おくやみ

2022年10月24日 (月)

澤瀉先生ご逝去の折

 先日の萬葉学会における坂本信幸氏の講演の中で、昭和43年10月に開催された萬葉学会の夜に澤瀉久孝先生が急逝されたことを話題にされました。
 この頃の雑誌『萬葉』に澤瀉先生のことがこのように書かれていました。
 萬葉学会のHPから雑誌『萬葉』のバックナンバーを切り貼りします。
 これも本当はアウトのような気がしますけど。

 第69号(昭和43年10月15日発行)掲載の西宮一民先生の「編輯後記」の末尾。
Omodaka05
 ちょうどこの号が発行された頃、澤瀉先生は亡くなられたことになります。

 第70号(昭和44年1月15日発行)は、澤瀉先生ご逝去後の最初の号です。
 巻頭に佐伯梅友氏の「弔詞」があり、巻末附近に大濱嚴比古氏の「先生ご不在の萬葉旅行」という「報告」が掲載されています。
 大濱氏の文章の一部。萬葉旅行に行かれた大濱氏の旅行中の思いです。
Omodaka07

 西宮先生の「編輯後記」の冒頭。
Omodaka06

 この号には澤瀉先生の『萬葉集注釋』の広告が載っています。
Omodaka08

 以前、当ブログでご披露したのですが、澤瀉先生が斎藤茂吉氏に当てた書簡を所持しています。
Omodaka04
 ネットオークションで落札した物です。
 落札した理由は、然るべき機関などで保存して頂ければという思いでした。
 内容的にはそう重要なものではないので、他の澤瀉先生関係の資料と一緒に保存していただければと思います。
 皇學館大学が良いですかね。

 と考えているのですが、現在行方不明です。(^_^;
 ほんと、我ながらあきれるばかりのだらしなさです。
 とはいえ、どこかに行ってしまったわけではなく、今私が座っている六畳くらいの部屋の中にあることは間違いありません。
 ブラックホールのような部屋です。今度探します。

2022年8月29日 (月)

小内一明先生ご逝去

 群馬県立女子大学名誉教授の小内一明先生が本年7月12日に老衰で亡くなられたとのお知らせをご遺族の方から頂きました。
 90歳とのことです。

 小内先生には、私の昭和60年の着任以来、大変にお世話になりました。
 小内先生のお名前は、当ブログでは初登場だと思いますが、散々取り上げている浜木綿は小内先生から頂いたものです。
Hamayu_r010724a
 頂いた浜木綿も、うちで生まれた浜木綿の子も元気です。

Kouchi
 上の写真は、4年前に開催された平岡敏夫先生のお別れ会でのものです。
 当時86歳ということになります。
 とてもお元気でした。

 小内先生は、岩波書店の新大系『宇治拾遺物語 古本説話集』の共著者です。

 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

2022年4月28日 (木)

秋本吉徳先生ご逝去

 秋本吉徳先生が今年の4月21日に逝去された旨、塩沢一平先生の昨日のフェイスブックとツイッターとで知りました。
 思いもよらないことでした。
 秋本先生は昭和22年10月のお生まれとのことですので、享年74となります。

 秋本先生に初めてお目に掛かったのは、昭和59年に清泉女子大学の非常勤講師として採用していただいた時でした。
 授業が終わると、先生の研究室にお邪魔して、お話を伺ったりしました。
 以後、途中に2回の短期中断を挟みながら、清泉女子大学には平成23年までお世話になりました。

 最後の年度には、履修生が院生1名しかいなかったので、授業には秋本先生の研究室を使わせていただきました。
 「会議などで部屋にはいないから」とのことでしたが、部屋にいらっしゃらなかったのは月に2回ほどでした。
 それ以外の時には、先生がお部屋にいらっしゃる中で授業をすることになりました。
 イヤでした。(^_^; 先生は、極力口を出されないようにしていらしたと思いますが、時折、口を挟まれ、院生そっちのけで話に耽ることになりました。←議論ではありません。

 清泉の非常勤を辞めてからも年賀状の交換はしていただきました。
 今年も御賀状を頂き、端正で美しい文字には何の変わりもありませんでしたのに。

 その御賀状の絵です。
Akimotogajo
 虎の上にいる魚は金魚ではなくて、鯛でしょうねぇ。
 改めて眺めたのですが、意味を読み取れませんでした。「めでたい」の鯛でいいのでしょうね。

 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

【追記】
 最初、秋本先生の生年を昭和21年、享年を75と書きましたが、蜂矢真郷先生から、それは違うのではないかとのご指摘をいただき、改めて調べたところ、お生まれは昭和22年でした。従って、享年は74となります。
 蜂矢先生に御礼申し上げますとともに、記事を訂正致しました。

2021年6月 1日 (火)

稲岡耕二氏ご逝去

 ネットで稲岡先生のご逝去を知りましたので、本日2つ目の書き込みです。

 東大名誉教授の稲岡耕二先生が、5月30日午前8時32分、慢性腎不全のため東京都武蔵野市の自宅でご逝去、92歳とのことです。
 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 稲岡先生には、元勤務先で、平成22年(2010)の「日本のことばと文化」でご講演を頂きました。
 演題は「文字の歌の始まりと万葉集」でした。
Inaoka01
 今から11年前になりますので、81歳でしょうか。
 お元気なご様子でした。

 もう1枚。
Inaoka02
 ホワイトボードにお書きになったのは、旅人の「世の中は 虚しきものと 知るときし いよよますます 悲しかりけり」の歌ですね。
 訃報に相応しい歌になってしまいました。

2020年10月 2日 (金)

杉本優先生ご逝去

 群馬県立女子大学で同僚だった杉本優先生が9月29日に亡くなられたとのお知らせを頂きました。
Sugimoto02

 杉本先生のご専門は日本近代文学です。
 大学では、文学部長、大学院の文学研究科長、図書館長等の要職を歴任されました。
 また、10数年前の文学部の改革案の作成にもご尽力くださいました。

 2年半前に亡くなられた石川先生と同い年で、お誕生日もひと月違いでした。64歳と思います。
 来年の3月で定年退職のはずでしたのに、それを待たずのご逝去、何とも、言葉もありません。
 お二方とも早すぎます。

 杉本先生は、以前、奈良教育大学にお勤めだった時期もありますので、奈良のことなどお伺いすることもありました。

 新型コロナウイルスの感染拡大予防のため、お通夜や告別式は行わないそうです。

 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

Sugimoto01

Sugimoto03

 10月4日に写真を追加しました。
 いずれも平成27年のものです。
 1枚目と2枚目は謝恩会、3枚目は国語国文学会の懇親会の折のものです。

2020年7月14日 (火)

今日は恩師のご命日

 金魚のことにばかり気が行ってしまっていましたが、今日は亡き恩師のご命日でした。
 日付が変わる前に気づいてよかった。

 亡くなったのが平成20年ですので、12年前。今年は十三回忌になります。

 ご葬儀の際に、井上ひさし氏が述べられた弔辞の中の、「大野先生は亡くなっていない。先生が残された多くの著作から教えを受けることができるから」という言葉が深く心に残っています。

 この辞書は、先生が病床にあって校正刷りに朱を入れられ、亡くなられた後に刊行された、真に最後の著作ということになります。
Kotenkisogo

 ご冥福をお祈り申し上げます。

 今日☆になった金魚は、我が恩師と同じ命日ということになります。

2019年5月30日 (木)

晴南さんのお通夜に行ってきました

 「トンボの眼」の講座が終わって帰宅した後、晴南さんのお通夜に向かいました。

 祭壇は富士山をかたどったものでした。富士登山の行者さんでもあった晴南さんにちなんだものと思います。
Seinansaidan
 私は幸い席に座れましたが、立って参列されていた方々も多かったです。お焼香の後、式場の部屋を出たら、会場の外にもまだ沢山の方々が並んでいました。ずいぶん大勢の会葬者がいらしたことが知られました。

 惟光さんのお礼の言葉です。
Seinanaisatsu
 勝手にご紹介して良いものやら迷いましたが、会葬者全員に渡されたものですし、お仕事などのご都合で参列することの叶わなかった方々にも読んで頂きたい思いがあり、載せることにしました。

 惟光さんのお気持ちがよく伝わってきます。

2019年5月29日 (水)

城崎陽子先生(晴南さん)ご逝去

 昨日、城崎陽子先生が逝去されました。5月28日午前1時8分とのことです。

 城崎先生は、当ブログの前身の掲示板「まほろば」以来、「晴南」さんのハンドルネームで、沢山の書き込みをしてくださいました。

 あまりにも突然のことで言葉もありません。心からお悔やみ申し上げ、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 城崎先生に初めてお目に掛かったのは、昭和の終わりか平成の初め頃、古事記研究会であったと思います。
 そして、掲示板「まほろば」に初めて登場してくださったのは、平成17年(2005年)の4月24日でした。今から14年前ですね。
 「晴南」さんのお名前での書き込みでしたので、どなたか分からず、私は、
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> 晴南さん

 はじめまして!
 ブログを拝見しました。同業者の方ですね。
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などというレスを付けていました。(^_^;

 その後、同年6月9日に、
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 こんにちは、六条院の女主です。猫の写真可愛いですね。我が家にも二匹おりまして、なかなかやんちゃな奴らです。ぼーっと窓の外を眺めている猫の姿を見ていると何考えてるのかなと思うことがあります。でも、結構気はつかっているようでして、やって良いことと、やってはいけないこととの区別は彼らなりについているようです。
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と書いてくださったので、惟光さんの奥様ということで、正体が判明しました。(^_^)
 この時の猫2匹は、ニャンタ君とニャンコちゃんでしたでしょうか。そうでしたら、ニャンタ君は残念なことでしたが、ニャンコちゃんはもうかなりのご長寿ネコさんですね。

 学会でもまほろばでも大変にお世話になりました。ご厚誼を感謝申し上げております。

 晴南さんはリラックマがお好きでした。電車もお好きだったようにお見受けしました。
Rirakkuma01

2019年3月24日 (日)

石川美耶子さんお別れの会

 今日は、書家の石川九楊氏の奥様美耶子さんのお別れの会に参列してきました。

 石川先生には、平成20年に群馬県立女子大学で開催された連続講演会でご講演を賜わりました。私がその講演会の担当でしたので、ご縁ができ、それ以来、神保町の書の画廊「白い点」で個展を催される度にご案内を頂き、ほぼ毎回お伺いしてきました。

 その時、いつも奥様が会場にいらしていて、お茶を入れてくださったりなど、ご接待くださいました。常にほほ笑んでいらした印象があります。

 その奥様が1月8日に急逝されたということです。去年お目に掛かったときは、いつもとお変わりなく、お元気のように見えましたので、信じられない思いでした。

 今日、神保町の学士会館でお別れの会が催されるとのご案内を頂きましたので、参列してきました。
Ishikawamiyako01
 部屋がいっぱいになるほどの大勢の方々がいらしていました。奥様、石川先生のご人徳と思います。

 無宗教の会で、木遣り保存会の方々が木遣り歌を歌っていました。
Ishikawamiyako02
 石川先生は台東区の橋場にお住まいです。そういえば、深川生まれの恩師のお祝いの会にも木遣りの方々がいらしていたことを思い出しました。木遣り歌は、慶弔いずれでもうたわれるのですね。

 画廊「白い点」は、石川先生の作品をいつでも展示できるようにとの奥様の思いで、奥様が設立され、経営なさっていらしたそうです。それでいつも会場に奥様がいらしたのでした。

 会の最後に石川先生のご挨拶がありました。奥様への思いがこもっていて、胸に響きました。
Ishikawamiyako03
 奥様のご冥福を謹んでお祈り申し上げます。

 来月、神保町の「白い点」で石川先生の個展があり、それを最後に「白い点」は営業終了となり、来年4月に美耶子さんの遺志を継ぐ新たな画廊「白い点」が橋場に開設されるそうです。

2018年11月17日 (土)

青木生子先生ご逝去

 青木生子先生が11月14日に逝去されました。97歳だったそうです。今日付の複数のネット版の新聞に載っています。

 日本女子大学のHPにも昨日付でお知らせが掲載されていました。

 青木先生は長年月に亙り、上代文学研究を領導され、また日本女子大学の学長、理事長として、大学教育、大学運営にも大きな功績を残されました。

 謹んでお悔やみ申し上げ、ご冥福をお祈り申し上げます。

 平成12年4月29日に開催された橋本達雄先生の会(退職記念の会だったと思います)の折りに挨拶される青木先生。
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 今から18年前ですね。79歳でしょうか。お元気でした。

 同じ会で橋本先生と談笑される青木先生。
Aokitakako02
 『万葉ことば事典』の監修をお二人でされるなど、仲良しだったようです。この辞書の刊行は翌平成13年でした。

 デジカメがまだ発展途上の頃で、画質がいまいちなのが残念です。金屏風がバックにあると、さらに難しいです。←と、言い訳。

 この後はあまりお目に掛かる機会もありませんでしたが、何かの会でご挨拶をされたときに、「青木たかこと申します。『なまこ』ではありません」と言われたのがおかしくて、記憶に残っています。
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