研究

2021年4月12日 (月)

正倉院文書のきょうだいの名

 先週の金曜日に「「おほいらつめ」って、長女か!」という記事を書きました。

 それに関連して、きょうだいの名前に興味を持ちました。
 それで、正倉院文書の中から、大宝2年の御野国戸籍の初めの方だけ見てみました。
 本当にちょっとだけです。
 戸籍は続柄が分かるところが便利です。

 こんな感じです。
 (兄)大麻呂14歳 (弟)小麻呂8歳
 (兄)真石2歳   (弟)小石1歳
 (兄)加比14歳  (弟)乎可比3歳
 (姉)奈弥売11歳 (妹)乎奈弥売8歳
 (兄)真角22歳  (弟)小角15歳
 (姉)細売33歳  (妹)小細目27歳
 (姉)久弥売30歳 (妹)小久弥売27歳
 (姉)都弥売17歳 (妹)小積売16歳
 (姉)稲売13歳  (妹)小稲売8歳

 兄が「おほ」で、弟が「を」(あるいは「こ」)
 兄が「ま」で、弟が「を」(あるいは「こ」)
 兄または姉には何も付かず、弟または妹が「を」(あるいは「こ」)
という結果になりました。
 もっと沢山見て行けば、別のパターンも出てくるかもしれません。

 ぐんまちゃんは、親子もきょうだいも同じ顔で、名前も全部ぐんまちゃん。
Gunmac_ikka


2021年4月 9日 (金)

「おほいらつめ」って、長女か!

 昨日ご紹介した『現代語古語類語辞典』を見ていたら、次のような項目に目が留まりました。
Ohoiratume

 《尊》の上代に「おほいらつめ」が載っています。
 「おほいらつめ」って、長女のことだったのか!?

 日国にはこうありました。

 >おお‐いらつめ[おほ‥]【大郎女】〔名〕(「いらつめ」は女子を親愛して呼ぶ語)
 > 第一の女。長女。大姉(おおあね)。おおおみな。

 「おほいらつめ」って、たとえば大伴坂上大嬢などがいますけど、単に身分の高い女性の通称に用いられる接尾辞、という風に理解していました。
 長女だったとは。(^_^;

 そういわれてみれば、姉が「おほいらつめ」で、妹が「おといらつめ」や「わかいらつめ」であれば、「おほ」の意味がよく分かります。

 いえ、親が「坂上いらつめ」で、娘が「坂上大いらつめ」って、どうしてなんだろうと思ったことはあったのですが、思っただけで、そのままにしてしまっていました。

 坂上大嬢の場合は、異母姉に田村大嬢がいますね。父親が同じなのに「おほいらつめ」が2人。
 長女が2人になってしまいますけど、そうすると、父親は関係なく、同母の姉妹の中で姉が「おほいらつめ」なのでしょう。
 2人は別の里の、別の家に住んでいたわけですから、田村の家の長女、坂上の家の長女、といえば区別は付きますね。

 年をとっても知らないことがいっぱい。

 ここに書いたようなこと、業界では常識なのでしょうね。
 書かなければ良いのに、わざわざ書いて、恥をさらしています。(^_^;

2021年3月29日 (月)

『新釈全訳 日本書紀 上巻』刊行

 昨年1月に刊行された『大美和』で、神野志隆光氏たちが日本書紀の注釈書を刊行される予定だということを知りました。
Omiwa138c

 注意していたところ、情報が得られたので、アマゾンで注文しました。
 今回、金曜から渋川の家に行き、今日帰ってきました。
 その本は、土曜日に「置き配」で届いた旨、連絡がありました。
 2日以上、玄関前に置かれていたことになりますが、無事に置いてありました。

 こういう表紙です。
Konoshishoki01
 約600ページの大冊です。

 背表紙側の帯にこうあります。
Konoshishoki02
 全3冊ですね。新たに訓は付けないという方針です。

 見開きの右ページの上段が本文、下段が現代語訳、左ページが注です。そして、巻末に補注があります。
Konoshishoki03

 補注を見ていたら、こういう記述がありました。
Konoshishoki04

 私、いけないことをしてしまったのでしょうか。(^_^;
 神野志氏は、記紀も万葉集も、それぞれあるがままのものとして考えるべきだという基本姿勢をお持ちですけど、記紀成立以前の姿を考えたいという姿勢もあって良いと思うんですけどね。

2021年3月 2日 (火)

『論集上代文学』終刊

 注文していた『論集上代文学 第四十冊』(笠間書院)が届きました。
Ronshujodai40

 この叢書は、勤務先の個人研究室には継続して購入していたのですが、個人ではあまり買っていませんでした。(^_^;
 今回は、これで終刊になるということで購入しました。

 本冊には、遠藤宏氏、小野寛氏、山口佳紀氏、金井清一氏、白藤禮幸氏の論考と、上代文学研究年報(2017年)、近年亡くなった万葉七曜会会員の故山中広樹氏(遠藤宏氏による)、故林勉氏(金井清一氏による)への追悼文、そして『論集上代文学』終刊の辞が掲載されています。

 終刊の辞によれば、東京大学の大学院で五味智英先生の教えを受けていた院生たちが集まって、昭和33年に万葉七曜会が発足し、会員の研究成果を形にするために、昭和45年に『論集上代文学』第一冊が刊行されたとのことです。会も書籍も長い歴史がありますね。

 刊行30年を経た頃、会員外にも寄稿を依頼して今に至るものの、残る会員も少なくなり、高齢の度を重ねたために、第四十冊をもって終刊にするとのことです。最終冊に掲載されている論考は会員の先生方のもののみです。本来の姿に戻ったことになります。論集はこれで終刊ですが、会員の研究会は今後も継続するとのことです。一番お若い山口佳紀先生が昭和15年のお生まれですので、全員80歳以上ですね。昨年急逝された林勉先生も95歳とのことです。みなさんお元気です。
 上代文学研究は体に良いらしい。(^_^)

 私は1回だけこの論集に論文を掲載して頂いたことがあります。
 とてもありがたいことと思っています。終刊に間に合って幸いでした。

2021年1月31日 (日)

宣命校本ノート

 渋川の家の片づけで出てきました。
Senmyokohon01
 私の卒論のタイトルは「続日本紀宣命の国語学的研究」でした。その別冊資料です。
 母校では、卒業式の日に「永久貸し出し」という名目で卒論を返却していました。
 貸し出しなので、本当はすぐに出せるようにしていないといけないのでしょうけど。(^_^)

 中はこのようです。
Senmyokohon02

 多少アップに。
Senmyokohon03

 宣長の『続紀歴朝詔詞解』のコピーを切り貼りしたのを底本にして、これに諸本の異同を書き込んで行きました。
 コピーは湿式のようです。少し薄くなっていますが、40数年を経てこの程度ならば優秀かもしれません。
 結構たくさんの本を見ています。ただ、大学院に入ってからさらに校合したものもありますので、卒論時点よりも増えています。
 ご覧のように、宣長は、多くの諸本が一致している本文を結構変えています。そんなことが校本を作って分かりました。

 天理図書館にもこの3冊を携えて行きました。当ブログでしばしば触れた芳月に泊まって。

 渋川転居後28年振りに再会して感慨深いものがありました。

2020年10月27日 (火)

おうふうの古事記・萬葉集を自炊

 リモートによる後期授業、3コマ順調に進行中です。さきほど、15回のうち4回目が終わりました。
 古事記では、受講生は皆指定のテキストを持っていますが、画面上でテキストを共有する方が、マウスカーソルを説明に使えて便利な点もあります。
 そこで、おうふうの『古事記 修訂版』を解体して自炊してしまいました。
 本は、今まで教師用に献本として頂いたものがありますので、それを犠牲にしました。
 ついでに、同じくおうふうの『萬葉集』も自炊。
Jisui_ofu
 無残な姿になってしまいました。
 本をばらすのにはやはり抵抗がありましたが、抵抗には目をつぶりました。

 PDF化は、スキャンスナップを使って、簡単に済みました。
 自動的に表裏とも読み取ってくれる、便利な機械です。

 この両者のPDFをノートパソコンに入れておけば、旅先でも古事記と萬葉集を読むことができます。

 有効活用できればと思います。

2020年6月19日 (金)

萬葉学会の大会も不開催

 今日、萬葉学会からの郵便が届きました。10月17日・18日に奈良県三郷町で開催予定の萬葉学会全国大会は不開催とのことです。
 早速、萬葉学会のHPを見に行ったら、そこにも載っていました。
2020manyo_chushi
 画面右下にあるように、6月7日付けで載っていたのですね。数日前に論文のバックナンバーをダウンロードしようとアクセスしたのですが、気づきませんでした。

 去年の大会で、次回の会場は奈良県の「さんごうちょう」と言われて、恥ずかしながら「はて、どこだろ?」と思ってしまいました。
 漢字で「三郷町」と知って、何となく位置が分かりました。龍田のあるところですね。
 先日の『ならら』の特集が龍田でしたので、大会ついでに探索しようと思っていました。
Narara202006

 日程が10月と、まだ少し先ですけど、執行部としては、やはり早めの決定をしなくてはならなかったのでしょうね。
 悩ましい判断だったことと思います。
 今日届いた手紙には「秋になる頃に今回の決定を悔いることを願っております」とありました。
 本当にそう思います。

 これで、
  5月23日・24日 上代文学会(関西大学)
  6月6日・7日 全国大学国語国文学会(東京学芸大学)
  7月4日・5日 美夫君志会(中京大学)が中止になり、
  6月20・21日 古事記学会(宮崎市)は12月に延期になりました。

 今年は仕方がないですね。

 4月19日の高校の同窓会も中止になりました。卒業50周年だそうです。
 「え~?」と思って、計算してみましたが、合っているようです。(^_^;
 少年老い易く、学成り難し。
 でも、まだ頑張ろう。

2019年11月23日 (土)

駒澤大学で上代文学会

 今日は、駒澤大学で開催された上代文学会のシンポジウムに行ってきました。

 テーマは、「『日本書紀』神代巻を読む」です。
 来年は日本書紀成立1300年に当たりますので、それを意識したテーマ設定です。

 パネリストと講演題目は以下の通りです。

 相模女子大学名誉教授 呉 哲男氏
 「正史はなぜ神代巻を必要としたのか―「抑圧されたものの回帰」をめぐって―」

 早稲田大学教授 松本 直樹氏
 「『日本書紀』神代巻の構成」

 相模女子大学准教授 山田 純氏
 「『日本書紀』「神代紀」一書内部〈注釈〉の読解」

 司会は、フェリス女学院大学教授 松田 浩氏です。

 雨の降る、寒い日でしたが、それにしては参加者が多かったように思います。
 興味深く拝聴しました。
 発表要旨はこちら

 今日はカメラを持って行かなかったので、シンポジウムの写真はありません。
 スマホは持っていましたが、スマホで撮すとシャッター音が鳴るので、撮影は遠慮しました。
 シャッター音が鳴らないようにする方法は、にわかには分かりませんでした。(^_^;

 それで、休憩時間に教室の外で、こんな写真を撮りました。
Komadai

 駒澤大学の開校130周年記念棟(シンポジウムの会場です)の各フロアは、それぞれシンボルカラーが決まっているとのこと。
 「空」は「色即是空」の「空」でもあるようです。

 駒澤大学に行ったのは、昭和50年代後半以来です。ずいぶん久しぶり。
 その時も学会(たぶん古事記学会)でした。
 会場でお目に掛かった青木周平先生に誘われて、古事記研究会に入れて頂くことになりました。
 そんなことを思い出しました。

2019年10月30日 (水)

新町で公開講座。「さる」「なり」も

 今日は新町公民館で講座の日でした。隔週で全5回の講座、無事に終わりました。
 今日は前回に引き続き大伴家持です。
Yakamochizo02

 プリントは最後まで作って前回配ってありますので、今日は準備不要のはずが、そううまくはゆきません。(^_^;
 前回、自分への宿題を2つ課してしまいましたので、それをまとめなければなりませんでした。レジュメはこちら

 宿題の1つは「去る」です。「春されば」「夕されば」などは、「春になると」「夕方になると」の意で、「春が去ると」「夕方が去ると」の意ではありませんね。現代では「去る」は離れて行くことにしか使いませんが、上代では来ることにも使うと、辞書や注釈書に書かれています。
 これまで、授業や講座・講演などでは、それをそのまま受け売りしてきましたが、確認してみたくなりました。集中に「さる」は全部で129例ありました。分類すると以下のようになります。

A.季節が来る 65例
【春されば】春になると 27例
【春さり来れば】春になると 7例
【春さりぬれば】春になると 1例
【春さらば】春になったら 5例
【春さりゆくと】春になってくると 1例
【春さりゆかば】春になったら 1例
【春さりにけり】春が来たことだ 1例
【春さりくらし】春が来たらしい 1例
【春さりて】春になって 1例
【秋されば】秋になると 10例
【秋さらば】秋になったら 8例
【秋さりて】秋になって 1例
【秋さり衣】秋になって初めて着る衣 1例

B.時が来る 41例
【朝されば】朝になると 1例
【夕されば】夕方になると 30例
【夕さり来れば】夕方になると 2例
【夕さらば】夕方になったら 3例
【明けされば】夜が明けると 3例
【明けさりにけり】夜が明けてしまった 1例
【夜さり来れば】夜がやってくると 1例

C.(打消を伴って)欠けることなく 11例
【朝去らず】毎朝 5例
【夕去らず】毎夕 3例
【宵去らず】毎晩 2例
【岩もと去らず】全ての岩蔭に 1例

D.(打消を伴って)離れず 10例
【川淀去らず】川淀を離れず 1例
【海辺常去らず】海辺を常に離れず 1例
【み山を去らぬ】お山を離れない 1例
【朝廷去らずて】朝廷を去らずに 1例
【面影去らず】面影が消えることなく 1例
【床の辺去らず】床のあたりを離れず 3例
【枕去らずて】枕辺を離れず 1例
【ねどなさりそね】この寝床にいつもいてくれ 1例

E.離れて 2例
【枕片さる】あなたの枕が床の一方に寄っている 1例
 ○ここだくも思ひけめかも敷栲の枕片さる夢に見え来し(四・六三三)「枕片去」娘子
【夜床片去り】夜床の片方を開けてやすみ 1例
 ○~はしきよし 妻の命の 衣手の 別れし時よ ぬばたまの 夜床片さり 朝寝髪 掻きも梳らず 出でて来し 月日数みつつ~(一八・四一〇一)「夜床加多左里」大伴家持

 以上です。

 季節が来る、時が来る、の例が多く、特に「春されば」「夕されば」の例が目立ちます。夏や冬が来る例はありませんでした。

 そして、打消を伴って「欠けることなく」「離れず」の例があります。
 また、打消を伴わない「離れて」の例は2例しかありませんでした。この2例は用例を示しました。「枕片去り」「夜床片去り」というよく似た例です。

 何でしょねぇ。

 全体的に不思議な偏りを示しています。
 上代において「去る」は離れることにも近づくことにも使われるとはいいながら、近づく意で使われることが多く、しかも、それは季節と時間とに限られていて、人や動物が近づくことに使われた例はない。
 一方、離れる意で使われた例は打消を伴うことが多く、打消を伴わない例は最後の2例のみで、この2例は似たような意味で使われている。

 何かありそうです。

 表記はレジュメの方に示しましたように、万葉仮名の例の他は、「春去者」「夕去者」などが多いです。そんな中で、「春之在者(春されば)」3例というのがあり、気になります。「春しあれば」は実際に発音される場合には母音連続が回避されて、「春されば」となったことでしょうが(farusiareba→farusareba)、なぜ「春之在者」と書いたのか。

 ちょっとあれこれ考えてみます。

 もう1つの宿題は、いわゆる伝聞推量の助動詞「なり」です。平安以降は伝聞推量の助動詞として使われるこの語は、奈良時代には実際に「声がする」「音がする」という意の本動詞として使われた例が多い、という話をして、それを具体的に説明することになっていました。まとめはレジュメをご覧いただくとして、大部分は「声がする」「音がする」の意で、特に鳥の声についていうことが多いです。鳥の姿は見えなくても、声でなんの鳥なのかが分かって歌にしている例もあり、このようなあたりからも伝聞推量に繋がって行くのかという気がします。

 万葉集の「なり」の多くは「声がする」「音がする」の意ですが、少数ながら「ようだ」の意で用いられているとおぼしき例(4首5例)もありますので、伝聞推量の意でも使われ始めていたことになりましょう。

 毎回、皆さんとても静かに、熱心に聴いてくださり、やりやすかったです。質問も活溌に出ました。それを受けて、私の宿題も増えたのですが。(^_^;

2019年10月20日 (日)

千葉で萬葉学会2日目

 今日は、淑徳大学での萬葉学会の2日目です。

 千葉駅前の交番。
2019manyo11
 ユニークで、ほほえましい造型と思います。(^_^)

 淑徳大学のスクールバス。
2019manyo12
 淑徳大学の最寄り駅は蘇我駅です。内房線、外房線、京葉線の停車駅で、なかなか便利そうです。
 蘇我駅から淑徳大学までは徒歩だと20分ほど掛かるそうですが、駅前から大学までスクールバスが出ていて、これに乗ると6分ほどです。
 昨日・今日、多い時で10分おきに運行してくれました。無料です。

 学内のバス乗り場に5台停まっていました。上の写真の2台と、下の写真の3台です。
2019manyo13
 普段も頻繁に運行しているものと思います。学生さん達に対する手厚い福利厚生ですね。

 さて、2日目の研究発表会は、院生さん達の発表もありますので、写真は載せないことにしようかと思いましたが、発表者のかるべさんがいいと言ってくれましたので、かるべさんの写真だけ載せます。
2019manyo14_20191020221201
 
 私の定年退職とともに群馬県立女子大学を卒業して、奈良女子大学の大学院に入学した学生さんです。
 奈良女というのはベストチョイスだったと思います。本人が選んだ進学先です。
 昨年の夏には美夫君志会でも研究発表をしています。このまますくすくと育っていって欲しいです。

 さて、来年の萬葉学会は奈良県のサンゴウチョウだそうです。
 耳で聞いた時には「はて?」と思いましたが、「三郷町」という文字が頭に浮かびました。斑鳩町の西隣ですね。
 会場が奈良県というのは嬉しいです。(^_^)
 日程は、10月17日(土)・18日(日)・19日(月)とのことです。

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