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2017年11月30日 (木)

最古のため池発見とスルガ木簡

 今日のアサヒコム奈良に「最古級のため池を確認 「山田道」側溝も」という記事が載っていました。

 明日香村飛鳥、東山で、飛鳥時代の幹線道「山田道」の側溝とみられる溝と、6世紀前半に造られたとみられる人工のため池の跡が見つかった、ということを昨日、奈良文化財研究所が発表したとのことです。

 「飛鳥」は分かりますけど、「東山」は知りませんでしたので、地図を見てみました。
Yamadamichi
 万葉文化館の東ないし北東ですね。

 現場はコンビニエンスストアの建設予定地で、すでに埋め戻されており、現地説明会はないそうです。

 ため池の跡は山田道の側溝跡のそばにあたり、発掘されたため池の中では最古級だそうです。

 池底の地層の特徴から、このため池は6世紀前半に谷だった地形を利用して造られたとみられ、7世紀初めには岸をかさ上げしたり、池の水を排出する溝を造ったりした形跡があったとのことです。

 山田道の整備が始まると、その排出溝も埋められ、山田道が完成した後になって、ため池全体も埋められたとみられるそうです。

 なかなか興味深いですけど、一番心惹かれたのはその先です。♪

 埋めた後の地層から、「珠流河」(するが、駿河)や「伊委之」(いわし、魚のイワシ)と読める荷札木簡が見つかったとのことです。

 これまで知られているスルガ木簡は、あらかた「駿河」の表記です。それ以外のものは、石神遺跡から出土した「素留宜矢田部調各長四段四布□□六十一」と記されたものしか見つかっていません。

 この「素留宜」は国名なのか氏族名なのかいまいちはっきりしません。そのような中での今回の発見、貴重です。

 さらに、国造本紀(『先代旧事本紀』の第10巻)に「珠流河國造」とあります。

 『先代旧事本紀』は平安時代に記紀を切り貼りして作られた偽書ながら、巻5と巻10のみは然るべき古記録を基にして書かれたとされています。

 国造本紀の「珠流河國造」と今度見つかった木簡の「珠流河」、同じ表記ですね。極めて興味深いです。

2017年11月19日 (日)

墨が付着した弥生時代のすずりか

 今日のアサヒコムに、「墨が付着した弥生時代のすずりか 福岡の薬師ノ上遺跡」という記事が載っていました。

 平成15年に福岡県筑前町の薬師ノ上遺跡で出土していた石製品が、墨が付着した弥生時代のすずりである可能性が高いことがわかった、とのことです。

 発見されたのは、「紀元前から紀元後にかけての弥生時代中~後期の土器だまり」で、墨が残る完全な形での出土は初めてだそうです。

 時代は、邪馬台国よりも前ですね。金印の頃でしょうか。

 卑弥呼が魏の国に使者を送ったときに、外交文書を持っていったことが魏志倭人伝から知られますので、3世紀には墨で字を書いていたのでしょうが、墨書の開始がいつ頃までさかのぼるのか、興味深いです。

 私が把握している最古の墨書土器は3世紀末のものです。平成16年3月24日付の新聞の切り抜きがあります。
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 もう13年半も前の記事ですので、あるいはその後、もっと古い墨書土器が見つかっているかもしれません。どうも不勉強で。(^_^;

 どのような出土品にも興味はありますけど、やはり、文字や文字に関係のあるものの出土は格別です。

2017年11月15日 (水)

石川九楊氏2017

 神田神保町で石川九楊氏の書展が開かれていました。

 先日の上代文学会の研究発表会の会場は専修大学でしたので、帰りがけに立ち寄りました。石川九楊氏が在廊されていましたので、また厚かましくもサインをお願いしてしまいました。

 今年のは次の通りです。
Kyuyo201711
 下は去年の。
Kyuyo201610
 一昨年。
Kyuyo201504
 その前年の。
Kyuyo201404
 2009年の。
Kyuyo200904
 すべて文字の形が異なります。私の名前のみならず、ご本人の署名も。

 その場のインスピレーションで文字を書かれているのでしょうかね。前回の分をご覧になって、意図的に変えているわけではないのに不思議です。

2017年7月18日 (火)

フォントかるた

 このようなかるたを入手しました。今年2月発行という新しいものです。
Fontcard01
 箱を開けるとこのようになっています。
Fontcard02
 向かって左側が取り札。右側が読み札です。

 全部で48書体。リストは以下の通りです。
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 正楷書体、教科書体、古印体、勘亭流などもありますけど、大部分は明朝体とゴシック体のバリエーションです。

 読み札の中から8枚並べてみます。
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 遊び方を書いた説明書も入っています。
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 読み手がフォント名を読み上げ、競技者はその取り札を取るというシステムです。フォント名だけでは取れない場合は、読み札の解説文も読むことになっていますけど、解説文を読まれても取れないでしょうねぇ。

 文字好き・かるた好きとしては思わず買ってしまったのですが、あまりにもマニアックすぎて、超難問のかるたです。(^_^;

2017年7月 1日 (土)

昭和14年の『東宝映画』

 『東宝映画』をいう雑誌を入手しました。大きさはB4よりも少し大きく、グラフ誌といった感じです。
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 表紙は大石内蔵助の大河内伝次郎と、浅野内匠頭の長谷川一夫です。

 奥付を見ると昭和14年の4月号です。
S14tohoeiga02
 表紙から分かるように忠臣蔵特集で、配役もびっしりと並んでいます。
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 ごくごく一部を紹介すると、次の通りです。

 大石内蔵助:大河内伝次郎
 浅野内匠頭:長谷川一夫
 吉良上野介:丸山定夫
 内蔵助妻お陸:入江たか子
 お軽:山田五十鈴

 一力のスタッフが目に付きました。

 一力女中おてる:原節子
 一力女中あぐり:高峰秀子
 一力女中おいさ:霧立のぼる
 一力仲居おさん:清川虹子
 一力仲居おくら:沢村貞子

 どれだけ豪華な一力、と思いました。この女優陣、当時はまだこれから、といった立場だったのでしょうかね。

 大石吉千代:仁科周芳、というのもありました。仁科明子のお父さんの岩井半四郎ですね。まだ子役。

 お笑い系では、艶辰大尽:横山エンタツ、阿茶古大尽:花菱アチャコ、畳職人八公:榎本健一、というのも見えました。

 なかなか興味深いです。

 大判な誌面を生かした名場面集も載っていました。
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 忠臣蔵以外の記事もあります。
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 これ、ちょっと意表を衝かれて、「マルコポーロって誰だっけ?」と思ってしまいました。(^_^; 東方見聞録のマルコポーロですね。ゲーリー・クーパー。日米開戦の2年半前の段階では、まだこうした映画も上映されていたのですね。次のページには淀川長治氏(懐かしい)の解説があります。

 雑誌本体の記事中、横書きは全て右からです。間に挿入されている広告も右横書きが多いですけど、左横書きも多少あります。
S14tohoeiga05
 上の2つの広告は切り貼りしたものです。フナキヤは右横書き、野田屋食堂は左横書きです。

 フナキヤさんはチェーン店なのですね。「フナキヤチエーン」とあります。当時、このような言葉がすでにあったのですね。神戸の元町二丁目が本店でしょうか。他に元町三丁目、元町六丁目、三宮二丁目にも支店があったようで、繁盛していたのでしょう。

 裏表紙はどーんと丸ごとナショナルの1社提供です。これが丸ごと左横書きです。右上隅にある懐かしいナショナルのマークの文字も左横書きですね。
S14tohoeiga06
 同時代資料は本当に面白いです。

2017年6月21日 (水)

シンポジウム「方言研究の楽しみ」

 群馬県立女子大学では7月1日(土)に次のようなシンポジウムが開催されます。
201707tanoshimi01
 このシンポジウムは国文学科が主催するもので、昨年から始まり、昨年は3回開催しました。今回のシンポジウムの詳細は以下の通りです。
201707tanoshimi02
 今回のシンポジウムの趣旨は以下の通りです。
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 なお、当日の午後は国語国文学会主催の大会が開催されます。
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 多数のご来聴をお待ちしています。

 私は出席できなさそうな気配ですが。(^_^;

2017年6月13日 (火)

「とめ・はね」が違ったらバツ!?

 ネット上で、小学1年生の女の子が、ひらがなの「はね」が間違っているということで、書いた文字を先生に×にされた、という記事を見つけました。
Tomehana
 ママスタセレクトというサイトです。

 この件について文化庁(?)に問い合わせたところ、以下のような回答があったそうです。

 >文字については、それぞれ人により癖があるため、「形が変わりすぎていて読めない」という場合を除いては、間違いとはしません。
 >漢字については教育指導要領で定めていますが、ひらがなについてはとくに決まりはありません。
 >学校の授業では、教科書にそって先生の教えたことが正しくできているかを見ています。そのため「とめ」と「はらい」で、×にするかどうかはその先生の判断によります。
 >ご家庭と学校での指導法が違うのであれば、一度両者で話し合ってみてください

 これどうなんでしょ? 要するに、とめてもはねてもどちらも正解、ということですよね。にも関わらず、学校と話し合えと?

 よく言えば、学校の指導に文化庁(?)は介入しない、ということですかね。

 この記事の「文化庁」というのは「文科省」の誤りではないかと思うのですが。

 その前提で言えば、文科省というのはそんなに学校の自主性を重んずるお役所なのでしょうか。

 なんかね。

2017年4月 2日 (日)

永年勤続表彰状のスキャン

 一昨日、定年退職の辞令とともに、永年勤続の賞状も頂きました。
Einenkinzoku
 永年というのは30年以上ですかね。ちょっと分かりません。私は33歳から65歳まで勤めて勤続32年になりましたが、行政職の方々は22~23歳くらいから60歳まで勤めると勤続38~37年になりますね。中途採用以外の皆さんはあらかた永年勤続の対象になりそうです。

 さてこの賞状、A3位の大きさがあります。退職の辞令はA4程度でしたので、スキャナで読み込めましたけど、永年の賞状は無理です。

 こういうときには、1月に購入したオーバーヘッドスキャナが使えます。
Einen03
 ただ、賞状は筒に入れて持ち帰りましたので、丸め癖が付いてしまいました。

 重しを載せれば、それも写ってしまいます。
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 このようなときのためにアクリルの板を買ってありました。持ち手付きです。
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 これを使って無事にスキャンできました。持っている機材をより便利に使おうとすると、あれこれ機材が増えてゆきます。(^_^;

 さらにさて。退職辞令の方の私の名前は敬称略でしたが、こちらには「殿」が付いています。

 身分の変更辞令には敬称は不要だけれども、誉める方には付けるということになりましょうか。

 賞状1枚にもなかなか奥の深いものがあります。(^_^)

2017年3月27日 (月)

ナゾの木簡

 昨日ご紹介した木簡パスポートの続きです。

 あの木簡パスポートは、実在する木簡を複製したものなのかどうか調べてみました。

 こういう調査は簡単です。奈良文化財研究所のサイトで木簡データベースを検索すればすぐに分かります。便利な世の中になりました。

 検索した結果、ぴったりなものはありませんでしたが、よく似たものが1件見つかりました。滋賀県の鴨遺跡から出土した木簡です。この木簡のことは『木簡研究』の第2号と『日本古代木簡選』(岩波書店)とに掲載されていることも分かりました。『木簡研究』は昨日見ることができましたが、図版は掲載されていませんでした。今日、『日本古代木簡選』を見て来ました。こちらには図版が載っていました。
Onyumokkan04
 文字はよく見えませんね。

 収録されていた釈文は次の通りです。

 (上部)遠敷郡/(下部1行目)遠敷郷小丹里/(下部2行目)秦人足嶋庸米六斗

 鴨遺跡木簡と木簡パスポートとを並べてみます。
Onyumokkan05
 形状は大変によく似ています。サイズも、鴨遺跡木簡が160mm×32mm×6mmであるのに対して、木簡パスポートは160mm×30mm×6mmです。幅が木簡パスポートの方が2mm短いだけで、あとは同じです。

 木簡パスポートのモデルは鴨遺跡木簡と考えてよいでしょう。本文は、上部が鴨遺跡木簡では「遠敷郡」であるのに対して、木簡パスポートでは「若狭国遠敷郡」となっており、「若狭国」が加筆されています。下部の1行目は両者同じです。下部の2行目は、鴨遺跡木簡が「秦人足嶋庸米六斗」であるのに対して、木簡パスポートは「秦人庸米六斗」となっており、「足嶋」という人名がカットされています。

 「若狭国」を書き加えたのは、博物館の名称が福井県立若狭歴史博物館だからではなかろうかと思います。

 「足嶋」をカットしたのは、フルネームだと個人情報保護の観点から問題が生ずるからでしょう。

……なんてはずはありませんね。(^_^)

 「若狭国」を書き加えた分、どこかを削る必要が生じたからでしょうか。

 博物館などで、実物の代用として展示するレプリカは、限りなく実物に近いことが求められましょうが、今回のような木簡パスポートは、それとは性格が異なりますので、改変しても良いということでしょう。さらに言えば、複製と贋作とは紙一重でもありますので、現物の趣は残しつつも、あえて現物とは違ったものとして作成したということがあるのかもしれません。

 なかなか面白いことが分かりました。

 でも、鴨遺跡木簡そのものについて、もっと興味深いことがあります。

 この木簡には「遠敷郡遠敷郷小丹里」とあります。郡郷里制下のものですので、この木簡の時代は霊亀三年(717)~天平十一年(739)と考えられます。ところが鴨遺跡木簡の時代は、伴出土器の年代から九世紀後半と考えられるとのことです。しかも同じ出土層から貞観十五年(873)の年紀のある木簡が出土しているということです。この100年以上(150年を越えるかもしれません)の年代のズレをどう理解すればよいのか。

 さらにもう1つ。なぜこの木簡がこの遺跡に埋っていたのか。この木簡は文面から荷札であることが明らかです。荷札であれば、諸国から都へ税として運ばれる物産に付けられ、都に着けば、役目を終えて廃棄されるか、あるいは表面を削って再利用されたことでしょう。従って、荷札木簡は一般的に終着地(藤原京、平城京など)で出土します。

 鴨遺跡は琵琶湖の西岸、北の方に位置します。若狭から都への道中です。どうしてそこからこの木簡が出てきたのか。輸送中に落ちたのかと考えましたが、路傍に落ちたのなら、その場で長年月を経て朽ち果てたことでしょう。遺跡から出土することはありますまい。

 都へ輸送中に賊に襲われて奪われたのでしょうかね。鴨遺跡は賊の根拠地だったとか。

 2つ、大きなナゾです。

 『木簡研究』も『日本古代木簡選』も、ともにそのナゾに触れてはいますけれども、どう理解すべきか苦慮しているようです。『木簡選』には、「(地名の記載方法から推定される年代と)伴出遺物から推定される年代との間の差をどう考えるかは、遠敷郡の庸米が何故ここで消費されたかという問題とともに、この遺跡の性格を考える場合に重要であろう。」とあります。2つのナゾはリンクしていそうですね。この遺跡は、部分的にしか発掘されておらず、「面的に遺構の性格を追求する調査は実施されていない」とのことです。

 興味深いですねぇ。昨日、予告して1日お待ち頂きましたけれども、ご期待に添えたのではないかと思っています。(^_^)

2017年3月26日 (日)

木簡のレプリカ

 木簡のレプリカを入手しました。入手先はまたネットオークションです。
Onyumokkan01
 長さは16cmほどです。

 裏はこのようになっています。
Onyumokkan02
 上の方に捺してある朱印の印文は鮮明で「若博特別展」と読めますが、他に4つ捺してある朱印は、左下の文字が「寺」と読めそうなものはあるものの、全体的になかなか解読困難です。他に4299という黒字の数字があります。
Onyumokkan03
 「若博」の文字を手がかりにググってみましたら、次のようなポスターが見つかりました。
Mokupas
 このポスターやその他の記事を参照すると、この木簡は、福井県立若狭歴史博物館が配布した「木簡パスポート」であることが分かりました。この木簡パスポートを、対象となる寺社や博物館等で提示すると、ポストカードが貰えたり、入館料の割引を受けられたりするようです。また、裏面は朱印帳代わりになります。

 このイベントはもう終わってしまったようですけど、こういうのいいですね。紙のパスポートよりずっと楽しいです。長さ16cmならば嵩張りませんし、軽いし、くしゃくしゃにもなりません。

 この木簡パスポートには、「遠敷郡遠敷郷小丹里」という地名が書いてあります。若狭歴史博物館の所在地のあたりがちょうど小丹里に当たるそうで、それもバッチリです。

 「遠敷」は「おにゅう(をにふ)」と読みます。古くは「小丹生」と書いていたのですが、奈良時代の初め頃に、全国の郡里名は全て二字表記に統一されることになり、「小丹生」は「遠敷」と改められました。「遠(をに)/敷(ふ)」ですね。本来の語構成を無視した表記で、二字表記化の命令でもなければ思い付かないような表記でしょう。

 朝廷の意向は二字表記に加えて、良い文字を使うようにということもありました。「敷く」には治める、統治するという意味もありますので、「遠敷」は遠い後の世までもこの土地が平和に統治されているように、という意味も重ね合わされているのではないでしょうか。

 二字表記化の命令は和銅六年(713)の風土記撰進の詔の第一条がそれにあたるものと考えられてきましたが、「遠敷」と書いた和銅四年の木簡が見つかっているので、二字表記化の命令は実は和銅四年以前にさかのぼるのではないか、ということを論文に書いたことがあります。

 そんなことがありましたので、遠敷木簡には思い入れがあり、それで今回このレプリカを入手したく思いました。

 さてこの木簡パスポート、本物の木簡の忠実な複製なのか、あるいは全くの創作なのか調べてみました。

 これに関しては、また面白いことが出てきたのですが、ちょっと資料で確認しなくてはなりません。明日、確認の上、改めてアップします。もしも明日、木簡以外の話題(たこ飯の駅弁とか(^_^;)がアップされたとしたら、資料確認の結果、ナゾが深まって書けなくなってしまったとお考えください。(^_^;

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