明治10年の『新撰年代記』(3)地図
少し日が空いてしまいましたが、2回ご紹介した明治10年の『新撰年代記』の3回目です。
この本には日本地図も載っています。
ちょっと小さいですね。
部分的に拡大します。
文政5年の『懐宝 和漢年代記大全』にも日本地図が載っています。
明治10年の地図と比べると、日本の形はさすがに明治の方が正確ですね。
一方、拡大して見ると、文政の方がずっと詳細です。
詳細さが異なるのは、明治の地図が小さいせいです。
なぜ小さいのかというと、明治のは地図の範囲が広いのです。
冒頭の明治の地図は、実は日本地図の一部でした。全体はこうなっています。
千島の果てまで載っています。このために地図がずいぶん寝ることになりました。
この地図の2年前、明治8年にロシアとの間に「千島樺太交換条約」が結ばれて、千島列島は全て日本領になりました。
この地図はそれを反映しているのですね。
明治14年に作られた「蛍の光」の4番にも「千島の奧も 沖繩も 八洲の内の 護りなり」とあります。
また、上の地図にも見えていますが、明治の地図には世界全図も載っています。
これは文政の本にはないものでした。
国際化した明治日本。
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