飛鳥・奈良

2020年6月19日 (金)

萬葉学会の大会も不開催

 今日、萬葉学会からの郵便が届きました。10月17日・18日に奈良県三郷町で開催予定の萬葉学会全国大会は不開催とのことです。
 早速、萬葉学会のHPを見に行ったら、そこにも載っていました。
2020manyo_chushi
 画面右下にあるように、6月7日付けで載っていたのですね。数日前に論文のバックナンバーをダウンロードしようとアクセスしたのですが、気づきませんでした。

 去年の大会で、次回の会場は奈良県の「さんごうちょう」と言われて、恥ずかしながら「はて、どこだろ?」と思ってしまいました。
 漢字で「三郷町」と知って、何となく位置が分かりました。龍田のあるところですね。
 先日の『ならら』の特集が龍田でしたので、大会ついでに探索しようと思っていました。
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 日程が10月と、まだ少し先ですけど、執行部としては、やはり早めの決定をしなくてはならなかったのでしょうね。
 悩ましい判断だったことと思います。
 今日届いた手紙には「秋になる頃に今回の決定を悔いることを願っております」とありました。
 本当にそう思います。

 これで、
  5月23日・24日 上代文学会(関西大学)
  6月6日・7日 全国大学国語国文学会(東京学芸大学)
  7月4日・5日 美夫君志会(中京大学)が中止になり、
  6月20・21日 古事記学会(宮崎市)は12月に延期になりました。

 今年は仕方がないですね。

 4月19日の高校の同窓会も中止になりました。卒業50周年だそうです。
 「え~?」と思って、計算してみましたが、合っているようです。(^_^;
 少年老い易く、学成り難し。
 でも、まだ頑張ろう。

2020年5月31日 (日)

『ならら』6月号は「龍田」の地名特集

 『ならら』最新号の特集は「「龍田」の地名を考える」です。
Narara202006
 ただ、特集とはいっても、龍田の地名を考察した論考が複数載っているわけではなく、同タイトルの論考が1本あるのみです。
 分量は全60ページのうち7ページです。ま、1割は超えています。

 龍田というと奈良県北西部の地名ですね。龍田山や龍田川が古典文学作品に登場します。
 現在の行政地名では、斑鳩町・三郷町のあたりです。
 ところが、現在の斑鳩町には龍田という地名が存在するのに、三郷町には龍田大社はあるものの龍田という地名は存在しない、それはなぜかという論考でした。

 有精堂の『萬葉集事典』の「地名索引」内の「たつた」の項には、「奈良県生駒郡三郷町立野の地」とあり、中西進氏の『万葉集事典』(講談社文庫)の「地名解説」内の「龍田」の項には「奈良県生駒郡三郷町立野の龍田本宮周辺から斑鳩町の西南部(もと龍田町)あたり一帯。」とあります。これらの内容が修正を余儀なくされるようなことはありません。
 「龍田」の地名が後の世に、現在の三郷町から現在の斑鳩町に移動した、といった趣旨でした。あとは、龍田川の流路について。

 三郷町といえば、秋の萬葉学会の会場ですね。5月~7月の学会が軒並み延期や中止になっていますが、三郷町の萬葉学会、無事に開催されると良いです。

 『ならら』次号の特集は、「纏向」「三輪山」だそうで、楽しみです。

2020年5月13日 (水)

明治35年の『大和土産 奈良名所』

 このようなものを入手しました。題簽に『大和土産 奈良名所 全』とあります。
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 表紙は厚紙で、大きさは、12.8cm×18.2cm程です。
 折り本仕立で、全部で見開き8面の絵が描かれています。木版画のようです。
 奥付はありませんが、各面の左欄外に「明治三十五年九月一日印刷 同年九月五日発行  著作兼印刷発行人 大阪市東区北久宝寺町(以下、念のため省略)田井久之助」とあります。

 第1面は、北円堂、南円堂、手向山八幡宮。
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 第2面は、博物館、興福寺、若草山、神鹿飼養場。若草山には月が描かれています。
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 神鹿飼養場は画面右下です。アップにします。

 鹿なので特別扱い。(^_^)
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 「第一」とあるところをみると、他にもまだあるのでしょうね。今の鹿苑に当たりましょうか。

 第3面は、二月堂、三月堂、四月堂。全部東大寺ですね。
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 第4面は、春日神社、春日若宮、円窓亭。
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 恥ずかしながら、円窓亭というのは知りませんでしたので、ググってみました。
 鎌倉時代に春日大社の経蔵を改造したものということです。
 神社の経蔵ということは、神仏習合ということなのでしょうね。

 第5面は、大仏殿、般若寺。
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 第6面は、法隆寺、西大寺、猿沢池。
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 第7面は、長谷寺、多武峰、そして天理教会本部。
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 天理教本部が名所になっているのですね。

 第8面は、神武天皇陵、開化天皇陵、正倉院。
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 第1、2、3、4、6面のそれぞれ左下に見返り美人ポーズのおねえさんが描かれています。
 わざわざ同じ構図にしたのでしょうかね。

 あらかた奈良市内ですが、長谷寺、多武峰、天理教会本部、法隆寺、神武天皇陵など、他地域のものもあります。
 大和三山や飛鳥寺、岡寺、石舞台古墳などは対象になっていません。明治35年にどういう場所が名所として選ばれているのか、なかなか興味深いです。

2020年5月12日 (火)

初めての Google meet

 今日は生まれて初めての遠隔授業でした。
 演習でしたので、Google のclassroom 経由で、meet を使いました。
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 果してうまくできるのかどうか不安でした。
 授業開始は14:40なのですが、14:20頃からmeetに入って待っていました。(^_^;
 登録学生は6名。全員(1名は4年生で、就活のため欠席でしたが)meetに入ってきた時はほっとしました。(^_^)

 学生5名全員に私の映像と音声は届いていました。金魚を見せました。(^_^)

 学生の音声がこちらに届いたのは3名です。そのうち2名はPCで、1名はスマホです。
 音声が届かない2名にはチャットで話を聞きました。
 どちらもPCからで、マイクがないとのことです。
 ノートパソコンのようですが、マイクのない機種もあるのかもしれません。
 次回はスマホを使ってみるとのことでした。
 数は限られていますが、大学からPCの貸与もあるようです。
 うまく環境が整いますように。

 私も少しずつ慣れてゆくしかありません。

 画面共有の仕方が分かり、実験も成功しました。
 画面共有ができると、飛鳥・奈良の写真も簡単に見て貰えます。そのあたりは遠隔授業の良い点ですね。
 タヌキとか、猫とか、授業と関係ない写真も見せてしまいそうな予感が……。(^_^; 自粛します。

 上に載せた画像はClassroomの私の授業の看板です。画像は、沢山用意してあるものの中から選べます。
 自転車の画像を選びました。
 これで十分に満足だったのですが、画面の右下に「写真をアップロード」という文字が見えます。
 とすると、自分で画像を登録することもできるのではないかと思いました。
 で、やってみました。(^_^)
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 日没の二上山です。ちょっと暗い。本来の画像よりも暗くなってしまっています。白い文字がはっきり見えるようにとの配慮なのでしょうかね。ちょっと不本意。

 クラスルームもミートも使い方がよく分からないのに、こんな余計なことをして遊んでいます。(^_^)

2020年5月11日 (月)

『奈良の鹿と巡る四季』

 このような本を買いました。
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 裏表紙。というか裏カバー。
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 素敵な写真が多いのですが、中身をご紹介するのはまずいでしょうから、外側だけのご紹介に留めます。

 タイトルに「四季」とありますように、奈良の鹿の写真を四季に分けて載せています。
 四季というと、普通は春夏秋冬という順序が思い浮かびますが、この本はそうではなく、夏秋冬春です。
 子鹿の誕生から始まり、最後は桜の中の鹿で終わります。
 とても良い順序と思います。(^_^)

 奥付です。
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 今年の4月24日発行の、まだホヤホヤです。
 著者プロフィールによれば、写真を始めたのは2014年とのことです。まだ6年前。
 独学でこれだけの素敵な写真が撮れてしまうというのは励みになります。(^_^)

 この本には、写真だけではなく、著者の書いた文章もあります。
 そこで、人が鹿に様々なものを与えてしまうことへの警鐘を鳴らしています。
 鹿せんべいにさえ疑問を呈していて、鹿への愛を感じます。

2020年5月 1日 (金)

奈良の鹿の赤ちゃん誕生

 気の重い日々が続きますが、そんな中、奈良の鹿苑で今年初めての鹿の赤ちゃんが誕生したということを知りました。
 奈良の鹿愛護会のスタッフブログです。
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 めでたいです。すくすくと育って欲しいです。
 子鹿誕生第1号の時期は例年よりも早いそうです。

 今年は、鹿の赤ちゃんの公開が中止になってしまい、残念ですが、仕方ありませんね。
 早く、この疫病が終息して、また奈良に行けることを願ってします。

 観光客がほとんどいない状態で、鹿たちは鹿せんべいが貰えませんが、鹿せんべいはおやつに過ぎないそうで、そう大きな問題ではなさそうです。それ以上に、街中を好き勝手に闊歩できて大満足ではないのかな、などと思っています。

2020年4月19日 (日)

「ブラタモリ」飛鳥回のタモリさんの言葉

 昨夜の「ブラタモリ」は飛鳥の回で楽しかったです。
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 印象に残る言葉がいくつかありましたので、夜中に録画を見て、文字起こしをしました。熱心なことです。(^_^;

 飛鳥寺の礎石が境内に残る来迎寺の入口付近の掲示板に「過去と相手は変えられないが 未来と自分は変えられる」という言葉が書かれていました。それを見て、他のお寺の掲示板の言葉について述べた後、この言葉に対しては、
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 「まあまあでしょ」でした。(^_^)

 漏尅が発掘された水落遺跡の所で、そのような遺構があるとはだれも知らない明治時代の地図に「字水落」とあることについて、
Buratamoasuka03
 >地名というのは、やっぱり土地の記憶なんですよね。
 >本当は変えちゃいけないんですよ。
 >地名変更なんて、行政の便利さで変えてますけども、本当はダメなんですよね。
 >やっぱり守ってかなきゃダメですよね。

と言っていました。我が意を得ました。♪

 「水落」という地名、たぶん1400年生き続けてきたのでしょうね。地名は形のない文化財と思います。

 最後のところで、まとめのような言葉も印象に残っています。

 >ま、現地に来てみないと実感できないよね。
 >ここから日本が始まったって。
 >廻ってみて初めて分かるよね。
 >だから、なんていうか、知ることと分かることは、やっぱり全然違うってことですよね。

 これまたもっともと思います。これも飛鳥が原風景を留めているからこそですね。
 石の都という点もタモリさんは気に入ったのではないでしょうか。(^_^)

2020年4月18日 (土)

大雨のち一時晴&「ブラタモリ」は飛鳥♪

 うちの方、今日は大雨でした。昼過ぎには大雨警報が出ました。風も強かったです。
 ところが、夕方、買い物に行こうとしたら、雨がやんで日も差してきました。4時頃です。
 外はきれいな青空で、玄関先の山茶花の若葉も日差しを浴びてキラキラと輝いていました。
 「よし。帰ったら写真に撮ろう」と思って、スーパーに出かけ、また大回りして帰りました。

 東の方はこんな感じでした。きれいな青空。
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 ところが、西の方はもう雲が広がっていました。
Sora20200418b
 明るくなっているあたりに太陽がいます。

 これでは直射日光が当たりません。雲に切れ目が出ないか、しばらく待ちましたが、ダメでした。残念です。
 一応、山茶花の若葉を撮りましたが、こんなです。
Sora20200418c

 気象は刻々と変わりますね。スーパーに行く前に撮影すれば良かったです。(^_^;
 チャンスを逃がすべからず。……という反省をしたことは数知れず。(^_^; ちっとも成長しません。

 また、雨上がりの日差しでしたので、ひょっとしたら虹が出ていたかもしれません。
 そのことは全く思い浮かびませんでした。雨上がりには注意深く空を眺めることにします。

 話変わって、今日の「ブラタモリ」は、飛鳥でした。♪
 楽しく視聴しました。行ったことのある地がテレビに映ると嬉しい。(^_^)
 来迎寺に飛鳥寺の礎石が残っていることは全く知りませんでした。といいますか、来迎寺自体を知りませんでした。
 地図を見ると、飛鳥寺のすぐ北ですね。今度行ってみます。
 また、酒船石のあたりの石垣も今度注意して見てみます。
 それから、運河の痕跡。斉明天皇が掘ったもののようです。あれも見に行きたいです。

2020年4月14日 (火)

『日本名所記』

 このようなものを入手しました。
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 書名は「日本名所記 上」とあります。
 1冊本で、冊の途中に「中編」「下編」とあり、「上」「中編」は各4丁、「下編」は3丁で、三編合冊です。

 最終丁の裏は次の通りです。
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 国別に五畿七道順に並んでいますが、最終丁の最後が豊後ですので、このあとさらに肥前、肥後、日向、大隅、薩摩、壱岐、対馬を載せる分がもう1丁あったのが脱落したものと思います。
 上方と下方の2ヶ所をこよりで綴じてありますが、他に綴じ穴がありますので、この2ヶ所の綴じは下綴じで、本来は表紙が付いていたのでしょう。

 最終丁や表紙が脱落しているために刊記がなく、刊年や出版者は不明です。
 国文学研究資料館の「日本古典籍総合目録データベース」を検索してみました。同名のものが複数ありましたが、いずれも刊年不明でした。

 中身の冒頭はこんな感じです。上下左右の余白は省略し、枠内のみ示します。
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 国名の次に、「城州」「和州」などという国の別名と郡数、国の総石高が記載されています。
 その先は、「一ノ宮」「郡」「城」「陣屋」「宮」「寺」「名所」の各項目ごとに記載されています。
 ふりがなが付いているのがありがたいです。

 さすがに山城は寺や名所が多いですね。
 分量が一番多いのは山城と陸奥で、ともに10行あります。
 陸奥は郡数が多いことが大きな理由です。広いですから。

 「一ノ宮」については、「加茂下上大明神 上は雷神 下は天神 愛宕郡」「三輪大明神 大物主神 城上郡」のように、神社名、祭神、所在郡が書かれています。

 大和国の郡名の読みを見ると、添上・添下、城上・城下は「そふのかみ(しも)」、「しきのかみ(しも)」と訓読みですが、葛城葛上の誤りでした)・葛下は「かつじやう・かつげ」と音読みです。

 次のページ。
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 大和の寺は、東大寺、興福寺、法隆寺、西大寺、当麻寺が挙がっています。薬師寺、唐招提寺、飛鳥寺、岡寺、橘寺などは載っていません。どこが載っていて、どこが載っていないのか、なかなか興味あります。

 大和の名所に、畝火山と天香久山は載っていますが、耳成山はありません。大和三山という括りは意識されていなかったのでしょうかね。

 信濃、上野のページ。
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 上野は4行しかありません。ちょっと寂しい。
 名所の部に佐野の舟橋がありませんが、次ページの下野国に載っていました。今も栃木県には佐野市があります。これと紛れたのでしょうね。

 長野県の2行目の下の方から「城」の部が始まり、松代、上田、飯田、松本、小諸、高嶋、飯山と7城が並んでいますが、この国の再末尾にまた「城」があって、高遠が載っています。高遠城を漏らしてしまい、末尾に補ったのでしょうかね。それならばなかなかおおらかです。

 このページの上欄外にこのような書き込みがあります。
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 「一万五千石 牧野周防守」「十万石 真田弾正大弼」などとあります。藩の石高と藩主名ですね。この本の持ち主が書き込んだのでしょう。こういった書き込みは他のページにもちらほら見えます。それらを丹念に見て行けば、これらの書き込みの時期の範囲が決まり、この本の刊年の下限が推定できましょう。
 その考証をしてみたい気はしますが、するかどうか。(^_^; 最近どうも怠け者になりました。

 いつも行く近所のスーパー、今日は少し混んでいました。理由は分かりません。特売でもないし。
 このところ、3000円以上買うと200ポイント貰えるというクーポンも出ていません。自粛しているのでしょう。
 あれがないと、暗算しながら買い物をしなくても良いので楽です。

 久しく品切れ気味だったトイレットペーパーとティッシュペーパーがそこそこ復活していました。マスクは相変わらずありません。

 運動不足なので、買い物のあと、かなり大回りをして帰りました。通ったことのない道も通って。
 行き交う人もあまりいませんでした。今後も少し歩くようにしたいと思います。
 渋川の家に行きたい気がします。浜木綿の水やりと、郵便物の取り込みです。でも、もうしばらく我慢ですね。浜木綿、何とか無事でいて欲しいです。

2020年4月 9日 (木)

昭和4年の、とある修学旅行日程

 このようなものを入手しました。
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 これ実は、同じものを以前にも入手し、当ブログでも取り上げています
 同じものをまた買ったのは、版違いならば何かおもしろいことが見つかるかもしれないと考えたからです。最近、異版に興味があります。(^_^)
 今回のは、大正13年10月印刷発行、大正15年10月改正三版です。
 で、前回のも全く同様。同じ版でした。(^_^;
 でも、買って良かったことが2点ありました。
 1つはこれです。
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 これは以前買ったものです。
 右下の豊橋駅から左上の岡崎駅まで点線で線路が描かれています。この途中の駅名の文字が他と違います。他の駅名よりも小さく、またいかにも手書き然とした文字です。
 といっても、この地図の持ち主が自分で加筆したわけではなく、発行者が改訂段階で加えたもののように思えます。ただ、確証が持てませんでした。

 以下が今回購入した地図の同じ箇所です。
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 同じですね。発行者の加筆ということが確定して、すっきりしました。(^_^)

 もう1点は、今回の地図に貼りつけられていた1枚の紙片です。
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 小さくて見にくいと思いますが、右側には「御大礼式場拝観順路」とあり、京都御所の地図が描いてあります。
 左側には「旅行日程」とあります。

 左側の「旅行日程」の部分を拡大します。
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 1月16日から19日までの旅行日程です。幸いに曜日が記載されていますので、これを手がかりにすると昭和4年と判明します。
 「御大礼」というのは、昭和3年11月に行われた昭和天皇の即位・大嘗祭の礼ですね。

 この日程がハードです。

 まず初日の1月16日は夜の9時半に幸田駅前に集合し、10時33分幸田駅発の夜行列車で京都に向かいます。京都駅着は翌日の朝4時20分。所要時間は5時間47分です。
 幸田駅というのがどこか分からなかったのでググってみようと思いましたが、その前に上の地図にありました。蒲郡と岡崎の中間ですね。
 この地図を編集したのは名古屋市地理歴史研究会ですので、この地図は名古屋市及びその近辺の学校の修学旅行で使用されたのでしょう。
 幸田駅の所在地は、愛知県額田郡幸田町です。

 2日目は朝4時20分に京都駅に着いて、東本願寺、西本願寺、金閣寺、御大典式場跡拝観、本能寺、その他をまわり、宿は七条西洞院停留所西の三河屋です。
 早朝4時20分に着いた後、どうしたのでしょうね? すぐに移動しても、見学先はまだ開いていないと思います。お寺は朝が早いとはいえ、1月の朝4時20分はまだ真っ暗でしょう。宿の場所を地図で見ると、両本願寺の中間あたりでした。本願寺は京都駅に近いので、あるいは駅から宿に行って、仮眠を取り、朝食をとったのでしょうか。宿としても朝4時半頃に来られては迷惑のように思いますが、当時は夜行列車での移動も珍しくなかったとすれば、そういう対応もアリだったかもしれません。

 3日目は朝7時頃に宿を出て、御陵をいくつか参拝。午後1時35分(あるいは45分かも)に桃山駅を出発して、奈良駅到着後、「奈良名勝見学」となっています。宿は猿沢池畔の吉田屋です。
 奈良駅に着くのは3時前になりましょうか。それから奈良を巡るとして、行けるのは東大寺、興福寺、春日大社くらいでしょうか。

 最終日は、朝7時26分奈良駅発で、また京都に行きます。三十三間堂以北の東山を見学後、三井寺を見学し、夕方4時20分頃大津駅発の列車に乗って、夜9時50分に幸田駅着となります。朝、宿を出るのは7時前でしょうね。早いです。

 ということで、初日、夜行列車を使用するところから始まって、毎日、朝も早く、かなりきつい旅行のように思います。
 こういう日程だと、わざわざ奈良に行くこともないように思いますが、やはり奈良は落とせないのでしょうね。それは嬉しくはありますけど。

 おもしろいものを入手しました。(^_^)

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