文字・言語

2018年12月 5日 (水)

一太郎で漢字6万字が使用可能に

 昨年の暮れに「コンピューターで全漢字使用可に」という記事を載せました。

 IPA=情報処理推進機構と経済産業省とが、およそ6万字の漢字1つ1つに、コードを割りつける作業を進めていて、その作業が15年越しでようやく完了し、国際規格として登録されたという内容です。

 諸橋大漢和を大幅に超える数の漢字が使えるようになるというのは何ともありがたいことです。 今後、いつごろ、具体的にどんな形で使えるようになるのか、関心を持って見てゆきたいと思っていました。

 その時はそのように書きながら、もうすっかり忘れていました。三歩歩くと忘れます。(^_^;

 ところが、昨日ジャストシステムから、来年2月の一太郎バージョンアップのお知らせが届きました。新たな機能や強化される機能が並んでいる中に、こういう項目がありました。
Ichitaro2019a
 これですね。一太郎を使えば6万の漢字が使えることになりましょう。ありがたいことです。

 今まで、20数年間で900字ほどの外字を自作してきました。趣味のようなものでもあります。(^_^) これで一応、記紀万葉集の漢字は全て使えるはずなのですが、自作外字は閉ざされた世界のもので汎用性がありません。来年版の一太郎は何ともありがたい存在です。

 今回は286字の変体仮名も使えるそうです。
Ichitaro2019b

 これはまあ……。(^_^)

2018年10月25日 (木)

枝葉ぼこり

 10月3日に「どさくさの枝シュレッダー」という記事を載せました。道を挟んだお向かいの家が取り壊し中なのに乗じて、普段は騒音を気にして存分に使えない枝シュレッダーを気兼ねなく使えたという内容でした。
Edashredder04
 やがて取り壊しが終了し、滅多にないチャンスが失われてしまいましたが、チャンス再来。

 更地になった土地に建て替えの工事が始まりました。また騒音が出ています。(^_^)
Edahabokori01
 そんな訳で、今日またどさくさに紛れて枝シュレッダーを使いました。今回は数年前に伐って物陰に放置していた枝葉も処理しました。

 そうしたら、枝シュレッダーを使っている最中、煙が出てきました。摩擦熱で発火したのかと思いましたが、そうではなく、細かく粉砕された枝葉が煙のように舞ったのでした。正体はいわばほこりですね。
Edahabokori02
 予期せぬことで、慌ててカメラを取ってきましたが、その時にはもうかなり下火になっていました。残念です。
Edahabokori03
 乾燥の度合いが高いと枝葉がほこりになるのでした。これを「枝葉ぼこり」と命名します。←勝手な。(^_^;

 日国の見出し語を後方一致で検索してみたところ、「すなぼこり」「つちぼこり」「わたぼこり」など、おなじみの語はありましたが、「えだぼこり」「はぼこり」「えだはぼこり」はいずれも存在しませんでした。

 ぬか‐ぼこり【糠埃】(糠のほこり。細かい糠が散り、舞っていること。)、むぎ‐ぼこり【麦埃】(麦刈りの頃、麦打ちなどのためにたつほこり。)などがありましたので、「枝葉ぼこり」もあっておかしくないと思います。

 辞書に載せるとしたらこんな感じになりますかね。
 えだは‐ぼこり【枝葉埃】
 〔名〕乾燥した枝葉を踏んだり、枝シュレッダーに掛けたりしたときに、枝葉が細かく粉砕されて埃状になったもの。*まほろば〔2018〕10月25日「乾燥の度合いが高いと枝葉がほこりになるのでした。これを「枝葉ぼこり」と命名します。」
 《参考》「隣のオヤジが盆栽の枝葉ぼこりをするのが鬱陶しい」などと使われることがあるが、これは本来は「埃」の意味であるのを「誇り」と誤解したことによって生じた誤用。

 枝葉ぼこりを浴びて、ズボンが汚れてしまいました。
Edahabokori04

 ファインダーを覗けずにシャッターを切ったので、かなりピンボケ。(^_^;

2018年10月12日 (金)

県民センターに上野三碑コーナー

 今日は前橋で仕事の日でしたので、また群馬県庁2階の県民センターを覗いてきました。

 上野三碑コーナーが設けられていました。
Kenmin3hi04
 なぜか、秋になると古代群馬に光が当たります。「文化の秋」というイメージなのでしょうかね。

 上野三碑のミニチュアがありました。官人姿のぐんまちゃんも。
Kenmin3hi05
 ユネスコ「世界の記憶」の登録証が飾ってありました。
Kenmin3hi06
 レプリカでなく実物でしょうか? 

 貴重な品が盗難に遭ったりすまいかと、ちょっと心配。

 ま、登録証が失くなったとしても登録が抹消されてしまうわけではないでしょうから、そう考えれば、大して貴重ともいえないかもしれません。(^_^)

 このコーナーの隣には、ぐんまちゃんスタジオがあります。バックの写真は季節によって変わります。今は秋バージョンですね。吾妻渓谷だそうです。
Kenmin3hi07
 良い子は、この台に乗るとぐんまちゃんとのツーショットが撮れます。良い子だけじゃなく、良い大人もツーショットが撮れます。

 ただ、良い子の場合は「よい子は」というプラスイメージになりますが、良い大人の場合は、「いいオトナが」というマイナスイメージになりそうです。助詞も「は」から「が」に変わりそう。日本語はなかなか玄妙です。

2018年9月14日 (金)

国宝木簡手ぬぐい

 こういうものを手に入れました。
Mokkantenugui01
 木簡を図柄にした手ぬぐいです。解説書が付いています。

 去年、平城宮出土木簡が国宝に指定されたのを記念して作ったもので、奈良文化財研究所監修です。
Mokkantenugui02
 奈文献か飛鳥資料館に行かないと買えないのかと思っていましたが、ググってみたら、神田神保町の六一書房の通販で買えることが分かり、それで入手しました。

 全部で32点の木簡が載っています。
Mokkantenugui03
 下の写真で中央にあるのは、参河国篠島からサメの干物を贄として輸送した荷札木簡です。
Mokkantenugui04
 ワニでなくサメです。愛知大学で開催された三遠南信の研究集会で発表したときに、これを含む参河の木簡をあれこれ見た(写真と釈文ですが)ことを懐かしく思い出しました。

 下の写真で右側は、若狭国の遠敷郡青郷からイワシの干物を納めた木簡です。
Mokkantenugui05
 郡郷名は二字表記にするようという朝廷の命に従って、遠敷(ヲニフ)郡はいち早く二字になった(小丹生→遠敷)のに、その郡内に所在するのに青郷はなぜか奈良時代末期まで「青」の一文字を通したという不思議な事例です。

 木簡は、当時書かれたままの文字がそのまま残っていて興味深いです。

2018年9月 7日 (金)

シンポジウム「ことばとの出会い」2

 少し先になりますが、9月24日(月・祝)に群馬県立女子大学で「方言研究の魅力」というシンポジウムが開催されます。国文学科主催で、今年度は「ことばとの出会い」というシリーズで、その第2回目になります。
Kokubunsympo201809a
 趣旨は以下の通りです。
Kokubunsympo201809b
 今回は、国文学科の2年生・3年生の学生さん達の発表が中心のようです。

 六合(くに)村での方言調査が始まってから6年ほどになりましょうか。継続は力と思います。

2018年8月26日 (日)

奈良女子大学で「仮名文字」

 今日・明日、奈良女子大学で「仮名文字」というタイトルの研究集会が開催されますので、奈良に来ています。
Narajokanamoji
 今日は公開講演会、明日はシンポジウムです。

 1日目の今日は失礼して、明日参加します。

 研究集会をサボった今日は、少しだけ飛鳥・奈良をふらふらしました。以前載せたまほろばの記事の補足を目的としたふらふらでした。熱中症が怖いので、短時間で切り上げました。その成果は明日以降に。

2018年8月17日 (金)

明治5年の『日本地理往来』

 このようなものを入手しました。上下2冊です。
M5chiri01
 角書きに「郡名産物」とあるのに惹かれました。

 下巻の奥付に次のようにあります。
M5chiri02
 明治5年の刊行ですね。

 巻頭付近に折り込みの地図があります。
M5chiri03
 関東地方。
M5chiri04
 旧国名が四角の枠で、府県名が楕円形の枠で囲まれて書かれています。現在の栃木・群馬は宇都宮・栃木・群馬に分かれています。現在の茨城・千葉は茨城・新治・印幡・木更津に分かれています。現在の埼玉の西は入間です。

 中部地方。
M5chiri05
 現在の愛知から静岡西部にかけては愛智・額田・浜松です。現在の長野は、北部のみ長野で、信濃南部と飛騨とをあわせた地域は筑摩となっています。

 本文は次の通りです。府県別ではなく、旧国別になっています。
M5chiri06
 頭注欄に郡名や産物が記載されています。

 大和国の産物は次のように書かれています。
M5chiri07
 墨筆、葛粉、索麺、柿などは今も変わりませんね。

 上野国の頭注欄。
M5chiri08
 1行目の「吾妻」、現在は「あがつま」ですが「あづま」となっています。3行目の「群馬」、少なくとも江戸時代の初め頃までは、古代と同じく「くるま」と読んでいたことが分かっていますが、明治の初めでもなお「くるま」と読まれていたのかもしれません。「邑楽」も今は「おうら」と読みますが、これも、古代に「おほあらき」→「おはらき」と変化したと考えられています。明治の初めにも「おはらき」と読んでいたとしたら興味深いです。

 不審なのはその下の「新田」です。この本では「しんでん」とあります。この郡は、新田義貞の新田氏発祥の地ですので、古く「にひた」「にふた」などという読みはあったにせよ、「しんでん」は考えにくいところです。

 同時代資料は貴重ですが、正しいとは限らないと思われます。そこがまた同時代資料の面白いところです。

2018年8月15日 (水)

万葉集によまれた萩(2)

 先日アップした「万葉集によまれた萩(1)」の続編です。今回は表記についてまとめました。

 万葉集に見えるハギ141例の表記は以下の通りです。

【芽子】116
 巻二 2(笠金村2)
 巻三 1(余明軍)
 巻七 3(作者不明3)
 巻八 27(大伴家持6、笠金村3、文馬養2、沙弥尼2、大伴坂上郎女1、弓削皇子1、湯原王1、その他11)
 巻九 3(阿倍大夫1、遣唐使の母1、作者不明1)
 巻一〇 75(すべて作者不明)
 巻一七 1(大伴家持1)
 巻一九 4(大伴家持3、久米広縄1)

【芽】12
 巻二 1(弓削皇子)
 巻六 2(大伴旅人1、田辺福麻呂1)
 巻八 8(大伴旅人2、山上憶良1、山部赤人1、穂積皇子1、湯原王1、広瀬王1、藤原八束1)
 巻一三 1(作者不明)

【波疑】12
 巻一五 4(阿倍継麻呂1、秦田麻呂1、葛井子老1、遣新羅使人1)
 巻一九 1(大伴家持)
 巻二〇 7(大伴家持5、中臣清麻呂1、大原今城1)

【波義】1
 巻一九 1(光明皇后)

 以上です。正訓字の「芽子」と「芽」が合計128例、字音仮名の「波疑」と「波義」が合計13例で、「萩」は1例もありません。これは、「萩」字の原義が「草の名。かわらにんじん・かわらよもぎの類」「木の名。とうきささげ」(『角川新字源』)であることに依るのでしょう。「萩」は、ハギには相応しい文字ではないために用いられなかったものと思います。

 「芽子」「芽」がなぜハギの表記に用いられているのかはよく分からないようです。

 類聚名義抄には次のようにあります。観智院本の僧上24です。
Hagimanyo03
 1行目に「萩ハギ」があります。そして、2行目に「芽ハギ」、3行目に「芽子ハキ」があります。これで、「芽子」「芽」がハギと訓めることが分かります。

 ただ、3行目の「芽子ハキ」の下には「芽ウマツナキ キザス」という項目があります。こちらが我々が普段使っている「芽」字ですね。よく見ると、この「芽」は他の「芽」と文字の形が異なります。字音も、2行目の「芽ハギ」の方には「音護」、3行目の「芽ウマツナキ キザス」の方には「語嘉反」とあります。前者は「ゴ」、後者は「ガ」でしょうから、音も異なることになります。

 この件、岩波の古典大系本万葉集の1468番歌の頭注に以下のようにあります。
Hagimanyo04
 ということで、大系本万葉集ではハギの場合の「芽」「芽子」は、この字形ではなく、作字した文字を使っています。

 万葉集の写本では、西本願寺本ではざっと見たところでは、現代と同じ「芽」「芽子」で書かれているようです。まだ全例ちゃんと見ていません。

 現存最古の写本である桂本は巻4しか残っておらず、巻4には「芽」「芽子」は用いられていません。これに次いで古いと考えられる藍紙本の巻9では次のように書かれています。
Hagimanyo05
 右が1761番、左が1790番です。少なくとも1790番は現代の「芽」と同じ字形ですね。巻9にはもう1例、1772番に「芽子」があるのですが、この歌の前後は藍紙本では切り出されてしまっていて見ることができません。もしかしたら断簡として残っているかもしれません。

 今ここまでです。他の写本の複製も見て、引き続き考えてみます。

 万葉集の諸注釈に何か書いてありそうですが、手もとにありません。類聚名義抄は、昨日持ってきたのが早速使えました。他の本も早く渋川の家から持ってこねば。(^_^;

2018年8月 4日 (土)

パピルス

 昨日終わった集中講義の履修生にエジプト人留学生がいて、その学生さんから最終日の昨日、お土産をいただきました。
Papyrus01
 上の方には絵文字が書かれていますね。ヒエログリフでしたか。

 この絵はパピルスに描かれています。私、パピルスを見たり、触ったりするのは初めてだと思います。珍しいものを頂きました。

 拡大するとこんな感じです。
Papyrus02
 織物のように、縦横に繊維が組み合わされています。

 そういえば、20年以上前、パピルスの鉢植えを頂いたことがありました。水は切らさないようにしていたのですが、残念ながら数年後に枯れてしまいました。高温の地方で育つ植物でしょうから、あるいは群馬で冬越しをするのが難しかったのかもしれません。

 もう1つ、キーホルダーも頂きました。
Egypt
 この像の名前を教えて貰ったのですが、忘れてしまいました。(^_^; 面目ないです。横文字の固有名詞はなかなか憶えられません。

 これ、日本でいえば、奈良の大仏や興福寺の阿修羅像などのように、エジプトの人が見れば、すらりと名前が出てくるような、そういった有名な像なのでしょうかね。

 どうも外国のものに疎いです。

2018年7月28日 (土)

越中ことば番附

 富山の古い絵はがきを入手しました。

 下の絵はがきには、「(雪の富山)市内の夜景」というキャプションが付いています。
Toyamapc01
 雪深いですね。中央は車道でしょうが、これでは車は全く通れませんね。今は、道路に融雪装置があるのでしょうね。左側に時計屋さんがあります。大時計の時刻は10時17分頃を指しているように見えます。こんなに遅い時間まで営業していたのか、あるいは撮影用でしょうか。

 もう1枚の上部です。
Toyamapc02
 キャプションは「立山連峰ノ雄姿(富山湾ヨリ望ム)」とあります。

 同じ絵はがきの下方には「越中ことば番附」が載っています。実は、この絵はがきを入手したのは、この番附に興味をおぼえたからでした。方言学には全く詳しくありませんが、関心は大いにあります。
Toyamapc03

 「左記方言は古老間に使はるゝが現代人はあまり使はず」と書いてありますね。この絵はがき、いつのものか分かりませんが、歴史的仮名遣いが使われていて、表側の「郵便はがき」の文字が右横書きなので、戦前のものと思います。この絵はがきが作られた時点で、これらの方言はもうあまり使われなくなっていたのですね。現代ではどうでしょうか。

 「チャット」は、名古屋弁で「ちゃっとまわししていこみゃぁ」(早く支度して行こう)というのを聞いたことがあります。それももう30年ほど前になります。「テンゴ」は奈良出身の祖母が使っていたような。これは50年以上も昔です。(^_^;

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