史料・資料

2024年4月24日 (水)

絵はがき「加賀ことば」

 「加賀ことば」という絵はがきを入手しました。
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 中には絵はがきが8枚入っています。
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 どれも、上半分には金沢の写真等、下半分には様々な場面での金沢方言での会話と挿絵とが収められています。

 上半分の写真は、例えば次のようなものです。
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 下半分からまず1枚。
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 映画のことを「しばい」と言っています。芝居のことも「しばい」と言うのでしょうね。
 会話の語尾は、「~かいね」「~やいね」「~がいね」が使われています。
 「散髪」が「らんばつ」になっています。語頭は「sa」が「ra」に変化したのでしょうかね。
 「沢山」を「ぎょさん」と言うのは、関西弁の「ぎょーさん」が思い浮かびます。

 もう1枚。
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 こちらでは、語尾に「てて」がよく使われています。

 なかなか興味深い絵はがきです。
 いつのものか不明ですが、戦前のもののように思えます。

2024年4月22日 (月)

戦前の絵はがき「奈良名勝」

 「奈良名勝」という絵はがきを入手しました。
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 これは袋です。この中に全部で8枚の絵はがきが入っていました。
 戦前のものであることは間違いありませんが、具体的にいつのものかは不明です。
 左下に「¥.15」とあります。15円かと思ったのですが、15の前にピリオドがあるので、たぶん15銭なのでしょう。
 これが手がかりになるかもしれません。

 奈良大仏殿(上)と奈良若草山(下)
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 奈良東大寺大鐘(右)と(奈良)大仏尊像(左)
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 奈良猿沢池(右)と奈良興福寺五重塔(左)
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 奈良春日神社(右)と奈良公園の鹿(左)
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 奈良公園の鹿をアップに。
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 奈良鹿は昔から奈良のシンボルとして、多くの人々に愛されてきたのですよね。
 この先もずっと今間のままでいてほしいです。

2024年4月18日 (木)

明治8年の『大日本国郡便覧』(5)

 連投している明治8年『大日本国郡便覧』の第5弾です。
 今日は、私の好きな大和国と、昭和60年以来暮らした上野国を取り上げます。

 まずは大和国。
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 大和国の地図は、どういうわけか南が上でした。これも何か落ち着かないので、180度回転させました。
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 データその1。
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 郡名にはそれぞれルビが付いています。「葛上」のように上下の付く郡名は難しいですから、参考になります。
 この読みは現代と異なるものもありそうです。

 神社は著名なものがたくさんあります。
 産物には、紙、墨、そうめん、葛、柿など、現代に通じるものが多いですね。

 鹿もあります。奈良市内の鹿は春日大社の御神鹿として大切に守られてきたはずですけど、それ以外の地の鹿は食べていたのかもしれませんね。あと、鹿革として利用されてきたのでしょう。

 データその2。
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 名山大川にも著名なものが目立ちます。

 続いて上野国。
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 地図は北が上です。
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 データの一部。
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 冒頭の「詼国」というのが全く分かりません。なんでしょ?
 「詼」の字の字音は「カイ」、意味は「たわむれる。おどける。あざける。からかう」ということですが、はて?
 それは置いておいて、上野国は11郡が熊谷県、3郡が栃木県です。地図では、黄色が熊谷県、樺色が栃木県です。
 鶴舞う形のうちの頭から肩にかけてが栃木です。当時、群馬県はなかったのでした。

 郡名のうち、「群馬」に「クルマ」というルビが付いています。
 「群馬」という郡名は、古代の「車」という評名に溯ります。
 行政地名の二字化の方針に基づいて「車」は「群馬」の二文字に改められますが、表記は「群馬」でも読みは「クルマ」です。
 江戸時代くらいまでは、「群馬」と書いて「クルマ」と読んでいましたが、明治8年の時点でもまだ「クルマ」だったのか。
 これは、なかなか興味深いです。

 産物には、生糸、絹、蚕種などが冒頭にあります。富岡製糸場ができたのはこの本の3年前の明治5年のことでした。

 ということで、いくつかの国を見てきました。
 また何か興味を惹かれた国があれば載せることにします。
 リクエストがあればお寄せください。

明治8年の『大日本国郡便覧』(4)

 毎日続いている明治8年『大日本国郡便覧』の第4弾です。
 「藩」が琉球藩であることを教えてくださったわこにょさんと、ブログにコメントをくださった萩さんとに敬意を表して、わこにょさんゆかりの近江国と、萩さんゆかりの三河国とを取り上げます。

 まず近江国です。
M08kokugun18

 地図は西が上になっています。なんか落ち着かないので、90度左に回転させます。
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 データの一部。
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 神社は、日吉神社のみが上がっています。
 著名な神社、まだあったかもしれませんが。
 産物の中に伊吹もぐさが入っています。

 もう1ヶ所。
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 名山・大山には著名なものが並んでいますね。
 姉川の次に妹川というのが並んでいます。
 姉川は、姉川の合戦で有名ですが、妹川というのは初めて見ました。
 妹川に対しての姉川なのでしょうかね?

 続いて三河国。
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 地図をアップにします。
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 中央の左下に岡崎の文字が見えます。

 データの一部。
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 産物の中に、わざわざ佐久島の地名を挙げて海鼠腸が上がっています。産地として著名だったのでしょうかね。

 もう1ヶ所。
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 こちらにも名山大山が並んでいて、やはり著名なものが多いです。
 三河の語源については、今は異説があるようですね。

2024年4月16日 (火)

明治8年の『大日本国郡便覧』(3)

 一昨日、昨日の明治8年『大日本国郡便覧』の続きです。
 今日は武蔵国。この本は畿内・七道別に旧国が排列されていますが、首都は東京ですので、筆頭は武蔵国です。
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 前回の琉球国(琉球藩)を含む諸国の多くは、見開きに国の地図とデータとがまとめられていますが、武蔵国の場合はデータ量が多いので、地図とデータとは別の見開きに収められています。

 東京府附近のアップです。
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 ピンクの部分が東京府で、今の東京23区よりも狭いです。
 茶色い部分は神奈川県の一部です。
 神奈川県の大部分は相模国ですが、横浜市や川崎市は武蔵国です。
 川の名は、東京と神奈川の境界を流れる川は多摩川ではなく六郷川となっています。隅田川は角田川です。

 次の見開きは武蔵国のデータです。
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 字が細かいのでアップにします。
 まず前半。
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 武蔵国は、このように東京府、神奈川県、埼玉県、熊谷県となります。
 武蔵国の地図で、ピンクが東京府、茶色が神奈川県、緑色が埼玉県、黄色が熊谷県です。
 人口は194万余ですね。現在の東京都、横浜市、さいたま市の地域を含んでこの数ですから、当時は今ほど首都圏に人口集中が進んでいなかったことが分かります。

 後半。
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2024年4月15日 (月)

明治8年の『大日本国郡便覧』(2)

 昨日の「明治8年の『大日本国郡便覧』」の続きです。
 昨日見た総論部分には、当時の日本の地方行政単位は3府1藩60県とあり、この1藩というのが何であるのか不明と書きましたが、早速判明しました。
 Twitter(現X)でご覧くださった「わこにょ」さんから、これは琉球藩であろうとのご教示をいただきました。
 早速この本を見たところ、まさに琉球藩でした。わこにょさんには厚く御礼申し上げます。

 琉球は、版籍奉還や廃藩置県のずっと後の明治12年まで琉球藩だったのでした。

 琉球のページを載せます。
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 このように、各国の部分は地図を載せ、その余白にその国のデータが記載されています。
 琉球は島が多いので、南西端が折りたたみで張り出されています。

 データ部分の前半です。
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 確かに「琉球藩」とあります。
 藩庁の所在地は中山の那覇ですね。
 そして、戸数と人口が載っています。

 それに続く後半です。
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 産物は、芭蕉布、黒砂糖、泡盛酒という現在でもお馴染みのものを筆頭に、たくさんの品名が列挙されています。

 沖縄本島とその周辺。
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 南西端の張出部分。
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 島名は今と変わりませんが、西表島の表記が「入表島」となっています。
 太陽は西に沈むので、西のことをイリと言うのですね。

2024年4月14日 (日)

明治8年の『大日本国郡便覧』

 明治8年の『大日本国郡便覧』を入手しました。
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 帙に入っていたのですが、その画像は省略します。
 折本です。

 最初のページ。
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 奥付。
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 巻頭のページには、「明治八年六月新雕……発兌」とありますが、奥付では「官許明治八年第二月」の日付が入っています。
 官許を得てから、実際に刊行するまで、4ヶ月のタイムラグがあったということになりましょう。
 奥付の「第二月」という表記に興味を持ちました。明治8年頃、こういう表記もあったのでしょうかね。
 発行者は東京の2軒の書店ですね。
 奥付の左ページには、京、大坂、東京の書店が並んでいます。
 その最後に「吉川半七」とあるのは、今の吉川弘文館ですね。

 巻頭の次のページは世界全図です。
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 この本は、『大日本国郡便覧』という書名の様に、日本の旧国別に、それぞれの国の地図と諸データを記した本なのですが、巻頭にはこのように世界地図が載っています。

 北米をアップにします。
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 「北亜米利加」という大陸名は漢字ですが、その他の地名はカタカナです。
 ニューヨークは「ニウヨルク」とあります。こういう相違はおもしろいです。

 その次のページは日本全図です。
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 北は樺太、千島列島から、南は琉球までを収めます。
 色分けは五畿七道別です。

 右上に日本全体の諸データが載っています。それをアップで載せます。
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 項目は、国数、郡数、学区、府・藩・県、鎮台、開港場、戸数、人員、社数、寺数です。
 3府60県の他に藩が1つあります。府は東京、京、大阪ですが、藩は何でしょうね。調べます。
 軍隊は鎮台の下に大隊ですね。まだ師団はありません。
 人口は3311万825人です。
 国勢調査などない時代ですから、人別帳などを集計したのでしょうかね。

 あれこれおもしろいです。
 肝腎な旧国別の地図やデータは、また後日。

2024年4月 9日 (火)

昭和3年の「教育偉人かるた」(5)

 断続的に載せている昭和3年「教育偉人かるた」の第5弾です。
 今回は外国の軍人です。

 アレキサンダー大王。
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 解説の3行目、「欧亜弗」の「欧亜」は欧州とアジアで良いとして、「弗」が分かりません。
 意味的にはアフリカでしょうねぇ。アフリカは「阿弗利加 」と漢字表記するので、それで良いように思います。

 ハンニバル。
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 カエサル。
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 カエサルの表記は「ケーザル」になっています。

 ナポレオン。
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 「山又山」や「突進又突進」など、口調が良いです。講釈師のような弁士のような。

 ネルソン。
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 このかるたで外国人は20名ですので、そのうち5名が軍人(政治家でもある人物もいます)というのは、やや多いかもしれません。
 いずれも、解説は勇ましい表現になっています。

2024年3月29日 (金)

絵はがき「近江八景」

 「近江八景」の絵はがきを入手しました。
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 石山観月堂(石山秋月)と瀬田之唐橋。
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 矢走之帰帆(矢橋帰帆)。
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 三井寺(三井晩鐘)と新唐崎ノ松(唐崎夜雨)。
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 堅田浮御堂(堅田落雁)と比良峯暮雪(比良暮雪)。
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 粟津晴嵐はありませんでした。
 本来は8枚あったことでしょうから、この1枚は持ち主が近江の旅先からどなたかに出してしまったのかもしれませんね。

 表側には7枚全てにこのスタンプが捺してありました。
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 下方に「近江八景めぐり-大正丸-」とあります。
 琵琶湖をめぐる遊覧船の中で販売された絵はがきでしょうかね。

 上に「11.5.10」とあります。
 昭和11年5月10日でしょうか。日付印の見方が分かりません。
 船の名前が大正丸であることから、1911年(明治44年)の可能性は低いでしょうね。

2024年3月18日 (月)

昭和3年の「教育偉人かるた」

 この様なものを入手しました。
S03kyoikuijin01
 『少年倶楽部』昭和3年新年号の附録、「教育偉人かるた」です。
 日本と世界の人物が対象になっています。

 例えば藤原鎌足。
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 鞠が随分派手です。

 菅原道真。
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 末尾、「東風吹かずとも、梅花よ、香れ!」と力が入っています。

 孟子。
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 孟母三遷の教えですね。

 リンカーン。
S03kyoikuijin07

 日本は28名で、以下の面々です。大体時代順に並べてみました。江戸時代はややあやふやです。
  日本武尊、聖徳太子、藤原鎌足、和気清麻呂、坂上田村麻呂、菅原道真、親鸞、平重盛、日蓮、北条時宗
  楠木正成、楠木正行、上杉謙信、豊臣秀吉、徳川家康、加藤清正、徳川光圀、新井白石、大石良雄
  頼山陽、中江藤樹、二宮金次郎、渡辺崋山、吉田松陰、西郷隆盛、伊藤博文、東郷平八郎、乃木希典

 天皇は1人もいません。あえて外したのでしょう。武将が目立ちますが、文化人も拾っています。
 大楠公、小楠公が両方入っています。ちょっと偏り。最後は東郷元帥、乃木大将です。

 外国は20名です。こちらもちゃんと分類排列すればいいのですが、私は未熟者のため手間が掛かるので、東西に分けたのみで、あとは順不同です。
  孔子、孟子、諸葛孔明、釈迦
  ベートーベン、リンカーン、ニュートン、カエサル、ワシントン、フランクリン、アレキサンダー、ネルソン
  ハンニバル、コロンブス、ナポレオン、エヂソン、マホメッド、キリスト、ダーウヰン、ソクラテス

 昭和3年の時点で、どういう人物が「教育偉人」と考えられていたのかの1つの例として、なかなか興味深い資料です。

 同時代資料は面白いです。←結論は大体いつも同じ。(^_^)

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