大学生活

2018年9月24日 (月)

「方言研究の魅力」&新町で公開講座、大伴旅人

 今日は、午前中に群馬県立女子大学で開催された国文学科主催のシンポジウム「方言研究の魅力」を聴きに行きました。
Kokubunsympo201809a
 学科長市川祥子先生の挨拶。
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 司会の新井小枝子先生。
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 発表者の学生さん達。2年生と3年生です。
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 六合地域の方言調査は、「やま・さと応縁隊」から今の「六合(くに)えむプロジェクト」まで毎年継続的に活動しています。本当に継続は力と思います。

 生活と密着した言語活動の報告。興味深かったです。

 午後は新町公民館で公開講座をしてきました。テーマは大伴旅人です。レジュメはこちら

 前回の額田王から一気に時代を降らせてしまいました。次回は山上憶良です。

2018年9月 7日 (金)

シンポジウム「ことばとの出会い」2

 少し先になりますが、9月24日(月・祝)に群馬県立女子大学で「方言研究の魅力」というシンポジウムが開催されます。国文学科主催で、今年度は「ことばとの出会い」というシリーズで、その第2回目になります。
Kokubunsympo201809a
 趣旨は以下の通りです。
Kokubunsympo201809b
 今回は、国文学科の2年生・3年生の学生さん達の発表が中心のようです。

 六合(くに)村での方言調査が始まってから6年ほどになりましょうか。継続は力と思います。

2018年8月21日 (火)

レポート受領&キリ番

 今日は元勤務先における非常勤の授業のレポート締切日ですので、日帰りで取りに行きました。レポートは、印字で提出でも、メールの添付ファイルでの提出でも良いことにしています。

 添付ファイルでの提出状況は以下の通りです。

  8月18日以前  7人
    19日     7人
    20日     4人
    21日未明  5人
    21日午前  3人
    21日午後 10人

 例年通り最終日に集中していますが、いつもよりもばらけている感じで幸いです。(^_^)

 紙媒体での提出はこれよりもやや少ない数でした。もう夏休み中だし、お盆も過ぎましたので、帰省中の学生も多いことでしょう。

 締切は17時です。16時頃大学に着いて、時間まで図書館や国文研究室で論文のコピーなどをするつもりでしたが、国文研は床掃除・ワックス掛けで閉室でした。今日だけ。(^_^;

 運のないことでした。

 レポートは17時締切なので、17時までは待っていなくてはいけません。時刻表を見ると、17時24分新町発の上り湘南新宿ラインがあります。これを逃すと遅くなってしまうので、何とか乗りたいものです。大学の正門から駅のホームまで自転車で20分あればOKです。何とか間に合いそうです。

 間に合いました。(^_^)

 全力疾走はしていません。もう老人なので、全力疾走はしないようにしています。命に関わります。(^_^)

 話は変わりますが、私のHP、昨日めでたく222222のキリ番を達成しました。ネコの日のような数字です。

 その画面ではありませんが、先ほどの画面を貼っておきます。
Kiriban222222
 ここ数年は当ブログが中心で、HPの更新は公開講座資料と駅弁くらいになってしまいましたので、訪問者も1日平均12人ほどで、カウンターもなかなか進みません。

 さらに、初期の頃は、1000、2000、3000などがみなキリ番でしたが、桁が上がってしまうと、1万、2万、3万がキリ番になってしまいました。さらに桁が上がり、今は10万、20万、30万がキリ番。これではなかなかキリ番は訪れません。

 次は30万ですかね。計算してみたら、1日12件では、30万達成まで17年以上かかります。その頃、どうなっていましょうかね。生きているかどうか分かりませんが、生きていれば、HPもブログも今のまま続けていそうな気がします。(^_^)

2018年8月 3日 (金)

集中講義無事終了

 惟光さんのとこでお世話になった集中講義、無事に終了しました。

 3日間、駅前から大学までは上り坂なのでタクシーを使い、帰りは徒歩で移動しました。

 今朝は、タクシー乗り場になかなかタクシーが来ませんでした。私の前に弓を持った若者がいましたので、きっと東海大の学生さんに違いないと思いました。不躾ながら聞いてみたら正解でしたので、「すみません。同乗させてもらえますか?」ということで、乗っけて貰えました。

 全く見ず知らずの人にこんな話を持ちかけたのは生まれて初めてです。(^_^; 歳を重ねると段々厚かましくなって行くのでしょうかね。男子学生で幸いでした。女子だとちょっとこういう声は掛けられません。(^_^;

 集中講義は、講義する方も聴く方もなかなか大変ですが、皆さんとても熱心に聴いてくれてやりやすかったです。

 無事に終わってほっとしています。

 19時少し前に帰宅し、一番気になっていた場所に直行しました。金魚部屋です。(^_^)

 金魚が湯だっていないかどうか気がかりでしたが、水温36度の中、普段と変わらず、至って元気にしていました。食欲も旺盛です。
Kingyo_h3008a
 しかし、さすがに少し水温を下げようと思い、少しだけクーラーを掛けました。これで水温が少し下がれば一息ついて貰えましょう。

 そのあと、スーパーに買い物に行きました。さて、夕飯をどうしようと思ったら、うなぎが目に入りました。土用の丑の日は昨日でしたか、一昨日でしたか。

 集中講義が無事に終わっためでたい日だし、値引きされているし、と考えて買ってしまいました。高いので、買うには2つくらい理由が要ります。(^_^)

2018年7月24日 (火)

石川研究室の伝言板

 群馬県立女子大学の前期授業は今週金曜日までですが、私の授業は火曜日ですので、今日が最終日でした。無事に終わるとほっとします。(^_^)

 普段は、非常勤講師控室、授業の教室、たまに図書館、という3ヶ所の移動ですが、今日はレポート提出ボックスの関係もあって、国文学科研究室の先の方まで行きました。久し振りです。

 そうしたら、今年3月末に亡くなった石川泰水先生の研究室前に掛かっている伝言板が目に入りました。
Ishikawaboard
 5年ぶりに訪れたという卒業生の書き込みもありました。先生のお人柄と人気の程が偲ばれます。

 でも、もういっぱいですね。大学祭の折などに、卒業生が来てくれても書くスペースがありません。

 同じ掲示板が旧北川研究室にもありますので、それなど使って貰えればと思います。←もう私の物ではないので、「使って貰えれば」という言い方はおかしいですが。

2018年7月20日 (金)

「王朝文学の楽しみ方」聴講

 今日は、群馬県立女子大学で、シンポジウム「ことばとの出会い」の第1回「王朝文学の楽しみ方」が開催されました。国文学科の主催です。
Ocho01

 内容は、国文学科学科長市川祥子先生の挨拶に続き、成蹊大学の木谷眞理子先生の講演「『伊勢物語』十四段を読む」、東京女子大学の今井久代先生の講演「ことばは世界を切り取る 「かわいそうで、見てられない」」、そして、短時間ではありましたが、会場からの質問と、それに対する応答もありました。

 木谷先生の講演は、伊勢物語の第十四段における語り手に焦点を当てたお話しでした。私などは、物語の語り手=作者と思い込んでしまっていましたが、今日のお話では、語り手も作者がそのように設定したもの(←という風に理解しました)ということで、新鮮な思いがしました。

 今井先生の講演は、意味のよく似た言葉「いとほし」と「心苦し」との違いを、源氏物語の明石君の子別れの部分と、同じく女三の宮出家の部分とを例にして論じられました。実証的なお話しでしたが、ちょっと時間不足の感がありました。じっくりと伺いたかったです。

 学生、一般の方、たくさんの来聴者があり、盛況でした。

 受付に芳名録がありました。在学生以外はそこに名前を書いて、「高校生」「大学生」「一般」の何れかに○を付けるシステムです。「ううむ」としばし考えて、「高校生」に○を付けておきました。(^_^)

2018年4月25日 (水)

出席カードの絵(落書き)

 非常勤先の授業で、私は毎回受講者名簿を読んで出席を採ることにしています。でも、まだ受講者が確定するまでは名簿がないので、その期間は出席カードを使っています。

 昨日までは出席カードでしたが、次回からは名簿が使えそうです。今期最後の出席カードとなりそうなので、何か絵を描いてもいいし、私への注文があれば書いてください、と言いました。

 その結果、70名弱の出席者の中で14人が何か書いてくれました。

 ぐんまちゃんの絵を描いたのは1人です。
Shukketsu01
 猫の絵が多かったです。裏面にたくさん描いてくれた学生もいました。
Shukketsu02
 これを描いている間、ちゃんと授業聴いていたのか?(^_^;

 以下は切り貼りです。
Shukketsu03
 左上のは「ねこあつめ」でしょうかね。その斜め右下のも「ねこあつめ」にあったような気がします。

 みんな、絵がうまいです。私は絵も字も下手で……。(^_^;

 この授業の受講生の多くは2年生です。1年前に定年退職した私は、2年生とは入れ違いですので、初対面です。どういう学生たちか全く不明でしたが、どうやらうまくやって行けそうに思います。(^_^)

2018年4月 9日 (月)

非常勤2年目&法人化

 昨年3月末に定年退職した後、1年間非常勤講師としてお世話になりました。今年度も引き続き、非常勤講師をします。

 去年頂いた辞令。
Hijokinjirei
 今日頂いた辞令。
H30jirei
 大分違います。

 枠の有無が違う、ということがありますが、なにより発行者が違います。

 去年のは「群馬県知事 大澤正明」、今年のは「群馬県公立大学法人理事長 高田邦昭」となっています。

 群馬県立女子大学はこの4月から法人化されたのでした。群馬県公立大学法人の下に、群馬県立女子大学と群馬県立県民健康科学大学とが属すことになりました。大学名も変わるのかと思いましたが、今のところそのままのようです。

 理事長の高田邦昭氏というのはどういう人か分かりません。ググってみたら、もと群馬大学の学長で、今は県民健康科学大学の学長だそうです。この大学の学長で、法人の理事長も兼ねるのですね。

 理学博士で医学博士だそうです。文系の学部にも理解がありますように。

2018年4月 1日 (日)

石川先生の遺作

 今日は石川先生の告別式に参列してきました。

 昨日も今日も、会葬者には群馬県立女子大学国語国文学会の機関誌『国文学研究』の最新号(平成30年3月刊)に掲載された石川先生の論文「「霜おきまよふ床の月影」-定家詠の表現と風景-」の抜き刷りが配付されました。
Ishikawaronbun
 石川先生が最後に執筆された論文と思われます。今日の学科長の弔辞によれば、石川先生はこの御論文を自分の遺書のつもりで書かれたそうです。歌1首を題材に50枚の論文が書けるということを学生たちに示したいというお気持ちがおありだったようです。

 その歌は、「ひとり寝る山鳥の尾のしだり尾に霜おきまよふ床の月影」(新古今・秋下487。藤原定家)です。

 山鳥は、秋になると山の尾を隔てて雌雄が共寝をしないというのが和歌的イメージだそうです。百人一首の「あしひきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝ん」もそういわれるとよく納得できます。

 定家の歌については、上の句を実際の山鳥をうたったものと見るか、山鳥は譬喩であって、人間の恋をうたったものと見るか、両様の解釈があったそうです。しかし、この歌は恋の歌の部ではなく秋の部に収録されていることなどにより、今は、実際の山鳥をうたったものということで決着が付いているようです。

 問題は下の句で、
  1.山鳥の尾に霜が置き、床には月光が射しているとする、霜も月光も実景とする説と、
  2.山鳥の尾に霜が置いたのかと(人が)錯覚するように床に月光が射しているとする説と、

その両方があるそうです。

 石川先生は、その両説どちらにも賛同しかねるということで、「おきまよふ」の用例を博捜され、以下のような結論に到達されました。

 山鳥の尾に霜が降りようとしたところ、そこには既に霜が隙間なく置いていた(実際に置いていたのは霜ではなく、月光であったが、それが霜に見えた)ために、どこに降りたらよいのか、降りる場所を定めかねている霜の状態。

 霜を擬人化した解釈ですね。

 よく納得できるお考えと思いました。

 50枚にも及ぶ分量を使って縷々述べられた内容をこんなに短く、しかも私の言葉でかいつまんでまとめてしまいましたので、先生のお考えを正確に理解し伝えられているかどうか甚だ不安です。

 昨日も今日も、ご遺族を代表してご長男の石川遥至(はるゆき)氏からご挨拶がありました。2日間、別の内容で、どちらも心に響くお話しでした。

 その中に、石川先生は亡くなっても、自分の中に生きているというお言葉がありました。こんな風に言われたら、石川先生もさぞ嬉しく思っていらっしゃるのではないかと思います。

 人は死んでも、その人のことを思う人がいる限り、その人の心の中で生き続けているというのは確かにそうだと思います。それとともに、大野晋先生の告別式で、井上ひさし氏が弔辞の中で述べられた、「大野先生は亡くなっていない。『広辞苑』や『岩波古語辞典』や『角川必携国語辞典』を引く度に、大野先生の教えを受けることができるから」という言葉も思い出されました。

 石川先生も、この御論文や、昨日ブログでご紹介した「群馬県の歌枕」、そして、『式子内親王集・俊成卿女集・建礼門院右京大夫集・艶詞』(和歌文学大系23。明治書院)などの御著書や諸論文などを通して、これから先もそのお教えを受けることができます。それを、ありがたいことと思っています。

2018年3月23日 (金)

おうふうの『萬葉集』が……

 昭和60年に就職して以来、授業で使う万葉集のテキストにはずっとおうふうの『萬葉集』(鶴久・森山隆)を使ってきました。もう30年以上です。

 来年度も非常勤が続きますので、いつものようにこれをテキストに指定していたところ、昨日、教務の担当者からメールが来て、この本は「品切れ・重版未定」のため用意することができないので、どうしましょう、とのことでした。

 早速、おうふうのHPを見てみたら、確かにそうなっていました。

 ううむ。4月は、1年中でこの本が一番売れる時期でしょう。それが品切れということは、おうふうはもうこの本を増刷しないつもりなのでしょうかね?

 新学期に備えて増刷中ならば、「品切れ・○月○日重版予定」などとなっていそうです。

 確かに、この本、刷を重ねて、大分版面が劣化していたのが気になっていました。消えてしまっている文字すらあります。

 例を示そうと思いましたが、いざ探してみると簡単には見つかりません。(^_^;

 劣化の例としては例えば次のような感じです。
Ofumanyo_h24
 1460の題詞の「宿」、1461の4句目の「君」、5句目の「和」などが少し欠けています。他にもふりがなにちょっと厳しいのがいくつかあります。これは平成24年の版です。

 昔の版ではこんなことはなかったはずです。手もとにあった平成7年の版では次の通りです。
Ofumanyo_h07
 ね、以前はこんなに鮮明だったのに……、というつもりでスキャンしたら、上に示した文字はもうすでに劣化の兆しが見えますね。(^_^; どうもあまり良くない版面での印刷をずっと続けていたようです。(^_^;

 活字ではなく、写真製版でしょうから、写真製版した時点からあまり変わっていないのかもしれません。

 比べるなら、活字の頃のとでなくては意味がなかったかもしれません。

 そんなわけで、もしもこの本を自炊するなら、なるべく古い刷を使うのが良いと思います。

 さて、テキスト。

 おうふうの『萬葉集』が入手できないとすると、別のを考えなくてはなりません。至急にということでしたので、あまり考えずに塙版を選びました。後から考えると、井手先生・毛利先生の万葉集(和泉書院)という選択肢もありましたね。

 おうふう版の復活がないとすると(復活があったとしても)、再来年度のテキストには何が良いか考えねばなりません。←再来年度も非常勤が続くことになるかどうかは分かりませんが。(^_^;

 来年度の新2年生が私の万葉集の授業を取るのは初めてなので、その学生さん達は全員塙版を買うことになります。しかし、3年生以上は、すでにおうふう版を持っている可能性が高いです。その学生さん達に塙版を買わせるわけにはゆきませんので、おうふう版で良いことにします。同じ教室に、異なったテキストを持った学生が混在することになります。

 ちょっと厄介。

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