民俗・宗教

2018年8月 4日 (土)

パピルス

 昨日終わった集中講義の履修生にエジプト人留学生がいて、その学生さんから最終日の昨日、お土産をいただきました。
Papyrus01
 上の方には絵文字が書かれていますね。ヒエログリフでしたか。

 この絵はパピルスに描かれています。私、パピルスを見たり、触ったりするのは初めてだと思います。珍しいものを頂きました。

 拡大するとこんな感じです。
Papyrus02
 織物のように、縦横に繊維が組み合わされています。

 そういえば、20年以上前、パピルスの鉢植えを頂いたことがありました。水は切らさないようにしていたのですが、残念ながら数年後に枯れてしまいました。高温の地方で育つ植物でしょうから、あるいは群馬で冬越しをするのが難しかったのかもしれません。

 もう1つ、キーホルダーも頂きました。
Egypt
 この像の名前を教えて貰ったのですが、忘れてしまいました。(^_^; 面目ないです。横文字の固有名詞はなかなか憶えられません。

 これ、日本でいえば、奈良の大仏や興福寺の阿修羅像などのように、エジプトの人が見れば、すらりと名前が出てくるような、そういった有名な像なのでしょうかね。

 どうも外国のものに疎いです。

2018年5月30日 (水)

前橋東照宮ふたたび

 先日ご紹介した『全国東照宮連合会々報』に載っていた葵の御紋つきの賽銭箱型貯金箱、気になっています。(^_^; 連合会が作った御朱印帳に連合会所属の10社の御朱印を頂くとこの貯金箱が貰えるというシステムです。
Toshogukaiho04
 会報の別のページには、この御朱印帳は完売ということでしたが、さらに良く読むと増刷の計画もあるとのことでした。

 今日はまた前橋で仕事でしたので、また前橋東照宮に行ってきました。

 社務所で御朱印帳のことを聞いたら、この神社では扱っていないとのことでした。日光東照宮か、あるいは県内では世良田の東照宮では扱っているかもしれないと言われました。

 ううむ、です。世良田の東照宮まで行って、扱っていないと言われたら切ないので、行くとしたら、その前に電話で聞いてみようと思います。

 先日、前橋東照宮に行った時は、道を渡らないと鳥居が撮せないので、手間を惜しんで鳥居の撮影は省略しましたが、今日は撮りました。やはり、神社をご紹介するのに、鳥居の写真がないというのはいかがなものかと思います。
Maeto09

 鳥居は歩道に接するようにして建っています。道を渡らないと鳥居が撮せないという状況はご理解いただけると思います。(^_^)

2018年5月26日 (土)

『全国東照宮連合会々報』

 たまたま知った「東照宮連合会」が気に入ってしまっています。(^_^;

 昨日、前橋東照宮の社務所に立ち寄ったら、こういう雑誌がありました。
Toshogukaiho01
 連合会の会誌なので業界誌ですが、自由に持ち帰れるようになっていました。ありがたく頂いてきました。

 表紙裏には家康の遺訓が印刷されています。
Toshogukaiho02
 いかにもです。♪

 新加入神社の紹介ページがありました。
Toshogukaiho03
 新たに連合会の朱印帳も作られたようです。
Toshogukaiho04

 連合会加盟社10社の御朱印を集めると葵御紋の貯金箱が貰えます。大いに心惹かれますけど、別のページの記述によれば、肝腎なこの御朱印帳そのものがもう完売だそうです。

2018年5月24日 (木)

全国東照宮連合会

 昨日、前橋市内でこのような旗(というか、なんというか)を見ました。
Toshoguren01
 奥にも小さく見えていますように、この旗は1つだけではなく、前橋駅の北口から、北に延びる道路沿いにたくさん並んでいます。

 以前、前橋育英高校が全国高校サッカーで優勝したときも、同様の祝勝の旗が並びました。

 左側のピンクの旗は、前橋文学館で開催中の企画展の宣伝です。

 そして、右側の旗。全国東照宮連合会の総会が前橋東照宮で開催されるようですね。それに参加する方々を歓迎する旗のようです。

 こういう連合会の存在は初めて知りました。知られざる業界の裏側を垣間見た思いがします。(^_^)

 東照宮というと日光東照宮や久能山東照宮が有名ですが、ググってみると、東照宮は名古屋、和歌山、水戸の御三家所在地を初め、全国各地にあるようです。その総会が各地の東照宮の持ち回りで開催されているのでしょうかね。53回目ですね。

 前橋東照宮は群馬県庁の北にあります。

 県庁前に設置されている前橋城の図。
Toshoguren02
 中央左側の「本城(本丸)」とあるあたりに旧県庁舎(昭和庁舎)、その左下に現庁舎があります。

 北の端付近の拡大図。
Toshoguren03
 画面下、左寄りの場所に「東照宮」の文字が見えます。前橋城の北の端ですね。

 前橋東照宮は、徳川家康の孫(結城秀康の子)松平直基が、寛永元年(1624年)に当時治めていた越前勝山で創建。その後、松平家が何度かの国替えを経て前橋に移封された時に、東照宮もともに移ってきたそうです。

2018年3月21日 (水)

お彼岸と「あ・す・お・も・う」

 今日はお彼岸の中日。

 お寺で営まれた彼岸会の法要に参加してきました。
Hasunohana
 行った時は雨でしたが、終わった頃には雪に変わっていました。春のお彼岸に雪というのは珍しいです。今はまた雨に変わっています。

 法事に先立って行われた法話で、「あ・す・お・も・う」の5つを心に刻んで生きようというお話を伺いました。その5つとは以下の通りです。

 「ありがとう」(報恩)
 「すみません」(自省)
 「おかげさま」(知恩)
 「もったいない」(知足)
 「うれしい」(法悦)

 ( )の中の言葉が仏教的です。

 これを浄土の「あすおもう」とすると、それぞれに対応する地獄の「あすおもう」もあり、それは以下のようなものだということでした。

 「ありがとう」(報恩)⇔「あたりまえ」(不知恩、孤独)
 「すみません」(自省)⇔「すごいだろう」(慢心、自己中心)
 「おかげさま」(知恩)⇔「おまえのせい」(恨み、責任転嫁)
 「もったいない」(知足)⇔「もっともっと」(不足、不満)
 「うれしい」(法悦)⇔「うれい」(愚痴、憂い)

 なるほどです。今からでも遅くないので、これから立派な大人にならねばと思います。

2017年12月20日 (水)

「おふだにねがいを」

 このようなものを入手しました。ネットオークションです。
Ofudaninegaiwo01
 昨年、新潟県立歴史博物館で開催された展覧会の図録です。
Ofudaninegaiwo02
 この展覧会は見に行きたかったのですが、行きそびれてしまいました。栃木・新潟・長野は群馬の隣県とは言いながら、群馬・東京間を行き来している身には、逆方向になるので行きにくいものがあります。

 見に行けなかったことを残念に思っていましたので、ネットオークションは本当にありがたいです。(^_^) 関心のある人が多かったようで、入札は結構競りました。

 熊野牛王宝印の護符も載っていました。これは館の所蔵品だそうです。
Ofudaninegaiwo03
 カラスの足は描かれていませんね。八咫烏は三本足とされますけど、記紀には足の数については全く書かれていません。どこから三本足になったのか、関心があります。

2017年12月18日 (月)

「善光寺御みやげ」

 信州3連弾になりました。

 このようなものを入手しました。
Zenkojimi01
 明治43年の発行です。
Zenkojimi02
 中央上部には本堂が描かれています。
Zenkojimi03
 その下には内陣御開帳の図。人が密集しています。
Zenkojimi04
 右上には山門の図。
Zenkojimi05
 左上には大本願(尼寺)の図。
Zenkojimi06
 左右の下方には善光寺の霊験の逸話が描かれています。

 左下。
Zenkojimi07
 右下。
Zenkojimi08
 下は、おなじみの「牛に引かれて善光寺参り」の話ですね。

 標題に「善光寺御みやげ」とありますように、文字通り善光寺のお土産として売られていたものなのでしょうかね。

 以前は善光寺には特に関心はなかったのですが、2年前に初めて行ってから、俄然関心が湧きました。実際に行くと違いますね。(^_^)

2017年7月 8日 (土)

お寺の盆棚(平成29年)

 今日は菩提寺でお盆の法要がありました。東京は7月なので、今の時期になります。
H29bon01
 盆棚を見るといろいろと興味が湧きます。1年経つと記憶が薄れてしまい、毎年新鮮な気がしますので、去年一昨年もお寺の盆棚をブログで取り上げていました。

 今年は、盆棚の四隅にある五色の幡の文字が気になりました。上の写真では、向かって左側の幡に「如以甘露灑」、右側の幡に「忽遇大王膳」とあるのが読めます。何のことやらさっぱり分かりませんが、今は便利な時代で、これらの文字列をパソコンに打ち込んでググれば情報が得られます。

 去年、一昨年のブログを見ると、どちらの年も同じ幡が飾ってありました。2年間、なぜこれらの文字列に関心が向かなかったのか、不思議です。

 で、ググった結果、これらの4枚の幡は「施餓鬼幡」というそうで、それぞれには「如以甘露灑」「除熱得清涼」「如従飢国来」「忽遇大王膳」と書かれています。出典は『法華経授記品第六』で、「甘露(かんろ)を以って灑(そそ)ぐに、熱を除いて清涼(しょうりょう)を得るが如くならん」「飢えたる国より来りて、忽(たちま)ちに大王の膳(ぜん)に遇(あ)わん」と訓読します。

 施餓鬼は、餓鬼界に堕ちてしまった方々に食べ物や水を供養する事で、この文言はそれと合います。納得しました。

 ご住職にお伺いすれば教えて頂けたことと思いますが、帰宅して写真を見ているうちに、「なんじゃろ?」と思ったので、お寺では伺えませんでした。写真も便利。

 盆棚の中央にはこういうものが置かれていました。炊いたご飯に幡が挿してあります。このご飯も餓鬼への施しなのでしょう。
H29bon02
 挿してある幡が去年、一昨年と違います。下は去年。
H28bon02
 下は一昨年。
H27bon02
 内容が違いますね。配置が違うだけなのかもしれませんが。

 やはり文字に関心が向かいます。(^_^)

 きゅうりの馬と茄子の牛。
H29bon03
 ご先祖様に、足の速い馬に乗って早く家に帰ってきていただき、帰りは足の遅い牛に乗ってゆっくりお戻り頂く、という意味で、馬と牛なのだそうです。地方によっては男女によって乗り物が馬と牛になるというケースもあるということでした。

 この馬と牛、大きいですね。馬はきゅうりではなくてズッキーニだそうです。

 たくさん乗れるようにという意味で、ご住職がズッキーニになさったそうです。法要の間、きゅうりの馬がへたってしまったことがあったそうで、それ防止ともおっしゃっていたような。

2017年3月21日 (火)

ふんどしぐんまちゃん

 このようなものを入手しました。
Gunmac_yukake01
 群馬県吾妻郡の川原湯温泉のタオルハンカチです。

 なんかドキドキしました。
Gunmac_yukake02
 ふんどし姿のぐんまちゃんというのがユニークなせいでしょうか。なんか生々しいというか、艶かしいというか。

 最近は、着衣のぐんまちゃんが多くなってきましたけど、以前は服は着ていないのが普通でした。今も珍しくありません。
Gunmac_gui02
 何も身に付けていなくても、どうということはないのに(馬ですから)、なまじ、ふんどしを着けていると、かえって生々しくなってくるというのは、なかなか奥深いものがあります。

 この件、さらに考察を深めると、当ブログの家風(?)から外れて行きそうに思いますので、この辺でやめておきます。(^_^;

 なお、見慣れてくるにつれて、ふんどし姿のぐんまちゃんへの違和感は次第に薄れて行きました。(^_^) 慣れは偉大です。

2017年2月24日 (金)

國學院で「祭祀と神話」展

 先日、仕事で國學院大學に行きました。ちょうど「祭祀と神話」という企画展をしていましたので、見学してきました。入場無料です。→趣旨等はこちら。
Saishitoshinwa01
 会期は2月11日(土)~4月9日(日)ですので、まだまだあります。ただ、中間の3月13日~15日の3日間は休館で、ここで展示替えが行われます。前期・後期ともに展示されるものもありますが、前期のみ、あるいは後期のみの展示品もあります。
Saishitoshinwa02
 主な展示品は、嘉禎本日本書紀(1236年写・前期のみ)、勅版日本書紀神代巻(1599年刊・後期のみ)、三嶋本日本書紀残欠(1428年写・前期後期別の部分)、荷田春満訓点古事記(1773年写・前期上巻、後期中巻)、兼永筆延喜式巻八(1523年写・通期)などなど。全部で43点です。武田祐吉博士の古事記講義メモもありました。

 これらがすべて國學院大學所蔵(大學所蔵のもの、大學図書館所蔵のもの、神道文化学部所蔵のもの、博物館所蔵のものの別はありますが)なのですから、すごいことです。圧巻でした。

 展示替え後の後期にも行ってこようと思います。

2018年9月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

ウェブページ