壬申の乱の経緯(10)淡海方の田辺小隅が倉歴道を奇襲
7月5日の夜半、淡海方の田辺小隅が率いる部隊が鹿深山を越え、倉歴道を守備する田中足麻呂の部隊を奇襲します。
田中足麻呂隊は不意を突かれ、敗北します。
田辺小隅が通ってきたルートは、乱の前に大津京を脱出した高市皇子の通ってきたルートと同じものでしょう。
淡海方は、倉歴道からたら野を押さえることで、不破と倭との分断を図ったものと思われます。
大海人皇子側もこの地の重要性は十分に承知の上で、倉歴道には田中足麻呂の部隊、たら野には多品治の部隊を配しています。
双方の戦法は、それぞれに見事です。
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