壬申の乱の経緯をたどる(05)大伴吹負が飛鳥で活躍
6月29日、飛鳥で機を窺っていた大伴吹負は、あらかじめ飛鳥古京の留守司の中に内応者を得て、謀をもって留守司を配下に置きます。
それを不破の大海人皇子に奏上したところ、大海人皇子は大いに喜び、吹負を将軍に任じます。
これによって、多くの豪傑が怒濤の如く吹負の麾下に集い、淡海討伐を謀ります。
大海人皇子は不破の道からのみ大津京を攻撃しようとしていたのかもしれませんが、飛鳥に留まった大伴吹負が飛鳥古京を占領し、軍勢も集まったことで、北と南から大津京を挟撃する態勢ができました。
鈴鹿も兵で固め、淡海側と東海道との連絡も絶つことができています。
淡海側は南北に兵を割かざるを得なくなり、大海人皇子方が有利な状況になってきました。
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