昭和23年の『新日本地図』(中)
7月31日(日)に、昭和23年の『最も要約された 新日本地図』を取り上げました。
その続きです。
この地図の裏面には6つの都市圏の拡大図が載っています。
このうち、関東と近畿は次の通りです。
年齢別の人口ピラミッドが載っていました。
昭和15年と21年のものを重ねています。
戦争による人口減が顕著です。
痛ましい思いがします。
このグラフの大枠の左側の線が斜めになっています。折り目も見えます。
この理由は、表側にあります。表側はこのようになっています。
この地図は、日本列島の途中で貼り合わせてあります。
手作業と思われますので、すごい手間です。
北を上にして日本列島の地図を描くと、日本海など、海の部分が大きくなってしまいますので、陸地を描くには合理的な方法ではあります。
なかなかユニークな方法と思います。
もののない時代ですので、少しでも紙を減らそうという思いもあったのでしょうか。
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関東主要部,おもしろいです。
私のなじみの深い横浜線沿線には,小机の記載があります。
小机城の関係でしょうか。
それから原町田,なつかしい。
横浜厚木間の鉄道・・・相鉄線ではないし。
埼玉県の県庁所在地は,浦和だったのですね。
おおっ。
投稿: 萩さん | 2022年8月 4日 (木) 07時02分
萩さん
細部まで見て頂き、コメントをありがとうございます。
私はざっくり見て、「あ、今と大体同じ」と思ってしまったのですが、確かに、じっくり見ると現代との違いはありますね。
小机の∴マークは、やはり小机城でしょうかね。
原町田は、今は町田になってしまいましたが、昔は原町田でしたね。
私が生まれたのも、町田市ではなく、南多摩郡町田町でした。
埼玉県の県庁所在地は浦和でしたねぇ。
私もじっくり見てみたら、大宮の少し北東に粕壁とありますが、今は春日部ですね。
中部は拡大しませんでしたので字が小さいですが、今の豊田が挙母となっています。
地図は楽しいです。
投稿: 玉村の源さん | 2022年8月 4日 (木) 08時25分