書籍・雑誌

2019年10月 6日 (日)

「万葉集を読む」読了。次は。

 『現代思想』の8月臨時増刊号「万葉集を読む」を先日読了しました。
 家に届いたのが7月30日でしたので、読み終わるのにずいぶん掛かりました。(^_^;
Gendaishicho201908
 
 こういう本や雑誌は、興味関心のある論文だけ拾い読みすることが通例なのですが、この雑誌は、論文24本、座談会2本、全部読みました。上代文学を専門とされていない方々も書いていらして、なかなか興味深かったです。勉強になりました。

 さて、今度は何を読もう、ということで、候補は3点です。

 1番。
Manyoganahiragana

 2番。
Kosekikazoku

 3番。
Shinsekigahara

 自分の専門から言えば、迷うことなく1番一択なのでしょうが、2番を選んでしまいました。

 古代の家族に関心があったわけではなく、正倉院文書である古代の戸籍について、きちんと勉強してみたかったというのが動機です。
 1番も近いうちに。
 一番読みたいのは3番であったりするわけなのですが。(^_^)

2019年9月20日 (金)

『古典は本当に必要なのか、……』

 このような本を買いました。
Kotenhahontouni
 令和元年9月15日、文学通信発行です。
 今年の1月に明星大学で開催されたシンポジウムがベースになっています。
 このシンポジウムはネットで中継され、私も一部、PCで見ました。

 古典不要論者から、高校の限られた授業コマ数の中で、何を教えるかという優先順位の点で、古典の優先順位は高くない、などという発言のあったことが記憶に残っています。
 そういう主張ならば、必ずしも不要論ということではないと思います。
 でも、それは本心なのかどうか。

 古典って、昔ならば、要らないなどと言ったら、教養を疑われたものでしょうけど、時代が変わりました。

 古典不要論者は、自分で古典をちゃんと学んだ上で、不要論を唱えているのでしょうかね。古典なんか好きでもないし、ちゃんと勉強もしていないけれども、日常生活で何も困ったこともない、というあたりのことがベースにあるのなら、それは違うと思います。

 ただ、冷静になって考えてみると、高校で源氏物語を教える必要ってあるかなぁ、などという思いもあります。
 古典文学を代表する作品ですから、一部なりとも読んでおくべきだという気はしますけど、文章は難しいですよね。源氏物語がちゃんと読めたら、他の古典は楽勝という気もします。内容的にも高校生の必読書とすべきなのかどうか。

 こんなことを書いていたら、怒られそうですけど。(^_^;

 あれこれ考えて行きたいと思います。

2019年9月19日 (木)

鹿瓦ばん2019秋・冬

 奈良の鹿愛護会の「鹿瓦ばん2019秋・冬」が届きました。
Shika2019a

 トップ記事は「ゴミの誤飲からシカたちを守ろう!」です。
 今年の3月から6月の間に原因不明で死亡した奈良公園のシカを解剖したところ、14頭のシカのうち、9頭の胃の中からプラスチックゴミのかたまりが見つかったとのことです。
 比率がずいぶん高いですね。痛ましいことです。
 ゴミを捨てないで欲しいです。
Shika2019b

 次のページにはシカの瞳についてのクイズが載っていました。
Shika2019c

 説明を読むと、なるほどと思えます。(^_^)

2019年9月12日 (木)

『古典文学の常識を疑うⅡ』

 一昨年の夏に『古典文学の常識を疑う』(勉誠出版)という本が出ました。
 当ブログでもご紹介しました。
Kotenjoshiki01

 この本が好評だったということで、続編が刊行されました。
 注文していたところ、今日届きました。
Kotenjoshiki2a
 今回のには「縦・横・斜めから書きかえる文学史」という副題が付いています。

 目次。
Kotenjoshiki2b

 続き。
Kotenjoshiki2c

 続き。
Kotenjoshiki2d

 続き。
Kotenjoshiki2e

 続き。
Kotenjoshiki2f

 あれこれ興味深い項目があります。あちこち拾い読みしています。

2019年8月27日 (火)

『明治天皇紀』は詳細

 一昨日、「明治11年『御巡幸御休泊割各駅記』」という記事を載せました。
 巡幸の事前の予定なのか、あるいは巡幸の事後の記録なのか、性格のはっきりしない史料です。
 それを検討するのに使える史料があります。
 『明治天皇紀』全12巻+索引(吉川弘文館)です。
 で、今日、早速見てきました。明治11年は4冊目にあります。
Meijitennoki04

 この冊は、昭和45年8月 第1刷で、私が見たのは平成12年12月発行の第2刷です。

 これと一昨日の各駅記とをつき合わせて行けば、何か分かるかもしれません。
 8月30日から11月9日までのこの巡幸は、P.467~P.565に収められていました。
 約70日が約100ページ。1日あたり約1.4ページ。

 詳細な記録でじっくりと読んでゆきたいのですが、短時間で分析するにはちょっと詳細すぎ。(^_^;
 いつか、ということで……。
 根性なしです。(^_^;

2019年8月12日 (月)

『はじめて楽しむ万葉集』(上野誠)のデータを追加

 私の「代表的な万葉歌」を充実させるためのデータ収集、鋭意継続中です。

 この度、上野誠氏の『はじめて楽しむ万葉集』(角川ソフィア文庫)の歌を追加しました。
Ueno_hajimete
 この本に収録されている歌は84首。これまで「代表的な万葉歌」作成のために使用した文献の中で収録歌数は最少です。

 そのわずか84首の中で、これまで「代表的な万葉歌」の資料として用いてきた『万葉秀歌(茂吉)』(364首)、『万葉百歌(山本・池田)』(109首)、『万葉集講義(五味)』(418首)、『万葉の秀歌(中西)』(252首)、『私の万葉集(大岡)』(811首)、『日めくり万葉集(NHK)』(のべ480首)などなどのいずれにも採られていない歌が17首もありました。以下の通りです。

 ・君により言の繁きを故郷の明日香の川にみそぎしに行く(4・626)八代女王
 ・世間も常にしあらねばやどにある桜の花の散れるころかも(8・1459)久米女郎
 ・夕されば小倉の山に伏す鹿の今夜は鳴かず寐ねにけらしも(9・1664)雄略天皇
 ・石上布留の早稲田の穂には出でず心のうちに恋ふるこのころ(9・1768)抜気大首
 ・我が背子に我が恋ふらくは奥山の馬酔木の花の今盛りなり(10・1903)作者不明
 ・黙もあらむ時も鳴かなむひぐらしの物思ふ時に鳴きつつもとな(10・1964)作者不明
 ・人言は夏野の草の繁くとも妹と我れとし携はり寝ば(10・1983)作者不明
 ・遠妻と手枕交へてさ寝る夜は鶏はな鳴きそ明けば明けぬとも(10・2021)柿本人麻呂歌集
 ・我が宿に植ゑ生ほしたる秋萩を誰れか標刺す我れに知らえず(10・2114)作者不明
 ・物思ふと隠らひ居りて今日見れば春日の山は色づきにけり(10・2199)作者不明
 ・よしゑやし恋ひじとすれど秋風の寒く吹く夜は君をしぞ思ふ(10・2301)作者不明
 ・我が背子が言うるはしみ出でて行かば裳引きしるけむ雪な降りそね(10・2343)作者不明
 ・日並べば人知りぬべし今日の日は千年のごともありこせぬかも(11・2387)柿本人麻呂歌集
 ・ひとり寝と薦朽ちめやも綾席緒になるまでに君をし待たむ(11・2538)作者不明
 ・色に出でて恋ひば人見て知りぬべし心のうちの隠り妻はも(11・2566)作者不明
 ・笠なしと人には言ひて雨障み留まりし君が姿し思ほゆ(11・2684)作者不明
 ・かにかくに物は思はじ朝露の我が身ひとつは君がまにまに(11・2691)作者不明

 上野先生、知られざる名歌を意欲的に収集なさっていますね。作者不明歌が目立ちます。
 これらの歌、じっくり読んで、参考にさせて頂きます。

 こういった著書の選歌に当たって、落とせない著名な歌がある一方で、著者としては、知られざる名歌をどれくらい拾い上げられるかというのも大きなポイントでしょうね。

 そういった歌に新たに光が当たるのはすばらしいことと思います。

2019年7月31日 (水)

『現代思想』8月臨時増刊号が万葉集特集

 フェイスブックかツイッターで、『現代思想』8月臨時増刊号が万葉集特集と知り、早速注文しました。
 昨日、帰宅したら届いていました。
Gendaishicho201908
 表紙には上代を専門とされない方々のお名前もありますが、全278ページ、丸ごと万葉集でした。

 目次は以下の通りです。

討議1
 上野誠×田中康二×村田右富実
   万葉集はいまどこにあるか-研究の未来と未来の読者-

討議2
 川野里子×小島ゆかり×水原紫苑
   万葉逍遥-歌人たちとよむ万葉世界-

万葉集の読み方
 多田一臣 『万葉集』の言葉の世界-時空意識を中心に
 久保田淳 中世和歌と万葉集-藤原定家の三首を中心に
 古橋信孝 「ほんとう」の万葉集-学者の役割
 高桑枝実子 万葉挽歌の世界-人々はどのように死と向き合い、死者に思いをはせたのか
 西 一夫 山上憶良は生老病死をどのように歌ったか-老・病・死と子
 新沢典子 人麻呂と赤人

万葉集の/とことば
 藤井貞和 万葉文化と万葉表記
 兵藤裕己 恋歌のポストモダン-『万葉集』から『源氏物語』へ
 金 文京 中国文学から見た『万葉集』
 鈴木 喬 『万葉集』にみる文字表現-漢字の「飼い慣らし」と「仮名」との隔たり
 リンジー・モリソン 万葉集における「ふるさと」-都の面影、万葉びとの原風景

万葉集読解史
 小松靖彦 ことばの宇宙-中世の萬葉学者仙覚の《インド》へのまなざし
 田中康二 本居宣長の『冠辞考』体験
 鈴木健一 和歌史の中の『万葉集』

万葉集の可能性
 三浦佑之 万葉集にみる古事記的世界
 原田信男 『万葉集』にみる食
 五味文彦 実朝と『万葉集』
 真下 厚 『万葉集』のなかのシャーマニズム
 大石泰夫 民俗学からみた『万葉集』-新嘗祭と『万葉集』

深読み万葉集
 大塚ひかり 『万葉集』の雑多なにおい
 山田仁史 神話と万葉集-月・若水・脱皮
 福嶋亮大 「我と汝」の変容-万葉の抒情について
 倉持長子 能と『万葉集』
 千野裕子 王朝の女房たちと万葉集

 内容は多岐に亘り、充実しています。
 じっくりと読もうと思います。

2019年7月18日 (木)

シンポジウム「文学全集の世界」

 来週の金曜日、群馬県立女子大学でこのようなシンポジウムが開催されます。
 主催は同大学国文学科です。
Bungakuzenshuno01
 趣旨は次の通りです。
Bungakuzenshuno02
 講師等。字が小さくて済みません。
Bungakuzenshuno03
 講師のおひとりでいらっしゃる田坂憲二先生は、国文学科のもと同僚です。
 次のような著書を出されていて、昨年、当ブログでもご紹介しました。
Nichibuntasaka01
 参加したく思いますが、当日はあいにく15時まで前橋で仕事があります。
 終わってすぐに駆け付ければ、終わりの20分くらいは参加できるかもしれませんが、どうなるか未定です。
 この教室は、幸い部屋の後ろにも出入口があります。前だけにしか出入口がないと途中からは極めて入りにくいです。(^_^;

2019年7月 4日 (木)

『短歌研究』に品田氏の講演

 一昨日、当ブログに「『短歌研究』に中西先生の講演」という記事を載せました。
Tankakenkyu201907
 この雑誌の中西氏の文章を読み終わって、ページを繰っていたら、「令和」や「帰田賦」という語が目に飛びこんできました。
 「はて? どなたが?」と思って、ページを戻すと品田悦一氏の文章でした。
 「よくわかる「特別講座」! 「令和」から浮かび上がる大伴旅人のメッセージ(解説篇)」というタイトルです。
 令和元年5月2日に朝日カルチャーセンター新宿で開かれた特別講座に加筆・訂正したものとのことです。

 同じ雑誌に中西氏と品田氏の文章が載っているとは、『短歌研究』はなかなか公平です。(^_^)

 品田氏の文章の趣旨は、神亀から天平にかけての政治情勢(藤原氏、長屋王、光明子をめぐる)の詳細な解説です。

 そして、梅花の歌の序には、「権力を笠に着た者どもの横車ばかりが都大路を我が物顔に押し通るとは、ほんに世の堕落も極まった。されどわれらは、互いに君子として心を通わせていたいもの。そうは思わぬか、おのおのがた」という大伴旅人のメッセージが込められている、とされます。

 だから「令和」という年号は……とか、「令和」という年号には……という発言はありません。その点で無理のない論述になっていると思います。
 梅花宴序に品田氏の言われるようなメッセージが込められているのかどうか、賛否はにわかには判断しかねますが、政治的背景はよく理解できました。

2019年7月 2日 (火)

『短歌研究』に中西先生の講演

 『短歌研究』の最新号に中西進氏の講演「万葉集とその未来」が掲載されています。
Tankakenkyu201907
 令和元年5月4日に富山国際会議場で開催された講演を収録したものです。
 改元早々ですね。

 中西先生の講演がこの雑誌に収録されていることはネットで知りました。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65433

 ここで内容の一部が読めます。
 そんなことをしたら雑誌の売れ行きが落ちてしまうのではないかという気もしますが、私のように、これを読んで全文を読みたくなった人もいるでしょうから、むしろ売り上げ増につながっているかもしれません。

 『短歌研究』は初めて買いました。
 

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