研究

2018年2月27日 (火)

代表的な万葉歌

 ブログの「まほろぐ」が始まる前、掲示板「まほろば」の頃だったでしょうか、代表的な万葉歌のリストを作ったことがありました。

 方法は、『万葉秀歌』(斎藤茂吉)、『万葉百歌』(山本健吉・池田弥三郎)、『私の万葉集』(大岡信)、『日めくり万葉集』(NHK)など、合計8種類のテキストが、それぞれどの歌を選んでいるのかを集計したものです。

 その際、100首しか選んでいないテキストと800首以上の歌を選んでいるテキストとを同列に扱ったのでは、1票の格差が生じてしまいますので、実際の集計は、総数100首のうちの1首に選ばれた歌は1首1/100ポイント、800首のうちの1首に選ばれた歌は1首1/800ポイントとして合計しました。

 先日、美夫君志会の『萬葉百首』を入手しましたので、今回そのデータを加えました。
Matsudamanyo01
 結果は以下の通りです。ベスト20を示します。

  1 あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(額田王)1・20
  2 紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋ひめやも(天武天皇)1・21
  2 我が宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも(大伴家持)19・4291
  4 み吉野の象山の際の木末にはここだも騒く鳥の声かも(山部赤人)6・924
  4 石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも(志貴皇子)8・1418
  6 我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露に我れ立ち濡れし(大伯皇女)2・105
  7 磯城島の大和の国に人二人ありとし思はば何か嘆かむ(作者不明)13・3249
  8 わたつみの豊旗雲に入り日差し今夜の月夜清く照りこそ(天智天皇)1・15
  8 秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いつへの方に我が恋やまむ(磐姫皇后)2・88
  8 笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば(柿本人麻呂)2・133
  8 夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かず寐ねにけらしも(舒明天皇)8・1511
  8 稲つけばかかる我が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ(東歌)14・3459
 13 我はもや安見児得たり皆人の得かてにすといふ安見児得たり(藤原鎌足)2・95
 14 吉野なる菜摘の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山蔭にして(湯原王)3・375
 15 熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな(額田王)1・8
 15 うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも独し思へば(大伴家持)19・4292
 17 東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ(柿本人麻呂)1・48
 17 葦辺行く鴨の羽交ひに霜降りて寒き夕は大和し思ほゆ(志貴皇子)1・64
 19 君が行く道のながてを繰り畳ね焼きほろぼさむ天の火もがも(狭野弟上娘子)15・3724
 20 一つ松幾代か経ぬる吹く風の声の清きは年深みかも(市原王)6・1042

 いかがでしょうか。著名な歌が並んでいます。それなりに納得できる結果ではないかと思います。

 ただ、美夫君志会萬葉百首を加えたことで、加える前よりも順位が下がった歌に以下のものがあります。

 15 熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな(額田王)1・8
 15 うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも独し思へば(大伴家持)19・4292
 17 東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ(柿本人麻呂)1・48
 17 葦辺行く鴨の羽交ひに霜降りて寒き夕は大和し思ほゆ(志貴皇子)1・64

 「熟田津に」(額田王)と「うらうらに」(家持)の歌は、もとは「紫草の」(天武)と「我が宿の」(家持)の歌とともに、4首揃って第2位でした。それが、今回の美夫君志会萬葉百首は百人一首方式であるために、同一作者の歌は一首しか採れず、これらの歌はその割を食いました。「東の」(人麻呂)と「葦辺行く」(志貴)も事情は全く同様で、この2首とも、もとは6位であったものが大分順位を下げています。

 百人一首形式だとこういう問題が生じます。配点のウェイトを考える必要がありそうです。

 対象となる選歌集を増やすとともに、合理的な集計方法も検討してゆきます。

2018年2月24日 (土)

難波津木簡の講演会に行ってきました

 先日ご紹介した「平安京出土「難波津」の歌の木簡と『古今和歌集』仮名序」の講演会に行ってきました。
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 会場は日本女子大学です。大学本体と目白通りを挟んだ向かい側の校舎で、角さんちの隣です。

 司会の田中大士先生。
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 会場校の文学部長高野晴代先生の挨拶。
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 犬飼隆先生。
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 犬飼先生のスクリーンから。
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 同じくもう1枚。
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 高田祐彦先生。
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 シンポジウム。
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 上に載せた犬飼先生のスクリーンのお話しもありましたが、中心は2015年に平安京跡で発見された難波津木簡の性格です。
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 画像が小さいので、拡大して3分割して示します。
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 犬飼先生の読みでは、1行目は「なにはつにさくやこのはなふゆこもりいまはゝるへと□くや□のはな」、2行目は「□く□□るまらとすかたそえてはへるつとい□」。

 犬飼先生のお考えは、1行目は木簡に多数見られる難波津の歌を書いたものであるが、2行目は散文であり、かつ「はべる」という語が見えるので、会話か手紙のように思われる。1行目が字の大きさや字間が一定しているのに対して、2行目は自由に書かれていて、両者は筆致が異なる。2行目は難波津の歌について批評や意見交換をしたものではないか。2行目の「まらと」は「まらうど(客人)」のことで、具体的には、難波津の歌を作ったとされる、百済から渡来した和邇を指すのではないか。木簡の上部が削られているのはインデックスのためで、この木簡は歌集を編纂するためのデータベースの1枚なのではないか。といったことでした。大変に刺激的なお説です。

 会場にいらしたお茶の水女子大学の浅田徹先生からは、この木簡の1行目と2行目とは必ずしも関連付けて考えなくても良いのではないか、という否定的なご意見も出され、これも興味深かったです。

 良い会に参加できました。

2018年2月15日 (木)

難波津木簡と古今集仮名序の講演会

 来週の土曜日、2月24日に日本女子大学でこのような催しがあります。
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 趣旨は以下の通りです。
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 「学術交流企画」というのがよく分かりませんが、主催は、日本女子大学の日本文学科と同大学院文学研究科です。

 恥ずかしながら、平安京から仮名書きの難波津木簡が出土していたことは知りませんでした。(^_^; まずいです。

 当日、多分参加する予定です。

2018年2月 5日 (月)

後手にふきつつ逃げ来

 もう30年ほど前、テレビで「世界まるごとハウマッチ」という番組を見ていました。大橋巨泉が司会で、石坂浩二やビートたけしがレギュラー解答者だったクイズ番組です。

 ある時、その番組で、インドかインドネシアで、亡くなった人を火葬するにあたって、後ろ手で薪に点火するという風習が紹介されていました。

 ぼーっと見ていたのですが、慌ててメモしました。

 というのは、古事記に次のような話があるからです。

 ・御佩かしせる十拳の剣を抜きて、後手にふきつつ、逃げ来つ。(黄泉国訪問)

 ・この鉤を以て其の兄に給はむ時に、言はむ状は、「この鉤は、おぼ鉤・すす鉤・貧鉤・うる鉤」と、云ひて、後手に賜へ。(海幸山幸)

 1番目の例は、追っ手を牽制しつつ逃走するわけですから、牽制のために後ろ手に剣を振ったのだという可能性もありますが、場所が黄泉国ですので、死にまつわる所作、あるいは呪的行為の可能性もあります。

 2番目の例は、呪的行為と思われます。

 そういったことがあったので、火葬の火をつけるときに後ろ手で行う、ということに反応したのでした。

 人の死にまつわる動作なので、非日常の所作で行うということになりましょうか。亡くなった人の死装束の打合せが左前であることと通じそうです。

 番組を見てメモを取ったのでしたが、引越したこともあって、そのメモを無くしてしまい、番組で取り上げられていたのが、インドだったのかインドネシアだったのか、分からなくなってしまいました。

 爾来30年近く。

 ところが、先日の集中講義でその話をしたら、受講生の1人のサウジアラビアからの留学生が、「それはインドですね」と発言しました。

 自信をもって断言していたので、理由を聞いてみたら、イスラム教では火葬はしないということでした。言われてみれば、インドネシアはイスラム教ですね。

 30年来の疑問が氷解しました。(^_^)

 ただ、帰宅してからググってみたら、インドネシアにおけるイスラム教徒の数は9割弱とのことでした。多くの島からなっている国ですし、地域によってはイスラム教徒以外が火葬しているケースがあるいはあるのかも知れませんが、可能性としては、やはりインドの可能性が遥かに高そうです。

 ……と、ここまで書いてからググってみましたら、バリ島では火葬をするとのことでした。(^_^;

 ううむ。振り出しに戻ってしまったかも。
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2017年12月 3日 (日)

富山大学で全国大学国語国語学会(2)

 富山大会、無事に済みました。

 昨日の会議の折の昼食です。
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 今日の昼食。
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 両日ともに同じ業者のお弁当ですが、中身は全部違います。(^_^) おいしゅうございました。

 今日のお弁当には白エビのかき揚げが入っていました。

 昨日の会議室にはこういうポスターが貼ってありました。素敵な呼びかけです。♪
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 このポスターの作成者は「富山大学男女共同参画推進室」です。

 2日とも好天に恵まれました。この季節の富山には珍しいそうです。

 富山大学から立山が見えました。
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 もう1枚。
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 お世話になった富山大学のスタッフの方々です。
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 充実したよい大会でした。

2017年12月 2日 (土)

富山大学で全国大学国語国文学会(1)

 今日明日は富山大学で全国大学国語国文学会の冬季大会があるので、昨日の夕方から富山市に来ています。

 今回の大会、先月ブログに書きましたように、第1日目は一部、富山県との共催です。
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 昨日、19時前のNHKローカルニュースを見ていたら、そのお知らせが出ました。♪
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 昨日は小雨が降っていましたが、今日はきれいな青空でした。この季節の富山では珍しいとのことです。
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 学会会長の中西進氏の挨拶。
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 富山県知事の石井隆一氏の挨拶。
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 富山大学人文学部長の磯部祐子氏の挨拶。
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 基調講演の五木寛之氏と新井満氏は撮影不可ということで、五木氏の撮影は我慢しました。講演タイトルは「家持と親鸞」です。このタイトルは中西先生からの依頼だそうで、五木氏も困られたようです。

 新井満氏の撮影も控えました。講演タイトルは「音楽と文学の遭遇-もし大伴家持の和歌にメロディーをつけたなら-」で、これも中西先生からの依頼で、越中時代の家持の歌を対象にして欲しいということだったそうです。

 新井満氏は越中時代の家持の歌を繰り返し読まれて、立山の賦を選ばれました。

 作ってくださった歌は次の通りです。

   「神々の山・立山」
                 大伴旅人+新井満

1番
 ①都から 遠くはなれた ひなの地に
   その名も高き 立山がある
 ②さむき冬 暑き夏でも ふりつもり
  とけることなき 雪の峰峰
 ③はるかなる 彼方あおげば 青い空
  白く輝く 神々の 神々の山

2番
 ④立山に ふりおける雪を とこなつに
  見れども あかず かむからならし
 ⑤かたかひの かはの瀬きよく ゆくみずの
  たゆることなく ありがよひ見む
 ⑥立山の ゆきしくらしも はいつきの
  かはの わたりせ あぶみつかすも あぶみつかすも

 ⑦はるかなる 彼方あおげば 青い空
  白く輝く 神々の 神々の山 神々の山

 作詞・作曲された新井満氏が、みずから歌ってくださいました。撮影は遠慮していたのですが、遠景ならばいいかと思い、1枚だけ撮ってしまいました。
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 お二人の基調講演の後は公開講演が2本ありました。

 金沢大学名誉教授上田正行氏の「千石喜久という詩人-「日本海詩人」を視野に入れつつ-」
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 東北大学教授の佐藤伸宏氏の「室生犀星の〈抒情小曲〉-俳句と近代詩-」
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 豪華な1日でした。

2017年11月12日 (日)

上代文学会で発表

 今日は、上代文学会秋季大会の第2日目、研究発表会でした。

 で、私、発表してきました。タイトルは、「万葉集東歌の類歌をめぐって」です。レジュメはこちら。レジュメを作成したあと気づいた誤りがあり、それは口頭で訂正しました。ここに掲載したレジュメは訂正済みのものです。

 40分間の発表で、その間中ずっと、声が上ずっていました。こんなこと初めてです。びっくりしました。

 何とも恥ずかしいことでした。結論といえるようなもののない発表をしなくてはならないというプレッシャーからきたもののようです。

 神経、弱いです。(^_^;

 質疑応答の時間になって、やっと声の上ずりが収まりました。

 そういえば、学会発表って、あまりやったことはありません。昭和55年(大昔だ)の国語学会が最初で、今日のが5回目です。あまり人前に出たくない。(^_^)

 ま、何とか無事に済んでほっとしています。

 画像が無いと寂しいので、何かぐんまちゃんの絵を貼ろうと思いましたが、学会発表をしている姿のは見つかりませんでした。それで、別のを貼っておきます。
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 困難を乗り越えようとしているイメージです。(^_^)

2017年11月11日 (土)

上代文学会秋季大会

 今日は、九段の二松學舍大学で、上代文学会の秋季大会・シンポジウムが開催されました。
 テーマは「大伴家持研究の最前線 ~巻二十を中心として~」です。

 まず、4氏による各25分間の講演がありました。

 岡山大学准教授 松田 聡氏「巻二十と大伴家持」
 國學院大學助教 鈴木道代氏「大伴家持における聖武朝の回想と最終歌の成立―高円歌群の依興歌をめぐって―」
 東京大学教授 鉄野昌弘氏「家持「歌日誌」における天候 ―雪と雷―」
 二松學舍大学特別招聘教授 多田一臣氏「大伴家持の孤独 ―巻二十を中心に―」

 それから、二松學舍大学教授 塩沢一平氏の司会により、討論が行われました。
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 巻二十の家持という風にテーマがかなり絞り込まれており、興味深く拝聴しました。

 教室が一杯になる程の盛況でした。

 カメラを忘れ、スマホで撮りましたが、うまく撮れませんでした。最近のスマホのカメラはずいぶん性能が良いそうなので、私が慣れていないせいでしょう。(^_^;

 そのような次第で、写真は1枚だけ載せました。

2017年10月15日 (日)

岡山で萬葉学会(2)

 昨日の公開講演会に続き、夜は懇親会がありました。会場はサンピーチOKAYAMAです。

 鏡割り。面々は、萬葉学会代表の乾先生、大会実行委員長の坂本先生、共催の龍短歌会の小見山代表です。
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 樽酒の「燦然」は倉敷の地酒だそうです。まろやかでおいしかったです。

 乾杯の音頭は毛利先生。
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 平舘先生の挨拶。
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 佐藤先生の挨拶。
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 大会の運営に当たってくださった、松田先生、東城先生、根来先生。
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 岡山のビールもありました。
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 2日目の今日は研究発表会でした。

 院生の方も多かったので、写真は省略します。

 昼休みに万葉集コーパス(日本語歴史コーパス 奈良時代編1 万葉集)のデモンストレーションがありました。
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 便利そうです。
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2017年10月14日 (土)

岡山で萬葉学会

 今日・明日、岡山で萬葉学会です。1日目の今日は公開講演会でした。
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 2時開始ですが、私は昨日から来ていますので、時間があります。そこで、学会の前に岡山城に行ってきました。それはまた後日アップすることにして、まずは、第1日目。

 学会挨拶。学会代表の乾善彦氏です。
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 挨拶。龍短歌会代表、小見山輝氏。
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 今回の大会は龍短歌会との共催です。

 大島信生氏の講演。
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 坂本信幸氏の講演。
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 萬葉学会奨励賞授賞式。
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 受賞者挨拶。今回の受賞者は筑波大院生の茂野智大氏です。H29manyob09

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