今を去る1350年ほど前のことです。
淡路島の海岸を1羽のうさぎが歩いていました。
うさぎの名はサナイ。薪に使う材木を探しに来たのです。
サナイは大きな材木を見つけました。どこからか流れ着いたのでしょう。
「うわ! でかっ! こんなに大きい材木ならば、もう今日の材木探しはおしまいだ」
サナイが材木を引きずって帰ろうとすると、そこにカメの亀足(かめたり)が通りかかりました。
「サナイくん、ちょっと待った」
「なに? 亀足くん」
「いや、その木、ちょっと普通じゃないな。香木じゃないかな」
「香木?」
「そう、香木。焚くととってもいい香りがする木だよ。推古天皇の3年には、この淡路島に香木が流れ着いているんだ」
「推古天皇の3年?」
「今から80年近く前だね」
「亀足さん、随分古いことを知っているんだね」
「そうさ。あの時はもう大人になっていたからね」
「あ! そういえば、鶴は千年、亀は万年って言うもんね」
「うん。さすがに、万年は無理だけどね」
ふたりは、その材木の端の方を少し折って燃やしてみました。
するとえもいわれぬ良い香りが漂いました。
「ああ。思った通りだ。これは香木だよ。それも随分高級な」
「推古天皇3年の時の香木はどうなったの?」
「あの時の香木は朝廷に献上したそうだよ。これもそうしたらどうだろう。でも、皇太子さまと皇太弟さまとが戦をなさっているそうだけど」
そこに、かえるのケロ麻呂くんが通りかかりました。
「あっ、ケロ麻呂くん。戦がどうなったか知らない?」
「ああ、戦は皇太弟さまの勝利に終わったよ」
「さすが、ケロ麻呂くんは情報が早いなぁ」
「へへ。たにぐくのさ渡る極みだからね」
「よし。決まったね。皇太弟さまの元に、戦勝祝いに献上したら良いんじゃないかな」
「わかった。そうするよ。でも、皇太弟さまに直接だなんて考えられないし、どうしたらいいの?」
「そうだなぁ。今、皇太弟さまの将軍、大伴吹負さまが、難波の小郡に駐屯していらっしゃるから、吹負さまを通して献上したらいいんじゃないかな」
「ありがとう。将軍さまだって畏れ多いけど。ご家来にでもね」
「そうだね。ここから難波は目と鼻の先だけど、海はどうやって渡る?」
「それはワニ(サメ)くんに頼んでみるよ」
「え! うさぎとワニって、ケンカしてたんじゃないの?」
「うん。大昔にうさぎがワニをだまして、皮を剥かれたことがあったんだけど、大国主さまが仲裁してくださったんだ。それで、まずはうさぎが悪いけれども、ワニもやりすぎだという御裁定で、以後、ワニくんはたいていのお願いを聞いてくれているんだ。今回も頼んでみるよ」
うさぎのサナイくんは、海岸でワニくんにお願いしました。
「よし、分かった。お安いご用さ。君もその木も運んで上げよう」
「ありがとうワニくん。恩に着るよ」
こうして、サナイくんは無事に海を渡ると、難波の小郡に行きました。
小郡の宮には門番が立っていました。
サナイくんは、自分の名前と用件を告げ、吹負さまへの取り次ぎをお願いしました。
「承知しました。吹負さまには確かにお渡しします。あ、僕の名前はぐんまちゃんです」
「どうぞよろしくお願いします」
「任せて。君は淡路島から来たんだね。ぼくは、上毛野国から来たんだよ。秘境と呼ばれるくらい遠い国だよ。皇太弟さまが挙兵されるというので、国造さまたちが相談して、皇太弟さまをお助けすることにしたんだ。ぼくたちは、大伴吹負さまが乃楽山の戦いに負けて、倭国をさまよっているときに、吹負さまの軍に合流して、巻き返しに成功したんだ。僕はそれ以来、吹負さまのおそば近くにお仕えしているんだよ」
こうして、サナイくんが拾った香木は皇太弟さまに献上されました。
やがて皇太弟さまは即位されて帝になりました。天武天皇です。
この香木は大変に貴重なものとされ、三種の神器とは別に、天武直系の草壁皇子、文武天皇、聖武天皇に受け継がれました。
やがて、皇位が天武系から天智系に移るに及び、この香木は聖武天皇遺愛の品として東大寺正倉院の宝庫に納められ、今に至っています。
香木には、のちに「蘭奢待」という名が付けられました。
この文字には、「東大寺」の3文字の他に、発見者であるうさぎの「サナイ」の名も隠されているのです。
*これはあくまで創作童話ですので、良い子の皆さんは、今読んだことを信じてはいけません。忘れてください。
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