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2020年9月 6日 (日)

「今御門町」のよみ

 8月4日に、明治21年の『一新講社 道中宝鑑』のことを取り上げました。
M21dochuhokan01
 
 この道中記を見ると、奈良に次のような記載があります。
Imamikado01
 奈良の旅館、魚屋佐兵衛と升屋伊兵衛の所在地が「今ゴ門丁」となっています。
 漢字で書くと「今御門丁(町)」です。よみはずっと「いまみかどちょう」と思い込んでいましたが、「今ゴ門丁」の表記だと「いまごもんちょう」になってしまいます。

 「いやぁ、そんなはずは」と思って、他の史料を見ると、例えば次のようなものが見つかりました。

 『奈良名所絵図』(年代不明)
Imamikado02
 「いまみかどはたごや」とあります。

 『真誠講』(明治32年)
Imamikado03
 「ならいまみかど町」です。

 「いまみかど」が正しいのではないでしょうかね。

 「今ゴ門丁」とある明治21年の『一新講社 道中宝鑑』は長野県で刊行されたものです。
M21dochuhokan03
 そういった地理的な遠さも影響しているのかもしれません。
 あるいは、長野といえば善光寺。ひょっとして善光寺近辺では、善光寺の門にちなむ町を「○○ごもん町」と言っていたとか。
 ……などと、単なる妄想を書いてはいけません。(^_^;

 同時代資料は貴重ですが、同時代資料であっても、必ずしも常に正しいとは限らないということになりましょう。
 厄介なことではありますが、面白いことでもあります。

 なお、「今御門」の名は、元興寺の北門に由来するようです。

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