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2021年8月25日 (水)

吉良上野介供養の鰐口(違!)

 ネットオークションの出品物の写真を勝手に転載してしまって良いものやら分かりませんが、必要な引用ということで……。

 もう終了してしまった品ですが、このようなものが出ていました。
Kirawaniguchi01
 吉良上野介の供養のために、三河の八幡大菩薩に奉納された鰐口である旨の貼り紙があります。

 中身です。
Kirawaniguchi02

 文字がよく分かるようにアップ。
Kirawaniguchi03
 八幡大菩薩、元禄十五壬午歳八月十五日、三州幡頭郡吉良庄行用村氏子中などの文字が刻まれています。
 ここには、吉良上野介の供養のために奉納されたとの文言は一切ありません。

 箱書きにこうあります。
Kirawaniguchi04
 ということです。

 さて、どんなものでしょう。
 箱書きが事実無根であれば、この鰐口は吉良さんの供養とは全く無関係なものということになります。

 箱書きには花押はあるものの署名はありません。
 浅野内匠頭のことを浅野匠之守(3行目)などと書いているので、歴史に詳しい人とは思えません。

 1000円スタートでしたので、一応入札してしまいました。
 こんな重くてかさばりそうなものを。(^_^;

 数日経って、終了時間が近づいてきたので、覗いてみたら、2万円台になっていましたので、あっさりと撤退を決めました。
 最終的には5万円台での落札となりました。
Kirawaniguchi05

 その時になって、はじめて「これ違う」と気づきました。
 松の廊下の刃傷が元禄14年の3月で、討ち入りは元禄15年の12月でした。
 赤穂事件の研究家(僭称。(^_^;)としては、なんとも恥ずかしいことです。入札までしてしまって。(^_^;

 この鰐口に刻まれた元禄15年8月15日には、吉良さんはまだ存命です。浅野大学の広島本家へのお預けが決まって、浅野家再興が消えた暫く後で、大石はまだ京都にいます。
 吉良さんの供養も何も。(^_^;

 箱書きを書いた人は、鰐口に刻まれた元禄15年の年号と、吉良庄という地名とから、吉良上野介の供養のために作られた鰐口という早とちりをしてしまったのでしょうね。早とちりというより、「かもしれない」という願望、空想を文字にしてしまったのでしょう。
 歴史の捏造と言えそうです。

 あぶないところでした。

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コメント

こんにちは。
(実は)当該のお品を落札したの、実は私です(笑)

箱書についてですが、おっしゃる通りかと思います。
もともとそれを承知で落としましたが、
この箱、どうしようか?という感じです///


作りは時代が合いまして、
刻印も後世の偽刻の風もなかったので、
シンプルに、吉良荘の方が(供養とは関係なく)奉納したのではないかなとおもっています。

撞座の形式で、時代と地域がつかめるかなという
感じで、私はそちらの興味からでした。

近々現地を踏査してみようかなと思っていて、こちら記事を見つけました。

これを落札したものですさん

 はじめまして。
 コメントをありがとうございます。

 びっくりしました。
 このお品を落札された方でしたか。
 それは失礼しました。落札価格まで載せてしまいまして。(^_^;

 箱書きの誤りはご承知の上で落札されたのですね。
 私は、箱書きの誤りには直前まで気づかず、お恥ずかしいことでした。

 こういった鰐口についてお詳しいのですね。
 箱書きさえなければ、この鰐口は吉良上野介とは関係なく、貴重な資料ということになりますね。

 ご調査の結果、何か判明しましたら、ぜひ教えていただければと存じます。

 ありがとうございました。

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