書籍・雑誌

2019年8月12日 (月)

『はじめて楽しむ万葉集』(上野誠)のデータを追加

 私の「代表的な万葉歌」を充実させるためのデータ収集、鋭意継続中です。

 この度、上野誠氏の『はじめて楽しむ万葉集』(角川ソフィア文庫)の歌を追加しました。
Ueno_hajimete
 この本に収録されている歌は84首。これまで「代表的な万葉歌」作成のために使用した文献の中で収録歌数は最少です。

 そのわずか84首の中で、これまで「代表的な万葉歌」の資料として用いてきた『万葉秀歌(茂吉)』(364首)、『万葉百歌(山本・池田)』(109首)、『万葉集講義(五味)』(418首)、『万葉の秀歌(中西)』(252首)、『私の万葉集(大岡)』(811首)、『日めくり万葉集(NHK)』(のべ480首)などなどのいずれにも採られていない歌が17首もありました。以下の通りです。

 ・君により言の繁きを故郷の明日香の川にみそぎしに行く(4・626)八代女王
 ・世間も常にしあらねばやどにある桜の花の散れるころかも(8・1459)久米女郎
 ・夕されば小倉の山に伏す鹿の今夜は鳴かず寐ねにけらしも(9・1664)雄略天皇
 ・石上布留の早稲田の穂には出でず心のうちに恋ふるこのころ(9・1768)抜気大首
 ・我が背子に我が恋ふらくは奥山の馬酔木の花の今盛りなり(10・1903)作者不明
 ・黙もあらむ時も鳴かなむひぐらしの物思ふ時に鳴きつつもとな(10・1964)作者不明
 ・人言は夏野の草の繁くとも妹と我れとし携はり寝ば(10・1983)作者不明
 ・遠妻と手枕交へてさ寝る夜は鶏はな鳴きそ明けば明けぬとも(10・2021)柿本人麻呂歌集
 ・我が宿に植ゑ生ほしたる秋萩を誰れか標刺す我れに知らえず(10・2114)作者不明
 ・物思ふと隠らひ居りて今日見れば春日の山は色づきにけり(10・2199)作者不明
 ・よしゑやし恋ひじとすれど秋風の寒く吹く夜は君をしぞ思ふ(10・2301)作者不明
 ・我が背子が言うるはしみ出でて行かば裳引きしるけむ雪な降りそね(10・2343)作者不明
 ・日並べば人知りぬべし今日の日は千年のごともありこせぬかも(11・2387)柿本人麻呂歌集
 ・ひとり寝と薦朽ちめやも綾席緒になるまでに君をし待たむ(11・2538)作者不明
 ・色に出でて恋ひば人見て知りぬべし心のうちの隠り妻はも(11・2566)作者不明
 ・笠なしと人には言ひて雨障み留まりし君が姿し思ほゆ(11・2684)作者不明
 ・かにかくに物は思はじ朝露の我が身ひとつは君がまにまに(11・2691)作者不明

 上野先生、知られざる名歌を意欲的に収集なさっていますね。作者不明歌が目立ちます。
 これらの歌、じっくり読んで、参考にさせて頂きます。

 こういった著書の選歌に当たって、落とせない著名な歌がある一方で、著者としては、知られざる名歌をどれくらい拾い上げられるかというのも大きなポイントでしょうね。

 そういった歌に新たに光が当たるのはすばらしいことと思います。

2019年7月31日 (水)

『現代思想』8月臨時増刊号が万葉集特集

 フェイスブックかツイッターで、『現代思想』8月臨時増刊号が万葉集特集と知り、早速注文しました。
 昨日、帰宅したら届いていました。
Gendaishicho201908
 表紙には上代を専門とされない方々のお名前もありますが、全278ページ、丸ごと万葉集でした。

 目次は以下の通りです。

討議1
 上野誠×田中康二×村田右富実
   万葉集はいまどこにあるか-研究の未来と未来の読者-

討議2
 川野里子×小島ゆかり×水原紫苑
   万葉逍遥-歌人たちとよむ万葉世界-

万葉集の読み方
 多田一臣 『万葉集』の言葉の世界-時空意識を中心に
 久保田淳 中世和歌と万葉集-藤原定家の三首を中心に
 古橋信孝 「ほんとう」の万葉集-学者の役割
 高桑枝実子 万葉挽歌の世界-人々はどのように死と向き合い、死者に思いをはせたのか
 西 一夫 山上憶良は生老病死をどのように歌ったか-老・病・死と子
 新沢典子 人麻呂と赤人

万葉集の/とことば
 藤井貞和 万葉文化と万葉表記
 兵藤裕己 恋歌のポストモダン-『万葉集』から『源氏物語』へ
 金 文京 中国文学から見た『万葉集』
 鈴木 喬 『万葉集』にみる文字表現-漢字の「飼い慣らし」と「仮名」との隔たり
 リンジー・モリソン 万葉集における「ふるさと」-都の面影、万葉びとの原風景

万葉集読解史
 小松靖彦 ことばの宇宙-中世の萬葉学者仙覚の《インド》へのまなざし
 田中康二 本居宣長の『冠辞考』体験
 鈴木健一 和歌史の中の『万葉集』

万葉集の可能性
 三浦佑之 万葉集にみる古事記的世界
 原田信男 『万葉集』にみる食
 五味文彦 実朝と『万葉集』
 真下 厚 『万葉集』のなかのシャーマニズム
 大石泰夫 民俗学からみた『万葉集』-新嘗祭と『万葉集』

深読み万葉集
 大塚ひかり 『万葉集』の雑多なにおい
 山田仁史 神話と万葉集-月・若水・脱皮
 福嶋亮大 「我と汝」の変容-万葉の抒情について
 倉持長子 能と『万葉集』
 千野裕子 王朝の女房たちと万葉集

 内容は多岐に亘り、充実しています。
 じっくりと読もうと思います。

2019年7月18日 (木)

シンポジウム「文学全集の世界」

 来週の金曜日、群馬県立女子大学でこのようなシンポジウムが開催されます。
 主催は同大学国文学科です。
Bungakuzenshuno01
 趣旨は次の通りです。
Bungakuzenshuno02
 講師等。字が小さくて済みません。
Bungakuzenshuno03
 講師のおひとりでいらっしゃる田坂憲二先生は、国文学科のもと同僚です。
 次のような著書を出されていて、昨年、当ブログでもご紹介しました。
Nichibuntasaka01
 参加したく思いますが、当日はあいにく15時まで前橋で仕事があります。
 終わってすぐに駆け付ければ、終わりの20分くらいは参加できるかもしれませんが、どうなるか未定です。
 この教室は、幸い部屋の後ろにも出入口があります。前だけにしか出入口がないと途中からは極めて入りにくいです。(^_^;

2019年7月 4日 (木)

『短歌研究』に品田氏の講演

 一昨日、当ブログに「『短歌研究』に中西先生の講演」という記事を載せました。
Tankakenkyu201907
 この雑誌の中西氏の文章を読み終わって、ページを繰っていたら、「令和」や「帰田賦」という語が目に飛びこんできました。
 「はて? どなたが?」と思って、ページを戻すと品田悦一氏の文章でした。
 「よくわかる「特別講座」! 「令和」から浮かび上がる大伴旅人のメッセージ(解説篇)」というタイトルです。
 令和元年5月2日に朝日カルチャーセンター新宿で開かれた特別講座に加筆・訂正したものとのことです。

 同じ雑誌に中西氏と品田氏の文章が載っているとは、『短歌研究』はなかなか公平です。(^_^)

 品田氏の文章の趣旨は、神亀から天平にかけての政治情勢(藤原氏、長屋王、光明子をめぐる)の詳細な解説です。

 そして、梅花の歌の序には、「権力を笠に着た者どもの横車ばかりが都大路を我が物顔に押し通るとは、ほんに世の堕落も極まった。されどわれらは、互いに君子として心を通わせていたいもの。そうは思わぬか、おのおのがた」という大伴旅人のメッセージが込められている、とされます。

 だから「令和」という年号は……とか、「令和」という年号には……という発言はありません。その点で無理のない論述になっていると思います。
 梅花宴序に品田氏の言われるようなメッセージが込められているのかどうか、賛否はにわかには判断しかねますが、政治的背景はよく理解できました。

2019年7月 2日 (火)

『短歌研究』に中西先生の講演

 『短歌研究』の最新号に中西進氏の講演「万葉集とその未来」が掲載されています。
Tankakenkyu201907
 令和元年5月4日に富山国際会議場で開催された講演を収録したものです。
 改元早々ですね。

 中西先生の講演がこの雑誌に収録されていることはネットで知りました。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65433

 ここで内容の一部が読めます。
 そんなことをしたら雑誌の売れ行きが落ちてしまうのではないかという気もしますが、私のように、これを読んで全文を読みたくなった人もいるでしょうから、むしろ売り上げ増につながっているかもしれません。

 『短歌研究』は初めて買いました。
 

2019年6月26日 (水)

『令和と万葉集』を読んで

 1週間ほど前の6月18日に村田右富実先生の『令和と万葉集』という本を取り上げました。
Muratareiwa01_20190626230101
 その時は、まだ読み始めたところでしたので、表紙と目次とをご紹介しただけでしたが、先頃読み終わりましたので、もう1度。

 大変に分かり易く読みやすい本でした。内容もよく納得できます。

 梅花歌の序の典拠というと、「令和」の部分に関わる「蘭亭序」と「帰田賦」ばかりが注目されていますが、梅花歌の序全体では、十数点の典拠の存在が指摘されています。
 現代と異なり、当時は多くの典拠を踏まえることが教養であったとも述べられています。

 このような記述がありました。
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 勿論、漢文の常識ではあるものの、多様な典拠は友人との感覚共有のためにあったといってもよい。
 その証拠に、これまで述べてきた数多くの典拠が持っている背景や意味の全てを踏まえて「梅花歌の序」を理解しようとすれば、まちがいなく破綻する。本書ではそれぞれの典拠について細かに書いてはいないが、たとえば『抱朴子』の「膝を促(ちかづ)け狭きに坐り、坏觴(はいしょう)を咫尺に交はす」は、無遠慮な人々が人妻に色目を使う場面である。「塘上行」は女性の容姿の衰えの比喩だった。数ある典拠の中から「帰田賦」だけを取り上げて、「令和」は「政治に失敗した時の典拠が踏まえられている」などと主張するのはお門違いである。……「帰田賦」は、「梅花歌の序」のたくさんある典拠の一つに過ぎない。(P.120)
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 とてもよく納得できます。

 「あとがき」によれば、村田先生がこの本を書き始めたのは四月一日の夜とのことです。新元号にまつわる誤解を解きたかったというのが執筆の動機だったようです。

 「あとがき」からも引用します。
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 本文中にも書きましたが、元号は政治以外のなにものでもありません。支配する側はいいように利用します。反体制側も利用します。書き始めた数日後、「『万葉集』はネトウヨ(インターネット上で右翼的発言を繰り返す人々)の書だとネットに書き込みがあった」とかみさんから聞いた時は、心底驚きました。書き始めてよかったと思った瞬間でした。

 『万葉集』には最悪の政治利用の過去があります。戦争礼讃に悪用された時期があります。消し去ることのできない忌まわしい過去です。……その愚を繰り返さないために、繰り返させないためには、実際に『万葉集』を手に取ってもらうのが一番です。
 是非、『万葉集』を少し愛して長く愛してください。
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 これまたよく納得できます。「少し愛して長く愛して」は、典拠のある言葉ですね。この著書全体で典拠のことを縷々述べていらしたので、あとがきの末尾を典拠のある言葉で結ばれたものと推察します。

 「附章」として「大伴旅人という生き方」という章があります。
 ここを読むと、村田先生の万葉集に対する愛、大伴旅人に対する愛を感じ、心に響きました。

2019年6月18日 (火)

『令和と万葉集』

 昨日のブログの記事「「令和」のクリアファイル」に頂いた三友亭主人さんのコメントを拝見して、「あっ! そうだった」と思いました。
 村田右富実先生がつい最近『令和と万葉集』という本を出されていたのでした。
Muratareiwa01
 クリアファイルよりも先にこちらの方を話題にすべきでした。

 目次は次のようになっています。
Muratareiwa02
Muratareiwa03
 新元号「令和」と万葉集との関係について、押さえるべき点がきちんと取り上げられていると思います。
 今後、講座などで参考になります。

 とはいえ、今後の私の講座に、この本を読んで参加される方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 「あ、北川先生、この本をもとに講演しているな」と思われるかもしれません。(^_^;

 3週間前に群馬県立女子大学で話した内容については、この本は参照していませんよ~。←と、一応言っておかねば。(^_^)

2019年6月15日 (土)

「大草原の小さな家」

 ネットオークションに出ていたので、懐かしくて買ってしまいました。
 私以外に誰も入札せず。(^_^;
Daisogen
 昔、毎回楽しみに見ていました。
 中高の頃かと思ってググってみましたら、放送開始は大学4年の夏でした。
 月光仮面、隠密剣士、アトム、鉄人が小学生の頃だったのははっきり覚えているのですが、それ以後の番組は放送時期の記憶が曖昧なものが多いです。

 この番組もそうですが、昔のアメリカ映画には、信頼、正義、正直、思いやり、友情、家族愛などをテーマにした作品が多かったように思います。この番組、強く心に響く回が多かったです。

 毎週、熱心に見ていましたが、途中から見なくなってしまいました。
 放送時間が変わったんです。最初は火曜日の20時からでした。晩ご飯を食べ終えてじっくりと見ることができました。
 それが、途中から土曜日の18時からになってしまいました。この時間はNHKでは昔から子供向けのドラマ枠でしたが、大草原をこの時間枠で放送するのはちょっと違うといいますか、腰を据えてじっくり見るには適さない時間でした。

 それに加えて、この時間にはまだ帰宅していない日もあり、また、お姉さんのメアリーが失明してしまうのがかわいそうで、見るのがつらくなりました。

 もう40年以上も昔の、そんなことを思い出しました。

2019年6月 6日 (木)

書店にて&金魚の昼寝?

 もう2週間も前のことになります。
 北九州市で開催される上代文学会に参加するための切符は、駅ネットで買いました。
 それを受け取ろうと、5月23日(木)にJRの大井町駅に行きました。

 行ったついでに、書店に立ち寄り、ふと思い付いて、旅行ガイドのコーナーに行ってみました。
 旅行に行くとき、昔はよくブルーガイドなどを買いましたが、近年は全く買っていません。
Bluenara01
 地図は電子地図がありますし、近隣の史跡などはネットで探せますので。
 でも、書店に行ったついでですし、北九州は初めてでしたので、ちょっと見てみたいと思いました。

 何冊か覗いてみましたが、どれもみなグルメガイドのような内容で、史跡などの解説は微々たるものでした。昔のブルーガイドなどは史跡の解説が充実していて、大いに参考になりましたが、今のは大違いです。いつのまにやら、世の中、変わっていたのでした。

 結局、旅行ガイドは買いませんでした。他の本を買うためにレジに行きました。「カバーを掛けますか」と言われたので、お願いしたら、目を見張るような見事な手さばきで掛けてくれました。こんな手練の技、久しぶりに見ました。
 以前は、こういうベテラン書店員さんのいるお店がありましたが、思えば、最近はこういう書店員さんにあまりお目にかかれなくなりました。

 この書店員さん、30代後半くらいの男性でした。
 胸に、「研修中」のプレートを付けていました。そんなはずはないと思って、「研修中なんですかぁ?」と聞いてみました。聞かれた意味が分かったようで、「先日まで、他の書店に勤めていました」とのことでした。嬉しそうな表情でした。(^_^)

 話は全く変わって。
 今日は在宅でした。昼下がりに金魚の水槽を見たら、全員、底の方で密集しておとなしくしていました。普段あまり見ない光景です。
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 上に乗っかられて、斜めになっているのもいます。(^_^;
Kingyo_r010606b
 地震でも来るかと思いましたが、そういうことも起きませんでした。
 お昼寝タイムだったのかもしれません。
 あるいは、「今日は暑いし、無駄に動いてもお腹が空くだけだよね」ということで、じっとしていたのかもしれません。

 夕飯時には、いつもと同じように、ワラワラ、ザバザバと寄ってきました。食欲旺盛です。

2019年4月25日 (木)

岩波文庫万葉集の令和カバー

 岩波文庫本『万葉集』の第2冊には巻五が収録されています。その第2冊に新しいカバーが付きました。数量限定のようです。
Iwanamireiwa01
 西本願寺本の該当箇所です。

 このカバーと外すとまたカバー。これが本来のカバーです。
Iwanamireiwa02
 こちらは金沢本です。

 ということで、カバーが2枚掛かっていると言うべきか、あるいは外側のカバーはカバーではなくてフルサイズの帯ということになるのかもしれません。

 外側のカバー(または帯)の折り返しには次のような解説が付いています。
Iwanamireiwa03
 ふと、この刷は改元の令和元年5月1日の奥付ではないかと思い至り、早速見て見ました。
Iwanamireiwa04
 う~ん。確かに日付は改元日ですが、西暦ですね。(^_^;
 岩波は、本の奥付に西暦を使う方針ですから、普通はそうなるのでしょうけど、でも、せっかく発行日を改元日にし、こういう特別のカバーを掛けたのに……、という気がします。(^_^;

 昨日ネットで見た情報に依れば、角川ソフィア文庫本『万葉集』(伊藤博氏)の当該冊(こちらは第1冊になります)の増刷の奥付は令和元年5月1日だそうです。大井町の書店に立ち寄って見てみましたら、この本が2冊ありましたが、奥付はまだ平成のでした。

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