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2020年9月

2020年9月30日 (水)

新町で連続講座(2020年 第3回)

 今日は、高崎市新町公民館で講座でした。

 隔週5回の連続講座「万葉集をよむ~関東・信州の歌を中心に~」の第3回目で、「上野国の歌(3)」と「下野国・常陸国の歌(1)」です。レジュメはこちら

 上のレジュメは実際のレジュメそのものではなく、今日実際に進んだ範囲です。

 全5回の講座のうち、上野国だけで2回半使ってしまいました。地元なので、良いことにします。(^_^)

 会場の新町公民館でこのような本を頂きました。
Kannagawamanga
 平成10年に新町商工会が発行したものです。

 神流川(かんながわ)合戦というのは、1582年、織田信長が本能寺で討たれたあと、上野国に攻め寄せた北条軍と、これを迎え撃った信長の家臣滝川一益軍との合戦です。4年前の「真田丸」では、ほぼナレーションだけでしたけど、神流川合戦が登場しました。滝川一益は段田安則でした。
 この古戦場碑が新町にあります。
Kannagawahi01

 そういうことで、新町としては、住民にこの合戦のことをよく知ってもらいたいということなのでしょう。
 この本は、当時、新町の住民に全戸配付したそうです。

2020年9月29日 (火)

ネットで国勢調査(2020)

 国勢調査の年ですね。
 回答は、5年前と同じくネットで行うことにし、昨夜無事に済ませました。
R02kokusei

 国勢調査って、あれこれ書くことがあって面倒だと思っていましたけど、項目は少なく、簡単でした。昔よりも項目数が減っているのでしょうか。5年に1度だと記憶が曖昧です。

 記入は簡単ながら、11番以降の「仕事」に関する部分で迷いました。

 3年半前に定年退職して、今は、非常勤講師やら、講座の講師やらの仕事をしています。
 11番は「9月24日から30日までの1週間に仕事をしましたか」というものです。
 この1週間ならば、先週の金曜日の前橋の講座と、明日の新町公民館の講座とが該当します。

 12番以降には、従業地やそこまでの交通手段、具体的な勤め先などを答えることになります。11番を受けて答える感じです。
 その場合、前橋の講座と新町の講座とでは、前橋が90分、新町が120分ですので、新町の方で答えることにしました。

 本当は、元の職場での非常勤の時間がいちばん長いのですが、後期は10月1日開始なので、9月24日から30日までの1週間には、そちらでは全く仕事をしておらず、対象外になりそうです。

 もしも、もう授業が始まっていた場合、リモートなので、「13 従業地または通学地までの利用交通手段」はどう書くのか?
 あるいは、その場合は「12 従業地または通学地」が「自宅」になってしまうのか?

 考え出すと、あれこれ難しい問題があります。

 別の事柄として、渋川の家にも調査票が届いている可能性があります。
 そちらには回答しませんので、未提出扱いになってしまいましょうか。回収率に関わりますね。

 マイナンバーを使えば、名寄せが行えましょうけど、マイナンバーを記入する欄はありませんしね。

2020年9月28日 (月)

「支那暦」という語

 ネットオークションで購入しました。
T15okabe01
 大正15年の暦です。
 岐阜県のお店が顧客に配ったもののようです。
T15okabe02

 注目したのは、上から2段目の左側にある「支那暦」という語です。
 初めて見る語でしたので、関心を持ちました。
 日国にも立項されていません。
 意味としては「旧暦」と同じものとみて良さそうです。
 日国には「旧暦」は次のようにあります。

------------------------------------------------------
きゅう‐れき[キウ‥] 【旧暦】〔名〕
(1)古い暦。昔、用いられた暦。
  (用例省略)
(2)昨年。旧年。
  (用例省略)
(3)明治五年(一八七二)に採用された太陽暦(新暦)に対して、それ以前に用いられた太陰太陽暦をいう。上代の日本には固有の暦法がなく、七世紀、推古天皇のときに、中国の暦法が移入されてこれを遵用して以後、儀鳳暦(ぎほうれき)、大衍暦(たいえんれき)などいくつかの中国暦によった。特に貞観四年(八六二)に採用された宣明暦は八二三年間利用されたが、その誤りを見出した安井算哲(渋川春海)が元の授時暦を日本に適応させた新暦の採用を奏上、貞享元年(一六八四)に採用が決まり、同二年より施行された。以後、宝暦暦、寛政暦、天保暦と修正が加えられた。これらを通称していう。今日では天保暦をさす。……以下略
*改暦の詔‐明治五年〔1872〕一一月九日「太陽暦は〈略〉太陰暦に比すれば、最も精密にして〈略〉依て自今旧暦を廃し、太陽暦を用ひ」
*浮雲〔1887~89〕〈二葉亭四迷〉二・七「暦を繰て見れば、旧暦で菊月初旬(はじめ)といふ十一月二日の事ゆゑ」
*母なるもの〔1969〕〈遠藤周作〉「この島では、カトリック信者が、新暦でクリスマスや復活祭を祝うのにたいし、かくれたちは旧暦でそっと同じ祭を行うのだそうである」
  (以下省略)
------------------------------------------------------

 太陽暦に対する「旧暦」という語は、明治5年から既に用いられており、『浮雲』などにも使われています。

 いわゆる「旧暦」は中国の暦法ですから、その意味で「支那暦」と言ったのでしょうか?
 ただ、上の日国にもあるように、江戸時代に日本で改良されたものが使われていたわけですから、あえて「支那暦」と言わなくても良さそうに思います。

 当時の中国は中華民国ですね。中華民国でも太陽暦を使っていたと思いますが、もしかしたら民間では旧暦が主に使われていたといった状況があったので、それで、中華民国で使われている暦を「支那暦」と呼んだとか?

 ちょっと不思議。

 中央部分に顧客宛の「感謝と御願」という挨拶文が載っています。
T15okabe03
 「何があったのでしょう?」と気になるような文章です。(^_^)

 郵便為替と小包の料金表も載っています。
T15okabe04

 いろいろと便利そうな暦です。

2020年9月27日 (日)

平成10年の観音寺木簡記事

 新聞の切り抜き、また出てきました。
 今回は、難波津の歌を書いた観音寺木簡に関する記事です。

 毎日新聞の平成10年11月5日付朝刊
H10kannonji_mainichi

 同日の読売新聞。
H10kannonji_yomiuri

 この記事のために新聞2紙を購入したようです。
 7世紀後半のものですね。当時、和歌を書いた最古の木簡の発見ということになります。
 「ツ」の仮名も興味深いです。「矢」という訓仮名も使用されています。

 読売の記事の末尾には、他に「国守」と記した木簡や、「椿 ツ婆木」と記した木簡が出土したことも書かれています。
 これらの木簡も貴重ですね。

 その後、平成20年に相次いで歌木簡が発見されることになりますが、その先駆けのような発見でした。

 憶えのために列挙しておきます。
  平成18年10月 「春草」木簡(難波宮跡)7世紀半ば
  平成20年 5月 「難波津/安積山」木簡(紫香楽宮跡)8世紀半ば
  平成20年10月 「朝凪」木簡(石神遺跡)7世紀後半
  平成20年10月 「秋萩」木簡(馬場南遺跡)8世紀後半

2020年9月26日 (土)

お寺のねこ(3)

 春のお彼岸、お盆に続き、秋のお彼岸の法要もコロナ禍で中止になってしまいました。
 そこで、今日、お寺にお塔婆を頂きに行ってきました。
 いつものねこ、いました。♪
Myokenjineko07

 アップです。
Myokenjineko08

 近寄ったら、背後の祠に避難してしまいました。
Myokenjineko09

 私が姿を隠しているときに、ご住職がお皿を洗ってゴハンを用意しました。
 ゴハンは1種類ではなく、複数用意されているそうです。手厚いです。

 遠くから覗くと、お皿のところに来て、食べていました。(^_^) 奥に先ほどの祠が見えます。
Myokenjineko10

 周囲に目を配りながら。
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 魚は口にくわえて、少しうしろに持っていって、向こうを向いて食べるのだそうです。
Myokenjineko12
 誰も盗らないっちゅうに。

 魚を食べ終わると、また続きを食べに戻ります。(^_^)
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2020年9月25日 (金)

リレー・フォー・ライフ・ジャパンぐんま

 今日は前橋で仕事の日でしたので、また群馬県庁を覗いてきました。
 1階の県民ホールの入口の所に何か設置してあります。
Relayjapan01
 「リレー・フォー・ライフ・ジャパン ぐんま実行委員会」
 「がんに負けない社会を作る」とあります。

 「リレー・フォー・ライフ・ジャパン」って、初めて聞く言葉です。
 興味を覚えて、中を覗いてきました。やじ馬です。(^_^;
Relayjapan02

 反対側。
Relayjapan03
 スタッフさんもいます。

 手描きの絵を描いた袋状のものがたくさん並んでいます。
 アップです。
Relayjapan04
 それぞれの袋の傍らには背の低いろうそくのような物が置いてあります。
 これに火を灯して袋の中に入れるのでしょう。
 でも、本物の火では危ないので、ろうそく状のものは、こういう形をしたLEDライトかと思います。

 明かりを入れて、辺りを暗くすれば、こんな感じになるのでしょう。
Relayjapan05
 上の画像はかつて訪れた某市のお盆の催しです。奈良の燈花会もこんな感じなのでしょうね。

 入口の所にはパンフレットが置いてありました。
Relayjapan06

 中を見ると、「リレー・フォー・ライフ」にはこのような説明がありました。
Relayjapan07

 続いて、このような解説が。
Relayjapan08
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Relayjapan12

 素敵な催しと思うのですが、横文字、多すぎ。
 せっかくの趣旨を広く伝えようと思うのならば、用語の工夫もあってしかるべきかと思います。

 10月12日・13日に開催される催しの会場はここではなく、群馬アリーナです。

2020年9月24日 (木)

浜木綿の子、順調に復活中

 一昨年発芽した浜木綿の子を大切に育てています。
 8月にたくさん日に当てていたら、葉が枯れてしまい、1枚だけになってしまいました。
 下は8月18日の姿です。
Hamayu_r020818

 日に当てすぎたようです。部屋に取り込んで、以後、室内で育てています。

 8月26日、新しい葉が顔を出しました。
Hamayu_r020826a

 9月7日、新しい葉(右側の葉)はこんなに大きくなりました。
Hamayu_r020907
 そして、中央には3枚目の葉が顔を出しています。

 それから2週間半ほど経った今日の姿。
Hamayu_r020924a
 3枚目の葉(中央の葉)もこんなに大きくなりました。

 4枚目の葉も顔を出しました。
Hamayu_r020924b
 古い葉も、色あせることなく元気です。

 大変順調で嬉しいです。
 このままさらに順調に育って欲しいです。

 思うに、8月に葉が1枚になってしまったのは、直射日光の当てすぎもあったかもしれませんが、水が足りなかったのかもしれません。
 室内に取り込んでからは、水を多めに与えています。

2020年9月23日 (水)

踊り字と改行

 先ごろ、ツイッターに「#日本語史研究上有名な用例100」というハッシュタグが立ったので、面白がって、いくつか書き込みました。
 その1つが以下のものです。

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古事記
「内者富良々々、外者須々夫々」(上・大国主)。
「ほらほら」と「すぶすぶ」とで、踊り字の使い方が異なる。
両様あったのか、あるいは一方は誤写か。
「塩許々袁々呂々迩」「我御心須々賀々斯」「登々富々斯」などを見ると、「富良々々」が誤写か。
#日本語史研究上有名な用例100
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 「塩許々袁々呂々迩」は冒頭付近の国生みの段に出てきますけど、現代だと、これでは「ここををろろ」になってしまいます。
 大国主の根堅州国訪問の部分では、現代と同じ形式の「ほらほら型」と、「こをろこをろ」と同型の「すぶすぶ型」とが連続して出てきます。
 古事記全体では「すぶすぶ型」が多いので、こちらが標準形で、「ほらほら型」は誤写の可能性が高そうですが、それにしても、連続した部分ですので、果して誤写するだろうかと不思議に思っていました。

 そうしたところ、私のツイートが蜂矢真郷先生のお目に止まり、蜂矢先生からメールを頂きました。

 「富良々々」は、真福寺本では「富良」が行末で、そこで改行されているというご教示でした。

 「何と!」です。私は真福寺本を見ていませんでした。
 万葉集だったら校本を見たと思うのですが、古事記は日頃、写本や校本をあまり見ていません。大いに反省しました。

 真福寺本では、「富々/良々」(/は改行。以下同)という改行になるのを嫌って、「富良/々々」としている、ということになります。

 現代とは逆ですね。現代では、むしろ「々」は行頭に来ないように禁則処理の対象になりそうです。
 しかし、古事記では「富々/良々」などという形で改行がなされると、「ほほらら」と訓まれる怖れが生じてしまうのでしょうか。

 大いに興味を持ちました。

 古事記では「ほらほら型」がもう1例あります。応神記の47番の歌謡の末尾の「佐夜々々」です。こちらは真福寺本では行中でした。
 とすると、こちらの例では、真福寺本の親本か、それ以前のどこかの段階で「佐夜/々々」と書かれた本があったのかもしれません。

 おもしろいです。
Horahora


2020年9月22日 (火)

アナカリスは食べない

 10日ほど前、金魚の水槽にいつもの金魚藻(カボンバ)と初めてのアナカリスを入れました。
Kingyo_r020910a

 今、こんなです。
Kingyo_r020921a
 カボンバはほとんど食べられてしまいました。いつも通りです。(^_^;
 一方、アナカリスは健在です。
 金魚の口に合わないのでしょうか。
 食べないだけでなく、抜いたりもしていません。

 アナカリスからは脇芽も生えてきました。
Kingyo_r020921b

 もう1本。
Kingyo_r020921c

 これらが伸びてきたら、切って底砂に挿せば根付くかもしれません。

 金魚のために買ってきた水草ですが、水草自体の生長も楽しみになってきました。

 食べられてしまったカボンバは、金魚の食用にまた買って来ましょう。

2020年9月21日 (月)

口切った

 先日、お風呂でヒゲを剃っていたら、口の上の方を切ってしまいました。
 その時は、傷はたいしたことなく、ぷくっと腫れたくらいでした。
 ところがその翌日、またヒゲを剃ったときに、プクッと腫れているのをうっかりして、その上から剃ってしまいました。
Kuchikitta
 それが、上の画像の、口の上の傷です。
 その翌日、上の傷に気を取られて集中力を欠き、もう1つ別の傷を負ってしまいました。
 粗忽です。

 5年半前に、当ブログに、「鼻切った」という記事を載せていました。
Hanakitta

 粗忽さは直りません。
 すみません。お見苦しい写真を2枚も。(^_^;

 同じ刃をいつまでも使い続けているのもいけないんです。早目に替えねば。

2020年9月20日 (日)

露草は雑草級

 2年前に、玄関脇の花壇(?)に2本だけ生えてきた露草、元気に繁茂しています。
Tsuyukusa20200828

 小さな一日花ですが、たくさん咲きます。
Tsuyukusa20200731a

 これが種になって、あたりに散るので、翌年にはたくさん生えてきます。

 花壇のみならず、道路との境の側溝からも生えています。
Tsuyukusa20200916
 繁殖力旺盛な植物ですね。雑草のようです。

 側溝から生えてきているというのは見苦しくはありますが、可憐な花が咲いているのを刈り払ってしまうというのもかわいそうです。
 涼しくなれば枯れてしまいますので、枯れたら抜こうと思います。

2020年9月19日 (土)

踊る埴輪 踊ってない?

 古い新聞の切り抜きシリーズ、今日は平成18年のです。
 12年前。今までの中では新しい方です。
H18odoru01

 この切り抜き、上代文学史の授業で使ってきました。
 「黎明期の上代文学」という回です。
 切り抜き自体は見つからず、これはコピーです。
 原本からの直接のコピーではなく、何回かコピーを重ねているかもしれません。
 鮮明さが足りません。

 踊る埴輪でないなら何かというと、こういうことのようです。
H18odoru02

 1ヶ月ほど前のNHK「所さん!大変ですよ」が埴輪特集でした。
 その回の内容説明にこうあります。

 「はに丸もビックリ 埴輪に魅了される人々」
 東京国立博物館から不思議な情報が飛び込んできた。かつて古墳に並べられた「埴輪」が最近、若い女子の間で大人気だというのだ。理由は、埴輪が持つ神秘性と、かわいらしい表情。家に自作の埴輪を100体以上飾る「埴輪女子」まで!
 さらに取材を進めると、埴輪界のスターとよばれる「踊る埴輪」が実は踊っていないという衝撃の研究結果が飛び込んできた。
 「おーい!はに丸」もビックリ。あなたの知らない埴輪ワールド!

 新聞記事から12年経ちますけど、いまだに、「「踊る埴輪」が実は踊っていないという衝撃の研究結果が飛び込んできた。」と言われています。この説、まだまだ世の中に認知されていないようですね。

2020年9月18日 (金)

奈良の「つなや」と「魚佐」

 また新たな定宿帳を入手しました。
M00naniwako01
 刊年は不明です。

 表紙をめくると、表紙裏はこのようになっています。
M00naniwako02
 いきなり奈良です。こういった道中記では、江戸(東京)スタートか、(豊橋から船に乗って)伊勢神宮スタートが普通です。
 上のページは、右端の柱に書いてあるように第五丁です。落丁というよりは、冒頭の4丁分をわざと省いてダイジェスト版を作ろうとしたのではないかと思います。

 このページ、架蔵の明治18年の一新講社の定宿帳と同じ絵図のようです。
 ページの左端の宿の名は、今日の本では「つなや市平」ですが、明治18年のでは「うをや佐兵衛」です。
M18isshin04
 
 絵地図は同じで、宿のマークだけが異なります。今日のはつなやのマークである「太」に丸で、明治18年のでは魚屋のマークである山形に「ウ」です。

 2つの宿は隣同士ではなく、同じ場所のように見えます。
 どちらの方が古いのか分かりませんが、魚屋佐兵衛の後身に当たる魚佐旅館は平成まで存続していましたので、今日の本の方が古いのかもしれません。
 つなやを魚佐が居抜きで買ったのでしょうか。

 今日の本には神武天皇陵が載っています。
M00naniwako03
 とすれば、江戸時代ではなく、明治になってからの刊行のように思えます。

2020年9月17日 (木)

「3密チェッカー」(3)

 スマホアプリの「3密チェッカー」を導入してから3週間経ちました。

 これまでの日別危険度は次の通りです。
3mitsu09
 日付の順序は右から左です。
 やや高めの山が4つあります。
 右端の山は8月28日(金)、前橋に日帰り往復した日です。
 次の山は9月2日(水)、高崎市新町に日帰り往復しました。
 しばらく開いて、次は9月11日(金)、前橋。
 次は9月16日(水)、昨日の新町です。
 やはり、群馬まで行くと、遠距離移動になりますので、どうしても人との接触も増えます。
 それでも、危険度のレベルは低めと思います。電車の中、あまり混んでいませんし。

 ところどころにある小さな山は、金魚屋さんに水草を買いに行ったりした日のものです。

 よくできたアプリと思います。
 ただ、3密のうち、「密閉」については、周囲の音量に基づいているので、開放空間でも騒音があると密閉と判断されてしまいます。ずっと同じ部屋にいるのに、テレビの音量で密閉度が左右されます。これだけ改善の必要がありそうです。

 3週間のデータを蓄積した地図はこんな具合です。
3mitsu10
 東京・群馬の往復以外には動いていないかのように見えます。(^_^;

 都内の部分を拡大するとこうなります。
3mitsu11
 東急の目黒線、大井町線、多摩川線を小規模に移動しています。

 私の移動経路や移動範囲が丸見え。(^_^;

2020年9月16日 (水)

新町で連続講座(2020年 第2回)

 今日は、高崎市新町公民館で講座でした。
 隔週5回の連続講座「万葉集をよむ~関東・信濃の歌を中心に~」の第2回目で、「上野国の歌(2)」です。レジュメはこちら

 受講者の皆さんには、前回、「上野国の歌」のレジュメを、まとめてお配りしてあります。上に載せたのは、今日進んだ範囲です。

 上野国の歌、2回使ってもまだ終わりませんでした。残りは、次回の半分弱くらいまで掛かりそうです。全5回の「関東・信濃の歌を中心に」のうち、上野国だけで半分使ってしまうことになりますが、まあ、地元なので、良いことにします。(^_^)

 レジュメの他に、プロジェクターを使って、写真や地図も見てもらいました。
 上野国以外については、手持ちの写真はあまりありません。その分、次回以降はサクサクと進むことでしょう。
Yasakano


2020年9月15日 (火)

Google Classroom の看板

 もう後期が始まった大学もあるようですね。
 私の非常勤先(もとの勤務先)は、前期授業の終了が8月末で、今日が成績登録締切日です。昨夜、無事に成績を出しました。出すとほっとします。(^_^)

 後期は10月1日からで、原則遠隔、一部対面です。
 私は3科目全て遠隔で行います。
 Google Classroom と Google Meet です。
 クラスを作成すると、自動的に看板(?)が生成されます。
 看板の絵は、いくつか用意してあるものと差し換えも可能ですし、自前の画像を使うこともできます。

 前期は二上山の写真を使いました。
Classroom02

 後期は3科目なので、「さて?」と考えましたが、上代関係で3つセットのものというと、大和三山しか思い付きませんでした。
 授業開始までまだ半月ありますけど、作ってみました。

 火曜3限の講義講読は畝傍山。
Googleclassroom01

 4限の演習は耳成山。
Googleclassroom02

 5限の文学史は天香久山です。
Googleclassroom03

 前期の二上山も含め、どれも暗めです。もとの画像はもっと明るいのですけど。
 文字がはっきり見えるようにするための仕様なのかもしれません。

 後期の授業開始に向けて、看板などよりも先に準備すべきものがいくらでもありそうなものですけど、そこはまぁ。(^_^;

2020年9月14日 (月)

コ+ロ+ナ=君

 昨日、さるまほろばメイトの方から教えて頂きました。
Corona_kimi
 いやぁ、うまいものですねぇ。見事です。
 これ、全く知らなかったのですが、ググってみましたら、4月・5月頃、ネットで評判になり、新聞にも載った作品でした。

 作者は、大阪府内の百貨店にお勤めで宣伝や広報を担当している、イラストレーターのタナカサダユキさん。
 4月1日にご自身のFacebookにこの歌を投稿したのだそうです。
 その後(といっても、すぐのようですが)、リクエストを貰って、このイラストを描いたとのことです。

 「むべ山風を嵐といふらむ」から始まる(いや、万葉集にもあったかも)文字分解のことば遊びですね。

 漢字を憶えるのに、「戀」という字を「糸し糸しと言ふ心」と分解するのもありますね。
 文字遊びというより、実用的な記憶法と言うべきかもしれませんが。
 「戀」を分解すると確かにそうなるだけじゃなくて、意味もぴったりです。

 「櫻」を「二階の女が気に掛かる」、「壽」を「武士笛一インチ」というのもありますけど、この2つは、文字を分解すれば確かにそうなりますけど、意味は全く無関係です。その点で、「いとしいとし」は傑作と思います。

2020年9月13日 (日)

童謡ぐんまちゃん

 段ボール箱の中身を整理していたら、このようなチラシが出てきました。
Gunmac_doyo01
 平成23年に開催された、土屋文明記念文学館の企画展のチラシです。
 石原和三郎は群馬県出身の作詞家で、作品に「兎と亀」「花咲爺」「金太郎」などがあります。

 この中に、次のような絵があります。
Gunmac_doyo02
 花咲爺ですね。あごひげが生えています。(^_^) ヒゲの生えているぐんまちゃんは珍しいと思います。
 右下の犬もかわいい。

 もう1枚。
Gunmac_doyo03
 これはいなばのしろうさぎですね。

 ぐんまちゃんは何に扮しても似合いますが、これまたバッチリです。
 泣いているうさぎがかわいそう。
 ワニは鮫の姿で描かれています。こちらはニコニコ顔。

 楽しいチラシです。

2020年9月12日 (土)

食偏の字体(チコちゃんに叱られる!)

 「チコちゃんに叱られる!」を毎週楽しみに見ています。
 昨日、豊川悦司がチコったので、漢字の書き取りということになりました。問題は「ぎょうざ」。
 豊川悦司は、最初ツクリが思い出せず葉っぱの絵を書きましたが、すぐに思い出して、食偏に「交」と書きました。
 合っていますよね。
Chiko_shoku
 ところが、これは不正解とされました。理由は、左下に示したように、食偏の下部は横線2本で書かなくてはいけない、というのです。
 正解にすべきだと思うんですけどね。

 現代の印刷字体は『康熙字典』に準拠しています。
 戦後、当用漢字が制定され、後に常用漢字が制定されたときに、表内字については、食偏は「飲」「飯」のように「食」に1画足りない形になりました。しかし、表外字については、それに取り残される形で「飴」「餌」のように『康熙字典』のまま残り、下部は横線2本です。

 豊川悦司の書いた字が不正解とされたのはこういう理由によるのでしょう。
 でも、これは活字などの印刷字体についてのもので、手書きまで印刷字体に合わせなくてはいけないものなのか。
 文科省も、表内字については印刷字体と手書きとは分けて考えています。表外字だってこれに準ずるべきものと思います。

 『類聚名義抄』はこんな具合です。
Myogi_shoku

 シンニュウの点1つ2つも同じですね。
 手書きも印刷字体と同じにしなくてはいけないというのは誰が決めたのでしょう。
 マナー講師の謎ルールと同じようなものではないでしょうか。

 手書きの場合は、表内・表外を問わず、食偏は「飲」型でも「飴」型でも良しとすべきでしょう。
 シンニュウの点だって、表外字も点1つで良いと考えます。もちろん2つ書いてもOK。
 自分で自分を縛ることはありません。

2020年9月11日 (金)

初アナカリス

 昨日は水槽の濾過器の掃除をしました。うっかり手順を間違えて、あたりが水浸しになりました。
 畳の部屋なので、雑巾で拭いたあと、新聞紙を載せて水を吸わせたり、エアコンを作動させたりして、後始末が大変でした。
 今日は無事に畳は乾いていました。

 濾過器の掃除のついでに新しい水草も入れました。
Kingyo_r020910a
 やはり水草のある方が良いです。(^_^)

 今回はいつものカボンバ(カモンバ)の他に、アナカリス(オオカナダモ)を買ってみました。
 ちょうど金魚屋さんの店頭にありましたので。

 カボンバ。
Kingyo_r020910b

 アナカリス。
Kingyo_r020910c

 アナカリスの方が食べられにくいように思います。
 でも、金魚は水草を食べたいのかもしれませんので、カボンバも買いました。
 さて、どうなりますか。

2020年9月10日 (木)

『ネコもよう図鑑』

 ネコのこと好きなのですが、飼ったことないし、無知です。
 それで、勉強しようと思って、ちょくちょくネコの本を買っています。
 今度、このような本を買いました。
Nekomoyou01
 去年の8月発行ですので、もう1年以上経っています。
 「色や柄がちがうのはニャンで?」という副題が付いています。そういった内容の本です。

 帯の表紙側。
Nekomoyou03

 帯の裏表紙側。
Nekomoyou04

 目次。
Nekomoyou02

 とまぁ、こういった内容の本です。帯と目次とで、この本の概要が分かります。
 よく勉強したいと思います。

 話は違いますが、先ほど水槽の濾過器の掃除をしようとしたら、うっかり手順前後で、あたりが水浸しになりそうになりました。
 大慌てで対処して、ふと気がついたらメガネが行方不明です。

 行方不明といったって、私の立ち回り先からは、金魚部屋、洗面所、浴室以外には考えられません。
 そんな限られた範囲なのに見つからないのは不思議です。
 「へんだなぁ?」と思いつつ、探索を続けます。

【追記】
 お騒がせしました。行方の知れなかったメガネ、金魚部屋の物陰から無事に発見されました。

2020年9月 9日 (水)

菊の節句……とはいえ

 今年は月の感覚がぐちゃぐちゃです。非常勤先の前期の授業が終わったの、つい先日ですし。

 今日は9月9日なのですね。重陽の節句。菊の節句。
 HDDの中から菊の写真を捜したら、こんなのが見つかりました。
Kiku20031114
 撮影日時は、2003年11月14日(金)15:54です。いつのまにやら、もう17年も昔。
 タイムスタンプでこういうことが分かるので、デジカメの写真は便利。

 記憶を辿ると、五反田の非常勤先の授業を終えて、駅に向かう途中の撮影です。
 人様のお宅の玄関先。(^_^; 玄関は道に面しているとはいえ、やりたい放題の所業です。
 当時はHPの表紙の写真を小まめに変えていたので、季節感のある被写体を探し求めていました。

 9月9日が菊の節句といっても、旧暦でないと意味ないですね。だいぶ季節がずれます。
 3月3日の桃の節句も、5月5日の端午の節句もそうですね。
 七夕もそう。新暦だと梅雨時で、牽牛織女は逢えない年が多そうですけど、旧暦ならば梅雨は明けている年が多く、台風でも来なければ大体逢えたことでしょう。

 旧暦から新暦に切り替わったころも、月の感覚はさぞぐちゃぐちゃになったことと思います。

2020年9月 8日 (火)

傷に塩

 今年の3月に『世界ことわざ比較辞典』(岩波書店)という本が刊行されたことを、昨日、フェイスブックで知りました。

 フェイスブック経由で見たのは、この本の著者の一人である時田昌瑞氏のインタビューです。
https://dailyportalz.jp/kiji/comparing-world-proverbs?fbclid=IwAR16ftmeu9hJ2iRcxNweb-yj4VpIIWCdSjGA0tCmBjji-NKKN51puYdjNVw

 外国のことに疎い私ですが、言葉に関する辞書ということで、大いに関心を持ちました。面白そうな本です。

 ただ、このインタビューの中にこんな一節がありました。
Kizuguchini
 いや、憶良の長歌に「いとのきて 痛き瘡(きず)には 鹹塩(からしほ)を 潅(そそ)くちふが如く」(巻五・897番歌)ってあるけど……、と思いました。
 この歌の前には「沈痾自哀文」があって、そこにも「諺曰、痛瘡潅塩、短材截端、此之謂也。」(諺に曰はく、痛き瘡に塩を潅(そそ)き、短き材の端を截(き)るといふは、此の謂(いひ)なり。)とあります。

 どうなんでしょ。当時、日本でこの諺が広く使われていたのか、あるいは漢籍に出典があるのか。
 東京の家には万葉集の注釈はまだあまり持ってきていないのですが、沢瀉氏の注釈や多田氏の全解には漢籍の出典のことは全く触れられていませんでした。

 遠く離れた国に同じような諺があった場合、一方から一方に伝播したのか、それとも、全く偶然に別々に発生したのか。可能性としては両方あり得ますよね。

 傷に塩を塗ると痛いって、普遍的ですし。

 とはいえ、さらに思うに、漁師さんなどでは、浜辺でケガをして、そこに海水が掛かって痛い、という経験は頻繁にするでしょうけど、漁師さん以外の人の場合、傷口に塩(あるいは塩水)が掛かるって、そうないことだと思います。

 どういう状況で傷口に塩が掛かるんだろうと考えて、ひょっとしたら、傷口に塩というのは、ケガの治療法の1つだったのだろうかと思いつきました。
 肉や魚の保存方法として塩漬けにするというのは古代からやっているわけですから、塩に消毒作用のあることは経験的に知っていたでしょうし。

 以前、神田典城さんが研究発表で、八十神たちが稲羽の素兎に潮水を浴びろと教えたのは、必ずしも意地悪ではなくて、あれはあれで治療法だったのではないかと言われたような気がします。おぼろな記憶でお名前を出すのもいかがかと思いましたが……。
Inabakitty05

 ただ、細菌の発見は17世紀くらいなのですよね。

 済みません。まとまりなく書き進めていって、支離滅裂です。(^_^;

2020年9月 7日 (月)

金魚の水槽水

 7月の初めに金魚が全員体調不良になってしまいました。
 水槽の水が、見た目には変化はありませんでしたが、悪くなってしまったのでしょう。
 毎日水替えをして、0.5%の塩浴をさせたところ、幸い、元気になりました。
 1匹だけ虹の橋を渡ってしまい、かわいそうなことをしましたが、残りは皆元気です。

 水が悪くなるって、具体的には、金魚の排泄物や残餌由来のアンモニアです。
 このアンモニアを濾過バクテリアが亜硝酸に分解し、さらにそれを硝酸塩に分解してくれます。
 毒性は、アンモニア>亜硝酸>硝酸塩という順に弱くなるそうですが、硝酸塩も無害ではないので、水替えによってこれを水槽の外に出します。

 水替えの頻度や水替えする量は適切と思っていたのですが、金魚が段々大きくなって排泄物が増えたり、ゴハンを与えすぎて、食べ残しが増えたりして、濾過バクテリアの分解が追いつかなくなってしまったものと思います。

 それで今は、水替えの頻度や水の量を以前よりも増やしています。
 それが功を奏したのか、今は問題なさそうで、金魚は至って元気です。

 思えば、今までも、コケがたくさん発生したり、
Kingyo_h300806a

 水が茶色くなったり、
Kingyo_r020101

 白濁したことがありました。
Kingyo_r020316a

 こういった状態は、今にして思えば、やはり水替えが不適切だったのが原因だったのではないかと反省しています。

 塩浴は2週間ほど続けました。その間、水替えの度に塩を加えて、塩分濃度0.5%を維持しましたが、7月17日以降は、もう塩を加えることはせず、水替えの度ごとに塩分濃度は下がっています。概算ですが、今は0.05%位と思います。

 今日の状態はこんなです。
Kingyo_r020907
 ゴハンよりも先に写真を撮ろうとしているので、「ゴハン! ゴハン!」と大騒ぎしています。この写真では、騒いでいるのは中央上部の金魚だけのように見えますけど、全員。(^_^)
 水は、落ち着いた色になっていると思います。やや殺風景なほど。

 水草がなくなってしまいました。すぐになくなります。
 明後日外出しますので、その折に金魚屋さんに寄って買ってきます。

2020年9月 6日 (日)

「今御門町」のよみ

 8月4日に、明治21年の『一新講社 道中宝鑑』のことを取り上げました。
M21dochuhokan01
 
 この道中記を見ると、奈良に次のような記載があります。
Imamikado01
 奈良の旅館、魚屋佐兵衛と升屋伊兵衛の所在地が「今ゴ門丁」となっています。
 漢字で書くと「今御門丁(町)」です。よみはずっと「いまみかどちょう」と思い込んでいましたが、「今ゴ門丁」の表記だと「いまごもんちょう」になってしまいます。

 「いやぁ、そんなはずは」と思って、他の史料を見ると、例えば次のようなものが見つかりました。

 『奈良名所絵図』(年代不明)
Imamikado02
 「いまみかどはたごや」とあります。

 『真誠講』(明治32年)
Imamikado03
 「ならいまみかど町」です。

 「いまみかど」が正しいのではないでしょうかね。

 「今ゴ門丁」とある明治21年の『一新講社 道中宝鑑』は長野県で刊行されたものです。
M21dochuhokan03
 そういった地理的な遠さも影響しているのかもしれません。
 あるいは、長野といえば善光寺。ひょっとして善光寺近辺では、善光寺の門にちなむ町を「○○ごもん町」と言っていたとか。
 ……などと、単なる妄想を書いてはいけません。(^_^;

 同時代資料は貴重ですが、同時代資料であっても、必ずしも常に正しいとは限らないということになりましょう。
 厄介なことではありますが、面白いことでもあります。

 なお、「今御門」の名は、元興寺の北門に由来するようです。

2020年9月 5日 (土)

昭和28年の歌本(2)

 7月20日に「昭和28年の歌本(1)」という記事を書きました。
 ネットオークションで購入した「流行歌謡 歌の花束」という小冊子を取り上げたものです。
S28utanohanataba01
 『婦人倶楽部』の昭和28年新春特大号の付録です。
 全部で194曲収録されています。

 もう67年も前のものです。当時どんな歌が流行っていたか知られます。
 全く知らない歌も多いですが、よく知っている歌もあります。私が懐メロ好きなせいもありそうですが。(^_^)

 その時は、歌のタイトルをざっと眺めて、どんな文字や語が多く使われているのか調べただけでしたが、データがあると集計したくなるサガで、作詞家・作曲家・歌手別の集計もしたくなります。それで、タイトルに(1)を付けました。

 やっと集計が終わりましたので(2)として載せます。

 それぞれの上位は以下の通りです。主な曲名を( )内に入れました。「主な」というのは私の主観です。

【作詞】
1.佐伯孝夫 19(桑港のチャイナ・タウン、銀座カンカン娘、湯島の白梅、勘太郎月夜唄、燦めく星座)
2.西條八十 17(青い山脈、誰か故郷を想わざる、東京音頭、侍ニッポン、サーカスの唄、カナリヤ)
3.藤浦 洸 10(水色のワルツ、悲しき口笛、別れのブルース)
4.佐藤惣之助 9(湖畔の宿、人生の並木路、赤城の子守唄)
5.野口雨情 7(船頭小唄、青い眼の人形、雨ふりお月さん、赤い靴、証城寺の狸ばやし、七つの子)
6.北原白秋 5(からたちの花、城ヶ島の雨、この道、雨ふり、待ちぼうけ)

 西條八十は象徴詩や童謡の作詞家という風に理解していました。歌謡曲もたくさん作っていたとは知りませんでした。


【作曲】
1.古賀政男 18(誰か故郷を想わざる、東京ラプソディ、丘を越えて、影を慕いて、酒は涙か溜息か)
2.服部良一 11(三味線ブギー、青い山脈、銀座カンカン娘、蘇州夜曲、湖畔の宿)
3.上原げんと 10(東京の花売娘)
4.佐々木俊一 9(桑港のチャイナ・タウン、東京夜曲、燦めく星座)
4.中山晋平 9(東京音頭、船頭小唄、雨ふり、肩たゝき、証城寺の狸ばやし)
6.万城目正 6(悲しき口笛、リンゴの唄)
6.吉田 正 6(黄色いリボン)

 古賀政男、強いです。(^_^) 服部三代の始祖である服部良一も多いですね。
 朝ドラ「エール」の古関裕而は5曲(イヨマンテの夜、長崎の鐘、フランチェスカの鐘)で8位です。


【歌手】
1.藤山一郎 13(長崎の鐘、青い山脈、東京ラプソディ、丘を越えて、影を慕いて、酒は涙か溜息か)
2.小畑 実 10(湯島の白梅、勘太郎月夜唄)
3.岡 晴夫 9(憧れのハワイ航路、啼くな小鳩よ)
3.美空ひばり 9(リンゴ追分、悲しき口笛)
5.田端義夫 7(かえり船、大利根月夜)
6.近江敏郎 5(湯の町エレジー、山小舎の灯)
6.竹山逸郎 5(月よりの使者)
6.津村 謙 5(上海帰りのリル)
6.二葉あき子 5(フランチェスカの鐘、夜のプラットホーム)

 藤山一郎が多いです。美空ひばりも3位に付けて、これから。

2020年9月 4日 (金)

鹿瓦ばん2020秋冬

 昨日、奈良の鹿愛護会から「鹿瓦ばん 2020年 秋・冬号」が届きました。
Narashika2020d
 トップ記事は、鹿の角きりの中止です。コロナ禍でやむを得ないところですね。
 ただ、行事としては中止でも、安全のために角きり自体は実施するそうです。

 第1面の右下には奈良公園の鹿の頭数の記事が載っていました。
Narashika2020e
 雌雄の数が大きく異なりますね。不思議です。オスは奈良公園外にいるのが多いのでしょうかね。

 去年の鹿瓦ばんに、去年のデータが載っています。以下の通りです。
Narashika2020f

 去年と比べて、今年は100頭くらい減っています。
 ちょっと心配。たまたまだと良いのですが。

 今年の瓦ばんにはこういう記事も載っていました。記事は切り貼りしています。
Narashika2020g
 慰霊祭のことはテレビで見たことがあったような気もしますが、慰霊碑の存在は知りませんでした。
 慰霊碑は鹿苑内にあるそうです。われわれも行ける場所にあるのならば是非行ってみたいです。

2020年9月 3日 (木)

兵どもが夢の跡

 昨日乗った新幹線に、車内誌『トランヴェール』の9月号が置いてありました。
Trainvert20209a

 今号の特集は「『おくのほそ道』翻訳トラベル」です。
Trainvert20209b

 『おくのほそ道』の英訳は何種類か刊行されているのですね。
 この特集の前半では、『おくのほそ道』で句がよまれている土地を、アーサー・ビナード氏と深沢眞二氏(連歌・俳諧の研究者)が訪れて、その句の英訳を鑑賞します。範囲は白河から松島までです。
Trainvert20209c
 上の画像の右側の写真は、大高森から撮した松島です。大高森については、以前、三友亭主人さんがブログで触れられていて、その時に初めて名前を知りました。この写真のキャプションを見て、「おお、これが」と思いました。といっても、大高森から撮した写真ですので、大高森自体は写っていないのですが。

 両氏。
Trainvert20209d

 後半では、アーサー・ビナード氏が新訳に挑みます。範囲は平泉から象潟までです。
Trainvert20209e

 私は英語が苦手で、せっかくの特集が猫に小判だったのですが、それでも大変に興味深く読みました。

 「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」をビナード氏は、
 「Up here,a stillness――the sound of the cicadas seeps into the crags」と訳しています。

 「閑か」を silence ではなく、stillness と訳したのはビナード氏の工夫のようです。

 英語に関することではありませんが、「夏草や兵どもが夢の跡」の解釈について、この「夢」は芭蕉の見た夢ではないかという説が紹介されていました。芭蕉が兵たちの夢を見た。はっと気づくと眼前には夏草がそよぐばかりであった、という解釈です。芭蕉の時代、「夢」は眠っているときに見る夢だけを指し、将来の希望という意味はなかったというのが根拠の1つになっているようです。

 考えたこともない解釈で、新鮮でした。

 日本の古典文学と英語という、その2つを組み合わせた、なんともアカデミックな特集です。

2020年9月 2日 (水)

7ヶ月ぶりの新町

 今日は、高崎市新町公民館で講座でした。
 隔週5回の連続講座で、テーマは「万葉集をよむ~関東・信濃の歌を中心に~」です。
 今日は、その第1回目で「上野国の歌(1)」です。レジュメはこちら
 今日、皆さんにお配りしたレジュメは、今日と次回の分を合体した「上野国の歌(1)(2)」で、全部で8ページあったのですが、上に載せたのは、今日進んだところまでの分です。

 先々週の群馬県立図書館の公開講座は、同じく上野国の歌を扱いながら、時間が足りなくなってしまいました。
 今回は時間はたっぷりあります。上野国の歌で2回ちょっとと考えていますが、今日のペースだと3回くらい掛かってしまうかもしれません。
 上野国に時間を掛けすぎると、最終的にはまた時間が足りなくなります。(^_^;

 新町駅は1月28日以来です。その日、群馬県立女子大学で昨年度の最後の授業がありました。
 講義講読では古事記の稲羽之素兎を読みました。そういえば、1月28日は古事記の誕生日です。
 その後のコロナ禍で、大学最寄の新町駅には7ヶ月以上御無沙汰でした。

 新町駅の駐輪場に自転車を置きっぱなしにしていましたので、無事にあるかどうか心配していました。
 新町駅の駐輪場では、春休みや夏休みなどの長期休暇の際に、駐めてある全ての自転車に紙が付けられます。休み明けの定められた期日までにこの紙を剥がさないと、持ち主のいない自転車と看做され、撤去されてしまいます。
 こうでもしないと、駐輪場に放置自転車が増えてしまい、スペースが足りなくなります。自転車整理はやむを得ないことと思います。

 ないかもしれないなぁと思いつつ駐輪場に行ったら、無事にありました。♪
Shinmachi_202009a
 青いのが私のです。あまりない色なので、遠くからでも分かります。(^_^)
 サドルには砂埃が積もっていましたが、無事でいてくれて、嬉しかったです。

2020年9月 1日 (火)

体重、上げ止まり(2)

 去年の夏以来、順調に落ちていた体重が、コロナ禍によるステイホームの影響で、2月以来ぐんぐんと元に戻りつつありました。
 そういう状況を受けて、6月1日に「外出自粛太り」、7月1日に「つづく外出自粛太り」、8月1日に「体重、上げ止まり」という記事を載せました。

 月が変わって9月1日になりましたので、8月の状況を載せます。
 私の体重など、どなたも関心はないと思いますが。(^_^;
Taiju201906_202008
 あえて数字は消してありますが、縦軸は1マスが1kgです。
 横軸に入れた「6前」「7前」……というのは、「6月前半」「7月前半」……の意です。
 目盛りだけあって文字のないのは各月の後半です。
 体重は毎日測定し、半月ごとに半月分の体重を平均してあります。

 6月後半をピークに、7月以降、体重はやや下がりました。めでたいです。♪
 しかし、去年の10月と比べたら、まだ4kg以上多いです。さらに、8月後半は微増に転じました。なかなか。(^_^;

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