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2022年11月

2022年11月30日 (水)

明治31年の武者メンコ

 このようなものを入手しました。
M31musha01
 明治31年に発行された武者メンコです。
 薄い紙に印刷されていますので、購入者が厚紙に貼りつけて、切り離して使ったのでしょう。
 全部で36人の武者が描かれています。
 時代は八幡太郎義家から徳川家康の家臣達に及びます。
 そして、隣り合う者同士がライバルであったり親子であったりと関連付けられています。
 それぞれのペアは顔を向かい合わせています。

 バラバラに切り離されてしまえば、隣同士のペアを作っても意味ありませんね。
 あるいは切り離さずにこのまま眺めて楽しんだりもしたのかもしれません。

 ペアを何組かご披露します。

 八幡太郎義家と安倍貞任
M31musha02

 平将門と藤原秀郷
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 木曽義仲と源義経
M31musha04
 義経の相手は平家の武将ではなくて木曽義仲になっています。
 平宗盛や源頼朝なども候補になりそうですが、しっくりこないかもしれませんね。
 敵同士でなくても良いので、弁慶という手もありそうです。
 弁慶は伊勢三郎と並んでいます。

 巴御前と和田義盛
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 大河ドラマの2人の顔が思い浮かびます。
 木曽義仲の立場は……。

 平敦盛と熊谷直実
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 フルネームでなく、「敦盛」と「熊谷」とだけあります。これで十分なのでしょうね。

 楠木正成と足利尊氏
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 武田信玄と上杉謙信
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 この2人は例外的に顔を向き合わせていません。

 山本勘助と直江兼続
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 軍師同士という位置づけと思われますが、直江兼続は立場と時代がズレるように思います。
 直江兼続も単に「山城守」で十分なのでしょうね。

 真田幸村と真田大助
M31musha10
 親子ですね。

 最下段には徳川家康とその家臣達が並んでいます。

2022年11月29日 (火)

『トランヴェール』11月号の特集は「常陸国。水の旅、川の旅」

 愛読している『トランヴェール』の11月号の特集は「常陸国。水の旅、川の旅」です。
Trainvert202211a
 先週の金曜日に前橋まで日帰り往復したときに入手しました。
 最初、タイトルは「『トランヴェール』最新号の特集は~」と書きそうになりましたが、明日は30日。もうすぐ12月号に変わりますね。

 常陸国を中心とした地域の太古からの変遷が模型で示されています。
Trainvert202211b
 「ブラタモリ」を思い浮かべました。
 長期間の間にずいぶん大きな変遷をしていますね。

 今から1000年前の推定地図が載っていました。
Trainvert202211c

 今の地図も載っています。
Trainvert202211d

 両者を比べると、1000年前はかなり水浸しですね。
 常陸国風土記の時代もこの地図に近いものだったのではないでしょうか。
 常陸国風土記を読むときにはこの地図を参照すべきものと思います。

 平将門は、この1000年前の地図の左から1/3位の中央部にある「岩井」を本拠地にして、地政学上の要衝を押さえていた、との指摘もありました。
 それもまた重要な指摘と思います。

 難しいことですが、文献を読むときにはできるだけ当時の地形を知ることは大事ですね。

2022年11月28日 (月)

『ならら』最新号の特集は春日若宮おん祭

 今日、『ならら』の最新号が届きました。
Narara202212a

 今号の特集は「春日若宮おん祭」です。
Narara202212b

 その他の目次は以下の通りです。
Narara202212cNarara202212d
 今号も奈良満載で充実しています。

 春日大社の御造替ということで思い出されるのは、マスコットの「すがちゃん」です。
Sugachan06
 「かすが」の「すが」でしょうね。
 しかまろくんもかわいいですけど、すがちゃんもお気に入りです。

 丸い鹿の子模様の中に、1つだけハートマークのがあるんですよね。
Sugachan07
 キュートです。

2022年11月27日 (日)

切り絵・郷土かるた「わたしたちの島根」

 このようなかるたを入手しました。
Shimanecard01
 編集は島根県社会科教育研究会、絵は松本伴四郎氏です。

 島根県はかつての出雲国と石見国に当たります。
 まずは古代。
Shimanecard02

 絵札の裏には解説が書かれています。たとえばこんな感じです。
Shimanecard05
 この解説には書かれていませんが、鰐淵寺の観世音菩薩には持統6年(692)と考えられる造像記があります。
 文面は「壬辰年五月出雲国若倭部臣徳太理為父母作奉菩薩」です。

 中世から近代のもの。
Shimanecard03
 新島守の歌は後鳥羽院ですね。「鎌倉殿の13人」。

 名産品と郷土芸能など。
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 このかるたには奥付がありませんが、いつのものかを知る手掛かりはあります。
 この2枚の札の解説です。
Shimanecard06
 右の札の解説により、このかるたは昭和55年11月以降のものであることが知られます。
 また、左の札の解説によって、このかるたが作られた時には、安部栄四郎氏は存命だったことが分かります。
 安部栄四郎氏が亡くなったのは昭和59年12月18日です。
 ということで、このかるたの成立は、昭和55年11月から昭和59年12月18日までの間ということになります。

 狭い範囲に絞り込めると嬉しいです。♪

2022年11月26日 (土)

佐藤和斗氏『明日、シカに会いに行こう』

 このような本が出ました。
Asushika01
 佐藤和斗氏の『明日、シカに会いに行こう』(青菁社)です。
 サブタイトルに「奈良公園で見つけた幸せのかたち」とあります。

 裏表紙。
Asushika02
 奈良公園の鹿を撮した写真集です。
 四季の鹿や、鹿の食べ物、鹿の行動、子鹿などに分類して収められています。
 他に、鹿に関する豆知識なども記載されていて、勉強になります。

 奈良鹿、本当に良いです。
 また実物の鹿に会いに行きたいです。

2022年11月25日 (金)

ああ、あの顔で、あの声で

 今日は恒例の前橋で講座の日でしたので、100km以上の移動をものともせずに行ってきました。
 あの顔で。(^_^;
 道中、私の隣には誰も座らないかと思いましたが、そんなことは全くありませんでした。
 誰も人の顔なんぞ見てはいません。自意識過剰です。
 講座の受講生の方からは、「無理をしないように」「安静にしていた方が良いのではありませんか」などというお言葉を頂きました。
 あざはもっと広がり、やがて黄色くなって、元に戻る、と、ご自身の体験を元に話してくださった方もいらっしゃいました。
 これ以上広がって欲しくはありませんねぇ。1ヶ月先の次回の講座の時にはどうなっていましょうか。

 さて、甚だ唐突ですが、「あの顔で」というフレーズで頭に浮かぶのは伊藤久男の「暁に祈る」です。
 伊藤久男というか、古関裕而というか。
 伊藤久男は、朝ドラ「エール」で、山崎育三郎が演じたプリンスこと佐藤久志のモデルです。
Itohisao
 私は中学生の頃、ひょんなことで伊藤久男の「暁に祈る」を聴いたことで、伊藤久男と「暁に祈る」と古関裕而のファンになりました。
 ちょうどこの頃、懐メロブームで、伊藤久男も古関裕而もしばしばテレビに出ていました。
 この歌は軍歌ではあるのですが、勇ましい中に哀調を帯びた名曲と思います。古関裕而はただ者ではありません。
 それで、この歌の中に、「ああ あの顔で あの声で 手柄頼むと 妻や子が ちぎれるほどに 振った旗 遠い雲間に また浮かぶ」という歌詞があります。
 愛する妻子と別れて戦地に赴く兵隊さんの想いですね。

 再びの「さて」で、今日の夜はこんな感じです。
Kaokyoda07

 昨日はこうでした。
Kaokyoda04
 若干上に広がり、色も濃くなったでしょうか。
 このあたりで打ち止めだと良いです。

 2日にわたってお恥ずかしい画像をアップでさらしました。
 イケメンの伊藤久男の画像で多少とも中和されたら幸いです。

2022年11月24日 (木)

転倒、顔面強打

 昨日の第5回ワクチン接種から丸1日経ちましたが、注射したあたりを中心に少し筋肉痛のような痛みがあるだけで、他には何ともありません。腕も普通に上がります。
 今までで一番軽いかもしれません。
 ワクチン接種の度に高熱を発したり、頭痛があったりする方々には本当に申し訳ない気持ちです。

 さて、ワクチン接種の前日、すなわち一昨日、いつものスーパーで買い物を済ませた後、不覚にも転倒しました。
 足がもつれたのか、つまづいたのか、よく分かりません。転んだときに、駐輪機(?)に左顔を打ちました。

 少し傷ができて血が滲み、顔も腫れました。
Kaokyoda01
 無精ヒゲが恥ずかしいです。マスクしているので見えないだろうと思って、ひげそりを怠けています。(^_^)

 昨日の朝はこんな感じです。
Kaokyoda02
 目頭の下に少し青あざができました。
 腫れは少し引きました。
 ヒゲは剃りました。

 昨日の夜。
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 青あざの色が濃くなりました。

 今朝はこんなです。
Kaokyoda04
 青あざが目頭の上に広がりました。

 左手の掌にも青あざができました。
Kaokyoda06
 これは昨日の写真です。

 顔の傷や青あざはメガネをしていれば、メガネに隠れて見えないだろうと思っていましたが、スーパーに行ったら、昨日は馴染みのお姉さんにも、今日は馴染みのおばさんにも、「どうしたんですか?」と聞かれました。
 メガネをしていても青あざは見えるようです。

 早く治ると良いです。

 あ、写真の顔色は白かったり黄色かったりしていますが、これは光源の差によるもので、黄疸ではありません。

2022年11月23日 (水)

第5回ワクチン接種

 10月半ば頃、第5回ワクチン接種の接種券が届きました。
Coronavaccine5a
 この時は第4回接種からまだ3ヶ月ほどしか経っていませんでしたので、のんびりしていましたが、最近感染者が増えてきたことで、接種する気になりました。
 前回は自宅から徒歩2分という、これ以上は望めないような会場でしたが、今回はその会場は候補に挙がっておらず、少し遠い別の会場に行くことにしました。
 今日、雨の中、接種してきました。

 肩が出せるような服装ということですが、使えるのはこれしかありません。
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 これを着て、上からダウンジャケットを着ました。
 このシャツは1番上のボタンが取れてしまっていましたので、八田殿状態です。怪しい爺さん。

 無事に終わりました。
Ochusya
Coronavaccine5b

 何にせよ、予約は、その日その時間に行かないといけないので、プレッシャーです。
 終わってほっとしました。

2022年11月22日 (火)

60年くらい前の奈良絵はがき

 ネットオークションに、少し昔と思われる奈良の絵はがきが出ていましたので、買ってしまいました。
 今と比べてみたかったのです。
Naraehagaki01
 いつのものか分かりませんが、郵便番号の枠が印刷されていないことから、郵便番号制度ができた昭和43年以前の可能性が高いと思われます。
 見た目では、昭和30年代後半以降かなぁという感じです。
 昭和40年前後とすると、今から60年くらい前になります。

 大仏と猿沢池越しの興福寺。
Naraehagaki02

 春日大社と東大寺。
Naraehagaki03

 朝の鹿と三月堂。
Naraehagaki04

 そして、はがき2枚大見開きのワイド写真。
Naraehagaki05

 この絵はがきにはこういう説明があります。
Naraehagaki06
 英文は、「奈良公園」ではなくて「奈良の鹿公園」ですね。良いです。♪
 今も同様に英訳されているのでしょうかね。

 さて、どの絵はがきも今と変わらないように思います。
 ま、変わって欲しくありませんから、これで良いです。
 この先ずっと、このままであり続けて欲しいです。

2022年11月21日 (月)

ポチと少年の端布

 このような端布を入手しました。
Pochihagire01
 サイズは35cm×91cmほどで、木綿です。

 これが1単位になります。
Pochihagire02

 柄は2つです。
 1つ目。
Pochihagire03
 少年が犬小屋の中の犬におやつを与えています。
 おやつはビスケットでしょうか。
 犬小屋には「ポチのおうち」という表札が掛かっています。
 犬小屋の間口と奥行きのバランスはヘンですけど、側面には窓もあって、なかなかの良いおうちです。

 犬小屋の背後、丸囲みの中に描かれているのは、学校または家の壁に張り出された作品でしょうね。
 習字の文字は「イヌトボク」でしょうか。ボクよりもイヌの方が先に書かれています。
 成績は「甲上」です。甲乙丙の中を更に上中下に分けた9段階評価でしょうか。
 甲上は最高の成績ですね。

 絵は、右が蒸気機関車で、左は軍鑑。
 この端布が戦前・戦中のものであることを伺わせます。

 もう1つの絵。
Pochihagire04
 少年2人と子犬が7匹描かれています。
 子犬同士じゃれ合っていたりして、かわいいです。
 ポチの子でしょうかね。

 少年達はエプロンをしています。
 正ちゃんや、フクちゃんもエプロンしていませんでしたっけ?
 着物が汚れるのを防ぐ対策ですね。
 1人の少年の手には飛行機。戦闘機のようです。
 これも時代を表しています。

 戦時下にあっても、犬のかわいさや、犬をかわいがる子供の気持ちに変わりはないでしょう。
 ほのぼのとした気持ちになります。

2022年11月20日 (日)

昭和6年の「名流花形大写真帖」(4)

 昭和6年の「名流花形大写真帖」の第4弾です。
 右ページは高津愛子、左ページは山田五十鈴。
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 右ページは早川雪洲、左ページは上山草人。
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 この見開きページは、海外の映画界で活躍した2人です。
 早川雪洲は、緒形拳が秀吉、高橋幸治が信長を演じたNHK大河「太閤記」で武田信玄を演じています。

 右ページはゲイリー・クーパー、左ページはモーリス・シュバアリエ。
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 この見開きの間に本来はもう1枚あったのが破り取られています。
 索引によれば、そのページのオモテにはハロルド・ロイド、裏にはクライブ・ブルックがありました。
 ハロルド・ロイド目的に破り取ったのでしょうかね。

 右ページはジョン・クローフォード、左ページはグレタ・ガルボ。
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 ということで、4回に分けてご披露してきた「名流花形大写真帖」、一応今回で終わりにします。
 昭和6年頃に活躍していた舞台俳優、映画俳優でどなたかリクエストがあれば載せます。

2022年11月19日 (土)

昭和6年の「名流花形大写真帖」(3)

 一昨日、昨日に続き、昭和6年の「名流花形大写真帖」の第3弾です。

 右ページは田中絹代です。
 左ページは千代田ポマードの広告ですが、左右のページでリンクはしていないようです。
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 田中絹代の解説。
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 末尾に体重が九貫七百目とあります。
 尺貫法には馴染みがないですが、この冊子の中で体重が1ケタ貫というのはあまり記憶がありませんので、思わずメートル法に換算してしまいました。
 一貫=3.75kgですから、九貫七百目は、9.7×3.75=36.375kgとなります。
 田中絹代、軽すぎ。

 右ページは林長二郎、左ページは坂東壽之助です。
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 林長二郎はのちに長谷川一夫と改名します。
 というか、長谷川一夫が本名だそうです。

 右ページは月形龍之助、左ページは千早晶子です。
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 月形の名は龍之介で親しんできましたが、この冊子では龍之助となっています。
 この当時はそう表記していたのか、あるいは誤植か不明です。
 この左右のページは本来は見開きではなく、中間の1枚が破り取られています。
 両ページの中間下方に破り取られたページの残骸が見えます。
 索引によれば、破り取られたページの表側は市川右太衛門、裏側は明石潮です。
 破り取ったのは市川右太衛門のファンでしょうかね。
 それにしては破り取り方が乱暴ですけど。(^_^;

 右ページは片岡千恵蔵、左ページは酒井米子です。
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 酒井米子は「元録快挙 大忠臣蔵」(昭和5年、日活)、「忠臣蔵」(昭和13年、日活京都)で大石の妻りくを演じています。

 まだ続きます。

2022年11月18日 (金)

昭和6年の「名流花形大写真帖」(2)

 昨日の昭和6年の「名流花形大写真帖」の続きです。

 右ページは水谷八重子です。左ページはウテナクリームの広告ページで、水谷八重子が登場しています。
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 これは、水谷八重子を特別扱いしているのか、あるいはスポンサーのウテナを特別扱いしているのか。

 右ページは木村光子、左ページは山本安英です。
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 2人の解説は以下の通りです。
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 右ページは伊井蓉峰、左ページは喜多村緑郎です。
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 2人の解説は以下の通りです。
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 伊井蓉峰は昭和3年の「実録忠臣蔵」(マキノプロ)で大石を演じています。

 右ページは柳さく子、左ページは飯田蝶子です。
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 2人の解説は以下の通りです。
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 飯田蝶子は、私が子供の頃、いろいろなドラマにお婆さんの役で出演していました。
 映画俳優には、このように身長と体重が載っています。
 尺貫法です。貫で言われると、なんか重く感じてしまいます。(^_^)

2022年11月17日 (木)

昭和6年の「名流花形大写真帖」(1)

 このようなものを入手しました。
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 表紙にハトロン紙が掛かっていて、折角のをきれいに剥がせそうもなかったので、そのままにしました。
 「芝居と映画 名流花形大写真帖」とあります。

 最後のページと裏表紙。
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 奥付により、講談社の雑誌『富士』昭和6年新年号の附録であることが知られます。
 右ページに懸賞募集が載っています。
 この冊子には340人もの俳優が掲載されています。その中から外国人を除き、男女1名ずつの人気投票を行い、一番多くの票を獲得した男女の俳優に銀製の大カップを贈呈するとともに、その俳優に投票した読者の中から抽選で賞品を贈るという企画です。

 賞品は次の通りです。
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 一等は総桐の重ねタンスですねぇ。今ではちょっとありませんね。
 四等の「シャープ鉛筆」というのは今のシャープペンシルでしょうね。

 索引は次のようになっています。
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 いろは順です。この頃はまだいろは順が主流だったのでしょうね。

 本文は次のようになっています。
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 右ページは五代目中村歌右衛門、左ページは十一代目片岡仁左衛門です。
 写真の下に紹介文が書いてあります。仁左衛門の場合は次の通りです。
S06hanagatashin06
 幕末の安政の生まれですねぇ。江戸猿若町というのはいかにも歌舞伎役者という気がします。
 当代は十五代目ですね。

 右ページは十五代目市村羽左衛門、左ページは七代目松本幸四郎。
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 当代は十代目ですね。
 松本幸四郎は3人見て来たので、紛らわしいです。(^_^;
 区別するには、松たか子を基準にするとわかりやすいと聞きました。
 この松本幸四郎は松たか子のひいお祖父さんになりますか。

 この冊子、(2)以下、続きます。

2022年11月16日 (水)

「童謡かるた」不明歌

 一昨日、「童謡かるた」を載せました。
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 その中で、何の歌か分からなかったものがいくつかありました。
 歌詞を頼りに判明したものもありましたが、まだ分からない歌もあります。
 次のような面々です。
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 検索の仕方が悪いのかもしれません。
 たまたまですが、全部鳥絡みです。

 ご存知の方はご教示頂ければ幸いです。

2022年11月15日 (火)

上野三碑「世界の記憶」登録から5年

 群馬県立歴史博物館で「上野三碑の時代」という企画展を開催中です。
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 開催中といいますか10月8日から開催中で、会期末まで10日ほどしかありません。
 「ユネスコ「世界の記憶」登録5周年記念」とあります。
 上野三碑が「世界の記憶」に登録されてから5年経つのでした。

 当時の上毛新聞の号外(電子版)です。
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 歴史博物館の図録はミュージアムショップの通販で入手できました。
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 目次です。
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 図録ではあるのですが、それに留まらず、上野三碑やその時代背景に関する詳細な解説書です。
 全部で250ページもあります。
 勉強します。

2022年11月14日 (月)

「童謡かるた」

 かるたも収集品の1つです。
 どうも収集品が多くて。(^_^;

 「童謡かるた」を入手しました。
Doyocard05
 結構バタ臭い(←死語か)箱の絵ですが、中身は日本の歌が多いです。

 4組だけお示しします。
Doyocard06
 うさぎの登場する札が2組もあるのは、個人的な好みです。

 「は」の札は「春の小川」ですね。
 歌詞が「春の小川は さらさらゆくよ」となっています。

 最初の歌詞は「さらさら流る」だったのが、昭和17年に、当時の国民学校令施行規則では国語で文語文を教えるのは5年生以上と定められていたために、歌詞を「さらさら行くよ」と改訂したということです。
 この改訂は戦後かと思っていましたが、戦中だったのでした。
 このかるたでは「さらさらゆくよ」となっていますので、このかるたは昭和17年以降に作られたものということになります。

 箱の文字の「童謡」の「謡」が「謠」ではなく「謡」となっていますので、当用漢字が制定された昭和21年以降のものでしょう。
 紙の質は悪いです。戦後間もなくの物のない時代かと思います。

 札は帯封の付いたままでした。デッドストックではないでしょうか。
 折角の新品を私が封印切りしてしまいました。

 いろは順に並んでいましたが、「ゐ」「ゑ」「を」「ん」の札はありません。
 これは見識と思います。

2022年11月13日 (日)

動物遊園地の端布

 端布収集も続いています。
 こういう端布を入手しました。
Yuenchihagire01
 木綿で、サイズは35.5cm×66cmほどです。

 これが1単位になります。
Yuenchihagire02
 動物たちがそれぞれ乗り物に乗っています。
 遊園地でしょうかね。

 絵は4つです。
 1つ目。
Yuenchihagire03
 ゴーカートに乗るうさぎ。
 旗はツバメですね。

 2つ目。
Yuenchihagire04
 うさぎとキリンが飛行機に乗っています。
 キリンは空気抵抗が大きそうですが、遊園地の飛行機ならば、あまり気にすることはないのでしょう。
 朝ドラ「舞いあがれ」を見ていると、ついそんなことが気になってしまいました。

 3枚目。
Yuenchihagire05
 これはなんでしょ?
 トロッコでしょうかね?
 シーソーのようでもありますけど、うさぎ2羽でも象さんには叶いません。

 4枚目。
Yuenchihagire06
 スクーターですね。
 動物は犬でしょうか。
 スクーターにはうさぎの絵が描かれています。
 擬人化されて楽しんでいる動物たちと、絵になってしまっている純粋な動物。
 たとえて言えば、ミッキーマウスのペットの犬プルートのようなものでしょうか。
 いや、馬に乗るぐんまちゃんの方がぴったりかも。

 動物たち、それぞれに風船を持っていますね。
 誰も彼もとても嬉しそうな顔をしています。
 笑顔を見ると、こちらも嬉しくなります。

 そして、うさぎが多いです。
 4つのうちの3つ。
 4つ目の絵のスクーターに描かれたのも含めれば皆勤です。
 うさぎはいいです。♪

2022年11月12日 (土)

今日の「ブラタモリ」は善光寺

 今日の「ブラタモリ」は善光寺でした。
 善光寺の立地や門前町のことにも触れていましたけれども、多くは善光寺そのものについてでした。
 こういうのは「ブラタモリ」では珍しいと思います。
 最後のところで、野口アナのお腹がグーと鳴ってしまったのを、撮り直さずにそのまま流していたのは「ブラタモリ」らしいと思いました。(^_^)

 善光寺には1度だけ行ったことがあります。
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 平成27年(2015年)10月に萬葉学会が信州大学の教育学部で開催された折です。
 今から7年前、ご開帳の年でした。

 その折、ブログでも取り上げたのですが、歴代の回向柱の高さが謎でした。
Zenkoji09
 このように、歴代の回向柱が年の順に並んで建てられているのですが、古いものほど低くなっています。

 左側の新しいもの3本をアップにします。
Zenkoji10
 「維時 平成○○年~」の文字の高さが古いものほど低くなっています。
 つまり、これらの回向柱は古いものほど地中に沈んでいることになります。
 回向柱は、年を経るに従って、次第に自重で地中に沈んで行っている。
 なんて、そんなはずはありませんよね。
 古い回向柱は頭を叩いて地中に打ち込んでいるのでしょうかね。

 7年経っても謎が解けません。(^_^;
 「ブラタモリ」で取り上げて欲しかったのですが、出てきませんでした。
 次回は善光寺の2回目ではなくて、安曇野だそうです。

2022年11月11日 (金)

金魚のお腹が気になる

 久しぶりの金魚ネタです。
 ま、11月6日には大きな金魚の抱き枕を話題にしたのでしたが。
Uodakimakura02

 本物の金魚、みな元気です。最近食欲が増してきました。
 なんでしょね。水温は17度~20度くらいです。これが適温なのかもしれません。
 ただ、一番大きい子の右側のお腹がふくらんでいるようで気がかりです。
 写真を撮ろうとしたのですが、動くのでよく撮れません。
Kingyo_onaka01

 ところが、今日、水替えをしようとしてふと気づきました。
 上から撮れば良いのだ。
Kingyo_onaka02
 気付くのが遅い。(^_^;
 どうでしょ。右側のお腹(画面では左下側)がふくらんでいませんか?
 単なる肥満なのか、あるいは内臓疾患なのか分かりません。
 食欲はあるので、しばらく様子を見ます。

 金魚の抱き枕は良いです。
 抱いて寝ても金魚の夢を見たりはしませんが、ぐっすり眠れるような気がします。
 一昨日は、目覚ましが鳴ったのを止めて、そのまま2時間半寝てしまいました。
 抱き枕のせいです。←すぐヒトのせいにする。(^_^;

2022年11月10日 (木)

熊本の「からしれんこんどーもくん」

 今日夕方のNHK「ゆう5時」に熊本の「からしれんこんどーもくん」が登場していました。
Kumamotodomo01
 久しぶりにこの番組に登場したご当地どーもくんですが、アメリカの中間選挙速報がL字形に画面を占めている影響で、ちっちゃくなってしまっています。

 熊本と言えばくまモンですが、NHKには各地にご当地どーもくんがいますので、自前のゆるキャラで対応できます。
 からしれんこんどーもくん、遥々熊本から来てくれたのですよね。
 飛行機でしょうね。座席を2つ取らないと座れないかもしれません。
 道中、たくさんの乗客から撮影されたのではないかと思います。
 あるいは貨物室に入れられて来たのでしょうかね。凍死しそう。

 さて、架蔵の「からしれんこんどーもくん」のストラップです。
Kumamotodomo02
 購入したのは平成17年(2005)ですので、今から17年前です。
 これは「熊本」と書いたのぼり旗を持っていますが、昨日のTVのはお腹に「熊本」と書いてあります。
 あとは大体同じですね。

 また次のご当地どーもくんの登場を待ちます。

2022年11月 9日 (水)

白い蛙

 菩提寺のご住職が、住職を兼任していらっしゃる千葉県香取郡多古町のお寺で珍しいものを見かけたということで、写真をメールの添付ファイルで送ってくださいました。
 白い蛙です。
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Shirokaeru02
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 ご住職はわざわざこの写真を送ってくださったわけではなく、ご返信をくださる他の用件がありましたので、それに合わせて、ねこの写真と一緒にこの写真を添付してくださったのです。

 この蛙、なぜ白いんでしょうね。
 そういう種類なのか、あるいはアルビノか。

 ともあれ、白い○○というのは瑞祥として改元の理由になったりもしますよね。
 白い蛙、おめでたい印かもしれません。

 めでたさのお裾分けです。

2022年11月 8日 (火)

皆既月食(2022年)

 今日は皆既月食だというので、何回か撮影しました。
 相変わらず、三脚なしの手持ちです。
 月食の始まりは18時19分だったかと思います。

 18時32分。
Gesshoku20221108a
 左下から欠け始めています。
 欠け始めから13分で、結構欠けています。

 18時48分。
Gesshoku20221108b
 1枚目の画像から16分しか経っていないのに、だいぶ欠けました。

 皆既の最初は19時17分だったかと思います。
 19時36分。
Gesshoku20221108c
 赤い皆既月食が撮れました。

 その後、月はしだいに元の満月に戻って行きますが、もう撮影はやめました。
 天王星食の撮影も断念。
 手持ちでは到底無理と思いまして。←早く三脚を買え。(^_^)

2022年11月 7日 (月)

昭和5年「大忠臣蔵」のパンフレット

 昭和5年の「元禄快挙 大忠臣蔵」のパンフレットです。
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 パンフレットといいますか、1枚紙を三つ折りにしただけのものです。

 三つ折りを開いた内側は次のようになっています。
S05daichushingura07
 名場面の写真があり、左端には配役表があります。

 配役表は6段組で文字はかなり細かいです。
 最上段。
S05daichushingura08
 大石は大河内伝次郎、浅野は片岡千恵蔵です。
 今から92年も昔の映画ですので、この段でよく知っている俳優はこの2人くらいです。
 最下段には山田五十鈴がいます。

 表紙と同じ側を内側に折った部分にはこのような画像があります。
S05daichushingura09
 左側が浅野内匠頭で、右側が吉良上野介ですね。
 吉良は画像が薄く、浅野の夢か幻に登場した姿でしょう。
 当時、こういう技術もあったのですね。←92年前の技術を侮ってはいけない。

 裏表紙の下にはこうあります。
S05daichushingura10
 このパンフレットは池袋平和館のものです。
 「駅の正面」とあります。
 今や、池袋駅は巨大化して、「駅の正面」と言われても、どこだか分かりませんが、当時はこれで通じたのでしょうね。

2022年11月 6日 (日)

金魚の抱き枕

 某楽天で見つけて注文してしまった品物が今日届きました。
Uodakimakura01
 大きさの比較のために、金魚の水槽の上に置きました。
 水槽の幅は60cmです。
 枕のように見えますが、これは本体ではなくて、思いっきり圧縮してある梱包です。

 梱包を解いて中身を出すと、ムクムクとふくらんで、こんな風になります。
Uodakimakura02
 長さは120cmです。
 これを抱いて寝たら、金魚の夢を見るかもしれません。

 これそもそも金魚でしょうか? 鯛?
 鯛かもしれません。(^_^;

 家の片づけをしなくてはいけないのに、どうしてこういう嵩張る物を買ってしまうのか。(^_^;

2022年11月 5日 (土)

鉄道開業150thクッキー

 これまた、昨日のぐんまちゃん手帳と同じく、先日群馬に行ったときの収穫物です。
Tetsudo150cookie02
 鉄道開業150thクッキーです。

 紙の箱かと思いましたが、帰宅して見たら紙ではなくて金属でした。
 買うときに気づきそうなものですけど。(^_^;
 小物入れとして使えそうです。

 中身はこんなです。
Tetsudo150cookie03

 蓋に描かれていたのはJR6社の特急列車です。
Tetsudo150cookie01
 私はテツではありませんが、それぞれなかなかすてきです。

 クッキーの解説も入っていました。
Tetsudo150cookie04

 おいしゅうございました。

2022年11月 4日 (金)

群馬県民手帳2023

 「倭歌」木簡やら何やら、あれこれ書いているうちに遅くなってしまいましたが、先日群馬に行った時に県庁2階の県民センターで買いました。
Kenmin2023a
 ぐんまちゃん手帳、じゃなくて、群馬県民手帳です。
 ダイナミックな表紙です。

 来年度の県民手帳は温泉推しです。
Kenmin2023b
 「極上の「温泉王国」群馬県」と謳っています。

 あとは、農業王国。
Kenmin2023c

 古代関係では「埴輪王国ぐんま」です。
Kenmin2023d
 王国好き。(^_^)
 それはともかく、上野三碑がなくなってしまいました。世界遺産ですぜ。

 本体はこんな感じです。
Kenmin2023e
 1週間が見開きになっています。

 右ページの右下には上毛かるた。
Kenmin2023f

 左ページには、それぞれの日ごとに、過去10年間の前橋市の天気が載っています。
Kenmin2023g

 群馬色のよく出た手帳です。

2022年11月 3日 (木)

鹿のワイン

 いつものスーパーをふらふらしていたら、鹿の絵が描かれたラベルのワインが目に入ってきました。
Shikawine01
 「おお! 奈良鹿か」と思って買ってしまいました。
 アンデスという文字がチラと見えたのですが、文字より鹿です。

 ラベルのアップ。
Shikawine02
 そうですね。
 鹿といっても、奈良鹿とは違うような。
 確かにアンデス風です。知らんけど。

 裏側のラベルです。
Shikawine03
 チリのワインでした。(^_^;

 「なら」「ちり」、ちょっと(だけ)似ているような。←無理筋。

 右上に、辛口で、酸味はほどよいとあります。
 そうですね。甘口ではありません。でも、辛口度は低いです。
 やや酸味があります。たしかに程良い酸味でした。

 1番下に「この商品は私鉄系スーパーマーケットの共同開発商品です。」とあります。
 2枚目の画像のラベルの左上にある「Vマーク」がその印です。

 おいしゅうございました。
 しかし、鹿を見れば「奈良」と思ってしまいます。
 ほとんどビョーキです。(^_^;

2022年11月 2日 (水)

「倭歌」をめぐって

 一昨日報道された「倭歌」木簡を大変興味深く思って、昨日、新聞記事をまとめてみました。
 取材されていた諸氏の解説も大変に参考になりました。

 ただ、瀬間さんの発言として「漢詩は遣唐使などを通じて、遅くとも7世紀には日本にもたらされた。」とありますが、ご本人は取材に対して「漢詩は亡命百済人を通じて盛んになった」と答えたのだそうです。
 ところが新聞紙上では「亡命百済人」が「遣唐使など」に変えられてしまっています。著者校正がありませんから、こういうことが起こってしまうのですね。
 新聞記者の知識の範囲で記事を書こうとするからこういうことになるのでしょう。困ったことです。

 この木簡の発見によって、漢詩に対する「やまとうた」という語が奈良時代の中頃に既に存在していたことが明らかになったわけで、非常に意味のあることと思います。

 私も「倭歌」木簡をめぐって少し考えてみました。

 順序として、旧国名「やまと」(現在の奈良県)の表記の変遷は次の通りと考えられます。
   倭(やまと)
  →大宝年間に国名を2字にするために「大倭」(よみは「やまと」か「おほやまと」)
  →天平9年(737)疫病の流行により「大養徳」
  →天平19年(747)「大倭」に戻す
  →天平宝字2年(758)頃「大和」(よみは「やまと」か「おほやまと」)。

 次に、国号の表記は古くは「倭」であったものが、天武朝または大宝年間に「日本」と改められ、大宝2年の遣唐使によって唐にも承認されたと考えられます。
 よみはやはり「やまと」です。
 「やまとたけるのみこと」の表記が、古事記では「倭建命」、日本書紀では「日本武尊」であることは興味深いことです。

 国名「やまと」の表記は国号「やまと」の表記にも影響を及ぼします。
 「やまとうた」は古くは「倭歌」と表記されたはずで、これが「和歌」と表記されるようになるのは、国名「やまと」が「大和」と表記されるようになる天平宝字2年(758)頃以降のはずです。
 従って、これ以前に「和歌」という表記があるとすれば、その意味は「和(こたふる)歌」ということになります。

 和名類聚抄では国名「大和」に「於保夜万止(おほやまと)」と附訓していますので、この影響で「和」単独で「やまと」とよまれることもあったのでしょう。かつての「倭」を「和」に置き換えたという経緯もあって。

 日本を意味する「やまと○○」という語は、唐や新羅を意味する「から○○」に対するものですね。
 万葉集には「倭琴」という語が2例(七・1129番歌題詞、十六・3850左注)あります。「からごと」に対する「やまとごと」です。
 そしてもう1つ、大伴家持から送られた手紙と歌への、大伴池主の返書の中に「兼ねて倭詩を垂れ、詞林錦を舒(の)ぶ。」とあります。
 ここでは「倭歌」ではなく「倭詩」ですね。漢文なので、こういう語を用いたのでしょうか。

 万葉集には、日本に対する外国のものという意の「から○○」に、からあゐ(藍)、からうす(臼)、からおび(帯)、からかぢ(楫)、からころも(衣)、からたま(玉)などがあります。
 これらの語に対する「やまと○○」という語は特に用いられず、単に「○○」で用は足ります。
 日本の歌も、通常は「うた」といえば用は足りるので、これをことさらに「やまとうた」というのは、新聞記事で諸氏が指摘されているとおり、漢詩を意識してのものなのでしょう。

 「倭歌」に触発されて、つらつらと考えてみました。
 あまりまとまりませんが。

2022年11月 1日 (火)

「倭歌」木簡の記事(まとめ)

 昨日、「倭歌」と記した木簡が発見されたという新聞記事がネットにも載り、ツイッターでも話題になりました。貴重な文字資料の発見と思います。
 各新聞記事を読んで、内容をまとめてみました。

 この木簡は、長さ約30センチ、幅約3センチ。東方官衙地区の排水路から令和2年12月に出土し、奈良時代中頃(8世紀半ば)以前のものとみられる。洗浄や解読が進められた結果、「倭歌」という語が記載されていることが分かり、今年10月に上智大学教授瀬間正之氏の指摘で、「倭歌」の最古例とみられることが判明した。

 オモテには「倭歌壱首」に続いて「多□□□□□(奈久毛利阿?)米布良奴」とあり、裏には「□□□□……□米麻児利□(夜?)止加々布佐米多 夜」とある。

 平城宮跡資料館(奈良市)で開催中の「地下の正倉院展」で今日から13日まで展示される。

【参考】
 万葉集の巻5に、大伴旅人が帰京する際の送別の宴で山上憶良が詠んだ歌(876~879)の題詞に「書殿餞酒日倭歌四首」とあるが、写本によって「倭歌」「和歌」という異同がある。「倭歌」ならば「やまとうた」の意になるが、「和歌」の場合は「やまとうた」ではなく「和(こたふる)歌」の可能性がある。
 『続日本後紀』の嘉祥2年(849)3月26日条には、「夫倭歌之体。比興為先。感動人情。最在茲矣。」とあり、従来は少なくともこの頃には倭歌の概念が成立していたと考えられていた。
 古今和歌集(905年)の仮名序の冒頭には「やまとうたは、ひとのこゝろをたねとして、よろづのことの葉とぞなれりける。」とあり、これが仮名で書いた「やまとうた」の最古の例。真名序の冒頭には「夫和歌者、託其根於心地、発其華於詞林者也。」とあり、「和歌」の表記が「やまとうた」の意で用いられている。

【上智大学教授・瀬間正之氏】
 「奈良時代に『倭歌』という語が既に広まっていた証しとして貴重だ」
 奈良時代末期ごろに成立した万葉集の後世の写本には「倭歌」との記載があるが、問いかけの歌に答える「こたえうた」の意味で使われる「和歌」と表記される写本もあり、原本で「倭歌」が使われたかは不明だ。
 これまで「倭歌」が明確に意識されたのは古今和歌集が成立した平安時代以降と考えられていたが、今回の木簡で既に奈良時代に「倭歌」の語が普及していた可能性が生じた。 「写本で伝わっている万葉集ではなく、木簡という生の資料に書かれた『倭歌』が見つかったことが重要」
 倭歌とは長歌や短歌、歌謡などの総称。漢詩は遣唐使などを通じて、遅くとも7世紀には日本にもたらされた。それ以前から日本固有の歌はあったが、やがて両者の区別を明確にする目的で「倭歌」という言葉が使われるようになる。平安時代の歴史書「続日本後紀」には、849年3月26日に「倭歌」の記述が見え、従来は少なくともこの頃には倭歌の概念が成立していたと考えられていた。(毎日)
 「『やまとうた』の確実な初出例・最古の例。国際的な意識が感じられる」(朝日)

【奈良大学准教授・鈴木喬氏】
 「倭歌壱首」に続く「多□□□□□(奈久毛利阿?)米布良奴」と読める部分については、「たな曇り雨降らぬかも」と続くと推測する。
 宴で詠まれた歌や恋の歌で「雨が降れば一緒にいられるのに」という心情を詠むのに使われる表現だという。裏面の読解は難解で、表面とつながるかはわからないとしたうえで、「雨を口実に相手を引き留める」歌にも読みうると話す。
 「『倭歌壱首』となっていることで、漢詩を含め、何首か披露される場面も想定される。宴会の座興のように、文芸の場で歌われたのではないか。万葉集では『一首』と書き、行政資料のように『壱首』としたのは初めて見た。歌を書きとどめている書きぶりを想像します」(朝日)

【國學院大學教授・上野誠氏】
 「奈良時代中ごろ以前に『やまとうた』という言葉があったと出土資料で証明した」(朝日)
 「固定電話や和菓子ということばが携帯電話や洋菓子の出現で生まれたように、『やまとうた』も中国の漢詩を意識しないと生まれないことばだろう。『倭』には『背が低い人』などマイナスの意味もあり、『和む』という意味の『和』が好まれるようになった歴史があるのではないか」(NHK)
 「洋菓子と和菓子の関係のように、漢詩がなければ『倭歌』という言葉は生まれない。日本の歌という理解がこの時代には強く意識されていたのだろう」
 この木簡は「儀式などで倭歌を詠むための手控えとして、役人が書き留めたものではないか」(毎日)
 「多□□□□□(奈久毛利阿?)米布良奴」と読める部分については、「『雨が降らないかなあ』といった意味で記したのかもしれない。和歌を作ろうと推敲しながら、フレーズを書き留めていた可能性がある」
 「書き手は宴会で歌を披露する機会が多かったのかもしれない。それなりに位の高い役人だったのでは」(産経)

【奈良県立万葉文化館企画・研究係長・井上さやか氏】
 日本初の漢詩集「懐風藻」(751年)からは、宮内の儀式で漢詩が詠まれていたことが分かるという。
 「当時の役人は漢詩とともに倭歌にも親しんだ。『倭歌』という言葉には、中国に並ぶ独自の文化が日本にもあるという誇りが込められていたのでは」(毎日)

【日本語学者・犬飼隆氏】
 聖武天皇は中国直輸入の文化を重んじた。公式性の高い儀式は中国風で行い、漢詩が詠まれた。宮中の伝統行事などでは倭歌がうたわれた。役人は歌を作るのが仕事で、日ごろから木簡に記録し「データベース化」していた。大伴家持らがそうした歌を集めて整えたのが万葉集で、今回の木簡もそのようなものの一つだろう。(毎日)

【奈良文化財研究所史料研究室長・馬場基氏】
 「奈良時代は外圧の時代。中国文化を積極的に採り入れる一方で、天平の疫病による国力低下も経験した。国の力が落ちた後、大仏をつくるなど新しい国、文化をつくるという内なる力が満ち満ちていた時代ではないか」(朝日。産経・NHKほぼ同趣旨)

朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/ASQB055CVQBXPOMB00G.html?iref=pc_photo_gallery_bottom

毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20221031/k00/00m/040/249000c

産経新聞
https://www.sankei.com/article/20221031-FNZIYZQDL5M7ZKXZZVPYDTMVHE/

NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221031/k10013875891000.html

 私自身ももう少し考えてみます。

体重変化(R3.4~R4.10)

 月が変わりましたので、恒例の体重グラフです。
Taiju202104_202210
 10月前半は微増しましたが、後半は微減しました。
 全体の流れとしては減少傾向です。
 引き続き頑張ります。

 今日は、「倭歌」木簡についても書きますので、体重はこれだけで。

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