飛鳥・奈良

2018年12月26日 (水)

『ならら』最新号は鹿特集

 定期購読している『ならら』が届きました。1月号です。
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 表紙は鹿。♪ 中身も鹿特集です。うれしい。

 男性が片手にあふれんばかりに掴んで蒔いているのは、一見鹿のフンのように見えますが、そんなわけはありません。(^_^;
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 どんぐりですね。

 去年、学会で奈良に行った時に、群馬からどんぐりを持っていったのに、鹿の反応はいまいちでした。
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 不思議に思っていましたが、毎日こんなに大量のどんぐりを貰っているなら、手の平に数個のどんぐりでは、あまり心が動かなかったのかもしれませんね。

 「どんぐりは、毎日おじさん達からたくさん貰っているので、観光客の皆さんに貰うのは鹿せんべいの方がいいな。どんぐりみたいに固くないから、楽に食べられるし。」なんてとこかもしれません。

2018年12月25日 (火)

コンせんとくん&若鶏

 このようなものを買いました。USB充電器です。
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 商品名は「コンせんとくん」。ネーミングに惹かれました。(^_^)
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 裏側はこのようになっています。
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 充電する機器とコンせんとくんとを繋ぐUSBケーブルは別売です。重さは45gです。旅先などに持って行くにも好都合です。
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 この充電器自体はコンセントではないのに「コンせんとくん」というネーミングはおかしいのではないかというツッコミはありそうです。(^_^;

 コンセントって、これですよね。
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 でもまぁ、コンセントに挿してスマホなどを充電する機器、ということで許容範囲ではないかと思います。(^_^)

 USBポートが2つ付いていますので、同時に2つの機器を充電できます。
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 昨日は鶏を買い損ねましたが、今日はスーパーに行った時間が早かったので、無事に買えました。(^_^)
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 帰宅してよく見たら、「若鶏」とありました。ありゃ、です。

 別にベジタリアンではなく、肉も魚も大好きですけど、若鶏とか子牛とかという文字を見ると、少し心が痛みます。「あたら若い命を」ということで。

 心して頂くことにします。

 「あたら若い命を」で、昔見た「鞍馬天狗」を思い出しました。竹脇無我のです。古谷一行が沖田総司ですので、かなりの年代物です。土方歳三は成田三樹夫でした。

 池田屋に新選組が斬り込んだとき、鞍馬天狗も池田屋にいたのです。最初に屋内に斬り込んだ新選組は近藤以下4人でしたか。鞍馬天狗は、土方隊が到着する前に明らかに10人くらい斬っていました。数が合わない。(^_^;

 沖田とも斬り合いになります。互角の戦いの途中で沖田が喀血して昏倒します。「斬れ!」という沖田の声に対して、天狗は「消えかけようとしている若い命の火を無残に吹き消したくはない」(セリフの記憶やや曖昧)と言って、部屋から出て行きます。

 いろいろとツッコミどころ満載の池田屋でした。

 若鶏のもも肉からこのシーンを思い出すというのは、我ながら尋常ではありません。頭がおかしい。(^_^;

2018年12月 6日 (木)

「飛鳥」ナンバープレート

 一昨日、出雲のナンバープレートのことを取り上げましたが、飛鳥ナンバー協議会(橿原市・高取町・明日香村・田原本町・三宅町)でも、図柄入りナンバープレート「飛鳥」の最終案が決まったそうで、橿原市役所のHPに昨日付で載っていました。
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 朱雀ですね。モデルはキトラ古墳のでしょうか。かっこいいです。「飛ぶ鳥」という点でも飛鳥に相応しいですね。

 「奈良」のナンバープレートはすでにあるのですね。国土交通省のHPに載っていました。前橋のと並べて載せます。
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 奈良ナンバーは春の桜と秋の紅葉ですけど、中央には鹿! 良いです。(^_^)

 前橋は赤城山ですね。将来、高崎ナンバーができるのなら上野三碑をお願いしたいです。

2018年11月13日 (火)

奈良旅手帖2019

 今年も予約していた「奈良旅手帖」が届きました。
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 毎年、表紙は何種類か用意されていて、その中から選べますが、私が選ぶのは毎年鹿の絵です。(^_^)
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 去年も、当ブログに「奈良旅手帖2018」という記事をアップしています。そこに過去4年分の表紙を載せていました。

 今年の手帖の中身は去年とほぼ同じでした。例年と違うのはシールが付いていたことです。
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 来年は譲位があって、祝日等不確定な部分があるので、それに対応するためのシールです。このシール、なかなかおしゃれです。(^_^)

 「奈良旅手帖」は毎年買っているものの、普段使っているのはぐんまちゃん手帳……じゃなかった、群馬県民手帳です。このシール、そちらに流用してしまうかもしれません。(^_^;

2018年9月29日 (土)

奈良の「かまや喜八」

 昨日、6月に書いた「明治30年前後の奈良市鳥瞰図」という記事に「いがらし」さんからコメントを頂きました。

 木曜日に「いがらし」さんが入手された大正15年発行の「奈良史蹟案内」が、奈良のいろは旅館(別館かまや旅館)が発行したものであったことから、この旅館に関心をもたれ、探していらっしゃるうちに、当ブログにお越しくださったとのことでした。

 あの記事に載せた画像の1つに、猿沢池の畔に魚佐と並んで鎌屋が載っています。
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 思いがけないことで、大変に嬉しく存じました。

 そこで、幾つか入手済みの道中記を見ていったところ、1つにこの宿が見つかりました。

 明治32年の『真誠講社』です。
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 残念ながら宿の所在を示す地図は載っていませんが、確かに「かまや喜八」の文字がありました。所在地も「ならいまみかど(奈良今御門)町」とあって、一致します。
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 複数の資料を突き合わせると面白さが増します。(^_^)

2018年9月27日 (木)

飛鳥寺瓦窯の岡、今昔

 かねて懸案の、例の絵はがきの撮影場所は、万葉文化館の西に隣接する飛鳥寺瓦窯の岡からに間違いなかろうということで無事に解決しました。

 ただ、あの岡、現在はこんな感じです。
Yukiki11
 これでは岡に登ることさえ無理そうです(私有地かもしれませんし)。かつてはこの岡に登れたのでしょうね。できればそれを確認したいところです。

 Googleマップの航空写真は次の通りです。
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 万葉文化館に隣接する西側の地は森のようになっています。

 国土地理院のサイトで昭和44年の航空写真が見つかりました。
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 この写真をブログに貼るについては、当該サイトに「コンテンツの利用について」という項があり、そこには次のようにありました。

>本サービスでダウンロード可能な空中写真は、「1.1)出典の記載について」にある通り、出典の明示等を行っていただければ利用可能です。(申請不要)

ということで、ありがたいことです。出典は以下の通りです。
https://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=406656&isDetail=true

 上の2つの写真を比べると、今万葉文化館のあるところには、昭和44年の写真では何もありません。といいますか、写っているのは池のようです。「飛鳥池遺跡」のあの「飛鳥池」。
 西隣の地には木の生えている部分もありますが、北西側=飛鳥寺の東方を南北に通るバス通りに面したあたりには木はありません。耕作地のように見えます。こういう状態ならば岡に登ることも北方を撮影することも可能でしょう。

 もう1つ、乾先生たちに絵はがきをお目に掛けたときに、乾先生から、今年、飛鳥資料館で飛鳥の古地図・古写真の展示が行われたので、飛鳥資料館に行けばその折の図録が入手できるのではないかとご教示頂きました。

 それで、岡寺に行ったあと飛鳥資料館に行ってきました。

 図録、ありました。
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 許諾なしに中の写真を転載してはまずいと思いますが、ちょっとだけ。
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 この写真には次のようなキャプションが付いていました。
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 まさにこの岡ですね。この写真は、飛鳥寺の北西方向から、飛鳥寺越しに南東の岡を撮したものでしょう。昭和32年の撮影で、撮影者及び所蔵先は奈良文化財研究所です。

 この写真でも飛鳥寺側の岡の斜面には木は生えていません。キャプションに依れば木の生えていない場所は畑ですね。

 例の絵はがきは戦前のものと思われますので、さらに古い写真が見つかれば幸いです。

2018年9月26日 (水)

飛鳥をちょっと

 22日(土)の万葉文化館でのシンポジウムの日、飛鳥を少しだけ回りました。

 この季節の飛鳥といえば、彼岸花ですね。
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 橿原神宮前駅から飛鳥に自転車で向かう途中で撮しました。あ、雨が上がって自転車が使えたのは大変に幸いでした。

 まずは万葉文化館に直行し、図書室やミュージアムショップを覗き、展望ロビーから耳成山・香具山方面をじっくり観察したあと、外に出ました。

 岡寺に行きましたが、あそこは高いところにありますね。途中で自転車を降りて、歩きました。
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 江戸時代の『和漢三才図会』や『大和名所図会』では、岡寺の岡を「ゆききの岡」としています。それで一応行ってみました。『大和名所図会』には、ゆききの岡の桜の下に男女が集まってお花見をしている挿絵が載っているのですが、傍らに川が流れていて、とても山門の奥とは思えません。岡寺のある岡の麓付近のイメージなのかもしれません。

 万葉文化館のすぐ南には「あすかむ」という施設があり、その敷地内に万葉歌碑がありました。
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 犬養先生の揮毫によるものです。

 「あすかむ」って意味不明でした。ググってみたら、

>『ASUCOME・あすかむ・明日香夢』という名前は、「明日香村は誰でもが夢を語れ、夢を実現することができる素敵な村でありたい、そして世界中から多くの方々に訪れていただきたい」との想いを込めて、メンバーたち自らが名付けました。

ということでした。なるほどです。

2018年9月23日 (日)

ゆききの岡(3)

 昨日、万葉文化館でのシンポジウムと兼ねて、懸案の「ゆききの岡」の探索もしてきました。

 「ゆききの岡」から撮影したという戦前の絵はがき。
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 万葉文化館の展望ロビーからの撮影。
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 かなり雰囲気は似ていると思われます。ポイントの1つ、耳成山と香久山の裾野の重なり具合はよく似ていますが、万葉文化館からの撮影の方が、裾野はより大きく重なっています。とすると、絵はがきの写真は万葉文化館よりももう少し西(左)からの撮影ということになりましょうか。
 耳成山の西(左)側に複数見えている森のような岡のような様々な固まりも、上の2つの写真では必ずしも一致しませんが、もう少し西から撮せばかなり重なってくるように思います。

 以前、「ゆききの岡」に、Kさんから「万葉文化館のすぐ横(西)の高台」ではないかとの御指摘を頂きましたが、実際に現地に来てみると、よく納得できました。

 館内で、乾善彦先生、井上さやか先生、大谷歩先生が一緒にいらっしゃるところに遭遇しましたので、絵はがきの写真を見て頂いたところ、お三方とも同意見でした。大谷先生からは飛鳥寺の瓦窯ではないかとの具体的なご意見を頂きました。

 瓦窯の位置は以下の通りです(中央付近の「1」とある場所)。
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 瓦窯の解説板。
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 瓦窯の発見された岡(北側から撮影)。
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 Kさんのおっしゃる「万葉文化館のすぐ横(西)の高台」も同所と思われます。

 瓦窯の少し北から見た飛鳥寺。
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 絵はがきの左端に写っている建物。
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 この絵はがきにいう「ゆききの岡」は瓦窯の岡と見て良いようです。

2018年9月14日 (金)

国宝木簡手ぬぐい

 こういうものを手に入れました。
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 木簡を図柄にした手ぬぐいです。解説書が付いています。

 去年、平城宮出土木簡が国宝に指定されたのを記念して作ったもので、奈良文化財研究所監修です。
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 奈文献か飛鳥資料館に行かないと買えないのかと思っていましたが、ググってみたら、神田神保町の六一書房の通販で買えることが分かり、それで入手しました。

 全部で32点の木簡が載っています。
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 下の写真で中央にあるのは、参河国篠島からサメの干物を贄として輸送した荷札木簡です。
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 ワニでなくサメです。愛知大学で開催された三遠南信の研究集会で発表したときに、これを含む参河の木簡をあれこれ見た(写真と釈文ですが)ことを懐かしく思い出しました。

 下の写真で右側は、若狭国の遠敷郡青郷からイワシの干物を納めた木簡です。
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 郡郷名は二字表記にするようという朝廷の命に従って、遠敷(ヲニフ)郡はいち早く二字になった(小丹生→遠敷)のに、その郡内に所在するのに青郷はなぜか奈良時代末期まで「青」の一文字を通したという不思議な事例です。

 木簡は、当時書かれたままの文字がそのまま残っていて興味深いです。

2018年9月 8日 (土)

鹿瓦ばん2018秋冬

 奈良の鹿愛護会から、年2回発行されている「鹿瓦ばん」の最新号が届きました。全4ページです。
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 上のページの左下の拡大です。
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 子鹿、元気になったようで何よりです。子鹿がかわいいのは耳が大きいせいもありましょうかね。

 鹿のフンから作った堆肥。
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 5kg100円というのは安いですね。買って帰りたいですけど、5kgの荷物はしんどそう。お土産と一緒に宅配便を使えば良いのか。

 どんぐり募集中です。
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 鹿の好物とのことですが、去年の奈良女での学会の折、鹿の歓心を買おうと、遥々群馬からどんぐりを持っていったのに、食べてくれた鹿と、見向きもしなかった鹿とがいました。鹿せんべいばかり食べ慣れて、「どんぐりは固くていけねえや」とでも思っているのでしょうかね。
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 首に矢が刺さった鹿のことは新聞でも読みましたが、詳しいことは分かりませんでした。
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 これによれば、母鹿だったのですね。近くに寄り添う子鹿の姿もあったとのことで、痛ましいことですが、幸い傷が浅く、翌日には子鹿と再会できたとのことで何よりでした。
Shika2018f

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