澤瀉先生ご逝去の折
先日の萬葉学会における坂本信幸氏の講演の中で、昭和43年10月に開催された萬葉学会の夜に澤瀉久孝先生が急逝されたことを話題にされました。
この頃の雑誌『萬葉』に澤瀉先生のことがこのように書かれていました。
萬葉学会のHPから雑誌『萬葉』のバックナンバーを切り貼りします。
これも本当はアウトのような気がしますけど。
第69号(昭和43年10月15日発行)掲載の西宮一民先生の「編輯後記」の末尾。
ちょうどこの号が発行された頃、澤瀉先生は亡くなられたことになります。
第70号(昭和44年1月15日発行)は、澤瀉先生ご逝去後の最初の号です。
巻頭に佐伯梅友氏の「弔詞」があり、巻末附近に大濱嚴比古氏の「先生ご不在の萬葉旅行」という「報告」が掲載されています。
大濱氏の文章の一部。萬葉旅行に行かれた大濱氏の旅行中の思いです。
西宮先生の「編輯後記」の冒頭。
この号には澤瀉先生の『萬葉集注釋』の広告が載っています。
以前、当ブログでご披露したのですが、澤瀉先生が斎藤茂吉氏に当てた書簡を所持しています。
ネットオークションで落札した物です。
落札した理由は、然るべき機関などで保存して頂ければという思いでした。
内容的にはそう重要なものではないので、他の澤瀉先生関係の資料と一緒に保存していただければと思います。
皇學館大学が良いですかね。
と考えているのですが、現在行方不明です。(^_^;
ほんと、我ながらあきれるばかりのだらしなさです。
とはいえ、どこかに行ってしまったわけではなく、今私が座っている六畳くらいの部屋の中にあることは間違いありません。
ブラックホールのような部屋です。今度探します。
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坂本先生のお話…かつて、蜂矢先生のお父様が、沢瀉先生の思い出を萬葉輪講の合間によくお話いただいたことを思い出しながら聞いていました。蜂矢先生の御退官記念の旅行ではそのお墓にまでご案内いただいたものでした。
「万葉集注釈」はもちろんのこと、「萬葉古径」をはじめとした沢瀉先生のご本には本当に多くのことを学ばせていただきました。その学びが生かせているかどうかは…ちょいと自身がありませんが…
それにしても大濱先生の「先生ご不在の萬葉旅行」に出てくるお名前は、本当に錚々たるお名前ばかりで…
それにしてもこんな時から毛利先生はお名前が…と思いました。
まあ、坂本先生もそこにいらっしゃったわけですが…
投稿: 三友亭主人 | 2022年10月25日 (火) 17時48分
自身→自信でした。
やっぱり、教えは生かせていないようです(笑)
投稿: 三友亭主人 | 2022年10月25日 (火) 17時50分
三友亭主人さん
コメントをありがとうございます。
本当に、澤瀉先生は教え子の方々を初めとして、たくさんの方から慕われていたのですね。
お人柄が偲ばれます。
大濱先生の報告に登場する方々のお名前は本当に錚々たるものですよね。
毛利先生は若手でいらしたのでしょうね。
投稿: 玉村の源さん | 2022年10月25日 (火) 18時38分