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2022年7月20日 (水)

省線奈良駅前旅館の「奈良史蹟案内」

 このようなものを入手しました。
Narashisekiekimae01
 表紙には鹿の絵が大きく描いてあります。
 やはり奈良と言えば鹿。♪

 裏表紙はこんなです。
Narashisekiekimae02
 「奈良駅前同盟旅館」とあり、8つの旅館の名前が列挙してあります。「同盟」ですねぇ。
 上には鉄道路線図。
 丹波市(今の天理)から平端を経由して法隆寺に至る路線があります。
 これがあったら、法隆寺に行くのは今よりも便利だったことでしょう。

 奈良市主要部の地図があります。
Narashisekiekimae03

 省線奈良駅附近を拡大します。
Narashisekiekimae04
 駅のすぐ北東、三条通の両側にある赤色の部分に一括して「駅前旅館」とまとめられています。
 今までに入手した明治時代の道中講に載っている奈良の旅館は猿沢池周辺のものばかりでした。
 奈良駅ができると、交通の便が良いということで、駅前にも旅館が増えてきたのでしょうかね。
 赤い線でお薦めの見学ルートが示されています。

 もう少し東の拡大。
Narashisekiekimae05
 奈良博の南東に「物産陳列場」があります。
 この建物は、以下のように変遷しています。

  明治35年(1902) 奈良県物産陳列所として開業
  大正10年(1921) 奈良県商品陳列所に改称
  昭和9年(1934) 奈良県商工館に改称

 「物産陳列場」という名はありませんが、「物産陳列所」が近いです。
 すると、この案内は明治35年から大正10年の間にできたものということになりますが、そんなに古そうではありません。

 画像は省略しますが、新薬師寺の西に歩兵第38連隊の兵営があります。
 この連隊が奈良に来るのは大正14年のことなので、年代が矛盾します。
 物産陳列所の名が変わっても、古い名称のまま印刷したものと思われます。
 他にも年代推定の手がかりはありそうですが、ここまでにします。←ツメが甘い。(^_^;

 裏側はこのようになっています。
Narashisekiekimae06
 奈良の史跡案内です。写真は不鮮明です。

 「三笠山麓」の写真です。
Narashisekiekimae07
 どうでしょう。鹿がいるようないないような。
 左側に写っている祠は今もありましょうかね。

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コメント

>丹波市(今の天理)から平端を経由して…

今でも平端から小泉に向けてのところどころにその名残がありますねえ。最初は何かわからなかったのですが、こんな路線があったことを知って「なるほど」と思ったものでした。

冒頭の旅館名の中では「いろは」だけ、知ってますねえ。
JRの駅前にあってなんどか忘年会をしました(多分その宿だと思います)。今は、スーパーホテルになっていますけれど…

三友亭主人さん

 コメントをありがとうございます。

 あ、廃線跡がありますか。
 興味をそそられます。
 またブラタモリで来てもらいたいです。

 駅前旅館の中では「いろは」はお使いになったことがあったのですね。
 「玉屋」は結構大きな旅館で、修学旅行の宿にも使われたようですけど。

 奈良は修学旅行の定番の行き先なのに、どうも宿が少ないですよね。
 奈良を見学した後は京都に泊まってしまうんでしょうかねぇ。

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