飛鳥・奈良

2018年2月19日 (月)

「奈良名所細見図」2

 ネットオークションで「奈良名所細見図」を入手しました。
Narameishosai06
 左側欄外の刊記に依れば、明治22年8月に、奈良町在住の河村音松が印刷発行したものです。

 この絵図、以前何度かご紹介した、江戸時代刊の「ならめいしよゑづ」とよく似ています。
Narameishosai07
 両者、絵図の範囲は全く同じですし、絵もよく似ていますが、「ゑづ」に比べると「細見図」は大分簡略になっています。

 ただ、今回の「細見図」は明治22年の発行ということで、内容に時代差があります。

 東大寺の西側、「ゑづ」は以下の通りです。
Narameishosai08
 これに対し、同じ範囲が「細見図」では以下のようになっています。
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 「ゑづ」では塀の内側が丸ごと興福寺のようですが、「細見図」では、北の方に、奈良県(県庁)、郡役所、裁判所が並んでいます。お上に接収されてしまったのでしょうかね。また、「ゑづ」では立派な南大門の絵が描かれていますが、「細見図」では「ナンダイモンアト」になってしまっています。焼けたか壊れたかしたのでしょう。

 今回の記事のタイトルは「奈良名所細見図」2としました。なぜ2なのかというと、昨年の9月3日に「奈良名所細見図」というタイトルの記事を載せてしまったからです。こういう絵図です。
Narameishosai01
 こちらは、カラーで立体的な絵図になっています。明治23年1月に刊行されたもので、発行人は同じく河村音松です。同じ発行人が、同じ「奈良名所細見図」という名称の絵図を半年足らずの差で刊行したことになります。

 紛らわしいことをしたと思いますが、あるいは河村音松は、「ゑづ」を簡略化しただけのような明治22年の細見図に飽き足らず、完全に面目を一新した新たな絵図を翌年発行し、旧細見図は絶版にしたとか、何かそういった事情があったのかもしれないと考えました。

 その明治23年版の細見図では、県庁・裁判所のあたりはこう描かれています。
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 さて、現在、奈良市内を通る道路の中で、メインストリートは登大路でしょうね。この道の北に裁判所、県庁、東大寺などが並び、南には近鉄奈良駅、興福寺、奈良国立博物館などが並んでいます。ところが、今ここで見て来た3枚の絵図のいずれにも登大路は描かれていません。特に、「ゑづ」や旧「細見図」では全体が大きく塀で囲まれていますしね。

 思えば、かつての二条大路は奈良女子大の南沿いの道、三条大路は猿沢池の北沿いの道のようですから、登大路は両大路の中間くらいに位置することになりましょうか。

 登大路は、大阪万博の折なども含めて、段々に拡幅されて今に至っているようですね。

 たまたま入手した1枚の絵図でしたが、3枚の絵図を比較することで、あれこれ見えてきました。地図は楽しい。(^_^)

2018年1月10日 (水)

古い「飛鳥名所」絵はがき

 飛鳥の古い絵はがきを手に入れました。またまたネットオークションです。4枚セットでしたが、最初からそうだったのかは不明です。

 (飛鳥名所)古来聞えし飛鳥神社
Asukameisho01
 4枚セットのうち、この絵はがきにのみオモテにスタンプが捺してありました。
Asukameisho02
 岡寺駅のです。「11.11.7.」とあります。郵便の消印を見たときもいつも悩むのですが、これ、昭和11年11月7日なのでしょうか、それとも昭和7年11月11日なのでしょうか。あ、昭和でしょうね。大正ということはないと思いますが。

 以前私が撮影した写真と並べてみました。
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 結構違いますね。80年も経っていますから。

 飛鳥井の石柱は同じようです。ただ、現代の方が丸くなったように思います。
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 女の子2人の姿に時代を感じます。存命ならば90歳くらいでしょうか。
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 (飛鳥名所)聖徳太子の御誕生地橘寺の聖観
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 橘寺には何度か行きましたが、HDDを探してもこれと同じ角度からの写真はありませんでした。残念。……というか、どうしてこういう真正面からの写真がないのか不思議です。(^_^;

 (飛鳥名所)飛鳥川の清流
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 本当に清流という感じがします。

 (飛鳥名所)ゆきゝの岡より香具山、耳成山を望む
Asukameisho08
 この絵はがきセットを入手したいと思ったきっかけはこの絵はがきでした。

 「ゆきゝの岡」という語は聞いたことがありませんでした。そこで、あれこれ調べてみると、新勅撰集にこういう歌があります。

 「あすか河ゆききのをかの秋はぎはけふふるあめにちりかすぎなむ」(新勅撰集232)

 この歌に、「ゆききのをか」が出てきます。この歌と同じ歌と思われるものが万葉集にあります。

 「明日香河行き廻(み)る丘の秋萩は今日降る雨に散りか過ぎなむ」(1557。丹比国人)

 二句目の原文は「逝廻丘之」です。新勅撰集の歌は、この原文を「ゆききのをか」と訓んだのでしょう。

 飛鳥川がそばを流れている丘ということで、この丘は雷丘か甘橿丘を指しているのでしょうが、この絵はがきが作られた頃、「ゆききの丘」は固有名詞として認識されていたことになりますね。

 この絵はがきには、「ゆきゝの岡より香具山、耳成山を望む」とあります。さて、この写真、雷丘からの眺望でしょうか、甘橿丘からの眺望でしょうか。

 昔の資料は楽しいです。(^_^)

2017年11月30日 (木)

最古のため池発見とスルガ木簡

 今日のアサヒコム奈良に「最古級のため池を確認 「山田道」側溝も」という記事が載っていました。

 明日香村飛鳥、東山で、飛鳥時代の幹線道「山田道」の側溝とみられる溝と、6世紀前半に造られたとみられる人工のため池の跡が見つかった、ということを昨日、奈良文化財研究所が発表したとのことです。

 「飛鳥」は分かりますけど、「東山」は知りませんでしたので、地図を見てみました。
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 万葉文化館の東ないし北東ですね。

 現場はコンビニエンスストアの建設予定地で、すでに埋め戻されており、現地説明会はないそうです。

 ため池の跡は山田道の側溝跡のそばにあたり、発掘されたため池の中では最古級だそうです。

 池底の地層の特徴から、このため池は6世紀前半に谷だった地形を利用して造られたとみられ、7世紀初めには岸をかさ上げしたり、池の水を排出する溝を造ったりした形跡があったとのことです。

 山田道の整備が始まると、その排出溝も埋められ、山田道が完成した後になって、ため池全体も埋められたとみられるそうです。

 なかなか興味深いですけど、一番心惹かれたのはその先です。♪

 埋めた後の地層から、「珠流河」(するが、駿河)や「伊委之」(いわし、魚のイワシ)と読める荷札木簡が見つかったとのことです。

 これまで知られているスルガ木簡は、あらかた「駿河」の表記です。それ以外のものは、石神遺跡から出土した「素留宜矢田部調各長四段四布□□六十一」と記されたものしか見つかっていません。

 この「素留宜」は国名なのか氏族名なのかいまいちはっきりしません。そのような中での今回の発見、貴重です。

 さらに、国造本紀(『先代旧事本紀』の第10巻)に「珠流河國造」とあります。

 『先代旧事本紀』は平安時代に記紀を切り貼りして作られた偽書ながら、巻5と巻10のみは然るべき古記録を基にして書かれたとされています。

 国造本紀の「珠流河國造」と今度見つかった木簡の「珠流河」、同じ表記ですね。極めて興味深いです。

2017年11月 7日 (火)

「日本文化の源流」展

 奈良県立万葉文化館でこのような展覧会があります。
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 先日、都内で学会関係の会議があり、そこでご一緒した万葉文化館のI先生から、このチラシを頂きました。

 裏です。
H29manyobunka02
 字が小さいので、趣旨等の部分をアップで載せます。
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 日向の内藤家に伝来したお宝の展示ですね。奈良は大和猿楽発祥の地なので、そこで能関係の展示というのは納得できます。

2017年11月 4日 (土)

奈良旅手帖2018

 毎年予約している「奈良旅手帖」、今年も届きました。

 表紙
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 裏表紙
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 オモテは太陽と鹿、裏は月と鹿でしょうね。

 毎年、表紙は何種類かのうちから選べるようになっています。私が選んだのは次の通りです。

 2017年
Naratabi2017a
 2016年
Naratabi2016a
 2015年
Naratabi2015a
 毎年鹿の描かれているのを選んでいました。(^_^)

 奈良旅手帖、刊行からちょうど10年になるというので、大幅リニューアルを考えてアンケートをとったのだそうですが、今まで通りが良いという声が多かったので、大きな変更はないとのことです。

 私のところにもこのアンケート、来たような気がします。(^_^; 個人的には地図の充実を望みます。アンケートに答えれば良かったかな。

2017年9月19日 (火)

鹿瓦ばん2017秋冬

 奈良の鹿愛護会から、年2回発行されている「鹿瓦ばん」の最新号が届きました。1枚の表裏2ページです。
Shika201709a
 1ページ目で面白かったのは下の記事です。
Shika201709c
 鹿は好きですけど、雄の鹿とライバル関係になろうとは思いません。(^_^; 鹿せんべいをやるときには気をつけます。

 2ページ目です。
Shika201709b
 こちらでは、冒頭にある「しかっぴ」ですね。鹿のフンと残餌とを原材料に作った完熟堆肥です。5kg100円、10kg200円という低価格です。今度奈良に行ったら買って帰ろうと思います。重いので、宅配ですね。(^_^)

 同じ封筒に鹿の角きりの案内も入っていました。
Shikatsuno2017
 6月の鹿の赤ちゃん大公開は是非行きたいですけど、鹿の角きりはあまり心が動きません。伝統行事ではありますし、人間の安全のために必要なことでもあるのでしょうけど。

2017年9月13日 (水)

『西国巡礼 細見之絵図』

 このようなものを入手しました。
Saigoku01
 折りたたまれていたのを開くと、全体像はこんなです。
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 凡例と、巡礼の全行程はこのようです。
Saigoku03
 凡例にもあるように、地図上では巡礼の道は太く彩色されています。一番の「なちさん」から三十三番の「たにぐみ」まで、相当に長い道のりですね。和歌山県、大阪府、奈良県、京都府、滋賀県、兵庫県、岐阜県に亙ります。

 版元は南都大仏前絵図屋庄八です。
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 この版元、以前ご紹介した「奈良名所絵図」の版元でもあります。下の図の左下欄外に版元名が書いてあります。
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 巡礼絵図の方、宝暦四年(1754)の版を嘉永二年(1849)に改版したようです。100年近く経っていますね。わずかな改訂なのか、大改訂なのかは分かりません。

 この巡礼道、一番は那智山ですが、その前に伊勢神宮からの道が描かれています。お伊勢参りを済ませてから西国巡礼に回るとしたら、さらなる大遠征ですね。
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 奈良付近。
Saigoku06
 六番壺阪寺、七番岡寺、八番長谷寺、九番(興福寺)南円堂などが見えています。

 以前見た別の絵図に記されていた、橘寺、飛鳥、阿倍、多武峰、桜井、三輪、丹波市、帯解、田原本、八木などのおなじみの地名(実際にはひらがなですが)も見えています。

 知った地名を見ると、なんか嬉しい。(^_^)

 紀伊半島の南に「たごノ浦」という地名がありました。現代の地図を見ても、「田子」という地名や紀勢本線の駅名があります。和歌山県東牟婁郡串本町です。
Saigoku07
 「たごのうら」って、富士山の近くにも、越中にもありますよね。地形由来の地名でしょうかね。関係が気になります。

 群馬の、多胡碑のある多胡郡も関係があるのか、あるいはこちらは全く無関係なのか。海と山ですからねぇ。でも、あれこれ気になります。

2017年9月12日 (火)

「朱雀門ひろば」来年3月オープン

 平城宮跡の復元朱雀門の南に、観光拠点「朱雀門ひろば」が来年3月24日にオープンするという記事を、5日ほど前に新聞のネット版で読みました。

 朱雀門前の朱雀大路西側が県営区域で、
  観光案内・物販施設「天平みつき館」
  飲食・交流施設「天平うまし館」
  団体集合施設「天平つどい館」
を新たに建設するとのことです。

 天平うまし館のそばには池を設け、先年復元された遣唐使船を展示し、同館から橋を渡って船に乗れるようにするそうです。

 また、現在閉館中の「平城京歴史館」は、休憩と宮跡展望のための施設「天平みはらし館」にリニューアルし、ここにはレンタサイクル貸出所などもできるとのことです。

 一方、朱雀大路の東側は国営区域で、こちらは平城宮跡展示館「平城宮いざない館」の整備が続いているそうです。

 私のHDDに10年前の写真がありました。南側から朱雀門を臨んでいます。この向かって左側が西側、右側が東側になります。ここに上記の諸施設ができるのですね。
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 朱雀門の北は、なるべく奈良時代の姿に近づけていって欲しいです。朱雀門の南には、こういう施設群ができても良いのかなぁと思います。活性化にも繋がりましょう。

 奈良県各地は、今日は大変な大雨だったようですね。お見舞い申し上げます。

2017年9月 7日 (木)

シンポジウム「万葉集の中の漢籍・仏典を考える」

 9月16日(土)に万葉文化館でこのようなシンポジウムがあります。
Manyokansekibutten
 なんか面白そう。大いに心惹かれます。また、この日は例の天理の至宝展の開始日でもあります。
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 兼ねて行けば一石二鳥ですが、あいにくこの日は自分の講座(「トンボの眼」)があります。8月・9月はあまり予定がないのに、よりによってぶつかってしまいました。

 残念です。(^_^;

2017年9月 3日 (日)

「奈良名所細見図」

 ネットオークションで入手しました。明治23年発行です。
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 左上に東大寺、下に興福寺、右上に春日大社が描かれています。

 ちゃんと鹿も描かれていて、嬉しいです。人力車が描かれている点に明治を感じます。
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 江戸時代に出版された「奈良名所絵図」というものもあります。
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 こちらは、左に興福寺、右下に春日大社、上に東大寺が描かれています。この3つが不動の名所なのですね。

 両方を比べると、さすがに「細見図」というだけあって、「奈良名所細見図」の方がかなり細かく詳しいです。

 「名所絵図」には、猿沢の池に魚が描かれていました。
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 「細見図」の猿沢の池にも何か描かれています。波か魚か微妙ですが、魚のように思えます。
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 どちらにも杖をついた人が描かれています。当時、珍しくなかったのでしょうか。あるいは、水戸黄門のように、旅をする高齢者の必需品だったか。

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