『ならら』最新号の特集は「謎多き富雄丸山古墳」
『ならら』の最新号が届きました。特集は「謎多き富雄丸山古墳」です。
前号の特集「豊臣兄弟と奈良」はNHK大河に合わせてタイムリーでしたが、今号の特集も近年の発見を踏まえたタイムリーな特集です。
タイトルと特集の文字がキンキラです。
目次は以下の通りです。


関心を持たれた方、アマゾンでお求めになれます。
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『ならら』の最新号が届きました。特集は「謎多き富雄丸山古墳」です。
前号の特集「豊臣兄弟と奈良」はNHK大河に合わせてタイムリーでしたが、今号の特集も近年の発見を踏まえたタイムリーな特集です。
タイトルと特集の文字がキンキラです。
目次は以下の通りです。


関心を持たれた方、アマゾンでお求めになれます。
「えっ?!」ですよね。
まだそんなこと言って。
でも、本当に今度こそ完了です。
先週、渋川の家のガス・水道・電話のストップ(契約解除)が完了しました。
ガス(プロパン)と水道は電話での会話で済みました。
電話はdocomoに電話して、向こうの自動音声のままにテンキーを押して解約できました。
残ったのは電気です。
TEPCOのサイトから解約しようとしたのですが、うまくゆきません。
電話で会話しないと無理そうでしたが、先週はちょっとバタバタしていて、週が変わってしまいました。
いつまで放置しておくわけにも行かないので、今朝電話しました。
サイトを見ると、電話の混み方はこんな具合だそうです。
赤と黄色と灰色だけですね。
いつも混んでいます。
とりわけ、月曜の朝は一番混むそうです。
よりによって、そんな時に電話してしまいました。
でもなぜか、すんなり繋がりました。
一番混むときだということで、皆さん敬遠したのでしょうかね。そこにうまく入り込めたのかもしれません。
新幹線も指定席が完売でも、自由席に空席のあることがしばしばあります。
同じことなのかもしれませんね。
我が家の玄関脇にベニカナメモチの木が植わっています。
すくすくと育っていましたが、2022年5月に屋根と外壁の工事をしたときに、足場が組めないというので、根本付近から伐採して貰いました。
切り株を見ると罪悪感が湧いてきましたが、やむを得ません。
ところが、この切り株、なかなか生命力旺盛で、脇芽がいくつも出てきました。下は伐採からわずか1ヶ月半ほどです。
さらに1ヶ月半後。
これで罪悪感はだいぶ薄れました。
年が明けた3月末。
ベニカナメモチという名の通り、新しい葉は赤いです。
時は流れて、今朝です。
来訪者が玄関のチャイムを鳴らすことはできますが、足元が結構邪魔ですし、カメラに顔を映すのも大変です。
そこで、少しだけ剪定しました。
あんまり変わったようには見えないかもしれませんが、チャイムが顕になり、来訪者がチャイムに接近するのも容易になりました。
これならば来訪者の邪魔にはならないでしょう。
今後もこまめに伐ろうと思います。
居間で小雪崩れが起きて出てきました。
奈良の絵はがきです。
阿倍仲麻呂の「天の原ふりさけ見れば」の歌が書かれています。
いいんですけど、私ならば小野老の「あをによし奈良の都は」を選びそうだなぁと思います。
全部で16枚入っているという豪華版です。
いつのものか分かりませんが、郵便番号の枠がありませんので、郵便番号制が始まる昭和43年以前のものかと思います。
ネットオークションでの獲物です。
小さな地図も入っていました。
上が東です。
現代の地図では原則北が上ですけど、昔の奈良の地図では東が上は普通です。
東大寺のものが一番多いです。
大仏殿。
大仏。
三月堂の不空羂索観音。
鹿の絵はがきもあります。


全部で3枚。
16枚中3枚って、多いと思います。♪
やはり奈良は鹿。
この様なものを入手しました。
題簽がほぼ剥がれていて書名不明です。
表紙を開くとこの様になっています。
ということで、書名は『滋賀県蒲生上郡 村名習字本』ということになりましょう。
明治10年4月刊行です。
揮毫者は村田海石です。
「村」の下が黒い四角になっていますが、これは、多分持ち主が遊びで塗りつぶしたのでしょう。
いつの時代も少年というのは困ったものです。(^_^;
以下のページはこの様になっています。



亜細亜洲東部、大日本帝国、近江国に始まり、以下、滋賀、栗太、野洲……と近江国12郡の郡名を列挙し、その先には、金屋、小脇、中野……と地名が列挙されています。
以下、省略して、末尾のページまではこの様になっています。


蒲生郡上郷と、近隣の愛知郡・神崎郡のうち蒲生郡上郷に近接する町村名を列挙したということなのでしょう。
町名は3,村名は127ということです。
3町というのは、松尾町、大窪町、村井町です。
ググってみますと、このうち後の二町は近江商人ゆかりの町だそうです。
実用的な書道の練習ですね。
当時は、当用漢字も常用漢字もない時代ですから、子供たちにどういう文字を学ばせるかといえば、月、火、水、上、下、左、右、大、中、小、草、木、花、実などなどと並んで、身近な地名も必須の文字だったのでしょう。
そのために近隣の町村名を教えるという趣旨と思われます。
以下は裏表紙の見開きです。
版木彫刻のための寄附金を納めた人の名が列挙されています。
文字が小さいですが、右ページの筆頭に北川貞治という人名が載っています。
滋賀県には北川という苗字が多いそうで、我が家の先祖といいますか、祖父の代までは近江国在住だったということです。
親近感を覚えます。
『新釈全訳 日本書紀 中巻』(講談社)が刊行されました。
中巻は2022年に刊行されるはずが、コロナ禍等の不測の事故が重なり、刊行が大幅に遅れたとのことです。
800ページ近くに及ぶ大冊ですので、校注や編集作業もさぞかし大変だったことと思います。
まだ今日届いたばかりで、パラパラとしか見ていませんが、雄略天皇の和風諡号の「幼武」の部分はワカタケルではなくてワカタケと訓むべき旨の補注がありました。「日本武尊」もヤマトタケだというのです。理由は書かれていません。
この注釈書に日本武尊が登場するのは上巻ですので、上巻を見てみました。
タケルと訓まない理由は、日本書紀ではタケルの語は朝廷に敵対する側に用いられるという中村啓信氏の説に従っています。
ヤマトタケルではなくて、ヤマトタケになってしまいますねぇ。
どうなんでしょう。
ヤマトタケという名は、日本書紀ではカワカミタケルから献上されたことになっています。
献上した側の名と献上された側の名とが、タケとタケルとで異なってしまうのは問題ないのでしょうかね。
中村啓信先生のご本を読まねば。←遅い。
1ヶ月ぶりに『前賢故実』です。
今回は飛鳥時代から奈良時代にかけての人物です。
大神高市麻呂。
壬申の乱の折には大海人皇子側に付き、箸墓の戦いで手柄を挙げます。
三輪山の麓にある箸墓附近の地理は熟知していたことでしょう。
持統朝には、農繁期に伊勢行幸をしようとする天皇を諫めます。
『前賢故実』の絵はその折の姿を描いたものかもしれません。
葛野王。
大友皇子(弘文天皇)の子で、額田王の孫。
高市皇子の薨去後、持統天皇が皇太子の人選について諸王・諸臣に諮った折、葛野王は持統寄りの意見を述べたエピソードが懐風藻に載っています。
道首名。
道首名は、大宝律令に選定に携わり、また筑後守兼肥後守として善政を施した良吏として知られます。
舎人親王。
舎人親王は天武天皇の皇子で、日本書紀の編纂総裁として日本書紀を撰進しました。
美濃樵夫。
養老改元の元になった名水を発見した木こりです。
『前賢故実』は一体どんな人まで採り上げているのでしょう。
引越の後始末があと一歩って……。
先週、大家さんの検収を歴て、大家さんに家の鍵をお渡ししたのに。
渋川の家の、電気・ガス・水道・電話をストップすること(契約解除)が残っていました。
3連休が開けて、その作業に掛かりました。
ガスは、都市ガスではなくてプロパンです。
ご近所の燃料店に電話して、それでおしまいです。
水道は、渋川市水道局。
こちらも電話したらすぐにOKになりました。
電話は、docomoに電話して、向こうの自動音声のままにテンキーを押して行きました。
「○○の場合は1を、○○の場合は2を、……」というヤツです。
結構何度も押して、無事に解約できました。
残るは電気です。これがまだ。
TEPCOのサイトから解約しようとしたのですが、最後まで行けません。
渋川の家の住所・氏名・電話番号を入力して解約しようとすると、渋川の家の固定電話に認証コードを音声で送るというのです。
そう言われても、私は今東京の家にいるし、そもそも渋川の家の電話は既になく、回線も解約してしまっています。
認証コード、送られても。
明日にでも電話してみます。
あ、あとNHKですね。
これは郵便局に転居届を出すときに書いた書類が複写になっていて、NHKへの転居通知も自動で送れます。
郵便局とNHK、グルです。←言い方。(^_^;
ということで、解約完了まであとひと息です。
今日は菩提寺にお彼岸のお塔婆を頂きに参りました。
お寺には相変わらず猫が来ています。
私が着くまで、ご住職はゴハンを待っていてくださったそうで、お腹を空かせた猫が私の前を横切りました。
猫ごめん。お待たせ。
猫の気が散るといけないので、撮影は控えました。
それで、今日は画像がありません。
あ、タヌキや鳩なども来るそうです。
動物にとってのオアシスになっていそうです。
ネットオークションで、久米幹文の『続日本紀宣命略解』を見つけて入手しました。
本居宣長の『続紀歴朝詔詞解』以後の宣命の諸注釈は揃えておきたいところですが、この本はまだ持っていませんでした。
ネットオークションは役に立ちます。
奥付です。
明治26年6月発行ですね。
発行者は吉川半七とあります。吉川弘文館ですが、この時にはまだ吉川弘文館とは名告っていないですね。
場所も今の本郷ではなく南伝馬町となっています。
中はこんな感じです。
詔詞解の詔番号の後にその宣命の背景が書かれていて、その後に宣命本文が続きます。
凡例がないので分かりませんが、本文はほぼ続紀歴朝詔詞解のままなのか、かなり独自の校訂をしているのか不明です。
注は頭注欄に記されていますが、スペースも限られているので、書名通りの略解です。
この様なものを入手しました。
ぐんまちゃんシールです。
変身を特技とするぐんまちゃんの様々な姿9体と、群馬の特産等が11種ちりばめられています。
上部中央のぐんまちゃんの帽子が赤色ではなくて緑色なのをみると、しばらく前のものです。
画面が小さいので、3分割します。あまり大きくはなっていませんが。
中央のぐんまちゃんは「ポンチョぐんまちゃん」とあります。
ま、違いありませんが、ポンチョには「つる舞う形の群馬県」と書いてあります。
上毛かるたの札がポンチョになっています。
やまどりは群馬県の県の鳥、やよいひめは群馬のいちごです。
申し訳ないことに、やよいひめはまだ食べたことがありません。(^_^;
こけしは卯三郎こけしが有名です。
ギンヒカリは群馬県水産試験場が10年以上の歳月をかけて開発した養殖ニジマスで、とてもおいしいそうです。これも食べたことありません。 
中央の「上野三碑ぐんまちゃん」は知りませんでした。いつか使えそうです。
おっきりこみは、幅広の面を煮込んだ郷土料理です。
右端の「クワガタぐんまちゃん」が手にしているのは捕虫網でしょうか。
クワガタに化けてクワガタを捕まえようという高度な(?)作戦かも。
ドクターヘリは、前橋赤十字病院を基地病院として、県内全域を約20分でカバーしているそうです。
「ぐんま名月」は知らなかったので、ググってみたら、群馬県農業総合試験場で育成されたりんごだそうです。
いや、絵は柑橘系のように見えます。
稀少なため、あまり出回っていないそうです。
というシールでした。
先週と今週のNHK「ブラタモリ」のテーマは桶狭間の合戦でした。
先週は「桶狭間の戦い 古戦場」。
今週は「信長の逆襲編」です。
桶狭間には何回か行ったことがあります。
毎回名古屋市八事の中京大学で開催されている美夫君志会、最近はすっかり御無沙汰してしまっていますが、一時期、毎年夏の大会にはずっと参加していました。
金曜日に前泊して、土曜日の午前中から昼過ぎに掛けて、名古屋市内の史跡めぐりをしていました。
それで、桶狭間や大高城跡にも行きました。
行ったことのある地がテレビに映ると、なんか嬉しいです。
今回はそういう楽しみもありましたが、私の行った所は大高城跡くらいしか映りませんでした。
なぜそういうことになったかといえば、「ブラタモリ」では、信長が中島砦を出てから桶狭間山に至るまでのルートがメインでした。
それに対して、当時の私の関心は、今川義元の本陣がどこにあったのか、義元の討たれた場所はどこだったのか、という点でしたので、そりゃぁ重なりません。
でも、番組自体は面白かったです。
観点自体で全く別の旅になりますね。
このような小冊子をネットオークションで見つけて購入しました。
昭和56年に松坂の本居宣長記念館が発行したものです。
「はじめに」にはこのようにあります。
目次は以下の通りです。
モノクロ主体で、巻頭と巻末がカラーの図版です。
本居宣長記念館には1度しか行ったことはありません。
学部4年生の時です。伊勢の神宮文庫に続日本紀の調査に行き、帰りに松坂に寄りました。
宣長の旧宅2階の宣長の部屋は明るかったのですが、階下には暗い部屋もありました。
その時私はまだストロボは持っていませんでしたので、この時の旅を契機にストロボを買おうと思ったことでした。
指導教授のO先生に神宮文庫への紹介状を書いていただきましたので、無事に行ってきた旨のご報告をして、「松坂にも行ってきました」と申し上げたところ、「牛肉は食べたかね」と言われました。
O先生は牛肉が大好物でしたが、「松坂」で最初に思い浮かんだのが宣長ではなくて牛肉だったのでした。
そんなことを思い出しました。
ネットオークションでノギスのキーホルダーを見つけて、買ってしまいました。
ノギスって、高校の物理の授業で手に取って以来、ナマで見たこともなかったかもしれません。
その懐かしさと、ミニチュア好きとで、こういうことになりました。
3cmまで計れます。緩いですけどね。
楽しいです。
ふと思い立って調べたらノギスってオランダ語なのですね。
とすると、ノギスが日本で使われるようになったのは、蘭学が盛んだった時代なのでしょうかね。
今日は渋川の家に行ってきました。
先日、業者さんに依頼して、ハウスクリーニングやエアコン・パラボラアンテナの撤去、浄化槽の清掃などが終わりましたので、それを受けて、大家さんに検収していただきました。
無事にOKとなり、家の鍵もお渡ししました。
昨日の病院卒業に次いで、引っ越しも卒業となりました。
めでたいです。
今日、渋川の家から持ってきた荷物は、リュックが2つです。
右のは、普段持ち歩いているもの、もう1つは新たに渋川の家から持ってきたものです。
1つは背負えば良いのですが、もう1つは手に持つと荷物になります。
横から。
新しいリュックにはこういうタグが付いています。
岩合光昭さんプロデュースによるものですね。
右上に非売品と書いてあります。
抽選によったのだかどうだったか、記憶にありません。
これを使えば、きっと写真がうまくなることでしょう。
去年の3月3日に足の手術をしてから1年ちょっと経ちました。
今日は、術後1年目検診ということで病院に行ってきました。
前回は9月でしたので、半年ぶりです。
今日はこんな感じです。
13cmの傷跡、もうかなり分からなくなりました。
異常なく、今日で無事卒業ということになりました。
生まれて初めて全身麻酔を受け、10日ほども入院していたのですねぇ。
それももうすっかり昔のことになりました。
めでたいです。
ご心配くださった皆さま、どうもありがとうございました。
奈良女子大学から届きました。
奈良女では、毎年夏に「若手研究者支援プログラム」の研究発表会が開催されています。
これは去年の8月に開催された研究発表会の報告書です。
以前、1回か2回、若手研究者支援プログラムの研究発表会に参加させて頂いて以来、毎年報告書をお送りくださっています。
今回の目次は以下の通りです。
取り急ぎ目を通してみましたが、1本目と2本目は私には難解でした。
3本目と4本目は理解可能で、興味深い内容です。
じっくり拝読して勉強します。
学問の道は遠く厳しい。
頑張ります。
たまたまですけど、昨日に続いてまたクリアファイルです。
ぐんまちゃんの草津温泉ファイルです。
いや、草津温泉のぐんまちゃんファイルか?
ともあれ、ぐんまちゃんはかわいい。
左上の群馬県の地図のなかにある5つの「十」が分かりません。
なんでしょね。
タイトルの「草津」の部分に「くさづ」とふりがなが付いています。
あえてふりがなを付けたのは、読み方へのこだわりですね。
普通は「くさつ」と清音で読みますし、最寄り駅であるJRの「長野原草津口駅」も「くさつ」と清音ですが、温泉名は正しくは「くさづ」と濁るそうです。
「上毛かるた」の「く」の札の「草津」にもやはり「くさづ」のルビがあります。
草津温泉は硫黄臭がしますので、語源的には「臭水(くさみづ)」なのでしょう。
kusamidu(くさみづ)→kusamdu(くさむづ)→kusandu(くさンづ)→kusadu(くさづ)と考えられます。
裏面はこの様になっています。
左上のアップ。
左端は、群馬名物の焼きまんじゅうですね。
その下には温泉マーク。
右下にまた「十」があります。益々気になります。
下のアップ。
ネギとコンニャクがありますね。
群馬の名産です。
他にキャベツも欲しいところです。
私が毎日遊んでいるスマホゲームの「ぐんまのやぼう」は、ネギとコンニャクとキャベツを収穫して、それを元手に全国統一します。
全国統一の後は、世界制覇、太陽系を群馬に、宇宙を群馬にという壮大なゲームです。
魚は鮎でしょうかね。ちょっと形が違いますけど。
魚の上には反物。
桐生織でしょうか。
先日京都駅で見かけて購入しました。
鳥獣戯画のクリアファイルです。
これ、袋に入った状態で、上の方に「鳥獣戯画日本全国巡り旅 京都編」と書かれています。
さらにその右には「新選組」とも。
中身を出して、裏写りを避けるために白い紙を挟みます。
こんな絵柄があります。
新選組隊士のかえるが勤王の志士のうさぎを斬ろうとしているところかと思ったら、うさぎも新選組の羽織を着ていますね。
同士討ち?
こんな絵柄もありました。
楽しいクリアファイルです。
「鳥獣戯画日本全国巡り旅 京都編」とあるからには、他の地域のものもあるのでしょうね。
群馬編もあると良いです。
この様なものを入手しました。
ぐんまちゃんのメガネ拭きです。
中央奥の横断幕の下にゆるキャラが並んでいます。
小さくて分かりにくいですが、こういう面々です。

吾妻郡のゆるキャラですね。
この中で知っていたのは、草津温泉のゆもみちゃんだけでした。
3月16日の締切を前に、確定申告書がやっとできあがりました。
国税庁のサイトで作成して、源泉徴収票等は台紙に貼って投函という、デジタルアナログ併用方式です。
いつも通り、この方式で入力しようとしたら、今年はいつにも増してe-Tax提出に導こうとされました。
来年はさらに圧が強くなることでしょう。
書類を紙に貼らなくても済むというのは楽そうですね。
ま、考えてみます。
入力していたら、源泉徴収票が1枚ないことに気づきました。
まずいです。脱税です。
……というわけではなくて、あれがあれば逆に還付金が増えます。わずかな金額ですけどね。
探しましたけど、見つかりません。
脱税の逆なので、良いことにします。
印刷し終わったときに、マイナンバーカードの写しが必要なことに気づきました。
コンビニに行くのは面倒です。
うちのプリンターは複合機なので、コピーもとれることに気づき、そうしました。
さて、貼りましょう。
東日本大震災から15年経ちますね。
NHKでは、ニュースの他に、特別番組まで作成して、あの震災のことを取り上げています。
今までも載せた画像ですが、今年もまた載せます。
菩提寺の本堂に安置されている位牌です。
「東北関東大震災」とあって、現在の正式名称である「東日本大震災」とは異なります。
そのことが、この位牌が震災後すぐに作られたことを物語っています。
ご住職は毎朝お経を上げていらっしゃるそうです。
もう1つ。お盆の法要時の画像です。
ご飯に立てた(正しくは何というのでしょうか)紙製の幡、一番左に「妙法 東日本大震災物故者之諸精霊」とあります。
お盆の時にもご供養を忘れてはいらっしゃいません。
同志社大学での研究集会が終了し、無事に帰宅しました。
会の進行が押してきて予定時間よりも長くなりそうでしたが、トリを務められた幹事の福田先生が、ご自身の発表時間を犠牲にして大幅に短く終わってくださったので、当初の予定通りの時間に終了しました。
帰りの新幹線の指定席を買ってありましたので、大変に助かりました。
研究集会は無事に終了したものの、帰宅したら、居間と金魚部屋の電気が点けっぱなしになっていました。
こんなこと初めてです。
老人力がぁ……。
居間はともかく、金魚にはかわいそうなことをしました。
白夜ですものね。
ただ、半年くらい前から、金魚は沈めてある蛸壺がお気に入りで、ちょくちょく入っていますので、あの中にいれば、多少は暗かったのではないかと思います。
私の講演のレジュメです。
https://kitagawa.la.coocan.jp/koza/yukiki.pdf
昨日の懇親会会場のすぐ近くには在原業平邸があったそうです。
また、宿のあたりは石田梅岩の講舎跡で、石門心学発祥の地だそうです。
石門心学は大阪だと思っていました。
京都は史跡だらけ。
今日は、同志社大学人文科学研究所の研究集会に参加してきました。
プログラムは以下の通りです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
同志社大学人文科学研究所第22期研究会第5研究
「データサイエンスを用いた日本伝統文化の継承と変容の文理融合研究」(2025~2027年度)
科学研究費助成事業基盤研究(C)課題番号 24K15666
「中古中世仮名文学の絵画化に関する学際的研究と人文情報学のための基盤構築」(2024~2027年度)
同志社大学宮廷文化研究センター(2021~2025 年度)
春の研究集会 2025
第1日(3月9日)プログラム
10:30~11:00 自己紹介
11:00~12:00
伊勢神宮の式年遷宮のしくみ―なぜ 20 年に一度(19 年間隔)なのか―
石野 浩司(同志社大学人文科学研究所嘱託研究員(社外))
《昼休み 12:00~13:00》
13:00~14:00
吉井勇の新版『東京紅燈集』について
南里 一郎(京都産業大学非常勤講師)
14:00~15:00
香りからみた黄熟香(蘭奢待)
鈴木 隆(高砂香料工業株式会社)
《休憩 15:00~15:30》
15:30~16:30
《講演》「ゆききの丘」考
北川 和秀(群馬県立女子大学名誉教授)
16:30~17:30
『源氏絵抄』調査経過報告
岩坪 健・福田 智子(同志社大学)
18:30~20:30 懇親会
第2日(3月10日)プログラム
10:30~10:40 第2日からご参加の方の自己紹介
10:40~11:40
平安時代における「柑子」についてー摂関記古記録を中心にー
入江 さやか・北島 宣(岐阜女子大学・京都大学名誉教授)
《昼休み 11:40~12:40》
12:40~13:40
九州産業大学蔵「三十六歌仙帖」について
森 あかね(九州産業大学)
13:40~14:40
芸道書の性質と構造:データ活用へ向けて
重田 みち(同志社大学宮廷文化研究センター嘱託研究員)
《休憩 14:40~15:00》
15:00~16:00
《講演》小堀遠州の口切帳 寛永廿・正保元・二・三 ―最後の茶会は正保四年二月一日―
矢野 環(同志社大学名誉教授)
16:00~17:00
「海石榴(つばき)」と「石榴(ザクロ)」―六帖題和歌の反御子左家―
福田 智子(同志社大学)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
明日、2日目の研究集会が開催されます。
それぞれの発表者のタイトルをご覧になるとお分かりのように、内容は実に様々です。
私は初めての参加でしたが、様々な専門分野の方々が参加していて、とても刺激的な集会でした。
私は講演をしましたが、全く想定外の質問や感想を寄せられ、大変に参考になり、勉強になりました。
突然ですが、京都に来ています。明日、同志社大学で研究集会があるので、前泊です。
新幹線の座席は山側を取りたかったのですが、乗ろうとした新幹線では、山側は満席でした。
富士山や関ヶ原を見たいと思っている人が、そんなにたくさんいるなんて。
いや、たぶんそうじゃなくて、座席は海側からABC席、通路があってDE席なので、山側のE席は窓際で、かつ出やすいということで人気なのでしょう。わかる気がします。
私はA席でした。海側といっても、そう海が見えるわけでもなし。
スマホをいじっていたりしましたが、それもいい加減にして目をつぶっていたら、新幹線は京都駅を出発したところでした。
どえりゃあことですが、慌てては恥になるので、何事もなかった風を装って、次の新大阪で降りました。15分くらいですね。
上りもすぐに来たので、それに乗って京都で降りました。ロスタイムは35分ほどでした。
どうも最近、まずいです。居眠りを繰り返したり、忘れ物をしたり、乗り過ごしたり。
老人力、付きすぎ。
京都駅構内で近江牛弁当を買いました。
その写真を載せたかったのですが、私の新しいノートパソコンにはデジカメのSDカードを挿すスロットがないことに気づきました。
今もうそんな時代ですか?
もう少し時が緩やかであったなら。
今日のNHK「タモリ山中伸弥の!?」は「なぜ”神さま仏さま”なのか」でした。
初めはパソコンをいじりつつの「ながら試聴」だったのですが、途中から惹き付けられて、視聴に専念しました。
面白かったです。
古代から江戸時代までの、日本人の宗教史、信仰史の分かり易い解説になっていました。
キーワードは、天変地異、地震、神仏習合、本地垂迹、方丈記、無常観、富士信仰、などでしょうか。
恥ずかしながら天平6年の大地震のことは詳しくは知りませんでした。
応神天皇陵の前方部が大きく崩落したことは初めて知りました。
あれこれ勉強になりました。
お薦めです。
見逃された方は、NHK ONEで。
今回の群馬への新幹線の中でゲットしました。
表紙は秋田犬ですね。
柴犬が好きですが、秋田犬も好きです。
特集ページの冒頭。
特集は「日本を動かした三英傑、秋田を歩く」です。
三英傑といえば、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康を指しますけど、3人とも秋田には行っていないはずだし、はて? です。
白っぽい誌面に白い文字で読みづらいのですが、左ページに何か書いてあります。
その最初の3行を載せます。
三英傑というのは、松尾芭蕉、伊能忠敬、吉田松陰なのでした。
3人の共通点は、東北地方を歩いたということです。
いや、ちょっと。
この3人を「三英傑」ということがあるのかどうか、ググってみましたが、ヒットしないので、この括りは多分この雑誌のみのものと思います。
江戸時代の旅人は1日に長い距離を歩いたようですね。このようにあります。
1日に34km歩くというのはすごいことですが、これが1日だけではなくて、毎日毎日歩いた平均距離なのですから、驚きです。
次の表は『おくのほそ道』の旅で芭蕉が歩いた1日当たりの平均距離です。
『おくのほそ道』にはフィクションが多いということで、データは随行した曽良の記録に依るそうです。
芭蕉は途中逗留して移動しなかった日も多いようですが、その日も含むのか、その日は除いてあるのか不明です。
芭蕉もよく歩いていますね。
驚異的な健脚ぶりです。
今号では、秋田県内を歩いた3人それぞれの旅の特徴などが書かれていて面白かったです。
さて、私はこの雑誌が好きで、いつも楽しみにしてきましたが、渋川の家の撤収が済んでしまうと、4月号以降は手に取る機会も大幅に減ってしまうことでしょう。
定期購読もできるそうです。検討してみます。
今朝は寝坊することなく、無事に起きられました。
そして、渋川の家のエアコンとパラボラアンテナの撤去、ハウスクリーニング、浄化槽の清掃、すべて無事に終了しました。
あと残るのは、切れた蛍光灯の交換だけです。
なんか疲れました。
私は何もせずに、邪魔にならないように暖かそうな場所を見つけて、座っていただけなのに不思議なことです。
昼夜逆転の生活をしている日々の中で早起きをしたので、一種の時差ボケのようなものかもしれません。
作業は朝10時から夕方5時まで掛かりました。
帰りは渋川の家の最寄り駅である八木原駅(渋川駅の1つ南の駅です)までタクシーで行きました。
電車の時間ギリギリでしたが、無事に間に合い、やってきた電車に乗ろうとして、違和感を覚えました。
なんか軽い!
リュックをタクシーに置き忘れてきたのでした。
電車に乗る前でまだ幸いでした。
タクシー会社に電話したら、駅まで持ってきてくれるとのことでした。
申し訳ないです。
私が悪いのですから「賃走」でも良かったのに「回送」でした。
申し訳ないので、渋川駅まで行って貰いました。
そのタクシー会社の営業所は渋川にありますので、お詫びのしるしです。
ま、それだけではなく、私にとっても、八木原駅は寒いので、暖房のある渋川駅の待合室の方が助かります。
しかし、居眠りに加えて、忘れ物まで。
老人力、付きすぎです。
何か画像を貼りたかったのですが、適当なものがないので、2日続けて画像なしです。
渋川の家の後始末、まだ終わっていません。
明日、というか今日、ハウスクリーニング、エアコンとパラボラアンテナの撤去、浄化槽の清掃を業者に頼んでいましたので、その立合いにゆきます。
上手い具合に同じ日にそれらを纏めることができました。ただ朝10時からなので、前泊することにしました。といっても、渋川の家には布団もありませんので、渋川駅前のホテル泊です。
東京の家を出る前に1時間ほど居眠りをしてしまいました。老人力付きすぎです。
無事に家を出て、東京駅に向かうべく大井町駅に着いたら、京浜東北線は人身事故のため大幅遅延ということでしたが、やがて来た電車に乗って、ぎゅう詰めで東京駅に着いたら、今度は新幹線が倒木の影響で遅延していました。いろいろあります。
高崎駅からの在来線は、待っていてくれました。新幹線が遅れた場合、乗り継ぎの在来線は大抵待ってくれます。本数少ないですからね。
それやこれやで疲れたのでしょうか、ホテルのベッドの上でまた寝てしまい、目が覚めたら午前3時で、ブログをそれから書いています。
もう寝ます。
今日は3月3日。ひな祭りですね。
一昨年の3月3日には、うちのミニ雛を載せました。

一応段飾りです。調度つき。
左大臣・右大臣なのか、左大将・右大将なのか、それは付いていなかったので、強そうな猫さんに代理を務めて貰いました。
強そうではありますが、とてもガラが悪いです。
平安時代に宮中の身分の高い人たちから見れば、武士ってこんなイメージだったかもしれませんね。
まだ早いですが、ひな祭りが終われば、人形達は箱に入れられて、お互いに会うこともできなくなってしまいますね。
そこで、ひな祭りが終わった後には、きっと打ち上げコンパをやって、名残を惜しんでいるのではないかと思います。
無礼講でも良さそうなものですけど、お行儀良いです。
さすがに高貴な方々は違います。
打ち上げなので、牛車の牛も混ぜて貰っています。
動物愛護。
さて、このお雛様達、小さいですよ。
劇団員のカエルさんと比べるとこんな感じです。
よくこんなに細かいものが作れるものです。
『萬葉集研究 第四十五集』(塙書房)を購入しました。
この画像は扉です。
題字は、小島憲之先生とともに初代の編者でいらした恩師五味智英先生の筆になります。
特徴のあるこの筆跡を目にすると、先生のお顔やお声が浮かんできます。
目次は以下の通りです。
・石川女郎・大伴田主の贈答歌の左注について
―典故としての『雑宝蔵経』「鹿女夫人縁」と「已」字の誤った処理―(石井公成)
・『万葉集』の「賦」の周辺(釜谷武志)
・「去留」考―萬葉集歌表記の一側面―(山﨑福之)
・『万葉集』における「作者」と「編纂者」(鉄野昌弘)
・天地の開闢神話をめぐるダイナミズム(榎本福寿)
・豊後国・肥前国風土記の史実性―景行天皇巡幸伝承を中心に―(荊木美行)
・宣命における「拙劣」「拙弱」―漢籍詔勅類からの翻案と熟字―(根来麻子)
・副助詞「ばかり」「より」の形成―「り」を持つ形―(小柳智一)
・失われた『玉篇』と『新字』―漢字字体史からの再検討―(池田証寿)
根来先生の宣命の御論文と、荊木先生の西海道風土記の御論文を目当てに買いました。
今年の2月20日刊行です。ほやほや。
漢籍や仏典に関わる論文が多い印象を持ちました。
なかなか難解です。
月が変わりましたので、恒例の体重変化グラフです。
じんわりと増加しました。
渋川の家の片づけと荷造りが終わったせいかもしれません。
今後の推移を注視します。
最近、ふと気がつくと、居眠りをしていることがあります。
座ったままです。
居眠りをしたという自覚は全くないのに、時計の針が進んでいるのです。
不思議体験、というか、老人力がどんどん着いてきています。
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