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2019年8月 7日 (水)

惟光さんのところで集中講義(2019夏)

 一昨日から今日までの3日間、惟光さんのところで集中講義をしてきました。

 月曜日の大山。
Tokaidai201908a
 奥に見えるのが大山です。

 火曜日の大山。
Tokaidai201908b
 今日の大山。
Tokaidai201908c
 撮影時刻は、月曜日が8時台、あとの2日は9時台です。

 3枚の写真、手前の建物などが異なります。諸般の事情で、3枚、それぞれ別の所から撮影しました。
 3日間、好天に恵まれました。午後の雷雨などもありませんでした。結構暑かったですけど、部屋の中は涼しく、快適でした。

 大学院の授業で、少人数でしたので、惟光さんが研究室を貸してくださいました。

 履修生は3人で、タイからの留学生が1人いました。

 タイの文字で私の名前はこう書くのだそうです。
Tokaidai201908d
 1行目が「きたがわ」、2行目が「かずひで」とのことです。

2019年4月19日 (金)

石川九楊展2019&新元号の違和感

 昨日から23日(火)まで、神田神保町の「ギャラリー白い点」で石川九楊展が開催されています。今日、行ってきました。去年までなら、白い点のオーナーでもある奥様がにこやかに出迎えてくださったのでしたが、もうお目にかかれないのが、信じられない思いですし、寂しいことでした。

 またサインを頂きました。
Kyuyo2019a
 一昨年までの分はこちらに載せてあります。

 今年の私の名は「かけじ」にしたと仰いました。「はて?」です。

 「和」と「秀」とに「禾」が共通しているので、それを掛けたとのことでした。「掛詞」ならぬ「掛字」なのでした。

 新元号のことが少し話題になりました。九楊氏は、「令」の字の1画目も2画目も払いだということを指摘されました。

 なるほどです。最初に「令和」という文字を見たときに私が受けた違和感の1つはこれだったのかもしれません。

 「令」の字そのものが元号に初めて使われる文字ですが、それだけではなく、こういう大きな2つの払いから始まる文字も異例なのでした。元号に多く用いられた文字の1画目を分類してみました。

 点で始まる文字--永、治、応、文、安、寛
 横線で始まる文字-元、天、正、長、暦、承
 左払で始まる文字-和、延、徳、保、仁

 最後の「左払」については、払といっても、にんべんやぎょうにんべんなどのように、短いものが多いです。

 書家ならではの見方と思いました。

2019年4月 8日 (月)

草津・くさつ・くさづ

 昨日は少し久しぶりに群馬に行きました。高崎駅構内でこのようなポスターを見ました。
Mamapapagunma  
 趣旨が少し分かりにくいですが、パパもママも、群馬で美味しいものをたくさん食べたり、温泉に行ったりしよう、ということでしょう。
 
 どちらのポスターにも、左側にぐんまちゃんが小さく見えています。(^_^)

 2つのポスターのうち、左側の方の湯もみ板に「くさつ」とあります。3字目がやや小さいので、「くさっ(臭っ!)」とも見えます。(^_^;

 ま、確かに草津温泉は硫黄のにおいがします。

 そして、草津の語源として、「くさうづ(臭水)」説があります。変遷は、kusamidu(くさみづ)→Kusamdu(くさむづ)→kusaudu(くさうづ)→kusadu(くさづ)となりましょうか。

 草津は現在、標準的な読み方は「くさつ」だと思いますが、「上毛かるた」では「くさづ」です。
Jomokusazu02
 群馬県民が広く「くさづ」と発音しているかどうかは分かりませんが、地元の吾妻郡では「くさづ」が一般的なような気がします。これは上の語源説に有利な要素ですね。

 ただ、草津温泉の湯もみ板の文字がなぜ「くさづ」ではなくて「くさつ」なのか不審です。(^_^; 県外の一般的な読み方に従ったのでしょうかね。

 日国で「くそうず」を引くと、「(「くさみず」の変化した語)石油の古称。越後国(新潟県)蒲原郡黒川・新津、同頸城(くびき)郡玄藤寺などが産地として古くから知られた。石脳油。くそうずゆ。」とあり、『大和本草』(1709年)の例などが挙がっていて、方言の項に、新潟県の方言とあります。

 同じ語形に石油の意と硫黄温泉の意と両方あることになりますが、一方は新潟、一方は群馬で、地域が違うので、問題ないのかと思います。


【追記】
 昨日は上のように考えたのですが、「くさうづ」→「くさづ」はどうかなぁと思えてきました。「くさうづ」を経ない方があり得そうです。

 kusamidu(くさみづ)→kusamdu(くさむづ)→kusandu(くさンづ)→kusadu(くさづ)です。

 こちらの方が良さそうに思います。

2019年4月 2日 (火)

「令和」に違和感を覚えた理由

 昨日書きましたように、新元号が「令和」と発表されたとき、まず違和感を覚えました。
 その時は、「令」という文字を元号っぽくないと感じました。実際に、「令」は元号には今まで使われなかった文字のようですね。

 ということはありましたが、それだけではなさそうです。
 思うに、「令」という文字は、命令であるとか、使役であるとか、そういう意味で使われる漢字なので、それも元号っぽくないと感じた理由と思います。元号に使われた文字って、「永」「和」「長」「久」「安」などという分かり易い好字が多いです。それで、「令」に違和感を覚えたのだと思います。

 ところが、「令」って、「令夫人」「令息」のように「よい」という意味もありますね。この2語、私はまだ使ったことがないかもしれませんけど。
 現に、「令和」の典拠となった万葉集の用例も「令月」ですね。命令や使役の意味ではなく、「よい」という意味です。

 思えば、「令夫人」や「令息」を使ったことのない私も、「深窓の令嬢」をもじった「深窓の令猫」なら使っていました。
Nakanoneko07
 その時は、うまいもじりだと自己満足しただけで、「令」の意味に思いを致すことはありませんでした。

 「令」の字に「よい」という意味もあることに気づき、違和感はかなり薄らぎました。

 勉強や教養は大切です。文系の学問も大事にしなければ。←そこに行く。

2019年4月 1日 (月)

新元号は「令和」

 新元号、「令和」に決まりましたね。
Reiwa  
 まず違和感を覚えました。「和」はよく元号によく使われる文字ですが、「令」はたぶん初めてなので、それで、元号っぽくないと感じたのかもしれません。

 国書から採る可能性もあるということで、六国史、特に日本書紀と続日本紀とが念頭にありましたので、万葉集というのは意表を衝かれました。

 文系の学問や国文学が軽視される世の中で、文学や万葉集に関心を持つ人が増えてくれたら幸いです。ま、時の経過とともに、令和の典拠が万葉集だということは意識されなくなって行くと思いますが。(^_^;

 今まで、授業や講座などで梅花の宴三十二首の歌を扱うことはありましたが、大体32首のうちの何首かを選んで読む程度で、序はスルーしていました。ちゃんと読み直さねばと思います。(^_^;

 新元号の誕生を2回経験できたのは幸いでした。30年前、「平成」に決まったとき、音の響きの点では、「へーせー」というのは何か空気が漏れるような、力が抜けるような感じで、あまり良いとは思いませんでしたが、時が経つにつれて、次第に慣れてきたせいか、歳をとったせいか、段々好ましく思うようになってきました。いまは良い元号と思っています。

 一方、「令和」は音の響きの点では堅い感じがします。30年前だったら良いなと思ったかもしれませんが、歳をとった今では、ゆるい響きが好みです。(^_^)

 新元号、「れいわ」「りょうわ」両様の読みが可能なのが難ではありますね。後世、きっと分からなくなると思います。幕末の年号でも、元治って、「げんじ」か「がんじ」か迷います。

 昭和と「和」の字がかぶりますね。数百年後、「□和元年」という風に「和」の1字前が欠けた平成前後の木簡が発掘されたとき、昭和か令和か決定できないという問題が生じますけど、ま、今どきは木簡を使わないので、そういう心配はありません。(^_^)

 全く別の観点からは、「令」の字って、手書きの場合と明朝体とで形が違いますよね。書き取りの時に、活字と同じ形でないと×を付けるような不適切な指導が一部では行われているようですが、これをきっかけに、どちらでも良いのだということが普及するように願っています。

 今のところ、そういった感想です。

 万葉文化館や万葉歴史館にはマスコミからの問い合わせや感想を求めるメールや電話が殺到していることでしょうね。しばらく大変そう。

 私のところには、昔の卒業生から、「先生のことを思い出した」というメールが届きました。(^_^)

2019年3月12日 (火)

寛政11年の『増補 大和詞』

 このようなものを入手しました。
Yamatokotoba01
 サイズはほぼ文庫本大です。

 奥付には寛政11年5月の年月が記載されています。
Yamatokotoba02
 中身はこのような感じです。
Yamatokotoba03
 語頭のいろは順になっていて、「一いもせ とは ふうふをいふ」などという形で記述されています。

 現在、「やまとことば」というと、漢語や外来語に対する和語という意味で用いられますが、この本の場合は、「雅な古語」といった感じでしょうか。江戸時代の人が古典を読むための古語辞典といった用途で作られたのかと思います。

 上のページの2項目目に「一いね とは あねをいふ」とあります。日国を見ると「いね【姉】」という項目は立っていて、「(1)「姉」の女房詞 (2)下女。女中。」という解説文はあるものの、用例は挙がっていません。

 この本に収録されている語はどのようなものなのか興味があります。源氏や伊勢に載っている語、古今集に載っている語、徒然草に載っている語、など。全部翻字して調べてみたい気がします。

 恥ずかしながら、変体仮名が苦手なので、丸ごと翻字すれば、変体仮名の勉強にもなりそうな気がします。

 大学で古典文学を担当しながら、変体仮名が苦手などと言っていてはいけませんが。(^_^;

2019年2月11日 (月)

明治13年の『万国史略字引』

 こういうものを入手しました。
M13bankokushiryaku01
 明治13年の刊行です。
M13bankokushiryaku02
 書名は、以前当ブログでも同種の例を取り上げましたように、『万国史略』という別の本があって、その「字引」ということになりましょう。「字引」は、その書籍の中に出てくる語の読みや簡単な意味を記したもの、といった意味です。

 『万国史略』というのは世界史の教科書でしょうね。

 巻頭部はこうなっています。
M13bankokushiryaku03
 表紙題簽に「両点」とありますが、これは、語の右にふりがな形式でその語の音が示されているのと、語の下に訓または意味が示されているのと、その両方を指して「両点」と言っているものと思われます。

 このページの最後の行にある「交通」などは、読みは簡単でしょうから、下にある「ヨシミヲムスブコト」という注記が眼目なのでしょう。

 「漢土」の部は詳細で、唐とか元とか、そういった王朝ごとに項目が立っています。
M13bankokushiryaku04
 上のページには、劉備や諸葛孔明の名が見えます。後ろから3行目にある「私」の「ハタクシ」という表記に興味を惹かれました。「ワタクシ」を「ハタクシ」と書いています。語中語尾ならともかく、語頭における「ワ」を「ハ」と書いていますね。仮名遣の混乱ということでしょうか。

 国別の分量の内訳は以下の通りです。数字はページ数です。

 漢土:28
 印度:1.5
 波斯(ペルシャ):1.4
 亜細亜土児其(アジアトルコ):3.9
 希臘(ギリシヤ):2.3
 羅馬(ラウマ):7.3
 人民ノ移転:1.5
 仏蘭西(フランス):7.9
 英吉利(イキリス):2.3
 独逸(ドイツ):3
 瑞西(ズーイス):1.4
 和蘭(ヲルランド):1.4
 嗹馬(テンマルク):2
 西班牙(スベイン):3.3
 以太利(イタリア):3.5
 土児其(トルコ):0.6
 露西亜(ロシヤ):1.4
 亜米利加洲:1
 合衆国:2.1

 漢土が群を抜いて多く、28ページあります。第2位の仏蘭西(フランス)7.9ページの3.5倍以上です。次いで羅馬(ラウマ)の7.3ページ、亜細亜土児其(アジアトルコ)の3.9ページ、以太利(イタリア)の3.5ページ、西班牙(スベイン)の3.3ページとなります。

 漢土が多いのは、歴史が長かったり、わが国に及ぼした影響が大きかったり、という理由もあるでしょうが、ふりがなを振るべき人名が多いということもありそうです。欧米の場合、国名は漢字表記ですが、人名は出てきません。『万国史略』で、欧米の人名はカタカナで表記されているのかもしれません。このあたり、国会図書館のデジタルライブラリなどで、『万国史略』を見てみれば良いのでしょうけど。(^_^;

 フランスの項はこのようになっています。
M13bankokushiryaku05
 語に関しては、最後の行の「豪猛」に付いている「タケシキ」という訓に興味をおぼえました。今なら「タケキ」となるところでしょう。

 内容的には、5行目からの「一女子」「民間」「義兵」「勝利」「焚殺」という箇所、ジャンヌダルクでしょうね。

 あれこれ興味深いです。

2019年1月16日 (水)

土屋文明文学館で「文学者の書」

 群馬県立土屋文明記念文学館で「文学者の書」という企画展を開催中です。
Bungakushasho01
 会期末までまだ2ヶ月あります。

 展示されている作者は以下の面々です。字が小さくて済みません。
Bungakushasho02
 3月17日(日)には石川九楊氏の記念講演会があります。館の担当職員による展示解説も3回あります。
Bungakushasho03

2019年1月 5日 (土)

明治9年の『日本地誌略字引大全』

 このようなものを入手しました。題簽はありません。
M09chishiryaku01
 内題はこのようにあります。
M09chishiryaku02
 著者は神奈川県の師範学校の先生のようですね。

 去年の11月にご紹介した本は群馬県の師範学校の編纂でした。明治の初め頃は師範学校がこういった本を編纂していたのですね。
M10gunmasonmei02
 今回入手した本は、「和本、日本地誌略字引大全、三巻」とあったので、全三巻の揃いと思い込んで買ってしまいましたが、そうではなくて「第三巻」の意でした。1冊のみの端本です。(^_^;

 この第三巻は、山陰道と山陽道とを収めています。とすると、多分全四巻なのでしょう。
M09chishiryaku03
 冒頭の丹波は「豊岡県師範校 山宮竹次訂正」とあります。全体の著者は神奈川県師範学校の小林義則氏でも、それぞれの土地の師範学校の先生に確認・訂正して貰ったのでしょう。地名の読みは、その土地の人でないと分からないことも多いことでしょう。

 出雲の部。ここも島根県の師範校の先生のチェックが入っています。
M09chishiryaku04
 驚いたのは「出雲郡」に「シユツト」というふりがなが付いていたことです。これどう考えても「イヅモ」だろうと思いましたに。

 調べてみたら、出雲郡は中世に東西に分割されたようで、その東側が出東郡となったようです。それが、近世初期に表記は出雲郡になったのに、読みは従来通り「しゅっとう」のまま残ったようです。

 それじゃぁ読めませんよね。国名は古代以来「出雲(いづも)」なわけですから、郡名表記が「出東」から「出雲」に戻った時点で、郡名の読みも「いづも」に戻りそうなものですけれど、そうならなかったのは不思議です。

 考えるに、当時の一般庶民の日常生活は表記よりも音声で行われていたことでしょうから、郡名については「出雲」という表記よりも「しゅっとう」という読みが定着してしまっていて、変えることが難しかったのかもしれません。もしもそういうことであるとすれば、こういった表記と読みとの関係は、言語生活や言語意識を考える上での手がかりの1つになりそうに思います。

 出雲郡の隣にある「意宇郡」には「イウ」という読みが付いていますね。本来は「オウ」のはずが、表記に引かれて読みが変わってしまったのですね。こういう風に、上の例とは逆に、読みよりも表記が優先することもあるので、一筋縄ではゆきません。

 次の箇所を見て、さらにびっくり。「出雲郷」に「アダカヰ」という読みが付いています。
M09chishiryaku05
 こうなると、なぜそう読むのか見当も付きません。(^_^;

 これも調べてみたら、この地にある阿太加夜神社に由来するようです。もう不条理と言っても良いかも。(^_^;

 地名は楽しいですが、なかなか難しいです。

2018年12月 5日 (水)

一太郎で漢字6万字が使用可能に

 昨年の暮れに「コンピューターで全漢字使用可に」という記事を載せました。

 IPA=情報処理推進機構と経済産業省とが、およそ6万字の漢字1つ1つに、コードを割りつける作業を進めていて、その作業が15年越しでようやく完了し、国際規格として登録されたという内容です。

 諸橋大漢和を大幅に超える数の漢字が使えるようになるというのは何ともありがたいことです。 今後、いつごろ、具体的にどんな形で使えるようになるのか、関心を持って見てゆきたいと思っていました。

 その時はそのように書きながら、もうすっかり忘れていました。三歩歩くと忘れます。(^_^;

 ところが、昨日ジャストシステムから、来年2月の一太郎バージョンアップのお知らせが届きました。新たな機能や強化される機能が並んでいる中に、こういう項目がありました。
Ichitaro2019a
 これですね。一太郎を使えば6万の漢字が使えることになりましょう。ありがたいことです。

 今まで、20数年間で900字ほどの外字を自作してきました。趣味のようなものでもあります。(^_^) これで一応、記紀万葉集の漢字は全て使えるはずなのですが、自作外字は閉ざされた世界のもので汎用性がありません。来年版の一太郎は何ともありがたい存在です。

 今回は286字の変体仮名も使えるそうです。
Ichitaro2019b

 これはまあ……。(^_^)

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