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2022年3月 3日 (木)

八木書店のカレンダー3・4月は頼朝の下文

 八木書店から頂いた古文書カレンダーの3・4月分は源頼朝が近江国建部庄に宛てた下文です。
2022yagical04
 実際に頼朝が書いたのは1行目の下の方にある袖判のみで、本文は別の人が書いたものです。
 この「別の人」って何という名称でしょうか。
 頼朝個人の手紙ならば右筆(祐筆)で良いのでしょうが、こういう文書も同様で良いのでしょうかね。

 文治2年(1186)の文書です。平家滅亡の翌年。
 今、教科書では鎌倉幕府成立は1185年になったのですよね。
 でも、学界ではそれが有力というだけで、確定というわけではなさそうですね。

 かつての1192年は頼朝が征夷大将軍に任命された年で、1185年は平家を滅ぼして守護・地頭を設置する権限を得た年。
 名目上の開府の年か、実質的な開府の年か、ということになりましょうが、実質的な開府の年については、どの段階をそれとみるかについて諸説ありそうです。
 学界の定説が確定するまでは、1192年のままでも良いような気がします。

 この袖判を見ていると、大泉洋が神妙な顔で筆を執っている姿が目に浮かびます。
 たくさんの文書に花押を書いているうちに疲れてしまって、義時に「あとは書いといてくれ」なんて言って、義時が目を丸くしている姿も。(^_^)

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