文学

2020年11月12日 (木)

菅原孝標の娘の上京1000年

 毎月愛読しているJR東日本の新幹線の車内誌『トランヴェール』の11月号の特集は「『更級日記』でめぐる、千葉・茨城」です。
Trainvert202011a

 9月号は『奥のほそ道』の俳句の英訳でしたし、しばしば古典を取り上げてくれるのは嬉しいことです。

 今号にはこんな解説もありました。
Trainvert202011b
 菅原孝標の娘が上京してからちょうど1000年なのですね。
 これは知りませんでした。

2020年10月13日 (火)

さわらぎ

 昨日に続き、また頂き物のお菓子です。

 箱。
Sawaragi01
 みやびです。

 歌は百人一首でした。
 女性歌人の歌と絵とが並んでいます。
 次のような歌でした。
 「花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」小野小町
 「あらざらむこの世のほかの思ひ出に今ひとたびの逢ふこともがな」和泉式部
 「有馬山猪名の笹原風吹けばいでそよ人を忘れやはする」大弐三位
 「大江山いく野の道の遠ければまだふみもみず天の橋立」小式部内侍

 中身です。
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 中身もまた風雅です。いずれも秋らしい絵柄ですね。
 赤い柿が印象的です。

 さはさりながら、やはり、うさぎ。(^_^)
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 親子のうさぎでしょうか。月を見ています。
 月と兎もよく似合います。

 このお菓子の名前「さわらぎ」とは?

 日国には次のようにあります。用例は省略しました。

 >さわら‐ぎ[さはら‥] 【椹木】〔名〕「さわら(椹)」に同じ。

 ということで、「さわら」を引いてみました。

 >さわら[さはら] 【椹】〔名〕ヒノキ科の常緑高木。各地で広く植栽されるが、本州や九州に自生が知られている。高さ三〇~四〇メートル、径一メートルに達する。ヒノキに似ているが樹形はより鋭い円錐形をなす。葉は扁平な鱗状で小枝や細枝に対生状に圧着し、小枝がちょうど一枚の葉のようになる。葉の先端はとがり、裏面の白斑がいちじるしい。雌雄同株。果実は球形の毬果で径七ミリメートルぐらい、一〇または一二個の鱗片からなり、黄褐色。種子は長さ約二ミリメートル、幅約四ミリメートルで翼がある。材はヒノキより軟らかいが湿気に強いことから、桶(おけ)材や、障子・ふすまの組子に使う。漢名に花柏を当てるが誤用。さわらぎ。学名はChamaecyparis pisifera

 桶の材に使うということですね。このお菓子の色合いなどがサワラ材のイメージと重なることによる命名なのでしょうかね。

2020年9月 3日 (木)

兵どもが夢の跡

 昨日乗った新幹線に、車内誌『トランヴェール』の9月号が置いてありました。
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 今号の特集は「『おくのほそ道』翻訳トラベル」です。
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 『おくのほそ道』の英訳は何種類か刊行されているのですね。
 この特集の前半では、『おくのほそ道』で句がよまれている土地を、アーサー・ビナード氏と深沢眞二氏(連歌・俳諧の研究者)が訪れて、その句の英訳を鑑賞します。範囲は白河から松島までです。
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 上の画像の右側の写真は、大高森から撮した松島です。大高森については、以前、三友亭主人さんがブログで触れられていて、その時に初めて名前を知りました。この写真のキャプションを見て、「おお、これが」と思いました。といっても、大高森から撮した写真ですので、大高森自体は写っていないのですが。

 両氏。
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 後半では、アーサー・ビナード氏が新訳に挑みます。範囲は平泉から象潟までです。
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 私は英語が苦手で、せっかくの特集が猫に小判だったのですが、それでも大変に興味深く読みました。

 「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」をビナード氏は、
 「Up here,a stillness――the sound of the cicadas seeps into the crags」と訳しています。

 「閑か」を silence ではなく、stillness と訳したのはビナード氏の工夫のようです。

 英語に関することではありませんが、「夏草や兵どもが夢の跡」の解釈について、この「夢」は芭蕉の見た夢ではないかという説が紹介されていました。芭蕉が兵たちの夢を見た。はっと気づくと眼前には夏草がそよぐばかりであった、という解釈です。芭蕉の時代、「夢」は眠っているときに見る夢だけを指し、将来の希望という意味はなかったというのが根拠の1つになっているようです。

 考えたこともない解釈で、新鮮でした。

 日本の古典文学と英語という、その2つを組み合わせた、なんともアカデミックな特集です。

2020年7月19日 (日)

二千円札が生まれて20年

 もう世間から忘れ去られてしまった感のある二千円札ですが、今日で二十歳になりました。
 二千円札は、2000年の7月19日に発行されたそうです。
2000en
 珍しくて、手に入っても使わずに何枚か死蔵していました。
 そういう人が多かったせいでもないでしょうが、流通しませんでしたね。

 ATMが対応しなかった、自販機が対応しなかった、レジの機械に置き場がなかった、などもありましょうが、1と5があれば十分で、2は必ずしもなくても良かったということでしょうかね。五千円札がないと不便ですけど、二千円札は必ずしもなくてもよいのかも。
 二円玉、二十円玉、二百円玉もありませんけど、用は足りていますものね。

 二千円札のファンとしては残念なことです。

 今日が二千円札の誕生日だということを知ったのは、またまた「ねこあつめ」の「今日のあいことば」でした。
 今日の「今日のあいことば」は「鈴虫」です。
 鈴虫が盛んに鳴くようになるのはもう少し先のような気がしますし、なぜ今日なのか分かりませんでした。

 そうしたら、毎日拝見している「ねこあつめ今日のあいことば」さんのツイッターで、二千円札のことが指摘されていました。
 二千円札の裏面に描かれているのが源氏物語の鈴虫の巻で、そして、二千円札の発行が2000年7月19日なのでした。これで間違いありません。
 油断のならない「ねこあつめ」です。
 そして、「ねこあつめ今日のあいことば」さんのツイッター、よくぞ見破ったものと思いました。

2020年5月16日 (土)

『おくのほそ道』出立の日で「旅の日」

 今日は「旅の日」だそうです。コロナ禍で、今は旅もままなりませんが。

 芭蕉が『おくのほそ道』の旅に出立したのが元禄2年の3月27日。それが太陽暦では1689年の5月16日にあたるということで、日本旅のペンクラブが5月16日を「旅の日」に制定したのだそうです。

 日本ペンクラブという団体も知りませんでしたし、「旅の日」も知りませんでしたが、「旅の日」に制定したのは昭和63年だそうですから、もう30年ちょっと経っています。

 今日が「旅の日」だと知ったのは、またまたスマホゲーム「ねこあつめ」の「今日のあいことば」です。今日のあいことばは「おみやげ」でしたので、「はて? なぜ?」と思い、あれこれ調べていったら、分かりました。

 ためになる「ねこあつめ」。(^_^)

 『おくのほそ道』には、出立は次のようにあります。

 > 弥生も末の七日、あけぼのゝ空朧々として、月は在明にて光をさまれる物から、不二の峯かすかにみえて、
 >上野谷中の花の梢又いつかはと心ぼそし。むつましきかぎりは宵よりつどひて、舟に乗て送る。
 >千住といふ所にて船をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそゝく。
 >  ゆく春や鳥啼き魚の目は泪

Yukuharuya

 確かに、「弥生も末の七日」とありますので、3月27日ですね。その直前に「草の戸も住替る代ぞひなの家」の句があるので、何となく、ひな祭りの少し後に出立したように思っていました。まだ少し寒い頃といった感じで認識していました。

 旧暦と新暦とは平均して40日くらいずれている(年ごとに差は大きいですけど)というのは理解はしていても、うっかりするとそのままの日付で考えてしまいます。
 実際の出立は、ひな祭りよりも大分遅い3月27日だったのですね。しかも、この年は旧暦と新暦との差が少し大きかったようで、新暦だと5月16日になるとは。
 少し寒い頃どころではなく、少し暑かったかもしれない頃ですね。油断がなりません。(^_^;

 > さても義臣すぐつてこの城にこもり、功名一時の叢となる。
 >「国破れて山河あり、城春にして草青みたり」と笠打敷きて、時のうつるまで泪を落し侍りぬ。
 >  夏草やつはものどもが夢の跡

というあたりも名文と思います。

2020年4月 6日 (月)

『日本お伽噺集』と稲羽の素兎

 ネットオークションで買いました。
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 扉。
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 著者は巌谷小波、装幀は恩地孝四郎です。

 奥付。
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 発行所はアルス、「日本児童文庫」というシリーズの中の1冊です。

 目次。2ページにわたるのを上下に切り貼りしました。
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 以上の通り、全部で19話が収められています。
 有名な話が多いですね。

 上段の後ろから4行目にある「玉の井」というのは、海幸山幸です。
 山幸が海宮に到着した時のエピソードがタイトルになっているのでしょう。
 次のような挿絵があります。
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 挿絵は、泉鏡花の著書の装幀などで知られる小村雪岱です。
 「玉の井」という作品名は、海幸山幸を題材にした観世信光作の「玉の井」という謡曲がありますので、そこから取ったものと思います。

 目次下段の後ろから5行目にある「兎と鰐」は稲羽の素兎です。
 古事記の稲羽の素兎は、八十神が兎と出会う→大国主が兎と出会う→兎がいきさつを語る→大国主が兎を救う
という順序で話が展開します。
 このお伽噺集では兎が隠岐の島にいて鰐をだますところから話が始まり、以下、時系列の順序で話が進みます。
 その点が大きな相違点です。
 鰐は鰐です。
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 かなり波がありそうですね。このように波立っているところに鰐が浮いているというのはやはり違和感があります。

 大国主と兎との場面の一部。
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 続き。
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 大国主の問いかけに対して、兎の言葉は、「へいへい」で始まっています。現代から見ると違和感があります。昭和2年というと、今から93年前になりますか。
 兎のセリフに「~まして、」の多用が目立ちます。「だます」が「だまかす」ですね。
 この場面ではまだ大国主という名は出てきていません。「神様」と呼ばれています。「大国主」の名が出るのは兎が治った後です。
 兎の治療に何を使ったのかについては、蒲の穂綿ではなくて、蒲の花となっています。

 なかなかおもしろい本です。やはり同時代資料は楽しいです。

 あ、どの話もみな「めでたしめでたし」で終わっています。
 気の重い今日この頃、話がめでたく終わるのは良いです。

2020年3月15日 (日)

天保九年の『増補地名便覧』

 このようなものを入手しました。
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 題簽は剥落していて、直書きで『増補 地名便覧』とあります。16cm×7cmほどの小型本です。
 ラベルが貼ってあり、どこかの図書館等の蔵書だったのかもしれませんが、蔵書印はありません。

 奥付は次の通りです。
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 天保九年(1839)四月刊行ですね。

 内容は、国別にまず郡名を挙げ、以下、名所旧跡や名産品などを列挙しています。ふりがなの付いている語も多いです。

 山城国の冒頭は次の通りです。
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 山城国は18ページあります。大和国は12ページ。他は数えていませんが、このあたりが最大ではないかと思います。上野国は2ページ。ちょっと寂しいです。

 山城国の「諸墓」の項は以下の通りです。
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 平清盛もありますけど、文学者の名前が目立ちます。そんな中に、今年のNHK大河の主人公である明智光秀もありますね。当時の人々がどういう人物に関心があったのか、その一端が伺えます。

 大和国の「坂岡」の項に、おととしあたりに当ブログで何度か取り上げた「逝回(ユキヽノ)岡」がありました。
Chimeibinran05
 ここでは「岡寺といへる所也といへり」とあり、続古今集の家隆の歌が引かれています。
 本来は実在しない地名ですが、中世から近世に掛けて、この岡の所在を岡寺の岡とするものが多いです。この本もそうでした。

 この本、あちこちおもしろそうなので、また取り上げるかもしれません。

2020年1月 4日 (土)

『大美和』138号

 暮に渋川の家に行った時に届いていました。住所変更せねば。
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 目次のごく一部です。
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 毛利先生のは「日本書紀 撰進奏上一三〇〇年記念」のご論文のようです。
 寺川先生のと神野志先生のは講演の文字起こしを原稿化されたものです。

 神野志先生の文章の中にこのような一節がありました。
Omiwa138c

 今年、日本書紀の注釈書が刊行予定とのこと、楽しみです。1300年ですからね。
 そして、新編全集の日本書紀への評価。
 辛辣ですねぇ。神野志先生らしいとも言えますけど、ちょっと。(^_^;

2019年11月28日 (木)

明治42年の「名所かるた」(4)

 先日アップした「明治42年の「名所かるた」(3)」に、このかるたの地名を国別に集計したリストを載せましたが、国別の集計というのはあまり意味がなかったと思います。
 そこで、地名を地域別に分類してみました。おおよそ北から南へと並べてみます。

【東北】4
 象潟(出羽)、最上川(出羽)、松島(陸奥)、猪苗代湖(陸奥)

【関東】9
 筑波山(常陸)、霞が浦(常陸)、那須野原(下野)、日光(下野)、赤城山(上野)、
 伊香保(上野)、武蔵野(武蔵)、隅田川(武蔵・下総)、箱根(相模)

【中部】11
 浅間山(信濃)、姨捨山(信濃)、諏訪湖(信濃)、富士山(駿河)、清見潟(駿河)、
 三保の松原(駿河)、佐夜の中山(遠江)、遠州灘(遠江)、鳴海(尾張)
 長良川(美濃)、二見の浦(伊勢)

【近畿】23
 琵琶湖(近江)、鏡山(近江)、三井寺(近江)、嵐山(山城)、大井川(山城)、
 加茂川(山城)、淀川(山城)、井出の玉川(山城)、龍田川(大和)、泊瀬(大和)、
 吉野山(大和)、吉野川(大和)、難波浦(摂津)、住の江(摂津)、
 摂津の灘(摂津)、布引滝(摂津)、須磨(摂津)、和歌浦(紀伊)、熊野洋(紀伊)、
 那智滝(紀伊)、淡路島(淡路)、明石(播磨)、天の橋立(丹後)

【中国】1
 厳島(安藝)

【四国】1
 鳴戸(阿波)

【九州】1
 箱崎八幡(筑前)

 近畿が半数に迫る勢いで、圧倒的に多いですが、その一方、東北・関東・中部にも目配りしていますね。
 それに対し、中国・四国・九州に冷たいこと。もう少し配慮があっても良かったように思います。

 中国で唯一採られているのが厳島だなと思い、そういう目で見てみたら、松島と天の橋立も採られていますので、日本三景は拾っていることになります。

 話変わって、出典不明の歌の出典探索はなかなか進みません。

 伝承によるものもありそうです。そういう例を2つ。

 この歌について、
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 『おくのほそ道』に次のような一節があります。
  朝日花やかに指出る程に、象潟に船をうかぶ。……むかふの岸に船をあがれば、「花の上こぐ」と読れし桜の老木、西行法師の記念をのこす。

 新編全集『松尾芭蕉集(2)』の「花の上こぐ」の頭注(109ページ)に、「伝西行歌「西行桜/象潟の桜はなみに埋れてはなの上こぐ蜑のつり船」(継尾集)」とあります。
 また、日本歴史地名大系『秋田県の地名』(平凡社)の「象潟」の項には次のようにあります。
  なお西行の歌と伝えて宗祇の「名所方角抄」に出る
    象潟の桜は波に埋もれて花の上漕ぐ海人の釣舟
  は「山家集」にはないが、芭蕉もこの伝えにより「花の上漕ぐとよまれし桜の老い木、西行法師の記念を残す」(奥の細道)と記す。

 宗祇の『名所方角抄』は、国文学研究資料館所蔵本の画像が同所のサイトにあります。その画像を勝手に貼ってはまずいでしょうから、URLのみ示します。
http://codh.rois.ac.jp/iiif/iiif-curation-viewer/index.html?pages=200021672&pos=95&lang=ja

 そこには、「きさかたや桜は波にうつもれて花のうへこくあまのつり舟」とあるのみで、西行作とは書かれていません。

 もう1枚。
M42meishocard07

 この歌に関しても、芭蕉の『更級紀行』に次のような一節があります。
  無常迅速のいそがはしさも我身にかへり見られて、あはの鳴戸は波風もなかりけり。

 これについても、新編全集『松尾芭蕉集(2)』の「あはの鳴戸」の頭注(69ページ)に、「兼好作と伝える「世の中を渡りくらべて今ぞ知る(一本、見る時は)阿波の鳴門は波風もなし」に拠る。」とあります。この頭注には「兼好作と伝える」とあるばかりで、具体的な出典の記載はありません。

 あれこれ探した結果、徒然草の注釈書である『野槌』(林羅山。寛永初年か)の国文学研究資料館所蔵本に次のような歌が見つかりました。その画像も同所のサイトにあります。
http://codh.rois.ac.jp/iiif/iiif-curation-viewer/index.html?pages=200015458&pos=8&lang=ja

 そこには次のようにあります。
   又兼好かうたなりとてある人のかたりしは
  世中を渡りくらへて今そしるあはの鳴戸は波風もなし

 これらの2つのケースは、芭蕉が伝西行作の歌、伝兼好作の歌を知っていて、それを踏まえた文章を書いたということでしょう。芭蕉は、(「全ての」というわけではなく、「ごく一部の」なのかもしれませんが)読者もこれらの歌を知っていることを前提にしてのことでしょう。

 「名所かるた」の編者も知っていたのでしょうね。本当に西行作か、兼好作かということはともかく、現代人とは知識のベースが違うことをしみじみと感じます。

2019年11月24日 (日)

明治42年の「名所かるた」(3)

 今しがた、「明治42年の「名所かるた」(2)」を載せました。現在判明した限りのリストです。

 目の前にデータがあると集計したくなります。(^_^)
 で、集計してみました。

 出典は次のようになります。

  古今集   8
  新古今集  3
  夫木抄   3
  万葉集   2
  金葉集   2
  続古今集  2
  金槐集   2
  李花集   2
  千載集   1
  新勅撰集  1
  続後撰集  1
  玉葉集   1
  続後拾遺  1
  風雅集   1
  新千載集  1
  新続古今集 1
  歌枕名寄  1
  六華集   1
  為尹千首  1
  名将言行録 1
  ふぢ河の記 1
  宰府記行  1
  芭蕉集   1
  漫吟集   1
  賀茂翁家集 1
  琴後集   1
  うけらが花 1
  しのぶ草  1
  不明    6

 かなり多くの文献から採っています。
 古今・新古今が1位・2位を占めています。万葉集も4位ではありますが、歌数は2首に留まります。
 勅撰集からはそこそこ採られているものの、それ以外のものも少なからずあります。
 下の方に並べた漫吟集は契沖、賀茂翁家集は賀茂真淵、琴後集は村田春海、うけらが花は加藤千蔭、しのぶ草は八田知紀です。
 八田知紀は知りませんでしたが、調べてみたら、薩摩藩士で、香川景樹の弟子、高崎正風の師ということでした。

 このかるたの和歌、誰の撰でしょうね。
 このようにあります。
M42meishocard03
 「星野水裏案」の「案」というのは、こういうものを作ろうということを提案したということなのか、選歌も行ったのか。

 星野水裏という人物も知りませんでしたので、これまたググってみました。
 デジタル版 日本人名大辞典+Plusに次のようにありました。

  星野水裏 ほしの-すいり
  1881-1937 明治-大正時代の詩人。
  明治14年生まれ。実業之日本社に入社,明治41年創刊の「少女の友」初代主筆となる。川端竜子,竹久夢二らを起用,
  みずからも叙情詩を発表した。昭和12年5月4日死去。57歳。新潟県出身。早大卒。本名は久。変名に水野うら子,
  淡路しま子。別号に白桃など。詩集に「浜千鳥」「赤い椿」「白桔梗の花」など。

 このかるたが作られた時の『少女の友』の主筆なのでした。
 詩人とのことですので、あるいは和歌に関する造詣も深く、自ら選歌に当たった可能性もありそうです。

 国別の集計は以下の通りです。

  山城 5
  摂津 5
  大和 4
  駿河 3
  近江 3
  信濃 3
  紀伊 3
  遠江 2
  武蔵 2
  常陸 2
  上野 2
  下野 2
  陸奥 2
  出羽 2
  伊勢 1
  尾張 1
  相模 1
  下総 1
  美濃 1
  丹後 1
  播磨 1
  安藝 1
  淡路 1
  阿波 1
  筑前 1

 隅田川を武蔵と下総とにダブルカウントしましたので、合計は51ヶ国になります。
 富士山は駿河とされることが多いと考え、甲斐はカウントしませんでした。この辺、やや不統一です。(^_^;

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