民俗・宗教

2017年3月21日 (火)

ふんどしぐんまちゃん

 このようなものを入手しました。
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 群馬県吾妻郡の川原湯温泉のタオルハンカチです。

 なんかドキドキしました。
Gunmac_yukake02
 ふんどし姿のぐんまちゃんというのがユニークなせいでしょうか。なんか生々しいというか、艶かしいというか。

 最近は、着衣のぐんまちゃんが多くなってきましたけど、以前は服は着ていないのが普通でした。今も珍しくありません。
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 何も身に付けていなくても、どうということはないのに(馬ですから)、なまじ、ふんどしを着けていると、かえって生々しくなってくるというのは、なかなか奥深いものがあります。

 この件、さらに考察を深めると、当ブログの家風(?)から外れて行きそうに思いますので、この辺でやめておきます。(^_^;

 なお、見慣れてくるにつれて、ふんどし姿のぐんまちゃんへの違和感は次第に薄れて行きました。(^_^) 慣れは偉大です。

2017年2月 6日 (月)

ぐんま広報の雛飾

 毎月発行されている『ぐんま広報』。2月号の題字右のイラストはひな祭りでした。
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 2月にひな祭りというのは1ヶ月早いようですけど、この広報は毎月第1日曜の朝刊に折り込まれますので、3月だと遅くなってしまいます。それで、毎年2月号にひな祭りが取り上げられています。

 2015年はこういう絵、
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 2014年はこういう絵でした。
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 2014年に比べて翌年の方が立体的な絵になっています。

 今年はどんな風になるのだろうかと思ったら、沼田市老神温泉の雛飾が取り上げられていました。

 今後、県内各地の雛飾が取り上げられるのかもしれませんね。

 この絵の右側にはつるしびなが描かれていますね。つるしびなって、地域が限られているような気がします。去年、豊橋市の二川宿で、たくさんのつるしびなが飾られているのを見たのが印象に残っています。

 この絵を見ると、老神温泉でもつるしびなが飾られているのでしょうね。興味を覚えました。

2017年2月 1日 (水)

豊橋鬼祭

 豊橋駅構内に鬼がいました。
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 鬼のアップです。
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 ポスターのアップ。このお祭りは国指定の重要無形民俗文化財のようですね。
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 日程が節分ではありません。そして、豆まきではなくて飴撒きをするようです。

 解説板のアップです。
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 興味深い行事です。先日のフォーラムと日程が重なっていたら良かったのですが、そううまくはゆきませんね。(^_^;

2017年1月16日 (月)

鶴岡八幡宮の左義長

 1月14日(土)の「どんど焼きの小屋というか櫓というか」に頂いた三友亭主人さんからのコメントに対する私のコメントで、15日(日)のお昼のNHKニュースで見た鶴岡八幡宮の左義長のことに触れました。

 その画像がNHKニュースサイトに載っていましたので、貼ってしまいます。←本当はいけないのではないかという気もしますが。(^_^;
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 もう1枚。
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 外側がしめ縄でできている円錐形ってこれです。なかなか整った美しさがあります。

 どんど焼きって、民間行事だと思っていたのですが、大神神社や鶴岡八幡宮でも行われているということは、本来は神道行事なのでしょうかね。

 この歳になっても知らないことだらけ。(^_^;

2017年1月14日 (土)

どんど焼きの小屋というか櫓というか

 出勤途上に撮影しました。どんど焼きの小屋です。
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 数日前から設置されています。毎年同じ場所に作られます。

 撮影は朝8時15分。今日はセンター試験です。監督者の集合時刻は8時半。勤務先までは5分足らずの場所なので、撮影していても十分に間に合うのですが、ま、暢気なものです。(^_^;

 群馬に来るまでは東京で暮らしていましたので、どんど焼きの小屋を見たことはありませんでした。群馬に来て初めて見ました。

 日本全国大体同じような形をしているのでしょうか、それとも地域差があるのか。

 下部の拡大です。すでに小屋の中にはいろいろなものが入っています。だるまもいくつか。
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 上部の拡大です。だるまは群馬の特徴かもしれませんね。
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 小屋の上には1本の長い竹が立っています。この竹にも意味がありそうですね。先端まで写さなかったことが悔まれます。

 今日は、日本海側をはじめとして雪が積もった地域も多かったようですね。試験監督の方々や受験生にはお見舞い申し上げます。

 群馬県も北部はかなり雪が降ったようですが、玉村町は幸いにこのようなお天気でした。昼頃少し風花のようなものが舞った程度ですみました。

 勤務先には、玄関脇に融雪剤が用意されていました。
Encal

2016年7月10日 (日)

お寺の盆棚(平成28年)

 昨日は菩提寺でお盆の法要がありましたので、参加してきました。

 盆棚の飾り方は、宗派によっても地方によっても差があるのでしょうが、うちのお寺はこのような形です。昨年はご住職に許可を頂いて写真を撮らせて頂きました。今年はご住職の方から、参列者に向けて、「どうぞ撮影してください」とのお言葉がありました。
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 上部に綱が張ってあるのは結界でしょう。ほおずきは提灯の代わりだそうです。昔は暗かったのでこういう照明代わりのものが必要だったのでしょうが、今は夜も明るいですね。

 中央には御飯が盛ってあって、旗が立っています。その中に「東日本大震災物故者之諸精霊」「当山ニ頼ル処之有縁無縁之諸精霊」とあるのが目を引きました。ご住職は震災の被害者にも心を寄せていらっしゃいます。「有縁無縁」もいいですね。
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 その左側には賽の目に切った茄子。のどごしの良いものという主旨だそうです。
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 右側にはミソハギ。これに水を付けて卒塔婆等に水を掛けていらっしゃいました。
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 右手前には家庭でもおなじみのきゅうりの馬と、茄子の牛。でも、これきゅうりではないですよね。大きいです。
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 あれこれ興味深く観察してしまいました。

2016年4月25日 (月)

布袋さんのお腹(榛名神社拾遺)

 榛名神社の境内には七福神の像があります。それぞれ別々の場所に置かれているので、7体、探してみるのも楽しいかもしれません。昭和女子大には7人の小人の像があるそうですけど。

 ま、榛名神社の七福神は分かりやすいところに置かれているので、探すまでもありません。

 恵比須、大黒天、毘沙門天、弁財天。
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 福禄寿、寿老人、布袋。
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 像の大きさがバラバラにならないよう、写真の縦横の比率は同じにしたのですが、手を挙げている像はそこまでを画角に収めたために、結局サイズはバラバラになってしまいました。(^_^;

 長い鉾を持っている毘沙門天、手を挙げている大黒天と布袋が、背が低く見えています。どうもツメが甘くていけません。

 さて、その布袋さんのお腹だけ変色しています。
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 散々撫でられたようです。お腹を撫でると御利益があるとか、そういった俗信があるのですかね。

 ググってみたら、鎌倉の浄智寺の布袋さんの解説板には、お腹をなでると元気がもらえると書いてあるそうです。

 他の場所にある布袋さんはどうなんでしょね。榛名神社のはちょっと痛々しい気がします。

2016年2月 9日 (火)

こぞうくん、申年バージョン

 今日は、法事のお願い・ご相談のためにお寺に行ってきました。

 ご住職様、奥様からいろいろなお話を伺うことができて楽しかったです。ちょっと長居して申し訳なく存じました。

 宗派は日蓮宗です。「こぞうくん」というキャラクターがあって、毎年干支バージョンが作られています。ノーマルバージョンと申年バージョンを頂きました。

 こういうのです。猿がこぞうくんにおぶさっています。こぞうくん、慕われていますね。私もこんな風にネコに懐かれたいです。
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 台紙では、猿を背負ったまま、餅つきをしています。猿の手にはバナナが。(^_^) お猿さん、バナナ、好きですね。
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 台紙ウラです。
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 「草や木にも「いのち」が宿ります すべてのものに感謝し合掌しましょう」、良い言葉です。

 申バージョンは明快ですが、卯バージョンはちょっと微妙でした。
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 うさぎと人参を抱いていますが、頭にもうさぎのかぶり物をかぶっています。

 そして、後ろ姿を見ると、お尻には、うさぎのしっぽが。
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 こぞうくん自体がうさぎの化身のようでもあり、ちょっと難しい。(^_^;

2015年10月21日 (水)

善光寺境内の供養塔

 善光寺の境内には多くの供養塔がありました。近代の戦没者を対象としたものもありますが、江戸時代以前のものもあれこれありました。

 最も古そうなのは、源義経の家来である佐藤嗣信・忠信のもので、若くして亡くなった兄弟の供養のために、兄弟の母が善光寺に参詣して建てたという伝えがあるそうです。ただ、応永四年(1397)の銘があるそうですので、200年ほど時代が遅れます。
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 下は徳川三代将軍家光の正室や乳母の春日局など大奥関係者の供養塔です。善光寺は大奥の人たちの篤い信仰を集めたのでしょうね。
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 下は松代真田家の供養塔です。真田家は地元の領主として善光寺と深いゆかりがあります。今もご開帳の際の回向柱の用材は松代町が寄進しているとのことです。
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 さて、これら真田家の供養塔のうち、左から2つ目のやや小ぶりのものには戒名と没年とが刻まれています。これは供養塔というより墓石のようですね。

 戒名は、「縁芳院殿樹林惟馨大姉」と読めます。没年月日は「貞享元年甲子四月廿一日」ですね。
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 笠の部分には六文銭の家紋と、菊と葉の家紋が刻んであります。
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 字が書いてあると、俄然興味が湧きます。サガのようなものです。(^_^) さて、この人物が誰なのかネット検索してもヒットしません。

 でもね、以前ネットオークションで入手した真田家の過去帳の幕末の写本を所持しています。(^_^)

 これに載っていました。右から3人目です。
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 命日も合います。真田家二代の信政の息女で、青山和泉守忠親の妻になった人物です。青山家の家紋は青山菊、軸付葉菊だそうで、これも合います。

 ネットオークションでいろいろと訳の分からないものを購入して家計を圧迫していますけど、ごくたまには役に立つこともあります。(^_^)

 史資料って、必要な時に見つけようと思っても、そううまくは手に入りません。見つけた時に、「いつか使うかも」と思ったら買っておかねば。

 とはいえ、大部分は買っても使わないんですけどね。(^_^;

2015年10月20日 (火)

善光寺回向柱のナゾ

 善光寺では今年ご開帳の年でした。ご開帳の時には巨大な回向柱が立てられます。

 ご開帳が終わった今、回向柱は別の場所に移されていました。
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 同じ柱の反対側です。
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 回向柱の側にこういう解説板が立っています。
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 末尾には、「回向柱は……徐々に土に還っていきます」とあります。

 ご開帳ごとの過去の回向柱が並んで立っていました。
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 ご覧のように、高さが違います。昔のものほど背が低くなっています。

 解説板にある「土に還」った結果でしょうか。そして、その仕組みは?

 無い知恵を絞って考えてみました。

  1.極めて軟弱な土地なので、回向柱は自重によって、段々に沈下してゆく。
  2.地下に、木質を分解するバクテリアが大量に棲息していて、回向柱の地下部が分解されて、その隙間に地上部が沈み込んでいる。
  3.善光寺に勤めているお坊さん達が折に触れて回向柱を下に押し下げるようにしていて、その力でごくわずかずつ沈下している。
  4.1年に1度くらい、重機を使って古い回向柱を地下に打ち込んでいる。

 さて、正解は? (^_^)

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