柿本人麻呂の忌日について
昨日の続きです。ちょっと気になって、少し調べてみました。
人麻呂の忌日を三月十八日とする資料で、見つけることのできた最古のものは、室町時代の『正徹物語』(15世紀半ば)でした。
下巻に次のようにあります。
>人丸の御忌日は秘する事也。さる程に、おしなべて知りたる人は稀なり。三月十八日にてある也。
>影供は此日はなかりし也。六条の顕季の影供は夏六月也。(岩波旧大系 65-214ページ)
室町時代には既に人麻呂の忌日を三月十八日とする説があったことになります。ただ、その忌日は「秘する事」とされています。
ここで触れられている「六条の顕季の影供」については、『古今著聞集』(1254年)に次のようにあります。
>元永元年六月十六日、修理大夫顕季卿、六條東洞院の亭にて、柿下大夫人丸供をおこなひけり。
>件の人丸の影兼房朝臣夢本あたらしく図絵する也。左の手に紙をとり、右の手に筆を握りて、
>とし六旬ばかりの人なり。其のうへに讃を書く。(五-一七八 修理大夫顕季人丸影供を行ふ事)
元永元年は1118年です。
当時は人麻呂の忌日を六月十六日としていたのか、あるいは、影供は忌日と無関係に設定していたのでしょうか。
江戸時代の数学者、吉田光由の著作である『和漢編年合運図』(正保2年(1645))に次のようにあります。
国会図書館のデジタルコレクションです。貼って良いものやら、どうやら。(^_^;
2つ目の「乙丑」年に「人丸薨 三月十八日 三十八」とあります。この年は神亀2年(725)に当たります。
「三十八」が享年とすると、人麻呂は持統天皇二年(688)の生まれとなり、二歳で草壁挽歌を詠んだことになりますので、合いません。
『和漢三才図会』(1710年代)には次のようにあります。
>按人丸者石見国人。仕持統文武両朝、遇新田高市皇子。古今独歩歌仙也。然爵禄未貴、未預政務故、系伝不詳乎。
>聖武天皇神亀元年三月十八日卒於石見国。(巻第七十七 播磨)
江戸時代には人麻呂の忌日とされる三月十八日に影供が行われたようで、「日本古典籍総合目録データベース」によれば、『延享二年三月十八日柿本影供御会』(1745年)などなど多数の文献がリストアップされます。
このリストの中に「影供歌合/建仁元年三月十八日」というのがあります。建仁元年は1201年です。ここには「柿本」の名はありませんが、たぶん、人麻呂の影供でしょうね。そうすると、これが見つかった最古のものということになります。
« 今日は柿本人麻呂忌だそうで | トップページ | 大正12年の『市町村大字読方名彙』と六合村 »
「万葉集」カテゴリの記事
- 古事記万葉集年表(2026.09.27)
- 群馬県立女子大学で工藤浩先生の講演(2026.09.10)
- 万葉集の「つね」+否定(2026.08.12)
- 万葉集における「よのなか(世間)」(2026.08.10)
- 仏教思想と万葉集(2026.08.09)
「歴史」カテゴリの記事
- 今日のNHK「ブラタモリ」は「東大寺スペシャル」(2026.09.19)
- 今日のNHK「歴史探偵」は「藤原京と持統天皇」(2026.09.09)
- 『ならら』最新号の特集は「飛鳥・藤原の宮都 世界遺産に」(2026.09.02)
- 釣り落した「種々薬帳」(2026.08.22)
- 埴輪カード。たかじょうくん(2026.08.20)


>二歳で草壁挽歌を
さすがにそれはありませんねえ(笑)。
先日の記事にコメントを入れようとしていたのですが、トロトロしているうちにどんどん調べの方が・・・・
ひょんなことからあれこれ興味がわいてきますよねえ。
それにしてもなんで3月18日何でしょうかね?
小野小町や和泉式部の忌日でもあるそうですが、何でもこの3月の18日は精霊の日というんだそうですね。この精霊の日っていう日はこれまで全然知らないでいたのですが、どうやら人麻呂・小町・和泉式部の三歌人の命日にあたることから精霊の日と定めたとあちらこちらのサイトでは書いてあるのですが、いったい誰が定めたのやら、よくわかりません(笑)。
投稿: 三友亭主人 | 2021年3月20日 (土) 08時10分
続けてすみません。
気になって調べ続けていたら、こんなのを見つけました。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1444010/75
柳田国男によれば3月18日はただの日ではないらしいです。
彼岸の入りも近く・・・精霊たちがざわめき始めるころだからでしょうかねえ?
投稿: 三友亭主人 | 2021年3月20日 (土) 08時41分
三友亭主人さん
コメントをありがとうございます。
また、柳田国男の著書のご教示をありがとうございます。
う~ん。どうなんでしょうね。偶然か、何か理由があるのか。
旧暦ですから、満月から3日後、というところに意味があるかもしれませんね。
人麻呂の柿本氏と、小町の小野氏は、ともに春日氏の同族ですけど、これはたまたまでしょうね。この筋で考えるのは深読みと思います。
投稿: 玉村の源さん | 2021年3月20日 (土) 15時08分