壬申の乱の経緯(07)大海人皇子軍の手配り。淡海方も不破に向けて出撃
7月2日、大海人皇子は、紀阿閉麻呂らに数万の兵を与えて倭に向わせ、また、村国男依らに数万の兵を与えて不破から直接淡海に入らせます。
兵たちには淡海軍と区別するために赤色を衣の上に着けさせます。
さらに多品治に3000の兵を与えて、たら野に駐屯させ、田中足麻呂には倉歴(くらふ)道を守らせます。
一方、この頃、淡海方は山部王・蘇賀果安らに命じて、数万の兵で不破を襲わせようとしますが、内紛により統制を失い、投降者も出る始末です。
大海人皇子側は、不破道から大津京を攻める他に、倭方面にも部隊を差し向けます。
一方の淡海側は、不破に向かう軍勢の司令官同士に内紛が起こるなど、厳しい状況です。
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