飛鳥・奈良

2019年7月 5日 (金)

昭和22年の「畝傍山」・ゆききの岡

 去年の秋、幻の地名「ゆききの岡」の探究にハマっていました。
 実地踏査もした結果、現在の万葉文化館の西の岡(飛鳥寺の瓦窯の岡)がそれであろうとの結論に達しました。
 論文にも書いてしまいました。

 最近、昭和22年発行の2万5000分の1地形図「畝傍山」を入手しました。
S22unebi01
 発行は昭和22年8月ですが、大正11年測図、昭和4年鉄道補入という経緯を経ています。地形自体は大正11年当時とほとんど変わっていないでしょう。「著作権所有印刷兼発行者」は「地理調査所」とあります。まだ国土地理院ではありません。

 この地図の範囲に飛鳥寺のあたりも含まれます。
S22unebi02
 「安居院」という文字が赤線で囲んであります。これが飛鳥寺ですね。
 安居院の右下(南東)に池があります。今は亡き飛鳥池で、現在はここに万葉文化館が建っています。
 池の西から南に掛けて、岡になっています。岡にいくつか地図記号が描かれています。

 地図記号の一覧もあります。
S22unebi03
 これと突き合わせると、岡にあるのは濶葉樹林(今の広葉樹林、照葉樹林でしょうか)と竹林のようです。

 古い地図は楽しいです。(^_^)

2019年6月13日 (木)

「奈良名勝案内図」比較

 以前、「奈良名勝案内図」という地図を入手しました。
 その後、同じ地図がネットオークションに時々出品されているのを見ましたが、もう持っているから、ということで、入札することはしませんでした。
 ところが、先日、同じ地図でかなり保存状態の良さそうな品が出ていましたので、買ってしまいました。
 この2点、発行年代が異なっていて、よく見るとそこそこの相違があります。
 これに興味を覚えていたところ、「類は友を呼ぶ」といいますか(ちょっと違うか)、発行年違いのものが相次いで出てきました。
 それらをせっせと入手していたところ、全部で8枚が集まりました。
Narameisho10
 小さくて見にくいですが、一番古いのは大正8年で、以下同11年、同12年、昭和3年1月、同3年8月、同4年、同5年、同8年です。幸いなことに同じものはありませんでした。昭和3年版が1月と8月とあります。この地図、よく売れたのでしょうね。こんなに頻繁に発行されているのなら、時々の変化をかなり忠実に反映しているかもしれません。年代不明の地図の発行年を推定するための資料になるかもしれません。
 発行者は、大正8年ののみ大渕傳次郎氏、他は大渕善吉氏です。親子かもしれません。

 一番古いのと一番新しいのとを比べてみます。
 一番古い大正8年版。
Narameisho11
 一番新しい昭和8年版。
Narameisho12
 ぱっと見、あまり変わりませんが。

 奈良駅の西の市街地化が進んでいます。
 大正8年版。
Narameisho13a
 昭和8年版。
Narameisho13b
 駅の西側の色がだいぶ違います。新しい道路もできています。あと、大正版にはあった駅の北東の油坂池が昭和版では消えてしまいました。埋め立ててしまったのでしょうか。「駅前」が「油坂」に変わりました。昭和版にのみ奈良駅から赤い実線が伸びていますが、これはバス路線です。

 さらにその東側。
 大正8年版。
Narameisho14a
 昭和8年版。
Narameisho14b
 開化天皇陵の堀が昭和版では南に拡大しています。油坂の北も市街地化が進んでいます。

 現在の奈良女子大学の北西。
 大正8年版。
Narameisho15a
 昭和8年版。
Narameisho15b
 大正版では農地のようですが、昭和版では、県立奈良中学校、市立第五小学校、私立育英高等女学校という3校が建築され、市街地化も進み、バス路線も通っています。

 比較するのは楽しいです。(^_^)

2019年5月 2日 (木)

令和最初の買い物は

 一昨日のブログで、平成最後の買い物は近所のスーパーで、令和最初の買い物も同じスーパーでということになろう、と書きました。
 ところが、昨日、スーパーに行く前に、レターパックと宅配便が届き、そちらが令和最初の買い物となりました。
 ま、支払いは平成の内に済んでいるものと、これから振り込むものとがありますので、なかなか微妙ではあるのですが。(^_^;

 八木書店に直接注文していた本。
Reiwahatsu01
 ネットオークションで落札した品。
Reiwahatsu03
 同じく。
Reiwahatsu02
 ということで、キーワードは、飛鳥、奈良、木簡、古地図、忠臣蔵、ですね。
 全く期せずして、これらが令和最初の買い物となりましたが、今後もこれらの路線の買い物が続くことでしょう。なかなか象徴的な3点でした。(^_^)

 「奈良名勝案内図」は昭和3年の発行です。同じ地図で大正14年のをすでに持っていますが、わずかに違いがあるようです。3年のうちに変化した部分が早速反映されたのか、あるいは旧版の誤りを新版で訂正したのかは分かりません。じっくりと比べてみるのも楽しそうです。

 「義士始末記」という作品は知りませんでした。島田正吾が内蔵助なのかと思いましたが、ググってみたら、荻生徂徠でした。以下、ググって知った結果です。

 この作品は昭和37年大曾根辰夫監督作品です。入手したポスターには「後篇」とありますが、「義士始末記」に前後篇があるのではなく、昭和32年に同監督が製作した「大忠臣蔵」を短縮再編集して「仮名手本忠臣蔵」と改題したものを「前篇」とし、それに対しての「後篇」だそうです。

 内容は、討ち入りのあと、浪士達の処分を巡って将軍綱吉は苦慮します。荻生徂徠は、世間の浪士達に対する賞賛・同情の思いに背を向け、情よりも法を重んじて切腹を主張します。

 この徂徠の周囲に、徂徠が貧しかった頃に面倒を見てくれたおかつ(岡田茉莉子)や、関係性はよく分かりませんがおしま(岩下志麻)がいます。おかつは浪士の1人である間新六の姉、おしまは同じく浪士の1人中村勘助の恋人という設定です。おかつもおしまも、浪士の切腹を主張する徂徠をさぞ恨んだことでしょう。さんざん悪態をついているかもしれません。岡田茉莉子や岩下志麻からなじられたらどんなにか怖いことでしょう。(^_^;

 徂徠を主人公にした忠臣蔵外伝ということで、ユニークですね。興味深く、ぜひ見てみたいものです。

2018年12月26日 (水)

『ならら』最新号は鹿特集

 定期購読している『ならら』が届きました。1月号です。
Narara201901a
 表紙は鹿。♪ 中身も鹿特集です。うれしい。

 男性が片手にあふれんばかりに掴んで蒔いているのは、一見鹿のフンのように見えますが、そんなわけはありません。(^_^;
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 どんぐりですね。

 去年、学会で奈良に行った時に、群馬からどんぐりを持っていったのに、鹿の反応はいまいちでした。
Shika201705d
 不思議に思っていましたが、毎日こんなに大量のどんぐりを貰っているなら、手の平に数個のどんぐりでは、あまり心が動かなかったのかもしれませんね。

 「どんぐりは、毎日おじさん達からたくさん貰っているので、観光客の皆さんに貰うのは鹿せんべいの方がいいな。どんぐりみたいに固くないから、楽に食べられるし。」なんてとこかもしれません。

2018年12月25日 (火)

コンせんとくん&若鶏

 このようなものを買いました。USB充電器です。
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 商品名は「コンせんとくん」。ネーミングに惹かれました。(^_^)
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 裏側はこのようになっています。
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 充電する機器とコンせんとくんとを繋ぐUSBケーブルは別売です。重さは45gです。旅先などに持って行くにも好都合です。
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 この充電器自体はコンセントではないのに「コンせんとくん」というネーミングはおかしいのではないかというツッコミはありそうです。(^_^;

 コンセントって、これですよね。
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 でもまぁ、コンセントに挿してスマホなどを充電する機器、ということで許容範囲ではないかと思います。(^_^)

 USBポートが2つ付いていますので、同時に2つの機器を充電できます。
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 昨日は鶏を買い損ねましたが、今日はスーパーに行った時間が早かったので、無事に買えました。(^_^)
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 帰宅してよく見たら、「若鶏」とありました。ありゃ、です。

 別にベジタリアンではなく、肉も魚も大好きですけど、若鶏とか子牛とかという文字を見ると、少し心が痛みます。「あたら若い命を」ということで。

 心して頂くことにします。

 「あたら若い命を」で、昔見た「鞍馬天狗」を思い出しました。竹脇無我のです。古谷一行が沖田総司ですので、かなりの年代物です。土方歳三は成田三樹夫でした。

 池田屋に新選組が斬り込んだとき、鞍馬天狗も池田屋にいたのです。最初に屋内に斬り込んだ新選組は近藤以下4人でしたか。鞍馬天狗は、土方隊が到着する前に明らかに10人くらい斬っていました。数が合わない。(^_^;

 沖田とも斬り合いになります。互角の戦いの途中で沖田が喀血して昏倒します。「斬れ!」という沖田の声に対して、天狗は「消えかけようとしている若い命の火を無残に吹き消したくはない」(セリフの記憶やや曖昧)と言って、部屋から出て行きます。

 いろいろとツッコミどころ満載の池田屋でした。

 若鶏のもも肉からこのシーンを思い出すというのは、我ながら尋常ではありません。頭がおかしい。(^_^;

2018年12月 6日 (木)

「飛鳥」ナンバープレート

 一昨日、出雲のナンバープレートのことを取り上げましたが、飛鳥ナンバー協議会(橿原市・高取町・明日香村・田原本町・三宅町)でも、図柄入りナンバープレート「飛鳥」の最終案が決まったそうで、橿原市役所のHPに昨日付で載っていました。
Asukanumber01
 朱雀ですね。モデルはキトラ古墳のでしょうか。かっこいいです。「飛ぶ鳥」という点でも飛鳥に相応しいですね。

 「奈良」のナンバープレートはすでにあるのですね。国土交通省のHPに載っていました。前橋のと並べて載せます。
Asukanumber02
 奈良ナンバーは春の桜と秋の紅葉ですけど、中央には鹿! 良いです。(^_^)

 前橋は赤城山ですね。将来、高崎ナンバーができるのなら上野三碑をお願いしたいです。

2018年11月13日 (火)

奈良旅手帖2019

 今年も予約していた「奈良旅手帖」が届きました。
Naratabi2019a
 毎年、表紙は何種類か用意されていて、その中から選べますが、私が選ぶのは毎年鹿の絵です。(^_^)
Naratabi2019b
 去年も、当ブログに「奈良旅手帖2018」という記事をアップしています。そこに過去4年分の表紙を載せていました。

 今年の手帖の中身は去年とほぼ同じでした。例年と違うのはシールが付いていたことです。
Naratabi2019c
 来年は譲位があって、祝日等不確定な部分があるので、それに対応するためのシールです。このシール、なかなかおしゃれです。(^_^)

 「奈良旅手帖」は毎年買っているものの、普段使っているのはぐんまちゃん手帳……じゃなかった、群馬県民手帳です。このシール、そちらに流用してしまうかもしれません。(^_^;

2018年9月29日 (土)

奈良の「かまや喜八」

 昨日、6月に書いた「明治30年前後の奈良市鳥瞰図」という記事に「いがらし」さんからコメントを頂きました。

 木曜日に「いがらし」さんが入手された大正15年発行の「奈良史蹟案内」が、奈良のいろは旅館(別館かまや旅館)が発行したものであったことから、この旅館に関心をもたれ、探していらっしゃるうちに、当ブログにお越しくださったとのことでした。

 あの記事に載せた画像の1つに、猿沢池の畔に魚佐と並んで鎌屋が載っています。
Narachokan04
 思いがけないことで、大変に嬉しく存じました。

 そこで、幾つか入手済みの道中記を見ていったところ、1つにこの宿が見つかりました。

 明治32年の『真誠講社』です。
M32shinseiko01
 残念ながら宿の所在を示す地図は載っていませんが、確かに「かまや喜八」の文字がありました。所在地も「ならいまみかど(奈良今御門)町」とあって、一致します。
M32shinseiko02
 複数の資料を突き合わせると面白さが増します。(^_^)

2018年9月27日 (木)

飛鳥寺瓦窯の岡、今昔

 かねて懸案の、例の絵はがきの撮影場所は、万葉文化館の西に隣接する飛鳥寺瓦窯の岡からに間違いなかろうということで無事に解決しました。

 ただ、あの岡、現在はこんな感じです。
Yukiki11
 これでは岡に登ることさえ無理そうです(私有地かもしれませんし)。かつてはこの岡に登れたのでしょうね。できればそれを確認したいところです。

 Googleマップの航空写真は次の通りです。
Manyobunkakan01
 万葉文化館に隣接する西側の地は森のようになっています。

 国土地理院のサイトで昭和44年の航空写真が見つかりました。
Manyobunkakan02
 この写真をブログに貼るについては、当該サイトに「コンテンツの利用について」という項があり、そこには次のようにありました。

>本サービスでダウンロード可能な空中写真は、「1.1)出典の記載について」にある通り、出典の明示等を行っていただければ利用可能です。(申請不要)

ということで、ありがたいことです。出典は以下の通りです。
https://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=406656&isDetail=true

 上の2つの写真を比べると、今万葉文化館のあるところには、昭和44年の写真では何もありません。といいますか、写っているのは池のようです。「飛鳥池遺跡」のあの「飛鳥池」。
 西隣の地には木の生えている部分もありますが、北西側=飛鳥寺の東方を南北に通るバス通りに面したあたりには木はありません。耕作地のように見えます。こういう状態ならば岡に登ることも北方を撮影することも可能でしょう。

 もう1つ、乾先生たちに絵はがきをお目に掛けたときに、乾先生から、今年、飛鳥資料館で飛鳥の古地図・古写真の展示が行われたので、飛鳥資料館に行けばその折の図録が入手できるのではないかとご教示頂きました。

 それで、岡寺に行ったあと飛鳥資料館に行ってきました。

 図録、ありました。
Asukagen01
 許諾なしに中の写真を転載してはまずいと思いますが、ちょっとだけ。
Asukagen02
 この写真には次のようなキャプションが付いていました。
Asukagen03
 まさにこの岡ですね。この写真は、飛鳥寺の北西方向から、飛鳥寺越しに南東の岡を撮したものでしょう。昭和32年の撮影で、撮影者及び所蔵先は奈良文化財研究所です。

 この写真でも飛鳥寺側の岡の斜面には木は生えていません。キャプションに依れば木の生えていない場所は畑ですね。

 例の絵はがきは戦前のものと思われますので、さらに古い写真が見つかれば幸いです。

2018年9月26日 (水)

飛鳥をちょっと

 22日(土)の万葉文化館でのシンポジウムの日、飛鳥を少しだけ回りました。

 この季節の飛鳥といえば、彼岸花ですね。
Asuka20180922a
 橿原神宮前駅から飛鳥に自転車で向かう途中で撮しました。あ、雨が上がって自転車が使えたのは大変に幸いでした。

 まずは万葉文化館に直行し、図書室やミュージアムショップを覗き、展望ロビーから耳成山・香具山方面をじっくり観察したあと、外に出ました。

 岡寺に行きましたが、あそこは高いところにありますね。途中で自転車を降りて、歩きました。
Asuka20180922b
 江戸時代の『和漢三才図会』や『大和名所図会』では、岡寺の岡を「ゆききの岡」としています。それで一応行ってみました。『大和名所図会』には、ゆききの岡の桜の下に男女が集まってお花見をしている挿絵が載っているのですが、傍らに川が流れていて、とても山門の奥とは思えません。岡寺のある岡の麓付近のイメージなのかもしれません。

 万葉文化館のすぐ南には「あすかむ」という施設があり、その敷地内に万葉歌碑がありました。
Asuka20180922c
 犬養先生の揮毫によるものです。

 「あすかむ」って意味不明でした。ググってみたら、

>『ASUCOME・あすかむ・明日香夢』という名前は、「明日香村は誰でもが夢を語れ、夢を実現することができる素敵な村でありたい、そして世界中から多くの方々に訪れていただきたい」との想いを込めて、メンバーたち自らが名付けました。

ということでした。なるほどです。

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