古代群馬

2017年10月 5日 (木)

世界の記憶、審査日程

 上野三碑が国内候補に選ばれていた世界記憶遺産(今は、「世界の記憶」というそうです)、今年の夏に審査結果が出るとのことでしたが、秋になっても情報がありませんでした。

 それが、昨日の上毛新聞(ネット版です)に記事がありました。

 「世界の記憶」の登録を審査する国際諮問委員会は、10月24日~27日にパリで開催されるそうです。

 さて、どうなりますか。決まると良いです。

 国内候補には、他に、ナチス・ドイツの迫害から多くのユダヤ人を救った杉原千畝の資料が選ばれています。

 上野三碑と杉原リスト、時代も性格も大きく異なります。

 杉原リストは上野三碑のライバルということではなく、去年の3月には、共同シンポジウムが開催されました。
Sanpisugihara01
 両方とも認定されたら最高です。

2017年10月 1日 (日)

「海を渡ってきた馬文化」展

 高崎市の群馬県立歴史博物館でこのような展覧会が始まりました。
Umiuma01
 内容は以下のような五部構成のようです。
Umiuma02
 古代、群馬県は日本有数の馬の産地でした。1500年前の榛名山の噴火で埋まってしまった黒井峯遺跡からは多数の馬の足跡や牛馬の家畜小屋も見つかっています。同じく榛名山の噴火の被害に遭ったよろい人骨も、着用していたよろいは乗馬に適したものとされています。

 考えてみれば、馬は大陸から渡ってきたのに、どうして内陸の群馬県が馬の産地になったのでしょうかね。

 今回は、よろい人骨の復顔が初めて展示されるようです。これも興味深いです。

2017年8月11日 (金)

戻ってきた三碑レプリカ

 高崎駅構内に置かれていた上野三碑のレプリカ。
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 8月5日に高崎まつりがあるため、一時的に撤去されて、代わりにだるまが置かれていました。
Takasakieki201706a
 高崎まつりが終わったので、上野三碑、帰ってきました。(^_^)
3pireplica05
 以前は通路の真ん中に置かれていたので、ちょっと邪魔だったのですが、今回は少し左に寄せられていました。

 さて、1枚目の写真では画面左端にロッテリアがわずかに写っています。

 今、このロッテリアの場所は板で囲われていて、何かポスターが貼ってあります。

 これです。
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 成城石井が引越してくるようです。高崎駅も変わって行きます。

 上野三碑が世界記憶遺産に認定されるのかどうかはこの夏に決まるということでした。もうじきですかねぇ。どうなりますやら、気になります。

2017年6月27日 (火)

だるまに追われた上野三碑&ぐんまちゃん

 高崎駅構内の通路に陣取っていた上野三碑のレプリカ。
3pireplica01
 今日はなくなっていました。

 変わって登場したのは大きなだるまです。
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 高崎の恒例行事、高崎まつりの宣伝です。ま、仕方ありませんね。(^_^; 高崎まつりが終わったら、また復活することでしょう。

 撤去された上野三碑はどこへ行ったのかと思ったら、上信電鉄の駅への通路にありました。ちょっと逆光。
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 上野三碑は上信電鉄の沿線にありますので、本当はこちらの方が相応しい場所かもしれません。

 高崎駅では、上信電鉄駅の近くで道路工事をしていました。そこにぐんまちゃんが。
Takasakieki201706c
 近くに見張り員がいました。撮影後、その人の前を通ったら、にっこりされました。あの人もぐんまちゃんファンだったのかもしれません。
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 なお、このぐんまちゃん、高崎駅構内のぐんまちゃんショップでも売っています。店頭には見本があるだけで、注文を受けてメーカーから直送だそうです。←あ、一応問い合わせ済みです。(^_^;

 欲しいなぁとは思いながら、場所塞ぎなので、我慢しています。(^_^)

2017年2月10日 (金)

上野三碑のレプリカ再登場

 去年の春、JR高崎駅構内に出現し、その後姿を消していた(上信電鉄の駅の方に移動していたのでした)上野三碑のレプリカがまた元の場所に復帰しました。
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 ちょっと邪魔。(^_^;

 今年の夏に、世界記憶遺産に登録されるかどうかが決まりますので、それまでこの場所に置かれるのかもしれません。決まると良いです。

 別の角度から。
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 もう1枚。
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 7世紀・8世紀の石碑ですから極めて貴重なのですが、物としての石碑だけでなく、そこに刻まれた碑文が貴重と思います。広く深く知られるようになると幸いです。

 上野三碑はすべて上信電鉄の沿線にあります。上信電鉄にも新たにこのような表示板が設置されました。
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 すでに世界遺産に登録された富岡製糸場もこの沿線にあります。それにしてはあまり本数が多くありません。でもまぁ、1時間に2~3本あれば、群馬県の公共交通機関としては上々かもしれません。(^_^; この路線、単線なので、本数を増やすのもそう簡単ではないのでしょう。

2017年2月 3日 (金)

「歴史秘話ヒストリア」はよろい人骨

 今日の「歴史秘話ヒストリア」は、群馬県渋川市金井東裏遺跡出土のよろい人骨でした。今日の放送全部丸ごとこれでした。

 大変に興味深く視聴しました。お薦めです。

 近日中に再放送があると思いますので、見逃された方は是非。

2016年10月23日 (日)

池袋で上野三碑の講演

 今日は池袋で講演をしてきました。テーマは「上野三碑をよむ」です。レジュメはこちら

 会場は池袋駅から徒歩6~7分だと思うのですが、恥ずかしながら道に迷い、遅刻しそうになりました。(^_^; おのぼりさんです。

 昔から池袋にはあまりご縁がありませんでした。たまに芳林堂に行くくらい。その芳林堂、高田馬場店にはよく行きましたけれど、倒産してしまったようですね。あんな大きな書店もそういうことになってしまうとは恐ろしい時代です。

 今日の講演の主催者は『トンボの眼』という団体なのですが、団体というか、個人で主催しているようです。

 会場にあったチラシを貰ってきました。
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 ここのところの講演会のスケジュールは、9月30日(金)、10月6日(木)、19日(水)、22日(土)、23日(日)となっています。たった1人の世話人がこれだけ仕切っているのですから、そのバイタリティは驚異的です。

 今後の日程は次のようになっています。
Tonbonome02
 今決まっているのがこれだけで、今後さらに追加されてゆくようです。なんとも意欲的です。

2016年9月19日 (月)

縄文人骨2題

 今日のアサヒコムに「8300年前の埋葬人骨を発掘 縄文人の生活実態解明へ」という記事が載っていました。

 縄文時代の居家以岩陰(いやいいわかげ)遺跡(群馬県長野原町長野原)から出土した人骨が、約8300年前に埋葬されたものであることが分かり、埋葬人骨としては国内最古級だそうです。

 群馬です。(^_^)

 この人骨は地面に掘った土壙の中に屈葬され、周辺からは身につけていたとみられる貝殻で作ったビーズ玉も見つかったとのことです。

 確認されただけで6体の人骨があり、この6体以外にも多数の人骨が埋葬されているとみて調査範囲を広げる考えで、より古い年代のものが見つかる可能性もあるとのことです。

 続報が楽しみです。

 この記事の関連記事として、「縄文人の核DNA初解読 東アジア人と大きく特徴異なる」という今年9月1日の記事がリンクされていました。この記事、見落としていました。

 それによれば、 福島県北部の三貫地貝塚で出土した約3000年前の縄文人2人の歯から核DNAの一部が解読されたとのことです。それを世界各地の現代人のDNAと比較したところ、相互に近い関係にある中国南部の先住民やベトナム人などの東アジアの集団と、この縄文人とは大きく離れていたそうです。

 4万~5万年前にアジア地域に到来したホモ・サピエンスは、その後、各系統に分かれたとされますが、今回のDNA解読で、少なくとも1万5千年前よりも古い時期に縄文人につながる系統ができ、東アジアや東南アジアの集団は、別の系統の中から生まれたと考えられるということです。

 現代日本人との比較では、遺伝的にこの縄文人と一番近いのはアイヌ人だそうで、沖縄の琉球人、東京周辺の人が続くそうです。

 言語的には、アイヌ語と日本語とは系統が違うのですよね。それに対し、琉球語は日本語の方言と位置づけられていますね。そんなあたりの絡みも興味深いです。

 群馬で発見された縄文人の人骨は保存状態が良いそうで、DNAの分析ができるかもしれませんね。それもまた楽しみです。
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2016年8月13日 (土)

上野三碑創作スイーツコンテスト

 高崎駅でこのようなポスターを見かけました。
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 上野三碑とスイーツって、そういう組合せは考えたこともありませんでした。なかなか意表を衝いてくれます。(^_^)

 でも、何であれ、こうした様々なことを通して、上野三碑に関心を持つ人が増えて行くのは良いことと思います。

 ググってみましたら、主催は高崎市吉井商工会(吉井町は多胡碑の所在地)ですが、高崎市のHPにも載っていました。高崎市も応援しているようです。

 上野三碑にはそれぞれキャラクターがあることは知っていましたが、「コウズケ3ピーズ」という総称があるのだということを、今回ググっていて初めて知りました。(^_^)
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2016年8月 9日 (火)

倭服(?)のぐんまちゃん

 毎月、第1日曜日の朝刊に群馬県の広報誌『ぐんま広報』が折り込まれています。そして、その題字脇にはほぼ毎回ぐんまちゃんのイラストが載っています。月替わりです。

 一昨日届いた新聞には8月号が挟み込まれていました。イラストは下の通りです。
Gunmac_koho201608
 花火見物のぐんまちゃん。着物姿ですね。浴衣でしょう。いろいろな姿に変身するぐんまちゃんですけど、和服というのは珍しいように思います。

 この『ぐんま広報』には次のような記事も載っていました。
Gunmac_koho201608b
 貴重な古代の遺跡や遺物が県内から続々と発掘されています。古代群馬の繁栄を感じます。

 ところで、このイラスト……。和服姿のぐんまちゃんは珍しいと書いたそばから。(^_^)

 とはいえ、和服といえるかどうか。毛利先生のお説の「倭文体」に倣って、「倭服」と呼んだらいいのではないかという気がします。(^_^)

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