飛鳥・奈良

2024年6月12日 (水)

今日は蘇我入鹿殺害の日

 今日は、蘇我入鹿が中大兄皇子達に殺害された日です。
 今朝、Twitterでロックさんの記事を見て知りました。
 今は「乙巳の変」と言うのだそうですが、私にとっては突然知った歴史用語ですので、どうもしっくりきません。
 頭が固いです。

 飛鳥寺の西方にある入鹿の首塚。
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 これを撮したのは、平成18年(2006)9月です。
 背後に広がっているのが槻木の広場。
 その奥に見える丘は甘樫丘で、ここに蘇我氏の邸宅がありました。

 蘇我氏邸宅の発掘現場。
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 発掘主体は奈良国立文化財研究所です。
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 平成17年(2005)12月の撮影です。
 もう20年近く経ってしまいました。

 この頃は、毎年2~3回は飛鳥、奈良に行っていたのに、今はもうすっかり出不精になってしまいました。

2024年5月27日 (月)

『ならら』最新号の特集は「今村勤三」

 今日、『ならら』の最新号が届きました。
 いつもは毎月1日前後の到着ですので、今回は早いです。
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 目次は以下の通りです。
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 特集の今村勤三という人物のことは知りませんでした。
 こういう人だそうです。
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 16歳で明治維新を迎えたことになりますね。そして、明治・大正時代を生きて、大正の末に亡くなりました。

 明治維新で奈良県が成立したものの、明治9年に堺県に合併され、さらに明治14年に堺県は大阪府に合併されてしまいました。
 旧大和国では奈良県再設置運動が起こり、再三にわたって請願書、建白書が提出されたものの、奈良県の再設置はなかなか実現せず、明治20年になってようやく念願が叶ったということです。
 この間、今村勤三はその中心になって奔走したそうです。
 そして、明治21年には初代奈良県議会議長に選出されました。36歳の時のことです。
 その後、衆議院議員にもなります。

 また、実業家として、奈良県で最初の新聞を発行したり、奈良県で最初の鉄道を敷設しました。
 京都-奈良間の鉄道(現在のJR奈良線)を開業し、奈良-桜井間の鉄道(現在のJR万葉まほろば線)も開業しました。
 経営難に陥っていた郡山紡績株式会社(現在のユニチカ)の再建も果たしたそうです。

 奈良県の大恩人ですね。
 広く知られるようになると良いです。

2024年5月 7日 (火)

今年初めての奈良鹿の赤ちゃん誕生

 NHK奈良放送局等に依れば、5月5日に鹿苑で今年初めて鹿の赤ちゃんが誕生したそうです。
https://twitter.com/nhk_nara/status/1787717947731189919
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 丁度子どもの日ですね。
 すくすくと育ってほしいです。

 鹿苑の工事のため、恒例の鹿の赤ちゃん大公開は、今年は中止だそうです。
 7月には公園デビューを果すそうですが、鹿の赤ちゃんに人間が触って臭いが移るとお母さん鹿が子鹿を育てなくなるそうです。
 そのことが奈良公園を訪れる人たちにしっかりと伝わりますように。

2024年5月 2日 (木)

『ならら』最新号の特集は「平安王朝文学・古記録にみる奈良」

 一昨日、群馬から帰宅したら『ならら』の最新号が届いていました。
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 特集は「平安王朝文学・古記録にみる奈良ー藤原道長と紫式部の時代ー」です。
 文学と古記録、両方を視野に収めた特集です。そうですね。両方必要と思います。
 NHK大河「光る君へ」に合わせた企画でしょう。バッチリです。

 目次は以下の通りです。
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 特集4つと、力が入っています。

 特集1の花山院弘匡氏の名字の読みは、明治維新以降は「かざんいん」と言っていたそうですが、折口信夫の門下であった弘匡氏の実父によると、平安時代は「くわさんのゐん」だったとのことで、50年ほど前から「かさんのいん」としているそうです。

2024年4月22日 (月)

戦前の絵はがき「奈良名勝」

 「奈良名勝」という絵はがきを入手しました。
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 これは袋です。この中に全部で8枚の絵はがきが入っていました。
 戦前のものであることは間違いありませんが、具体的にいつのものかは不明です。
 左下に「¥.15」とあります。15円かと思ったのですが、15の前にピリオドがあるので、たぶん15銭なのでしょう。
 これが手がかりになるかもしれません。

 奈良大仏殿(上)と奈良若草山(下)
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 奈良東大寺大鐘(右)と(奈良)大仏尊像(左)
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 奈良猿沢池(右)と奈良興福寺五重塔(左)
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 奈良春日神社(右)と奈良公園の鹿(左)
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 奈良公園の鹿をアップに。
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 奈良鹿は昔から奈良のシンボルとして、多くの人々に愛されてきたのですよね。
 この先もずっと今間のままでいてほしいです。

2024年4月 3日 (水)

奈良の鹿愛護会から会員証2024

 奈良の鹿愛護会から会員証が届きました。
 その裏側は例によって小中学生の描いた奈良鹿のポスターです。
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 ほのぼのとした素敵な絵ですね。
 「しかは奈良のたからもの」とあります。
 本当にその通りと思います。

 しかし、昨年、鹿苑の特別柵の中で飼われている鹿が飢餓状態にあるなどというニュースがありました。
 さらに、つい最近は、奈良鹿を捕獲(→殺処分)できる地域を広げることが検討されているそうです。
 春日大社の神鹿であり、国の天然記念物ですぜ。
 そんなことがあって良いのでしょうか。

 『鹿瓦ばん』の2024年春夏号が同封されていました。
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 これまでは4ページだったのですが、表裏1枚の2ページになってしまいました。
 特別柵の中に入れられた鹿の飢餓についての記述もありません。
 それは何らかの報告があってしかるべきものと思います。

 鹿苑のリニューアルに向けての工事のために、毎年恒例の子鹿公開は今年は取り止めだそうです。

2024年4月 2日 (火)

『ならら』最新号の特集は「吉野・大峯 修験の道を訪ねて」

 昨日、『ならら』の最新号が届きました。
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 特集は「吉野・大峯 修験の道を訪ねて」で、世界遺産登録20周年記念企画です。

 目次は以下の通りです。
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 今回の特集は、『ならら』の他に、奈良新聞と月刊奈良との共同企画ですね。

2024年3月31日 (日)

絵はがき「大和と萬葉集」4

 10年前に「大和と萬葉集 第二輯」という絵はがきを入手し、ブログに載せました。
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 選者は佐佐木信綱博士です。
 いつのものか分かりませんが、紀元二千六百年の紀元節の日に記したという佐佐木博士の識語がありますので、昭和15年の発行と思われます。

 袋の中には6枚の絵はがきが入っています。
 例えばこのようなものです。
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 絵は高橋史光画伯です。
 その後、なんと高橋史光画伯のお孫さんからブログにコメントを戴くというサプライズがありました。
 高橋史光画伯は、京都で活動した日本画家(四条派)で、菊池契月のお弟子さんということです。

 それぞれの表側(切手を貼る側)には1首ずつ万葉歌が書いてあります。

 昨年の11月に、同じ高橋史光画伯の手になる、同様の仕様の絵はがきを6枚入手しました。
 6枚のうち5枚は以前入手したものと重複し、宇陀高城の絵はがきのみが新しいものでした。
 歌は「菟田の高城に鴫罠はる……」という日本書紀歌謡でした。萬葉集ではありません。

 さてこの度、同じく高橋史光氏の手になる同様の仕様の絵はがきを8枚入手しました。
 入手済みのものとの重複は1枚だけでした。ラッキーです。

 以下の7枚です。

 橿原神宮:……あきつ島 大和国の 橿原の 畝傍の宮に……(巻20大伴家持)と、
 飛鳥(雷丘):……飛鳥の 旧き都は 山高み 河とほしろし……(巻3山部赤人)
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 安騎野の冬:ひむかしの野にかぎろひの立つ見えてかへりみすれば月かたぶきぬ(巻1柿本人麻呂)と、
 奈良の都:青丹よし寧楽の都は咲く花のにほふが如く今さかりなり(巻3小野老)
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 藤原宮跡:藤原の大宮づかへあれつぐや処女がともは羨しきろかも(巻1作者不明)と、
 吉野宮滝:よき人のよしとよく見てよしと言ひし吉野よく見よよき人よく見つ(巻1天武天皇)
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 孔舎衛:日下江の入江の蓮はなばちすみの盛人羨しきろかも(古事記 引田部赤猪子)
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 今回の中では、これのみ萬葉集ではなく古事記歌謡です。

 ということで、このシリーズの絵はがきを、重複を除き合計14枚入手したことになります。
 全部で何枚あるのでしょうか。
 今回のは袋に入っていませんでしたが、あるいは「第一輯」なのかもしれません。

2024年3月 7日 (木)

吉田屋の「奈良史蹟案内」

 奈良市の旅館吉田屋の「奈良史蹟案内」を入手しました。
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 1枚物で表裏に印刷されています。
 表紙の人物は誰でしょうね?
 立っている場所が海岸のようですけど、奈良には海はないし、猿沢池とも思えないし。
 満月が照らしていますね。月の下には山が3つ並んでいます。唐の阿倍仲麻呂かもしれませんね。

 鉄道路線図が載っています。
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 ちょっと薄いです。

 そして奈良市の地図です。
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 駅から吉田屋までの部分を拡大します。
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 省線奈良駅からと、大軌電車乗り場から吉田屋旅館までの道筋が太い赤線で示されています。
 吉田屋旅館の場所は猿沢池の東ですね。

 この旅館は今もあります。
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 東大寺付近の拡大図。
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 裏面はモノクロで、名所案内になっています。
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 冒頭に総記があり、そのあと15ヶ所が取り上げられています。
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 この旅館に泊まったお客さんに差し上げたパンフレットなのでしょうね。
 いつのものか分かりませんが、名所案内の冒頭に、「皇祖神武帝は二千六百年前此の地に入り給ひ」とあります。
 紀元二千六百年は昭和15年(1940)ですから、このパンフレットはその前後のものと思われます。
 また、上に載せた駅から吉田屋旅館までの道程の地図で、三条通に面して郵便局と警察署があり、警察署の方が東側なので、昭和13年以前と推定されます。

 ただ、東大寺付近の地図で下中央に「物産陳列場」があります。
 この施設は、明治35年に「奈良県物産陳列所」として開業し、大正10年に「奈良県商品陳列所」と改称し、昭和9年には「奈良県商工館」と改称されていますので、年代が合いません。この施設は名称が変わっても、長く「物産陳列場」の名で親しまれていたのでしょうかね。

2024年3月 4日 (月)

『ならら』最新号の特集は「龍神様に会いにいく」

 本日、『ならら』の3月号が届きました。
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 特集は、辰年にちなんで、「辰年辰の月! 龍神様に会いにいく」です。

 目次は以下の通りです。
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 20ページに、天理大学の大谷歩氏「大伴家持」があります。
 その文章によれば、当初は「大和人物志」なので家持の在京時代の作品を取り上げようと思っていらしたそうです。
 それが、元日の能登半島地震を受けて、越中時代の家持に変更されたとのことです。
 そして、末尾は「家持の愛した北陸地方の、一日も早い復興を願うばかりである。」と結ばれています。
 本当にそのように思います。

【追記】
 三友亭主人さんから戴いたコメントにお応えして、室生龍穴神社の部分を追加します。
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