群馬学

2018年1月15日 (月)

ぐんま郷土史の黎明

 このようなシンポジウムが開催されます。
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 今週の土曜日ですので、あまり日はありません。
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 年に2~3回開催している「群馬学連続シンポジウム」とは別の催しです。群馬県立女子大学に、郷土史家の萩原進氏の蔵書が寄贈されたことにちなむシンポジウムで、こちらは第4回目となります。

 今回のシンポジウムの趣旨は以下の通りです。
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 行きたい気はしますが、ちょっと仕事が立て込んでいるので、行けるかどうかはっきりしません。

 定年退職したのに仕事が立て込んでいるって、いかがなものかと思います。(^_^;

2017年12月 9日 (土)

第34回群馬学連続シンポジウム

 今日は、群馬県立女子大学で第34回の群馬学連続シンポジウムがあり、行ってきました。

 テーマは「三国路がつなぐ共生の道-みなかみユネスコエコパーク登録記念-」です。

 司会の群馬学センター教授熊倉浩靖氏。
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 学長挨拶。濱口学長は9月末日をもって任期満了により、学長の職を退き、10月1日に小林良江氏が学長に就任しました。
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 みなかみ町町長の前田善成氏の挨拶。今回はみなかみ町も共催です。
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 基調講演の持谷靖子氏(三国路与謝野晶子紀行文学館館長)。
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 休憩を挟んでシンポジウムになりました。
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 パネリストは、左から持谷靖子氏、林泉氏(赤谷プロジェクト地域協議会会長)、安齋徹氏(群馬県立女子大学国際コミュニケーション学部教授)。
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 同じく、右から前田善成氏、司会の熊倉浩靖氏。
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 今回は全体的に散漫な感じがしました。サブタイトルに「みなかみユネスコエコパーク登録記念」とあり、林氏、前田氏のお二人はエコパークの話が中心でした。全体的にこのテーマに沿った形で、広げ、深めた方が良かったと思います。

2017年11月29日 (水)

第34回群馬学連続シンポジウム(予告)

 昨日ご紹介した上野三碑の国際シンポジウムとしっかり日程がぶつかっていますが、12月9日(土)には群馬県立女子大学で群馬学連続シンポジウムがあります。
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 今回のテーマは「三国路がつなぐ共生の道-みなかみユネスコエコパーク登録記念-」です。
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 上野三碑の「世界の記憶」登録ばかり気に掛かっていましたが、みなかみは今年の6月にユネスコのエコパーク(生物圏保存地域)に指定されていたのでした。日本ではまだ9件しか指定されていないそうです。

 今回のシンポジウムはその登録記念であるとともに、新潟へ行く北の道という意味もあります。

 ここ数年、群馬学シンポジウムは道と温泉をテーマにしてきました。道シリーズは以下の通りです。

 第26回 平成26年 6月 『日本のシルクロード・高崎線開業130年』
 第28回 平成27年 6月 『例幣使道と両毛線-家康400回遠忌にあたり、来し方行く末を考える-』
 第32回 平成28年12月 『長野とつなぐ3つの道 ―真田道・中山道・姫街道―』
 第34回 平成29年12月 『三国路がつなぐ共生の道-みなかみユネスコエコパーク登録記念-』

 高崎線は南への道、例幣使道と両毛線は東への道、真田道・中山道は西への道、そして今回の三国路は北への道です。

 基調講演の持谷靖子氏(三国路与謝野晶子紀行文学館館長)は、地元に伝わる民話を採集され、ご自身が経営している猿ヶ京温泉で宿泊客に民話を語っていらっしゃいます。群馬県立女子大学大学院の第1期の修了生でもあります。

2017年7月24日 (月)

ぐんま近代史事始め

 7月29日(土)に群馬県立女子大学で「ぐんま近代史事始め」というシンポジウムが開催されます。
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 群馬学センター萩原文庫シンポジウムの第3回目です。

 群馬県立女子大学では、平成16年以来、「群馬学連続シンポジウム」を開催し、今までに33回を数えています。

 一方、「萩原文庫シンポジウム」の趣旨は以下の通りです。

 萩原進氏(大正2年~平成9年)は、戦後の群馬県の歴史研究を牽引し、文化財や民俗調査、文学、ジャーナリズムまで幅広い分野で活躍されました。逝去後、膨大な資料や原稿がご遺族から群馬県立女子大学の群馬学センターに寄贈され、整理分析が続けられています。萩原文庫シンポジウムは、この分析・研究の成果を広く県民の皆様に知っていただくことを目的としたシンポジウムです。
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 前回までは、「群馬学センターシンポジウム」と呼んでいたのですが、この名称では「群馬学連続シンポジウム」と紛らわしいこともあり、今回から、「群馬学センター萩原文庫シンポジウム」と呼ぶことになりました。ちと長いですけど。

 今回のシンポジウムの趣旨は以下の通りです。
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2017年6月 8日 (木)

群馬学シンポジウム「草津温泉」

 今月の24日(土)に第33回群馬学連続シンポジウムが開催されます。今回は温泉シリーズの第4回で、伊香保、磯部、四万に続き、草津です。
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 今回は、文化・文学よりも、社会・経済が中心になりそうです。
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 たくさんの皆さまのご来校をお待ちしております。

 当日、私はあいにく都内で仕事があるため、参加できません。残念です。

2017年3月18日 (土)

浅間シンポに行ってきました

 今日は、先日ご紹介したように、勤務先で浅間山のシンポジウムがありました。タイトルは「浅間」ですが、内容は全て天明3年の浅間山の噴火でした。
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 通常の群馬学連続シンポジウムと異なり、会場は講堂ではなく一般教室です。
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 講演のトップは古澤勝幸氏(群馬県教育委員会埋蔵文化財主監)の「萩原進と浅間山天明噴火の研究」。
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 2番目は井上公夫氏(砂防フロンティア整備推進機構技師長)の「浅間山天明噴火による鎌原土石なだれと天明泥流」。
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 最後は中島直樹氏(玉村町教育委員会文化財係長)の「天明の噴火の泥流-玉村町の発掘調査から-」です。
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 浅間山の噴火については一応知っているつもりだったのですが、初めて聴くお話も多く、大変勉強になりました。

 噴火の被害は多岐に亘り、主なものだけでも
  1.火山弾・火山灰等による中山道や宿場等への交通・家屋・人的被害
  2.火山灰による関東地方への農業被害
  3.大規模な岩屑なだれによる鎌原村の壊滅的被害
  4.岩屑なだれが吾妻川に入って泥流となり、吾妻川・利根川流域の村にもたらした被害
などです。

 この泥流は東京の両国や千葉県の銚子にまで流れ下ったそうです。

 利根川の流れは玉村も通っています。当時の目撃談に、利根川の増水が進み、泥水に溶岩と家・諸道具・馬が一緒くたになって流れ、その中から助けを求めて泣き叫ぶ人の声が聞こえた、というのがあるそうです。

 沢山の方々が聴きに来てくださいました。
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 文系の学問は不要などと言われたくないですね。需要は大いにあります。いや、仮に需要が少なくたって必要な学問です。

 大勢来てくださって、大変にありがたかったのですが、実は年齢層はかなり高齢者に偏っていました。うちの学生を初め、若い人たちにも来てほしかったです。ま、学年末の試験も終わり、学生さん達の中にはとっくに帰省してしまったり、アルバイトの稼ぎ時だったケースも多かったことでしょう。3月半ば過ぎはそういう時期ですよね。時期的に仕方ないところかもしれません。

 私が毎年呼ばれて講演をしている前橋の「みくの会」の方がいらしていて、挨拶されたのは嬉しいことでした。地域貢献は公立大学にとって大事な責務と、改めて思いました。

 群馬学センターに萩原進氏のご遺族から寄贈された多くの資料があります。その中に吾妻川・利根川の泥流を描いた図があるというので見せて貰いました。下はその一部です。
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 中村、やき原(八木原)、半田という地名が見えます。八木原は当ブログにも何度か登場している私の家の最寄り駅です。

 八木原は「無難」とあり、被害はなかったようです。確かに八木原は利根川からやや離れていて、標高も少し高いです。

 一方、半田は「半分土入」とあります。半田の方が利根川に近く、標高も低いので、被害が出たのでしょう。昭和30年代に利根川が氾濫して半田は水につかったと聞いたことがあります。

 そういったことは、土地勘があるとよく理解できますね。

2017年3月 6日 (月)

浅間山のシンポジウム

 来週の土曜日、勤務先でこのようなシンポジウムが開かれます。
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 年に2~3回開催している「群馬学連続シンポジウム」とは別枠です。
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 タイトルは「浅間」ですが、どうも、天明3年の浅間の大噴火による災害のことが中心になりそうです。

 年度末でお忙しい時期と思いますが、関心のある方はぜひお越しください。

2016年11月18日 (金)

長野とつなぐ3つの道

 来月3日(土)に第32回群馬学連続シンポジウムが開催されます。
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 テーマは「長野とつなぐ3つの道 ―真田道・中山道・姫街道―」です。
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 趣旨は以下の通りです。

 群馬は内陸の十字路として大きな役割を果たし、地域の繁栄と文化の礎としてきた。南に向かう高崎線と関越道、東に向かう例幣使道と両毛線に続き、西、長野に向かう3つの道を考える。
 大河ドラマで重要性が再認識された真田道、今年設営400年を迎えた碓氷の関所を擁す中山道、世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」成り立ちの基盤ともなった上州姫街道。3つの道が育んできた歴史と文化を温め、長野との新たな交流と連携を知る。

 今回は西隣の長野県との交流を意識したものですね。

 最近の群馬学連続シンポジウムは、交通と温泉を取り上げることが多くなっています。

 交通関係には次のようなものがありました。

 第26回 平成26年6月21日 「日本のシルクロード・高崎線開業130年」
 第28回 平成27年6月13日 「例幣使道と両毛線-家康400回遠忌にあたり、来し方行く末を考える-」
 第29回 平成27年10月17日 「関越自動車道全線開通30周年 高速道路がひらく社会参加と新しい暮らし」

 高崎線は東京・神奈川方面との交流、両毛線は栃木との交流、関越自動車道は東京や新潟との交流ですね。そして今回の長野との交流。周囲との交流をテーマにするのはこれで一段落でしょうか。

 「真田道」が取り上げられているのはタイムリーですね。(^_^)

 参加したいのですが、この日はあいにく大阪で学会のため出席できません。残念です。

2016年7月12日 (火)

第31回群馬学シンポジウム「四万温泉」

 7月30日(土)に第31回目の群馬学連続シンポジウムが開催されます。
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 今回のテーマは四万温泉です。伊香保、磯部と続く温泉シリーズの第3回目となります。
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 四万温泉は中之条町にあります。中之条町には真田道が通っていますので、ひょっとすると「真田丸」絡みの話題もあるかもしれません。

 詳細は大学HPをご覧ください。→こちらです。

 今回のシンポジウム、私も聴きに行きたいのですが、残念ながら別の用事とぶつかってしまったので、参加できません。(^_^;

 なお、タイトルの「世のちり洗う四万温泉」というフレーズは、上毛かるたの「よ」の札の句です。

2015年12月26日 (土)

磯部をゆく(1)温泉記号のナゾ

 今日は磯部に行ってきました。本当は12日の群馬学連続シンポジウムの前に行きたかったのですが、時間が取れず、行きそびれてしまいました。群馬学シンポジウムは終わったものの、それを経たことで、さらに行きたくなりました。

 当初予定していた23日(水・祝)は天気が悪かったために延期し、今日、やっと行けました。お天気も良く、風もなく、暖かな良い日でした。(^_^) 延期して正解でした。
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 目に付いたのは、「日本最古の温泉記号の地」のアピールです。

 まずは、磯部駅前。格子状に見えるのは、ライトアップの配線のようです。最近、駅前広場をライトアップするのが流行っていますね。
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 そして、駅から5分ほどの所にある磯部公園の中央部にもこのような石碑が。
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 公園から西に降りていった所にある足湯の脇にも石碑が。柱との位置関係が悪いので、正面から撮れません。(^_^;
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 土地争いの判決を幕府が下した、その絵図にこのマークが付いているということで、ここの石碑にはその絵図が刻まれています。

 町中の至るところに、この旗。町を挙げて「温泉記号発祥の地」をアピールしています。
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 それに水を差す気はないのですが、ちょっと引っ掛かるところがあります。

 以前、当ブログの「磯部温泉のこと(3)」に書きましたように、磯部の鉱泉が大規模に噴出したのは天明3年(1783)のことのようです。ただ、安永3年(1774)以前に成立したとおぼしき『上野志』に「磯部村 此所塩の涌き出づる所あり。」と書かれていますので、安永3年以前にも、小規模にでも湧出はしていたのでしょう。でも、その湧出時期は、この絵図の描かれたという万治4年(1661)までさかのぼりうるものかどうか。だとすると、万治4年(1661)のものというこの絵図に温泉記号が描かれうるものかどうか。

 (その後、「磯部温泉のこと(2)」を一部修正しましたように、『上野志』の成立年代は未詳とすべきことが判明しましたので、上文を修正しました。)


 さらに不審なのは、今でこそ磯部は高温の湯が出て温泉になっていますけど、湯が出たのは近年のことで、それ以前は冷泉だったということです。大正12年3月刊行の『碓氷郡志』に磯部鉱泉の泉質分析結果が載っていて、そこには鉱泉の温度は「摂氏 一六度六」とあります。

 温泉記号で3本ゆらゆらっとしているのは湯気でしょうね。16度6分では湯気は立ちますまい。

 絵図にある温泉マークらしきものは、ひょっとすると90度ほど左向きに回転させて見るべきものかとも思いました。下のように。
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 これならば、ゆらゆらっとしているのは、湯気ではなく、湧出している鉱泉の流れと見ることができそうです。

 でも、絵図には建物も描かれていて、その向きからは、このままが正しいようですので、不審が消えません。
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