額田王の三輪山惜別歌の作者
昔、「飛鳥古京を守る会」に入会していたのですが、先年、その会は解散されてしまいました。
その後継のような形で、新たに「飛鳥を愛する会」という会が発足し、それにも入会しました。
先日、その機関誌『飛鳥の風たより』が届きました。もう24号です。
そこに大島信生氏の「額田王、三輪山惜別歌をめぐって」という論考が掲載されていました。
今年度の総会で講演をなさる予定だったのに、それがコロナ禍で中止になってしまったために、話される予定だった内容の概略をおまとめくださったそうです。
三輪山惜別歌というのは、有名な以下の三首ですね。
額田王の近江国に下りし時作る歌、井戸王すなはち和ふる歌
・味酒 三輪の山 あをによし 奈良の山の 山の際に い隠るまで 道の隈 い積るまでに
つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を 情なく 雲の 隠さふべしや(17番歌)
反歌
・三輪山をしかも隠すか雲だにも情あらなも隠さふべしや(18番歌)
右二首の歌、山上憶良大夫の類聚歌林に曰はく、都を近江国に遷す時に三輪山を御覧す御歌そ。
日本書紀に曰はく、六年丙寅の春三月辛酉の朔の己卯、都を近江に遷すといへり。
・へそがたの林のさきの狭野榛の衣に着くなす目につくわが背(19番歌)
右一首の歌は、今案ふるに、和ふる歌に似ず。ただし、旧本この次に載す。故以になほここに載す。
これら三首の歌の作者については、17番、18番が額田王(左注の類聚歌林によれば天智天皇)、19番が井戸王と考えられてきたと思います。
私もそれ以外のことは全く思いもよりませんでした。
ところが、大島氏の論考の最後の節にはこうありました。

関係部分の注。
4番の注によれば、影山氏の論文の初出は平成二十三年とあります。
何に掲載されたのだろうと思って調べてみましたら、なんと『万葉集研究』の第32集でした。
まずいです。こんなメジャーな論集に載っていたのに全く知らなかったなんて。不勉強にも程があります。
ま、そういう自分の不勉強さを、わざわざ自分から公表しなくても良いようなものですけど。(^_^;
18番歌は17番歌の反歌となっていますし、内容的にも17番歌の要点の繰り返しになっていますので、普通ならば、17番歌と18番歌の作者は同一と考えるところなのでしょうけれど。
影山氏の論文を読まねばと思います。
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>私もそれ以外のことは全く思いもよりませんでした。
私も同じなのですが・・・それよりも何よりも情けないのは松田氏の「新見と実証」は学生の頃に読んでいたと思うのですが・・・・読み飛ばしていたんでしょうか、こんな大事なとこを・・・
いかにいい加減に読んでいたか、情けない限りです。
投稿: 三友亭主人 | 2020年8月 8日 (土) 07時18分
三友亭主人さん
私も同様です。
松田氏の御著書2冊と、『万葉集研究』は、どちらも大学の個人研究室にはありました。
松田氏の御著書の方は前任者が購入したもの、『万葉集研究』は毎年定期購入していたものです。『万葉集研究』は、届く度にどんな論文が収録されているのかチェックしていたのですが……。
誠に迂闊なことです。(^_^;
投稿: 玉村の源さん | 2020年8月 8日 (土) 11時55分