創作童話「上に候ふ御猫は」
今から1000年ほども昔のことです。時の帝に大層かわいがられている猫がいました。
五位の位まで賜わり、命婦のおとどという名で呼ばれていました。
あるとき、お世話係の馬の命婦がふと見ると、命婦のおとどが横になって寝ています。
「まぁ、なんてお行儀の悪い」と言って起こそうとしますが、命婦のおとどはぐっすり眠っていて、起きる気配もありません。
そこで馬の命婦は、命婦のおとどをおどかそうと、「翁麻呂、命婦のおとどに噛みつけ」と言って、翁麻呂をけしかけました。
翁麻呂というのは、中宮様がかわいがっていらっしゃる犬です。
翁麻呂は、お許しが出たので、命婦のおとどに飛びかかりました。
命婦のおとどは必死で逃げ、丁度いらしていた帝の懐に飛びこみました。
帝は驚き、「馬の命婦よ。これはいかなることか?」とお尋ねになります。
馬の命婦はかしこまり、訳を話しますと、帝は大変にお怒りになり、「翁麻呂を打ち据え、遠くに追放せよ。馬の命婦は世話役を解任する」と仰せになりました。
かわいそうに、翁麻呂は引っ立てられて行きました。
中宮様は、かわいがっていた翁麻呂がいなくなって、とても寂しい思いをしていらっしゃいました。
事件から3~4日経った頃、犬が激しく鳴く声が聞こえます。
何ごとかと思って、事情を聞きに遣らせると、犬を散々に打ち据えたところ、死んでしまったので、死骸は捨てたとのことでした。
犬を打ち据えたのはこの連中です。
宮中にもこんなにガラの悪いのがいるのですね。
その日の夕方、傷だらけの犬がやってきました。翁麻呂によく似ています。
「あれは翁麻呂ではないか?」
「翁麻呂ならば、名を呼べばやってくるはずだ」ということで、名を呼んでみましたが、反応がありません。
エサを与えても食べません。
「では、翁麻呂とは違うのだろう」ということになりました。
その翌朝、中宮様がふと目をやると、柱の下に犬がうずくまっています。
「ああ、翁麻呂は今頃来世で何になっていることだろう」と呟かれたところ、その犬は体を震わせて涙を流しました。
その犬は翁麻呂だったのです。また打たれるかと恐ろしかったのか、あるいは帝のお怒りを受けた身を憚ってのことでしょうか、一晩、身を隠していたのでしょう。
女房達は、「翁麻呂は生きていた」「翁麻呂が帰ってきた」と大騒ぎです。
その様子をご覧になった帝も、翁麻呂をお許しになりました。
命婦のおとどは、自分のせいでひどい目に遭った翁麻呂を気の毒に思い、傷をなめてやりました。
翁麻呂も、面白半分に命婦のおとどを追いかけまわしたことを反省して謝りました。
その後、ふたりは仲良く暮らしたとのことです。
今回のお話し、原作がありますので「創作」童話というには憚りがあります。(^_^;
脚色童話でしょうか。
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