明治8年の『大日本国郡便覧』(2)
昨日の「明治8年の『大日本国郡便覧』」の続きです。
昨日見た総論部分には、当時の日本の地方行政単位は3府1藩60県とあり、この1藩というのが何であるのか不明と書きましたが、早速判明しました。
Twitter(現X)でご覧くださった「わこにょ」さんから、これは琉球藩であろうとのご教示をいただきました。
早速この本を見たところ、まさに琉球藩でした。わこにょさんには厚く御礼申し上げます。
琉球は、版籍奉還や廃藩置県のずっと後の明治12年まで琉球藩だったのでした。
琉球のページを載せます。
このように、各国の部分は地図を載せ、その余白にその国のデータが記載されています。
琉球は島が多いので、南西端が折りたたみで張り出されています。
データ部分の前半です。
確かに「琉球藩」とあります。
藩庁の所在地は中山の那覇ですね。
そして、戸数と人口が載っています。
それに続く後半です。
産物は、芭蕉布、黒砂糖、泡盛酒という現在でもお馴染みのものを筆頭に、たくさんの品名が列挙されています。
沖縄本島とその周辺。
南西端の張出部分。
島名は今と変わりませんが、西表島の表記が「入表島」となっています。
太陽は西に沈むので、西のことをイリと言うのですね。
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琉球王国を廃し琉球藩を設置したのは,1872(明治5)年。
琉球藩を廃止して沖縄県にした琉球処分は,1879(明治11)年のことですね。
投稿: | 2024年4月16日 (火) 07時32分
コメントをありがとうございます。
はい。尚泰王を琉球藩王としたのは明治5年(1872)で、
琉球藩を廃して沖縄県としたのは明治12年(1879)ですね。
投稿: 玉村の源さん | 2024年4月16日 (火) 07時53分