歴史

2022年6月28日 (火)

『西Navi』最新号は倶利伽羅合戦

 先日、群馬に行く時に乗った新幹線の座席に置いてあった『西Navi』6月号の特集は「源平倶利伽羅合戦」でした。
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 表紙は火牛の計です。
 こういう像が現地に設置してあるのでしょうか。

 この特集、NHK大河を意識してのものだったと思いますが、番組では、倶利伽羅峠の合戦はナレーションだけで終わってしまいましたね。

 合戦のことが大きく取り上げられています。
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 倶利伽羅合戦図屏風。
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 合戦経過図。
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 グルメとお土産。
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 義仲かぶと、巴御前、義仲・巴醤油など、木曽義仲と巴御前、人気です。
 これらはNHK大河で売上を伸ばしているのではないでしょうか。

 巴御前は今後もまだ登場しそうですね。

2022年6月12日 (日)

富士の裾野の仇討ち

 今日の「鎌倉殿の13人」、新解釈でなかなか面白かったです。

 でもねぇ、曽我兄弟は頼朝にも祖父の伊東祐親を殺されたという怨みを抱いていたとしても、父の仇の工藤祐経はどうなのでしょう。
 第一目標は工藤祐経で、可能であれば頼朝も、ということならともかく、頼朝だけを狙ったとなると、あまり納得できません。

 ま、私にはこういう感じの「曽我兄弟」が染み込んでいますので。(^_^)
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2022年5月31日 (火)

昭和53年の稲荷山古墳

 先日、『稲荷山古墳出土鉄剣金象嵌銘概報』のことを載せました。
 当時、修士課程の3年生だった私は、院生仲間と稲荷山古墳に行きました。
 渋川の家でその時の写真を見つけ、東京に持ってきました。
 メモによれば、稲荷山古墳に行ったのは昭和53年(1978)の11月2日です。

 丸墓山古墳の案内板。
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 「平地に造られた円墳では わが国最大とされている」とありますね。
 このように書かれていたことはすっかり忘れていましたが、それは貴重と思います。

 丸墓山古墳か稲荷山古墳。
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 大事なことなのに、記憶が曖昧で。(^_^;
 43年半の歳月でもう思い出せません。

 稲荷山古墳の案内の標柱。
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 この解説標柱にある直刀に金象眼銘があったのでしょう。

 稲荷山古墳の礫槨。
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 金網越しに撮りました。左下に金網が写り込んでしまいました。

 礫槨の案内板。
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 直刀の他にさまざまものが副葬されていたことが分かります。

 いずれもプリント写真です。
 アルバムで直接空気には触れないように保存していたのですが、43年半の歳月で変色しています。
 ネガもあると思いますので、いずれそれをデジタル化したいと思います。

2022年5月19日 (木)

『稲荷山古墳出土鉄剣金象嵌銘概報』

 ネットオークションに『稲荷山古墳出土鉄剣金象嵌銘概報』が出品されていましたので、買ってしまいました。
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 これ、持っていたかもしれませんが、行方不明です。(^_^;
 銘文発見の5ヶ月後に埼玉県が発行したものです。

 目次です。
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 この鉄剣自体は昭和43年に出土したものでしたが、錆に覆われていて、銘文があるなどということは全く分からなかったようです。
 後年、保存処理を元興寺文化財研究所に依頼したところ、X線撮影をして、表裏に銘文のあることが分かったのでした。
 昭和53年9月です。
 当時、私は修士課程の3年生でした。他の上代専攻の院生仲間ともども大いに興奮して、稲荷山古墳に行ってしまいました。
 行っても何もないんですけどね。
 でも、実地踏査は大切。
 そのメンバーの1人は今、古事記学会の代表理事です。
 稲荷山古墳も見ましたし、近くにあった丸墓山古墳にも登りました。この古墳は、石田三成が忍城攻めの際に本陣を置いた場所だそうです。
 関ヶ原の敗戦はこの祟りでしょうか。(^_^;

 当時、恩師O先生の後期のお授業もこの銘文一色になりました。
 このころはまだシラバス重視がうるさくなかった時代です。
 こういった未知の貴重な資料が発見されたりしたときには、それで良いのではないかと思います。

 報告書に戻って、X線撮影写真が載っています。
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 鉄剣の表裏に銘文が刻まれていますので、両面の文字が重なっています。

 一部分のアップです。
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 これを表裏に分けたオモテ側。
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 裏側。
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 上のように表裏が重なった文字が、良くぞこのように両面それぞれに分離できたものと思います。

 奥付です。
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 今はもう錆が落とされて、金象嵌銘を直接見ることができますが、それはそれとして、貴重な報告書と思います。

2022年5月16日 (月)

『日本書紀の鳥』(京都大学学術出版会)

 『日本書紀の鳥』(京都大学学術出版会)という本を購入しました。
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 今年の5月15日刊行という新刊です。
 この本のことは、フェイスブックで木下信一氏に教えていただきました。
 著者は山岸哲氏と宮澤豊穂氏です。
 著者略歴によれば、山岸氏は大阪市立大学名誉教授で、山階鳥類研究所長などを歴任された鳥の専門家です。
 宮澤氏は皇學館大学史学科を卒業され、日本書紀の全訳を刊行された方です。

 古典文学作品に登場する動物や植物のことは、国文学の専門家には手に余ることがありますので、理系・文系の研究者の共著というのは理想的な組合せと思います。

 カバーの背表紙側。
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 ここに、この書の趣旨が書かれています。
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 内容は、オールカラーの写真や挿絵が豊富で、日本書紀の内容と鳥と両方を解説した鳥図鑑といった趣があります。
 とても参考になります。

 カバーの絵は、田辺忍氏による和紙貼り絵で、表紙が「少彦名命と鷦鷯」、裏表紙が「斑鳩臨場」です。

 表紙の少彦名命のアップ。
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 「表紙の言葉」によれば、日本書紀では、少彦名命は鷦鷯の羽を衣服にして登場しているけれども、衣ではなくて鷦鷯に乗った姿で描いたら可愛らしく仕上がるのではと考えたそうです。

 良い本を入手しました。

2022年5月12日 (木)

再来年の大河は紫式部。&定子・彰子の名

 再来年のNHK大河は紫式部の一生を描く「光る君へ」で、主演は吉高由里子とのことですね。
 昨日のSNSはその話題で盛り上がっていました。
 平将門が主人公だった「風と雲と虹と」はありましたが、平安中期の貴族社会を描くのは初めてですね。
 これが成功すれば、「飛鳥・奈良時代も」ということになるかもしれませんね。期待したいです。
 大河に付きものの合戦はなさそうです。陰謀渦巻く権力闘争は出てきましょうか。
 暗殺はあまりなさそうなので、善児のような人物は登場しないかも。

 紫式部の名前は「まひろ」という設定だそうで。
 確かに、最初から「紫式部」という名で登場はできませんので、何らかの名前は必要ですね。
 「まひろ」は、美称の接頭辞「ま」+形容詞「広し」の語幹でしょうか。
 当時の女の人の本名は知られませんので、こういう名が一般的かどうかは分かりませんけど、アリかと思います。

 万葉集の歌からは、男性が女性の名を尋ねることは求婚を意味し、女性が名を教えれば求婚を承諾、教えなければ求婚を拒絶したことが知られます。
 そして、女性の名は親と配偶者くらいしか知らなかったと思われます。
 といって、それでは不便なので、女の人は普段は通称(ニックネーム)で呼ばれていたのでしょうね。

 大宝年間の戸籍や奈良時代の戸籍が正倉院に残っていて、そこには女性の名も載っています。
 現代だと、戸籍に載っている名が本名ということになりますが、正倉院の戸籍もそうなのかどうか。
 古代の戸籍は主に徴税のために作成されたものなので、行政的には住民の男女の別と年齢が分かれば十分なので、掲載人名は必ずしも本名である必要はなく、通称でも良かったと考えます。

 平安時代も、女性の名についての意味は同様だったとすれば、女性は通称で呼ばれていたことでしょう。
 紫式部も清少納言もそうですね。
 ここで、定子や彰子はどうなのかという問題が生じます。
 皇后・中宮という公人中の公人なので、名が知られているという考え方もあると思いますが、公人とはいえ、天皇の奥さんの名前が公にされているというのも不思議なことです。
 そう考えると、定子や彰子という名は公的な通称なのかと。
 本名は親と天皇しか知らない。

 こういう考え方、どうなのでしょう。
 不勉強で全く知らないのですが、誰かが既に言っているのか、誰も言っていないのか、誰かが言ってすでに否定されているのか。
 常識なのか、非常識なのか。
 妄言でしたら、多謝です。

 絵がないと寂しいので、架蔵の双六などから少し貼っておきます。

 明治41年の雑誌『少女界』新年号の付録「歴史双六」から。
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 絵は、鏑木清方・宮川春汀の合作です。この絵をどちらが描いたのかは分かりません。

 大正2年の雑誌『婦人世界』新年号の付録「日本名婦双六」から。
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 どちらの双六も、紫式部の枠で「1」が出ると「清少納言」の枠に飛ぶことになっています。

 年代不詳の絵はがき「近江歴史」から。
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 「紫式部上東門院の命を受け石山寺に参籠して源氏物語を著し之を上つる文辞絶妙今に至り範を垂る」とあります。

 昔のものはあれこれ面白いです。

2022年5月 9日 (月)

『ならら』2022年5月号は「名勝奈良公園と月瀬梅渓」

 『ならら』の最新号が先日届きました。
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 特集は「名勝 奈良公園と月瀬梅渓」です。
 奈良公園は分かるとして、梅は季節外れではと思ったのですが、中を読むと、ポイントは「梅渓」ではなく「名勝」なのでした。
 100年前に名勝が11件指定されたときに、これらの第1号名勝の中に、兼六園(金沢市)・後楽園(岡山市)などとともに、奈良県からは奈良公園と月ヶ瀬梅渓の2件が選ばれたということです。
 それで、第1号名勝指定100年を記念してこの特集になったのでした。

 目次です。
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 興味深い内容がいくつかありました。

 その中で特に興味深かったのは、28ページの「最先端気候史データと日本古代史」です。
 末尾にこのような記述がありました。
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 どうなのでしょうね。
 科学的な研究成果と安閑紀の記事とが重なるとすると、このあたりの時代の日本書紀の年代の信憑性が増すことになるのではないかと思います。

 あとは、34ページの斉明紀の「狂心渠」ですね。そのルートと遺構についての内容でした。

 今日は、クレジットカードも現金も持たずにスーパーに行ってしまい、途中でそれに気づいて、買物途中のカゴをお客様カウンターに預けて、家に取りに行きました。こういうの2回目か3回目です。粗忽です。
 そんなことがあったので、金魚の夕飯を忘れてしまいました。
 金魚、ゴメン。
 向こうはどう思っているでしょうね?
 「今日、夕飯食べたかね?」
 「食べてないような気も」
 「イヤですねぇ、おじいさん。食べたじゃありませんか」
なんて会話を交わしたかも。

【追記】
 三友亭主人さんからのコメントにお答えする形で、画像を1枚追加します。
 「狂心渠」に関する論考に掲載された地図のうちの1枚です。
 3案あるうちの第3案とお考えです。
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 古道の側溝を拡幅して運河としたもので、この運河は藤原京建設や、その後にも利用されたのであろうということです。

2022年4月26日 (火)

天寿国曼荼羅繍帳の絵はがき

 天寿国曼荼羅繍帳の絵はがきを入手しました。
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 発行は中宮寺。印刷は京都の便利堂です。

 全部で6枚入っています。1枚はこんな感じです。
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 6枚を並べると、全部繋がります。
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 描かれた亀の背中にそれぞれ4文字ずつ刺繍されています。
 その部分を切り貼りしました。
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 右上は、亀の背中の文字ではなく、月のうさぎです。
 以下、それぞれ以下のような文字です。

 ・孔「部間人公」主
 ・「于時多至」波奈大女郎
 ・天「皇前曰啓」之

 これらのうち、はっきり読めるのは、最初の「部間人公」だけで、あとはちょっと厳しいです。

 天寿国曼荼羅繍帳の画像はどこかに載っているでしょうね。
 至文堂の『日本の美術』なんかにありそうで、持っているかもしれませんが、とりあえず出てこないので、私にとっては貴重な絵はがきです。

2022年4月24日 (日)

「歴史を旅する物語」(新潟・群馬・埼玉)

 金曜日に群馬県庁舎の群馬県民センターに立ち寄ったときに見つけました。
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 「新潟・群馬・埼玉 歴史を旅する物語~古の道・金の道・絹の道~」というパンフレットです。
 この画像はほぼA4サイズですが、開くと8倍の大きさになります。
 内側には、全面を使った大きな地図が載っています。
 その地図は省略しますが、他の内容からいくつか選んでみます。

 古の道。
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 金の道。
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 絹の道。
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 アクセスマップ。
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 3県共同製作なのでしょう。
 それにしては、表紙は群馬の古墳ですね。
 3県とも中身は同じで、表紙だけそれぞれ当該県メインなのかもしれません。

 見ていて楽しいパンフレットです。

2022年4月20日 (水)

ナゾの旧国かるた?

 ちょっとミョーなものを入手しました。
 旧国かるたのようなものです。

 字札。
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 東京府、大坂府、京都、伊勢神宮、横浜、神戸。あとは、旧国の中から大和と上野。
 読み札を読むと、東京、大阪、京都は3府、横浜と神戸は5港のうちの2つです。
 5港というのは、安政五ヶ国条約によって開かれた、箱館・横浜・新潟・神戸・長崎を指します。
 東京には「トウケイ」、大坂には「オオザカ」というルビが付いています。

 絵札のうち、3府、伊勢神宮、神戸・横浜。
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 絵柄はその土地にまつわるあれこれで、時代はまちまちです。
 神戸といえば楠公さん。

 これ以外の旧国から独断と偏見で12ヶ国を選んでみました。
 おおよそ時代順に並べました。
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 さて、これはなんでしょうね。
 字札と絵札とがあるところをみると、かるたなのでしょうけど、字札はどう使うのでしょうね。
 単に、「東京府」「大坂府」などというように府県名だけを読み上げるのかどうか。
 用途は学習用ですかね。

 なお、箱はなく、字札・絵札ともに北海道、中国、四国、九州は1枚もありません。
 失われてしまったのか、あるいはこれが上巻で、別に下巻があるのか。
 あれこれナゾです。

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