壬申の乱の経緯をたどる(09)大伴吹負が大野果安に敗北
7月4日、乃楽山に陣を敷いた大伴吹負部隊は、攻め寄せた大野果安らの淡海軍に敗れ、敗退します。
吹負自身も数騎で敗走します。
果安は、八口(やくち)まで追い、飛鳥京を望観したところ、京には厳しく楯を立てていたので、伏兵の存在を疑って、引き返します。
大伴吹負軍の方が高所に陣取っていて地の利はあったはずなのに敗退したということは、吹負は諸方の防備に兵を割いたために本隊の兵が不足していたのでしょう。
さらに、大野果安軍は兵がかなり多かったか、士気が高かったのかもしれません。
勝ちに乗じて飛鳥京付近まで追っていった果安が引き返したのは随分慎重です。
これも壬申の乱全体の勝敗に繋がる分岐点の1つになった可能性があります。
« 足の手術から4ヶ月 | トップページ | 群馬県立女子大学で国語国文学会(写真追加) »
「壬申の乱」カテゴリの記事
- 壬申の乱の経緯をたどる(22・終)乱のあと(2025.07.29)
- 壬申の乱の経緯をたどる(21)大友皇子の首級が野上行宮に届けられる(2025.07.26)
- 倉本一宏氏『壬申の乱』(角川ソフィア文庫)(2025.07.25)
- 壬申の乱の経緯をたどる(20)大友皇子の最期(2025.07.23)
- 壬申の乱の経緯をたどる(19)瀬田橋の決戦(2025.07.22)


コメント