歴史

2020年11月17日 (火)

「踊る埴輪」新聞記事の原本

 9月19日に「踊る埴輪 踊ってない?」という記事を書き、新聞記事の切り抜きを載せました。
Odoruhikaku01
 ただ、この切り抜きは原本ではなく、コピーです。上代文学史の授業で配布したコピーの残部です。
 コピーのコピーなど、何度かコピーを重ねている可能性があります。

 このほど、渋川の家から新聞の原本が見つかりました。
Odoruhikaku02
 カラーなのでした。

 コピー。
Odoruhikaku03

 原本。
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 鮮明さが大分違いますね。
 原本が見つかって良かったです。

2020年11月 5日 (木)

木村重成の妻など

 3日前に、明治41年の「歴史双六」のことを書きました
M41rekishi01
 神話・伝承の時代から江戸時代までの、様々な女性を取り上げた双六でした。
 聞いたことのない人物も含まれていて、例えば「津田八弥の妻」というのが分からず、ググってみたら、戦国時代の女性で、夫(婚約者のようですが)の仇を討ち、後には自刃して果てたとのことです。壮絶ですね。

 他に、よく分からない人物を調べてみました。
 「小宰相」は、源平時代の人物で、平通盛の妻。一ノ谷の戦いで夫が討ち死にしたと知り、後を追って入水したのでした。
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 『平家物語』に載っているのに、知りませんでした。不勉強です。(^_^;

 ヤマトタケルの危難を救うために海に身を投じた橘媛も取り上げているし、ガラシャもいます。
 どうも、お正月に楽しむ双六にしては、切なすぎます。

 木村重成については、兜に香を焚きしめて、大坂夏の陣で戦ったというエピソードしか知りませんでした。
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 この絵は、討ち死にした夫の兜を手に、妻が悲しんでいる姿かと思いましたが、そうじゃありませんね。
 夫の出陣を前にして、妻が兜に香を焚きしめているのでしょう。
 これも切ないことと思います。
 木村重成の妻についてもググってみましたら、夫の一周忌に自害しているのでした。
 何ということでしょう。

 この双六が作られたのは、日露戦争の終結から2年ほどです。人の死が身近だった時代ということもあるのでしょうかね。

 「貫之娘」というのもどういう人物か分からず、不安な気持ちで調べてみましたら、こちらは『大鏡』などにある「鶯宿梅」の説話のようです。
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 平穏な話でよかった。(^_^)

2020年11月 2日 (月)

明治41年『少女界』の「歴史双六」

 ネットオークションで買いました。
M41rekishi01

 明治41年『少女界』の付録です。絵は、鏑木清方・宮川春汀です。

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 新年号ですね。お正月は双六。
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 右下が振出しで「天孫降臨」、中央が「上り」です。「上り」は2人の女学生ですね。鳥居をくぐっているようですが、よく分かりません。

 全部でこのような内容です。

  振出し:天孫降臨
  稚足媛
  橘媛
  大葉子
  神功皇后
  形名妻
  佐用媛
  貫之娘
  清少納言
  紫式部
  小宰相
  静御前
  巴御前
  松下禅尼
  楠木正行母
  津田八弥妻
  木下藤吉妻
  山内一豊妻
  細川忠興妻
  木村重成妻
  池大雅妻
  上り:(女学生?)

 古代が多いですね。あとは戦国時代。
 「歴史双六」と銘打っていますが、『少女界』の付録の故か、取り上げられているのは、いずれも女性で、文化人または勇ましい人物です。
 勇猛な女性が多いのは、日露戦後3年目という時代的な背景がありそうです。

 稚足媛というのがピンとこなくて、ググってしまいました。
 雄略天皇の皇女で斎宮でした。ピンとこなくてお恥ずかしいです。(^_^;

 津田八弥の妻というのも分からず、ググりました。戦国時代の人物で、夫(婚約者のようですが)の仇を討ち、後には自刃して果てたとのことです。

 天孫降臨。
M41rekishi04
 先頭にいるのは天鈿女命ですね。猿田毘古と対しています。

 形名妻というのはマイナーと思います。
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 上毛野形名の妻で、群馬のかかあ天下の元祖のような人物です。

 木村重成の妻。
M41rekishi06
 NHK大河「真田丸」に、木村重成は出てきましたが、妻は登場しなかったような。
 木村重成は、今は知る人も少なくなりましたが、昔は人気があったようです。

 いろいろと時代を感じる双六です。

2020年10月16日 (金)

GoToトラベルで前橋

 一昨日14日(水)に講演をした「ばらの会」は、朝9時20分までに来て欲しいとのことでした。
 東京発でその時間は厳しいので、前日の13日(火)から前橋市内に前泊したいところです。
 ところが、13日(火)はリモートの授業が3コマあります。
 東京の家で3コマ済ませて群馬に向かうと遅くなりますし、3コマの後での移動はきつかろうと思います。
 「う~ん」と考えて、もう1日早く12日(月)から宿泊することにしました。
 そうすれば、13日(火)はゆっくり起きて、ホテルからリモートの授業ができます。どうやらこれが一番良さそうです。

 などと考えていたのが9月末。
 そんな折に、前橋に泊まる時にはいつも利用するホテルからGoToトラベルの案内メールが来ました。
 ちょうど、東京発着の宿泊も対象になるというタイミングでした。
 いい仕事しますね。(^_^)
 ということで、早速そのホテルに2泊3日の予約をしました。

 宿泊代も安くなっていたと思いますが、その他に、チェックインする時にこういうクーポン券をもらいました。
Gototravel01
 有効期限は2泊3日の宿泊期間限りです。

 さてどう使おうか。
 趣旨としては、コロナ禍でダメージを受けた旅行関係の諸業種への応援ということですよね。
 コンビニでも使えそうですが、コンビニで使ったのでは趣旨が生きません。
 そこで、13日(火)にリモートの授業が終わった後、前橋駅構内の物産店を物色しました。
 講演2つの会場にも持ったまま行くことになりますので、リュックにすんなり収まるくらいの大きさでないと邪魔です。
 で、選んだ品がこれです。
Gototravel02

 裏側。
Gototravel03

 直前に終わったばかりのリモートの上代文学史の授業が「黎明期の上代文学」という内容で、「踊る埴輪」にも触れたところでした。
 踊っていないという説が主流らしい、という話をしましたが、箱にはこうありました。
Gototravel04
 この呼び名が定着していますからねぇ。

 「「踊る埴輪」と呼ばれている馬曳き埴輪」でも良いかもしれない、などとも思っています。(^_^)
 ところが、学生さんからのリアクションペーパー代わりのメールの中に、自分は馬曳きと習っていたので、踊っているという説があることを知ってびっくりした、というのがありました。
 昭和は遠く……です。

2020年9月30日 (水)

新町で連続講座(2020年 第3回)

 今日は、高崎市新町公民館で講座でした。

 隔週5回の連続講座「万葉集をよむ~関東・信州の歌を中心に~」の第3回目で、「上野国の歌(3)」と「下野国・常陸国の歌(1)」です。レジュメはこちら

 上のレジュメは実際のレジュメそのものではなく、今日実際に進んだ範囲です。

 全5回の講座のうち、上野国だけで2回半使ってしまいました。地元なので、良いことにします。(^_^)

 会場の新町公民館でこのような本を頂きました。
Kannagawamanga
 平成10年に新町商工会が発行したものです。

 神流川(かんながわ)合戦というのは、1582年、織田信長が本能寺で討たれたあと、上野国に攻め寄せた北条軍と、これを迎え撃った信長の家臣滝川一益軍との合戦です。4年前の「真田丸」では、ほぼナレーションだけでしたけど、神流川合戦が登場しました。滝川一益は段田安則でした。
 この古戦場碑が新町にあります。
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 そういうことで、新町としては、住民にこの合戦のことをよく知ってもらいたいということなのでしょう。
 この本は、当時、新町の住民に全戸配付したそうです。

2020年9月28日 (月)

「支那暦」という語

 ネットオークションで購入しました。
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 大正15年の暦です。
 岐阜県のお店が顧客に配ったもののようです。
T15okabe02

 注目したのは、上から2段目の左側にある「支那暦」という語です。
 初めて見る語でしたので、関心を持ちました。
 日国にも立項されていません。
 意味としては「旧暦」と同じものとみて良さそうです。
 日国には「旧暦」は次のようにあります。

------------------------------------------------------
きゅう‐れき[キウ‥] 【旧暦】〔名〕
(1)古い暦。昔、用いられた暦。
  (用例省略)
(2)昨年。旧年。
  (用例省略)
(3)明治五年(一八七二)に採用された太陽暦(新暦)に対して、それ以前に用いられた太陰太陽暦をいう。上代の日本には固有の暦法がなく、七世紀、推古天皇のときに、中国の暦法が移入されてこれを遵用して以後、儀鳳暦(ぎほうれき)、大衍暦(たいえんれき)などいくつかの中国暦によった。特に貞観四年(八六二)に採用された宣明暦は八二三年間利用されたが、その誤りを見出した安井算哲(渋川春海)が元の授時暦を日本に適応させた新暦の採用を奏上、貞享元年(一六八四)に採用が決まり、同二年より施行された。以後、宝暦暦、寛政暦、天保暦と修正が加えられた。これらを通称していう。今日では天保暦をさす。……以下略
*改暦の詔‐明治五年〔1872〕一一月九日「太陽暦は〈略〉太陰暦に比すれば、最も精密にして〈略〉依て自今旧暦を廃し、太陽暦を用ひ」
*浮雲〔1887~89〕〈二葉亭四迷〉二・七「暦を繰て見れば、旧暦で菊月初旬(はじめ)といふ十一月二日の事ゆゑ」
*母なるもの〔1969〕〈遠藤周作〉「この島では、カトリック信者が、新暦でクリスマスや復活祭を祝うのにたいし、かくれたちは旧暦でそっと同じ祭を行うのだそうである」
  (以下省略)
------------------------------------------------------

 太陽暦に対する「旧暦」という語は、明治5年から既に用いられており、『浮雲』などにも使われています。

 いわゆる「旧暦」は中国の暦法ですから、その意味で「支那暦」と言ったのでしょうか?
 ただ、上の日国にもあるように、江戸時代に日本で改良されたものが使われていたわけですから、あえて「支那暦」と言わなくても良さそうに思います。

 当時の中国は中華民国ですね。中華民国でも太陽暦を使っていたと思いますが、もしかしたら民間では旧暦が主に使われていたといった状況があったので、それで、中華民国で使われている暦を「支那暦」と呼んだとか?

 ちょっと不思議。

 中央部分に顧客宛の「感謝と御願」という挨拶文が載っています。
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 「何があったのでしょう?」と気になるような文章です。(^_^)

 郵便為替と小包の料金表も載っています。
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 いろいろと便利そうな暦です。

2020年9月27日 (日)

平成10年の観音寺木簡記事

 新聞の切り抜き、また出てきました。
 今回は、難波津の歌を書いた観音寺木簡に関する記事です。

 毎日新聞の平成10年11月5日付朝刊
H10kannonji_mainichi

 同日の読売新聞。
H10kannonji_yomiuri

 この記事のために新聞2紙を購入したようです。
 7世紀後半のものですね。当時、和歌を書いた最古の木簡の発見ということになります。
 「ツ」の仮名も興味深いです。「矢」という訓仮名も使用されています。

 読売の記事の末尾には、他に「国守」と記した木簡や、「椿 ツ婆木」と記した木簡が出土したことも書かれています。
 これらの木簡も貴重ですね。

 その後、平成20年に相次いで歌木簡が発見されることになりますが、その先駆けのような発見でした。

 憶えのために列挙しておきます。
  平成18年10月 「春草」木簡(難波宮跡)7世紀半ば
  平成20年 5月 「難波津/安積山」木簡(紫香楽宮跡)8世紀半ば
  平成20年10月 「朝凪」木簡(石神遺跡)7世紀後半
  平成20年10月 「秋萩」木簡(馬場南遺跡)8世紀後半

2020年9月19日 (土)

踊る埴輪 踊ってない?

 古い新聞の切り抜きシリーズ、今日は平成18年のです。
 12年前。今までの中では新しい方です。
H18odoru01

 この切り抜き、上代文学史の授業で使ってきました。
 「黎明期の上代文学」という回です。
 切り抜き自体は見つからず、これはコピーです。
 原本からの直接のコピーではなく、何回かコピーを重ねているかもしれません。
 鮮明さが足りません。

 踊る埴輪でないなら何かというと、こういうことのようです。
H18odoru02

 1ヶ月ほど前のNHK「所さん!大変ですよ」が埴輪特集でした。
 その回の内容説明にこうあります。

 「はに丸もビックリ 埴輪に魅了される人々」
 東京国立博物館から不思議な情報が飛び込んできた。かつて古墳に並べられた「埴輪」が最近、若い女子の間で大人気だというのだ。理由は、埴輪が持つ神秘性と、かわいらしい表情。家に自作の埴輪を100体以上飾る「埴輪女子」まで!
 さらに取材を進めると、埴輪界のスターとよばれる「踊る埴輪」が実は踊っていないという衝撃の研究結果が飛び込んできた。
 「おーい!はに丸」もビックリ。あなたの知らない埴輪ワールド!

 新聞記事から12年経ちますけど、いまだに、「「踊る埴輪」が実は踊っていないという衝撃の研究結果が飛び込んできた。」と言われています。この説、まだまだ世の中に認知されていないようですね。

2020年8月24日 (月)

長屋王邸宅跡確認の新聞記事

 段ボール箱からの発掘品シリーズ、今日は昭和63年(1988)の新聞記事です。32年前ですね。黄変が甚だしいです。
 最初は1月13日の朝刊。
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 発掘された遺構が長屋王邸であったことは出土木簡で知られたのですね。文字資料は大事。

 リード部分を拡大します。
S63nagayao02

 その地に建ったそごうは、すでに撤退してしまい、さらにその後のイトーヨーカ堂も撤退してしまいました。
 その後にはまだ行っていません。

 直木先生のコメントが載っていました。
S63nagayao03

 もう1枚ありました。
 こちらは9月13日付朝刊です。
S63nagayao04

 こちらには平野先生のコメントが載っていました。
S63nagayao05

 やはり文字資料は大事。←同じ事を何度も。(^_^)

2020年8月22日 (土)

ぐんまちゃん埴輪

 昨日、前橋駅構内の物産店で見つけました。
Gunmac_haniwa01
 ぐんまちゃん埴輪です。

 顔。
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 前橋市文化財保護課が関係しています。監修なのか、作成なのかはよく分かりません。
Gunmac_haniwa03

 この埴輪、最近人気です。
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 一昨年、群馬県内で開催された埴輪の人気投票「HANI-1グランプリ」で第2位に輝いています。

 また、群馬県の公式はにわガイドブック『ハニぼん』にもペーパークラフトが付いています。
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 確かにぐんまちゃんに似ている気がします。

 私、すっかり忘れていたのですが、この埴輪の実物を見ていました。
 平成28年に前橋と高崎で開催された「東国千年の都 出土した動物たち」に展示されていました。
Umahaniwa02
 その時は、初代ぐんまちゃんに似ていると思いました。
1gunmac05

 どちらに、より似ていましょうかね。

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