壬申の乱をたどる(21)大友皇子の首級が野上行宮に届けられる
7月26日、大海人皇子方の将軍たちは野上行宮に参上し、大友皇子の首級を献上します。
大友皇子が「山前」で最期を遂げたのが7月23日のことでした。首級は3日掛かって大海人皇子に届けられたことになります。
遺体全身だと移動も大変なので首だけを運んだのでしょうかね。
そうだとすれば、首なし遺体は「山前」附近に埋葬されたことと思います。
首級とか首実検というと、鎌倉時代や戦国時代のイメージでしたが、このような時代から、首実検は行われていたのですね。
確かに、首は本人であることを証する最適のものでしょう。
首級献上はこんなイメージでしょうか。
大海人皇子から見て右側。
大伴御行は壬申紀には登場しませんが、壬申の年の功臣として功田を賜わっていますし、万葉集では「大将軍」の肩書きで登場していますので、壬申の乱に参加していたのでしょう。大海人皇子の傍らにあって、作戦遂行の役目を果たしていたのかと思われます。
大海人皇子から見て左側。
草壁皇子がいませんが、これは、母親のうの皇女が息子を心配して野上行宮には行かせなかったという勝手な想像です。
大津皇子の背後に控えているのは、介添です。皇子はまだ10歳ですので。
これは昨年載せた画像です。
今回は地面を草むら風にし、山の風景を背景にしました。
また、大伴御行を加えました。
マイナス面としては、昨年はあった首桶風の籠が今年はありません。
どこかに行ってしまって、見つかりません。(^_^;
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