明治10年の『新撰年代記』(8)外国との条約
何度か取り上げてきた明治10年の『新撰年代記』、だいぶ日が空いてしまいましたが、8回目です。
ここに「各国条約年月」という項目があります。
後半。
幕末から明治に掛けて、年月日順に並んでいます。
途中で政権交代どころか、政体が全く変わってしまいましたのに、旧幕府が結んだ条約もそのまま継続的に取り扱われています。
ペリーが黒船に乗って来日して、日米和親条約を結んだのが外国との条約の初めかと思っていましたが、これを見ると、アメリカは5番目ですね。
はて? と思って岩波の『近代日本総合年表』を見たら、次のようにありました。
安政元年3月31日 日米和親条約調印(安政2年1月5日批准書交換)
安政5年7月29日 日米修好通商条約調印(万延元年4月3日批准書交換)
『新撰年代記』には、アメリカ合衆国との条約は万延元年4月3日になっていますので、これは、日米修好通商条約の批准書交換の日付にあたります。
国ごとに最新の条約締結を挙げたのでしょうね。それで、日米和親条約は載せなかったのでしょう。
以前、「明治10年の『新撰年代記』(6)外国の国名」に載せた国名が並んでいます。
ただ、条約リストの冒頭にある「貌利太泥亜(ブリタニア)」は載っていません。
ググってみたら、「ブリタニア」はイギリスのグレートブリテン島南部の古称とのことです。
他には、プロシアが「独乙北部聯国合併」となっています。
「瑞典(ズイテン)那耳西」というのが分かりません。「瑞典」はスウェーデンですが、「那耳西」が何だか。
その次にはハワイが載っていますね。まだアメリカ合衆国の州にはなっていないのでした。
最後の「秘魯」はペルーです。外国の国名リストの方には「白露」という表記でした。
あれこれ面白いです。
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