『前賢故実』(16)平安前期から中期
昨日に続き、また『前賢故実』です。
源経基。
源経基は清和源氏の祖。
紀貫之女。
紀貫之女は「鶯宿梅」の逸話で知られます。
この話は、村上天皇の時代に、清涼殿の前に植わっていた梅の木が枯れてしまったので、都の外れにある家に植えられていた見事な紅梅を、勅命であるとして掘り返して内裏に運ぼうとしたところ、家の者がその枝に短冊を結びつけて持たせます。
その紅梅は清涼殿の前に移植され、枝に結びつけられた短冊が天皇の目に止まります。短冊を開いてみると、そこには「勅なればいともかしこし鶯の宿はと問はばいかが答へむ」とありました。
天皇が調べさせると、その家の主人は紀貫之の娘で、娘はその紅梅を父の形見として大事にしていたことが分かったということです。
藤原忠平。
藤原忠平は延喜格式を完成させ、また「延喜の治」と呼ばれる国政改革を行いました。
橘直幹。
橘直幹は漢詩人で、大学頭、文章博士などを歴任します。
民部大輔の官を望んで起草し、小野道風に揮毫して貰った申文は、村上天皇が大いに賞翫したという説話が知られます。
小野道風。
小野道風は能書家で、藤原佐理・藤原行成とともに三跡として知られます。
柳に飛びつくかえるの話が有名ですが、あの話が広まったのは江戸中期だそうです。

















































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