「多武峯之図」
「多武峯之図」を入手しました。
江戸か明治のものか不明です。
中央上部。
「大織冠御神殿」とあります。談山神社の本殿ですね。
回廊に囲まれた中央付近に、拝礼している様な人物が見られます。
そのすぐ左側。
多武峰といえば十三重塔。
左下には閼伽井があります。
下方には「○○院」がたくさん並んでいます。
左下と右下。

寺院の塔頭子院でしょうね。
多武峰といえば十三重塔というイメージがありましたが、思えば、十三重塔って寺院の要素ですよね。
ぼーっと生きているので、恥ずかしながらそんなことは今まで全く意識しませんでしたが、こうしてみると、神社とお寺とが同居しているのですね。
明治初期の廃仏毀釈の影響はどうだったのでしょうかね。
現状が気になります。
私、中学校の修学旅行で多武峰観光ホテルに宿泊したのですが、その時、談山神社を見学したかどうか記憶が定かではありません。
昭和41年か42年です。大昔です。
この修学旅行の折に、バスの窓からチラと見えたカラーテレビが、生まれて初めてのカラーテレビ体験でした。
大相撲中継でした。綺麗だなぁと思いました。
伊勢だったか多武峰に登る時だったか、はっきりしません。
多武峰に行ったのはそれが唯一です。
行きたい気はありながら、ついそのままになって今に至っています。
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談山神社はかつて妙楽寺というなのお寺だったと聞いています。
おっしゃるように廃仏毀釈の際に廃されて神社として再出発しています。お寺だった頃の本尊は阿弥陀さんだったのですが、この際になぜかお釈迦様として阿部の文殊様のところにお引越しなさったそうです。
投稿: | 2023年4月21日 (金) 19時57分
さっきのは私でした。
投稿: 三友亭主人 | 2023年4月21日 (金) 19時58分
三友亭主人さん
ご教示ありがとうございます。
そうでしたか。
不勉強でした。
ご本尊様、破壊されたりせずに、何よりでした。
投稿: 玉村の源さん | 2023年4月21日 (金) 20時23分
検索にてこの記事を見つけました。たいへん貴重な史料をご紹介いただきありがとうございます。
四枚目の画像に、私の曽祖父がいた塔頭が載っています。(明治初期の廃仏毀釈の折に還俗して畳んでいます)曽祖父の後見人であった方の塔頭もそのそばに載っており、なかなかこの時期の図会は見られないため、初めて現存していたことを示す絵を拝見しました。どうもありがとうございます。
投稿: ていくわん | 2025年1月16日 (木) 13時07分
ていくわんさん
コメントをありがとうございます。
思いがけなくも、この絵図がお役に立ったようで、大変に嬉しゅうございます。
廃仏毀釈の折に、これらの塔頭のいくつか(あるいは多く)が失われたとすれば、この絵図は江戸時代から明治初期までの状況を描いたものということになりそうですね。
こちらこそありがとうございました。
投稿: 玉村の源さん | 2025年1月16日 (木) 18時04分