「サキ」って前か後か
駅にこういうチラシもありました。
これもまた、昨日の群馬アフターデスティネーションキャンペーンの一環かと思われます。
群馬県と栃木県とを結ぶJR両毛線の、伊勢崎から足利までの道中をなぞなぞを解きながら進んで行くという催しのようです。
「シルクロード」というのは、この区間に伊勢崎・桐生・足利という絹織物に関わる市があるためでしょう。
画面右下に、なぞなぞの例題が載っています。
1行目の「はるなやまいせぞう」は人名のようです。
2行目の「さとやまいせき」は遺跡名のようです。
これを解くカギは、「伊勢崎(いせさき)」と「山前(やままえ)」という駅名標です。
ヒントに従って、「いせ」の先(すなわち「いせ」の右)の文字と、「やま」の前(すなわち「やま」の左)の文字とを並べ替えると「なぞとき」ということばが浮かび上がるという趣旨です。
「なるほど」と言いたいところですが、「先の文字」と「前の文字」って、なかなか微妙です。
普通、「先」と「前」って、同じような意味で使われます。
そして、文字列の前ってどっちでしょう?
左から右へという順に横書きで書いてあるとすると、一番左の文字が先頭即ち「前」ということになりましょうが、左から右へ読んで行くときには、右が進行方向の「前」ということになりましょう。
などなどと考えている過程で、「サキ」って、時間的には将来と過去とがあるなあ、ということに気づきました。
「転ばぬ先の杖」「先のことは分からない」などという時の「サキ」は将来のことですが、「先ほど言ったように」「さきの中納言」などという時の「サキ」は過去のことです。
これがなぜなのかといったようなことは、日国の「語誌」に説明がありそうに思いましたが、残念ながら「語誌」は付いていませんでした。
そこで、KADOKAWAの『古典基礎語辞典』の「さき」を見ると、以下のように解説されていました。
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物や地形の、前方へ尖って突き出た先端が原義で、「崎」「芒」「鋒」などの漢字を当ててサキとよむ。そこから先頭、進んでいく方向、前方へと意味が広がる。先頭や前方に位置することは、早い時期に到達することになるので、早い時期、…する以前、前任などの時間的意味を生じる一方、「行く先」「生ひ先」のサキなど進んでいく方向の先端、つまり、将来の意味になる。……(中略)……
類義語マヘ(前)は、目の向いている方向の意で、サキのように直線的に進んでいく意味はない。……(後略)
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さらに、「参考」として、
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サキとマヘの違いについて、『ロドリゲス日本大文典』には次のようにある。
「Saqui(さき)は過ぎ去った事と来るべき事とを意味する。例へば、Saquino coto(先の事)は以前の事か来るべき事かをいひ、Mayeno coto(前の事)は過ぎた事だけをいふ。……(以下省略)」
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とありました。
なるほど、そういうことなら納得できます。
という次第で、両毛線のチラシから、思いがけず広がってしまいました。
ことばを考えるのは楽しいです。
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面白い視点ですね、
たしかに、
だが読んでいても頭の回転が追い着いていきません、
まだ“さき”が前か後か理解できないです、
結局
文章の流れの中で判断するしかないと思いました。
投稿: べんけい | 2021年8月13日 (金) 15時37分
べんけいさん
コメントをありがとうございます。
ややこしいですよね。
言葉は変化して行くので、原義と、それがどう変化していったのかと、両方整理して考えないといけませんね。
原義と、変化した意味とが、同じ時代に共存していたりするので、なお厄介です。
「生前」って、死ぬ前ですよね。まだ生きていたとき。
でも、「生前」を文字からだけ考えると、「生まれる前」ということになってしまいそうです。
何が何やら。(^_^;
投稿: 玉村の源さん | 2021年8月13日 (金) 15時53分