書籍・雑誌

2020年9月10日 (木)

『ネコもよう図鑑』

 ネコのこと好きなのですが、飼ったことないし、無知です。
 それで、勉強しようと思って、ちょくちょくネコの本を買っています。
 今度、このような本を買いました。
Nekomoyou01
 去年の8月発行ですので、もう1年以上経っています。
 「色や柄がちがうのはニャンで?」という副題が付いています。そういった内容の本です。

 帯の表紙側。
Nekomoyou03

 帯の裏表紙側。
Nekomoyou04

 目次。
Nekomoyou02

 とまぁ、こういった内容の本です。帯と目次とで、この本の概要が分かります。
 よく勉強したいと思います。

 話は違いますが、先ほど水槽の濾過器の掃除をしようとしたら、うっかり手順前後で、あたりが水浸しになりそうになりました。
 大慌てで対処して、ふと気がついたらメガネが行方不明です。

 行方不明といったって、私の立ち回り先からは、金魚部屋、洗面所、浴室以外には考えられません。
 そんな限られた範囲なのに見つからないのは不思議です。
 「へんだなぁ?」と思いつつ、探索を続けます。

【追記】
 お騒がせしました。行方の知れなかったメガネ、金魚部屋の物陰から無事に発見されました。

2020年9月 8日 (火)

傷に塩

 今年の3月に『世界ことわざ比較辞典』(岩波書店)という本が刊行されたことを、昨日、フェイスブックで知りました。

 フェイスブック経由で見たのは、この本の著者の一人である時田昌瑞氏のインタビューです。
https://dailyportalz.jp/kiji/comparing-world-proverbs?fbclid=IwAR16ftmeu9hJ2iRcxNweb-yj4VpIIWCdSjGA0tCmBjji-NKKN51puYdjNVw

 外国のことに疎い私ですが、言葉に関する辞書ということで、大いに関心を持ちました。面白そうな本です。

 ただ、このインタビューの中にこんな一節がありました。
Kizuguchini
 いや、憶良の長歌に「いとのきて 痛き瘡(きず)には 鹹塩(からしほ)を 潅(そそ)くちふが如く」(巻五・897番歌)ってあるけど……、と思いました。
 この歌の前には「沈痾自哀文」があって、そこにも「諺曰、痛瘡潅塩、短材截端、此之謂也。」(諺に曰はく、痛き瘡に塩を潅(そそ)き、短き材の端を截(き)るといふは、此の謂(いひ)なり。)とあります。

 どうなんでしょ。当時、日本でこの諺が広く使われていたのか、あるいは漢籍に出典があるのか。
 東京の家には万葉集の注釈はまだあまり持ってきていないのですが、沢瀉氏の注釈や多田氏の全解には漢籍の出典のことは全く触れられていませんでした。

 遠く離れた国に同じような諺があった場合、一方から一方に伝播したのか、それとも、全く偶然に別々に発生したのか。可能性としては両方あり得ますよね。

 傷に塩を塗ると痛いって、普遍的ですし。

 とはいえ、さらに思うに、漁師さんなどでは、浜辺でケガをして、そこに海水が掛かって痛い、という経験は頻繁にするでしょうけど、漁師さん以外の人の場合、傷口に塩(あるいは塩水)が掛かるって、そうないことだと思います。

 どういう状況で傷口に塩が掛かるんだろうと考えて、ひょっとしたら、傷口に塩というのは、ケガの治療法の1つだったのだろうかと思いつきました。
 肉や魚の保存方法として塩漬けにするというのは古代からやっているわけですから、塩に消毒作用のあることは経験的に知っていたでしょうし。

 以前、神田典城さんが研究発表で、八十神たちが稲羽の素兎に潮水を浴びろと教えたのは、必ずしも意地悪ではなくて、あれはあれで治療法だったのではないかと言われたような気がします。おぼろな記憶でお名前を出すのもいかがかと思いましたが……。
Inabakitty05

 ただ、細菌の発見は17世紀くらいなのですよね。

 済みません。まとまりなく書き進めていって、支離滅裂です。(^_^;

2020年9月 3日 (木)

兵どもが夢の跡

 昨日乗った新幹線に、車内誌『トランヴェール』の9月号が置いてありました。
Trainvert20209a

 今号の特集は「『おくのほそ道』翻訳トラベル」です。
Trainvert20209b

 『おくのほそ道』の英訳は何種類か刊行されているのですね。
 この特集の前半では、『おくのほそ道』で句がよまれている土地を、アーサー・ビナード氏と深沢眞二氏(連歌・俳諧の研究者)が訪れて、その句の英訳を鑑賞します。範囲は白河から松島までです。
Trainvert20209c
 上の画像の右側の写真は、大高森から撮した松島です。大高森については、以前、三友亭主人さんがブログで触れられていて、その時に初めて名前を知りました。この写真のキャプションを見て、「おお、これが」と思いました。といっても、大高森から撮した写真ですので、大高森自体は写っていないのですが。

 両氏。
Trainvert20209d

 後半では、アーサー・ビナード氏が新訳に挑みます。範囲は平泉から象潟までです。
Trainvert20209e

 私は英語が苦手で、せっかくの特集が猫に小判だったのですが、それでも大変に興味深く読みました。

 「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」をビナード氏は、
 「Up here,a stillness――the sound of the cicadas seeps into the crags」と訳しています。

 「閑か」を silence ではなく、stillness と訳したのはビナード氏の工夫のようです。

 英語に関することではありませんが、「夏草や兵どもが夢の跡」の解釈について、この「夢」は芭蕉の見た夢ではないかという説が紹介されていました。芭蕉が兵たちの夢を見た。はっと気づくと眼前には夏草がそよぐばかりであった、という解釈です。芭蕉の時代、「夢」は眠っているときに見る夢だけを指し、将来の希望という意味はなかったというのが根拠の1つになっているようです。

 考えたこともない解釈で、新鮮でした。

 日本の古典文学と英語という、その2つを組み合わせた、なんともアカデミックな特集です。

2020年8月10日 (月)

『古事記 修訂版』と『萬葉集』を発掘

 2週間ほど前に「『古事記 修訂版』を発掘」という記事を書きました。
Kojiki_kenpon
 おうふうの廃業によって、このテキストを入手できなくなって困っていたところ、個人研究室を撤収したときに持ってきた段ボール箱の中から献本を発見したという内容です。

 段ボール箱、その後もほそぼそと開梱しています。
 この度、新たに開けた箱からまた新たな発掘成果がありました。
Kojiki_kenpon02

 『古事記 新訂版』は版違いなので授業では使えませんが、新装幀の修訂版は、中身は一緒です。
 『萬葉集』も4冊見つかりましたが、他の箱にまだありそうです。
 3冊は「おうふう」ですが、もう1冊は「桜楓社」とあり、年代物です。

 もう1つ、大学基準協会の『大学評価マニュアル』が出てきました。
 あまり見たくありません。(^_^;

2020年8月 7日 (金)

額田王の三輪山惜別歌の作者

 昔、「飛鳥古京を守る会」に入会していたのですが、先年、その会は解散されてしまいました。
 その後継のような形で、新たに「飛鳥を愛する会」という会が発足し、それにも入会しました。

 先日、その機関誌『飛鳥の風たより』が届きました。もう24号です。
Asukanokaze01

 そこに大島信生氏の「額田王、三輪山惜別歌をめぐって」という論考が掲載されていました。
 今年度の総会で講演をなさる予定だったのに、それがコロナ禍で中止になってしまったために、話される予定だった内容の概略をおまとめくださったそうです。

 三輪山惜別歌というのは、有名な以下の三首ですね。

    額田王の近江国に下りし時作る歌、井戸王すなはち和ふる歌
 ・味酒 三輪の山 あをによし 奈良の山の 山の際に い隠るまで 道の隈 い積るまでに
  つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を 情なく 雲の 隠さふべしや(17番歌)
    反歌
 ・三輪山をしかも隠すか雲だにも情あらなも隠さふべしや(18番歌)
   右二首の歌、山上憶良大夫の類聚歌林に曰はく、都を近江国に遷す時に三輪山を御覧す御歌そ。
   日本書紀に曰はく、六年丙寅の春三月辛酉の朔の己卯、都を近江に遷すといへり。
 ・へそがたの林のさきの狭野榛の衣に着くなす目につくわが背(19番歌)
   右一首の歌は、今案ふるに、和ふる歌に似ず。ただし、旧本この次に載す。故以になほここに載す。

 これら三首の歌の作者については、17番、18番が額田王(左注の類聚歌林によれば天智天皇)、19番が井戸王と考えられてきたと思います。
 私もそれ以外のことは全く思いもよりませんでした。

 ところが、大島氏の論考の最後の節にはこうありました。
Asukanokaze02
Asukanokaze03

 関係部分の注。
Asukanokaze04

 4番の注によれば、影山氏の論文の初出は平成二十三年とあります。
 何に掲載されたのだろうと思って調べてみましたら、なんと『万葉集研究』の第32集でした。
 まずいです。こんなメジャーな論集に載っていたのに全く知らなかったなんて。不勉強にも程があります。

 ま、そういう自分の不勉強さを、わざわざ自分から公表しなくても良いようなものですけど。(^_^;

 18番歌は17番歌の反歌となっていますし、内容的にも17番歌の要点の繰り返しになっていますので、普通ならば、17番歌と18番歌の作者は同一と考えるところなのでしょうけれど。

 影山氏の論文を読まねばと思います。

2020年8月 2日 (日)

『奈良鹿ものがたり』

 このような本を買いました。
Narashika01
 刊行は2018年12月でした。気付くのが遅くて。
 鹿の母子の表紙、良いです。

 写真集かと思ったのですが、そうではなくて、文章がメインです。
 ただ、巻頭の4ページのカラー口絵の他に、モノクロの写真も豊富です。

 目次を切り貼りして載せます。
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 奈良鹿のあれこれを知ることができます。
 総ルビではないながら、ルビは多く、小学校中学年以上を対象にしているようです。
 文字は大きく、高齢者にも好適です。(^_^)

 よく読んで勉強します。
 なかなか奈良には行けませんが、せめてこの本で。

2020年7月30日 (木)

『ならら』8月号は「まきむく」「あなし」「みわ」

 毎号定期購読している『ならら』8月号が今日届きました。
Narara202008a
 特集は「古代の地名を考える「まきむく」「あなし」「みわ」」です。
 以前の号と同様、「特集」といっても、これらの地名に関する論考が複数本並んでいるわけではなく、論考は9ページのものが1本のみです。
 内容は、「まきむく」については、桜井市纏向学研究センターの研究紀要『纏向学研究』第8号(今年の3月発行)に掲載された森暢郎氏の「「マキムク」地名小考」の紹介、「みわ」については、同じく『纏向学研究』第3号(2015年3月発行)に掲載された前田晴人氏の「三諸の神について」の紹介が中心です。

 『纏向学研究』は、桜井市の纏向学研究センターのHPhttps://www.city.sakurai.lg.jp/sosiki/kyouikuiinkaijimukyoku/makimuku/index.html)で読むことができますが、今のところ掲載されているのは去年発行の第7号までで、残念ながら第8号はまだです。

 「まきむく」についての森氏の論文は、古代から近世に至るまでの諸文献から「まきむく」の用例を468例集め、それを整理されたものだそうです。
 垂仁天皇の「まきむくのたまきの宮」、景行天皇の「まきむくのひしろの宮」の「まきむく」は、記紀ともに「纏向」であるのに対して、古語拾遺では垂仁天皇の方は「巻向」で、景行天皇の方は「纏向」で、この古語拾遺における表記のあり方は、後世の神皇正統記や帝王編年記など多くの文献で同様だそうです。そこで森氏は、「個々の書籍が『日本書紀』自体を読み込み改変したというより、それらの書籍が引用-被引用関係にある蓋然性が高いことを示している」とされているそうです。

 「みもろ」についての前田氏の論文は、三諸山と三輪山ははっきりと区別して論じるべきだとされ、「三輪山」という山名は7世紀中葉頃に登場し、それ以前は「三諸山」と呼ばれていたのではないかと推測されている、としています。前田氏の論文は纏向学研究センターのHPからPDFをダウンロードすることができます。

 今号の目次を切り貼りして示します。
Narara202008b
 字が小さくてすみません。

 新連載も始まり、充実した内容です。

2020年7月27日 (月)

『古事記 修訂版』を発掘

 大学での古事記の授業は、毎年、西宮先生の『古事記』を使ってきました。
 その際、版元から、教師用といいますか、1冊献本を頂いていました。
 でも、毎年新しいのをおろす必要はないので、頂いた献本の多くはそのままになっていました。

 定年退職の折に、研究室から大量の私物を段ボール箱に入れて家に送りましたが、大部分の箱はそのまま玄関先に積み上がった状態です。
 3年も経つのに。(^_^; お恥ずかしいことです。
 この度、心を入れ替えて、それを順次片づけることにしました。

 2箱目の段ボールを開けたら、その『古事記 修訂版』が6冊出てきました。ラッキーです。
Kojiki_kenpon
 といいますのは、この本、後期の演習で使う予定にしていたのですが、おうふうの廃業によって、新本ではもう入手できなくなってしまいました。
 3年生以上は問題ないのですが、2年生は演習も講義講読も初めてですので、この本は誰も持っていないはずです。
 私の演習を取る2年生は少数と思いますので、この献本が見つかれば対応可能です。それが箱を開けることにしたきっかけの1つです。
 2箱目で見つかったのは本当にラッキーでした。
 ただ、保存状態にはややばらつきがあります。4冊はOKですが、2冊にはやや劣化が見られます。何とか4人で収まると幸いです。
 他の段ボール箱にも入っている可能性がありますので、開梱を急ぎます。

 様々な意味で、本当に、おうふうの廃業は痛いです。

2020年7月12日 (日)

『トランヴェール』2020年7月号は冒険者たち

 一昨日、仕事で前橋に行ってきました。
 2週間ぶりに東急線の外に出て、新幹線に乗りました。
 毎月愛読している車内誌の『トランヴェール』、7月号になっていました。
Trainvert20207a

 特集は「いつか旅に出よう、冒険者たちのように。」です。
Trainvert20207b

 まず、江戸初期にスペインの特使として来日したビスカイノ、明治時代に東北・北海道を旅行したイギリス人のイザベラ・バード、江戸後期にロシアに漂着して世界一周して帰国した伊達藩の水夫・津太夫のことが取り上げられています。
Trainvert20207c

 そして、伊能忠敬の日本地図作成と、その地図をもとにして地質図を描いたナウマン。大森貝塚を発見し、縄文土器の名付け親にもなったモース。
Trainvert20207d

 柳田国男の遠野旅行も取り上げられていました。
 読み応えのある号でした。

2020年7月 4日 (土)

『季刊邪馬台国』2020年7月号

 『季刊邪馬台国』の最新号を買いました。
Kikanyamatai202007a

 この雑誌を買うのは本当に久し振りです。
 この号のことは、ツイッターでWAKIYUKIさんが触れられていたことで知りました。
 内容に興味を覚え、すぐにアマゾンに注文しました。

 ツイッターは、ほんとに内容が様々で、誹謗中傷やそれに類するものも多いですけど、ほっこりするもの、感動的なものもあり、今回のような貴重な情報もあります。まだ発達途上のメディアということなのでしょうかね。

 表紙に帯状に書いてある内容紹介は次の通りです。
Kikanyamatai202007b

 家に届いて、すぐに開封してパラパラとめくってみたのですが、いくつかはそのまま読み耽ってしまいました。
 森博達氏の「『日本書紀』区分論と記事の虚実」、犬飼隆氏の「日本書紀と「歌」」、荊木美行氏の「『日本書紀』とはなにか」、いずれも興味深く読みました。

 森氏の論は、従来の氏の論を整理したような内容で、氏の論がコンパクトにまとめられています。
 具体的な編纂者名については疑問もあるものの、全体として非常に説得力のある論と思います。

 犬飼氏の論は、日本書紀における歌謡のはたらきを論じたものです。
 歌謡を日本書紀に取り込んだ過程についても述べられ、とても興味深かったです。

 荊木氏の論は、日本書紀の編纂の動機や編纂の経緯を論じたものです。
 記紀の関係や、日本書紀の「系図一巻」や「別巻」についても触れています。

 森氏の論の一部について、荊木氏が疑問を呈している点も興味深かったです。(^_^)

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