万葉集

2026年6月30日 (火)

『ならら』最新号に奈良大学の企画展示

 『ならら』の最新号が届きました。
Narara202607a

 目次は以下の通りです。
Narara202607b
Narara202607cNarara202607d

 この中で、奈良大学で開催中の企画展「古事記を描く-神と英雄の物語-」が紹介されていました。
 先日奈良大学で大会を開催した古事記学会との共催です。
Narara202607e

 文字が小さいので、一部を拡大します。
Narara202607f
Narara202607g
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 なお、今号の特集は「万葉集を根底から読み直す」というものです。
Narara202607i

2026年6月27日 (土)

群馬県立女子大学で国語国文学会2026

 今日は群馬県立女子大学で国語国文学会があったので、台風が2つ接近の中、行ってきました。
2026gunmagakkai01

 文字が小さいので、拡大します。
2026gunmagakkai02

 こんな感じで、院生4人の研究発表と、二松學舍大学客員教授の矢羽勝幸氏の講演です。

 院生4人のうち2人が上代文学でしたので、聴きに行ったという次第です。
 2人とも、よく調べ、よく考えた、レベルの高い内容でした。
 ただ、如何せん、内容が良かっただけに時間が足りなかったのが何とも残念でした。
 分量制限のない修士論文はきっと良いものになることと思います。

2026年6月14日 (日)

昭和15年『万葉図録』(8)

 昭和15年の『万葉図録』、地理篇はこれで最後になります。
 中国地方のうち山陽道。
 鞆の浦。
S15manyozuroku36tomo
 大伴旅人の歌が思い出されます。

 九州地方のうち。
 大宰府阯。
S15manyozuroku37dazai

 水城阯。
S15manyozuroku38mizuki

 志賀島。
S15manyozuroku39shika

 能古浦。
S15manyozuroku40noko

 唐亭。
S15manyozuroku41kara

 九州は旅人・憶良関係と、遣新羅使人関係ですね。

2026年6月13日 (土)

昭和15年『万葉図録』(7)

 また昭和15年『万葉図録』に戻ります。「地理篇」のうち北陸地方から。

 立山。
S15manyozuroku31tachiyama

 奈呉海。
S15manyozuroku32nago

 能登島。
S15manyozuroku33noto

 中国地方のうち山陰地方から。
 狭岑島。
S15manyozurokusamine

 石見海。
S15manyozuroku34iwami

 高角山。
S15manyozuroku35takatsuno

 北陸地方は大伴家持がらみ、山陰地方は柿本人麻呂がらみとなりました。

2026年6月11日 (木)

昭和15年『万葉図録』(6)

 まだ続きます。
 今回は『万葉図録』「地理篇」のうち東国地方から。

 引佐細江。
S15manyozuroku26inasa
 遠江国です。
 「東国地方」というと関東地方と考えてしまいましたが、この本の分類では万葉集準拠なのでした。
 それで、東歌の範囲である遠江、駿河、信濃なども「東国地方」になります。

 不尽山。
S15manyozurokufuji
 頭を雲の上に出した富士山。

 利根河。
S15manyozuroku27tone
 川幅が狭く、上流ですね。
 添えられている歌は、「利根河の河瀬も知らずただ渡り浪に遇ふのす逢へる君かも」という上野国東歌です。

 伊香保沼。
S15manyozuroku28ikahonu
 添えられている歌は、「上毛野伊香保の沼に植え小水葱(こなぎ)かく恋ひむとや種求めけむ」という上野国東歌です。
 「伊香保」は今の榛名山なので、「伊香保の沼」は榛名湖と考えられることが多いです。
 しかし、榛名山の麓で生まれ育った土屋文明氏は、榛名湖は標高が高く水温が低いので小水葱は冬を越せないとして、「伊香保の沼」は榛名山の麓の池ではないかとされます。

 伊香保嶺。
S15manyozuroku29ikahone
 道標の上方には「右 左」とあり、下には右から順に「いかほ」「あがつま」「善光寺」とあります。
 どの辺に建てられている道標か知りません。見てみたいです。

 筑波山。
S15manyozuroku30tsukuba

 筑摩河。
S15manyozurokuchikuma
 添えられている歌は、「信濃なる筑摩の河の細石(さざれし)も君し踏みてば玉と拾はむ」という信濃国東歌。
 心に響く歌です。

2026年6月10日 (水)

昭和15年『万葉図録』(5)

 「飛鳥・藤原宮都」がらみの写真が昨日で終わったばかりですが、また万葉故地の写真です。
 『万葉図録』「地理篇」のうち近畿地方から。

 淡海の海。
S15manyozuroku21oumi
 詩的な写真です。
 人麻呂の「夕波千鳥」の歌が添えられていました。

 泉河。
S15manyozuroku22izumi
 越中に赴任してゆく家持を見送っていった書持のことが思われます。

 恭仁京趾。
S15manyozurokukuni

 宇治河。
S15manyozuroku23uji
 こちらにも人麻呂の歌が添えられています。
 歌は「もののふの八十氏河の網代木に~」です。

 若の浦。
S15manyozuroku24waka
 こちらに添えられているのは赤人の「潟をなみ」の歌です。

 熊野浦。
S15manyozuroku25kumano
 浦の浜木綿ですねぇ。

2026年6月 4日 (木)

昭和15年『万葉図録』(4)

 昨日の『万葉図録』「地理篇」のうち大和地方の続きです。

 三輪山。
S15manyozuroku16miwa
 つくづく良い形をしているなぁと思います。

 巻向山。
S15manyozuroku17makimuku
 霧か雲が立ちこめています。

 穴師山。
S15manyozuroku18anashi

 安騎野。
S15manyozuroku19akino

 三笠山・春日山。
S15manyozuroku20mikasa

 万葉故地はやはりいいです。

2026年6月 3日 (水)

昭和15年『万葉図録』(3)

 先日ご紹介した昭和15年の『万葉図録』の続きです。
 今回は、「地理篇」のうち「大和地方」からいくつかを。

 大和三山。
S15manyozuroku11sanzan
 向かって左から畝傍山、耳成山、天香具山です。

 雷丘。
S15manyozuroku12ikazuchi

 明日香河。
S15manyozuroku13asukagawa

 宮滝。
S15manyozuroku14miyataki

 葛城山。
S15manyozuroku15kazuraki

 昭和15年頃の当時の様子が窺えて興味深いです。
 ま、今日の分は、今もあまり変わらないことでしょうけれども。

2026年5月27日 (水)

昭和15年『万葉図録』(2)

 昨日の『万葉図録』の続きです。
 昨日は目次の概要のみを示しましたが、今回は少し内容に入ります。

 巻頭にある「皇室と万葉集」の細目は以下の通りです。
S15manyozuroku06

 雄略天皇。
S15manyozuroku07
 1番歌。元暦校本です。

 舒明天皇と天智天皇。
S15manyozuroku08
 2番歌と13番歌。ともに元暦校本です。

 聖武天皇の宸翰。
S15manyozuroku09
 正倉院御物。

 光明皇后の『楽毅論』。
S15manyozuroku10
 同じく正倉院御物です。

 聖武天皇の繊細な筆遣いに対し、光明皇后の雄渾な筆遣いが対照的です。

2026年5月26日 (火)

昭和15年『万葉図録』(1)

 このようなものを入手しました。
S15manyozuroku01
 これは箱です。
 中には、本文と解説との2冊が入っています。

 奥付です。
S15manyozuroku02
 昭和15年の刊ですね。
 翌年12月までに3版を重ねています。よく売れた本のようです。
 編者の佐佐木信綱はよく分かるとして、新村出はちょっと違和感があります。

 目次を切り貼りして示します。
 目次は詳細なため、分量が嵩みますので、大きな項目だけ示します。
 色がまだらになってしまいました。
S15manyozuroku03
S15manyozuroku04
S15manyozuroku05
 冒頭に「皇室と万葉集」として、万葉集所載の御製と、皇后の御歌を載せています。
 ここまでしなくてもと思いますけど、そういう時代なのでしょうね。

 その一方、第四部には「訳本其他」として、万葉集を英訳したものが載っていて、国際的です。

 今回は、奥付と目次のみですが、また続きます。
 それでタイトルに(1)を付けました。

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