壬申の乱の経緯をたどる(08)大伴吹負が乃楽山に布陣
7月3日、大伴吹負はさらに北上し、乃楽山に布陣します。
そして、荒田尾赤麻呂の進言によって、飛鳥京を守るために赤麻呂と忌部子人らを飛鳥京に向かわせます。
一方、淡海方は大野果安を乃楽山に向かわせます。
大津京を攻撃すべく進軍を続ける大伴吹負の部隊ですが、河内から倭を窺う壱伎韓国部隊への抑えと、飛鳥京の
守備のために兵を割くことを強いられ、本体の兵力はだいぶ削がれています。
淡海側も、北上して不破に向かう部隊と、南下して倭に向かう部隊と、河内から倭を窺う部隊とに三分されています。
双方ともに、広範囲な部隊の運用を行っています。
« 壬申の乱の経緯をたどる(07)大海人皇子軍の手配り。淡海方も不破に向けて出撃 | トップページ | 足の手術から4ヶ月 »
「壬申の乱」カテゴリの記事
- 壬申の乱の経緯をたどる(22・終)乱のあと(2025.07.29)
- 壬申の乱の経緯をたどる(21)大友皇子の首級が野上行宮に届けられる(2025.07.26)
- 倉本一宏氏『壬申の乱』(角川ソフィア文庫)(2025.07.25)
- 壬申の乱の経緯をたどる(20)大友皇子の最期(2025.07.23)
- 壬申の乱の経緯をたどる(19)瀬田橋の決戦(2025.07.22)
« 壬申の乱の経緯をたどる(07)大海人皇子軍の手配り。淡海方も不破に向けて出撃 | トップページ | 足の手術から4ヶ月 »


コメント