしかりける

らしいこと、この歌の作者は「平義村」であることが分かりました。「平義村」が三浦義村だとすれば、この歌を和歌の束の一番上に置いたことに、ドラマ制作者の遊びを思いました。
 そういう内容です。

 これをTwitterにも二重投稿しました。
 そうしたら、目から鱗のコメントを2つ頂きましたので、それをご紹介します。

 1つ目は「あかぎ」さんのコメントです。(https://twitter.com/akagi_y_jlr/status/1566927171284639744

>政子さま、実朝が幼い頃に雨が降るのをじっと見ていた的なことを言っていましたもんね。それでこの和歌なのかな。母の愛情を感じます。

 確かに、「山がつのかやふく軒のむら時雨おとせぬさへぞさびしかりける」という歌には雨と軒が詠まれています。
 そして、音がしないというのならば、雨音を聞いているのではなくて、雨を見ているのですね。
 政子の言葉とぴったり重なります。
 私、恥ずかしながら、「義村」に興奮してしまい、肝腎な歌の内容はそっちのけでした。深く反省しました。

 2つ目は「伊まり」さんのコメントです。(https://twitter.com/Imari_feliz/status/1567122311052148737

>もしかしたら尼御台のセリフは三谷さんがこの歌から逆算して書かれたのかもしれませんね。
>一見ドライに見える義村と瑞々しい実朝様の感受性は実は近しい。この後の歴史を思うと見るのが辛くなります。

 ドラマとしては、あかぎさんのコメントで十分に納得したのですが、1つだけ疑問が残りました。
 私は、尼御台のセリフが先にあったと考えていたので、三谷さん(orNHKスタッフ)はどうやってあの歌を探したのか、それが不思議でした。
 でも、歌が先と考えたらすんなりと解けます。

 お二方のコメントを大変にありがたく思います。

 しかし、三谷さん、なかなかくせ者ですねぇ。
 余程の奇人変人(私だ!)でなければ、チラと見えただけの和歌の正体の詮索なんかしないと思います。
 それにも関わらず、こんな仕掛けを仕込んだんですね。
 おもしろいです。

2022年9月 5日 (月)

「鎌倉殿の13人」で、政子が実朝のために選んだ歌

 「いなばの白うさぎ」に続いて、今夜2つ目の書き込みです。

 昨日の「鎌倉殿の13人」で、政子が実朝のために書き抜いた和歌の束がありました。
 あの中にはさぞかし万葉集の歌もあっただろうと思いました。

 実朝があの束を見たとき、一番上にあった紙の歌だけ辛うじて読めました。
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 「山かつの かやふく軒の」と読めます。
 国歌大観で検索したところ、この2句で始まる歌はただ1首、
  山がつのかやふく軒のむら時雨おとせぬさへぞさびしかりける(拾遺風体和歌集385)
のみでした。

 歌全体が映っている画面でも、この歌で矛盾なさそうです。
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 アップです。
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 作者は「平義村」!です。これ三浦義村ですかね。

 そして、拾遺風体和歌集は「冷泉為相の撰とみられ、嘉元二年(一三〇四)七月を下限とする頃の成立と収載歌人の官職表記から推定される。」とのことです。
 時代は同じ鎌倉時代ながら、100年ほども下ります。

 この歌の作者が三浦義村なら、ドラマの制作者は遊び心でこの歌を選んだのでしょうね。♪
 三谷幸喜の遊びか、NHKの演出者側の遊びかは分かりませんが。

2022年7月29日 (金)

「奥の細道」かるた

 「松尾芭蕉「奥の細道」かるた」を入手しました。
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 読み札と絵札はこのようになっています。
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 絵札は2句目からです。

 有名どころの句の絵札を並べてみます。
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 それぞれに味があって良いです。

 蓋の裏に奥付が貼ってありました。
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 残念ながら発行年月日は書かれていません。
 ただ、郵便番号が3桁なのが手がかりになります。
 郵便番号が導入されたのは昭和43年(1968)7月1日とのことです。
 郵便番号が7桁になったのは平成10年(1998)2月2日とのことですので、その間ということになります。30年もありますけど。(^_^;

 話は違いますが、郵便番号制が導入されたときは面倒臭かったです。
 特に、相手の郵便番号が分からないときは郵便番号簿で調べなくてはならないので。
 「ぽすたるガイド」なんて名前でした。

 話は戻って、このかるた、箱はだいぶくすんでいますけど、中身は極めてきれいです。
 未使用かもしれません。

2022年5月25日 (水)

去来本『おくのほそ道』

 去来本『おくのほそ道』の複製を買いました。
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 『おくのほそ道』が好きなのと、苦手なくずし字の勉強をしようと思ったのと、安かったのと、それらが理由です。

 帙に貼ってあった奥付。
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 昭和8年、岩波書店の発行で、コロタイプ印刷です。

 冒頭。
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 「月日は百代の過客にして」という有名な文で始まっています。

 巻末。
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 元禄8年に嵯峨の落柿舎で書写した旨の去来の奥書があります。
 1行目には「誤字・落字のおほからん事をおそれ侍るのみ」とあります。
 謙遜の気持ちもありましょうが、注意深く書写したつもりでも、誤った本文を後世に残してしまうことを恐れたのでしょうね。

 先日の大河がらみで、平泉の部分。
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 1行目から、

  偖(さて)も義臣すぐつて此城に
  こもり、功名一時の叢となる。国破
  れて山河あり、城春にして草
  青みたり、と笠打敷て、時のう
  つるまで泪を落し侍りぬ。
    夏草や兵どもが夢の跡

 読めない文字もあって、活字本を参照しました。
 つくづく名文と思います。

2022年5月12日 (木)

再来年の大河は紫式部。&定子・彰子の名

 再来年のNHK大河は紫式部の一生を描く「光る君へ」で、主演は吉高由里子とのことですね。
 昨日のSNSはその話題で盛り上がっていました。
 平将門が主人公だった「風と雲と虹と」はありましたが、平安中期の貴族社会を描くのは初めてですね。
 これが成功すれば、「飛鳥・奈良時代も」ということになるかもしれませんね。期待したいです。
 大河に付きものの合戦はなさそうです。陰謀渦巻く権力闘争は出てきましょうか。
 暗殺はあまりなさそうなので、善児のような人物は登場しないかも。

 紫式部の名前は「まひろ」という設定だそうで。
 確かに、最初から「紫式部」という名で登場はできませんので、何らかの名前は必要ですね。
 「まひろ」は、美称の接頭辞「ま」+形容詞「広し」の語幹でしょうか。
 当時の女の人の本名は知られませんので、こういう名が一般的かどうかは分かりませんけど、アリかと思います。

 万葉集の歌からは、男性が女性の名を尋ねることは求婚を意味し、女性が名を教えれば求婚を承諾、教えなければ求婚を拒絶したことが知られます。
 そして、女性の名は親と配偶者くらいしか知らなかったと思われます。
 といって、それでは不便なので、女の人は普段は通称(ニックネーム)で呼ばれていたのでしょうね。

 大宝年間の戸籍や奈良時代の戸籍が正倉院に残っていて、そこには女性の名も載っています。
 現代だと、戸籍に載っている名が本名ということになりますが、正倉院の戸籍もそうなのかどうか。
 古代の戸籍は主に徴税のために作成されたものなので、行政的には住民の男女の別と年齢が分かれば十分なので、掲載人名は必ずしも本名である必要はなく、通称でも良かったと考えます。

 平安時代も、女性の名についての意味は同様だったとすれば、女性は通称で呼ばれていたことでしょう。
 紫式部も清少納言もそうですね。
 ここで、定子や彰子はどうなのかという問題が生じます。
 皇后・中宮という公人中の公人なので、名が知られているという考え方もあると思いますが、公人とはいえ、天皇の奥さんの名前が公にされているというのも不思議なことです。
 そう考えると、定子や彰子という名は公的な通称なのかと。
 本名は親と天皇しか知らない。

 こういう考え方、どうなのでしょう。
 不勉強で全く知らないのですが、誰かが既に言っているのか、誰も言っていないのか、誰かが言ってすでに否定されているのか。
 常識なのか、非常識なのか。
 妄言でしたら、多謝です。

 絵がないと寂しいので、架蔵の双六などから少し貼っておきます。

 明治41年の雑誌『少女界』新年号の付録「歴史双六」から。
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 絵は、鏑木清方・宮川春汀の合作です。この絵をどちらが描いたのかは分かりません。

 大正2年の雑誌『婦人世界』新年号の付録「日本名婦双六」から。
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 どちらの双六も、紫式部の枠で「1」が出ると「清少納言」の枠に飛ぶことになっています。

 年代不詳の絵はがき「近江歴史」から。
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 「紫式部上東門院の命を受け石山寺に参籠して源氏物語を著し之を上つる文辞絶妙今に至り範を垂る」とあります。

 昔のものはあれこれ面白いです。

2022年4月10日 (日)

『出雲国風土記-地図・写本編-』

 八木書店に直接予約注文していた『出雲国風土記-地図・写本編-』(島根県古代文化センター編)が昨日届きました。
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 3月31日刊行予定だったのが、校正段階で大幅な修正が生じたために刊行予定が遅れたという、御丁寧なメールも届きました。
 より良い内容にするための遅延ならば大歓迎です。

 地図編の一部。
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 写本編の一部。
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 写本編のアップ。
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 写本編は、このように主要7写本の校本です。
 形式は『諸本集成 古事記』と同様で、出雲国風土記の全文を1行ずつ切り貼りする形で、諸本を対照させています。
 今後、出雲国風土記の本文研究には欠かせない文献になることでしょう。

2022年3月12日 (土)

浦島太郎+うさぎの端布

 このような端布を入手しました。
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 サイズは、おおよそ37×55センチです。

 絵柄はこれが1単位になります。
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 浦島太郎ですね。

 主役のアップ。
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 亀に乗る浦島太郎のうしろにうさぎがくっついています。
 入手したポイントはこのうさぎでした。何ともかわいいです。
 しかし、このうさぎ、なんでしょ?(^_^;

 浦島の話は、万葉集、日本書紀、風土記逸文に載っていて、さらに平安時代以降にも作品があります。
 でも、そんな中にうさぎの登場するものはありましょうかね。

 浦島の話と稲羽の素兎とが合体したのかも。
 浦島太郎が亀とうさぎを助けて、海神の宮殿に行くとか。
 しかし、海神の宮殿には一尋ワニがいたりして、うさぎはイヤでしょうね。

 この布は、子供の着物に使ったのでしょうね。
 子供はうさぎが好きなので(←たぶん)、うさぎを描き加えたのかも。

 あとはこんな絵とか。
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 鯛は分かります。うしろにいるのはかつおでしょうかね。
 魚、よく分かりません。

 こんな絵とか。
Urashimahagire05
 これはタコと、なんでしょ? フグでしょうか。
 魚、よく分かりません。

 楽しい端布です。

2021年12月10日 (金)

みやびなお煎餅・あられ

 お歳暮に源氏物語にちなんだお煎餅・あられの詰め合わせを頂きました。
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 京都の会社です。みやびです。
 ちょっと光量不足。

 これも。
Shikibunosato02
 ぼーっと生きているので、何も気づかずにうっかり1~2枚食べてしまったのですが、それぞれ味が違うのでした。

 おいしく頂いています。

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