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2017年4月 2日 (日)

永年勤続表彰状のスキャン

 一昨日、定年退職の辞令とともに、永年勤続の賞状も頂きました。
Einenkinzoku
 永年というのは30年以上ですかね。ちょっと分かりません。私は33歳から65歳まで勤めて勤続32年になりましたが、行政職の方々は22~23歳くらいから60歳まで勤めると勤続38~37年になりますね。中途採用以外の皆さんはあらかた永年勤続の対象になりそうです。

 さてこの賞状、A3位の大きさがあります。退職の辞令はA4程度でしたので、スキャナで読み込めましたけど、永年の賞状は無理です。

 こういうときには、1月に購入したオーバーヘッドスキャナが使えます。
Einen03
 ただ、賞状は筒に入れて持ち帰りましたので、丸め癖が付いてしまいました。

 重しを載せれば、それも写ってしまいます。
Einen01
 このようなときのためにアクリルの板を買ってありました。持ち手付きです。
Einen02
 これを使って無事にスキャンできました。持っている機材をより便利に使おうとすると、あれこれ機材が増えてゆきます。(^_^;

 さらにさて。退職辞令の方の私の名前は敬称略でしたが、こちらには「殿」が付いています。

 身分の変更辞令には敬称は不要だけれども、誉める方には付けるということになりましょうか。

 賞状1枚にもなかなか奥の深いものがあります。(^_^)

2017年3月27日 (月)

ナゾの木簡

 昨日ご紹介した木簡パスポートの続きです。

 あの木簡パスポートは、実在する木簡を複製したものなのかどうか調べてみました。

 こういう調査は簡単です。奈良文化財研究所のサイトで木簡データベースを検索すればすぐに分かります。便利な世の中になりました。

 検索した結果、ぴったりなものはありませんでしたが、よく似たものが1件見つかりました。滋賀県の鴨遺跡から出土した木簡です。この木簡のことは『木簡研究』の第2号と『日本古代木簡選』(岩波書店)とに掲載されていることも分かりました。『木簡研究』は昨日見ることができましたが、図版は掲載されていませんでした。今日、『日本古代木簡選』を見て来ました。こちらには図版が載っていました。
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 文字はよく見えませんね。

 収録されていた釈文は次の通りです。

 (上部)遠敷郡/(下部1行目)遠敷郷小丹里/(下部2行目)秦人足嶋庸米六斗

 鴨遺跡木簡と木簡パスポートとを並べてみます。
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 形状は大変によく似ています。サイズも、鴨遺跡木簡が160mm×32mm×6mmであるのに対して、木簡パスポートは160mm×30mm×6mmです。幅が木簡パスポートの方が2mm短いだけで、あとは同じです。

 木簡パスポートのモデルは鴨遺跡木簡と考えてよいでしょう。本文は、上部が鴨遺跡木簡では「遠敷郡」であるのに対して、木簡パスポートでは「若狭国遠敷郡」となっており、「若狭国」が加筆されています。下部の1行目は両者同じです。下部の2行目は、鴨遺跡木簡が「秦人足嶋庸米六斗」であるのに対して、木簡パスポートは「秦人庸米六斗」となっており、「足嶋」という人名がカットされています。

 「若狭国」を書き加えたのは、博物館の名称が福井県立若狭歴史博物館だからではなかろうかと思います。

 「足嶋」をカットしたのは、フルネームだと個人情報保護の観点から問題が生ずるからでしょう。

……なんてはずはありませんね。(^_^)

 「若狭国」を書き加えた分、どこかを削る必要が生じたからでしょうか。

 博物館などで、実物の代用として展示するレプリカは、限りなく実物に近いことが求められましょうが、今回のような木簡パスポートは、それとは性格が異なりますので、改変しても良いということでしょう。さらに言えば、複製と贋作とは紙一重でもありますので、現物の趣は残しつつも、あえて現物とは違ったものとして作成したということがあるのかもしれません。

 なかなか面白いことが分かりました。

 でも、鴨遺跡木簡そのものについて、もっと興味深いことがあります。

 この木簡には「遠敷郡遠敷郷小丹里」とあります。郡郷里制下のものですので、この木簡の時代は霊亀三年(717)~天平十一年(739)と考えられます。ところが鴨遺跡木簡の時代は、伴出土器の年代から九世紀後半と考えられるとのことです。しかも同じ出土層から貞観十五年(873)の年紀のある木簡が出土しているということです。この100年以上(150年を越えるかもしれません)の年代のズレをどう理解すればよいのか。

 さらにもう1つ。なぜこの木簡がこの遺跡に埋っていたのか。この木簡は文面から荷札であることが明らかです。荷札であれば、諸国から都へ税として運ばれる物産に付けられ、都に着けば、役目を終えて廃棄されるか、あるいは表面を削って再利用されたことでしょう。従って、荷札木簡は一般的に終着地(藤原京、平城京など)で出土します。

 鴨遺跡は琵琶湖の西岸、北の方に位置します。若狭から都への道中です。どうしてそこからこの木簡が出てきたのか。輸送中に落ちたのかと考えましたが、路傍に落ちたのなら、その場で長年月を経て朽ち果てたことでしょう。遺跡から出土することはありますまい。

 都へ輸送中に賊に襲われて奪われたのでしょうかね。鴨遺跡は賊の根拠地だったとか。

 2つ、大きなナゾです。

 『木簡研究』も『日本古代木簡選』も、ともにそのナゾに触れてはいますけれども、どう理解すべきか苦慮しているようです。『木簡選』には、「(地名の記載方法から推定される年代と)伴出遺物から推定される年代との間の差をどう考えるかは、遠敷郡の庸米が何故ここで消費されたかという問題とともに、この遺跡の性格を考える場合に重要であろう。」とあります。2つのナゾはリンクしていそうですね。この遺跡は、部分的にしか発掘されておらず、「面的に遺構の性格を追求する調査は実施されていない」とのことです。

 興味深いですねぇ。昨日、予告して1日お待ち頂きましたけれども、ご期待に添えたのではないかと思っています。(^_^)

2017年3月26日 (日)

木簡のレプリカ

 木簡のレプリカを入手しました。入手先はまたネットオークションです。
Onyumokkan01
 長さは16cmほどです。

 裏はこのようになっています。
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 上の方に捺してある朱印の印文は鮮明で「若博特別展」と読めますが、他に4つ捺してある朱印は、左下の文字が「寺」と読めそうなものはあるものの、全体的になかなか解読困難です。他に4299という黒字の数字があります。
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 「若博」の文字を手がかりにググってみましたら、次のようなポスターが見つかりました。
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 このポスターやその他の記事を参照すると、この木簡は、福井県立若狭歴史博物館が配布した「木簡パスポート」であることが分かりました。この木簡パスポートを、対象となる寺社や博物館等で提示すると、ポストカードが貰えたり、入館料の割引を受けられたりするようです。また、裏面は朱印帳代わりになります。

 このイベントはもう終わってしまったようですけど、こういうのいいですね。紙のパスポートよりずっと楽しいです。長さ16cmならば嵩張りませんし、軽いし、くしゃくしゃにもなりません。

 この木簡パスポートには、「遠敷郡遠敷郷小丹里」という地名が書いてあります。若狭歴史博物館の所在地のあたりがちょうど小丹里に当たるそうで、それもバッチリです。

 「遠敷」は「おにゅう(をにふ)」と読みます。古くは「小丹生」と書いていたのですが、奈良時代の初め頃に、全国の郡里名は全て二字表記に統一されることになり、「小丹生」は「遠敷」と改められました。「遠(をに)/敷(ふ)」ですね。本来の語構成を無視した表記で、二字表記化の命令でもなければ思い付かないような表記でしょう。

 朝廷の意向は二字表記に加えて、良い文字を使うようにということもありました。「敷く」には治める、統治するという意味もありますので、「遠敷」は遠い後の世までもこの土地が平和に統治されているように、という意味も重ね合わされているのではないでしょうか。

 二字表記化の命令は和銅六年(713)の風土記撰進の詔の第一条がそれにあたるものと考えられてきましたが、「遠敷」と書いた和銅四年の木簡が見つかっているので、二字表記化の命令は実は和銅四年以前にさかのぼるのではないか、ということを論文に書いたことがあります。

 そんなことがありましたので、遠敷木簡には思い入れがあり、それで今回このレプリカを入手したく思いました。

 さてこの木簡パスポート、本物の木簡の忠実な複製なのか、あるいは全くの創作なのか調べてみました。

 これに関しては、また面白いことが出てきたのですが、ちょっと資料で確認しなくてはなりません。明日、確認の上、改めてアップします。もしも明日、木簡以外の話題(たこ飯の駅弁とか(^_^;)がアップされたとしたら、資料確認の結果、ナゾが深まって書けなくなってしまったとお考えください。(^_^;

2017年2月28日 (火)

六合えむプロジェクト2016の成果物

 今回の六合えむプロジェクトの主な成果物は、「六合ことのは図鑑」、えはがき、ポスターなどです。

 ことのは図鑑の表紙。
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 2ページ目。
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 3ページ目。
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 裏表紙です。
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 以下、えはがきを。

 野反湖です。手前に横に並んでいる足跡は、うさぎのだそうです。♪
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 チャツボミゴケとユオウゴケ。なお、六合地区のチャツボミゴケは、今年の2月9日(つい最近ですね)、国の天然記念物に指定されました。
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 やまのもん(左がはるのもん、右があきのもん)。
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 すげむしろ。
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2017年2月12日 (日)

ストレスチェック&「ご健在」

 「労働安全衛生法」が改正されて、労働者が50人以上いる事業所では、労働者に対して毎年1回ストレスチェックを実施することが義務付けられたそうです。

 そんなわけで、うちの職場でもやっています。去年の秋頃でしたか、調査票を書いて提出しました。そのことはもうすっかり忘れていましたが、先日、その結果が届きました。

 結果通知の一部です。
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 もう1つ。
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 どうやら、私のストレスは少ないようです。(^_^)

 職場環境は良さそうですね。確かに同僚の教員間や学生との間にストレスはありません。32年間、ほぼ同様だったのは幸いなことです。←「ほぼ」というのはツッコミどころかもしれませんけど、まあ。(^_^)

 それに比べると「生活の健康度」はあまり高くありません。自覚的には、毎日お気楽に暮らしているつもりなのですけど……。

 運動や睡眠に気を配ることにします。

 話は違いますが、学生からレポートがメールの添付ファイルで届きました。そのメールに、「先生の最後の授業に参加できてうれしく思います。これからもご健在でいてください。」とありました。

 「ご健在」はおかしかろうと思いました。「元気で生存していてください」ということですよね。普通、「ご健勝」か「ご壮健」かではなかろうかと思いました。

 でも、念のため日国を見てみましたら、

けん‐ざい【健在】〔名〕(形動)
(1)達者に暮らしていること。さわりがないこと。また、そのさま。壮健。
(2)それまでと変わりなく、十分に力や能力を発揮していること。また、そのさま。
     〈用例省略〉

とありました。

 それなら、「健在」でも全く問題ないことになります。

 私の理解が間違っていたのか、それともこの語の慣用的な用法の問題なのか。

 考えることが多いとストレスが増しそう。(^_^)

2017年1月31日 (火)

穂の国豊橋&大失態

 豊橋駅構内でこのような看板を見ました。「ほの国 豊橋」とあります。
Honokuni01
 このような行き先表示板も。「穂の国とよはし芸術劇場」です。
Honokuni02
 また、駅の近くには「ほのくに百貨店」もあります。

 このように、豊橋では「穂の国」という呼称が目に付きました。

 国造本紀に諸国の国造が地理的な順に排列されていて、東海道には、尾張国造-参河国造-穂国造-遠淡海国造、という順に並んだ部分があります。かつては参河国と遠淡海国との間に穂国があったのでしょう。

 やがて律令時代になると穂国は参河国に吸収され、「穂郡(ほのこほり)」となりました。位置は参河国東部、今の豊橋あたりです。

 平城遷都の頃、郡郷名は漢字二字の好字で記すことになり、この郡の表記は「宝飫郡」となります。こう書いても、読みは「ほのこほり」だったことでしょう。「飫」は「あきる」「たべあきる」という意味の漢字ですので、「宝飫」は宝がありあまるほどある、といった意味になりましょうか。好字ですね。(^_^)

 ところが「飫」という文字はあまり使われない文字である故か、誤写されて「宝飯郡」となり、読みも「ほい」となったようです。

 現在の「穂の国」アピールは古代回帰でしょうか?

 「宝飫」という表記は、「木国(きのくに)」を「紀伊国」と表記したのと同様のパターンです。「ほの国」はこの地では「ほぉ」と発音したからこそ、「紀伊型」による二字化が可能だったと推定されます。これが「紀伊型」地名表記の東限で、フォッサマグナの西に当たる、といった話を先日のフォーラムでしました。もう1つ、越後国頸城郡にもこのパターンの郷名表記があります。その地は糸魚川よりもやや東に位置しますので、フォッサマグナの西縁よりは東ですけれども、フォッサマグナ地溝帯の中には入ります。

 以上のようなことは、先日、当ブログに載せたレジュメに書きました。

 さて、ここからが大失態の話になります。

 昨夜、蜂矢真郷先生からメールを頂きました。蜂矢先生は当ブログに掲載のレジュメをご覧くださったのです。

 「紀伊型」の郡郷名には、もう1つ遠江国引佐郡渭伊郷がある、遠藤邦基氏に先行論文がある、という2点のご指摘を頂きました。

 早速両方確認致しました。

 私の大失態でした。今回の発表は、古代における参河と遠江との関係を考えてみようということで、「紀伊型」地名の分布は参河以西に限られるというのはその1つの論点です。西日本のどこかの郡郷名を見落としたのならば(こう言ってはナンですけれども)さしたることはありません。でも、よりによって、遠江の例を落とすとは……。この例をわざと隠したとさえ思われかねません。

 いえ、NHK大河の直虎を見ていて、「井伊」もひょっとしたら「紀伊」と同じパターンかもしれないなぁと思い、会場でもそのように発言したのですが、「井伊」の地名は後世のものと勝手に思い込んでいました。まさか和名類聚抄にすでにあったとは(表記は「渭伊」ですけれども)。

 あれこれ悔まれます。

 そして、遠藤氏の論文(昭和53年のものです)には、「紀伊型」郡郷名(こういう用語ではありませんが)は、遠江以西に偏在しているということが明記してありました。

 蜂矢先生は、「渭伊」については、「遠江の例とは言っても、三河にかなり近いところです。」と言ってくださり、遠藤論文についても「著書に収められていない(多分ですが)ためか、意外に知られていません。」と、それぞれにフォローしてくださり、ありがたいことと存じています。

 今後はもっと慎重であらねばと深く反省しています。

 ただ、不幸中の幸いだったのは、今回の発表は単行本に収録されることになっており、そこで訂正することができることです。蜂矢先生がご教示くださったお蔭で、訂正が可能になったことは何ともありがたいことでした。改めて御礼申し上げます。

2017年1月 6日 (金)

土屋文明記念文学館で方言の企画展

 以前、チラとお知らせしましたように、群馬県立土屋文明記念文学館で方言の企画展があります。
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 チラシの裏です。
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 方言そのものだと展示がしにくいのか、あるいは文学館ゆえか、井上ひさし、伊藤信吉を絡めた企画です。確かにこの方が立体的な企画展という感じがします。

 チラシに載っている井上ひさしの『國語元年』用の地図です。
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 「おやすみなさい」を東京の下町で「おひけなさいあし」と言っているのにちょっと驚きました。少し形は違いますけど、さる筋の業界用語である「おひけえなすって」と似ているなぁと思いましたので。

 同じくチラシから伊藤信吉の原稿。
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 作家のナマ原稿はいいですね。今後、原稿が電子ファイルばかりになってしまったら、もうこういう世界はなくなってしまいますね。

 記念講演会が2本あります。
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 同僚の新井先生も協力しています。
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 同じ群馬県立の組織同士、様々に協力し合えたらと思います。

2016年10月24日 (月)

石川九楊氏の書展

 石川九楊氏の書展が神田神保町で開催されています。

 10月30日(日)まで、会場は朝日神保町プラザ205のギャラリー「白い点」です。

 以前、勤務先で開催されたリレー講座「日本のことばと文化」でご講演をお願いして以来の御縁で、ご案内を頂きました。

 私が伺ったときは会場にいらしていて、御著書に私の名前を書いてくださいました。
Kyuyo201610
 私の名前の下にローマ字でSAMAとあります。左下がご本人の署名と思いますが、どこがどうやら読めません。(^_^; 前衛書ですね。

 良い記念になります。

2016年10月15日 (土)

道標の左右表記のナゾ

 道標というのは、普通は道が分岐しているところに設置してあるものと思います。分かれ道に来て、はて目的地は右か左かという時に、それを教える役割を果たしています。

 先日の奈良出張中に、久米寺の前に下のような道標がありました。
Michishirube01
 右へ行く道に「右~」、左へ行く道に「左~」と書いてあれば分かりやすいのに、なぜ左右が逆なのだろうかと疑問に思いました。一昨日、そのことを当ブログの「久米寺をゆく」で書いたところ、源さんの後輩さんから、これは理にかなっているとのコメントを頂きました。理解力の足りない私はあまり納得できなかったのですが、例を集めてみることにしました。材料は私のハードディスクです。字が好きなもので、今まで旅行中に道標の写真もそこそこ撮っているはずだと思い、探してみました。

 下は群馬県太田市内の追分にあったものです。右左は実際の通りです。ただ、右左の記述は同一平面上ですので、その点が90度の角度で記されている久米寺前の道標とは異なります。
Michishirube02
 下は岐阜市内にあったものです。これも左右の記述は同一平面上にあり、これとは別に90度の角度の面には「北たにくみ道」とあります。
Michishirube03
 下は群馬県高崎市新町の中山道沿いにあったもの。新しいですが、江戸時代のものを復元した可能性があります。これも左右の記述は同一平面上です。
Michishirube04
 下は大阪府南河内郡太子町にあったもの。これは左右の記述が90度の角度で記されています。久米寺前のと正反対ですね。
Michishirube05
 下は二上山山中にあったもの。新しいものです。左右の文字はなく、矢印で示されています。
Michishirube06
 一方、久米寺前のと同じように左右が逆のものもありました。下は大垣市内にあったものです。四角柱ではなく円柱ですが、久米寺前のものと同じ方式と考えられます。
Michishirube07
 下は高崎市内にあったもの。佐野へ行く途中です。新しい木の柱ですが、「左 婦ぢおか(藤岡) ちゝぶミち」とあるところをみると、石碑に彫られた文字をそのまま翻字したものかと思われます。
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 すみません。まだ例を示しただけで、分析、考察に到っていません。この問題、もう少し考えてみます。

2016年10月 2日 (日)

「盛り土」の読みについて

 東京の豊洲市場問題で「盛り土」という語が盛んに登場しています。

 それを「もりど」と発音していますけど、「盛り土」の読みは「もりつち」なのか「もりど」なのか。朝日新聞社に小泉純一郎元首相からも質問が寄せられたとのことで、アサヒコムに採り上げられています。

 それによれば、大手ゼネコンの広報担当者に聞いたところ、「私たち建設業界では、造成工事で山の土を崩して平らにならすことを、『切り盛りする』と言うんです。そこから、切(き)り土(ど)、盛(も)り土(ど)、とも言います。一種の専門用語というか、業界用語です。正しい日本語ではないかもしれないですが……」という回答だったそうです。「そこから」以下、なぜ「土」を音読みするかの答えにはなっていませんね。業界用語ということは分かります。

 そして、国語学者の金田一秀穂氏に聞いた答えが書いてありました。そこには重箱読み、湯桶読みについてのどうということのない説明の後に、「一般用語を使わず、仲間うちだけに通じる特別な言い方をして仲間意識を高めたり、権威やヒエラルキーを示したりすることがあるんですが、これもその一種ではないでしょうか」とあります。

 ま、「もりど」という読みにそこまでの意味合いがあるかどうかは何ともです。

 記事の最後は、この金田一氏の発言を受けて、「そういえば、自治体関係者は「首長(しゅちょう)」を「くびちょう」と読むことがありますね。」と結ばれていました。

 これ、例として適切でしょうかね。

 「首長」を「くびちょう」と読むのは、耳で聞いた時に「主長」と区別するためで、「化学」を「ばけがく」と読んだり、「私立」を「わたくしりつ」と読んだり、「試案」を「こころみのあん」と読んだりするのと同様だと思いますけど。

 ちなみに日国では、「首長」の項に次のようにあります。(用例省略)

(1)集団・団体を統率する長。主宰者。かしら。主長。
(2)行政機関の独任制の長官。特に内閣総理大臣。知事、市町村長などをさすこともある。

 つまり、(1)は「首長」とも「主長」とも書くことがあるけれども、(2)の方は「首長」としか書かないということですね。用例には、「外国の首長」「首長たる内閣総理大臣」が挙がっています。行政の専門用語ということになりましょう。

 ニュースに登場する「しゅちょう」はあらかた「首長」の方なので、それを明示するために「くびちょう」と読んでいるのでしょう。同音異義語のバッティングを避けるためですね。

 「盛り土」を「もりど」と読むのも、もしかしたら一般的に用いる「もりつち」とは違う概念だということを示すためかもしれないと思えてきました。

 またまたちなみに、日国では「もりつち」の項に「土地収用法〔1951〕七五条「修繕又は盛土若しくは切土をする必要が生ずるときは」」という例が挙がっていました。ここに登場する「盛土」「切土」って、冒頭の大手ゼネコン関係者の言葉に登場するものと重なりますね。日国では「もりつち」の用例として挙がっていますけど、漢字表記ですので、読みは「もりど」か「もりつち」か分かりません。

 この法律の文言、建設業界の用語を利用したのか、それとも建設業界の方でこの法律に則した用語を使うようになったのか、先後関係が分かりませんが、密接な関係がありそうです。深そうです。

 この新聞記事のゼネコン関係者、金田一氏、新聞記者、みな踏み込み不足と思われます。
Gunmac_tsuruhashi

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