かるた

2020年6月 8日 (月)

「上野三碑かるた」を購入

 昨年の6月~9月に「上野三碑かるた」の読み札を公募していて、私も3点応募しましたが、その珠玉の3点は残念ながら採用されませんでした。(^_^;

 その「上野三碑かるた」は無事にこの4月に完成しました。
 このかるたは、5000部を群馬県内の小中高校、特別支援学校などに配布する他、県内書店での販売(880円)も予定しているとのことでした。

 先日、日帰りで渋川の家に行った時に、高崎での乗り換え時間が22分ありましたので、その時間を利用して、駅構内の書店に行ってみました。

 かるた、置いてありました。♪
 早速、買い求めました。
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 絵札・読み札を何枚か。
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 絵は全て、市美術館長の塚越潤さんが描きました。色彩の美しさを意識したとのことです。
 読み札は高崎経済大附属高書道部員が揮毫したものです。書体は古碑をイメージしたのでしょうね。

 高崎駅の案内所には、このようなチラシが置いてありました。
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 裏です。
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 ここに「永遠に地域で守る上野三碑」の札が載っています。この札のみ、読み札の地の色が薄い赤で、特別扱いです。
 ゲームが終わったときに取った札が同数だった場合、この札を持っている方が勝ちになるそうです。(^_^)

2020年4月29日 (水)

「オトギカルタ」

 このようなかるたを入手しました。
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 現物ではなく復刻版です。奥付がなく、いつの復刻か分かりません。

 解説が1枚入っていて、「このオトギカルタは、大正時代から昭和初期に各地に普及していたかるたを、主に復刻製作しました。」とあります。
 「主に復刻製作しました」という部分が意味不明です。

 絵札と読み札はこのようです。
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 今まで、当ブログでは、おとぎ話・昔話のかるたを3つ取り上げてきました。

 昔話のかるた(戦前)
 「おとぎかるた」(戦後ほどなくか)
 「お伽カルタ」(戦前)

 それぞれの内容を表にしてみました。
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 桃太郎が不動の1位です。それ以外の順位は4つのかるたでほぼ同様ですが、戦後、金太郎の躍進が目立ちます。

 興味深いのは「に」の札と「も」の札で、いずれも桃太郎です。そして、「も」は不動の「桃から生まれた桃太郎」です。
 「に」は「日本一の~」で、「日本一の桃太郎」だったり「日本一のキビ団子」だったりします。このかるたでは「日本一の旗を立て」ですね。

 上の札では、金太郎の読み札2枚が興味深いです。
 2枚続けると、「まさかりかついだ金太郎 熊にまたがりお馬の稽古」となります。
 これ、童謡の歌詞とほぼ同じですね。明らかに童謡の歌詞を踏まえていることでしょう。
 とすれば、このかるたの発行年を知る手掛かりになる、と思いました。
 わくわくしましたが、ダメでした。
 この童謡(というか唱歌)は、明治33年(1900年)6月発行の『幼年唱歌 初編上巻』に載っているのでした。
 このかるた、明治33年以降ということしか分かりません。年代は絞れませんでした。

 あと4組。
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 前のかるたでも朝倉山のオニさんからご指摘を頂きましたように、「うさぎとかめ」の話は舶来品ですね。
 それにも関わらず、しれっと混ざっています。(^_^)

 どの札でも、動物は丸ごと動物の姿をしているにもかかわらず、猿蟹合戦のカニは、頭だけがカニで、体は人間です。

 語句に関しては、「ら」の札「楽に退治る鬼ヶ島」の「退治る」が少し気になりました。
 名詞の動詞化ですね。現代では「退治する」が普通だと思います。
 日国によると、古くは「退治す」だったのが、江戸の後半から「退治る」が使われるようになったようです。
 最古の用例として、人情本の『春色梅美婦禰』〔1841~42頃〕のものが挙がっていました。

 箱の絵は、この復刻に際して新たに描かれたもののようです。
 絵札が3枚散らしてある他に、右下に一寸法師が、中央から左上に掛けて鬼の絵が描かれています。
 この一寸法師、かるたの絵と全く違いますね。
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 箱の絵は中原淳一風です。←知らんけど。(^_^;
 かなりミスマッチと思います。(^_^)

【追記】
 一寸法師の装備って、お椀の舟に箸の櫂、そして剣は針でしたね。箱の絵の一寸法師の剣、柄頭の部分にちゃんと針のメドがありますね。細部がちゃんと描かれています。(^_^)

2020年4月17日 (金)

「おしゃかさまかるた」

 このようなかるたを入手しました。
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 かるたは紙の箱入りが一般的ですが、これは金属の缶入りです。
 子供が遊ぶものですので、紙箱よりも缶の方が丈夫そうです。
 このような時節柄、「おもいやりの心を育てる」という言葉が心に沁みます。

 また、絵も良いです。笑顔の2人の子供たち。犬、猫、兎、リスがいますね。
 みんなにこにこしています。空には鳥と蝶々。花も咲いています。

 発行者はすずき出版です。日本仏教保育協会監修、企画は京都仏教幼稚園協会です。

 これと全く同じ組合せのかるたが他にもありました。
 以前、当ブログで取り上げた「仏教保育かるた」です。
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 その折に、朝倉山のオニさんから「すずき出版は、おもしろい絵本をいろいろ出しているんですよね。」とのコメントを頂いています。
 特色のある出版社なのですね。
 この箱の絵も好きです。ねことうさぎがいますし。(^_^)

 「おしゃかさまかるた」の絵札はこんな感じです。
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 上の絵札の読み札は次の通りです。
  う:うれしいな きょうは わたしの たんじょうび
  き:きずついた はとを たすけた しっだるた
  ぬ:ぬまの なか きれいに さいた はすのはな
  ね:ねはんの ひ とりや けものも かなしそう
  め:めが でたよ ちいさな いのち うまれます
  み:みを ささげ つきに のぼった しろうさぎ

 五十音順に並べたつもりでしたが、「め」と「み」が逆になってしまいました。ケアレスミスです。五十音順が頭の中であやふやなわけではありません。(^_^;

 読み札の裏側にはそれぞれの解説が書いてあります。
 例えば、「う」の札は以下の通りです。
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 子供を虐待する親のニュースは何ともつらいものがあります。
 全ての子供の環境がこの読み札のようであって欲しいと願います。

 「み」の札の裏にはこのように書いてあります。
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 この話は「チコちゃんに叱られる」でも見ました。自己犠牲というにはあまりにも痛ましい内容です。

 絵札と読み札と、形が異なります。絵札は見やすく取りやすいように大きく、読み札は持ちやすいように細長く、ということなのでしょう。良い配慮と思います。

 好ましいかるたで、とても気に入っています。

 奈良の町は人がいなくて、たくさんの鹿が群れをなして闊歩しているというネットニュースを見ました。
 絶好の機会なので奈良に行きたいですが、我慢します。(^_^;

2020年4月 4日 (土)

「上野三碑かるた」完成

 昨年の6月~9月に、「上野三碑かるた」の読み札を公募していました。
 主催は上野三碑普及推進会議で、事務局は高崎市教育委員会文化財保護課でした。
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 私も応募すべく頑張ろうと思いました。
 できれば44枚全部。日本語にはら行音で始まる語が少ない(大和言葉にはない)ので、ら行の札が狙い目となりましょう。
 公募を知った最初の日に3つか4つ作ってしまいました。
 その後も折に触れて考えてはいたのですが、いつの間にか日が経ってしまい、結局、締切前日に3点送ったのみでした。
 私にはとてもありがちなパターンです。ら行の札はなし。(^_^;
 その後、このかるたのことはあまり思い出すこともありませんでした。

 それが、4月2日にこのかるたが完成した旨、昨日の上毛新聞のネット版に載っていました。
 私の応募した3点はいかに。

 ネット上を探すと、高崎商科大学附属高校のHPにこんな記事が載っていました。2019.12.03付けです。
 >ユネスコ「世界の記憶」に登録された上野三碑を多くの人たちに知ってもらう目的で行われた「上野三碑かるた」の読み札募集に、本校から3作品が読み札として採用されることになりました。
 >
 >1.「空にそびえる 国分寺 七重塔」
 >2.「ユネスコの 世界の記憶 上野三碑」
 >3.「母父へ 想いを刻む 山上碑」

 去年の12月3日時点で、採用者にはすでに連絡が行っていたということになりましょう。
 私のところには何も来ていません。

 という次第で、私の応募した珠玉の3点は、残念ながら全て落選だったようです。(^_^;
 プロが高校生に負けた……。

 ま、若者がこういうことに関心を持ってくれたこと、よい作品を作ってくれたことが何よりです。

 このかるたは、5000部を群馬県内の小中高校、特別支援学校などに配布する他、県内書店での販売(880円)も予定しているとのことです。時々県内の書店を覗いて、見かけたら購入することにします。楽しみです。

2020年3月 4日 (水)

昭和30年?の「少年少女 映画かるた」

 このようなかるたを入手しました。
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 「映画かるた」とありますが、中身を見ると、また箱に「東映株式会社監修」とあるように、東映を対象にしたかるたです。

 絵札はこのようになっています。
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 「を」を含めて45枚です。「を」があっても読む時は「お」と同じなので、取るのに厄介と思います。

 絵札と読み札を何組かセットで示します。
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 右太衛門の札、千恵蔵の札というように、どの札も俳優ごとになっています。
 大体1枚1人の俳優ですが、1枚に2~3人というものもあります。
 多いのはこの様な面々です。

  ・市川右太衛門……4.5枚
  ・片岡千恵蔵………3枚
  ・東千代之介………3枚
  ・中村錦之助………2枚。

 右太衛門と千恵蔵に差があるのが不思議です。この2人は両御大と呼ばれ、差が出ないように会社としても気を使っているはずなのですが。

 奥付がないので、いつのものか分かりませんが、手がかりとなる札があります。

 ・「阿波のお話「鳴門秘帖」」(市川右太衛門・花柳小菊)
 ・「放送劇の映画化「笛吹童子」」(中村錦之介)
 ・「三四郎になった波島進」(波島進)

 これらに対応する作品は次の通りです。

 ・昭和29年(1954)「鳴門秘帖」
 ・昭和29年(1954)「新諸国物語 笛吹童子」三部作
 ・昭和30年(1955)「姿三四郎」「続・姿三四郎」

 見る限りは、昭和31年以降の作品に対応する札はなさそうです。
 また、このかるたには大川橋蔵の札がありません。橋蔵は昭和30年スクリーンデビューですが、大きく活躍するのは昭和31年からのようですので、その点からも、このかるたは昭和30年のものと推定されます。

 箱の絵は、右側にドクロの旗指物が描かれていることから、「笛吹童子」だと思います。
 中央に描かれているのは大友柳太朗ですね。「笛吹童子」では幻術士の霧の小次郎役として子供たちに大人気だったそうです。
 手前の2人の女性は分かりませんが、たぶん、向かって右が高千穂ひづる、左が田代百合子と思われます。

 かるたの中に「笛吹童子」関係と思われるものに、次の札があります。

 ・「なさけの勇士斑鳩隼人」(楠本健二)
 ・「忍術映画は東映の得意」(大友柳太朗)
 ・「田代百合子は娘役」(田代百合子)

 かなり「笛吹童子」を押しています。
 それで、かるたの名に「少年少女」を冠しているのでしょう。

 とはいえ、「喜多川千鶴は明眸スター」(喜多川千鶴)などという札もあります。「明眸」なんていう語、少年少女には分からないと思いますけど。(^_^;

2019年11月28日 (木)

明治42年の「名所かるた」(4)

 先日アップした「明治42年の「名所かるた」(3)」に、このかるたの地名を国別に集計したリストを載せましたが、国別の集計というのはあまり意味がなかったと思います。
 そこで、地名を地域別に分類してみました。おおよそ北から南へと並べてみます。

【東北】4
 象潟(出羽)、最上川(出羽)、松島(陸奥)、猪苗代湖(陸奥)

【関東】9
 筑波山(常陸)、霞が浦(常陸)、那須野原(下野)、日光(下野)、赤城山(上野)、
 伊香保(上野)、武蔵野(武蔵)、隅田川(武蔵・下総)、箱根(相模)

【中部】11
 浅間山(信濃)、姨捨山(信濃)、諏訪湖(信濃)、富士山(駿河)、清見潟(駿河)、
 三保の松原(駿河)、佐夜の中山(遠江)、遠州灘(遠江)、鳴海(尾張)
 長良川(美濃)、二見の浦(伊勢)

【近畿】23
 琵琶湖(近江)、鏡山(近江)、三井寺(近江)、嵐山(山城)、大井川(山城)、
 加茂川(山城)、淀川(山城)、井出の玉川(山城)、龍田川(大和)、泊瀬(大和)、
 吉野山(大和)、吉野川(大和)、難波浦(摂津)、住の江(摂津)、
 摂津の灘(摂津)、布引滝(摂津)、須磨(摂津)、和歌浦(紀伊)、熊野洋(紀伊)、
 那智滝(紀伊)、淡路島(淡路)、明石(播磨)、天の橋立(丹後)

【中国】1
 厳島(安藝)

【四国】1
 鳴戸(阿波)

【九州】1
 箱崎八幡(筑前)

 近畿が半数に迫る勢いで、圧倒的に多いですが、その一方、東北・関東・中部にも目配りしていますね。
 それに対し、中国・四国・九州に冷たいこと。もう少し配慮があっても良かったように思います。

 中国で唯一採られているのが厳島だなと思い、そういう目で見てみたら、松島と天の橋立も採られていますので、日本三景は拾っていることになります。

 話変わって、出典不明の歌の出典探索はなかなか進みません。

 伝承によるものもありそうです。そういう例を2つ。

 この歌について、
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 『おくのほそ道』に次のような一節があります。
  朝日花やかに指出る程に、象潟に船をうかぶ。……むかふの岸に船をあがれば、「花の上こぐ」と読れし桜の老木、西行法師の記念をのこす。

 新編全集『松尾芭蕉集(2)』の「花の上こぐ」の頭注(109ページ)に、「伝西行歌「西行桜/象潟の桜はなみに埋れてはなの上こぐ蜑のつり船」(継尾集)」とあります。
 また、日本歴史地名大系『秋田県の地名』(平凡社)の「象潟」の項には次のようにあります。
  なお西行の歌と伝えて宗祇の「名所方角抄」に出る
    象潟の桜は波に埋もれて花の上漕ぐ海人の釣舟
  は「山家集」にはないが、芭蕉もこの伝えにより「花の上漕ぐとよまれし桜の老い木、西行法師の記念を残す」(奥の細道)と記す。

 宗祇の『名所方角抄』は、国文学研究資料館所蔵本の画像が同所のサイトにあります。その画像を勝手に貼ってはまずいでしょうから、URLのみ示します。
http://codh.rois.ac.jp/iiif/iiif-curation-viewer/index.html?pages=200021672&pos=95&lang=ja

 そこには、「きさかたや桜は波にうつもれて花のうへこくあまのつり舟」とあるのみで、西行作とは書かれていません。

 もう1枚。
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 この歌に関しても、芭蕉の『更級紀行』に次のような一節があります。
  無常迅速のいそがはしさも我身にかへり見られて、あはの鳴戸は波風もなかりけり。

 これについても、新編全集『松尾芭蕉集(2)』の「あはの鳴戸」の頭注(69ページ)に、「兼好作と伝える「世の中を渡りくらべて今ぞ知る(一本、見る時は)阿波の鳴門は波風もなし」に拠る。」とあります。この頭注には「兼好作と伝える」とあるばかりで、具体的な出典の記載はありません。

 あれこれ探した結果、徒然草の注釈書である『野槌』(林羅山。寛永初年か)の国文学研究資料館所蔵本に次のような歌が見つかりました。その画像も同所のサイトにあります。
http://codh.rois.ac.jp/iiif/iiif-curation-viewer/index.html?pages=200015458&pos=8&lang=ja

 そこには次のようにあります。
   又兼好かうたなりとてある人のかたりしは
  世中を渡りくらへて今そしるあはの鳴戸は波風もなし

 これらの2つのケースは、芭蕉が伝西行作の歌、伝兼好作の歌を知っていて、それを踏まえた文章を書いたということでしょう。芭蕉は、(「全ての」というわけではなく、「ごく一部の」なのかもしれませんが)読者もこれらの歌を知っていることを前提にしてのことでしょう。

 「名所かるた」の編者も知っていたのでしょうね。本当に西行作か、兼好作かということはともかく、現代人とは知識のベースが違うことをしみじみと感じます。

2019年11月24日 (日)

明治42年の「名所かるた」(3)

 今しがた、「明治42年の「名所かるた」(2)」を載せました。現在判明した限りのリストです。

 目の前にデータがあると集計したくなります。(^_^)
 で、集計してみました。

 出典は次のようになります。

  古今集   8
  新古今集  3
  夫木抄   3
  万葉集   2
  金葉集   2
  続古今集  2
  金槐集   2
  李花集   2
  千載集   1
  新勅撰集  1
  続後撰集  1
  玉葉集   1
  続後拾遺  1
  風雅集   1
  新千載集  1
  新続古今集 1
  歌枕名寄  1
  六華集   1
  為尹千首  1
  名将言行録 1
  ふぢ河の記 1
  宰府記行  1
  芭蕉集   1
  漫吟集   1
  賀茂翁家集 1
  琴後集   1
  うけらが花 1
  しのぶ草  1
  不明    6

 かなり多くの文献から採っています。
 古今・新古今が1位・2位を占めています。万葉集も4位ではありますが、歌数は2首に留まります。
 勅撰集からはそこそこ採られているものの、それ以外のものも少なからずあります。
 下の方に並べた漫吟集は契沖、賀茂翁家集は賀茂真淵、琴後集は村田春海、うけらが花は加藤千蔭、しのぶ草は八田知紀です。
 八田知紀は知りませんでしたが、調べてみたら、薩摩藩士で、香川景樹の弟子、高崎正風の師ということでした。

 このかるたの和歌、誰の撰でしょうね。
 このようにあります。
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 「星野水裏案」の「案」というのは、こういうものを作ろうということを提案したということなのか、選歌も行ったのか。

 星野水裏という人物も知りませんでしたので、これまたググってみました。
 デジタル版 日本人名大辞典+Plusに次のようにありました。

  星野水裏 ほしの-すいり
  1881-1937 明治-大正時代の詩人。
  明治14年生まれ。実業之日本社に入社,明治41年創刊の「少女の友」初代主筆となる。川端竜子,竹久夢二らを起用,
  みずからも叙情詩を発表した。昭和12年5月4日死去。57歳。新潟県出身。早大卒。本名は久。変名に水野うら子,
  淡路しま子。別号に白桃など。詩集に「浜千鳥」「赤い椿」「白桔梗の花」など。

 このかるたが作られた時の『少女の友』の主筆なのでした。
 詩人とのことですので、あるいは和歌に関する造詣も深く、自ら選歌に当たった可能性もありそうです。

 国別の集計は以下の通りです。

  山城 5
  摂津 5
  大和 4
  駿河 3
  近江 3
  信濃 3
  紀伊 3
  遠江 2
  武蔵 2
  常陸 2
  上野 2
  下野 2
  陸奥 2
  出羽 2
  伊勢 1
  尾張 1
  相模 1
  下総 1
  美濃 1
  丹後 1
  播磨 1
  安藝 1
  淡路 1
  阿波 1
  筑前 1

 隅田川を武蔵と下総とにダブルカウントしましたので、合計は51ヶ国になります。
 富士山は駿河とされることが多いと考え、甲斐はカウントしませんでした。この辺、やや不統一です。(^_^;

明治42年の「名所かるた」(2)

 5日前に「明治42年の「名所かるた」(1)」という記事を載せました。

 このかるたは、『少女の友』の明治42年1月号の附録で、日本の50ヶ所の名所にまつわる短歌50首が取り上げられています。
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 この50首の出典調べをしてみようと思ったのですが、時間が掛かりました。
 調査にはネット上の「古典ライブラリー」を使いました。これで『新編国歌大観』と『私歌集大成』が横断的に検索できます。これで多くは判明しましたが、分からない歌が何首か残り、ググっていくつか判明したものの、それでもなお分からない歌が6首残っています。

 それらを含んだまま、50首をリストアップします。国名は補いました。

 1 松島(陸奥) たちかへり又も来て見ん松島やをしまの苫屋浪にあらすな 新古今集933 藤原俊成
 2 猪苗代湖(陸奥) 小波や打出の浜にいでし月を会津の海にうつしてぞ見る
 3 最上川(出羽) 最上川のぼればくだる稲舟のいなにはあらずこの月ばかり 古今集1092 読人知らず
 4 筑波山(常陸) つくば山このもかのもにかげはあれど君がみかげにますかげはなし 古今集1095 読人知らず
 5 伊香保(上野) いかほなる物聞山のほととぎすにごらぬことにきこゆなるかな 夫木抄8958 伊勢
 6 浅間山(信濃) 雲はれぬ浅間の山のあさましや人の心を見てこそやまめ 古今集1050 平中興
 7 姨捨山(信濃) もろともにをばすて山をこえぬとは都にかたれ更級の月 李花集706 宗良親王
 8 赤城山(上野) よろづ代に赤木の山の白椿さかゆく君が卯杖にぞきる 夫木抄175 橘盛永
 9 霞が浦(常陸) さほ姫のしほやくあまといつなりて霞を浦の名には立つらん 夫木抄11456 後九条内大臣
10 諏訪湖(信濃) 駒とめてすはの門わたる旅人の氷の橋の音やさやけき 六華集1366 源家長
11 武蔵野(武蔵) 露おかぬ方もありけり夕立の空よりひろき武蔵野の原 名将言行録 太田道灌
12 隅田川(武蔵・下総) すみだ川みのきて下す筏士にかすむあしたの雨をこそ知れ うけらが花初編122 加藤千蔭
13 箱根(相模) 箱根路を我が越えくれば伊豆の海や沖の小島に波のよる見ゆ 金槐和歌集593 源実朝
14 富士山(駿河) 心あてに見し白雲はふもとにておもはぬ空にはるる富士の根 琴後集1051 村田春海
15 清見潟(駿河) きよみがた磯うつ波もおとろへてはるかにおくる入相の鐘 為尹千首864 冷泉為尹
16 三保の松原(駿河) きよみがた磯山寺はくれそめて入日のこれる三保の松原 風雅集1712 藤原冬隆
17 摂津の灘(摂津) つなでひく灘の小舟や入りぬらん浪速の田鶴の浦わたりする 続後撰集1023 権中納言国信
18 大井川(山城) 大井川いく瀬鵜船のすぎぬらんほのかになりぬ篝火のかげ 金葉集151 中納言雅定
19 長良川(美濃) 捕りあへぬ夜河の鮎のかがりやきめづらとも見つあはれとも見つ ふぢ河の記37 一条兼良
20 二見の浦(伊勢) 玉くしげ二見の浦の木の間よりいづればあくる夏の夜の月 金葉集152 源親房
21 遠州灘(遠江) いかでほす物とも知らず苫やかた片しく袖のよるの浦浪 李花集714 宗良親王
22 和歌浦(紀伊) 和歌の浦にしほみちくればかたをなみ葦べをさしてたづなきわたる 万葉集919 山部赤人
23 熊野洋(紀伊) 伊勢島やあらきはまべの浦つたひ紀の海かけてみつる月かげ 続古今集875 法印良守
24 琵琶湖(近江) 近江の海ゆふ波千鳥ながなけば心もしぬに古おもほゆ 万葉集266 柿本人麻呂
25 三井寺(近江) さざなみや三井の古寺かねはあれど昔にかへるこゑはきこえず 歌枕名寄6468 法印定円
26 加茂川(山城) 月清き鴨の河瀬の夕風になつもながれて行く心かな
27 吉野山(大和) 吉野山かすみの奥はしらねども見ゆるかぎりは桜なりけり しのぶ草 八田知紀
28 淀川(山城) 郭公八幡山崎なきわたす声の中ゆく淀の川舟
29 嵐山(山城) あらし山これも吉野やうつすらんさくらにかかる滝の白糸 新千載集105 後宇多院
30 佐夜の中山(遠江) 年たけてこゆべしとおもひきや命なりけり佐夜の中山 新古今集987 西行法師
31 住の江(摂津) 我が見ても久しくなりぬ住の江の岸のひめまついくよへぬらん 古今集905 読人知らず
32 那智滝(紀伊) 久かたの天の川瀬もあせぬらんくもよりおつる那智の大滝
33 日光(下野) のどかなる春はきにけり玉くしげふたらの山のあくるひかりに 賀茂翁家集2 賀茂真淵
34 布引滝(摂津) みづの色ただ白雪と見ゆるかな誰がさらしけん布引の滝 千載集1037 六条右大臣
35 須磨(摂津) すまの浦やなぎさに立てる磯なれ松しづ枝は波のうたぬ日ぞなき 続後拾遺505 俊頼朝臣
36 淡路島(淡路) わだつみのかざしにさせる白妙の波もてゆへる淡路しま山 古今集911 読人知らず
37 明石(播磨) ほのぼのと明石の浦の朝霧にしまがくれゆく舟をしぞおもふ 古今集409 読人知らず
38 天の橋立(丹後) 秋霧のへだつる天の橋立をいかなるひまに人わたるらん 玉葉集1115 上東門院
39 鳴戸(阿波) 世の中をわたりくらべて今ぞ知る阿波の鳴戸になみかぜはなし  伝兼好法師
40 厳島(安藝) ところがら龍の宮居も浮ぶかと見えてつらなる浪のともし火
41 箱崎八幡(筑前) はこざきや千代の松原いしだたみくづれん世まで君はましませ 宰府記行(蝶夢著) 菅家
42 難波浦(摂津) もしほやくなにはの浦のやへがすみひとへはあまのしわざなりけり 漫吟集64 契沖
43 井出の玉川(山城) たま川の岸の山吹かげ見えて色なる浪に蛙なくなり 続古今集162 後鳥羽院
44 鳴海(尾張) 遠くなり近くなるみの浜千鳥なくねにしほの満干をぞしる 新古今集異本歌2004 読人知らず
45 那須野原(下野) 武士の矢なみつくろふこての上に霰たばしる那須のしのはら 金槐和歌集348 源実朝
46 象潟(出羽) きさがたの桜は波にうづもれて花の上こぐあまのつり船 芭蕉集 西行法師
47 龍田川(大和) 立田川紅葉みだれてながるめり渡らば錦中や絶えなん 古今集283 読人知らず
48 吉野川(大和) よしの川たぎつ岩根のふぢの花手折りてゆかん浪はかくとも 新勅撰集132 嘉陽門院越前
49 鏡山(近江) かがみ山いざ立よりて見て行かんとしへぬる身は老いやしぬると 古今集899 読人知らず
50 泊瀬(大和) きかでただあらましものをけふの日も初瀬の寺の入相の鐘 新続古今集2011 権大納言通守

 以上です。

2019年11月19日 (火)

明治42年の「名所かるた」(1)

 このようなものを入手しました。
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 雑誌『少女の友』の新年号の付録です。
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 この雑誌は前年の明治41年創刊ですので、2年目の新年号ということで、力が入っていたのかもしれません。
 読み札と取り札、全部で50組が印刷されています。
 紙はあまり厚くないので、実際にかるたとして遊ぶには、厚紙で裏打ちする必要があります。

 絵は川端龍子です。
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 右上隅の部分。
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 取り札は同じデザインで、上部に紅葉、下部に桜が描かれています。

 順にず~っと見ていったのですが、どうも知った歌がありません。
 このかるたを作るに当たって新たに作成した歌かと思いましたが、2段目の途中に、

  箱根路を我が越えくれば伊豆の海や沖の小島に波のよる見ゆ

が出てきました。実朝ですね。

 さらに見て行くと、3段目には万葉歌が2首。
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 ということで、「新作ではないか疑惑」は氷解しました。不勉強を恥じます。(^_^;

 ただ、やはり、著名な歌ばかり集めたかるたでないことは確かと思います。
 50首の歌の出典を知りたくなりましたので、調べてみることにしました。
 それで、今日の標題には(1)をつけました。
 調べが済んだら、後日、(2)を載せることにします。

 『少女の友』って、今の中高生あたりを読者対象にしているのでしょうね。
 風雅です。

 詳細は、「明治42年の名所かるた」(2)(3)をご参照ください。

2019年10月 5日 (土)

「世田谷郷土かるた」

 このようなものを入手しました。
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 発行者は、こどもたまがわ文化の会で、ボロ市推進委員会が協賛、世田谷区教育委員会が推薦。昭和53年12月発行です。

 私は昭和32年10月から昭和60年3月まで世田谷区民でしたし、昭和60年以降も平成8年まで帰省先が世田谷区ということで準区民のようなものでした。それで、世田谷区には愛着があります。
 ただ、世田谷区は東京23区の中で最も面積が広く、わが家は区のヘリ付近でしたので、知らない場所も多いです。

 絵札から6枚。
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 対応する読み札。
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 「い」は松陰神社ですね。「さ」は鷺草にまつわる伝説。鷺草は世田谷区の区の花で、毎年春先に、世田谷区役所や出張所で鷺草の球根の無料配付が行われ、貰ってきて育てていました。花も咲きましたし、新たに球根も採れたのですが、やがて絶えてしまいました。「し」は懐かしの玉電。解説に依れば明治40年の開通だそうです。「て」のでんぎり山というのは知りませんでした。駒沢競技場は家から徒歩15分ほどでしたので、遊びに行ったこともあります。「と」の等々力渓谷に初めて行ったのはつい数年前です。「ま」は豪徳寺ですね。このかるた、ひこにゃんの生まれる大分前です。

 しおりが付いています。
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 以下のように、1ページにかるた1枚ずつの詳しい解説が書かれています。
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