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2022年10月18日 (火)

元禄11年の武鑑(1)浅野内匠頭と浅野大学

 ネットオークションで入手しました。
Genroku11bukan01
 題簽はありませんが、元禄11年の武鑑です。
 ネットオークションにはたまに武鑑が出ることもありますが、キリが無いので、今までは入札したことはありませんでした。
 しかし、これは元禄11年。松の廊下の刃傷の3年前ですからねぇ。買っちゃいました。♪

 冒頭に3ページにわたる序文が付いています。
 その2ページ目と3ページ目。
Genroku11bukan03
 右ページの最後の行に「系禄図鑑」とあります。
 左ページのうしろから2行目に「元禄十一戊寅」とあり、元禄11年のものであることが分かります。

 その次のページに目次があります。
Genroku11bukan04
 冒頭に「本朝武林系禄図鑑」とあります。これが正式な書名ということになりましょうか。
 「武鑑」という名称は「武林」の「武」と最後の「鑑」とを繋げたものかと思いましたが、未確認です。

 その次のページから本文ということになります。
Genroku11bukan05
 冒頭は徳川綱豊です。
 甲府宰相綱豊卿ですが、ここには中納言と記してあります。「え?」です。
 手軽にウィキペディアによる調査ですが、綱豊が参議(宰相)に任じられたのは延宝8年(1680)で、元禄3年(1691)には権中納言に昇進しています。
 忠臣蔵の頃には中納言だったのですね。「甲府宰相」って、どうして出てきたのでしょうか?

 全体の排列は以下のようになっています。
  徳川綱豊
  尾張徳川家
  紀伊徳川家
  水戸徳川家
  越前松平家
  前田家 102万2700石
  島津家 72万9000石
  伊達家 62万石
  細川家 54万5000石
  黒田家 52万石
  浅野家 42万6000石
  毛利家 36万9000石
  鍋島家 35万7000石
  池田家 32万5000石
  井伊家 30万石
 以下、親藩・譜代・外様の別なく、石高順で10万石まで。

 分家は本家のあとに採録されています。
 赤穂浅野家は5万3000石ですが、浅野本家が10万石以上のため、幸いにして本家のあとに載っています。
 系図部分を除いて示します。
Genroku11bukan06
 なんかわくわくします。(^_^)
 1行目、浅野内匠頭長矩の下には家老の名が並んでいます。
 大石内蔵助、藤井又右衛門、坂田左近右衛門、大野九郎兵衛、安井彦右衛門の5名です。

 弟の浅野大学も項目に立っています。
 世子になっていたのでしょう。
 家紋を見ると、浅野内匠頭と浅野大学とでは、鷹の羽の重なりが逆になっています。
 これは初めて知りました。
 映画やテレビドラマで、両者の紋所をこのように区別しているものがありましょうかね。

 おもしろいです。

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