「智勇鑑」
このような番付を入手しました。
戦国武将の番付です。
タモリさんが、「江戸時代の人は番付が好きで、何でも番付にしちゃうんですよ」と言っていました。これもそうですね。
東の上段。
地位の下には国名が書いてあるようですが、刷りが薄くてよく読めません。
東の大関は織田信長ですね。
関脇は上杉謙信。以下、北条氏康、加藤清正、真田昌幸と続きます。
西の上段。
西の大関は武田信玄。以下、毛利元就、島津義弘、山本勘介、竹中半兵衛と続きます。
武田信玄と上杉謙信は好敵手として同格に見られることが多いのではないかと思いますが、織田信長がトップに座ったために、武田と上杉にやや差が付いてしまいました。
東の2段目。
島左近が冒頭にいます。
「どうする家康」で活躍している徳川四天王については、6番目に酒井忠次、その次に井伊直政がいます。
福島正則、伊達政宗に次ぐ位置ですし、小西行長、石田三成などより上位という、かなりの高評価です。
西の2段目。
直江兼続が冒頭にいます。
その次が馬場信春で、次に本多忠勝がいます。
榊原康政が見当たりません。画像は省略しますが、3段目の西の2番目に位置付けられています。
なぜか四天王の中では康政の評価が少し低いです。
中央部は行司と世話人等です。
行司の中央に、真田幸村と木村重成がいます。
世話人には「入道」が並んでいます。
真田一徳斎は真田昌幸の父幸綱、島津龍伯は島津義弘の兄義久です。
明智光秀がどこにも見当たらないと思ったら、東の枠外に張り出されていました。
謀反を起こしたからでしょうね。
徳川、松平は1人も載っていません。
将軍家を憚ったのでしょう。
格付けは元より、行司等として載せることも避けたのでしょう。
幕府に睨まれたら怖いです。
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