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2025年6月27日 (金)

壬申の乱の経緯をたどる(04)高市皇子に軍事の全権を委ねる

 6月27日、大海人皇子は高市皇子のすすめで桑名郡家を出て、不破郡家に向い、さらに野上行宮に入ります。

 大海人皇子は、味方の中に脱走した者がいると伝えられて気弱になりますが、高市皇子が強く励まし、大海人皇子も気を取り直します。
 そして、大海人皇子は高市皇子に軍事の全権を委任します。
Jinshinchizu38

 大海人皇子軍は、美濃の兵をもって不破の道から琵琶湖東岸を通って、大津京を突く作戦です。

 今年の壬申の乱の推移をたどる記事、今日で4日目になりますが、今のところ地図は毎日新たに描き変えています。
 日によっては、去年の地図をそのまま再利用することもあると思います。

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壬申の乱」カテゴリの記事

コメント

この大海人皇子の経路は,
伊吹山から関ケ原を通って養老・多度・桑名へ抜ける伊勢東街道・美濃街道の経路とほぼ同じですね。
みゆき道といって,ヤマトタケルが伊吹山から敗走するルートに重なります。
私は友人と昨年の11月から今年の4月にかけて関ケ原から桑名まで歩きました。
とても素敵なルートでした。
よろしければそのときのブログを読んでください。
http://hagisan.air-nifty.com/whats/cat24257472/index.html

暑くて片づけが進まないようですが,こういう時には休むに限りますよ。
私は,SHOP JAPANの「ここひえ」を使っています。
気休め程度ですが,無いよりましです。

萩さん

 ブログ拝見しました。こんな風にまとめられていると良いですね。こんな機能があるとは知りませんでした。

 私の地図の高市皇子の移動ルートは、山沿いの低地に線を引いただけで、信憑性は低いです。本当は古道などのルートを参考にしなければいけないところです。でも、萩さんが歩かれたルートとおおよそ重なっていましょうか?

 ここひえは知りませんでした。コンパクトな冷風扇なのですね。考えてみます。

源さんの「壬申の乱」カテゴリーのURLです。
http://mahoroba3.cocolog-nifty.com/blog/cat24386870/index.html
知らないうちに使っていると思いますよ。

「ここひえ」
威力は小さいです。せいぜい1mの範囲ぐらいです。
机上に置いて,エアコンが効くまでの補助で使っています。
水で冷えた空気を送るので,結構寒いぐらいです。

萩さん

 ありがとうございます。
 なるほど、カテゴリーのURLだったのですね。
 「ここひえ」は一点集中のような感じですね。

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