史料・資料

2023年3月26日 (日)

昭和4年式卓上石版印写器

 昭和4年式卓上石版印写器のカタログを入手しました。
S04sekihan01
 古いものが好きで、あれこれ集めていますけど、収集活動をしているときに、石版印刷したものをちらほら見かけます。
 それで、石版印刷って何だろうと思ってググってみたのですが、今で言うリトグラフのことだそうです。
 「あ、リトグラフか」とは思ったものの、具体的な印刷方法はよく分かりません。

 このカタログには印刷方法が書かれていました。
S04sekihan02
 石の版の上にA液を塗って拭き取り、原稿の印面を下向きに載せて圧迫し、原稿紙を取り除いてB液を塗ってよく拭き取ると原版が完成。
 そこにインクを塗って印刷するようです。

 平版印刷の一種です。今は石の代わりに金属を使うリトグラフになっています。

 特徴が6項目の箇条書で上がっていました。
S04sekihan03
 多色刷りができ、版は何度も繰り返し使え、経済的とのことです。

 定価表もあります。
S04sekihan04
 安いのか高いのか分かりません。

 裏表紙に、複数の女性がこの印写器らしきものを使っている写真が載っています。
S04sekihan05
 オフィスでしょうかね? 家内制手工業のような趣です。
 全員かどうか分かりませんが、和服の人がいますね。
 大型のプリントゴッコを使って印刷しているような感じです。

 昔の物は何もかもおもしろいです。

2023年2月20日 (月)

絵般若心経の帆布トートバッグ(3)

 2月8日に絵心経の帆布トートバッグを取り上げました。
Ehannya01

 何度か取り上げるつもりでしたが、2月10日に(2)を書いたきりになっていました。
 久しぶりの続きです。
 絵心経のことをググってみると、橘 南谿が著した『東遊記』にその源流が載っているとのことでしたので、早速探してみました。
 『東遊記』は早稲田大学図書館に所蔵され、その画像も公開されていましたので、それをお借りします。

 『東遊記』後編一之巻に次のような記事がありました。
Mekurashingyo01

 冒頭部を拡大します。あまり大きくなっていませんが。
Mekurashingyo02
 項目名は「盲心経(メクラシンキヤウ)」ですねぇ。
 今どき、「めくら」は差別語とされています。まずいです。
 もっとも、語源的には「目が暗い」ということで、目が光を感じられない、というそのままの意味であって、差別的な意味合いは全くありません。
 ではなぜ差別語扱いされるのかというと、盲目の人を喧るときに使われることがあったのと、そのままの意味だからということから来ているのでしょうね。
 身分の高い人を指すときに、直接名前を呼ばずに、「帝(御門)」や「お屋形様」のように婉曲的な言い方をしますね。
 「めくら」や「いざり(居去り)」のように、直接的すぎる表現はせずに、婉曲的に表現すべきものと考えられるようになってきたのではないかと思います。

 閑話休題。←八犬伝では「あだしごとはさておきつ」というルビが付いていました。

 さてこの「盲心経」。「盲」は文盲のことを指すのでしょうね。文字が読めない人のための般若心経。
 ぱっと見て、般若と田んぼはよく分かりますし、トートバッグにもありましたけど、あとは難解ですね。

 一応、最後に注が付いています。
Mekurashingyo03
 注はこれで全部です。圧倒的に少ない。
 「まかはんにゃはらみたしんぎょう」の「ま」は「目」ということですね。
 「か」は「かわ」ということですが、よく分かりません。木の皮でしょうか。
 「はらみ」は妊娠した女性ですね。

 一方、トートバッグはこのようです。
Ehannya02
 「まか」は「釜(かま)」が逆さまになった姿、「はらみた」は「腹」「箕」「田」で分かりやすく、洗練されたように思います。

 そのうちまた取り上げそうな気がします。

2023年2月15日 (水)

豊橋駅壺屋の駅弁の掛け紙

 このようなものを入手しました。
Tsuboyaekiben01
 豊橋駅構内に出店している壺屋弁当部の駅弁の掛け紙です。
 文字が右横書きですので戦前のものと思われますが、いつのものか不明です。

 左上にスタンプが捺してあります。
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 文字がはっきりしませんが、上下とも左横書きで、上は「調整」、下は「時間」かと思います。調整時間ですね。
 中央部の冒頭に「11」の文字が見えますが、これは昭和11年の意ではなくて、たぶん11日か11時と思います。

 左右の余白に注意書きが書かれています。左右とも途中で改行して示します。
Tsuboyaekiben03
 右側は候文で、一部、漢文の語順になっています。
 左側は口語です。すごいことが注意書きとして書かれています。
 空瓶、空土瓶、空罐、折箱などを窓から投げると線路工手が怪我をするから腰掛けの下に置くようにとあります。
 そんな人いるんですね。用済みのものを窓から放り投げたりしてはいけません。
 腰掛けの下に入れることも、最近は推奨していませんね。
 終点まで乗って行くならばともかく、途中駅で降りる場合、腰掛けの下にゴミがあったら、次にその席に座る人がイヤですよね。
 今、奈良公園でも平気でゴミを捨てる人がいて、ビニールなどを食べた鹿が命を落とすことがあるそうです。
 ゴミをその辺に捨てるのは本当に怪しからんです。

 右下には豊橋附近の名所が列挙されています。
Tsuboyaekiben04
 筆頭は豊川稲荷ですね。
 他に、鳳来寺や渡辺崋山の遺跡、長篠の古戦場などが並んでいます。今川義元の墓も近所にあるのですね。
 一番最後の「鳶巣文球山」は「鳶巣文殊山」の誤植ですね。
 ただ、玉偏の「球」が書かれていますので、「鳶巣文珠山」の誤植かもしれません。
 「文殊」→「文珠」→「文球」の2段階です。

 さて、この掛け紙を買ったのは、駅弁の掛け紙にまで収集品を広げようとしたわけではありません。
 ポイントは、この駅弁が「壺屋弁当部」のものという点です。
 明治21年の道中記の中にこんなページがあります。
M21isshin03
 左下に「とよはし」があり、その2軒目に「ふな町汽船会社 つぼや庄六」があります。
 伊勢神宮に毎日船を出していることが書かれています。
 「ふな町」は、現在、豊橋駅始発の飯田線の次の駅が船町駅です。

 現在、豊橋に壺屋という弁当屋さんがあります。
 そのHPに「壺屋の歴史」というページがありますので、そこにある年表の冒頭部分を示します。

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 明治21年(1888年) 旧東海道船待ちの豊橋付近で豊川を上下する船頭旅行相手に回槽問屋と料理旅館を経営。
            国鉄東海道本線開業の直前、東海道筋がさびれるのを見越して駅前へ移転進出し壺屋旅館開業。

 明治22年(1889年) 前年の豊橋駅開業に伴い、豊橋駅構内営業を承認される。

 明治末期       この頃より稲荷寿しの販売を開始。

 大正期        「壺屋旅館」から分離独立して「壺屋弁当部」創立。店舗を花田中央町に構える。
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 ということを以前調べたことがありましたので、壺屋弁当部に興味を持っていました。
 そこの駅弁の掛け紙をネットオークションで見つけたので、早速入手したという次第です。

 複数の資料が関わると楽しいです。♪

2023年2月 6日 (月)

昭和12年の「小学生のおさらひ」(2)

 昨日の、昭和12年の「小学生のおさらひ」の続きです。
 このラジオテキストは、実質的には問題集のような内容です。
 見開き2ページが1日分になります。
 1日1科目ずつで25日。科目別の内訳は以下のようになります。
  算術:8
  読方:7
  国史:4
  地理:3
  理科:3
 算数ではなくて算術、国語ではなくて読方です。

 巻頭付近にテキストの使い方の説明があります。
S12shogakuseino06
 これを読むとラジオ講座の予習用ですね。
 あらかじめ自分で問題を解いてラジオを聴く。
 ラジオを聴き終わったら、またテキストを見直して復習です。

 算術の問題。
S12shogakuseino07
 結構難しいです。

 読方の石井庄司氏の担当部分。
S12shogakuseino08
 持ち主の佐藤さんがうっすらと絵を書いています。

 同じく読方の徳田浄氏の担当部分。
S12shogakuseino09
 設問の文中に「言葉ノワケ」とあるのは、他の例を見ると、どうも語釈という意味のようです。

 国史の問題。
S12shogakuseino10
 天孫降臨時の天壌無窮の神勅が国史の問題となっています。
 時代とはいえ、神話が国史に含まれています。

 地理の問題。
S12shogakuseino11
 南樺太ですね。私には全く解けません。(^_^;

 理科の問題。
S12shogakuseino12
 実験も含む形の設問ですね。

 あれこれ興味深いです。
 冊子のタイトルは「小学生の……」という漠然としたものですが、対象は最高学年生と思われます。

2023年2月 5日 (日)

昭和12年の「小学生のおさらひ」(1)

 このようなものを入手しました。
S12shogakuseino01
 世の中、いろいろなものがあるものです。
 タイトルは「小学生のおさらひ」です。
 仙台中央放送局のラジオテキストです。
 日時は8月1日から25日まで。
 時間は午前7時50分からの20分間です。

 裏表紙に奥付があります。
S12shogakuseino02
 これで昭和12年のものであることが知られます。

 名前も書いてあります。
S12shogakuseino03
 出して良いかどうか迷いましたが、住所も書いてありませんし、結婚して苗字も変わっているかもしれませんので、出してしまいます。
 佐藤美千代さんです。
 昭和12年当時の小学生だと、ご存命ならば90代半ばですね。
 カムカムの安子さんと同い年くらいでしょうか。

 目次です。
S12shogakuseino04

 字が細かすぎますので、見開き部分の一部を拡大して。
S12shogakuseino05
 国語しか分かりませんが、石井庄司氏と徳田浄氏が担当しています。
 大物です。さすがNHK。

 中身はまた明日以降にでも。

2023年2月 3日 (金)

吉良上野介の首請け取り状

 このような絵はがきを入手しました。
Kirahubi01
 写真の下に「吉良家ヨリノ首請取状」と解説があり、右下には「義士之墓参詣紀念」「萬松山泉岳寺之印」のスタンプが捺してあります。

 文書のアップ。
Kirakubi02

 釈文です。

     覚
 一 首    一ツ
 一 紙包   一ツ
  右之通慥請取申候
  為念如是御座候以上
  午       吉良左兵衛内
   十二月十六日 左右田孫兵衛
             斎藤宮内

  泉岳寺御使僧
     石獅僧
     一呑僧

 吉良家の左右田孫兵衛と斎藤宮内の名前の下には印が捺してあります。
Kirakubi03
 現代の実印の印影と似ていますね。

 吉良邸に討入って上野介の首級をあげた赤穂浪士達は泉岳寺に引き上げて、上野介の首を亡君の墓前に供えます。
 もうそれでその首の役割は終わり、泉岳寺としても首の始末に困ったことでしょう。
 引き揚げ翌日の16日に、寺社奉行からの指示で首は吉良家に返すことになり、僧たちが持参したそうです。
 その際、吉良家から首の請け取りをもらい、その文書が今も泉岳寺に保存されているという次第です。

 首は、松の廊下での刃傷の折に吉良を治療した外科医栗崎道有によって胴体と縫合されました。

【追記】
 筒井茂徳先生からメールを頂き、「右之通慥請取申候」とある本文のうち「慥」の右下に「」の1字がある とのご教示をいただきました。
 そこでこの釈文を「右之通慥請取申候」と改訂しました。

2023年1月25日 (水)

昭和54年の両毛線全通90周年記念入場券

 テツではないのですが、こういうものを買ってしまいました。
S54ryomo90a
 明治22年に両毛線が全通したのを記念する記念入場券で、全部で5枚入っています。
 渋川の家から前橋、伊勢崎、桐生、足利などに行くときにお世話になりました。
 あ、岩宿遺跡や真田父子別れの犬伏に行ったときにも。
 そんなことで、両毛線には愛着があります。

 1枚目と2枚目。
S54ryomo90b
 上は両毛線開業当時のSL。
 下はD51形式のSL。デゴイチですね。

 3枚目と4枚目。
S54ryomo90c
 上は利根川に架かる橋(利根川橋梁)と萩原朔太郎の詩。
 下は双六に描かれた前橋八幡宮(右)と現在の前橋八幡宮(左)。
 この双六というのは「上野小山両毛高崎間鉄道案内廻リ双六」(長い)で、この記念入場券のパッケージの表紙にも使われています。

 4枚目の記念入場券の双六の部分のアップです。
S54ryomo90d
 サイコロの6の目が出ると桐生駅に「送行」することになります。
 「送行」には「アトモドリ」というルビが付いています。
 アガリは上野駅ですので、前橋駅から桐生駅へ行くのはアトモドリになります。
 「送行」自体にアトモドリの意味があるわけではなく、この部分での1回限りのものでしょうね。

 5枚目。
S54ryomo90e
 昭和2年(1927)に改築された昭和54年(1979)現在の前橋駅舎。
 築52年ということになります。
 この駅舎、今も同じでしょうかね。ぱっと見、同じように思えるのですが、今は電車に乗るときに階段を上りますので、多分変わっていると思います。

 入場券の部分には、54.11.20の日付が入っています。
 「発売当日1回限り有効」とありますので、もう無効です。
 料金も100円です。今は入場券の値段も変わってしまいましたね。

 楽しい記念入場券です。

2023年1月14日 (土)

明治26年の『奈良名所記』

 明治26年の『奈良名所記』を入手しました。
M26narameishoki01

 奥付です。
M26narameishoki02
 故絵図屋荘八の原著を改訂して出版したもののようです。
 絵図屋荘八は、地図とくに奈良の地図などを発行しています。
 名は「庄八」と書いてあるのが一般的のように思います。

 本文の冒頭は猿沢池です。
M26narameishoki03
 こんな感じで、▲が項目の標示で、このページには、さる沢池、采女宮、きぬかけ柳、菩提院が載っています。
 私はくずし字が苦手ですが、このくらいならば何とか読めます。
 興味深い内容ですし、この本を読めばくずし字の勉強にもなりそうです。

 猿沢池の図。
M26narameishoki04

 東大寺の図。
M26narameishoki05
 右奥に若草山が描かれています。上が東ですね。
 そこから左に掛けて、手向山、三月堂、二月堂、左手前には大仏殿が描かれています。
 大仏殿も一部だけで、西にある戒壇院や正倉院、転害門などは描かれていません。別のページにもありません。

 興福寺。
M26narameishoki06

 鹿を探したのですが、どのページにも描かれていないようです。
 絵図屋荘八の他の奈良絵図にはたくさん描かれているのに。(^_^;
 それが残念です。

2023年1月13日 (金)

釣り落としたサイン帖

 ネットオークションに、著名な映画俳優等のサイン帖が出品されていました。
 全部で143名のサインが集められています。
Sign

 こういった面々です。
 大河内傳次郎、長谷川一夫、片岡千恵蔵、月形龍之介、阪東妻三郎、嵐寛寿郎、志村喬、黒川弥太郎、三船敏郎、田崎潤、藤原釜足、池部良、堀雄二、榎本健一、水島道太郎、柳家金語楼、古川緑波、中村是好、
 原節子、田中絹代、入江たか子、霧立のぼる、轟夕起子、高峰秀子、清川虹子、美空ひばり、杉葉子、香川京子、夏川静江、並木路子、飯田蝶子、水谷八重子

 綺羅星のごとき面々です。
 (ヤケ 傷み 鉛筆書込 汚れ)という注記がありましたが、どうということはありません。
 スタート価格は6万円。さすがに迷いましたが、入札してしまいました。
 それから数日。誰も入札しません。嬉しいような、困ったような。
 ところが、終了時刻の直前になって、数件の入札が。
 困ったような、ほっとしたような。
 結局私は追随せずに7万4000円で終了しました。
 豪華なメンバーですからねぇ。これでも安いかもしれませんが、自分が出すとなると、ちょっとね。

2023年1月 6日 (金)

土屋文明氏の書簡

 土屋文明氏の書簡を入手しました。またまたネットオークションです。
Bunmeishokan02
 宛先は三橋玉見氏です。
 どのような人か分からなかったので、ググってみました。
 三橋玉見は医師で、詩歌や書画、陶芸をたしなむ文化人でもあり、大原孫三郎に招かれる形で倉敷市に診療所を開業した、とのことです。

 冒頭。
Bunmeishokan03
 候文です。

 末尾。
Bunmeishokan04

 封筒。
Bunmeishokan01
 消印の日付は、昭和6年8月1日のようです。
 しかし、住所が「岡山県倉敷市」で届いてしまうのですから、すごいです。
 著名人だったのでしょうね。

 私も玉村町に住んでいたときに、年賀はがきが「群馬県佐波郡玉村町」だけで届いたことがありましたが、あれは年賀状で、私あてのもそれなりにあったので、郵便局で仕分けをする人の記憶にたまたま残っていたのでしょう。通常であればとてもその住所で届いたとは思えません。

 さてこの書簡、自分で所持しようと思って落札したわけではありません。
 いろいろとお世話になった群馬県立土屋文明記念文学館に寄贈しようと思って落札しました。
 資料的価値はあまりないかもしれませんが、たまたま見つけた土屋文明氏の書簡ですので、然るべき場所で所蔵してもらえればと思います。

 とは言いながら、同じ目的でかつて入手した、澤瀉久孝氏から斎藤茂吉氏に宛てた書簡は行方不明になってしまいました。
 ま、行方不明といっても、居間のどこかにあることは間違いありません。いずれ発掘します。

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