明治6年の『単語篇』(新潟の教科書)(2)持ち主
一昨日、明治6年の『単語篇』という本をご紹介しました。
明治初期の新潟方言の書き込みがあり、その点でも貴重な資料と考えられます。
その時書き漏らしましたが、上中下の全3巻です。
一昨日は、上巻の裏表紙の見返しをご紹介しました。
この本の持ち主は清長寺村の高橋国蔵さんということになります。
清長寺村の所在は分かりませんが、新潟県南魚沼市に清長寺というお寺のあることが判明しました。
そのお寺ゆかりの村名かもしれません。
中巻・下巻の裏表紙の見返しにも同様の書き込みがあります。
右が中巻、左が下巻です。
どちらも、当初の書き込みの上から紙を貼って、高橋国蔵さんの名前はそこに書かれています。
当初の書き込みは以下の通りです。
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天ノ沢
伊佐早寛一
高橋福**へ
授与之
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「天ノ沢」もググってみましたが、ヒットしません。「天の沢」「天沢」もダメでした。
そこで、ダメ元で「伊佐早」という名字で検索したところ、次のような記述が見つかりました。
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イサハヤ 【伊佐早】3 日本姓氏語源辞典
新潟県南魚沼市、東京都、埼玉県。諫早の異形。新潟県南魚沼市天野沢では農業に従事していたと伝える。
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思いがけなくも、「新潟県南魚沼市天野沢」とありました。
「南魚沼」ですね。
そして、「天ノ沢」は、「天の沢」でも「天沢」でもなく、「天野沢」だったのでした。
電子地図を見てみました。
地図の右側が天野沢です。また、右上隅に「天之沢集落開発センター」があります。
「天之沢」とも書くのですね。
そして、左下隅には「清長寺集落農事集会所」があります。
出ました!「清長寺」
「清長寺」も「天ノ沢」もこれで確定のようです。ご近所ですね。
この本は、天野沢の伊佐早寛一さんから高橋福**さんに譲られ、さらに清長寺の高橋国蔵さんに譲られたようです。
このあたりで気づいたのですが、この3人、果して児童なのでしょうか?
「高橋国蔵」という署名、子供の字ではないと思いましたが、親が書いてくれた可能性もあると考えました。
しかし、こうして3人の名前が登場してみると、3人とも大人ではないかと思えてきました。
「高橋福**へ授与之」って、子供の書いたものとは思えません。
書き込みも細字で端正な書き方です。これも子供の字とは違うようです。
この3人が大人だとすると、教師ということになりましょうか。
でも、教師ならば、こうした書き込みが必要とは思えません。
今、ここまでです。謎が解けません。
ただ、いずれにしても、書き込みは明治初期の新潟県南魚沼の方言を反映したものと思います。
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