万葉集の「つね」+否定
先日来の続きです。
万葉集の中で「常」の下に否定を伴うものを集めてみました。まだあるかもしれません。
博通法師、紀伊国に往きて、三穂の石室を見て作る歌三首(そのうちの一首)
・常磐なす石室は今もありけれど住みける人ぞ常なかりける(3・308)
月移りて後、秋風を悲しび嘆きて家持の作る歌一首
・うつせみの世は常なしと知るものを秋風寒み偲ひつるかも(3・465)
神亀二年乙丑夏五月、吉野の離宮に幸しし時に、笠朝臣金村の作る歌一首 短歌を并せたり(そのうちの短歌一首)
・皆人の命も我れもみ吉野の滝の常磐の常ならぬかも(6・922)
寧楽の京の荒れたる墟を傷み惜しみて作る歌三首[作者審らかならず〕
・世間を常なきものと今ぞ知る奈良の都のうつろふ見れば(6・1045)
物に寄せて思を発す
・隠口の泊瀬の山に照る月は盈昃しけり人の常無き(7・1270)
右の一首は、古歌集に出づ。
・常ならぬ人国山の秋津野の杜若をし夢に見るかも(7・1345)
久米女郎の報へ贈る歌一首
・世間も常にしあらねば屋戸にある桜の花の散れる頃かも(8・1459)
・かくしつつわが待つしるしあらぬかも世の人皆の常ならなくに(11・2585)
更に贈る歌一首 短歌を并せたり(そのうちの長歌、漢文省略)
・大君の 任のまにまに 科離る 越を治めに 出でて来し 大夫われすら 世間の 常し無ければ うち靡き 床に臥伏し 痛けくの 日に異に増せせば(以下省略)(17・3969)
三月三日、大伴宿祢家持
世間の無常を悲しぶる歌一首 短歌を并せたり(大伴家持)
・天地の 遠き始めよ 世の中は 常無きものと 語り継ぎ ながらへ来れ(以下省略)(19・4160)
・言問はぬ木すら春咲き秋づけば黄葉散らくは常を無みこそ[一に云はく、常なけむとそ〕(4161)
・うつせみの常無き見れば世のなかに情つけずて思ふ日多き[一に云はく、嘆く日そ多き〕(4162)
・世の中の常無きことは知るらむを情尽すな大夫にして(19・4216)
右は、大伴宿祢家持、聟南右大臣家の藤原二郎が慈母を喪へる患を弔ふ。
五月二十七日
仏教関係とは言えないものもありますが、時代が下ると仏教的なものが増えてくるように思います。
特に家持。
« マイナンバーカード更新申請 | トップページ | 東急カードが見つからない&Oliveカード »
「万葉集」カテゴリの記事
- 古事記万葉集年表(2026.09.27)
- 群馬県立女子大学で工藤浩先生の講演(2026.09.10)
- 万葉集の「つね」+否定(2026.08.12)
- 万葉集における「よのなか(世間)」(2026.08.10)
- 仏教思想と万葉集(2026.08.09)
「民俗・宗教」カテゴリの記事
- 大仏キティ(2026.09.22)
- 今日のNHK「ブラタモリ」は「東大寺スペシャル」(2026.09.19)
- 万葉集の「つね」+否定(2026.08.12)
- 万葉集における「よのなか(世間)」(2026.08.10)
- 仏教思想と万葉集(2026.08.09)


コメント