万葉集

2019年6月11日 (火)

澤瀉先生から斎藤茂吉への書簡

 ネットオークションで入手しました。
 タイトル、澤瀉先生には敬称付きで、斎藤茂吉は呼び捨てですが。(^_^;

 封筒表。
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 封筒裏。
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 手紙は巻紙に毛筆書きです。内容は、澤瀉先生がお勤めの大学の国文学会に斎藤茂吉を講師としてお招きしたいという依頼状です。

 そういう内容ではありますが、私信ですので、ほんの少しだけ。
 冒頭部の、時候の挨拶の続きです。
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 「五味君」とあります。
 恩師のお一人である五味智英先生が頭に浮かびましたが、手紙の内容からは、智英先生のお兄さんで、アララギ派の歌人であった五味保義氏と思われます。保義氏は京都大学のご出身ですので。

 斎藤茂吉への講演依頼は五味保義氏を通してすでになされていたようですが、それを受けて、澤瀉氏ご自身が改めて講演依頼をするという内容です。遠方でもあるし、大学の国文学会は貧乏なので、関西にお出での折があれば、その時に講演をお願いしたいという内容でした。

 末尾です。
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 日付は書かれていますが、年が分かりません。封筒の裏も同様です。切手が剥がれていて、消印もあいにく年の部分が失われています。

 ただ、五味保義氏が京都大学を卒業したのが昭和3年とのことですので、この手紙は昭和2年以前の5月と考えられます。

 昭和3年(1928年)3月末現在の関係者の年齢は以下の通りです。
  澤瀉:37歳
  斎藤:45歳
  五味保義:26歳
  五味智英:19歳

 智英先生にも19歳の頃があったのですねぇ。当然のことではありますけれども。

 斎藤茂吉全集に日記や書簡も収められていますので、大正14年~昭和3年のあたりをざーっと見てみましたが、かなり大急ぎでの調べでしたので、関連する事項は見つかりませんでした。見落としの可能性は多分にあります。

 研究史的な意味はないでしょうから、そう重要な書簡ではありませんが、どこかで保管して頂けたらと思います。京都大学、皇學館大学、萬葉学会などが頭に浮かびましたが、萬葉学会は事務局が移りますので、適当ではないかもしれませんね。考えてみます。

2019年6月 7日 (金)

群馬の万葉歌碑特集&水草を食べる金魚

 群馬県には、朝日新聞の姉妹紙「朝日ぐんま」という新聞があります。毎週金曜日の発行です。
 その今日発行号の特集が「ぐんまの万葉歌碑へ」です。これまた令和効果ですね。
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 上の画像、縦横の比率がミョーですね。下の方にあった広告部分をカットしました。
 これが表紙で、表紙とも4ページが特集です。
 この中に、先日、群馬県立女子大学で開催された私の公開講座のことも触れてくれています。
 当日、記者さんが取材に来てくれました。
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 「ぐんまちゃん 大好き 万葉集研究者」とあります。「万葉集研究者」と名乗ることには、ちょっとはばかりもありますが、「ぐんまちゃん 大好き」は何の問題もなく、ありがたいキャッチコピーです。(^_^)

 こういった万葉集絡みの特集によって、万葉集に興味を持ってくれる人が少しでも増えたら良いなぁと思います。

 話は全く違いますが、昨日密談(?)をしていた金魚たち。今日、ちょくちょく観察していたのですが、今日は昨日のようなことはありませんでした。

 水槽は金魚部屋の一番奥にあります。私が近づくと金魚たちはすぐに寄ってきますが、近眼なのかどうか、部屋の出入口付近でじっとしていると、私の存在には気づかないようです。昨日の写真もそのようにして撮りました。

 今日、観察していると、水草を食べている様子を目撃できました。
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 水草を口にくわえ、頭をブンと動かして食いちぎっていました。
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 今の水草も早晩食べ尽されてしまうことでしょう。

2019年5月30日 (木)

「トンボの眼」で柿本人麻呂(2)

 今日は、「トンボの眼」の連続講座で柿本人麻呂の話をしてきました。先月、人麻呂の第1回目として歌集歌と雑歌をよみました。今日は相聞と挽歌をよみました。内容は石見相聞歌と泣血哀慟歌です。扱ったのは、それぞれの第1長歌反歌、第2長歌反歌です。レジュメはこちら

 晴南さんの訃報に接したばかりでしたので、泣血哀慟歌を読みながら、あれこれの思いがありました。
Hagainoyama

 

2019年5月28日 (火)

群馬県立女子大学で特別公開講座

 今日は、元勤務先で公開講座をしてきました。演題は「『万葉集』の魅力~「令和」にちなんで~」です。
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 上の画像はチラシですが、これと同じ作りで、下部の申し込み部分がないものがポスターとして数週間前から学内に貼られていました。顔写真入りなので、目にする度に、なんとなく落ち着きませんでした。(^_^;

 幸い、たくさんの方が聴きに来てくださいました。学科学部を越えて、元同僚の先生方も。
 ありがたいことでしたが、これが教員同士の授業参観のように思えて、ちょっと緊張しました。
 レジュメはこちら

 「令和」絡みの講演は今回が初めてでした。他にも同様の依頼を頂いていますので、今回の内容をベースに、改良して行こうと思います。

 ちょっと緊張していたはずなのですが、会場は慣れた教室でもありますし、段々緊張が解けて行き、そればかりか当初の緊張の反動もあって、途中からリラックスしすぎて、余計な雑談に時間を使ってしまいました。公開講座で雑談をする講師というのもいかがなものかと思われます。反省しています。

 何十年やっていても満足な講演はできません。

 昨年亡くなった石川先生の後任の先生にもお目にかかれました。講演を聴きに来てくださっていたのでした。ありがたいことでした。鈍蛾さんをはじめ、聴きに来てくださった先生方にも大感謝です。

2019年5月25日 (土)

九州女子大学・九州共立大学で上代文学会

 今日・明日は、2019年度の上代文学会の大会です。
 
 鹿児島本線の折尾駅で降りて会場校に向かって歩いて行くと、会場校の手前に地下歩道がありました。歩道には壁画が。
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 会場校の学生さん達の作品でした。
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 こういう地域貢献は良いことと思います。

 会場校の門。大変に良いお天気でした。
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 会場のある建物。
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 学会挨拶。代表理事の品田悦一先生。
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 会場校挨拶。教育機構副長の中島久代先生。
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 新元号「令和」がらみで、大宰府のことや、大学の校章が梅の花であることなどにも触れられました。

 工藤浩先生の講演。演題は「大嘗祭に関する二、三の問題」。
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 佐藤隆先生の講演。演題は「大伴家持とその意匠ー「白」への関心ー」。
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 このあと懇親会が開かれ、第1日目は無事に終了しました。

2019年5月21日 (火)

代表的な万葉歌(2)

 かねて「代表的な万葉歌」のリストを作成しています。
 これは、『万葉秀歌』(斎藤茂吉)、『万葉百歌』(山本健吉・池田弥三郎)、『私の万葉集』(大岡信)、『日めくり万葉集』(NHK)などが選んでいる歌を集計したものです。新しいデータを加える度に順位が変動します。
 昨年の2月に美夫君志会の『萬葉百首』というかるたを加えたときもだいぶ順位の変動がありました。その結果はブログにも「代表的な万葉歌」のタイトルで載せました。

 先日、4日間にわたって、戦前の旧制中学校、高等女学校、戦後の高等学校の国語教科書に掲載された万葉歌をご紹介しました。今回、そのデータを加えてみました。ベスト30をご披露します。

 01.田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける(3・318)山部赤人
 02.天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 布士の高嶺を 天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 不尽の高嶺は(3・317)山部赤人
 03.銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも(5・803)山上憶良
 04.瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものそ まなかひに もとなかかりて 安寐し寝なさぬ(5・802)山上憶良
 05.東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ(1・48)柿本人麻呂
 06.我が宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも(19・4291)大伴家持
 07.うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも独し思へば(19・4292)大伴家持
 08.近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ(3・266)柿本人麻呂
 09.あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(1・20)額田王
 10.石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも(8・1418)志貴皇子
 11.若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る(6・919)山部赤人
 12.憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむぞ(3・337)山上憶良
 13.多摩川に曝す手作さらさらに何そこの児のここだ愛しき(14・3373)東歌(武蔵)
 14.ぬばたまの夜の更けゆけば久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く(6・925)山部赤人
 15.熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな(1・8)額田王
 16.楽浪の志賀の辛崎幸くあれど大宮人の舟待ちかねつ(1・30)柿本人麻呂
 17.紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋ひめやも(1・21)天武天皇
 18.春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影に鴬鳴くも(19・4292)大伴家持
 19.み吉野の象山の際の木末にはここだも騒く鳥の声かも(6・924)山部赤人
 20.玉たすき 畝傍の山の 橿原の ひじりの御代ゆ 生れましし 神のことごと 栂の木の いや継ぎ継ぎに 天の下 知らしめししを そらにみつ 大和を置きて あをによし 奈良山を越え いかさまに 思ほしめせか 天離る 鄙にはあれど 石走る 近江の国の 楽浪の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ 天皇の 神の命の 大宮は ここと聞けども 大殿は ここと言へども 春草の 茂く生ひたる 霞立つ 春日の霧れる ももしきの 大宮ところ 見れば悲しも (1・29)柿本人麻呂
 21.笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば(2・133)柿本人麻呂
 22.春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子(19・4139)大伴家持
 23.あをによし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり(3・328)小野老
 24.わたつみの豊旗雲に入り日差し今夜の月夜清く照りこそ(1・15)天智天皇
 25.家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る(2・142)有間皇子
 26.春の野にすみれ採みにと来しわれそ野をなつかしみ一夜寝にける(8・1424)山部赤人
 27.士やも空しくあるべき万代に語り継ぐべき名は立てずして(6・978)山上憶良
 28.我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露に我れ立ち濡れし(2・105)大伯皇女
 29.吉野なる菜摘の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山蔭にして(3・375)湯原王
 30.楽浪の志賀の大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも(1・31)柿本人麻呂

 いかがでしょうか。戦前戦後の国語教科書の影響が結構強く出ているように思いますが、かなり妥当なところではないでしょうか。

 この30首を作者別に集計すると次のようになります。

 山部赤人、柿本人麻呂:6
 山上憶良、大伴家持:4
 額田王:2
 志貴皇子、東歌(武蔵)、天武天皇、小野老、天智天皇、有間皇子、大伯皇女、湯原王:1

 赤人が人麻呂と並んで1位というのは意外でした。授業や講座などで、歌人別に万葉集をよむことがありましたが、赤人を特に取り上げたことはなかったと思います。認識不足でした。「山柿の門」の「山」は赤人で良いのかも。(^_^;

 思えば、学校で最初に習った古文の教科書の巻頭に載っていたのが、赤人の富士山の歌でした。半世紀以上も昔。(^_^;
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 その教科書で次のページに載っていたのは、十訓抄の小式部内侍の話(大江山の歌)だったような記憶があります。

2019年5月16日 (木)

戦後の高等学校国語教科書に採られた万葉歌(後)

 3日連続して掲載してきた、国語教科書に採られた万葉歌。今日は平成15年以降の分を扱います。これで最後です。元データを作成された恒吉薫氏のお仕事を何ともありがたく貴重なものと、改めてそう思います。

 平成15年以降の分は、それ以前と比べて期間が短く、対象となる教科書の数も少ないので、のべ歌数は1011首、異なり歌数は87首です。

 これまでと同様、上位20位までを示します。

01.あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(1・20)額田王 57点
02.多摩川に曝す手作さらさらに何そこの児のここだ愛しき(14・3373)東歌(武蔵)55点
03.うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも独し思へば(19・4292)大伴家持 49点
04.憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむぞ(3・337)山上憶良 41点
05.近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ(3・266)柿本人麻呂 40点
06.紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋ひめやも(1・21)天武天皇 37点
06.田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける(3・318)山部赤人 37点
08.天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 布士の高嶺を 天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 不尽の高嶺は(3・317)山部赤人 31点
08.春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子(19・4139)大伴家持 31点
10.父母が 頭掻き撫で 幸くあれて 言ひし言葉ぜ 忘れかねつる(20・4346)丈部稲麻呂/駿河国防人 28点
11.東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ(1・48)柿本人麻呂 25点
12.若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る(6・919)山部赤人 24点
13.石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも(8・1418)志貴皇子 23点
14.熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな(1・8)額田王 22点
14.唐衣裾に取りつき泣く子らを置きてそ来ぬや母なしにして(20・4401)他田舎人大島/信濃防人 22点
16.瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものそ まなかひに もとなかかりて 安寐し寝なさぬ(5・802)山上憶良 20点
16.銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも(5・803)山上憶良 20点
18.石見の海 角の浦廻を 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟は なくとも 鯨魚取り 海辺を指して 柔田津の 荒礒の上に か青なる 玉藻沖つ藻 朝羽振る 風こそ寄せめ 夕羽振る 波こそ来寄れ 波のむた か寄りかく寄り 玉藻なす 寄り寝し妹を 露霜の 置きてし来れば この道の 八十隈ごとに 万たび かへり見すれど いや遠に 里は離りぬ いや高に 山も越え来ぬ 夏草の 思ひ萎へて 偲ふらむ 妹が門見む 靡けこの山(2・131)柿本人麻呂 19点
18.石見のや高角山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか(2・132)柿本人麻呂 19点
18.笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば(2・133)柿本人麻呂 19点

 トップは額田王の「あかねさす」の歌で、これに答えた大海人皇子の「むらさきの」の歌も6位に入っています。この2首は旧制中学校・高等女学校の教科書には全く採られていなかった歌です。

 第2位には東歌の「多摩川に」が入っています。この歌も旧制中学校・高等女学校の教科書には全く採られていません。といいますか、旧制中学校の教科書に東歌は「都武賀野に鈴が音聞こゆ可牟思太の殿のなかちし鳥猟すらしも」(3438/未勘国歌)しか採られておらず、高等女学校の教科書に東歌は1首も採られていません。それが、戦後になると65首の歌が万葉集に採られています。これは大きな変化といえましょう。

 他に、第8位の家持の「春の園紅にほふ」の歌も旧制中学校・高等女学校の教科書には全く採られていません。これも大きな相違点になります。

 14位の「唐衣裾に取りつき泣く子らを置きてそ来ぬや母なしにして」という防人歌は、何とも切ない歌ですが、この歌は、旧制中学校・高等女学校のみならず、戦後の平成14年以前の教科書(採録された万葉歌は、のべ11904首、異なり歌数で919首にも及ぶ)にも全く採られていない歌でした。それが平成15年以降は一気にこんな高位に位置するに至りました。今後も、以前はあまり注目されていない歌に光が当たることもありましょうね。

 文学軽視、文学教育軽視の世の中では、それも望み薄になってしまいますが。

 1200年もの間、読み継がれてきた作品が価値の低いものであるはずはないんですけどねぇ。
Gunmac_fude

2019年5月15日 (水)

戦後の高等学校国語教科書に採られた万葉歌(前)

 一昨日、昨日の続きです。
 今日は、戦後の高等学校国語教科書のうち平成14年以前の分を集計しました。対象となる教科書の数も多く、採録された万葉歌はのべ11904首にのぼります。一昨日は11907首と書きましたが、数え違いがありました。訂正致します。
 そして、異なり歌数は919首にのぼります。これは全く意外でした。戦後、多数の国語教科書が発行されていても、そこに掲載されている万葉歌は精々100首くらいの中から選ばれているものと思っていました。これだけ多くの万葉歌が選ばれていたとは……。とは。

 上位20首を挙げます。

01.うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも独し思へば(19・4292)大伴家持 233点
02.ぬばたまの夜の更けゆけば久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く(6・925)山部赤人 223点
03.み吉野の象山の際の木末にはここだも騒く鳥の声かも(6・924)山部赤人 216点
04.多摩川に曝す手作さらさらに何そこの児のここだ愛しき(14・3373)東歌(武蔵) 202点
05.熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな(1・8)額田王 201点
06.我が宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも(19・4291)大伴家持 189点
07.銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも(5・803)山上憶良 180点
08.田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける(3・318)山部赤人 170点
09.近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ(3・266)柿本人麻呂 167点
09.憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむぞ(3・337)山上憶良 167点
09.春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子(19・4139)大伴家持 167点
12.験なきものを思はずは一杯の濁れる酒を飲むべくあるらし(3・338)大伴旅人 162点
12.瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものそ まなかひに もとなかかりて 安寐し寝なさぬ(5・802)山上憶良 162点
14.信濃道は今の墾道刈株に足踏ましなむ履着けわが背(14・3399)東歌(信濃) 161点
15.春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影に鴬鳴くも(19・4290)大伴家持 158点
16.天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 布士の高嶺を 天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 不尽の高嶺は(3・317)山部赤人 157点
17.笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば(2・133)柿本人麻呂 151点
18.石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも(8・1418)志貴皇子 149点
19.世間を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば(5・893)山上憶良 141点
20.石見のや高角山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか(2・132)柿本人麻呂 140点

 大変によく納得できる歌々と思います。
 21位以下には、次の歌が続きます。

 ・防人に行くは誰が背と問ふ人を見るがともしさ物思ひもせず
 ・君が行く道のながてを繰り畳ね焼きほろぼさむ天の火もがも
 ・石見の海 角の浦廻を 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟は なくとも 鯨魚取り 海辺を指して 柔田津の 荒礒の上に か青なる 玉藻沖つ藻 朝羽振る 風こそ寄せめ 夕羽振る 波こそ来寄れ 波のむた か寄りかく寄り 玉藻なす 寄り寝し妹を 露霜の 置きてし来れば この道の 八十隈ごとに 万たび かへり見すれど いや遠に 里は離りぬ いや高に 山も越え来ぬ 夏草の 思ひ萎へて 偲ふらむ 妹が門見む 靡けこの山
 ・若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る
 ・父母が頭掻き撫で幸くあれて言ひし言葉ぜ忘れかねつる
 ・あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
 ・稲つけばかかる我が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ

 上位20位のうち、
 ・多摩川に曝す手作さらさらに何そこの児のここだ愛しき
 ・春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子
 ・験なきものを思はずは一杯の濁れる酒を飲むべくあるらし
 ・信濃道は今の墾道刈株に足踏ましなむ履着けわが背
 ・石見のや高角山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか
の5首は、戦前の旧制中学校・高等女学校の教科書には1点も採られていません。

 また、
 ・うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも独し思へば
 ・み吉野の象山の際の木末にはここだも騒く鳥の声かも
 ・笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば
 ・世間を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば
なども、旧制中学校・高等女学校の教科書には採られてはいてもごく少数です。

 おまけとして挙げた21位以下の歌についても、「若の浦に」と「父母が」以外は、やはり旧制中学・高女の教科書には全く採られていません。
 戦前・戦後で大きく変わったことが分かります。
Gunmac_tobe02
 あ、上の画像は「飛躍」のイメージです。(^_^)

2019年5月14日 (火)

高等女学校の国語教科書に採られた万葉歌

 昨日の続きです。
 昨日は、恒吉薫氏作成「高等学校国語教科書『万葉集』採録データ」に基づき、戦前の旧制中学校のデータを集計してみました。
 他人の褌で相撲を取ったような感があります。(^_^;

 今日は同じ資料を用いて、戦前の高等女学校のデータを集計します。
 昨日と同じように高等女学校の教科書に採られた万葉歌を多い順に20位まで列挙します。
 ○を付けたのは、旧制中学の教科書でも上位20位以内に入っている歌です。

○01.天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 布士の高嶺を 天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 不尽の高嶺は(3・317)山部赤人 64点
○02.田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける(3・318)山部赤人 59点
○02.銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも(5・803)山上憶良 59点
○04.瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものそ まなかひに もとなかかりて 安寐し寝なさぬ(5・802)山上憶良 52点
○05.やすみしし 我が大君 神ながら 神さびせすと 吉野川 たぎつ河内に 高殿を 高知りまして 登り立ち 国見をせせば たたなはる 青垣山 山神の 奉る御調と 春へは 花かざし持ち 秋立てば 黄葉かざせり 行き沿ふ 川の神も 大御食に 仕へ奉ると 上つ瀬に 鵜川を立ち 下つ瀬に 小網さし渡す 山川も 依りて仕ふる 神の御代かも(1・38)柿本人麻呂 29点
○06.玉たすき 畝傍の山の 橿原の ひじりの御代ゆ 生れましし 神のことごと 栂の木の いや継ぎ継ぎに 天の下 知らしめししを そらにみつ 大和を置きて あをによし 奈良山を越え いかさまに 思ほしめせか 天離る 鄙にはあれど 石走る 近江の国の 楽浪の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ 天皇の 神の命の 大宮は ここと聞けども 大殿は ここと言へども 春草の 茂く生ひたる 霞立つ 春日の霧れる ももしきの 大宮ところ 見れば悲しも(1・29)柿本人麻呂 28点
○07.山川も依りて仕ふる神ながらたぎつ河内に舟出せすかも(1・39)柿本人麻呂 27点
○08.若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る(6・919)山部赤人 24点
○09.東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ(1・48)柿本人麻呂 23点
○09.御民我れ生ける験あり天地の栄ゆる時にあへらく思へば(6・996)海犬養岡麻呂 23点
○09.我が宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも(19・4291)大伴家持 23点
○12.楽浪の志賀の辛崎幸くあれど大宮人の舟待ちかねつ(1・30)柿本人麻呂 22点
 13.ぬばたまの夜の更けゆけば久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く(6・925)山部赤人 19点(旧中17点)
 13.春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影に鴬鳴くも(19・4290)大伴家持 19点(旧中12点)
○15.大夫は名をし立つべし後の世に聞き継ぐ人も語り継ぐがね(19・4165)大伴家持 17点
○16.楽浪の志賀の大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも(1・31)柿本人麻呂 16点
○17.石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも(8・1418)志貴皇子 15点
○18.あをによし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり(3・328)小野老 14点
 18.吉野なる菜摘の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山蔭にして(3・375)湯原王 14点(旧中6点)
 20.熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな(1・8)額田王 12点(旧中10点)
 20.冬こもり 春さり来れば 鳴かずありし 鳥も来鳴きぬ 咲かずありし 花も咲けれど 山を茂み 入りても取らず 草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉をば 取りてぞ偲ふ 青きをば 置きてぞ嘆く そこし恨めし 秋山吾は(1・16)額田王 12点(旧中5点)
 20.もののふの八十宇治川の網代木にいさよふ波の行くへ知らずも(3・264)柿本人麻呂 12点(旧中10点)
 20.近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ(3・266)柿本人麻呂 12点(旧中20点)
 20.あしひきの山川の瀬の鳴るなへに弓月が岳に雲立ち渡る(7・1088)柿本人麻呂歌集 12点(旧中6点)
 20.沫雪のほどろほどろに降りしけば奈良の都し思ほゆるかも(8・1639)大伴旅人 12点(旧中2点)

 ○の付いた歌、多いですね。大勢としては、旧制中学の教科書に採られた歌と、高等女学校の教科書に採られた歌との間に大きな差はないように見えます。
 ただ、○の付いていない歌で、旧制中学の教科書にはあまり取られていない歌には次のようなものがあります。

 18.吉野なる菜摘の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山蔭にして(3・375)湯原王 14点(旧中6点)
 20.あしひきの山川の瀬の鳴るなへに弓月が岳に雲立ち渡る(7・1088)柿本人麻呂歌集 12点(旧中6点)
 20.沫雪のほどろほどろに降りしけば奈良の都し思ほゆるかも(8・1639)大伴旅人 12点(旧中2点)

 これらは今では人気のある歌と思います。

 高等女学校の教科書と旧制中学校の教科書との採録数にやや差のある歌に次のようなものがあります。

 つぎねふ 山背路を 他夫の 馬より行くに 己夫し 歩より行けば 見るごとに 哭のみし泣かゆ 其思ふに 心し痛し たらちねの 母が形見と わが持てる 真澄鏡に 蜻蛉領巾 負ひ並め持ちて 馬買へわが背(13・3314)作者不明 高女8点、旧中2点
 四極山うち越え見れば笠縫の島漕ぎ隠る棚なし小舟(3・272)高市黒人 高女6点、旧中0
 吾妹子が植ゑし梅の樹見るごとにこころ咽せつつ涙し流る(3・453)大伴旅人 高女5点、旧中0

 どうも、高等女学校採録歌の方が現代の好みに近い気がします。

 差が顕著なのは防人歌です。
 旧制中学・高等女学校、両方の教科書に採られている防人歌は次の3首です。

 今日よりはかへり見なくて大君の醜の御楯と出で立つ我は(4373)今奉部与曽布/下野防人 旧中21、高女9
 大君の命畏み磯に触り海原渡る父母を置きて(4328)丈部人麻呂/相模防人 旧中9、高女6
 霰降り鹿島の神を祈りつつ皇御軍に我れは来にしを(4370)大舎人部千文/常陸防人 旧中1、高女1

 そして、旧制中学校の教科書に採られている防人歌はこの3首のみです。
 ところが、高等女学校の教科書にはこれら以外に防人歌が8首採られています。

 父母が頭掻き撫で幸くあれて言ひし言葉ぜ忘れかねつる(4346)丈部稲麻呂/駿河国防人 高女2
 父母も花にもがもや草枕旅は行くとも捧ごて行かむ(4325)丈部黒当/遠江防人 高女1
 水鳥の立ちの急ぎに父母に物言はず来にて今ぞ悔しき(4337)有度部牛麻呂/駿河防人 高女1
 真木柱ほめて造れる殿のごといませ母刀自面変はりせず(4342)坂田部首麻呂/駿河防人 高女1
 我が母の袖もち撫でて我がからに泣きし心を忘らえのかも(4356)物部乎刀良/上総防人 高女1
 天地の神を祈りて猟矢貫き筑紫の島を指して行く我れは(4347)大田部荒耳/下野防人 高女1
 天地のいづれの神を祈らばか愛し母にまた言問はむ(4392)大伴部麻与佐/下総防人 高女1
 大君の命畏み青雲のとのびく山を越よて来ぬかむ(4403)小長谷部笠麻呂/信濃防人 高女1

 どうも、高女の編者の方が家持の思いに近いようです。
Gunmac_nyokan

2019年5月13日 (月)

旧制中学校の国語教科書に採られた万葉歌

 先日届いた上代文学会の機関誌『上代文学』で、「高等学校国語教科書『万葉集』採録データ」というエクセルデータがネット上に公開されていることを知りました。
 このデータは、恒吉薫氏が東京大学に提出した2017年度の卒業論文の資料だそうです。

恒吉薫氏作成「高等学校国語教科書『万葉集』採録データ」
https://drive.google.com/file/d/1DLLjRmMMZN3NY95n3lZ6c36t9j3wzfOS/view

恒吉薫氏作成「高等学校国語教科書『万葉集』採録データ」について(利用に際しての注意事項)品田悦一氏
http://jodaibungakukai.org/pdf/20191219_importantpoint.pdf

 データは4種からなっており、戦前・戦中の旧制中学校、同じく高等女学校、戦後の平成14年以前の高等学校、平成15年以降の高等学校、という各時期の国語教科書それぞれにどの万葉歌が採録されているかが示されています。
 多数の教科書を実際に調査して得られた貴重なデータで、圧倒されます。
 数を数えてみましたら、旧制中学校の教科書に採られた万葉歌はのべ1328首、高等女学校はのべ978首、戦後前期はのべ11907首、戦後後期はのべ1011首でした。この数は私の集計によるもので、違っていれば私の責任です。

 データがあると集計したくなります。(^_^) サガのようなものです。(^_^;
 個人的には、以前から作成している「代表的な万葉歌」のデータにしようとの思いがあります。

 まず、旧制中学校の国語教科書に、どの歌が何点の教科書に採られていたのかを集計してみました。

 上位20位までを挙げます。

01.田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける(3・318)山部赤人 71点
02.天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 布士の高嶺を 天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 不尽の高嶺は(3・317)山部赤人 68点
02.銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも(5・803)山上憶良 68点
04.瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものそ まなかひに もとなかかりて 安寐し寝さぬ(5・802)山上憶良 65点
05.大夫は名をし立つべし後の世に聞き継ぐ人も語り継ぐがね(19・4165)大伴家持 50点
06.玉たすき 畝傍の山の 橿原の ひじりの御代ゆ 生れましし 神のことごと 栂の木の いや継ぎ継ぎに 天の下 知らしめししを そらにみつ 大和を置きて あをによし 奈良山を越え いかさまに 思ほしめせか 天離る 鄙にはあれど 石走る 近江の国の 楽浪の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ 天皇の 神の命の 大宮は ここと聞けども 大殿は ここと言へども 春草の 茂く生ひたる 霞立つ 春日の霧れる ももしきの 大宮ところ 見れば悲しも(1・29)柿本人麻呂 44点
06.楽浪の志賀の辛崎幸くあれど大宮人の舟待ちかねつ(1・30)柿本人麻呂 44点
08.東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ(1・48)柿本人麻呂 34点
09.楽浪の志賀の大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも(1・31)柿本人麻呂 31点
10.若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る(6・919)山部赤人29点
10.御民我れ生ける験あり天地の栄ゆる時にあへらく思へば(6・996)海犬養岡麻呂 29点
12.士やも空しくあるべき万代に語り継ぐべき名は立てずして(6・978)山上憶良 27点
12.ちちの実の 父の命 ははそ葉の 母の命 おほろかに 心尽して 思ふらむ その子なれやも 大夫や 空しくあるべき 梓弓 末振り起し 投矢持ち 千尋射わたし 剣大刀 腰に取り佩き あしひきの 八つ峰踏み越え さしまくる 心障らず 後の世の 語り継ぐべく 名を立つべしも(19・4164)大伴家持 27点
12.我が宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも(19・4291)大伴家持 27点
12.剣太刀いよよ磨ぐべし古ゆさやけく負ひて来にしその名ぞ(20・4467)大伴家持 27点
16.石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも(8・1418)志貴皇子 26点
17.あをによし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり(3・328)小野老 25点
18.やすみしし 我が大君 神ながら 神さびせすと 吉野川 たぎつ河内に 高殿を 高知りまして 登り立ち 国見をせせば たたなはる 青垣山 山神の 奉る御調と 春へは 花かざし持ち 秋立てば 黄葉かざせり 行き沿ふ 川の神も 大御食に 仕へ奉ると 上つ瀬に 鵜川を立ち 下つ瀬に 小網さし渡す 山川も 依りて仕ふる 神の御代かも(1・38)柿本人麻呂 24点
19.山川も依りて仕ふる神ながらたぎつ河内に舟出せすかも(1・39)柿本人麻呂 23点
20.今日よりはかへり見なくて大君の醜の御楯と出で立つ我は(20・4373)今奉部与曽布/下野防人 21点


 赤人の富士山の歌や、憶良の子どもの歌が上位に来るのは今と変わりません。8位の「かぎろひの立つ見えて」、16位の「石走る」、17位の「あをによし」なども変わらぬ人気です。

 一方で、5位の家持の「大夫は名をし立つべし」、10位の「御民我れ」、20位の「醜の御楯」に時代を感じます。

 逆に、今なら上位に並ぶのに、旧制中学校の教科書には全く採られていない歌に、額田王の「あかねさす」(1・20)、大海人皇子の「むらさきの」(1・21)、「磯城島の大和の国に人二人ありとし思はば何か嘆かむ」(13・3249)、磐姫皇后の「秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いつへの方に我が恋やまむ」(2・88)、未勘国東歌の「稲つけばかかる我が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ」(14・3459)などがあります。

 この旧制中学校国語教科書のデータをわが「代表的な万葉歌」に組み込むと、順位が大幅に変わってしまいます。何か調整が必要に思いますが、恣意的になってはいけません。今後、高等女学校のデータや戦後のデータも集計して加えるつもりですので、それによって修正が期待できるのではないかと思います。
 戦後前期のデータは膨大ですので、少し先になりそうですが、どんな歌が採られているのか楽しみです。(^_^)
Gunmac_kanjin

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