映画・テレビ

2019年5月 2日 (木)

令和最初の買い物は

 一昨日のブログで、平成最後の買い物は近所のスーパーで、令和最初の買い物も同じスーパーでということになろう、と書きました。
 ところが、昨日、スーパーに行く前に、レターパックと宅配便が届き、そちらが令和最初の買い物となりました。
 ま、支払いは平成の内に済んでいるものと、これから振り込むものとがありますので、なかなか微妙ではあるのですが。(^_^;

 八木書店に直接注文していた本。
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 ネットオークションで落札した品。
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 同じく。
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 ということで、キーワードは、飛鳥、奈良、木簡、古地図、忠臣蔵、ですね。
 全く期せずして、これらが令和最初の買い物となりましたが、今後もこれらの路線の買い物が続くことでしょう。なかなか象徴的な3点でした。(^_^)

 「奈良名勝案内図」は昭和3年の発行です。同じ地図で大正14年のをすでに持っていますが、わずかに違いがあるようです。3年のうちに変化した部分が早速反映されたのか、あるいは旧版の誤りを新版で訂正したのかは分かりません。じっくりと比べてみるのも楽しそうです。

 「義士始末記」という作品は知りませんでした。島田正吾が内蔵助なのかと思いましたが、ググってみたら、荻生徂徠でした。以下、ググって知った結果です。

 この作品は昭和37年大曾根辰夫監督作品です。入手したポスターには「後篇」とありますが、「義士始末記」に前後篇があるのではなく、昭和32年に同監督が製作した「大忠臣蔵」を短縮再編集して「仮名手本忠臣蔵」と改題したものを「前篇」とし、それに対しての「後篇」だそうです。

 内容は、討ち入りのあと、浪士達の処分を巡って将軍綱吉は苦慮します。荻生徂徠は、世間の浪士達に対する賞賛・同情の思いに背を向け、情よりも法を重んじて切腹を主張します。

 この徂徠の周囲に、徂徠が貧しかった頃に面倒を見てくれたおかつ(岡田茉莉子)や、関係性はよく分かりませんがおしま(岩下志麻)がいます。おかつは浪士の1人である間新六の姉、おしまは同じく浪士の1人中村勘助の恋人という設定です。おかつもおしまも、浪士の切腹を主張する徂徠をさぞ恨んだことでしょう。さんざん悪態をついているかもしれません。岡田茉莉子や岩下志麻からなじられたらどんなにか怖いことでしょう。(^_^;

 徂徠を主人公にした忠臣蔵外伝ということで、ユニークですね。興味深く、ぜひ見てみたいものです。

2019年1月26日 (土)

昭和33年大映「忠臣蔵」の台本

 昭和33年の大映「忠臣蔵」の台本を入手しました。
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 この作品、忠臣蔵の映画やTVドラマの中ではお気に入りの作品なので、嬉しいです。
 中村鴈治郎のものですね。この台本を鴈治郎が実際に手にしたかと思うと、それまた感慨深いものがあります。

 この作品で、鴈治郎は大石東下りの際の垣見五郎兵衛を演じています。大石は長谷川一夫、浅野は市川雷蔵、吉良は滝沢修、瑶泉院は山本富士子、りくは淡島千景、岡野は鶴田浩二、赤垣は勝新太郎、岡野の恋人は若尾文子、などなど豪華な俳優陣です。

 大石と垣見との場面。
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 垣見のセリフに1ヶ所、変更があります。

 この作品、いろいろと好きな場面がありますが、1つは、討入り前に暇乞いに来た大石の真意に気づかなかった瑶泉院が、夜半過ぎにそれを知って後悔する場面です。
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 改めて台本を読んで、また泣きそうになりました。(^_^)

 そして、ラストシーン。本懐を果たした浪士達が泉岳寺に引き上げる途中、両国橋に瑶泉院が駕籠で乗り付け、駕籠から降りて、浪士達を出迎えます。
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 浪士達は瑶泉院に黙礼しながら、その前を通り過ぎて行きます。それを見送った瑶泉院は最後には手を合わせつつ、くずおれてしまいます。
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 身分ある瑶泉院がここまでするというのは、数ある忠臣蔵作品の中で、稀有なことと思います。大石の暇乞いへの自分の対応を心から後悔した瑶泉院が、その後悔と浪士達への感謝の思いとで、このような行動に出たのでしょう。感動的な終わり方です。また泣きます。(^_^;

 この場面、台本では次のようになっていました。
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 瑶泉院は、戸を閉めた駕籠の中にいるのですね。大石達は、駕籠脇に戸田の局がいるのを見て、駕籠の主が瑶泉院であると知り、駕籠に向かって黙礼してゆきます。そして、隊列が通り過ぎたあとで、駕籠の戸が開いて、瑶泉院の姿が見えるという形になっています。

 こちらの方がまだしもあり得る設定(いや、こちらもないか)ですし、これはこれで感動的なシーンになると思いますが、実際の映画では、瑶泉院は初めから駕籠から降りて、大石達を出迎える形に変更したのですね。撮影時の判断でしょうか。

 結果的に、変更後の方が良かったと思います。

 台本と実際の作品とを比べるのは楽しいです。

2018年12月16日 (日)

「魔法使いサリー」の台本

 このようなものを入手しました。
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 ガリ版ですね。一番下の三角形の東映マークも手書きでしょうか。上部には「アニメ」ではなくて「漫画映画」とあります。あれこれ時代を感じます。ググってみましたら、「魔法使いサリー」の放送開始は、昭和41年(1966)12月5日だそうです。NET(現テレビ朝日)で月曜19時~19時30分。妹が見ていたので、私も見ていましたが、この時間帯だと家ではニュースを見ていたように思いますので、実際に見ていたのは後年の再放送かもしれません。

 最初のページに製作意図が載っていました。
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 末尾にある「サリーは小さい魔法使いだったのです」という文言は、「奥様は魔女だったのです」というフレーズを思い出させます。(^_^)

 次のページにはおなじみのテーマソング。
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 作曲は小林亜星なのですね。

 配役表。上下方向に切り貼りしました。
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 アップです。
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 「魔法」の「魔」の字が、まだれに「マ」と書かれています。

 本文はこんな感じです。
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 映画やドラマの台本と同じように上下に分かれていますが、どのページも上段は空白です。作画の台本は別にあって、動画の方はそれに従って作成したのでしょうね。

 アップです。
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 日本はまだ週休2日になっていない時代ですね。(^_^)

2018年12月14日 (金)

昭和29年の忠臣蔵パンフレット2種

 今日は12月14日、討ち入りの日です。泉岳寺で義士祭ですが、前橋で仕事の日でしたので、行きませんでした。

 下は、最近入手したパンフレットで、昭和29年のものです。
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 大石は先代の松本幸四郎。風格のある内蔵助です。実際の内蔵助は「元禄繚乱」の中村勘九郎(のちの勘三郎)に近かったような気もしますけど。

 上の表紙には内蔵助の幸四郎と内匠頭の高田浩吉が描かれています。何の違和感もありません。ところが、このパンフレットに載っている配役表にはこうあります。
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 高田浩吉がトップで、幸四郎は3番目ですね。主役の幸四郎を差し置いて、これはあり得ないことです。

 この忠臣蔵のパンフレット、実はもう1つ持っています。以下です。
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 こちらには、高田浩吉の代わりに浮橋太夫の淡島千景が載っています。

 このパンフレットにおける配役表は次の通りです。
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 こちらは順当に幸四郎がトップです。

 2つのパンフレット、何が違うかというと、前者は大阪版、後者は東京版です。

 大阪版は、表紙に高田浩吉の写真が使われていることも併せて、どうやら高田浩吉をアピールしようとしているようです。

 高田浩吉は兵庫県出身で、ずっと京都在住だったようですので、高田浩吉を前面に出す方が関西ではお客さんが呼べると考えたのでしょうかね。

 あるいは、単に大阪支店の担当者が高田浩吉ファンだっただけかもしれませんけど。

 比較するのは楽しいです。

2018年7月26日 (木)

大映「忠臣蔵」(S33)の配役変更

 大映京都撮影所の宣伝課が発行した「特報」を入手しました。3枚ペラで綴じてありません。昭和33年に封切られた大映の「忠臣蔵」に関する特報です。いつの発行か書いてありませんが、「この「忠臣蔵」は……封切は陽春四月第一週、撮影は新春一月十五日より堂々の火蓋を切られることが決定した」とあります。前年昭和32年の11月、12月くらいの発行でしょうか。
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 これに、96名に及ぶ配役が載っています。
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 かなり詳しい配役ですので、台本も決定稿ではないにしても、かなりの程度までできていたものと思われます。
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 これを見ると、
 大石内蔵助:長谷川一夫
 りく:淡島千景

 浅野内匠頭:市川雷蔵
 瑶泉院:山本富士子

 吉良上野介:滝沢修

 岡野金右衛門:鶴田浩二
 大工の娘お鈴:若尾文子

 赤垣源蔵:勝新太郎

 垣見五郎兵衛:中村鴈治郎
などなど、豪華な面々です。

 私の好きな作品で、終盤の瑶泉院など、何度見ても泣きそうになります。

 さて、上に示した配役は実際の映画と同じですが、これ以外については、実際とは異なる点がいくつかあります。

 この作品で、異例ともいうほどに活躍している多門伝八郎を、映画では黒川弥太郎が演じているのに、この「特報」では多門役は根上淳になっています。

 黒川弥太郎は「特報」では片岡源五右衛門を演ずることになっています。その片岡は、映画では香川良介が演じています。香川は「特報」では赤垣源蔵の兄塩山伊左衛門役です。その塩山は映画では竜崎一郎が演じています。竜崎は「特報」にはキャスティングされていません。また、「特報」で多門を演じることになっていた根上淳は、映画では老中土屋相模守を演じています。土屋相模守は「特報」には役名が載っていません。

 ということで、玉突き状態の役替えが行われています。この玉突きは、当初キャスティングされていなかった竜崎一郎を加え、当初は出番がなかった土屋相模守を増やすことで、止めどなく続くことなく収まりました。

 映画では多門伝八郎が異例の活躍をしていますので、この役替えは、黒川弥太郎には幸いですが、根上淳は気の毒なことと思いました。

 役替えは新発見かと思いましたが、そうではなく、『戦後「忠臣蔵」映画の全貌』(谷川建司著、集英社クリエイティブ、2013年11月刊)を見たら、既に書いてありました。(^_^; 新発見はそう簡単にはできません。

 この本では、配役変更の理由は不明としながらも、この作品の渡辺邦男監督が以前から黒川弥太郎を自分の作品に使い続けてきていたので、「贔屓の黒川弥太郎の役を大きくするべく監督特権で調整したのはほぼ間違いないだろう。」とありました。

 役替えだけでなく、台本も変えて、多門の出番を増やしていそうですね。

 これ以外の変更としては、小林平八郎が高松英郎から原聖四郎へ、脇坂淡路守が原聖四郎から菅原謙二へ、関根弥次郎(祇園で大石を罵倒する浪人)が菅原謙二から高松英郎へ、というのがあります。こちらは三角トレードですね。

 また、滝花久子が、堀部弥兵衛の妻から矢頭右衛門七の母へと変わっています。「特報」には矢頭右衛門七の母は登場せず、映画には堀部弥兵衛の妻は登場しません。これは、台本にはなかった矢頭右衛門七の母のエピソードをあとから加えて滝花久子にその役を割り振り、その代わり、滝花久子が演じるはずだった堀部弥兵衛の妻の出番を削ったのでしょう。

 今回入手した「特報」、当初はわがライフワーク(作業はずっと中断していますけど)の忠臣蔵配役表の作成資料にというつもりだったのですが、作成資料にはならず、その代わりもっと面白い資料でした。(^_^)

 1つだけ見ていたのでは分からないことが、2つの資料を比べることで見えてくることってありますよね。古事記と日本書紀もそう思います。比較は面白いです。

2018年6月13日 (水)

大正15年の「忠臣蔵新報」

 このようなパンフレットを入手しました。
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 大正15年4月の発行です。発行元の富士館は浅草六区にあった映画館で、尾上松之助主演映画の上演で人気を博したのだそうです。

 1枚紙の2つ折りで、全4ページです。

 1ページ目に尾上松之助の演説が載っていました。
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 300年の歴史を持つ忠臣蔵も、時代によって描かれ方が変わっていったことが、この文章からも伺えます。

 面白いことが書いてありました。
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 忠臣蔵は雪が降らないと撮れないとあります。今ならば、綿や塩や発泡スチロールを使って雪のシーンを撮影するのでしょうに、この時代は降雪待ちだったのですね。綿や塩だって使えたのでしょうが、予算の関係でしょうかね。

 いつまでも雪が降らない可能性だってあったでしょうに、雪待ちをして、午前3時に総動員しての撮影って、すごすぎます。

 見開きの2~3ページです。
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 ここには撮影スケジュールが載っています。

 その冒頭部。
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 末尾。
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 たまたまでしょうけど、撮影日数が47日。ロケもあちこちで行っています。

 最後のページは丸ごと配役表です。
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 さすがに大正15年というと名前を知っている人さえほとんどいません。あと10年くらい後ならば、大河内伝次郎、片岡千恵蔵、阪東妻三郎、月形龍之介、山田五十鈴などなど、知っている人がたくさん並ぶのですけど。

 わがライフワークの「忠臣蔵配役表」(更新はずっと中断していますけど)の貴重な資料になります。

 このパンフレットの発行が大正15年の4月。主演の尾上松之助が亡くなったのはこの年の9月11日だそうです。松之助の最後の作品かもしれませんね。

2018年5月14日 (月)

「元禄忠臣蔵」のパンフレット&草刈正雄

 「元禄忠臣蔵」のパンフレットを入手しました。
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 この作品は、昭和16年(1941年)〈前篇〉・昭和17年(1942年)〈後篇〉に封切られたものですが、このパンフレットは当時のものではなく、昭和54年(1979年)に東京の三百人劇場でロードショー上映されたときのものです。

 佐藤忠男氏の文章と、
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 新藤兼人氏の文章が載っています。
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 写真が載っていますが、松の大廊下は、セットというより、原寸大の実物を建築してしまったそうです。ことのなりゆきに、製作部長や重役が顔色を変えたとありました。(^_^)

 「「忠臣蔵」映画の流れとその時代」と題する見開きページもありました。
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 ここには、「忠臣蔵」(1909)〈歌舞伎公演をフィルムに収録したもの〉から「赤穂城断絶」(1978)までの31作品が取り上げられています。

 配役表のページもあり、そこには、出演者である高峰三枝子、中村翫右衛門、市川右太衛門の思い出話も載っています。
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 このページに載っている顔写真から4人分、切り貼りします。
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 左上から時計回りに、市川右太衛門(徳川綱豊)、市川莚司(武林唯七)、中村梅之助(大石吉千代)、高峰三枝子(磯貝十郎左衛門の許嫁おみの)です。

 中村梅之助は梅雀のお父さんですね。市川莚司って、これどう見ても加藤大介だよなぁ、と思って調べてみましたら、やはりそうでした。(^_^) 顔、変わりません。

 裏表紙ウラです。
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 下段は草刈正雄ですね。真田昌幸、このころはずいぶん若々しいです。

2018年5月12日 (土)

「二十四の瞳」パンフレットと『暦』

 ネットオークションで買いました。
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 「二十四の瞳」のパンフレットかと思ったのですが、左下の方に「デジタルリマスター」と書いてありますので、封切り時のものではなく、後年のものです。全体の書体も新しいもののように思えます。DVDの付録のようなものかもしれません。

 ページの後半にこの作品の台本が転載されています。
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 この作品、童謡や唱歌が効果的に使われていた記憶があります。

 台本でも、脚注のような形式で音声が示されています。

 「二十四の瞳」は、他に、亀井光代主演の連続TVドラマを見た憶えがありました。

 ググってみたら、昭和42年の後半から43年の前半に掛けての放送でした。私が高校1年生の時です。当時は時代劇ばかり見ていたような気がしていましたが、そうでもなかったようです。(^_^) ただ、自分の意志で見たのか、母が見ていたので自然と見たのかは判然としません。毎回見たと思います。

 壺井栄といえば、たぶん中学生の頃、夏休み中に学校で行われた夏季講習の時に、壺井栄の『暦』を読みました。内容はもう忘れてしまいましたが、母親が子供たちにおやつの豆を1つかみずつ配ったとき、子供たちの間から数が多いの少ないのという声が出たので、数えさせたら数はピッタリ同じだった、という一節があったのを憶えています。

 この本、今でも持っています。
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 ここ十数年の間に買った本は、置き場所がないので、どこに置いたやら探すのが大変ですが、そういう大昔に買ったものはちゃんと本棚に収まっていますので、探さずとも出てきます。(^_^;
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 昭和39年の印刷でした。定価60円。(^_^)

 確認のために、当該箇所を探したら、豆を配った相手は自分の子供ではなくて、(たぶん住み込みの)小さなお弟子さん達へでした。

 先生がなぜこの作品を選んだのかは分かりません。今読み返してみれば、何か気づくことがあるかもしれませんが……。

 どうも雑々とした話になりました。

2018年4月20日 (金)

昭和30年代の「映画かるた」

 このようなかるたを入手しました。
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 絵札から何枚かご披露します。
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 右上から横へ、大河内伝次郎、月形龍之介、片岡千恵蔵、市川右太衛門、大川橋蔵、中村錦之助、北大路欣也、高倉健です。懐かしい面々です。

 対応する読み札は次の通りです。
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 大川橋蔵と北大路欣也の両方に「凛々しい」が使われていて、やや工夫が足りません。(^_^)

 しかし、男性ばかりになってしまいました。女性もいるのですが、あまりパッとしません。←失礼。(^_^;

 女性陣の読み札は、「若鮎のような桜町弘子」「眼もと涼しい丘さとみ」「娘役には大川恵子」など、男性陣とは異なり、作品や役名と絡めたものがありません。女性を主役にした作品が稀だったせいではないかと思います。

 このかるた、著名な俳優が並んではいますけど、思い付くままに挙げてみれば、長谷川一夫、市川雷蔵、勝新太郎、三船敏郎、鶴田浩二、山本富士子、山田五十鈴、淡島千景、若尾文子、原節子などがいません。

 どうもこのかるた、東映の俳優限定のように思えます。色々と権利関係等があるのでしょうか。

 奥付等が全くなく、いつのものか分かりませんが、上に示した8枚の絵札にはそれぞれ作品名が書かれています。

 大河内伝次郎「大菩薩峠」、月形龍之介「水戸黄門」、片岡千恵蔵「はやぶさ奉行」、市川右太衛門「謎の紅蓮塔」、大川橋蔵「鮮血の人魚」、中村錦之助「ゆうれい船」、北大路欣也「黄金の伏魔殿」、高倉健「青い海原」です。

 このうち「水戸黄門」以外は全て昭和32年の作品です。月形の「水戸黄門」は何作も作られていますが、昭和32年の作品もあります。

 この8枚しか確認していないというのがツメの甘いところながら、このかるたは昭和32年頃に作られたものと思われます。

 千恵蔵の「はやぶさ奉行」は、昭和32年とはいっても、暮も近づいた11月17日公開とのことですので、このかるたが製品化されたのは、年が変わった昭和33年かもしれません。

 読み札を見ていて、上の例でいえば、水戸黄門(みとこおもん)、遠山金四郎(とおやまきんしろお)、次郎丸(じろおまる)というルビに興味が湧きました。

 全体を見ると、こういった例には、江原真二郎(えばらしんじろお)、大友柳太朗(おおともりゆうたろお)、進藤英太郎(しんどおえいたろお)、杉狂児(すぎきよおじ)、扇太郎(せんたろお)、西郷隆盛(さいごおたかもり)、颯爽(さつそお)、上手(じよおず)、少年(しよおねん)、洋舞(よおぶ)、乱戦乱斗(らんせんらんとお)がありました。

 現代では「おう」「こう」「そう」「とう」「のう」「ほう」「もう」「よう」「ろう」と書くところが、「おお」「こお」「そお」「とお」「のお」「ほお」「もお」「よお」「ろお」となっています。これ、当時としても一般的な仮名遣いではなかったと思います。

 そんなことも含めて、やはり同時代資料は楽しいです。(^_^)

2017年10月 8日 (日)

「紅い襷~富岡製糸場物語~」

 このような映画が制作され、昨日から前橋と高崎の映画館1館ずつで公開中です。
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 富岡製糸場が世界遺産に選ばれて3周年を記念しての映画だそうです。
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 次のような内容です。
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 長野県松代出身の工女、横田英(和田英)の手記『富岡日記』が素材になっています。

 製糸工場というと、『女工哀史』や「あゝ野麦峠」など、その悲惨な労働環境を描いたものもありますが、富岡製糸場での工女たちの待遇は、当時としてはずいぶん良かったようです。1日8時間労働、週休1日、年末年始と夏には10日ずつの休暇があったとか。工女の中心が士族の娘であったことや、工女の養成機関としての役割も有していたことによるのかもしれません。

 紅い襷というのは、一等工女にのみ着用が許された襷だそうで、それがタイトルになっています。

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