東横・目蒲電車沿線案内
東横・目蒲電車の「沿線案内」を入手しました。
ちょっとローカルな路線ですが、私、子供の頃から東急沿線に住んでいる東急っ子ですので、東急線には愛着があります。
目蒲電車というのは、現在の東急目黒線で、その前は東急目蒲線でした。
この沿線案内の時点では、東横電車とは別の会社だったようです。
ただ、共通の沿線案内を作っているわけですから、グループ会社のような関係ではあったのでしょう。
中身はこのような路線図になっています。
画面が小さいですが、ほぼ中央を横に貫いている路線が現在の東横線で、一番右が渋谷駅、一番左が桜木町駅です。
右側を拡大します。
現在の路線と比較すると、この案内図では、渋谷と代官山との間に並木橋という駅がありますが、この駅は今はありません。
あとは、この路線図では、祐天寺と自由が丘との間に碑文谷と府立高等という駅がありますが、この2駅は今は学芸大学と都立大学です。
目黒から大岡山を経て田園調布までの目黒線の駅名は今と同じです。
大井町から自由が丘を経て二子玉川までの大井町線は、今は大井町と戸越との間にある下神明がこの路線図にはありません。
また、この路線図では戸越と中延との間にある蛇窪駅が今はありません。
荏原町と大岡山の間にある東洗足と洗足公園の2駅が今は旗の台と北千束です。
自由ヶ丘と二子玉川との間は今と変わりません。
渋谷から大橋を経て二子玉川までは黒い線で結ばれ、玉川電車と書かれています。東急の玉電ですが、凡例に依れば黒い線は他社線となっています。この案内図が作られたときは東急とは別会社だったことになります。
画面左端下方にある「池上」を通る路線は赤い細線で描かれています。これはバス路線です。池上線はまだないのでしょうか。
その左隣り。
画面中央付近を横に貫く東横線の続きは、右端の多摩川園前が今は多摩川です。
また、今は新丸子と元住吉との間に武蔵小杉があります。この駅はJRとの乗換駅にもなっている大きな駅ですが、この路線図には影も形もありません。
あとは、綱島温泉が今は綱島、新太田町が今はないなどの相違があります。
多摩川から蒲田に至る旧・目蒲線(現・多摩川線)では、蒲田の1つ手前にある本門寺通が今はありません。
裏面は沿線各地の案内です。
文字が小さい上に、なぜか薄い藤色のような色で印刷されていて、読みにくいです。

「電車経営分譲地」という項目があります。
私鉄会社は、娯楽施設や分譲地を沿線に作ることによって発展していったんですよね。阪急方式でしたっけ。
左端に、東京横浜電鉄株式会社と目黒蒲田電鉄株式会社という2つの会社名が並んでいますが、所在地は共通ですね。
一心同体だったようです。
さて、この路線案内がいつのものかについては、会社名や駅名などから絞り込めそうです。
でも、ちょっと忙しいので、しません。(^_^;
ただ、玉川電鉄が東横電鉄に合併されたのは昭和13年ですので、この路線案内は昭和13年以前のものということになります。
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