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2020年10月 3日 (土)

「ぶっ倒れ」た吉良上野介

 先ごろ、このようなものを入手しました。
 昭和14年の映画「忠臣蔵」のシナリオです。
S14chuscena01

 奥付。
S14chuscena05

 画像では大きさが分かりませんが、手のひらサイズです。
 実際の撮影で使ったものではなく、宣伝用とか、おみやげ用とか、そういったものと思います。
 赤穂城明け渡しまでを収めます。

 大石は大河内伝次郎、浅野は長谷川一夫です。
S14chuscena02

 松の廊下の刃傷の場面。
S14chuscena03

 その数行先。
S14chuscena04

 オーソドックスな内容と思いますが、目を引いたのは、浅野に斬られた吉良が「ぶっ倒れ」ていることです。
 刃傷の場面の1枚目は最後の行、2枚目は2行目にその表現が出てきます。
 なんか違和感を覚えます。「ぶっ倒れる」というのが、セリフ(特に町人の)の中に使われているのならば良いのですが、地の文なので。
 俗語と感じたからでしょう。

 日国には次のようにありました。

 ぶっ‐たお・れる[‥たふれる] 【打倒】〔自ラ下一〕ぶったふ・る〔自ラ下二〕(「ぶっ」は接頭語)
  はげしい勢いでたおれる。また、「たおれる(倒)」の俗語的表現。
  *雑兵物語〔1683頃〕下「あに頑馬だによってがらりぶったをれたによって」
  *画の悲み〔1902〕〈国木田独歩〉「川原の草の中に打倒(ブッタフ)れてしまった」

 ここにもやはり、「俗語的表現」とあります。

 近代の作品から用例を探してみました。
 おおよそ時代順です。

 「先程奇怪な叫び声を立てたその若い漁夫は、やがて眠るようにおとなしく気を失って、ひょろひょろとよろめくと見る間に、崩れるように胴の間にぶっ倒れてしまった。」有島武郎『生まれ出づる悩み』

 「一旦これが、他殺の嫌疑のある死体かなんぞになって、往来にぶっ倒れていたとなると、まず権助か八兵衛か熊公か、通称からして調べてかからなければならなくなるし、」里見弴『多情仏心』

 「イエ、丹波様が、お裏庭で、鮪のようにぶっ倒れておしまいなすったから、皆さんのお手を拝借してえんで。」林不忘『丹下左膳』

 「私は着物を四枚重ねだ。若い者は寒いと酒ばかり飲んでいるよ。それでごろごろあすこにぶっ倒れてるのさ、風邪をひいてね。」川端康成『雪国』

 「京造は車掌のことばには答えないで、いきなり、吾一の横っ腹のところに、ぶっ倒れたと思うと、おいおい泣きだした。」山本有三『路傍の石』

 鴎外や漱石の用例は見つかりませんでした。

 大正以降には、有島武郎や里見弴などに用例があります。川端康成の『雪国』は忠臣蔵のシナリオとほぼ同時代です。ただ、この用例はセリフの中ですね。

 私の感覚では、「ぶっ倒れる」というのは、改まったところには使わない表現と思えましたが、昭和14年の頃は必ずしもそうではなかったのかもしれませんね。あるいは感じ方に個人差もあったのかもしれません。

 現代を生きる自分の感覚で考えてはいけませんね。同時代にどうだったのか、調べてみないと。

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