テレビ

2022年11月12日 (土)

今日の「ブラタモリ」は善光寺

 今日の「ブラタモリ」は善光寺でした。
 善光寺の立地や門前町のことにも触れていましたけれども、多くは善光寺そのものについてでした。
 こういうのは「ブラタモリ」では珍しいと思います。
 最後のところで、野口アナのお腹がグーと鳴ってしまったのを、撮り直さずにそのまま流していたのは「ブラタモリ」らしいと思いました。(^_^)

 善光寺には1度だけ行ったことがあります。
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 平成27年(2015年)10月に萬葉学会が信州大学の教育学部で開催された折です。
 今から7年前、ご開帳の年でした。

 その折、ブログでも取り上げたのですが、歴代の回向柱の高さが謎でした。
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 このように、歴代の回向柱が年の順に並んで建てられているのですが、古いものほど低くなっています。

 左側の新しいもの3本をアップにします。
Zenkoji10
 「維時 平成○○年~」の文字の高さが古いものほど低くなっています。
 つまり、これらの回向柱は古いものほど地中に沈んでいることになります。
 回向柱は、年を経るに従って、次第に自重で地中に沈んで行っている。
 なんて、そんなはずはありませんよね。
 古い回向柱は頭を叩いて地中に打ち込んでいるのでしょうかね。

 7年経っても謎が解けません。(^_^;
 「ブラタモリ」で取り上げて欲しかったのですが、出てきませんでした。
 次回は善光寺の2回目ではなくて、安曇野だそうです。

2022年11月10日 (木)

熊本の「からしれんこんどーもくん」

 今日夕方のNHK「ゆう5時」に熊本の「からしれんこんどーもくん」が登場していました。
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 久しぶりにこの番組に登場したご当地どーもくんですが、アメリカの中間選挙速報がL字形に画面を占めている影響で、ちっちゃくなってしまっています。

 熊本と言えばくまモンですが、NHKには各地にご当地どーもくんがいますので、自前のゆるキャラで対応できます。
 からしれんこんどーもくん、遥々熊本から来てくれたのですよね。
 飛行機でしょうね。座席を2つ取らないと座れないかもしれません。
 道中、たくさんの乗客から撮影されたのではないかと思います。
 あるいは貨物室に入れられて来たのでしょうかね。凍死しそう。

 さて、架蔵の「からしれんこんどーもくん」のストラップです。
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 購入したのは平成17年(2005)ですので、今から17年前です。
 これは「熊本」と書いたのぼり旗を持っていますが、昨日のTVのはお腹に「熊本」と書いてあります。
 あとは大体同じですね。

 また次のご当地どーもくんの登場を待ちます。

2022年9月25日 (日)

オンベレブンビンバ

 今日のNHK大河「鎌倉殿の13人」のタイトルは「オンベレブンビンバ」でしいた。
 大河には珍しいカタカナのタイトルですし、意味不明なので、ネットでも話題になっていました。
 正解は今日の番組で明かされました。
 北条時政がかつて大姫が唱えていた真言を間違って憶えていたのでした。

 間違えって。(^_^;

 これが、北条一家の最後の晩餐となるわけですね。
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 この席には、りくだけでなく、泰時ものえもいません。昔からのメンバーです。
 でも、かつての大姫がいたときからはだいぶ減ってしまっています。

 和田さんちでは「武衛」まで登場して。

 平六は本当に喰えない奴です。(^_^)
 りくは平六を分かっていません。

 あ、大姫の真言について、皆が皆、自分の憶えている言葉を言っていましたが、正解は長沢まさみが冷静なナレーションで示した「おんたらくーそわか」でした。正解はなし、というか全部かなり違っていました。

 でも、ネットで出されていた、イタリア語で「ombre per un bimbo」「Ombre Banbinba」(意味は「子供のための影」)というのも正解なのではないかと思います。
 鎌倉殿の毎回のタイトルは2つの事柄を兼ねていることが多いですから。
 油断のならない三谷幸喜。

2022年9月24日 (土)

犬の端布&きのこ丼

 犬の端布を買いました。
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 サイズは37cm×50cmほどです。

 これが1単位になります。
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 犬がいっぱい。かわいいです。

 上のには「それ出た それ出た ワンワンワン」と書かれています。
Inuhagire03
 これは花咲か爺ですね。

 下のには「お供につくもの みなおいで」とあります。
Inuhagire04
 これは桃太郎でしょう。

 どちらも犬と言葉だけで、それぞれおとぎ話を表現しています。
 これを作った人は犬が大好きなのかもしれません。

 この端布とは全く関係ありませんが、今日、いつものスーパーで、きのこと豚肉のオイスターソース丼というのを見つけて、つい買ってしまいました。
Kinokodon01
 買った理由はきのこです。某大河ドラマの影響です。
 すぐ影響されます。(^_^;

 きのこが3種も入っていますので、女子は大好きかと思いましたが、売れ残っていて半額になっていました。
 ヘンだなぁ。(^_^;

 おいしゅうございました。

2022年9月23日 (金)

ナゾの資料「NHK 忠臣蔵」

 このようなものを入手しました。
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 表紙には「NHK 忠臣蔵」とあります。
 NHKが忠臣蔵のドラマを制作するに当たっての参考資料と思われます。

 最初のページには目次があります。
Nhkchushiryo02
 冒頭に「NHK忠臣蔵参考資料集成目次」とあります。

 文字が小さいので、拡大します。
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Nhkchushiryo04
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 赤穂事件関係の資料が満載です。
 図面も、江戸城、赤穂城、吉良邸地図、吉良邸邸内図が折り込みで入っています。

 というものなのですが、最後に付いている「後記」の末尾に不思議なことが書いてあります。
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 冒頭に、「この映画の製作にたずさわり」とあります。また、うしろから2行目、3行目には「東宝の「忠臣蔵」」とあります。
 映画? 東宝の「忠臣蔵」? NHKの忠臣蔵製作資料のはずなのに、奇っ怪なことです。

 そういえば、この冊子の表紙の「忠臣蔵」の書体には見覚えがあります。

 昭和37年の東宝の「忠臣蔵」のパンフレットです。
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 この左下に「忠臣蔵」のロゴがあります。

 両者を並べてみます。
Nhkchushiryo07
 同じと思われます。

 どういうことでしょうね。
 以下、全くの推測になりますが、昭和37年というと、NHKの大河2作目の「赤穂浪士」が放送される2年前に当たります。
 その参考資料として、NHKは東宝の「忠臣蔵」の参考資料を入手したのではないでしょうか。
 それをそのまま、あるいはそれに新たな資料を加えて「赤穂浪士」製作の参考資料冊子を作った。
 といったようなことかなぁと思います。
 東宝の「忠臣蔵」作成の参考資料は、別に密かに入手したわけではなく、ちゃんと依頼して入手したものと思います。

 私はまずいものを発掘して、余計な詮索をした上に、それを公開してしまっていましょうか?
 ちょっと不安。(^_^;

2022年9月19日 (月)

斎藤別当実盛と三浦大介義明

 今日は敬老の日。
 何かそれにちなんだネタはないかと考えたら、去年アップした「子供武者しりとりうた」に思い至りました。
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 中央やや上から下に掛けて一部切り出します。
Mushashiritori07
 右上には「すけどの 天下の そうついふし」として源頼朝がいます。
 その下は、「ふじで たゞつね しゝをうつ」として仁田忠常がいます。
 2人とも「鎌倉殿の13人」でおなじみでした。

 それらの左側に「さねもり おひむしや びんにすみ」(斎藤実盛)と「三うらの大助 百六才」(三浦義明)がいます。
 2人とも老い武者ですね。

 このうち、三浦義明の享年は89だったようですが、それでも当時としてはかなりの高齢と思います。
 「鎌倉殿」で歯のないお爺さんとして描かれた佐々木秀義は享年73でした。

 さて、三浦義明ですが、この人は三浦義村と和田義盛のお祖父さんなのですね。三浦義村と和田義盛は従兄弟同士に当たります。
 そして、頼朝が挙兵して石橋山で負けたときに、当時平家方だった畠山重忠に攻められて、三浦義明は衣笠城で切腹します。
 前々回の「鎌倉殿」で、北条時政が三浦義村を味方に付けようとして、その話をしていましたが、思えば、和田義盛にとっても畠山重忠は祖父の仇に当たるのですね。そのことを今になって知りました。

 「鎌倉殿」で、畠山重忠と和田義盛はなんか仲が悪かったというか、重忠の方は意識していない風でしたが、義盛は大いに意識していましたよね。義盛は重忠の見栄えが良いことを憎らしく思っていたようでしたけど、それだけではなくて、祖父の仇という意識もあったのでしょうかね。
 それでも、長年、同僚として戦ってきて、そのわだかまりは薄らいでゆき、昨日のような関係性になったのでしょう。
 和田義盛は単純すぎるので、畠山重忠には何もかも見透かされていましたね。

 畠山重忠と北条義時の一騎打ちが昨日のメインでしたが、畠山重忠と和田義盛との語らいも良かったです。

2022年9月14日 (水)

「ヤッターマン」の台本

 「ヤッターマン」第42話の台本を入手しました。
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 ウィキペディアに拠れば、1977年(昭和52年)10月15日の放送です。

 ヤッターマンの決め台詞。
Yattaman42b
 最後の行です。
 私が憶えているのは、「ヤッターマンがいる限り」「この世に悪は栄えない」でした。
 私の記憶違いか、あるいは、決め台詞が途中から変わったのかもしれません。
 どなたかご記憶のある方。

 ボヤッキーがボタンを押す場面。
Yattaman42c
 これも、おなじみなのは、「ポチッとな」ですね。
 それが「ぶちゅっとな」となっています。
 変遷があったようです。

 おもしろいです。

2022年9月12日 (月)

政子が実朝のために選んだ歌(補遺)

 9月4日のNHK大河「鎌倉殿の13人」に、政子が実朝のために抜き書きした和歌の束が登場しました。
 その一番上に載っていた紙に書かれた和歌について、「「鎌倉殿の13人」で、政子が実朝のために選んだ歌」、「政子が実朝のために選んだ歌(たぶん完結編)」の2つの文章を載せました。
Yamakatsuno01

 今回はその続きです。
 前回、「たぶん完結編」と書きながら、続きというのもお恥ずかしいことです。(^_^;

 あの2つの文章を登録したあと、Twitterでご覧くださった静岡大学の小二田誠二さんから次のようなコメントを頂きました。小二田さんは母校の大学院の友人です。

 >つまり、実朝・義村死後に編纂された『拾遺風体和歌集』に入ることになる歌を
 >政子がどこからか入手したというか、私撰の歌集を作ってた、と言う設定?

 そういうことになってしまいますね。
 政子のセリフでは、頼朝が生前に入手していた歌集から実朝の好みそうな歌を選んで抜書した、とのことなので、そこは合いません。
 ただ拾遺風体和歌集を見ると、あの歌の少し前には和泉式部の歌、少しあとには西行の歌が収められていますので、歌集の成立年代は随分下るにしても、三浦義村の歌が収録されていてもおかしくはありません。
 他の歌は歌集から抜き出し、あの歌だけは、例外的に同時代の歌を書いて一番上に置いた、とでも考えなくてはなりません。
 ややご都合主義ではありますけど。(^_^;

 そういう返信をしました。

 そして、昨日の放送。
 昨日の回では、政子と対面した実朝が一番気に入った歌として、歌の束の2~3枚目の歌を選んでいました。その歌は父頼朝の歌ということでした。
 ということで、歌集の歌だけでなく、同時代の歌も収められていることになります。
 良かったです。(^_^)

 歌の内容が重要となった今、歌の作者については左程重要ではなくなりましたが、1枚目の紙に書かれた歌の作者「平義村」というのが三浦義村なのかどうか、気にはなります。
 そもそも、三浦義村は歌を作っていたのかどうか。

 これについて、吾妻鏡の次の記事が見つかりました。
 新訂増補国史大系本は所持してはいるのですが、渋川の家にあるので、国会図書館のデジタルコレクションから古典文庫本で引用します。

 >廿二日、戊午。将軍家、令逍遥火取沢辺給。是依覧草花秋興也。武蔵守・修理亮・出雲守・
 >三浦左衛門尉・結城左衛門尉・内藤右馬允等令供奉。皆携歌道之輩也。

 依拠史料に付いている返り点は省略し、句読点等も一部改めました。
 建暦三年(1213)九月二十二日条です。今の番組の時代から8~9年後に当たります。

 これによれば、実朝は火取沢(現在の横浜市磯子区)のあたりを逍遥し、草花を見て、秋の興趣に浸ったということです。
 武蔵守は北条時房(トキューサ)、修理亮は北条泰時、三浦左衛門尉は三浦義村です。
 そして、実朝に供奉したこれらの人々は「皆、歌道に携わる輩」だということです。

 この逍遥は、単なるレクリエーションではなく、同好の士を選んで供奉させての吟行だったのでしょう。
 ということで、三浦義村も和歌をたしなんでいたことが判明しました。

 面白い記事が見つかったものです。♪

2022年9月11日 (日)

鎌倉武士の鑑・畠山重忠

 「鎌倉殿の13人」、今日は珍しく誰も死にませんでしたが、なかなか厳しい状況ですね。不運急。
 畠山重忠があんな目に遭うのは納得できないことです。

 こんな絵があります。
Hatakeyama01
 画面の左側に書かれている解説を切り貼りします。
Hatakeyama02
 一ノ谷の坂を、馬を背負って降りるって、それは無理かと思いますが、こういう伝説が生まれるような剛の者だったのでしょう。

 この絵が収められているのは、『教訓名画集』という本です。
Hatakeyama03
 奥付がないので、いつの発行か分かりませんが、昭和10年代と思われます。
 帯の左側にこうあります。
Hatakeyama04
 「家の宝として」というのは、ちと大袈裟です。
 帯の右側にある様に、定価80銭ですしね。
 講談社の絵本の豪華版といった感じです。

 収録されているのはこういった面々です。
Hatakeyama05

 絵のページにも簡単な解説が付いていますけど、他に別冊の解説集があります。上の一覧はこの解説集の目次です。
 畠山重忠については、こういう書き出しです。
Hatakeyama06
 この先は省略しましたが、まだ続きます。
 曽我兄弟を助けたとあります。これも史実かどうかは分かりませんが、悲運の2組をくっつけた伝説なのかもしれませんね。

 畠山重忠の絵を描いたのは、磯田長秋画伯(明治13年~昭和22年)。
 小堀鞆音に師事し、歴史人物画、特に合戦図を得意とした、とのことです。

 「鎌倉殿」、来週見るのが切ないです。

2022年9月 8日 (木)

高知の「カツオどーもくん」

 昨日のNHK「ゆう5時」のお天気コーナーに、高知のカツオどーもくんが登場していました。
Katsuodomo01

 うしろ。
Katsuodomo02
 大きいです。

 正面、というかカツオ部分は正面ですが、どーもくんとしては側面です。
Katsuodomo03
 かわいいです。うちの金魚たちの正面顔もかわいいです。←親ばか。

 私、大分前にご当地どーもくんをコンプリートしました。
 こういった面々です。
Katsuodomo06
 随分大変でしたけど、このコンプリートと、『グラフNHK』バックナンバーのコンプリートのためにネットオークションを始めました。
 ネットオークションはワンダーランドです。
 以来、地獄の……、もとい、極楽のような日々になりました。

 この中にはカツオどーもくんはいません。
 四国はこういった面々です。
Katsuodomo05
 四国は愛媛のいよかんどーもくんと、香川の讃岐うどんどーもくんです。

 ところがその後、ご当地どーもくんは増殖しているようで、2014年の地図では四国はこのようになっています。
Katsuodomo07
 愛媛はみかんどーもくんに変わり、香川の讃岐うどんどーもくんはデザインが少し変わりました。
 それに加えて、徳島の阿波おどりどーもくんと、高知のカツオどーもくんが増えています。

 油断なりませんが、ゴールポストが移動したので、コンプリートの意欲が失せ、もうどーもくんの収集はしていません。
 ま、持っていないのをたまたま見かけたら買ってしまうと思いますけど。

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