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2021年2月 3日 (水)

明治10年の『新撰年代記』(3)地図

 少し日が空いてしまいましたが、2回ご紹介した明治10年の『新撰年代記』の3回目です。
 この本には日本地図も載っています。
M10nendaiki15

 ちょっと小さいですね。
 部分的に拡大します。
M10nendaiki19

 文政5年の『懐宝 和漢年代記大全』にも日本地図が載っています。
Wakannendaiki07
 明治10年の地図と比べると、日本の形はさすがに明治の方が正確ですね。
 一方、拡大して見ると、文政の方がずっと詳細です。
Wakannendaiki15

 詳細さが異なるのは、明治の地図が小さいせいです。
 なぜ小さいのかというと、明治のは地図の範囲が広いのです。
 冒頭の明治の地図は、実は日本地図の一部でした。全体はこうなっています。
M10nendaiki14
 千島の果てまで載っています。このために地図がずいぶん寝ることになりました。

 この地図の2年前、明治8年にロシアとの間に「千島樺太交換条約」が結ばれて、千島列島は全て日本領になりました。
 この地図はそれを反映しているのですね。
 明治14年に作られた「蛍の光」の4番にも「千島の奧も 沖繩も 八洲の内の 護りなり」とあります。

 また、上の地図にも見えていますが、明治の地図には世界全図も載っています。
M10nendaiki16

 これは文政の本にはないものでした。
 国際化した明治日本。

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