大学生活

2018年4月 9日 (月)

非常勤2年目&法人化

 昨年3月末に定年退職した後、1年間非常勤講師としてお世話になりました。今年度も引き続き、非常勤講師をします。

 去年頂いた辞令。
Hijokinjirei
 今日頂いた辞令。
H30jirei
 大分違います。

 枠の有無が違う、ということがありますが、なにより発行者が違います。

 去年のは「群馬県知事 大澤正明」、今年のは「群馬県公立大学法人理事長 高田邦昭」となっています。

 群馬県立女子大学はこの4月から法人化されたのでした。群馬県公立大学法人の下に、群馬県立女子大学と群馬県立県民健康科学大学とが属すことになりました。大学名も変わるのかと思いましたが、今のところそのままのようです。

 理事長の高田邦昭氏というのはどういう人か分かりません。ググってみたら、もと群馬大学の学長で、今は県民健康科学大学の学長だそうです。この大学の学長で、法人の理事長も兼ねるのですね。

 理学博士で医学博士だそうです。文系の学部にも理解がありますように。

2018年4月 1日 (日)

石川先生の遺作

 今日は石川先生の告別式に参列してきました。

 昨日も今日も、会葬者には群馬県立女子大学国語国文学会の機関誌『国文学研究』の最新号(平成30年3月刊)に掲載された石川先生の論文「「霜おきまよふ床の月影」-定家詠の表現と風景-」の抜き刷りが配付されました。
Ishikawaronbun
 石川先生が最後に執筆された論文と思われます。今日の学科長の弔辞によれば、石川先生はこの御論文を自分の遺書のつもりで書かれたそうです。歌1首を題材に50枚の論文が書けるということを学生たちに示したいというお気持ちがおありだったようです。

 その歌は、「ひとり寝る山鳥の尾のしだり尾に霜おきまよふ床の月影」(新古今・秋下487。藤原定家)です。

 山鳥は、秋になると山の尾を隔てて雌雄が共寝をしないというのが和歌的イメージだそうです。百人一首の「あしひきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝ん」もそういわれるとよく納得できます。

 定家の歌については、上の句を実際の山鳥をうたったものと見るか、山鳥は譬喩であって、人間の恋をうたったものと見るか、両様の解釈があったそうです。しかし、この歌は恋の歌の部ではなく秋の部に収録されていることなどにより、今は、実際の山鳥をうたったものということで決着が付いているようです。

 問題は下の句で、
  1.山鳥の尾に霜が置き、床には月光が射しているとする、霜も月光も実景とする説と、
  2.山鳥の尾に霜が置いたのかと(人が)錯覚するように床に月光が射しているとする説と、

その両方があるそうです。

 石川先生は、その両説どちらにも賛同しかねるということで、「おきまよふ」の用例を博捜され、以下のような結論に到達されました。

 山鳥の尾に霜が降りようとしたところ、そこには既に霜が隙間なく置いていた(実際に置いていたのは霜ではなく、月光であったが、それが霜に見えた)ために、どこに降りたらよいのか、降りる場所を定めかねている霜の状態。

 霜を擬人化した解釈ですね。

 よく納得できるお考えと思いました。

 50枚にも及ぶ分量を使って縷々述べられた内容をこんなに短く、しかも私の言葉でかいつまんでまとめてしまいましたので、先生のお考えを正確に理解し伝えられているかどうか甚だ不安です。

 昨日も今日も、ご遺族を代表してご長男の石川遥至(はるゆき)氏からご挨拶がありました。2日間、別の内容で、どちらも心に響くお話しでした。

 その中に、石川先生は亡くなっても、自分の中に生きているというお言葉がありました。こんな風に言われたら、石川先生もさぞ嬉しく思っていらっしゃるのではないかと思います。

 人は死んでも、その人のことを思う人がいる限り、その人の心の中で生き続けているというのは確かにそうだと思います。それとともに、大野晋先生の告別式で、井上ひさし氏が弔辞の中で述べられた、「大野先生は亡くなっていない。『広辞苑』や『岩波古語辞典』や『角川必携国語辞典』を引く度に、大野先生の教えを受けることができるから」という言葉も思い出されました。

 石川先生も、この御論文や、昨日ブログでご紹介した「群馬県の歌枕」、そして、『式子内親王集・俊成卿女集・建礼門院右京大夫集・艶詞』(和歌文学大系23。明治書院)などの御著書や諸論文などを通して、これから先もそのお教えを受けることができます。それを、ありがたいことと思っています。

2018年3月23日 (金)

おうふうの『萬葉集』が……

 昭和60年に就職して以来、授業で使う万葉集のテキストにはずっとおうふうの『萬葉集』(鶴久・森山隆)を使ってきました。もう30年以上です。

 来年度も非常勤が続きますので、いつものようにこれをテキストに指定していたところ、昨日、教務の担当者からメールが来て、この本は「品切れ・重版未定」のため用意することができないので、どうしましょう、とのことでした。

 早速、おうふうのHPを見てみたら、確かにそうなっていました。

 ううむ。4月は、1年中でこの本が一番売れる時期でしょう。それが品切れということは、おうふうはもうこの本を増刷しないつもりなのでしょうかね?

 新学期に備えて増刷中ならば、「品切れ・○月○日重版予定」などとなっていそうです。

 確かに、この本、刷を重ねて、大分版面が劣化していたのが気になっていました。消えてしまっている文字すらあります。

 例を示そうと思いましたが、いざ探してみると簡単には見つかりません。(^_^;

 劣化の例としては例えば次のような感じです。
Ofumanyo_h24
 1460の題詞の「宿」、1461の4句目の「君」、5句目の「和」などが少し欠けています。他にもふりがなにちょっと厳しいのがいくつかあります。これは平成24年の版です。

 昔の版ではこんなことはなかったはずです。手もとにあった平成7年の版では次の通りです。
Ofumanyo_h07
 ね、以前はこんなに鮮明だったのに……、というつもりでスキャンしたら、上に示した文字はもうすでに劣化の兆しが見えますね。(^_^; どうもあまり良くない版面での印刷をずっと続けていたようです。(^_^;

 活字ではなく、写真製版でしょうから、写真製版した時点からあまり変わっていないのかもしれません。

 比べるなら、活字の頃のとでなくては意味がなかったかもしれません。

 そんなわけで、もしもこの本を自炊するなら、なるべく古い刷を使うのが良いと思います。

 さて、テキスト。

 おうふうの『萬葉集』が入手できないとすると、別のを考えなくてはなりません。至急にということでしたので、あまり考えずに塙版を選びました。後から考えると、井手先生・毛利先生の万葉集(和泉書院)という選択肢もありましたね。

 おうふう版の復活がないとすると(復活があったとしても)、再来年度のテキストには何が良いか考えねばなりません。←再来年度も非常勤が続くことになるかどうかは分かりませんが。(^_^;

 来年度の新2年生が私の万葉集の授業を取るのは初めてなので、その学生さん達は全員塙版を買うことになります。しかし、3年生以上は、すでにおうふう版を持っている可能性が高いです。その学生さん達に塙版を買わせるわけにはゆきませんので、おうふう版で良いことにします。同じ教室に、異なったテキストを持った学生が混在することになります。

 ちょっと厄介。

2018年2月22日 (木)

ぐんまちゃん家で六合えむプロジェクト2017

 今日は銀座のぐんまちゃん家に行ってきました。
Kuniemu2017h
 目的は、2階で開催される「六合えむプロジェクト2017」を聴きに行くためです。
Kuniemu2017i
 下から撮影しているのを、窓際にいた学生さんに見つかってしまいました。(^_^)
Kuniemu2017j
 窓際にいた学生さんたち。
Kuniemu2017k
 奥側の学生さんたち。
Kuniemu2017l
 中之条町の町長さんもいらしていました。
Kuniemu2017m
 学生全員、落ち着いた分かり易い良い発表でした。

 配付されたパンフレットの表紙。
Kuniemu2017d
 六合方言の特徴を記したページ。
Kuniemu2017e
 六合の言語生活を「きざし」「いのり」「おそれ」という3つの枠組みで解説したページ。
Kuniemu2017f
 パンフレットの中には素敵な絵はがきが4枚同封されていました。
Kuniemu2017g
 パンフレットも絵はがきも、絵はまた学生さんの手になるものでしょう。うまいものです。

 メンバーの中には残念ながら3年生がいませんが、2年生・1年生がいます。4月に入学してくるメンバーを加えて、来年度もまたこの活動がさらに活溌になるように願っています。

 折しも今日は、ぐんまちゃんの誕生日。ぐんまちゃん、いました。(^_^)
Kuniemu2017n
 それはまた日を改めまして。

2018年2月20日 (火)

今日はレポート締切日

 もとの職場で非常勤講師として半期2科目ずつ授業を担当していました。今日は後期2科目のレポート締切日です。

 レポートは、紙でも、メールの添付ファイルでもOKとしています。メールで提出された分については、すぐに開いてみて、文字化け等がないことを確認して、無事受領の返信を出します。

 毎回メールは、締め切り日の、特に締切時間の17時前に集中します。(^_^)

 今回は、最速が2月17日到着でした。そして、昨日までに12本。

 今日の到着は以下の通りです。

 午前中:10本
 12時~15時台:11本
 16時台:13本(うち16時45分以降が7本)
 17時台(^_^;:3本

 確認と返信、結構大変でした。(^_^; 例年のことです。無事に終了してほっとしています。

 到着時とレポートの出来映えとは連動していません。早く到着しても良いのもあれば悪いのもあり、ギリギリに到着しても良いのもあれば悪いのもありです。

 不可は2~3本と思います。

 締切厳守ではなく、1日遅れにつき5点減点方式を採っています。恩師の真似です。

 私の場合、わが身を振り返ると、とても締切厳守にはできません。(^_^;

 レポートを書いているぐんまちゃんの画像が見つかりませんでしたので、一番似ていそうなのを貼っておきます。
Gunmac_fude
 これは筆で色紙を書いているのでしょうかね。

2018年2月 7日 (水)

ぐんまちゃん家で六合えむプロジェクト

 群馬県中之条町役場から手紙が来ました。

 2月22日(木)に銀座のぐんまちゃん家で開催される「六合えむプロジェクト」の案内でした。
Kuniemu2017b
 この催しは、ぐんまちゃん家のHPにも掲載されていますが、学生たちの発表時間については記載されていませんでした。中之条町からの案内で知ることができました。2回同じ内容と思いますので、それならば午後の部に行くかなぁと考えています。(^_^)
Kuniemu2017a
 中之条町から来た封筒の発送元は次のように印刷されていました。
Kuniemu2017c
 ほのぼのとしていて、いい感じです。(^_^)

 さて、ぐんまちゃん家。歌舞伎座の向かい側という絶好の立地なのですが、この3月末の契約切れに際して、移転するそうです。家賃が高すぎるからということのようです。

 移転先は銀座七丁目。現在地よりも340mほど西で、松坂屋の南です。

 今よりも面積は3割広くなる上、家賃は安くなるそうです。でもねぇ、立地の良さはアピールの点でも捨てがたいと思うんですけどねぇ。

2018年2月 5日 (月)

後手にふきつつ逃げ来

 もう30年ほど前、テレビで「世界まるごとハウマッチ」という番組を見ていました。大橋巨泉が司会で、石坂浩二やビートたけしがレギュラー解答者だったクイズ番組です。

 ある時、その番組で、インドかインドネシアで、亡くなった人を火葬するにあたって、後ろ手で薪に点火するという風習が紹介されていました。

 ぼーっと見ていたのですが、慌ててメモしました。

 というのは、古事記に次のような話があるからです。

 ・御佩かしせる十拳の剣を抜きて、後手にふきつつ、逃げ来つ。(黄泉国訪問)

 ・この鉤を以て其の兄に給はむ時に、言はむ状は、「この鉤は、おぼ鉤・すす鉤・貧鉤・うる鉤」と、云ひて、後手に賜へ。(海幸山幸)

 1番目の例は、追っ手を牽制しつつ逃走するわけですから、牽制のために後ろ手に剣を振ったのだという可能性もありますが、場所が黄泉国ですので、死にまつわる所作、あるいは呪的行為の可能性もあります。

 2番目の例は、呪的行為と思われます。

 そういったことがあったので、火葬の火をつけるときに後ろ手で行う、ということに反応したのでした。

 人の死にまつわる動作なので、非日常の所作で行うということになりましょうか。亡くなった人の死装束の打合せが左前であることと通じそうです。

 番組を見てメモを取ったのでしたが、引越したこともあって、そのメモを無くしてしまい、番組で取り上げられていたのが、インドだったのかインドネシアだったのか、分からなくなってしまいました。

 爾来30年近く。

 ところが、先日の集中講義でその話をしたら、受講生の1人のサウジアラビアからの留学生が、「それはインドですね」と発言しました。

 自信をもって断言していたので、理由を聞いてみたら、イスラム教では火葬はしないということでした。言われてみれば、インドネシアはイスラム教ですね。

 30年来の疑問が氷解しました。(^_^)

 ただ、帰宅してからググってみたら、インドネシアにおけるイスラム教徒の数は9割弱とのことでした。多くの島からなっている国ですし、地域によってはイスラム教徒以外が火葬しているケースがあるいはあるのかも知れませんが、可能性としては、やはりインドの可能性が遥かに高そうです。

 ……と、ここまで書いてからググってみましたら、バリ島では火葬をするとのことでした。(^_^;

 ううむ。振り出しに戻ってしまったかも。
Gunmac_hatena

2018年2月 3日 (土)

集中講義、無事終了

 2月1日(木)~3日(土)の3日間、惟光さんのところで集中講義をしてきました。

 無事に終了してほっとしています。

 東京の家から通えない距離ではないのですが、楽をしようと思って、近くのホテルに3泊してしまいました。

 前日の夜は皆既月食のあった日です。宿の窓から月が見えるかと思って開けてみたら、窓のすぐ向こうはお隣のビルでした。(^_^; 月は全く見えず、残念でした。外に出れば見えたでしょうが、そこまではしませんでした。

 翌日の集中講義第1日目は昼頃から小雨が降ってきました。こんな感じです。
Oyama01
 授業をした建物から大山が見えます。この山は山岳信仰の霊山で、江戸時代には庶民の間にも大山詣が流行しました。

 と、書いてみたものの、画面中央の山が大山なのか、あるいはその向こうに、ほんのうっすらと見えているのが大山なのか、実はよく分かっていません。(^_^; たぶん、背後の山のように思います。

 この日の夜は、関東地方は雪の予報でした。夜中、どんな降り方なのか、どのくらい積もっているのか、窓から見てみようと思いましたが、窓を開ければ、前は隣のビル。(^_^; 全く分かりません。

 翌朝、外に出て初めて状況が分かりました。少し雪が舞っていましたが、積雪はゼロ。誠に幸いでした。小田急線も、ロマンスカーが運行を取りやめていただけで、それ以外の列車はダイヤ通りに動いていました。

 その日の昼、お山はこんな具合でした。
Oyama02
 大学構内にも雪は全くありませんが、さすがに山は標高が高いせいでしょう、雪化粧していますね。

 そして最終日。お山はこんな感じです。
Oyama03
 背後の山が見えています。雲がどいてくれたらもっとよく見えたのですが。

 夏にここで集中講義をしたときは、学内をふらふらしたり、近所の神社を見に行ったりしたのですが、今回は寒かったので、ずっと建物の中にいました。ただ、図書館ではグーテンベルクの聖書などが展示してありましたので、それを見に行きました。

 集中講義は、全15回分のレジュメを事前に作らなくてはいけないので、それは大変ですが、でも、15回分が3日で済んでしまうというのは良いです。

 受講生もさぞ疲れたでしょうに、皆さん熱心に聴いてくれてとてもやりやすかったです。良い3日間でした。

2017年10月12日 (木)

シンポジウム「漢詩の楽しみ」

 今週の土曜日、10月14日に群馬県立女子大学で「漢詩の楽しみ」というシンポジウムが開催されます。国文学科主催です。
Kokubunsympo201710a
 「方言研究の楽しみ」「文学研究の楽しみ」に続く、今年度第3回目のシンポジウムです。

 趣旨は以下の通りです。
Kokubunsympo201710b
 このシンポジウム、本学の卒業生をパネリストに招くことが多いのですが、今回は在学生が3人登壇します。意義深いことと思います。

 私はあいにく出席できないのですが。(^_^;

2017年8月30日 (水)

東海大学で集中講義

 昨日・今日・明日の3日間、惟光さんのとこで集中講義です。2日間無事に終わり、あとは明日1日、無事に終わるようにと願っています。

 教室はこの建物の中です。
Tokaidai01
 大学院の授業で、受講生が5名と少数ですので、惟光さんがご自身の研究室を提供してくださいました。授業中、惟光さんの居場所を奪ってしまっていますので、申し訳ないことです。

 随所に自転車置き場があります。
Tokaidai02
 群馬県立女子大学の駐輪場は正門近くの1ヶ所です。学生はそこに自転車を置いて学内を移動します。でも、東海大学湘南校舎は敷地が広いので、こういう態勢を採っているのでしょう。構内を移動するのに自転車を使えばずいぶん楽になると思います。

 4階の窓から北西を臨む。
Tokaidai03
 手前が大山で、その背後が丹沢ではないかと思いますが、合っているかどうか分かりません。

 昼休みに学内や学外を少しフラフラしました。

 学内に石の十三重の塔がありました。これ、もしかしたら、大学が建つ前からここにあったのでしょうかね。
Tokaidai04
 一番下の部分にはこのような像が刻んでありました。
Tokaidai05
 その附近に建っている建物です。
Tokaidai06
 初代学長のご自宅を移築したものだそうです。

 もしかしたら、十三重の石塔は初代学長の庭にあったものを、ご自宅とともに移設したのかとも思います。

 駅前から大学まで少し距離があるのと上り坂のため、行きはタクシーを使いましたが、帰りは徒歩です。道がよく分からないので、昨日は、学生とおぼしき集団のあとをくっついて行きました。

 途中、このような看板のある通りがありました。
Tokaidai07
 このような看板も。
Tokaidai08
 確かに、駅と大学とを結ぶ近道だったようです。

 大学、地域からも親しまれているのでしょうね。

 タクシーに乗って、「東海大までお願いします」と言ったら、昨日も今日もどの建物かと聞かれました。「三号館です」と答えると、門を入って、三号館の入口まで行ってくれました。ありがたかったです。

 学外の探索では神社に行きました。それはまた後日。

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