群馬学

2022年2月 3日 (木)

第40回群馬学連続シンポジウム

 間際になってしまいましたが、今週の土曜日2月5日に、群馬県立女子大学で第40回の連続シンポジウムが開催されます。
Gunmagaku40a
 テーマは、「関東に「北」はあるのか」です。

 趣旨は以下の通りです。
Gunmagaku40b

 また、内容は以下の通りです。
Gunmagaku40c

 コロナ禍のため、開催方法は全面オンラインになりました。
 そして、申し込みは本日締切です。
 お知らせが遅くなってしまいました。すみません。

2021年9月22日 (水)

第39回群馬学連続シンポジウム

 元勤務先で、10月16日(土)に群馬学連続シンポジウムが開催されます。
 テーマは、「ミュージアムと地域のステキな関係」です。
Gunmagaku39a
Gunmagaku39b

 全面的にZoomで開催とのことです。
 無料で、どなたでも参加できますが、事前申し込みが必要で、定員は80名とのことです。
 詳細や申し込みは、こちらから。
https://www.gpwu.ac.jp/info/2021/09/39-2.html

 私は、萬葉学会の第1日目(こちらも全面Zoom)と重なってしまいました。
 掛け持ちも可能かもしれませんが、定員80名では、それは遠慮すべきものと思います。

2020年1月20日 (月)

渋沢栄一と青い目の人形

 今度の土曜日、群馬県立女子大学で第38回群馬学シンポジウムが開催されます。
Gunmagaku38a

 渋沢栄一というのは、来年のNHK大河を意識したものでしょう。
 タイミングがちょっと早いかも。

 趣旨は次の通りです。字が小さくて済みません。
Gunmagaku38b

 講師・司会は以下の通りです。これまた字が小さくて。
Gunmagaku38c

 日米友好のためにアメリカから贈られた青い目の人形のことは承知していましたが、渋沢が関係していたことは知りませんでした。
 ググってみたところ、人形が贈られたのは昭和2年で、アメリカ人宣教師のシドニー・ギューリック博士が提唱し、渋沢がそれに共感してこの事業の仲介を担ったとのことです。
 贈られた人形は1万2700体以上に及ぶそうですが、太平洋戦争中にアメリカを敵視する風潮の下、敵性人形としてその多くが処分されたり、戦災で失われたりしたとのことです。竹槍訓練の標的にされたものもあったそうで、なんとも無残なことです。
 それでも、処分を忍びなく思った人々が密かに匿ったこともあって、現在335体の存在が知られているそうです。
 そのうちの1体が玉村小学校にあるとのことで、これまた初めて知りました。
Gunmagaku38d

 シンポジウムの当日、会場に展示されます。来日以来93年。よくぞ大切に保存してくれていたものと思います。

2019年11月25日 (月)

萩原文庫シンポジウム「紋章の地域学」

 今週末、11月30日(土)に群馬県立女子大学で萩原文庫シンポジウムが開催されます。テーマは「紋章の地域学」です。
Hagiwara08a

 チラシ裏。
Hagiwara08b

 趣旨は次の通りです。字が小さくて。
Hagiwara08c

 プログラム。
Hagiwara08d

 登壇者略歴等。
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 どうも、切り貼りばかりで。(^_^;

 私、子どもの頃から家紋に興味がありましたので、心惹かれます。
 行くかどうかよくよく考えてみます。

2019年9月 3日 (火)

シンポジウム「近代化遺産総合調査の30年」

 間近になってしまいましたが、今度の日曜日、9月8日にこのようなシンポジウムがあります。
Hagiwara07a

 群馬県立女子大学の萩原文庫シンポジウムです。
 10:00~16:00というのは長丁場ですね。

 趣旨は以下の通りです。
Hagiwara07b

 内容は以下の通り。講演が5本、そしてパネルディスカッションです。
Hagiwara07c

 どうも、切り貼りばかりで。(^_^;

 私は、あいにくこの日は自分の講演がありますので、行けません。

2019年5月 9日 (木)

シンポジウム「新田源氏研究の最前線」

 明後日、第37回の群馬学連続シンポジウムが開催されます。テーマは「新田源氏研究の最前線」です。もっと早くお知らせすれば良かったです。
Gunmagaku37a
 趣旨は以下の通りです。
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 「上毛かるた」に「歴史に名高い」と詠まれる新田義貞は、群馬県で最も有名な歴史上の人物です。群馬県人は新田義貞のことを、「鎌倉幕府を倒した源氏の嫡流」と顕彰する一方で、「足利の後塵を拝した愚直な武将」と惜しむ心性を少なからず持っていますが、それは歴史の断片を捉えたに過ぎません。そもそも、「歴史に名高い」の意味は、それが詠まれた70年前と現在とで、はたして同じなのでしょうか。
 本シンポジウムでは、「新田源氏の名門意識が700年の武家社会の中で生き続けたのはなぜか」ということについて、一線の研究者から最新の知見を引き出すとともに、新田源氏のブランド力の意味と価値について県民と意見を交わし、群馬の文化的ポテンシャルの発見とその活用を展望します。
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 群馬県立女子大学の講堂は工事中とのことで、会場は学内ではなく、玉村町文化センターです。

 現在、群馬県立歴史博物館で次のような展覧会が開催されています。
Gunmagaku37b
 これとコラボです。同じ県立の施設同士の連携、良いことと思います。
Gunmagaku37c
 私はこの日、午前中から午後に掛けて高崎で仕事なので、開始時刻の13時には行けません。遅れて行くか、行かないか、思案中です。

2019年2月19日 (火)

群馬の土木遺産の魅力

 3月3日(日)に群馬学連続シンポジウムが開催されます。タイトルは「群馬の土木遺産の魅力」です。
Gunmagaku36
 趣旨は以下の通りです。
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 平成2(1990)年、日本全国の近代の建造物や構造物の調査と保存を目指した「近代化遺産総合調査」が群馬県と秋田県で初めて実施されました。その結果、本県の特徴は絹産業や交通、電力関係の土木に関する優れた近代化遺産が豊富に残っていることでした。その後、絹産業は世界遺産の登録などで広く知られるようになりましたが、交通や電力の遺産はあまり知られることがありませんでした。

 しかし近年、全国各地でダムや橋などの土木遺産への関心が高まり、県内の土木遺産も各種の報道や特集番組などで紹介されるようになってきました。また、四半世紀継続してきた近代化遺産総合調査が遂に完了し、わが国の近代化の全体像が遺産から明らかになってきました。そこで、この調査の総括、そして日本全体の視点から見た群馬県の土木遺産とその魅力について土木工学史、鉄道技術史の専門家に語っていただくシンポジウムを開催します。
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 最近、ダムがブームだそうですね。

 今回は私は行くかどうか分かりません。(^_^;

 そろそろ、また古代や文学や言語を取り上げて欲しい気がします。

2019年2月 2日 (土)

萩原文庫シンポジウム「西上州・東上州の誕生」

 今日は、群馬県立女子大学で開催された、第6回群馬学センター萩原文庫シンポジウムを聴きに行きました。テーマは、「西上州・東上州の誕生-交感する中世の神話と歴史-」です。
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 学長挨拶 群馬県立女子大学 小林良江学長
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 趣旨説明 群馬学センター副センター長 簗瀬大輔准教授
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 簗瀬氏が手に持っている本は、萩原進氏の著書です。萩原氏が上州を東西に分けて考えていらしたので、それで、今回のテーマに繋がったものと思われます。
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 講演「『神道集』にみる信仰圏の東西-編者の視座を探る-」
  群馬工業高等専門学校 大島由紀夫教授
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 講演「上野神話の空間認識-西七郡の謎と幻の上野国について-」
  育英短期大学 佐藤喜久一郎講師
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 パネルディスカッション。
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 東西の境は利根川だそうです。南北朝時代には東西に分ける考え方が存在したということで、その時代に成立した『神道集』が取り上げられました。今回は専ら『神道集』でしたが、今後、様々な観点から上州の東西を考えてゆくそうです。

 正直、『神道集』だけでは、あまりピンときませんでした。今後、回数を重ねて、多角的に考えてゆくことで何か見えてくるのではないかと思います。

 200名入る教室がほぼ埋っていましたので、来聴者は170~180名くらいあったのではないかと思います。大盛況です。ただ、あらかた中高年。若い人にももっと来て貰いたいです。そんな中、私の演習を履修している学生が2名来ていました。このシンポジウムのことは、私は全く宣伝も勧誘もしていません。完全に自由意志での来聴です。立派です。(^_^)

2019年1月 7日 (月)

第6回萩原文庫シンポジウム

 2月2日(土)に、群馬県立女子大学で、第6回群馬学センター萩原文庫シンポジウムが開催されます。
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 テーマは、「西上州・東上州の誕生」で、趣旨は以下の通りです。

 萩原進はその著作『西上州・東上州』(上毛新聞社、1978年)において、様々な角度から上州の東西の地域性とその差違を論じている。つまり、「西上州・東上州」(あるいは西毛・東毛)は群馬県の地域区分の基本構造と理解できるのだが、上州を西と東で区分するという観念は南北朝時代の成立とされる『神道集』にすでに読み取ることができる。では、中世の人びとはなぜ上野国に、西という地域と東という地域があると認識するようになったのだろうか。そして、そのときの西と東とはどこで、何がそれを画したのだろうか。さらに、上州の東西意識がなぜ南北朝時代に顕著になったのだろうか。中世という時代にプログラムされた上州人の地域観を神話と歴史の双方の世界から解析してみる。

 なんか面白そうです。

 群馬県の最東部、館林のあたりは、隣県栃木県の足利・佐野あたりとの交流が深いということは承知していましたが、今回の話は群馬県をもっと大きく東西に分けて考えようということのようです。

 パネリストは次の方々です。
Hagiwara06b

 大島先生には非常勤講師としてご出講頂いている他、たびたびお世話になっています。ありがたいことです。

 私、多分出席すると思います。

2018年11月14日 (水)

シンポジウム「近世草津再考」

 群馬県立女子大学で次のようなシンポジウムが開催されます。
Kinseikusatsu01
 チラシの裏です。
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 シンポジウムの趣旨はこうあります。
Kinseikusatsu03
 字が小さいですね。

 「草津温泉の歴史を、病者の慈悲の薬湯、庶民の湯治の実態、旅館業者の競争、江戸との関係など社会史的な視点から再考察を試みる。」とのことです。

 なかなか興味深いです。

 とはいいながら、行かないかもしれません。日曜日なので。(^_^;
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