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2022年8月 3日 (水)

昭和23年の『新日本地図』(中)

 7月31日(日)に、昭和23年の『最も要約された 新日本地図』を取り上げました。
 その続きです。

 この地図の裏面には6つの都市圏の拡大図が載っています。
S23shinnihonchizu06

 このうち、関東と近畿は次の通りです。
S23shinnihonchizu07
S23shinnihonchizu08

 年齢別の人口ピラミッドが載っていました。
S23shinnihonchizu09
 昭和15年と21年のものを重ねています。
 戦争による人口減が顕著です。
 痛ましい思いがします。

 このグラフの大枠の左側の線が斜めになっています。折り目も見えます。
 この理由は、表側にあります。表側はこのようになっています。
S23shinnihonchizu05

 この地図は、日本列島の途中で貼り合わせてあります。
 手作業と思われますので、すごい手間です。

 北を上にして日本列島の地図を描くと、日本海など、海の部分が大きくなってしまいますので、陸地を描くには合理的な方法ではあります。
 なかなかユニークな方法と思います。
 もののない時代ですので、少しでも紙を減らそうという思いもあったのでしょうか。

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コメント

関東主要部,おもしろいです。
私のなじみの深い横浜線沿線には,小机の記載があります。
小机城の関係でしょうか。
それから原町田,なつかしい。
横浜厚木間の鉄道・・・相鉄線ではないし。

埼玉県の県庁所在地は,浦和だったのですね。
おおっ。

萩さん

 細部まで見て頂き、コメントをありがとうございます。

 私はざっくり見て、「あ、今と大体同じ」と思ってしまったのですが、確かに、じっくり見ると現代との違いはありますね。

 小机の∴マークは、やはり小机城でしょうかね。
 原町田は、今は町田になってしまいましたが、昔は原町田でしたね。
 私が生まれたのも、町田市ではなく、南多摩郡町田町でした。

 埼玉県の県庁所在地は浦和でしたねぇ。
 私もじっくり見てみたら、大宮の少し北東に粕壁とありますが、今は春日部ですね。

 中部は拡大しませんでしたので字が小さいですが、今の豊田が挙母となっています。

 地図は楽しいです。

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