歴史

2021年3月 5日 (金)

明治10年の『新撰年代記』(8)外国との条約

 何度か取り上げてきた明治10年の『新撰年代記』、だいぶ日が空いてしまいましたが、8回目です。
 ここに「各国条約年月」という項目があります。
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 後半。
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 幕末から明治に掛けて、年月日順に並んでいます。
 途中で政権交代どころか、政体が全く変わってしまいましたのに、旧幕府が結んだ条約もそのまま継続的に取り扱われています。

 ペリーが黒船に乗って来日して、日米和親条約を結んだのが外国との条約の初めかと思っていましたが、これを見ると、アメリカは5番目ですね。
 はて? と思って岩波の『近代日本総合年表』を見たら、次のようにありました。

  安政元年3月31日 日米和親条約調印(安政2年1月5日批准書交換)
  安政5年7月29日 日米修好通商条約調印(万延元年4月3日批准書交換)

 『新撰年代記』には、アメリカ合衆国との条約は万延元年4月3日になっていますので、これは、日米修好通商条約の批准書交換の日付にあたります。
 国ごとに最新の条約締結を挙げたのでしょうね。それで、日米和親条約は載せなかったのでしょう。

 以前、「明治10年の『新撰年代記』(6)外国の国名」に載せた国名が並んでいます。
 ただ、条約リストの冒頭にある「貌利太泥亜(ブリタニア)」は載っていません。
 ググってみたら、「ブリタニア」はイギリスのグレートブリテン島南部の古称とのことです。

 他には、プロシアが「独乙北部聯国合併」となっています。
 「瑞典(ズイテン)那耳西」というのが分かりません。「瑞典」はスウェーデンですが、「那耳西」が何だか。
 その次にはハワイが載っていますね。まだアメリカ合衆国の州にはなっていないのでした。
 最後の「秘魯」はペルーです。外国の国名リストの方には「白露」という表記でした。

 あれこれ面白いです。

2021年2月 7日 (日)

明治10年の『新撰年代記』(4)神社仏閣

 3回ご紹介してきた明治10年の『新撰年代記』、今日は第4回目です。
 この年代記には、「神社仏閣草創年代」というリストも載っています。
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  このような感じで、全部で42の神社仏閣の創始年代と、創始から明治8年までの年数が載っています。
 この創始年代が史実と合うかどうかは置き、記載されている創始年と明治8年までの年数とは、冒頭の2つを除いて、他は全て合っています。
 冒頭の2つというのは、神武と垂仁で、ともに1年ずつズレています。
 この2つは、日本書紀の年代ではどちらも紀元前になるので、そこでの換算で1年ズレたものと思います。

 こういった神社仏閣の創始年のリストは、文政5年の『懐宝 和漢年代記大全』にも載っています。
Wakannendaiki16
 本来は横に1本なのですが、収まりが悪いので、上下2段に分けました。

 こちらは、文政5年までの年数だけ載っていて、創始年は記載されていません。
 年数を明治10年の年代記に換算して比べると、見事なほど合っていません。
 依拠した資料が異なるのか、あるいは計算違いかと思います。
 明治のは西暦を使って計算したものと思いますが、文政のは使っていないのでしょう。その差が出たものかもしれません。

 さて、幕末維新を挟むよく似た2つの材料が手許にあるので、比較してみました。

 【両方に載っている神社仏閣】
 伊勢内宮御鎮座、江州 竹生島出現、伊勢外宮御鎮座、豊前 宇佐八幡宮、摂州 住吉社鎮座、摂州 四天王寺、信州 善光寺本尊
 藝州 厳島明神、西京 六角堂、和州 多武峰、江州 山王権現、城州 加茂社、和州 長谷寺、城州 稲荷明神出現、南都 春日社
 南都 大仏供養、城州 愛宕山、西京 八阪塔、西京 清水寺、西京 八阪神社、城州 比叡山、城州 嵯峨釈迦堂、雲州 出雲大社

 【文政にのみ載っている神社仏閣】
 熱田社、吉野蔵王、松尾社、箱根権現、平野社、男山八幡、吉田社、鹿島社、多賀社、三輪社、白髭社、仁和寺、日吉社

 【明治にのみ載っている神社仏閣】
 熊野権現出現、和州 法隆寺、和州 龍田社、東京 浅草観音、和州 当麻寺、和州 興福寺、江州 石山寺、紀州 玉津島出現
 野州 日光山、西京 建仁寺、城州 東寺、紀州 高野山、江州 三井寺、城州 東福寺、西京 南禅寺、東京 増上寺
 西京 大仏殿、東京 東叡山、東京 回向院

 両方に載っている神社仏閣は、当時の代表的な神社仏閣といえましょう。伊勢神宮をはじめ、今も有名な神社仏閣が並んでいます。

 文政のには載っているが明治のには載っていないもののうち、鹿島社、多賀社、三輪社、白髭社の4社は、文政の年代記に「神代よりちんざ 年歴不詳」とあります。これらが明治の年代記に載っていないのは、明治の年代記には年歴不詳のものは載せないという方針があったのかもしれません。
 他は、京都近辺の社寺が多いように思います。東京遷都により、京都近辺の社寺への関心が薄れたのでしょうか。

 文政のには載っていないが明治のには載っているという社寺はどうでしょうか。
 今日の目から見れば、法隆寺、興福寺、高野山など、有名どころがちゃんと載っています。
 あと、浅草観音、日光山、増上寺、東叡山、回向院などは東京遷都によるものでしょう。
 おおむね年代順に掲載されている中で、末尾に回向院が載っていて、宝亀三年の草創となっています。
 これはヘンですね。回向院は、明暦の大火の焼死者を祀ったのが最初で、明暦三年(1657)に開かれた寺院ですので、何か間違いがあるのでしょう。

 今日著名なお寺なのに、どちらの年代記にも載っていないものに、中尊寺、鹿苑寺、慈照寺、高山寺、薬師寺、唐招提寺などがあります。

 神社仏閣も世に連れ。

2021年2月 6日 (土)

昭和から平成への代替わり

 昨日無事に一太郎を受け取り、インストールも済ませました。
 それで、今日はまた渋川の家に来ています。
 もう少し。

 テレビ番組をせっせと録画したVTRがたくさんありますが、大部分廃棄ですね。
 DVDに焼き直すのも大変だし、それをしてもたぶん見ないと思います。
 それでも、「これは」というごく少数はDVDに焼こうと思います。
 1つは勤務先の卒業式。私が講堂にビデオカメラを持っていって撮影したわけではありません。
 毎年、地元の群馬テレビのニュースで取り上げられていました。
 ほんの2分ほどですけど、これを留守録していましたので、これくらいはDVDに落とそうかと思います。

 あとは、これ。
Showataisou

 代替わりも改元も生まれて初めてのことでしたので、保存せねばと思って、録画しました。
 中身はNHKのニュースや中継などです。

 これはDVDに焼こうかと思います。
 DVD化しても、たぶん見ないと思いますけど、なんとなく保存版という思いで。(^_^;

2021年2月 2日 (火)

壬申の乱ゲーム

 昭和50年代だったでしょうか、戦争のボードゲームが店頭に並んだ時期がありました。
 私は日本の合戦にしか興味がなく、関ヶ原や大坂夏の陣を買いました。
 関ヶ原は友達と遊び、夏の陣は一人で楽しみました。←1人でって……。(^_^;

 渋川の家の片づけで、こういうものが出てきました。
Jinshingame01
 奥付に依れば1984年4月発行です。昭和59年ですね。
 戦国時代は好きですが、想定外の壬申の乱は「おお!」でした。目が輝いたと思います。(^_^)

 ゲーム用の地図。
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 倭付近のアップ。
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 左下に吉野宮があります。あとは、倭京、箸陵、墨坂なども。
 菟田評家とあります。大宝以前なので、郡ではなくてちゃんと評になっています。

 大海人皇子の本営付近。
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 こちらも不破評家になっています。
 右上には大きく国名の「三野」の文字があります。これも「美濃」ではなく古い表記ですね。
 他にも、「川内」「淡海」など古い表記がなされていて、大変結構です。(^_^)
 「伊世」という表記もありますが、これは「伊勢」で良かったかと思います。

 コマ。
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 人物のコマのアップ。
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 大海人皇子側が赤なのは、赤い旗を用いたという記述を踏まえているのでしょう。(^_^)
 人名の下の3つの数字は、左から順に、指揮能力・作戦能力・戦闘能力とのことです。

 大友皇子側に倭姫王がいます。指揮能力等は全て0ですが、倭姫王に率いられている部隊の士気は数値がプラスされます。
 大友皇子側で★マークが付いているのは、裏切る可能性のある人物で、サイコロの目次第で大海人側になるとのことです。

 この本には、壬申の乱の史実についての詳細な解説があります。
 万葉歌も引用されています。
 そういうマニアックな出来で、ゲームのルールもややこしく、せっかくの壬申の乱ゲームなのに、あまりやってみたいという気になれません。(^_^;

2021年1月27日 (水)

明治10年の『新撰年代記』(2)古人物年代

 一昨日、明治10年の『新撰年代記』をご紹介しました。
 大化元年(645)から明治10年(1877)に至る1233年を1年1マスの表にしたものです。
 西暦が普及していなかった時代、あのできごとは何年前のことだろうか、祖父の33回忌はいつになるのだろうか、といったようなことを知るのはなかなか厄介だったと思います。
 元号も明治以降に比べて頻繁に変わりましたので、複数の元号をまたぐと計算はできません。
 こういった表は不可欠だったことと思います。

 この本には他に、天皇一覧や将軍一覧など、各種の一覧表が付いています。
 その中に「古人物年代」という表があります。
M10nendaiki09

 続き。
M10nendaiki10

 このように、日本武尊から沢庵和尚に至る79人の人物が並んでいて、それぞれの没年と、それが何年前に当たるかの年数が記してあります。
 天皇は挙がっていませんが、これは別に天皇の一覧があるからでしょう。
 これが、明治10年の時点での日本史上の代表的な人物79名(の一例)ということになりましょう。
 どうでしょう。今、79名選ぶとしたら、だいぶ出入りがありましょうか。

 こういった年代記として、以前、文政5年(1822)の『懐宝 和漢年代記大全』というものを入手し、当ブログでもご紹介していました。
 その中にも、「弘法名僧年数」という名僧の一覧と、「名家名将名臣年数」という文化人や武将の一覧が載っています。
 文政5年のものと明治10年のものとを比較してみました。幕末維新の動乱を挟み、価値観も大きく変わった時代の比較ということになります。

 結果は以下の通りです。

 文政5年の『懐宝 和漢年代記大全』を「文政」、明治10年の『新撰年代記』を「明治」としました。

 A.「文政」と「明治」と両方に載せる者
  守屋大臣、聖徳太子、大織冠鎌足、役行者、柿本人麻呂、良弁僧都、中将姫、吉備大臣、坂上田村麻呂、
  伝教大師(最澄)、弘法大師(空海)、小野小町、慈覚大師(円仁)、在原業平、智証大師(円珍)、
  菅丞相、六孫王経基、小野道風、空也上人、元三大師(良源)、多田満仲、恵心僧都、源三位頼政、
  平清盛、木曽義仲、源義経、西行法師、源頼朝、熊谷蓮生坊、円光大師(法然)、親鸞上人、最明寺時頼、
  日蓮上人、一遍上人、楠正成、新田義貞、吉田兼好、武田信玄、上杉謙信、隠元禅師

 B.「文政」にのみ載せる者
  釈迦如来、達磨大師、行基菩薩、山部赤人、猿丸大夫、大友黒主、守敏僧都、紫式部、参議佐理卿、清少納言、
  行成卿、証空上人、道元禅師、夢窓国師、了誉上人、一休和尚、古幡随院、雄誉上人、慈眼大師(天海)、
  珂碩和尚、祐天僧正、了碩和尚

 C.「明治」にのみ載せる者
  日本武尊、武内大臣、弓削道鏡、阿倍仲麻呂、小野篁、安倍晴明、源頼光、渡辺綱、源義家、安倍貞任、
  鎮西八郎為朝、武蔵坊弁慶、太夫敦盛、曽我兄弟、畠山重忠、梶原景時、和田義盛、朝比奈義秀、栄西禅師、
  北条時政、慈鎮和尚(慈円)、高師直、太田道灌、蓮如上人、毛利元就、今川義元、山本勘助、斉藤道三、
  竹中半兵衛、明智光秀、千利休、小西行長、石田三成、加藤清正、木村重成、真田幸村、木下長嘯子、石川丈山、
  沢庵和尚

 幕末維新を挟むのに、Aが多いですね。
 Aは、価値観が大きく変わっても変わらない、不滅の著名人ということになりましょうか。
 当時の人々の関心の在り処が知られて興味深いです。
 物部守屋が入っているのが不思議です。ライバルの蘇我馬子はABCのどこにも入っていません。
 六孫王経基や多田満仲のような清和源氏の初期の面々が載っていますね。
 熊谷直実は両書とも「熊谷蓮生坊」の名で載っています。
 僧侶が多く、主な仏教宗派の祖はかなり漏らさずに載っています。
 戦国大名としては、信玄と謙信が載っています。

 Bは僧侶が目立ちます。
 あとは、山部赤人、猿丸大夫、大友黒主、紫式部、参議佐理卿、清少納言、行成卿が文化人枠でしょうか。
 これらは「明治」には載っていない人々です。

 Cは武将が目立ちますね。てんこ盛りです。
 幕末維新の動乱を経た結果でしょうか。この本が刊行された明治10年には西南戦争もありました。

 全体を通して気づいたのは、高位の貴族に関心がないという点です。鎌足はAに載っているものの、藤原氏の不比等、武智麻呂、仲麻呂、良房、基経、道長、頼通など、全滅です。
 また、戦国武将として、Aに信玄・謙信がいる他、Cとして数多くの人々が並んでいますけど、信長、秀吉、家康という三英傑が載っていません。時代的には、Cに三成や幸村が載っているのですから、織豊時代の前で切ったとも考えられません。
 不思議です。

 あれこれ面白いです。

2021年1月25日 (月)

明治10年の『新撰年代記』(1)

 ネットオークションで買いました。
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 お経本のような折り本形式で、表裏両面に印刷されています。
 大きさもお経本ほどで、横幅はちょうど手で掴めるほどです。

 冒頭はこのようになっています。
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 「皇国漢土西洋年暦」という角書きがあります。

 奥付。
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 明治10年に大阪で刊行されたものです。

 この本のメインは1年1マスの年表です。
 年表部の冒頭はこのようになっています。
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 小さいので、一部分をアップにします。
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 大化元年から始まっています。
 大化の下に、「乙巳」という干支が記されています。
 2行目には「孝徳」という天皇名と、「六月即位」。
 3行目には「年号始ル」。
 4行目には「唐太宗貞観十九/西洋紀元六百四十五」とあります。

 このような形式で、1年1マスで、明治10年に至ります。
 1行が6マスなので、2行後の同じ位置に同じ十二支が来ます。

 年表部の末尾。
M10nendaiki06

 これも一部分をアップにします。
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 記事が印刷してあるのは明治10年までですね。
 まだ余白がありますので、数年間は持ち主が自分で記入できます。
 実際に明治11年、12年には「コレラ病流行」「琉球藩ヲ廃シ縣トナス」などの記載があります。
 また、明治23年のマスには、「諸国コレラ病流行」「インフルベンザ同」とあります。
 この時代もしばしば疫病が流行していたのですね。人ごととは思えません。
 「インフルベンザ」という語形、興味深いです。

 この本、メインはこの年表ですが、他に、歴代天皇一覧、山、海、温泉の一覧などなど、歴史・地理関係の項目が満載です。
 それらもまた追々ご紹介します。

2021年1月13日 (水)

機織型埴輪と猫の町

 先日群馬に行ったときに入手したJR東の新幹線車内誌『トランヴェール』1月号です。
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 今号の特集は、栃木県の着物です。
 足利の銘仙と小山の紬が取り上げられていました。

 そして、もう1つ。小山市の甲塚古墳(6世紀後半)から出土した機織型埴輪で、平成16年の発掘調査で出土したものだそうです。
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 アップです。
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 織機と、それを使って機織をしている人物とがセットで作られている埴輪は他に出土例がないそうです。
 貴重ですね。

 本号にはこんなページもありました。
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 全く同じものが前号にも載っていましたので、「はて?」と思ったのですが、右上に小さく「PR」とありました。
 記事ではなく広告ページならば同じでもおかしくはありません。スポンサーは台東区観光課のようです。

 いくつかアップにします。

 日暮里駅西口の駅表示。文字の中に、猫の耳、足跡、しっぽがデザインされています。
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 谷中銀座商店街の七福猫。
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 朝倉彫塑館。
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 淨名院。
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2020年12月 9日 (水)

北陸の刀剣は意外でした

 毎月楽しみにしているJR東の新幹線の車内誌『トランヴェール』、12月号の特集は北陸の刀剣でした。
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 刀剣というと、相摸、山城、山陰、山陽あたりが思い浮かびます。恥ずかしながら北陸は全く知りませんでした。
 「北国物(ほっこくもの)」と総称されているとのことです。

 この雑誌、しばしば日本各地の伝統あるものや事柄を特集してくれています。
 古い物好きの私には嬉しい雑誌です。

 この雑誌の巻頭は、毎号、駅弁紹介です。もう216回目。
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 今号は新潟の「えび千両ちらし」でした。最近食べていませんが、この駅弁はお気に入りです。(^_^)

 特集とは別に、日暮里・谷中近辺の猫関係のお店の紹介がありました。今度、回ってみたいです。
Trainvert202012c

 あちこち楽しめる号でした。

2020年11月17日 (火)

「踊る埴輪」新聞記事の原本

 9月19日に「踊る埴輪 踊ってない?」という記事を書き、新聞記事の切り抜きを載せました。
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 ただ、この切り抜きは原本ではなく、コピーです。上代文学史の授業で配布したコピーの残部です。
 コピーのコピーなど、何度かコピーを重ねている可能性があります。

 このほど、渋川の家から新聞の原本が見つかりました。
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 カラーなのでした。

 コピー。
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 原本。
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 鮮明さが大分違いますね。
 原本が見つかって良かったです。

2020年11月 5日 (木)

木村重成の妻など

 3日前に、明治41年の「歴史双六」のことを書きました
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 神話・伝承の時代から江戸時代までの、様々な女性を取り上げた双六でした。
 聞いたことのない人物も含まれていて、例えば「津田八弥の妻」というのが分からず、ググってみたら、戦国時代の女性で、夫(婚約者のようですが)の仇を討ち、後には自刃して果てたとのことです。壮絶ですね。

 他に、よく分からない人物を調べてみました。
 「小宰相」は、源平時代の人物で、平通盛の妻。一ノ谷の戦いで夫が討ち死にしたと知り、後を追って入水したのでした。
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 『平家物語』に載っているのに、知りませんでした。不勉強です。(^_^;

 ヤマトタケルの危難を救うために海に身を投じた橘媛も取り上げているし、ガラシャもいます。
 どうも、お正月に楽しむ双六にしては、切なすぎます。

 木村重成については、兜に香を焚きしめて、大坂夏の陣で戦ったというエピソードしか知りませんでした。
M41rekishi06
 この絵は、討ち死にした夫の兜を手に、妻が悲しんでいる姿かと思いましたが、そうじゃありませんね。
 夫の出陣を前にして、妻が兜に香を焚きしめているのでしょう。
 これも切ないことと思います。
 木村重成の妻についてもググってみましたら、夫の一周忌に自害しているのでした。
 何ということでしょう。

 この双六が作られたのは、日露戦争の終結から2年ほどです。人の死が身近だった時代ということもあるのでしょうかね。

 「貫之娘」というのもどういう人物か分からず、不安な気持ちで調べてみましたら、こちらは『大鏡』などにある「鶯宿梅」の説話のようです。
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 平穏な話でよかった。(^_^)

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