万葉集

2020年9月16日 (水)

新町で連続講座(2020年 第2回)

 今日は、高崎市新町公民館で講座でした。
 隔週5回の連続講座「万葉集をよむ~関東・信濃の歌を中心に~」の第2回目で、「上野国の歌(2)」です。レジュメはこちら

 受講者の皆さんには、前回、「上野国の歌」のレジュメを、まとめてお配りしてあります。上に載せたのは、今日進んだ範囲です。

 上野国の歌、2回使ってもまだ終わりませんでした。残りは、次回の半分弱くらいまで掛かりそうです。全5回の「関東・信濃の歌を中心に」のうち、上野国だけで半分使ってしまうことになりますが、まあ、地元なので、良いことにします。(^_^)

 レジュメの他に、プロジェクターを使って、写真や地図も見てもらいました。
 上野国以外については、手持ちの写真はあまりありません。その分、次回以降はサクサクと進むことでしょう。
Yasakano


2020年9月 2日 (水)

7ヶ月ぶりの新町

 今日は、高崎市新町公民館で講座でした。
 隔週5回の連続講座で、テーマは「万葉集をよむ~関東・信濃の歌を中心に~」です。
 今日は、その第1回目で「上野国の歌(1)」です。レジュメはこちら
 今日、皆さんにお配りしたレジュメは、今日と次回の分を合体した「上野国の歌(1)(2)」で、全部で8ページあったのですが、上に載せたのは、今日進んだところまでの分です。

 先々週の群馬県立図書館の公開講座は、同じく上野国の歌を扱いながら、時間が足りなくなってしまいました。
 今回は時間はたっぷりあります。上野国の歌で2回ちょっとと考えていますが、今日のペースだと3回くらい掛かってしまうかもしれません。
 上野国に時間を掛けすぎると、最終的にはまた時間が足りなくなります。(^_^;

 新町駅は1月28日以来です。その日、群馬県立女子大学で昨年度の最後の授業がありました。
 講義講読では古事記の稲羽之素兎を読みました。そういえば、1月28日は古事記の誕生日です。
 その後のコロナ禍で、大学最寄の新町駅には7ヶ月以上御無沙汰でした。

 新町駅の駐輪場に自転車を置きっぱなしにしていましたので、無事にあるかどうか心配していました。
 新町駅の駐輪場では、春休みや夏休みなどの長期休暇の際に、駐めてある全ての自転車に紙が付けられます。休み明けの定められた期日までにこの紙を剥がさないと、持ち主のいない自転車と看做され、撤去されてしまいます。
 こうでもしないと、駐輪場に放置自転車が増えてしまい、スペースが足りなくなります。自転車整理はやむを得ないことと思います。

 ないかもしれないなぁと思いつつ駐輪場に行ったら、無事にありました。♪
Shinmachi_202009a
 青いのが私のです。あまりない色なので、遠くからでも分かります。(^_^)
 サドルには砂埃が積もっていましたが、無事でいてくれて、嬉しかったです。

2020年8月21日 (金)

前橋で講演2つ

 今日は前橋で講演が2つありました。
 前回は2月の安中でしたので、半年ぶりの講演になります。どちらも感染対策をした上での開催でした。

 午前は、「みくの会」という長くお付き合いのある市民団体で、会場は、前橋駅の南にある昌賢学園まえばしホール(前橋市民文化会館)でした。
R02miku01

 敷地内にこのような彫刻がありました。
R02miku02

 作者は分部順治氏です。
R02miku03
 この方のことは存じなかったので、ググってみたら、高崎市出身の彫刻家で、日本芸術院賞を受賞され、紺綬褒章を受章された方でした。

 講座のタイトルは「万葉集入門」です。先方からの依頼です。去年の令和改元を受けてのものでしょう。意外にもこれは私には新ネタでした。
 レジュメはこちら

 以前、公開講座で「万葉集と百人一首ってどう違うんですか?」という質問を受けたことがあります。それも、時を隔てた別の講座で2回も。
 想定外の質問でしたが、古典にあまり詳しくない人には、この2つは混同されることがあるのですかね。
 どちらも古典だし、和歌だし。ひょっとしたら、「万」と「百」「一」という漢数字が含まれているという共通点も関係あるかもしれません。
 それで、今回は先手をとって、こちらから、「万葉集と百人一首」という項目を立ててしまいました。

 新ネタのため、所要時間が分かりませんでしたが、5分ほど時間を残しました。ばっちり。
 この時間を利用して、うちの金魚の写真を見て貰いました。万葉集と全く関係ないのに。
 いくら、長い付き合いの団体とはいえ、あまりにも自由気儘な振る舞い。(^_^;
 でも、喜んで貰えました。←と思います。(^_^;

 メンバーは100人ほどですが、密を避けるために、600人入るホールを使って、間隔を開けて席が設定してありました。
 私との距離もずいぶんありましたので、マスクはなしで、マイクを使って話しました。

 午後は県立図書館で講演でした。こちらは駅の北。
 タイトルは「群馬の万葉歌」です。レジュメはこちら
 何度もやっている話なのに、大幅に時間が足りなくなりました。(^_^;
 「群馬の万葉歌」で話をするときは、講演の場所によって、その地域の歌を取り上げるようにしているのですが、今回は、会場が県の中央部の前橋ということで、取り上げる歌を絞り損ねました。あと、何度も話すうちに、話す内容が増えていっているような気がします。反省点です。

 県立図書館ですから、勤務している方々は県の職員さんです。館長さんも、担当してくださった方も、どちらも以前県立女子大の事務局にいた方々です。さらに、県立女子大の国文科の卒業生にもお世話になりました。いろいろと懐かしかったです。

 1日2回の講演は初めてでした。
 午前中の講演が先に決まっていて、午後のは後から打診されたのですが、候補日に今日が含まれていましたので、日を重ねれば1日で済むと考えました。良い案と思いましたが、もしも病気にでもなったら、2つともご迷惑をおかけすることになってしまいますので、重ねるのも良し悪しと、あとから思い至りました。
 結果的には無事に済みました。
 お世話になりましてありがとうございました。

2020年8月19日 (水)

「ねこあつめ」に「正述心緒」

 毎日楽しみにしているスマホゲーム「ねこあつめ」の「今日のあいことば」は「正述心緒」でした。
Neko_seijutsu
 「おお!」です。

 以前、「寄物陳思」が登場して、その時も「おお!」と思い、その日のブログはもう書いてしまっていたのですが、珍しくも2つ目を書きました。
Neko_kibutsu
 あれはいつじゃったか? と思って探してみたら、ちょうど1年前の今日、8月19日でした。

 「ねこあつめ」の「今日のあいことば」は、二十四節気や季語など、あるいは「今日は○○の日」などという記念日にまつわる語が採り上げられることが多いです。
 「多い」というより、必ず何かその日と関係のある語が選ばれているように思います。

 去年も、どうして今日が「寄物陳思」なのだろうかと考えましたが分かりませんでした。

 そして今日、同じ8月19日に「正述心緒」となれば、これはもう必ず何かあります。

 こういうときに頼りになるのは、日参している「ねこあつめ今日のあいことば」さんのツイッターです。
 いつも、「そうか!」と感心させられることが多いです。
 早速行ってみると、去年も今年も「俳句の日」が指摘されていました。
 「は(8)い(1)く(9)」の語呂合わせで、今日は俳句の日だそうです。

 確かに、俳句と短歌とはお隣同士の文芸ではありましょうが、万葉集と俳句とは遠い気がします。
 また、正述心緒と寄物陳思はともに相聞の下位区分ですから、その点からも俳句との親和性は低いように思います。

 「ねこあつめ」の「今日のあいことば」の考案者(お一人なのかチームなのか分かりませんが)は、かなり俳句に詳しい人のようですので、俳句の日のあいことばは、芭蕉や子規などの関係から選びそうに思います。ひねるにしても万葉集は遠いかと。

 といって代案はないのですが、万葉集関係で「8月19日」を探したら、『万葉集古義』の著者である鹿持雅澄の命日が、安政5年の8月19日であることが分かりました。

 これかなぁ、とも思いますが、あまり自信はありません。
 さらに探してみます。

 勉強になる「今日のあいことば」。

2020年8月11日 (火)

広瀬本万葉集発見の新聞記事

 元勤務先の個人研究室から自宅に送った段ボール箱、3年も経った今頃、ほそぼそと開梱しています。
 箱から出して積み上げていた書類などの山が、今日、雪崩を起こしていました。
Katazuke06
 めげずに頑張ります。

 開梱中に、『古事記 修訂版』やら、おうふう版『萬葉集』などが出てきています。

 広瀬本万葉集が発見されたときの新聞記事も出てきました。平成5年のです。
Hirosebonkiji01
 授業でこれのコピーを配っていたのですが、やがて原本は紛失し、途中からコピーのコピーになってしまっていました。
 研究室を撤収するときに原本を発見し、段ボールに入れました。3年を経て、それが再発見されたという次第です。
 すっかり黄変してしまっています。
 でも、拡大すればちゃんと読めます。
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 試みに、PC上でモノクロにして、明るさとコントラストを上げてみました。
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 こちらの方が良いですかね。

 アップも。
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 古書市で、思いがけない掘り出し物があるものです。
 書写年代が江戸期のものなどで、そう貴重な写本とは気づかなかったのでしょうね。

2020年8月10日 (月)

『古事記 修訂版』と『萬葉集』を発掘

 2週間ほど前に「『古事記 修訂版』を発掘」という記事を書きました。
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 おうふうの廃業によって、このテキストを入手できなくなって困っていたところ、個人研究室を撤収したときに持ってきた段ボール箱の中から献本を発見したという内容です。

 段ボール箱、その後もほそぼそと開梱しています。
 この度、新たに開けた箱からまた新たな発掘成果がありました。
Kojiki_kenpon02

 『古事記 新訂版』は版違いなので授業では使えませんが、新装幀の修訂版は、中身は一緒です。
 『萬葉集』も4冊見つかりましたが、他の箱にまだありそうです。
 3冊は「おうふう」ですが、もう1冊は「桜楓社」とあり、年代物です。

 もう1つ、大学基準協会の『大学評価マニュアル』が出てきました。
 あまり見たくありません。(^_^;

2020年8月 7日 (金)

額田王の三輪山惜別歌の作者

 昔、「飛鳥古京を守る会」に入会していたのですが、先年、その会は解散されてしまいました。
 その後継のような形で、新たに「飛鳥を愛する会」という会が発足し、それにも入会しました。

 先日、その機関誌『飛鳥の風たより』が届きました。もう24号です。
Asukanokaze01

 そこに大島信生氏の「額田王、三輪山惜別歌をめぐって」という論考が掲載されていました。
 今年度の総会で講演をなさる予定だったのに、それがコロナ禍で中止になってしまったために、話される予定だった内容の概略をおまとめくださったそうです。

 三輪山惜別歌というのは、有名な以下の三首ですね。

    額田王の近江国に下りし時作る歌、井戸王すなはち和ふる歌
 ・味酒 三輪の山 あをによし 奈良の山の 山の際に い隠るまで 道の隈 い積るまでに
  つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を 情なく 雲の 隠さふべしや(17番歌)
    反歌
 ・三輪山をしかも隠すか雲だにも情あらなも隠さふべしや(18番歌)
   右二首の歌、山上憶良大夫の類聚歌林に曰はく、都を近江国に遷す時に三輪山を御覧す御歌そ。
   日本書紀に曰はく、六年丙寅の春三月辛酉の朔の己卯、都を近江に遷すといへり。
 ・へそがたの林のさきの狭野榛の衣に着くなす目につくわが背(19番歌)
   右一首の歌は、今案ふるに、和ふる歌に似ず。ただし、旧本この次に載す。故以になほここに載す。

 これら三首の歌の作者については、17番、18番が額田王(左注の類聚歌林によれば天智天皇)、19番が井戸王と考えられてきたと思います。
 私もそれ以外のことは全く思いもよりませんでした。

 ところが、大島氏の論考の最後の節にはこうありました。
Asukanokaze02
Asukanokaze03

 関係部分の注。
Asukanokaze04

 4番の注によれば、影山氏の論文の初出は平成二十三年とあります。
 何に掲載されたのだろうと思って調べてみましたら、なんと『万葉集研究』の第32集でした。
 まずいです。こんなメジャーな論集に載っていたのに全く知らなかったなんて。不勉強にも程があります。

 ま、そういう自分の不勉強さを、わざわざ自分から公表しなくても良いようなものですけど。(^_^;

 18番歌は17番歌の反歌となっていますし、内容的にも17番歌の要点の繰り返しになっていますので、普通ならば、17番歌と18番歌の作者は同一と考えるところなのでしょうけれど。

 影山氏の論文を読まねばと思います。

2020年6月24日 (水)

演習の履修生からの質問(3)

 昨日はまたmeetによる演習の日でした。
 この授業は万葉集の概説からはじめましたが、このブログでもご披露していますように、学生さんからあれこれ質問が寄せられ、次の回でそれについて説明していますので、概説がなかなか終わりません。

 ただ、演習ですので、前々回からは学生さんの発表も並行して行っています。
 発表の方法は、分担を決めて順番に行うのではなく、全員に同じ課題を出して、毎回全員に発表してもらうという形式です。恩師O先生のやり方ですが、私がこの方法をとるのは教員になってから今回が初めてです。新型コロナの影響です。(^_^)

 前回の課題は、万葉集の3399番歌「信濃路は今の墾り道~」の歌について、「万葉集校本データベース」で本文異同を調べ、そこに載っている諸注釈の口語訳を整理し、考えなさい、というものでした。この歌、4句目が元暦校本だけ「足踏ましなむ」、他の諸本は「足踏ましむな」です。どちらの本文に依るかで全体の解釈も変わってきます。

 図書館が自由に使えれば、諸注釈に載っている語釈も参照できますし、当然そうすべきものですが、今はそれが叶わないので、口語訳だけを丁寧に読んで考えることになります。苦肉の策ではありますが、口語訳の比較だけでも意味はありそうです。

 ちょっと難しすぎる課題だったと思いましたが、リアクションペーパー代わりのメールに、「1つの歌について調べて解釈をするというのは、ただ原文を読み訳を見て理解するのではなく、原文から調べて自分なりの解釈を見つける、ということなのだなと今回の課題発表で改めて思いました。」という感想を寄せてくれた学生がいました。2年生です。

 そのように思ってくれたのならば、課題の目的は十分に達せられたと思います。

 学生の発表が終わった後、5句目の「沓履け我が背」の「け」の仮名について、四段活用動詞の命令形、下二段活用動詞の命令形で「け」の甲乙が異なるという話をしました。これなどは、諸注釈の口語訳からは全く読み取れないことです。
 それに関して、「(今までは甲乙のことがピンときていなかったが、)今回、活用形の違いが解釈の参考になることを知って、とても納得することができました」という感想を寄せてくれた学生がいました。これまた幸いです。甲乙のこと、もう少し補足しようと思いました。また概説が増える。(^_^)

 同じ学生が、このような質問も書いていました。

  >信濃路の歌ですが、「しなのち」も「かりはね」も「わかせ」も、全ての訓みが僻案抄のあたりで濁点付きに変わっていました。
  >(奈良時代は濁点、半濁点は認識されていなかったと記憶しています。)
  >これは、僻案抄がつくられた江戸時代あたりから、音韻の自然さをふまえた訓みをつけるようになった、ということでしょうか。

 ( )内の「濁点」「半濁点」というのは「濁音」「半濁音」のことでしょうかね。そうだとすると、次回説明しなくてはなりません。
 それはともかく、この質問は、「万葉集校本データベース」では、万葉集の諸本や、仙覚抄、拾穂抄、代匠記あたりまでの諸注釈では訓に濁点が付いていないが、僻案抄以後の諸注釈では濁点が付いている、ということに着目しての質問です。

 言われてみれば確かに3399番歌についてはそうなっています。恥ずかしながら、いつ頃から濁点を付けるようになってきたのかということは考えたこともありませんでした。「万葉集校本データベース」では、諸注釈それぞれの訓が濁点まで正確に反映されているかどうかの確認が必要ですが、調べてみないといけませんね。

 また私の宿題が増える。
 そして、またわが身の恥をブログにさらしています。(^_^;

 今年の演習は大変に私の勉強になっています。
Gunmac_stamp02

2020年6月22日 (月)

「田子の浦ゆ」の歌の訓の校異

 meetを使って実施している演習で、前回提出されたリアクションペーパーの中に「後世の人が元の表記を誤りと認識して書き直してしまうことがあるとのことですが、具体的にどのようなものがあるのか少々気になりました。」という質問がありました。

 どういうことかといいますと、万葉集の書写に際して、ケアレスミス等による誤写の他に、書写者の賢しらによって成された意図的な改変もある、といった話を前回の授業でしました。それを受けての質問です。

 まだ2年生の学生です。ディスプレイ越しの授業ですが、話をちゃんと聴いて、自分で考えて、疑問点を質問しています。
 とても良いです。

 さて、質問について。
 これまで万葉集の本文異同を調べているときに、こういった事例に時々遭遇していたのですが、メモも取っていないので、いざそういう例を示せと言われると、なかなかすぐには揃えられません。(^_^;

 それでも、自分で校異を整理している東歌・防人歌の中からいくつかを示すつもりです。

 質問とはちょっとズレますが、百人一首にも載っている赤人の富士山の歌の本文異同がどうなっているのか、ふと気になって調べてみました。

 原文についての本文異同ではなく、訓について異同がありましたので示します。
 画像は「万葉集校本データベース」(https://www.manyou.gr.jp/)の順序を変えて切り貼りしました。
 そういうものをブログに貼って良いかどうか迷いましたが、学術的な引用ということで。

 万葉歌と現在の定訓は以下の通りです。

  田児之浦従 打出而見者 真白衣 不尽能高嶺尓 雪波零家留(巻三・318)
  田児の浦ゆ うち出でて見れば 真白にそ 不尽の高嶺に 雪は降りける

 この歌は新古今集に採られていて、百人一首も新古今集から採っています。

      だいしらず                   赤人
  たごのうらにうち出でてみれば白妙の富士のたかねに雪はふりつつ(新古今集 巻六・675)

 第一句目。
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 「たごのうらに」としている本が多いですね。新点本の中では、寛元本の神宮文庫本が「ユ」なのに文永本の西本願寺本は「ニ」ですね。仙覚は最初「ユ」としたのを後に「ニ」に改めたのですかね。ただ、神宮文庫本の「ユ」は、もとの「ニ」に1画加えて「ユ」に変えたようにも見えます。寛永版本は寛元本の系統なので「ユ」なのでしょう。広瀬本は最初の「ニ」を寛永版本によって「ユ」に改めたのかもしれません。

 第三句目。
Manyo318_03
 次点本の類聚古集「しろたへの」、紀州本「シロタエノ」ですね。西本願寺本は青で「マシロニソ」とあるので、仙覚の改訂訓です。神宮文庫本はいろいろ消して、最終的に左側の「マシロニソ」という異本注記に落ち着いたのでしょうか。広瀬本は「シロタヘノ」をやはり寛永版本で「マシロニゾ」と訂したのかもしれません。

 第五句目。
Manyo318_05
 類聚古集は、漢字本文は「家留」なのに、訓は「つゝ」という無理筋の状態になっています。他の本はさすがに「ケル」ですね。紀州本には左側に「ツヽ」の訓も付いていますけど。

 ということで、諸本の訓は新古今集の訓に近いということが分かりました。

 ただ、新点本は新古今集の影響を受けている可能性がありますけど、類聚古集の成立は新古今集よりも前ですよね。
 どうなんでしょ? と思って、国歌大観でこの歌を探してみました。

 新古今集以前の文献にもこの歌は載っていました。

  ・田子のうらにうち出でてみれば白妙のふじのたかねに雪ぞふりける(五代集歌枕550)
  ・たごの浦にうちいでてみればしろたへのふじのたかねにゆきはふりつつ(和歌初学抄146)

 類聚古集は藤原敦隆の編。敦隆は保安元年(1120)没なので、それ以前の成立です。五代集歌枕も和歌初学抄も、成立は12世紀半ば頃ということで、類聚古集よりも後です。

 とすると、類聚古集の訓は新古今集などとは全く関わりなく、そう訓まれていたということになります。ひょっとするとこの訓は古点にまで遡るのでしょうかね。

 などと考えました。

 このあたりのことに詳しい方からすれば、何を今さらこんな初歩的なことを……。と思われそうです。(^_^;
 全くの初心者なので、また恥をさらします。(^_^;

2020年6月19日 (金)

萬葉学会の大会も不開催

 今日、萬葉学会からの郵便が届きました。10月17日・18日に奈良県三郷町で開催予定の萬葉学会全国大会は不開催とのことです。
 早速、萬葉学会のHPを見に行ったら、そこにも載っていました。
2020manyo_chushi
 画面右下にあるように、6月7日付けで載っていたのですね。数日前に論文のバックナンバーをダウンロードしようとアクセスしたのですが、気づきませんでした。

 去年の大会で、次回の会場は奈良県の「さんごうちょう」と言われて、恥ずかしながら「はて、どこだろ?」と思ってしまいました。
 漢字で「三郷町」と知って、何となく位置が分かりました。龍田のあるところですね。
 先日の『ならら』の特集が龍田でしたので、大会ついでに探索しようと思っていました。
Narara202006

 日程が10月と、まだ少し先ですけど、執行部としては、やはり早めの決定をしなくてはならなかったのでしょうね。
 悩ましい判断だったことと思います。
 今日届いた手紙には「秋になる頃に今回の決定を悔いることを願っております」とありました。
 本当にそう思います。

 これで、
  5月23日・24日 上代文学会(関西大学)
  6月6日・7日 全国大学国語国文学会(東京学芸大学)
  7月4日・5日 美夫君志会(中京大学)が中止になり、
  6月20・21日 古事記学会(宮崎市)は12月に延期になりました。

 今年は仕方がないですね。

 4月19日の高校の同窓会も中止になりました。卒業50周年だそうです。
 「え~?」と思って、計算してみましたが、合っているようです。(^_^;
 少年老い易く、学成り難し。
 でも、まだ頑張ろう。

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