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2020年7月 4日 (土)

『季刊邪馬台国』2020年7月号

 『季刊邪馬台国』の最新号を買いました。
Kikanyamatai202007a

 この雑誌を買うのは本当に久し振りです。
 この号のことは、ツイッターでWAKIYUKIさんが触れられていたことで知りました。
 内容に興味を覚え、すぐにアマゾンに注文しました。

 ツイッターは、ほんとに内容が様々で、誹謗中傷やそれに類するものも多いですけど、ほっこりするもの、感動的なものもあり、今回のような貴重な情報もあります。まだ発達途上のメディアということなのでしょうかね。

 表紙に帯状に書いてある内容紹介は次の通りです。
Kikanyamatai202007b

 家に届いて、すぐに開封してパラパラとめくってみたのですが、いくつかはそのまま読み耽ってしまいました。
 森博達氏の「『日本書紀』区分論と記事の虚実」、犬飼隆氏の「日本書紀と「歌」」、荊木美行氏の「『日本書紀』とはなにか」、いずれも興味深く読みました。

 森氏の論は、従来の氏の論を整理したような内容で、氏の論がコンパクトにまとめられています。
 具体的な編纂者名については疑問もあるものの、全体として非常に説得力のある論と思います。

 犬飼氏の論は、日本書紀における歌謡のはたらきを論じたものです。
 歌謡を日本書紀に取り込んだ過程についても述べられ、とても興味深かったです。

 荊木氏の論は、日本書紀の編纂の動機や編纂の経緯を論じたものです。
 記紀の関係や、日本書紀の「系図一巻」や「別巻」についても触れています。

 森氏の論の一部について、荊木氏が疑問を呈している点も興味深かったです。(^_^)

2020年6月24日 (水)

演習の履修生からの質問(3)

 昨日はまたmeetによる演習の日でした。
 この授業は万葉集の概説からはじめましたが、このブログでもご披露していますように、学生さんからあれこれ質問が寄せられ、次の回でそれについて説明していますので、概説がなかなか終わりません。

 ただ、演習ですので、前々回からは学生さんの発表も並行して行っています。
 発表の方法は、分担を決めて順番に行うのではなく、全員に同じ課題を出して、毎回全員に発表してもらうという形式です。恩師O先生のやり方ですが、私がこの方法をとるのは教員になってから今回が初めてです。新型コロナの影響です。(^_^)

 前回の課題は、万葉集の3399番歌「信濃路は今の墾り道~」の歌について、「万葉集校本データベース」で本文異同を調べ、そこに載っている諸注釈の口語訳を整理し、考えなさい、というものでした。この歌、4句目が元暦校本だけ「足踏ましなむ」、他の諸本は「足踏ましむな」です。どちらの本文に依るかで全体の解釈も変わってきます。

 図書館が自由に使えれば、諸注釈に載っている語釈も参照できますし、当然そうすべきものですが、今はそれが叶わないので、口語訳だけを丁寧に読んで考えることになります。苦肉の策ではありますが、口語訳の比較だけでも意味はありそうです。

 ちょっと難しすぎる課題だったと思いましたが、リアクションペーパー代わりのメールに、「1つの歌について調べて解釈をするというのは、ただ原文を読み訳を見て理解するのではなく、原文から調べて自分なりの解釈を見つける、ということなのだなと今回の課題発表で改めて思いました。」という感想を寄せてくれた学生がいました。2年生です。

 そのように思ってくれたのならば、課題の目的は十分に達せられたと思います。

 学生の発表が終わった後、5句目の「沓履け我が背」の「け」の仮名について、四段活用動詞の命令形、下二段活用動詞の命令形で「け」の甲乙が異なるという話をしました。これなどは、諸注釈の口語訳からは全く読み取れないことです。
 それに関して、「(今までは甲乙のことがピンときていなかったが、)今回、活用形の違いが解釈の参考になることを知って、とても納得することができました」という感想を寄せてくれた学生がいました。これまた幸いです。甲乙のこと、もう少し補足しようと思いました。また概説が増える。(^_^)

 同じ学生が、このような質問も書いていました。

  >信濃路の歌ですが、「しなのち」も「かりはね」も「わかせ」も、全ての訓みが僻案抄のあたりで濁点付きに変わっていました。
  >(奈良時代は濁点、半濁点は認識されていなかったと記憶しています。)
  >これは、僻案抄がつくられた江戸時代あたりから、音韻の自然さをふまえた訓みをつけるようになった、ということでしょうか。

 ( )内の「濁点」「半濁点」というのは「濁音」「半濁音」のことでしょうかね。そうだとすると、次回説明しなくてはなりません。
 それはともかく、この質問は、「万葉集校本データベース」では、万葉集の諸本や、仙覚抄、拾穂抄、代匠記あたりまでの諸注釈では訓に濁点が付いていないが、僻案抄以後の諸注釈では濁点が付いている、ということに着目しての質問です。

 言われてみれば確かに3399番歌についてはそうなっています。恥ずかしながら、いつ頃から濁点を付けるようになってきたのかということは考えたこともありませんでした。「万葉集校本データベース」では、諸注釈それぞれの訓が濁点まで正確に反映されているかどうかの確認が必要ですが、調べてみないといけませんね。

 また私の宿題が増える。
 そして、またわが身の恥をブログにさらしています。(^_^;

 今年の演習は大変に私の勉強になっています。
Gunmac_stamp02

2020年6月18日 (木)

大正九年、群馬県の「流行性感冒予防注意書」

 しばらく前、群馬県立文書館のフェイスブックに「流行性感冒予防注意書」という1枚紙の文書が載っていました。大正九年一月二十一日付、日本赤十字社群馬支部発行の書類です。
T09kazebunsho
 100年前のスペイン風邪への対応ですね。

 標題の「流行性感冒予防注意書」には「はやりかぜのふせぎかた」(濁点は補いました)というふりがなが付いています。
 このふりがなは、漢語では難しいと思われる人に対して、和語を用いた分かり易い解説といった趣旨なのでしょう。

 現代では、「流行性感冒」に「はやりかぜ」というふりがなを付けることはないでしょうが、古代において、漢字や漢語に付けた「訓」というのは、日本における「意味」、いわば「訳」ですから、それと照らせば、「はやりかぜ」という訓はいわば一種の熟字訓として位置づけられそうです。
 「予防注意書」に付けられた「ふせぎかた」というふりがなは、さらにその上をゆきそうです。

 文書全体に総ルビが施されています。その中には現代と同様のふりがなと、「はやりかぜのふせぎかた」風のものと、両方あります。

 大きな箇条書の一番は「伝染の仕方」で、ふりがなは「うつりかた」。二番は「容態」で、こちらは「ようだい」です。「容態」は和語に置き換えなくても、そのままで十分に理解できると考えられたのでしょうかね。

 「一、伝染の仕方」の本文は以下の通りです。( )内にふりがなを示します。

 流行性感冒(はやりかぜ)の毒(どく)は其(その)の病人(びやうにん)の痰(たん)や唾液(つば)の中(なか)にあり空気(くうき)を介(なかだち)して鼻(はな)及口(くち)から伝染(うつり)します

 全体をざっと見ますと、病人、医者、頭痛、肺炎、心臓麻痺、石鹸液、硼酸水、療養、注射、学校、汽車、電車、馬車、相談、肝要、掃除などには現代と同様のふりがなが付いています。

 一方、関節痛(ふしぶしのいたみ)、倦怠(だるいこと)、食気不振(くいもののまづきこと)、咽頭痛(のどのいたみ)、就床(とこにつき)、肺結核(はいびやう)、養生(てあて)、消毒薬(どくをけすくすり)、静養(ちからをつけ)、恢復(なをつた)、巡査駐在所(けいさつかんのうち)などは、訳語に近い感じです。
 ま、訓というものの本質は訳語なわけですけど。

 私は、大正時代の文書を見る機会が普段ありませんので新鮮に感じました。日頃から見ていらっしゃる方には珍しくもないことかもしれませんが。

 内容的には、「四、予防の仕方」の中の「二」に「マスク(口覆)を用いなさい」という項目があります。「マスク」という語も使われてはいたのでしょうが、念のための「口覆」という説明でしょうか。
 その下の「イ」に「マスクの見本は巡査駐在所や学校や役場にありますから可成(なるべく)自分で造りなさい」とあります。マスクは市販もされていたのかもしれませんが、自作が一般的だったのでしょうかね。

 「四、予防の仕方」の中の「四、其他の数々」の「イ」に「夜遊は此際中止(およしなさい)」とあるのは、今と通じそうです。

 あれこれ興味深い文書です。

2020年5月22日 (金)

『大和言葉』の解説書

 このような本を購入しました。この本の存在は、三友亭主人さんに教えて頂きました。
Yamatokotoba09
 内容は、ある『大和言葉』の写本の影印と、各項目の解説です。

 影印はこのようになっています。
Yamatokotoba10

 この本には、前書きも、あとがきも、出版元も、何も書かれていないとのことです。
 項目数は全部で156。
 私が入手した5種類の『大和詞』はいずれも語頭のいろは順でしたが、この本はそうではありません。
 ご覧のように、「あきつしま」「ひのもと」「もろこし」「あつま路」「こし路」という順です。
 このあたりは広域地名と括れそうですが、その先は、「かわ竹」「むはたま」「ぬはたま」「くすのうらかせ」と続いていますので、あまりきっちりとした排列意識は伺えません。

 この影印の後に、各項目の解説が続くのですが、このような感じです。
Yamatokotoba11
 各項目、見開き2ページにわたって、考察・解説があり、参考となるカラー写真もあって、見て楽しめます。

 この本の「三輪の山とは」の項目は次のようになっています。
Yamatokotoba12
 左ページの三輪山の写真は、三友亭主人さんの撮られたものです。
 三友亭主人さんの写真が掲載された経緯については、三友亭主人さんのブログにいきさつが書かれています。

 オリジナルの写真に比べて、ちょっと傾いてしまっていますし、色合いも変わってしまっています。
 三友亭主人さんとしては、その点は不本意だったのではと思いました。

 上の影印にちょうど見えていますが、11番が「いななきとは いなかをいふ」という記述で、意味がよく分かりません。
 著者の児玉氏もいくつか考えを示されながらも疑問としています。
 この項、私の入手した異本でも全く同じ本文で、疑問に思っていました。
 項目の排列は全く異なる本同士ですが、どこかで繋がっていそうです。
 興味深いです。

2020年5月18日 (月)

「大和詞」4種

 昨年の3月に、「寛政11年の『増補 大和詞』」という記事を載せました。
Yamatokotoba01

 『増補 大和詞』の内容はこのようなものです。
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 語頭のいろは順になっていて、「一いもせ とは ふうふをいふ」などという形で記述されています。
 江戸時代における古典語を、江戸時代の言葉で説明したものです。
 江戸時代の人が古典を読むための古語辞典といった用途で作られたのかと思います。

 今回、同種のもの4種を一括して入手しました。
Yamatokotoba04

 外題と刊年は以下の通りです。
 1.『新板増補大和詞大全 完』延宝九年(1681)
 2.『やまと詞大成 全』享保十一年(1726)
 3.『大和詞集』宝暦六年(1756)
 4.『新増大和詞大成 全』享保十一年元版/寛政四年再刻(1792)

 それぞれに、巻頭に前書きがあったりなかったり、同じく巻頭付近に挿絵があったりなかったりします。
 「い」の部の冒頭は以下の通りです。
Yamatokotoba05
 順序は、右上が1.左上が2.右下が3.左下が4.です。
 3.は明らかに異なりますが、1.2.4.は極めてよく似ています。内容は同一ですし、文字も同じように見えます。
 それぞれのページの左下の下段うしろから2行目の「十六日の」の部分を並べてみます。
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 どうでしょう。同じようでもあり、仔細に比較すると微妙に違うようでもあり……。微妙です。

 厚さは異なります。
Yamatokotoba07

 内容を仔細に比較してみればいいんですけどね。

 本文を翻字してみたいと思いながら、もう1年2ヶ月も経ってしまいました。
 それも果たせないうちに異本が4種も。(^_^)
 あ、去年ご披露したのは寛政十一年(1799)刊で、今回の4種のどれよりも新しく、上の「い」の部冒頭の比較に見るように、明らかに他の4種とは異なります。

 今回の4種をパラパラと見ていたら、「ちはやふる とは  久しき事を云」という項目がありました。4種全く同一です。
 現代では、この枕詞は「勢い激しく荒々しい」の意で、「神」や「氏」にかかるとされます。
 『大和詞』で「久しき事を云」としているのは、あるいは、「ちはやぶる神世も聞かず龍田川から紅に水くくるとは」の歌が有名なので、この歌を念頭に、「遠く久しい神世」と理解してのことでしょうかね。

 あれこれ興味深いです。

【画像追加】
 「源さんの後輩」さんから頂いたコメントにより、画像を1枚追加します。
 それぞれのページの左下の下段うしろから4行目の「木て」の部分です。
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2020年5月 7日 (木)

スペインの新聞に載ったアマビエ

 スペインの日刊紙『エル・パイス』の4月20日付の号(ネット版)に日本のアマビエのことが取り上げられていると、さるまほろばメイトの方からお知らせ頂きました。ありがたいことです。
 1ページ目はこのような画面です。
Amabie_spain01
 スペイン語で何か書いてあります。
 私はスペイン語は全く分かりません(英語もダメ(^_^;)が、「グーグル翻訳」という大変にありがたいものがありますので、これに訳して貰いました。次の通りです。
-------------------------------------------------------------------
  コロナウイルスに対する日本のマスコット、アマビー
日本にはパンデミックと戦うお守りがあります。 彼の名前はアマビエであり、彼は「妖怪」、神道の宗教から受け継がれた民族の伝承の人物です。 伝説によると、彼は19世紀に警察当局に出頭し、国民に彼のイメージを示すことでパンデミック患者を助けることができるとしています。
-------------------------------------------------------------------
 同じ綴りなのに、タイトルでは「アマビー」、本文では「アマビエ」と訳されています。
 また、アマビエが「警察当局に出頭し」たという部分、そうかなぁと思いましたが、訳の当否を判断できません。(^_^;

 この先、何ページにも亙ってアマビエの記事が続きます。画像もふんだんです。

 次のページには、京大図書館所蔵の瓦版が載っていました。
 画像を載せるに当たっては、京大図書館の所蔵だということを明示すればOKとのことです。
Amabie_spain02
 これにもスペイン語の解説が付いています。また「グーグル翻訳」で訳しました。
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1.「妖怪」とは、神話の多神教的ビジョンから受け継がれた、日本の民間伝承の人物です。 これらの生き物の一部は、人間または動物の形で現れますが、他の生き物は、廃棄されたときに魂を獲得する植物またはオブジェクトでさえあるかもしれません。 アマビーはこの無限の宇宙の一部です。 伝説によれば、熊本海岸沖の波に乗った身元不明の法執行官が最初に彼に現れ、彼を引き寄せて「パンデミックの場合に」住民に見せることを彼に言ったそうです。 画像では、最初の既知のイラストは、1846年に新聞に掲載されました。
京都大学
-------------------------------------------------------------------

 他に、越後に出現した「アマビコ」なども載っていました。

 日本から遠く離れたスペインの新聞なのに、「アマビエ」についてずいぶん詳しく調べています。
 「アマビエ」に大きな興味をもったのか、それとも日本人や日本文化に大きな興味を持ったのか。それに興味を持ちました。(^_^)

 さて、懸案の「アマビエ」の意味について。
 アマビエは海から出現したということですので、「アマ」は海のことだろうと思います。
 残るは「ビエ」ですね。

 日国で「○○ビエ」を検索すると、「ビエ」は「冷え」や「稗」の連濁が目立ちました。どちらも違うように思います。

 同じ日国に「ひえ‐くさい【─臭】」が立項されていて、そこに「方言」として、
-------------------------------------------------------------------
 生臭い。魚臭い。
 《ひえくさい》熊本県八代郡、葦北郡、鹿児島県種子島、揖宿郡
 《ひえくせ》鹿児島県、肝属郡
-------------------------------------------------------------------
とありました。

 「ひえくさい」の意味が「生臭い」「魚臭い」ということなら、「ひえ」の意味は「魚などの水生生物」ということになりそうな気がします。
 この方言が用いられている地域の中に、熊本県八代郡、葦北郡があります。アマビエが最初に取り上げられた、京大図書館所蔵の弘化3年の瓦版では、アマビエは肥後国に出現したのですよね。地域はぴったりです。
 アマビエの絵には鱗も描かれていますしね。アマビエって、海から出てきた魚のような妖怪、ということでいかがでしょうか。

2020年5月 2日 (土)

フレイルの進行を予防するために

 回覧板でこのようなチラシが回ってきました。
Frail01
 下の方に、ハンコを捺すための枠が印刷されています。
 これ、回覧板専用のチラシですね。

 字が読みにくいです。
 見出しはこうあります。←これは読めますね。(^_^)
 「新型コロナウイルス感染症」
高齢者として気をつけたいポイント

 中段左側にはこうあります。
 生活不活発に気をつけて!
「動かないこと(生活不活発)」により、身体
や頭の動きが低下してしまいます。歩くことや
身の回りのことなど生活動作が行いにくくなっ
たり、疲れやすくなったりし、フレイル(虚
弱)が進んでいきます。2週間の寝たきりに
より失う筋肉量は7年間に失われる量に匹敵す
るとも言われています!

 下にはこうあります。
フレイルが進むと、体の回復力や抵抗力が低下し、疲れやすさが改善しにくくなります。
またインフルエンザなどの感染症も重症化しやすい傾向にあります。フレイルを予防し、
抵抗力を下げないように注意が必要です。

 なるほどです。もうじき高齢者になる私も気を付けねば。

 裏です。
Frail02
 裏は丸ごと、フレイルの進行を予防するための具体策です。
 こちらも、項目だけ文字にしてみます。

 先の見えない自粛生活
フレイルの進行を予防するために
 動かない時間を減らしましょう
 自宅でも出来るちょっとした運動で体を守ろう!
  ●座っている時間を減らしましょう!
  ●筋肉を維持しましょう! 関節も固くならないように気を付けて
  ●日の当たるところで散歩くらいの運動を心掛けましょう!

 しっかり食べて栄養をつけ、バランスの良い食事を!
  ●こんな時こそ、しっかりバランス良く食べましょう!

 お口を清潔に保ちましょう
 しっかり噛んで、できれば毎日おしゃべりを
  ●毎食後、寝る前に歯を磨きましょう!
  ●お口周りの筋肉を保ちましょう。一日三食、しっかり噛んで食べましょう。

 家族や友人との支え合いが大切です!
  ●孤独を防ぐ! 近くにいる者同士や電話などを利用した交流を
  ●買い物や生活の支援、困ったときの支え合いを

 これまたもっともです。びっくりマークが多すぎる気はします。(^_^;

 さて、高齢者対象ならば、なにも「フレイル」などという聞き慣れない英語を使わずに、日本語を使えば良いのに、という気がしました。
 現にこのチラシにも、「フレイル(虚弱)」という箇所もあります。「フレイル」は「老衰」と訳されることもあるようです。

 ところが、「健康長寿ネット」によれば、「フレイル」とは、
  >厚生労働省研究班の報告書では「加齢とともに心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下し、
  >複数の慢性疾患の併存などの影響もあり、生活機能が障害され、心身の脆弱性が出現した状態であるが、
  >一方で適切な介入・支援により、生活機能の維持向上が可能な状態像」とされており、
  >健康な状態と日常生活でサポートが必要な介護状態の中間を意味します。
だそうです。

 なるほど。そういうことであれば、「虚弱」や「老衰」では「フレイル」のもつ意味内容をカバーできませんね。
 フレイルというのは、健康な状態と要介護の状態との中間にあって、健康な状態に戻ることも十分に可能な状態なのでしょう。

 幕末維新の頃の学者たちは、漢字を組み合わせた翻訳語を夥しく作っていったわけですけど、今はあまりそういうことはせずに、外来語のまま使うことが多いように思います。

 短い語ならば、それでも良いのかなと思います。

2020年4月30日 (木)

得鳥羽月

 前にも書きましたが、スマホのゲーム「ねこあつめ」がお気に入りです。
 このゲームで、毎日日替わりの「あいことば」が示されます。
 この「あいことば」が、なかなか只者ではありません。
 「寄物陳思」などという業界用語が登場したこともありました。(^_^)
Neko_kibutsu
 
 今年4月1日の「あいことば」は「得鳥羽月」でした。
 はじめて見る言葉でしたし、読み方も分かりません。
 読み方が分からないと国語辞典や古語辞典は引けませんが、今は便利になって、ジャパンナレッジや電子辞書などを使えば、読みが分からなくても検索できます。

 で、日国では2項目見つかりました。以下の通りです。

 >えとりは‐の‐つき 【得鳥羽月】〔名〕陰暦四月の異名。
 > *蔵玉集〔室町〕「藤の花夏にかかれる奥山の下にや待たんえとりはの月」
 > *俳諧・哥林鋸屑集〔1660〕「四月。〈略〉得鳥羽(ヱトリハノ)月」


 >とことば‐の‐つき 【得鳥羽月】〔名〕(「ば」の清濁については不明)陰暦四月の異称。えとりはのつき。《季・夏》
 > *俳諧・俳諧新式〔1698〕夏の詞よせ・四月「う月 うのはな月 とことはの月 はな残り月」
 >補注
 > 「俳諧・増山の井」に「卯月 卯の花月 得鳥羽の月 花残りの月」とあるが、読み方は不明。

 ということで、陰暦4月の異名なのですね。読みも「えとりはのつき」と「とことばのつき」という2様があるのでした。
 どちらかが本来の読みで、一方は文字に引かれて生じた誤用ということなのでしょう。

 語の由来もよく分からないようで、「雛の羽毛が生えそろう時季」や「鳥の羽が生えかわる季節」という説があるようです。

 日国の用例を見ると、俳諧で用いられる語なのでしょうかね。五七五の17音という限られた音数ですので、その短い中で新しい表現を生み出そうとした工夫の1つなのでしょうかね。まったくの素人考えです。

 何かもう少し分かってからブログのネタにしようと思っていましたが、今日で4月が終わってしまいますので、今日載せることにしました。
 ま、旧暦4月の異名ということですので、本当はまだ良いのかもしれませんけど。(^_^)
Gunmac_hatena


2020年4月29日 (水)

「オトギカルタ」

 このようなかるたを入手しました。
Otogicard07
 現物ではなく復刻版です。奥付がなく、いつの復刻か分かりません。

 解説が1枚入っていて、「このオトギカルタは、大正時代から昭和初期に各地に普及していたかるたを、主に復刻製作しました。」とあります。
 「主に復刻製作しました」という部分が意味不明です。

 絵札と読み札はこのようです。
Otogicard08

 今まで、当ブログでは、おとぎ話・昔話のかるたを3つ取り上げてきました。

 昔話のかるた(戦前)
 「おとぎかるた」(戦後ほどなくか)
 「お伽カルタ」(戦前)

 それぞれの内容を表にしてみました。
Otogicardrank
 桃太郎が不動の1位です。それ以外の順位は4つのかるたでほぼ同様ですが、戦後、金太郎の躍進が目立ちます。

 興味深いのは「に」の札と「も」の札で、いずれも桃太郎です。そして、「も」は不動の「桃から生まれた桃太郎」です。
 「に」は「日本一の~」で、「日本一の桃太郎」だったり「日本一のキビ団子」だったりします。このかるたでは「日本一の旗を立て」ですね。

 上の札では、金太郎の読み札2枚が興味深いです。
 2枚続けると、「まさかりかついだ金太郎 熊にまたがりお馬の稽古」となります。
 これ、童謡の歌詞とほぼ同じですね。明らかに童謡の歌詞を踏まえていることでしょう。
 とすれば、このかるたの発行年を知る手掛かりになる、と思いました。
 わくわくしましたが、ダメでした。
 この童謡(というか唱歌)は、明治33年(1900年)6月発行の『幼年唱歌 初編上巻』に載っているのでした。
 このかるた、明治33年以降ということしか分かりません。年代は絞れませんでした。

 あと4組。
Otogicard09

 前のかるたでも朝倉山のオニさんからご指摘を頂きましたように、「うさぎとかめ」の話は舶来品ですね。
 それにも関わらず、しれっと混ざっています。(^_^)

 どの札でも、動物は丸ごと動物の姿をしているにもかかわらず、猿蟹合戦のカニは、頭だけがカニで、体は人間です。

 語句に関しては、「ら」の札「楽に退治る鬼ヶ島」の「退治る」が少し気になりました。
 名詞の動詞化ですね。現代では「退治する」が普通だと思います。
 日国によると、古くは「退治す」だったのが、江戸の後半から「退治る」が使われるようになったようです。
 最古の用例として、人情本の『春色梅美婦禰』〔1841~42頃〕のものが挙がっていました。

 箱の絵は、この復刻に際して新たに描かれたもののようです。
 絵札が3枚散らしてある他に、右下に一寸法師が、中央から左上に掛けて鬼の絵が描かれています。
 この一寸法師、かるたの絵と全く違いますね。
Otogicard10
 箱の絵は中原淳一風です。←知らんけど。(^_^;
 かなりミスマッチと思います。(^_^)

【追記】
 一寸法師の装備って、お椀の舟に箸の櫂、そして剣は針でしたね。箱の絵の一寸法師の剣、柄頭の部分にちゃんと針のメドがありますね。細部がちゃんと描かれています。(^_^)

2020年4月15日 (水)

高遠藩は?

 『日本名所記』の刊年を考える材料の1つとして、前の記事で「真田弾正大弼」を取り上げました。

 話がそれますが、弾正といえば、私が生まれた時、父が名前を考えるに当たって、候補をたくさんリストアップした中に、弾正と玄蕃があったそうです。強そうな名前です。濁音で始まっているからでしょうかね。時代劇に出てきそうでかっこいいです。
 ま、強そうというか、悪そう。(^_^; どちらも、律令官制としては全く悪いものではなく、弾正はむしろ正義の味方ですけど、時代劇だと悪役に多そうです。これまた濁音で始まるからでしょうかね。
 私は弾正でも玄蕃でもイヤではありませんけど、強くないので、名前負けしそうです。(^_^;

 閑話休題。←これ、八犬伝によく出てきて、「あだしごとはさておきつ」というルビが付いています。

 で、本当に閑話休題で、もう1つ「高遠城」も手がかりになるかなぁと思います。

 信濃国の部分で、「城」を列挙した後、全体の末尾にもう1つ「城」があって、そこに高遠が載っています。
Nihonmeishoki07
 これ、「城」の部にうっかり高遠を入れ忘れて、あとから末尾に補ったとも考えられます。
 でも、もしかしたら、最初にこの本が作られた時には高遠藩が存在しなくて、後日、高遠藩ができたのを受けて、改訂版で反映させた可能性もあるかと考えました。
 というのは、この本には「城」の他に「陣屋」があります。とすると、この本の「城」は別に城郭という建造物を指しているわけではなく、それぞれの国の中にどんな大名家があるのかを、城持ちと無城(=陣屋)とに分けて示していると考えられます。ならば、高遠城という城郭はずっと存在していても、高遠藩が存在しない時期があって、その時期にこの本が作られたとすれば、「城」の部に高遠は入れないでしょう。

 高遠藩の沿革を調べると、元禄2年(1689)7月23日に藩主鳥居忠則が亡くなり、高遠藩は廃藩となります。そして1年半後の元禄4年(1691)2月9日に内藤清牧が入封して来て、高遠藩は復活し、そのまま明治に到ります。
 江戸時代に高遠藩が存在しなかったのは、このわずか1年半のみです。
 どうでしょ? 『日本名所記』が刊行されたのはこの1年半のうちのどこかで、その後、高遠藩が復活したのち、この本の改訂版が出されたとか。

 材料不足で何とも言えません。諸国の「城」と「陣屋」を全部見て行けば何か分かると思います。
 興味はありますが、少なくとも、さすがにすぐにはやらないと思います。(^_^;

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