映画・テレビ

2022年5月20日 (金)

昭和5年の「元禄快挙 大忠臣蔵」

 このようなものを入手しました。
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 昭和5年4月1日発行の「常盤週報」です。
 三つ折りになっていたものを開きました。
 左端が表紙になります。
 右端の上部は最新封切りの「元禄快挙 大忠臣蔵」で大石内蔵助を演じる大河内伝次郎の写真、下部はその映画の解説です。

 中央部は裏表紙で、「目下撮影中」の作品です。アップにします。
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 それぞれに「時代劇」「現代劇」などの分類が書いてあります。
 最初の「女性讃」は「現代ローマンス」とあります。
 また、この作品の出演者のところには「オールスターカスト」とあります。
 「キャスト」でなくて「カスト」ですね。
 「キャメラ」と「カメラ」の関係に似ていますが、今は「カスト」よりも「キャスト」の方が一般的なのに対し、もう一方は「キャメラ」よりも「カメラ」が一般的ですね。でも業界では「キャメラ」が使われていそうな気もします。

 裏側はこうなっています。
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 丸ごと全部「元禄快挙 大忠臣蔵」の配役です。

 字が小さすぎて読めませんね。
 男女別名簿になっていて、主要なものはそれぞれ冒頭にゴチックで印刷されています。
 男子の部の先頭。
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 片岡千恵蔵が大石ではなくて浅野内匠頭を演じています。
 当時27歳。確かに大石ではなくて浅野ですね。
 「棟梁 藤兵衛」というのは、岡野金右衛門の絵図面取りの大工の棟梁でしょうね。

 女子の部の先頭。
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 ゴチックの部の次に山田五十鈴が載っています。当時13歳。何度も計算し直してしまいました。合っているようです。
 役名「雛菊」ですね。

 常盤週報の「常盤」は映画館の名と思われます。
 ググってみると、千葉県の松戸に常盤館という映画館があって、大正時代には存在していたということですが、これかどうか。

2022年3月 7日 (月)

昭和33年の「忠臣蔵 暁の陣太鼓」ポスター

 このようなものを入手しました。
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 昭和33年の松竹映画「忠臣蔵 暁の陣太鼓」のポスターです。

 裏側。
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 字が小さいので、部分的に拡大します。

 主な配役。切り貼りしました。
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 主役の中山安兵衛を演じている森美樹のことは知りませんでした。
 ググってみたら、かなり多くの映画に出演していましたが、昭和35年に26歳で亡くなっています。
 この映画の2年後ですね。

 林与一が大石主税役で出演しています。NHK大河「赤穂浪士」の堀田隼人でデビューしたのかと思っていましたが、誤解でした。

 ポスターの裏側は映画館向きのようです。
 「宣伝ポイント」という項目があります。
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 また、「放送原稿」も。
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 これも切り貼りしました。
 上段から下段に掛けての文がかなりの長文です。1文が長い。(^_^)

 映画館の裏側を垣間見た思いです。

2021年12月14日 (火)

昭和37年の忠臣蔵の吉右衛門

 今日は12月14日。赤穂浪士の討ち入りの日です。
 何かそれにちなんだネタが無いかと考えました。
 また、先日、中村吉右衛門が亡くなりましたので、それも絡めたらと。
 ありました。(^_^)
 昭和37年の東宝の「忠臣蔵」のパンフレットです。
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 表紙は松本幸四郎です。初代松本白鸚。風格があります。

 主な配役3人。
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 浅野内匠頭は加山雄三、俵星玄蕃に三船敏郎です。

 配役表の一部。
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 ここに、萱野三平:中村萬之助、矢頭右衛門七:市川染五郎が見えます。

 その2人の写真。実際には離れたところにいるのを切り貼りしました。
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 市川染五郎は今の二代目松本白鸚、中村萬之助が吉右衛門ですね。

 2人とも若いです。年を重ねてからよりも、この頃の方が2人似ているように思います。
 松本幸四郎を含め、親子3人競演ですね。

 吉右衛門といえば、東京12チャンネルの正月時代劇「大忠臣蔵」で甲府宰相綱豊を演じたのも印象に残っています。
 その時の内蔵助は松本幸四郎(二代白鸚)。兄弟競演でした。

2021年11月24日 (水)

「七人の侍」のシナリオ本

 映画「七人の侍」のシナリオ本を入手しました。
 撮影に使われた実物ではなく、販売された本です。
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 大きさは、新書本よりもひとまわり大きいくらいです。

 奥付。
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 昭和29年の4月20日発行です。
 「七人の侍」の封切りは同年の4月26日ということですので、封切り以前に発行されたことになります。
 封切りとほぼ同時ということになりましょうか。
 映画館で販売されたのでしょうかね。
 「七人の侍」の台本は、黒澤明の全集を持ってはいるのですが、同時代資料として欲しくなりました。

 「七人の侍」は大好きな作品ですので、印象に残る場面やセリフなどもいくつかあります。

 毎年野武士に村を襲われている百姓たちが、どうしたら良いか、村の長老のところに行った場面。
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 長老の儀作は、ひとこと「やるべす!」と言います。
 侍を雇って、野武士たちと戦うというのです。

 これ、映画では「やるべし」だったと思います。
 赤塚不二夫がこのセリフを気に入って、「ベシ」というキャラクターを作ったということです。
 誤植かもしれませんが、台本のセリフが、撮影時には変更されることも多いでしょうから、ここもそのケースかもしれません。

 百姓の出だった男(三船敏郎)が、自分は武士だと言い張るために、盗んできた系図を見せる場面。
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 このことで、その男は「菊千代」と呼ばれることになります。
 天正2年(1574)生まれで13歳ということですから、「七人の侍」の時代設定は天正14年(1586年)のことということになります。貴重な場面です。
 小牧長久手の戦いから2年後、刀狩令の2年前に当たります。
 秀吉はもう関白になっていますが、地方ではまだ戦乱が収まっていなかったり、野武士が暴れていたこともあったかもしれません。

 侍の1人である七郎次(加東大介)が、百姓たちに戦場での心得を述べる部分。
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 私の記憶では、「いくさは、進む時も走る。退く時も走る。走れなくなった時は死ぬ時だ。」でしたが、これは私の記憶違いかもしれません。要点だけを別の言葉に置き換えて憶えてしまった可能性があります。

 授業で教室に行った時に、何か忘れ物に気づいて、学生さんたちには、「そのままご歓談ください」と言って、待ってもらって、全力疾走で取りに行ったことが何度かあります。その時に、このセリフが自然に口から出てきました。(^_^;

 ラストシーン。
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 7人の侍のうち4人が討ち死にしてしまいました。
 ソロのトランペットの音が悲壮でした。

2021年9月20日 (月)

昭和33年の『別冊近代映画』臨時増刊は忠臣蔵特集

 ネットオークションで、標題のような雑誌を買いました。
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 表紙は、昭和33年の大映の「忠臣蔵」です。
 大石内蔵助は長谷川一夫。向かって左側には岡野金右衛門の鶴田浩二がいます。

 この雑誌、忠臣蔵特集ということでしたので、様々な忠臣蔵映画が取り上げられているのかと思いましたが、手に取ってみると、そうではなくて、表紙の大映「忠臣蔵」の特集なのでした。
 140ページほどが丸ごとこの「忠臣蔵」でした。
 写真多数。座談会、対談、撮影日記、出演俳優の近況報告、シナリオ抄などなど、充実した内容です。

 巻頭の見開きカラーページ。
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 市川雷蔵の浅野内匠頭と、山本富士子の瑶泉院です。
 カラーはこのページと表紙だけで、あとは全てモノクロです。
 まだカラー印刷は高かったのでしょうかね。

 表紙の一番下に「オール・スタア」とあります。
 今なら「スター」ですね。というか、今は「映画スター」という言葉も見なくなりました。
 「スタアの近況報告」のページから。
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 見出しに、「二貫匁の頭」とあります。
 カツラの重さが尺貫法で書かれています。

 パーティーの1場面。
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 長谷川一夫と中村玉緒。右側には鶴田浩二がいます。
 中村玉緒、若いです。

 巻末にはシナリオ抄が載っています。そのラストシーン。
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 美文調です。
 このように、泉岳寺に向かう浪士達を、瑶泉院は閉ざした駕籠の中から見送り、浪士達が通り過ぎてから戸田の局が駕籠の戸を開けると書かれています。
 以前、当ブログにも書いたことですが、実際の映画では、瑶泉院ははじめから駕籠を出て浪士達を出迎え、浪士達が通り過ぎたあと、雪の上にくずおれてしまいます。
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 この方がより感動的になるという判断で、そのように変更したのですね。
 実際、感動的なラストシーンでした。
 あとから冷静に考えたら、このようなことはあり得ないことですが、3時間近く映画を見て来てのラストシーンはやはり冷静に見てはいられないということなのでしょう。(^_^;

2021年8月14日 (土)

「血槍無双」のちらし

 このようなものを入手しました。
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 「劇場用プレス」とありますので、配布先は映画館用でしょうか。

 「血槍無双」は、俵星玄蕃と杉野十平次との交流を描いた昭和34年の東映作品で、いわば忠臣蔵外伝です。
 俵星玄蕃は片岡千恵蔵、杉野十平次は大川橋蔵です。

 三波春夫の代表作の1つに「元禄名槍譜 俵星玄蕃」(昭和39年)という名作があり、内容はよく重なっています。
 名演で、誰も三波春夫のようには歌えないと思っていましたが、三山ひろしは結構歌いこなしていると思います。

 俵星玄蕃は、江戸時代の講釈がはじめのようです。それを後に映画にしたり、浪曲にしたりしたのでしょうが、私はもとの講釈の内容を知らないので、後世の様々なジャンルの作品が、講釈のどこをどれだけ変えたのか分かりません。

 このチラシは、1枚紙を2つ折りにしたものです。
 裏表紙。
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 中央の写真の右側は花園ひろみ、下の写真の右側は長谷川裕見子です。

 中のページ。
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 配役表が載っています。上部のみ示します。
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 この作品のビデオは、20年くらい前にVHSのを買いました。
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 当時撮した写真です。
 デジカメも昔のものなので、あまり良く撮れませんでした。

 円盤は今は手に入らないようです。円盤になっていないかもしれません。

2020年3月 4日 (水)

昭和30年?の「少年少女 映画かるた」

 このようなかるたを入手しました。
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 「映画かるた」とありますが、中身を見ると、また箱に「東映株式会社監修」とあるように、東映を対象にしたかるたです。

 絵札はこのようになっています。
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 「を」を含めて45枚です。「を」があっても読む時は「お」と同じなので、取るのに厄介と思います。

 絵札と読み札を何組かセットで示します。
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 右太衛門の札、千恵蔵の札というように、どの札も俳優ごとになっています。
 大体1枚1人の俳優ですが、1枚に2~3人というものもあります。
 多いのはこの様な面々です。

  ・市川右太衛門……4.5枚
  ・片岡千恵蔵………3枚
  ・東千代之介………3枚
  ・中村錦之助………2枚。

 右太衛門と千恵蔵に差があるのが不思議です。この2人は両御大と呼ばれ、差が出ないように会社としても気を使っているはずなのですが。

 奥付がないので、いつのものか分かりませんが、手がかりとなる札があります。

 ・「阿波のお話「鳴門秘帖」」(市川右太衛門・花柳小菊)
 ・「放送劇の映画化「笛吹童子」」(中村錦之介)
 ・「三四郎になった波島進」(波島進)

 これらに対応する作品は次の通りです。

 ・昭和29年(1954)「鳴門秘帖」
 ・昭和29年(1954)「新諸国物語 笛吹童子」三部作
 ・昭和30年(1955)「姿三四郎」「続・姿三四郎」

 見る限りは、昭和31年以降の作品に対応する札はなさそうです。
 また、このかるたには大川橋蔵の札がありません。橋蔵は昭和30年スクリーンデビューですが、大きく活躍するのは昭和31年からのようですので、その点からも、このかるたは昭和30年のものと推定されます。

 箱の絵は、右側にドクロの旗指物が描かれていることから、「笛吹童子」だと思います。
 中央に描かれているのは大友柳太朗ですね。「笛吹童子」では幻術士の霧の小次郎役として子供たちに大人気だったそうです。
 手前の2人の女性は分かりませんが、たぶん、向かって右が高千穂ひづる、左が田代百合子と思われます。

 かるたの中に「笛吹童子」関係と思われるものに、次の札があります。

 ・「なさけの勇士斑鳩隼人」(楠本健二)
 ・「忍術映画は東映の得意」(大友柳太朗)
 ・「田代百合子は娘役」(田代百合子)

 かなり「笛吹童子」を押しています。
 それで、かるたの名に「少年少女」を冠しているのでしょう。

 とはいえ、「喜多川千鶴は明眸スター」(喜多川千鶴)などという札もあります。「明眸」なんていう語、少年少女には分からないと思いますけど。(^_^;

2019年12月30日 (月)

明治30年の「小県郡全図」

 昨日、真田幸村の佩刀を模したペーパーナイフを取り上げました。
 真田といえば、しばらく前に、長野県小県郡の地図を入手していました。明治30年のものです。
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 下部に方位マークがあります。これを見ると左下が北になります。
 普段、上が北の地図を見慣れている身には、それ以外の向きのものは苦手です。(^_^;
 地図は左右いっぱいに描かれていますので、この向きが最も紙の節約になるのでしょう。

 左上隅には「上田學校褒賞之章」という朱印が捺してあります。
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 この地図の持ち主は上田学校(現在の上田高校かとも思いますが、裏付けが取れません)の生徒で、なにかのご褒美にこの地図を貰ったのでしょうね。

 地図の中央部やや左に上田町があります。この地図上で市街地になっているのは上田町だけのようです。
 アップです。
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 現在の上田市の北東に真田町があります。真田氏発祥の地とされます。
 真田町には1度だけ行ったことがあります。池波正太郎氏が揮毫した「真田氏発祥の郷」の石碑があります。
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 この地図で「真田」を探しましたが、肉眼では見つけることができませんでした。
 地図をスキャンし、それを拡大して、やっと見つけました。
 下の画像の左側に大きな字で「長」とあります。そのすぐ右側です。郵便局のマークもあります。
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 安易にウィキペディアを使って調べたところ、真田町の沿革は以下の通りでした。

  明治9年 真田村・横尾村・横沢村・大日向村が合併して長村となる
  昭和33年 長村・傍陽村・本原村が合併して真田町となる
  平成18年 上田市・丸子町・真田町・武石村が合併して上田市となる

 明治9年以前(たぶん江戸時代以来)に真田村があったのですね。それが明治9年に他の3村との合併で長村となって、真田村は消滅。でも、大字として真田の名は残ったのでしょう。それが地図の状態と思われます。
 その後、昭和33年の合併で長村は他の2村と合併して真田町となります。「真田」が町名に選ばれたのは、その知名度によるものでしょうか。
 平成の合併で真田町は上田市になってしまいましたが、「真田」の名は、上田市真田町として存続しています。

 この地図を見ていたら、「室賀」の名が目に入りました。上田町の右下(西)です。「上室賀」「下室賀」も。
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 NHK大河「真田丸」で、真田昌幸に謀殺された室賀正武(演じたのは西村雅彦)という武将が登場しました。小県郡の豪族ということでした。きっとこの地が根拠地だったのでしょう。
 上田を挟んで、東に真田、西に室賀という関係になります。

 いろいろと楽しいです。(^_^)

2019年12月23日 (月)

「四十七人の刺客」の台本/松村達雄氏

 平成6年の映画「四十七人の刺客」の台本を入手しました。
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 配役リストには役名が列挙されているのみで、俳優名は入っていません。
 その上から配役表が貼りつけてあります。
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 アップです。
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 大石は高倉健、吉良は西村晃です。堀部安兵衛が宇崎竜童ですね。

 表紙の左上に松村達雄氏のお名前が書いてあります。
 松村氏のセリフの部分は鉛筆書きでマークが付いています。
 上欄に改訂の書き込みもあります。
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 興味深いものが手に入りました。

 さて、松村達雄氏はどーもくんファミリーのうさじいの声を担当していました。
 それで、昨日の記事と繋がります。(^_^)

2019年10月31日 (木)

浪花千栄子の歳

 来年秋からのNHK朝ドラは浪花千栄子の生涯(半生かな)を描く作品だそうですね。昨日のテレビやネットニュースで知りました。
 そのネットニュースで、浪花千栄子の生没年が、1907年~1973年とあるのを見て、「いやぁ、そんなはずは?」と思いました。
 これだと66歳で亡くなったことになります。
 浪花千栄子というと、中村錦之助の「宮本武蔵」5部作のお杉婆や、オロナイン軟膏のホーロー看板が思い浮かびます。
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 66歳なら、今の私よりも2歳下です。お杉婆が私よりも年下なんて考えられません。
 でも、ググってみると、あの生没年は合っているようです。

 「宮本武蔵」5部作は、1961年~1965年の製作です。浪花千栄子は54歳~58歳。
 ホーロー看板は1963年の登場だそうですから、56歳です。

 お杉婆って、腰が曲がって、杖衝いていたように思います。すごい演技力です。
 それだけではなく、昔の人の方が今よりも老成していたということもありそうです。平均寿命の違いもありましょうか。
 今の高齢者の方が若いと思います。
 「今の高齢者」って、人ごとじゃなくて、私もそうですけど。(^_^;

 今日はどうもわけ判らない内容で。(^_^;

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