文字・言語

2024年5月29日 (水)

古代文学会のテーマは「声」

 私、古代文学会には所属していないのですが、シンポジウムのパネリストのおひとりである馬場治氏とたまたまメールのやり取りをした過程で、今年度企画のポスターのPDFをお送り頂きました。
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 今年度のテーマは、「テキストに立ち上がる<声>」とのことです。

 6月22日(土)に開催されるシンポジウムの内容は次の通りです。
Kodai2024b

 また、8月に開催される夏季セミナーの内容は次の通りです。
Kodai2024c

 このように、同じテーマでシンポジウムと夏季セミナーとを行うというのも一法ですね。
 上代関係は、古事記学会、萬葉学会、美夫君志会、上代文学会、古代文学会、風土記研究会と、学会がたくさんあります。
 明らかに多すぎるとは思うのですが、それぞれに歴史や特色がありますしね。研究発表の場が多いというのは良いことと思います。

 さて、シンポジウムの開催日はまたまた6月22日です。
 群馬県立女子大学の群馬学連続シンポジウム、青山学院大学のAI講演会、昭和女子大学の無声映画に加えて、古代文学会。
 進退これ極まれり、です。

2024年5月23日 (木)

青山学院大学でAI講演会

 青山学院大学日本文学会の2024年春の大会が開催されます。
Aogaku202406a
 近藤泰弘氏の「AIを用いた古典語・古典文学研究の方法について」と題する講演会がありますね。
 大いに心惹かれます。

 かつて、パソコンが普及したことは、我々研究者にとっても社会全体にとっても1つの画期だったと思いますが、現在の生成AIの発達・普及は第2の画期になりそうに思います。

 研究発表会はこのような内容です。
Aogaku202406b
 AIの講演会はこの後です。

 青学と全く無関係の人も自由に参加できます。
Aogaku202406c

2024年4月24日 (水)

絵はがき「加賀ことば」

 「加賀ことば」という絵はがきを入手しました。
Kagakotoba01

 中には絵はがきが8枚入っています。
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 どれも、上半分には金沢の写真等、下半分には様々な場面での金沢方言での会話と挿絵とが収められています。

 上半分の写真は、例えば次のようなものです。
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 下半分からまず1枚。
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 映画のことを「しばい」と言っています。芝居のことも「しばい」と言うのでしょうね。
 会話の語尾は、「~かいね」「~やいね」「~がいね」が使われています。
 「散髪」が「らんばつ」になっています。語頭は「sa」が「ra」に変化したのでしょうかね。
 「沢山」を「ぎょさん」と言うのは、関西弁の「ぎょーさん」が思い浮かびます。

 もう1枚。
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 こちらでは、語尾に「てて」がよく使われています。

 なかなか興味深い絵はがきです。
 いつのものか不明ですが、戦前のもののように思えます。

2024年4月19日 (金)

「猫飼好五十三疋」の小風呂敷

 この様なものを購入しました。
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 これは、毎度おなじみのネットオークションではなく、通常の新品です。

 右上にタイトルがあります。
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 「其まゝ地口 猫飼好五十三疋」です。
 読み方は「そのままぢぐち みやうかいこうごじうさんびき」です。

 この看板のコマに日本橋と沼津が見えています。
 こんな感じで、東海道五十三次が全部猫のシャレになっています。
 日本橋と沼津の出来はイマイチかと思います。←ナゾの上から目線。(^_^;
 作者は一勇斎国芳です。

 いくつか気に入ったものを載せます。
Myokaiko03
Myokaiko04
Myokaiko05
Myokaiko06
Myokaiko07
Myokaiko08

 全部同じ縮尺で載せました。
 大礒の絵が大きいので、その影響で、他の絵が小さめになってしまいました。

 石薬師の「いちやァつき」は今の表記ならば「いちゃつき」になるところ、「ちゃ」を「ちやァ」と表記しているのを興味深く思いました。

2024年4月12日 (金)

『万城目学さんと読む ビジュアル竹取物語』

 『万城目学さんと読む ビジュアル竹取物語』(ポプラ社、2024年4月刊)を購入しました。
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 この本のことは、監修者でいらっしゃる福田智子先生がFacebookで紹介されているのを見て知りました。

 中身を載せることはできませんが、最小限だけ。
 「この本の使いかた」です。
Visualtake02
Visualtake03
 全体はおおよそこのような構成になっています。

 単語の解説は、表紙から一部を拡大します。
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 大変に分かりやすく、そして竹取物語について詳しく正確に知ることのできる本です。
 竹取物語だけではなく、平安時代の制度や文化についても知ることができます。

 対象学年はどれくらいでしょうね。
 総ルビですので、絵本として読むには小学生でも可能です。
 学習段階に応じて、中学生から大学生まで対象になります。
 変体仮名まで学べます。
 対象範囲の大変に広い本です。

 「監修のことば」を載せます。
Visualtake05

 全部で100ページ近い大冊です。
 裏表紙に「図書館用特別堅牢製本図書」とあるように、とても頑丈にできています。
 4000円という価格ですが、たくさんの図書館、学校図書館に備えていただければと思います。

2024年4月11日 (木)

『日本書学大系』から5冊入手

 ネットオークションで、『日本書学大系』(同朋社出版。1988年)を5冊入手しました。
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 それぞれの巻次は以下の通りです。
   2:日本の金石
   3:日本の木簡
   5:光明皇后 聖武天皇
  10:万葉仮名
  31:藍紙本万葉集

 目次は以下の通りです。
  「日本の金石」
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  上「日本の木簡」、下「光明皇后 聖武天皇」
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  上「万葉仮名」、下「藍紙本万葉集」
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 それぞれの冊の内容は、鮮明なモノクロ写真と釈文・読み下し・現代語訳、そして文献解説、書法解説、さらに臨書と創作への展開です。
 国語学の分野の本ではなく、書道の分野の本ですね。

 恥ずかしながら、このシリーズの存在は全く知りませんでした。不勉強です。
 書法解説が興味深いです。良く読みます。

2024年3月15日 (金)

上代文献を読む会『東大寺諷誦文稿注解』(和泉書院)

 3月15日に上代文献を読む会の『東大寺諷誦文稿注解』(和泉書院)が刊行されました。
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 東大寺諷誦文稿は平安初期に書かれた文献です。
 個人蔵でしたが、太平洋戦争の戦災で原本は焼失し、昭和14年に刊行されたコロタイプによる複製が残るばかりです。
 内容も難解で、私などは索引を手がかりに、必要箇所のみをつまみ食い的に利用するのみでした。
 その注解が刊行されたのは大変にありがたいことです。
 原本は395行ですが、この注解は700ページを超える大著です。

 帯の表紙側と裏表紙側は次の通りです。
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 上代文献を読む会の7年に及ぶ輪読を経て、その成果がこのような形で刊行されました。
 分担執筆した原稿は、さらにメンバーの討議を経て成書となったそうです。

 執筆者は、藤本誠、井上幸、井ノ口史、岡田高志、影山尚之、桑原祐子、辻憲男、中川ゆかり、根来麻子、村瀬憲夫、宮川久美の諸氏。
 「あとがき」によれば、輪読会には、これらの方々に加えて、廣岡義隆、稲城正己、福田めぐみ、遠藤慶太、李螢螢、大江篤、鷲尾亜莉沙の諸氏が参加されたようです。

 確かで貴重な研究成果と存じます。
 ありがたいことです。

2024年3月10日 (日)

瀬間正之氏『上代漢字文化の受容と変容』(花鳥社)

 3月1日に瀬間正之氏の『上代漢字文化の受容と変容』(花鳥社)が刊行されました。
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 帯にはこのようにあります。
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 文字を持たなかった古代日本人が、中国語を表記するための漢字を用いて、いかにして日本語を表記できるようにしていったのか、その過程を広い視野から多角的に論じています。

 目次は以下の通りです。

  凡例
  初出及び関連論文
  序に代えて

  第一篇 表記と神話-東アジアの文学世界-
   第一章 高句麗・百済・新羅・倭における漢字文化受容
   第二章 〈百済=倭〉漢字文化圏-音仮字表記を中心に-
   第三章 『古事記』の接続詞「尓」はどこから来たか
   第四章 上代日本敬語表記の諸相-「見」「賜」「奉仕」「仕奉」-
   第五章 文字言語から観た中央と地方-大宝令以前-
   第六章 漢字が変えた日本語-別訓流用・字注訓・字形訓の観点から-
   第七章 高句麗・百済建国神話の変容-古代日本への伝播を通して-
   第八章 歌謡の文字記載
   第九章 清明心の成立とスメラミコト-鏡と鏡銘を中心に-

  第二篇 文字表現と成立-達成された文字表現から成立論へ-
   第一章 万葉集巻十六題詞・左注の文字表現
   第二章 『論語』『千字文』の習書木簡から観た『古事記』中巻・下巻の区分
   第三章 藤原宇合の文藻-風土記への関与を中心に-
   第四章 菟道稚郎子は何故怒ったのか-応神二十八年高句麗上表文の「教」字の用法を中心に-
   第五章 欽明紀の編述
   第六章 続・欽明紀の編述
   第七章 『日本書紀』β群の編述順序-神武紀・景行紀の比較から-
   第八章 日本書紀形成論へ向けて

  後記
  総合索引/研究者・辞典類・研究機関索引

 章の下の節は省略しました。
 朝鮮半島における漢字使用も視野に収め、日本の文献も記紀、風土記、万葉集に及び、実に幅広く、圧倒される思いがします。
 じっくり拝読し、勉強いたします。

2024年3月 5日 (火)

奥田俊博氏『風土記文字表現研究』(汲古書院)

 2月29日に奥田俊博氏の『風土記文字表現研究』(汲古書院)が刊行されました。
Okudafudoki

 目次は以下の通りです。章の下の節は省略しました。

  序 章 風土記の文字表現-書くことと読むことをめぐる序説として-
  第一章 地名説明記事と地名-『播磨国風土記』を中心に-
  第二章 『播磨国風土記』の表記-文体との関わり-
  第三章 『播磨国風土記』の漢語表現
  第四章 『常陸国風土記』の漢語表現
  第五章 『豊後国風土記』の漢語表現
  第六章 『肥前国風土記』の漢語表現
  第七章 『出雲国風土記』の漢語表現-『文選』の受容をめぐって-
  第八章 風土記の文体と表記
  第九章 風土記と公文-「史籍」としての風土記-
  終 章 公文から古典へ-「史籍」としての文字表現-

 このように、五風土記全てを対象に、そこに用いられている漢語表現を分析されています。
 じっくりと拝読したく思います。

2024年2月 3日 (土)

『万葉用字格』の影印本&正訓・義訓

 先月、『万葉用字格』の版本を入手したことを書きました。
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 ところが、先日渋川の家の片づけをしていたところ、その影印本が見つかりました。
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 奥付です。
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 和泉書院から出ていたのですね。そしてそれを持っていました。(^_^)
 ま、版本の方が版面が大きいし、影印本は縮小して版下を作っている関係で、版本に比べて鮮明さに欠けるので、良しとします。

 影印本の解説は、1ページ半に満たない簡略なものです。
 その末尾にこうあります。
Shunto09
 「商(アキ)」が正訓の部と義訓の部と、両方に入っているのを不審がっています。
 不審ですかねぇ。同じ文字が正訓として使われたり、義訓として使われたりすることはあり得ることで、不審とは思えません。
 解説の方が不審に思えました。

 『万葉用字格』における当該箇所は以下のようになっています。
Shunto10
 右が「正訓」の部、左が「義訓」の部です。
 「義訓」の方は行末から次行頭に跨がりますので、切り貼りしました。

 実際に万葉集に当たってみると、「正訓」の「商」は巻7の1264番歌です。
  ○西の市にただ独り出でて眼並(めなら)べず買ひてし絹の商(あき)じこりかも(商自許里鴨)
 『万葉用字格』に「島守(サキモリ)」とあるのは意味不明です。
 ただ、1264番歌の次の歌は、
  ○今年行く新島守(にひしまもり)が麻衣(あさごろも)肩の紕(まよひ)は誰(たれ)か取り見む
なので、用例を引用するときに、これと混線したのかもしれません。

 「義訓」の「商」は巻16の3809番歌です。
  ○商変(あきかへ)し(商変)領(し)らすとの御法(みのり)あらばこそわが下衣(したごろも)返し賜(たば)らめ
 この歌には左注があり、次の通りです。
  *右は伝へて云はく、ある時に幸(うつくしび)せらえし娘子(をとめ)ありき。[姓名詳らかならず] 寵(うつくしび)薄れぬる後に、寄物[俗にかたみと云ふ]を還し賜(たば)りき。ここに娘子怨恨(うら)みて、聊(いささ)かにこの歌を作りて献上(たてまつ)りきといへり。
 歌の解釈は、例えば、釈注では以下の通りです。
  *「商契約の破棄を施行する」などいう法令でもあるのでしたら、私がさし上げた形見の下衣、その衣をお返し頂いても宜しうございましょう。けど……。
 現代の諸注釈、文言には勿論違いはありますが、内容はほぼ同一です。

 なるほど、こうして比べてみると、『万葉用字格』には、「商(アキ)」が正訓の部と義訓の部と両方に載っていますけれども、どちらも正訓と思えます。
 影印本の解説はあまりにも簡略ですが、不審としたのはこの点かもしれませんね。

 もう少し考えてみたく思いました。
 『万葉用字格』の「義訓」の部の「商」には、「商は秋の音なれば也」とあります。
 この注記もよく分かりません。
 ふと、「商」の字義を調べてみようと思い、手元の『角川新字源』を見るとこうありました。
Shunto11
 この解説の⑤に注目です。古代中国の「五音」を五行に配当すると、「商」は秋に当たるということです。
 『万葉用字格』が「商」を「義訓」とするのはこれでしょうね。
 当該歌の「商変」を「秋変わり」などとする解釈があって、『万葉用字格』はこれに拠って、この「商」を義訓としたのでしょう。
 そういう解釈が当時あったのでしょうかね。
 とりあえず『万葉集略解』を見たのですが、略解の解釈も釈注等の現代の諸注釈と同様でした。

 今ここまでです。
 おもしろそうなのですが、ここで中断のやむなきに至っています。
 何か進みましたら、また。

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