『万葉用字格』の影印本&正訓・義訓
先月、『万葉用字格』の版本を入手したことを書きました。
ところが、先日渋川の家の片づけをしていたところ、その影印本が見つかりました。
奥付です。
和泉書院から出ていたのですね。そしてそれを持っていました。(^_^)
ま、版本の方が版面が大きいし、影印本は縮小して版下を作っている関係で、版本に比べて鮮明さに欠けるので、良しとします。
影印本の解説は、1ページ半に満たない簡略なものです。
その末尾にこうあります。
「商(アキ)」が正訓の部と義訓の部と、両方に入っているのを不審がっています。
不審ですかねぇ。同じ文字が正訓として使われたり、義訓として使われたりすることはあり得ることで、不審とは思えません。
解説の方が不審に思えました。
『万葉用字格』における当該箇所は以下のようになっています。
右が「正訓」の部、左が「義訓」の部です。
「義訓」の方は行末から次行頭に跨がりますので、切り貼りしました。
実際に万葉集に当たってみると、「正訓」の「商」は巻7の1264番歌です。
○西の市にただ独り出でて眼並(めなら)べず買ひてし絹の商(あき)じこりかも(商自許里鴨)
『万葉用字格』に「島守(サキモリ)」とあるのは意味不明です。
ただ、1264番歌の次の歌は、
○今年行く新島守(にひしまもり)が麻衣(あさごろも)肩の紕(まよひ)は誰(たれ)か取り見む
なので、用例を引用するときに、これと混線したのかもしれません。
「義訓」の「商」は巻16の3809番歌です。
○商変(あきかへ)し(商変)領(し)らすとの御法(みのり)あらばこそわが下衣(したごろも)返し賜(たば)らめ
この歌には左注があり、次の通りです。
*右は伝へて云はく、ある時に幸(うつくしび)せらえし娘子(をとめ)ありき。[姓名詳らかならず] 寵(うつくしび)薄れぬる後に、寄物[俗にかたみと云ふ]を還し賜(たば)りき。ここに娘子怨恨(うら)みて、聊(いささ)かにこの歌を作りて献上(たてまつ)りきといへり。
歌の解釈は、例えば、釈注では以下の通りです。
*「商契約の破棄を施行する」などいう法令でもあるのでしたら、私がさし上げた形見の下衣、その衣をお返し頂いても宜しうございましょう。けど……。
現代の諸注釈、文言には勿論違いはありますが、内容はほぼ同一です。
なるほど、こうして比べてみると、『万葉用字格』には、「商(アキ)」が正訓の部と義訓の部と両方に載っていますけれども、どちらも正訓と思えます。
影印本の解説はあまりにも簡略ですが、不審としたのはこの点かもしれませんね。
もう少し考えてみたく思いました。
『万葉用字格』の「義訓」の部の「商」には、「商は秋の音なれば也」とあります。
この注記もよく分かりません。
ふと、「商」の字義を調べてみようと思い、手元の『角川新字源』を見るとこうありました。
この解説の⑤に注目です。古代中国の「五音」を五行に配当すると、「商」は秋に当たるということです。
『万葉用字格』が「商」を「義訓」とするのはこれでしょうね。
当該歌の「商変」を「秋変わり」などとする解釈があって、『万葉用字格』はこれに拠って、この「商」を義訓としたのでしょう。
そういう解釈が当時あったのでしょうかね。
とりあえず『万葉集略解』を見たのですが、略解の解釈も釈注等の現代の諸注釈と同様でした。
今ここまでです。
おもしろそうなのですが、ここで中断のやむなきに至っています。
何か進みましたら、また。
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「商は秋の音なれば也」
…私なんか「商」は「あきない」って読むから「あき」の音を取ったのかなあなんて単純に考えて、そこから先には進まないんですが、
…なるほど、5音ですか。
投稿: 三友亭主人 | 2024年2月 4日 (日) 08時19分
三友亭主人さん
コメントをありがとうございます。
私も最初はそう思いました。
でも念のため漢和辞典を見たら、上のようなことが分かりました。
「商」で「五音」がピンときたりはできませんねぇ。
春登上人が「商(アキ)」を「義訓」としたのはそういうことなのでしょうね。
でも、当該歌は正訓のようですし……。
投稿: 玉村の源さん | 2024年2月 4日 (日) 08時58分