『前賢故実』(18)壬申の乱
『前賢故実』に載せられた絵を時代順に紹介して平安中期まで進みましたが、ここで時代を溯らせて、壬申の乱関係の人物を載せます。
このタイミングで載せようと思って残しておいたのです。
大野果安・田辺小隅。
うしろが大野果安で前が田辺小隅でしょう。
大野果安は淡海方の将で、乃楽山で大伴吹負を破りますが、倭京を前にして引き揚げ、その後は登場しません。
田辺小隅は淡海方の別将で、倉歴路を守る田中足麻呂の部隊に夜襲を掛けて、ここを突破しますが、たら野で多品治に撃退されます。
智尊。
智尊は淡海方の将で、最後の戦いとなった瀬田橋の戦いで先鋒を務めて奮戦しますが、討ち死にします。
壱伎韓国。
壱伎韓国は淡海方の将で、河内から倭に侵入しますが、大伴吹負の部隊と戦い、敗退します。
廬井鯨。
廬井鯨は淡海方の別将で、中ツ道の戦いにおいて大伴吹負の部隊に奇襲攻撃を掛けますが、箸墓の戦いに勝利を収めた三輪高市麻呂・置始兎部隊に背後を突かれ、敗北しました。
石上麻呂。
石上麻呂は、もと物部麻呂。大友皇子の最期まで皇子に従いました。のちに許されて左大臣にまで進みました。
村国男依。
村国男依は大海人皇子の舎人で、皇子の吉野脱出前に美濃に遣わされ、美濃の兵を以て不破道を塞ぎます。
その後、将として不破を越えて淡海に進軍し、琵琶湖の東岸を連戦連勝して南下しました。
ここに挙げたものの他に、『前賢故実』には大神高市麻呂が載っています。高市麻呂は以前うっかり取り上げてしまいました。
壬申の乱の関係者は以上です。淡海方が6名で、大海人方が2名。
『前賢故実』の著者は淡海方に好意的です。
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