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2020年8月

2020年8月11日 (火)

広瀬本万葉集発見の新聞記事

 元勤務先の個人研究室から自宅に送った段ボール箱、3年も経った今頃、ほそぼそと開梱しています。
 箱から出して積み上げていた書類などの山が、今日、雪崩を起こしていました。
Katazuke06
 めげずに頑張ります。

 開梱中に、『古事記 修訂版』やら、おうふう版『萬葉集』などが出てきています。

 広瀬本万葉集が発見されたときの新聞記事も出てきました。平成5年のです。
Hirosebonkiji01
 授業でこれのコピーを配っていたのですが、やがて原本は紛失し、途中からコピーのコピーになってしまっていました。
 研究室を撤収するときに原本を発見し、段ボールに入れました。3年を経て、それが再発見されたという次第です。
 すっかり黄変してしまっています。
 でも、拡大すればちゃんと読めます。
Hirosebonkiji02
Hirosebonkiji03

 試みに、PC上でモノクロにして、明るさとコントラストを上げてみました。
Hirosebonkiji04
 こちらの方が良いですかね。

 アップも。
Hirosebonkiji05
Hirosebonkiji06

 古書市で、思いがけない掘り出し物があるものです。
 書写年代が江戸期のものなどで、そう貴重な写本とは気づかなかったのでしょうね。

2020年8月10日 (月)

『古事記 修訂版』と『萬葉集』を発掘

 2週間ほど前に「『古事記 修訂版』を発掘」という記事を書きました。
Kojiki_kenpon
 おうふうの廃業によって、このテキストを入手できなくなって困っていたところ、個人研究室を撤収したときに持ってきた段ボール箱の中から献本を発見したという内容です。

 段ボール箱、その後もほそぼそと開梱しています。
 この度、新たに開けた箱からまた新たな発掘成果がありました。
Kojiki_kenpon02

 『古事記 新訂版』は版違いなので授業では使えませんが、新装幀の修訂版は、中身は一緒です。
 『萬葉集』も4冊見つかりましたが、他の箱にまだありそうです。
 3冊は「おうふう」ですが、もう1冊は「桜楓社」とあり、年代物です。

 もう1つ、大学基準協会の『大学評価マニュアル』が出てきました。
 あまり見たくありません。(^_^;

2020年8月 9日 (日)

赤穂花岳寺(華嶽寺)の絵図

 ネットオークションで入手しました。
Kagakujizu01
 赤穂浅野家の菩提寺である花岳寺(華嶽寺)の絵図です。
 標題は「播州赤穂城下臺雲山華嶽禪寺全圖」とあります。

 左下隅にこうありますので、明治には降らず、江戸時代のものではないかと思います。
Kagakujizu05

 赤穂には11年前に1度だけ行ったことがあります。忠臣蔵ファンとしては、1度だけというのはどうも。(^_^;
 その折、花岳寺にも行きました。
Kagakuji01

 絵図の本堂。
Kagakujizu02

 今の本堂。
Kagakuji02
 同じようですね。再建かもしれませんが、そうだとしても、元の姿と同じように建てたものと思います。

 義士の墓所。
Kagakujizu03
 中央に3基の大きな墓石があり、周囲に多数の墓石が並んでいます。

 今の墓所。
Kagakuji03
 中央の墓は浅野内匠頭のもので、その左右は大石内蔵助と主税のものです。周囲の墓はそれ以外の義士たちのもの。
 これらの墓は、義士の三十七回忌に当たる元文4年(1739)に、当時の赤穂藩を領していた森家の家臣有志が建てたものだそうです。
 伝によれば、義士の遺髪を埋めているということです。

 絵図では、墓所の入口の両脇に、「大石桜」と「大野柳」が描かれています。大石内蔵助と大野九郎兵衛にちなんだものでしょう。
 現地に行ったとき、桜には気づきませんでしたが、柳はありました。
Kagakuji04
 絵図と同じ位置にあります。
 しかし、「不忠柳」って、なにもそんな風に呼ばなくても、と思います。それで、目に付いたのでした。

 寺号については、このような解説板がありました。
Kagakuji05

 浅野長重の墓石には確かにこう彫られています。
Kagakuji06

 本堂の額も同様です。
Kagakuji07

 でも、お寺としては、その正式表記とは別に、「花岳寺」を日常的に使っているのですね。なかなか柔軟です。

 絵図の右端付近にこのようなことが書かれていました。
Kagakujizu04

 勝手にスペースを空けるとこうなりますかね。
 「開帳案内 并 義士摺物 土産焼塩等 弘所」
 すぐ下には「茶所」とあります。

 参拝者の休憩所と、参拝記念のお土産販売を兼ねている建物ですね。
 義士摺物はブロマイドといった趣でしょうか。
 そして、赤穂のお土産というと、やはり塩ということになるのでしょう。
 遠方からの参拝者も多かったのかもしれません。

 「弘所」という語は初めて見ました。日国には載っていない語ですが、ググってみると、古文書や古文献などに「弘所」「売弘所」という語は見つかります。暦などの頒布所に用いられていました。

2020年8月 8日 (土)

まほろば7周年

 8月8日、当まほろばは、開設以来満7年となりました。これも皆さまのおかげと、ありがたく存じております。

 今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

 過去3年分のアクセス数上位の記事は次の通りです。
Maho20170808_20200807
 当ブログの集計結果の発表は年2回行っています。1回は8月8日の開設日で、開設以来の合計です。もう1回は12月31日で、その年1年の集計です。

 ところが、データが過去3年しか遡れません。今までは、前年までの集計に新たな1年分を加算することで、開設以来の数値(近似値)を求めてきたのですが、どうも、集計の数字に信憑性が持てなくなってきました。

 そこで、あやふやな数字を出すよりはと思って、不本意ながら、計算しなくて済む過去3年分の集計としました。2017年8月8日から2020年8月7日までの3年間です。

 相変わらず、ロングセラーが多いです。上位のタイトルは、検索などでヒットして、来てくださる方が多いのでしょう。それが長期にわたった結果と思います。
 上の表の中で、昨年書き込みの記事は6件のみ。今年のものは1件もありません。
 去年や今年書いたものの中のいくつかは、将来的にロングセラーになるかもしれません。期待したいです。

 今後とも、当ブログをご贔屓お引き立てのほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

 そして、毎回最後になって恐縮ですが、今日は三友亭主人さんのお誕生日です。おめでとうございます。1年間お世話になりました。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

2020年8月 7日 (金)

額田王の三輪山惜別歌の作者

 昔、「飛鳥古京を守る会」に入会していたのですが、先年、その会は解散されてしまいました。
 その後継のような形で、新たに「飛鳥を愛する会」という会が発足し、それにも入会しました。

 先日、その機関誌『飛鳥の風たより』が届きました。もう24号です。
Asukanokaze01

 そこに大島信生氏の「額田王、三輪山惜別歌をめぐって」という論考が掲載されていました。
 今年度の総会で講演をなさる予定だったのに、それがコロナ禍で中止になってしまったために、話される予定だった内容の概略をおまとめくださったそうです。

 三輪山惜別歌というのは、有名な以下の三首ですね。

    額田王の近江国に下りし時作る歌、井戸王すなはち和ふる歌
 ・味酒 三輪の山 あをによし 奈良の山の 山の際に い隠るまで 道の隈 い積るまでに
  つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を 情なく 雲の 隠さふべしや(17番歌)
    反歌
 ・三輪山をしかも隠すか雲だにも情あらなも隠さふべしや(18番歌)
   右二首の歌、山上憶良大夫の類聚歌林に曰はく、都を近江国に遷す時に三輪山を御覧す御歌そ。
   日本書紀に曰はく、六年丙寅の春三月辛酉の朔の己卯、都を近江に遷すといへり。
 ・へそがたの林のさきの狭野榛の衣に着くなす目につくわが背(19番歌)
   右一首の歌は、今案ふるに、和ふる歌に似ず。ただし、旧本この次に載す。故以になほここに載す。

 これら三首の歌の作者については、17番、18番が額田王(左注の類聚歌林によれば天智天皇)、19番が井戸王と考えられてきたと思います。
 私もそれ以外のことは全く思いもよりませんでした。

 ところが、大島氏の論考の最後の節にはこうありました。
Asukanokaze02
Asukanokaze03

 関係部分の注。
Asukanokaze04

 4番の注によれば、影山氏の論文の初出は平成二十三年とあります。
 何に掲載されたのだろうと思って調べてみましたら、なんと『万葉集研究』の第32集でした。
 まずいです。こんなメジャーな論集に載っていたのに全く知らなかったなんて。不勉強にも程があります。

 ま、そういう自分の不勉強さを、わざわざ自分から公表しなくても良いようなものですけど。(^_^;

 18番歌は17番歌の反歌となっていますし、内容的にも17番歌の要点の繰り返しになっていますので、普通ならば、17番歌と18番歌の作者は同一と考えるところなのでしょうけれど。

 影山氏の論文を読まねばと思います。

2020年8月 6日 (木)

脳画像

 先週末、寝床で寝返りをうったら、めまいがしました。昼間も何となくフラフラします。
 頭痛も吐き気もしないので、大事ないとは思いましたが、脳だと困ります。
 それで、週明けに脳外科に行ってきました。
 「内耳由来の一時的なものでしょうが、頭の中、見てみます?」と先生から言われました。
 「待ってました」です。(^_^) MRIを撮って貰うと安心です。
 こんなでした。
Nogazo20200803

 きれいだと言われました。♪
 何も問題ないそうです。

 ちょっと傾いでいますね。横になってMRIを撮って貰ったのですが、頭をかしげていたようです。
 実は、12年前にも脳のMRIを撮って貰ったことがありました。
Nogazo20080829

 12年前も、頭を傾げていました。(^_^;
 身に付いたクセなのでしょうね。

 前立腺肥大、椎間板ヘルニア、白内障、など体のあちこちが経年劣化。入れ歯もあります。
 そんな中で、脳はきれいだと言われました。少しくらい良いところがないと。

 薬をいただき、治らないようであれば、耳鼻科を受診してください、と言われました。

 幸い、良くなりました。ほぼ完治です。一過性のものだったようです。

 しかし、世界に脳画像までさらしてしまって。(^_^;

2020年8月 5日 (水)

特別定額給付金に関する案内

 10万円の特別定額給付金、まだ申請していませんでした。
 身分を証明するものと預金通帳をコピーしないといけないので、ま、そのうちと思っていました。
 締切までまだありましたし。

 そうしたら、先日、目黒区役所から「特別定額給付金に関するご案内」という葉書が来ました。
Tokuteikyu
 申請がまだのようですが、お忘れなく、という内容です。
 裏面には、給付金を装った詐欺にご注意ください、という告知も。

 いやぁ、お役所、親切です。
 お忙しいなか、余計な手間と費用を掛けさせることになってしまい、申し訳ないことです。
 間に合うように申請します。

 貰ったお金、経済を活性化させるために、貯金に回さず、なるべく有意義に使おうと思います。

 本を買うとまたモノが増えるしなぁ。(^_^;
 残るモノではなく、飲食や旅行に使えば良いのでしょうけど……。
 金魚に使う?

 金魚といえば、あちこちでお祭りが中止になって、金魚すくい用の金魚が大量に行き場をなくしているとのことです。
 その一方で、ステイホームの影響で、金魚を飼う人は増えているそうです。

2020年8月 4日 (火)

明治21年の『道中宝鑑』

 こういう本を入手しました。旅行案内といいますか、「一新講社」のお薦めの宿のリストです。
M21dochuhokan01

 小さいです。
M21dochuhokan02
 こんなに小さいと、旅行に持って行くのに軽くて便利だったことでしょう。

 刊記。
M21dochuhokan03
 明治21年に長野で刊行されたものです。

 目次。
M21dochuhokan04
 上の方に漢数字が丸で囲んであるのはページ数です。
 全部で11のルートが載っています。

 最初は東海道。
M21dochuhokan05
 今まで当ブログでご披露してきた同種のものは、江戸(東京)から西へ並んでいるのが普通でしたが、これは京都から東京に向かって並んでいます。
 京都は「西京」と書かれています。

 恒例の二川宿。
M21dochuhokan06
 橋本屋と山家屋は今までに買った同種の本にも出てきましたが、西橋本は見なかったように思います。橋本屋の分家でしょうか。
 豊橋にはおなじみの壷屋庄六が載っていて、「いせ神宮へ毎日出舟あり」とあります。伊勢への航路が確立していたのでしょうね。
 豊川に描かれているのは豊川稲荷でしょう。

 東海道のゴールは東京日本橋。中山道への出発点でもあります。
M21dochuhokan07

 中山道には新町宿も当然載っています。知っている場所が載っていると嬉しい。(^_^)
M21dochuhokan08
 新町には「左富岡セイ糸場ミチ」とあります。富岡製糸場、名所扱いなのでしょうか。
 新町の手前には「武蔵上野国境」とあります。もう明治21年ですが、いまだに旧国名が生きています。
 川の渡し賃は、新町の手前が「かんな川 一人五リン」で、先が「からす川 一人四リン」です。
 金額が異なるのは、川幅や深さの差でしょうか。

 奈良は、おなじみのうをや(魚佐旅館)、ますや、いんばんやが並んでいます。
M21dochuhokan09
 うをやの所在地「今御門丁」は、「いまみかど」と思い込んでいましたが、これを見ると「今ゴ門丁」とありますね。「いまごもん」なのでしょうか。

 末尾は新潟です。
M21dochuhokan10
 私が持っている同種の本の中に新潟を載せるものはあまりありませんでしたので、珍しいです。
 「住吉や栄六」の所在地が「古町通五番町」とあります。
 新潟には高校訪問などで何度か行ったことがありますが、あまり土地勘はありません。
 でも、古町という地名には見覚えがあります。地図を見てみたら、古町通五番町は今もありました。
 「○○通り」と「○番町」の組合せで場所を表すのですね。四条烏丸などと同じく縦横の組合せ。
 明治21年の地名が今も続いているのは素敵です。どこなのか、すぐに分かりますし。

 同時代資料は楽しいです。←いつも同じ結論。(^_^)

2020年8月 3日 (月)

ワイシャツ雑感

 先日、クリニックで採血されたときに、針を抜いたらワイシャツに血が飛び散りました。
Y_shirt
 ……という設定は無理すぎますね。(^_^;

 ワイシャツに付いているのは麻婆豆腐です。
 スーパーで麻婆豆腐丼を買ってきて、チンして、食べて、空き容器を流しに持っていったらこうなっていました。
 どこでついたやら分かりません。(^_^;

 ワイシャツといえば、今は形態記憶シャツを着ているので、家で洗って、そのまま外に着て行けます。
 私が勤め始めた昭和60年頃は、まだそういうシャツがなかったか、あまり普及していなかったかで、勤務先に来て行くワイシャツは綿100%のでした。
 これ、家で洗えないんですよね。洗えないわけではないのですが、洗ったままだとしわしわです。自分で糊づけしたり、アイロンを掛けたりはとても面倒です。
 それで、仕事に着て行くワイシャツはクリーニングに出していました。
 家を出るときに着て、帰宅したらすぐに着替えてしまいますので、夏場以外は同じのを2日くらい着ていたかもしれません。
 平成4年に玉村から渋川に越してからも、しばらくはクリーニング屋さんを利用していた憶えがあります。
 やがて、形態記憶シャツを着るようになって、家で洗えるようになりました。

 ググってみたら、形態記憶シャツが普及したのは平成5年頃だそうですので、辻褄は合います。

 形態記憶シャツの普及で、クリーニング屋さんは仕事が減ってしまったことでしょうね。
 あとは、パソコンやデジカメの普及で、写真屋さんの現像・プリントや、印刷屋さんの年賀状や名刺の印刷など。
 何かが変わると、思わぬところに影響が現れたりしますね。

 ワイシャツに付いた麻婆豆腐、繰り返し洗えば段々薄くなるかと思いましたが、あまり変わりません。家で着ることにします。

2020年8月 2日 (日)

『奈良鹿ものがたり』

 このような本を買いました。
Narashika01
 刊行は2018年12月でした。気付くのが遅くて。
 鹿の母子の表紙、良いです。

 写真集かと思ったのですが、そうではなくて、文章がメインです。
 ただ、巻頭の4ページのカラー口絵の他に、モノクロの写真も豊富です。

 目次を切り貼りして載せます。
Narashika02

 奈良鹿のあれこれを知ることができます。
 総ルビではないながら、ルビは多く、小学校中学年以上を対象にしているようです。
 文字は大きく、高齢者にも好適です。(^_^)

 よく読んで勉強します。
 なかなか奈良には行けませんが、せめてこの本で。

2020年8月 1日 (土)

体重、上げ止まり

 6月1日に「外出自粛太り」、7月1日に「つづく外出自粛太り」という記事を載せました。
 去年の夏以来、順調に落ちていた体重が、コロナ禍によるステイホームの影響で、2月以来ぐんぐんと元に戻りつつあるという内容です。

 月が変わって8月1日になりましたので、7月の状況を載せます。
 私の体重など、どなたも関心はないと思いますが。(^_^;
Taiju201906_202007

 あえて数字は消してありますが、縦軸は1マスが1kgです。
 横軸に入れた「6前」「7前」……というのは、「6月前半」「7月前半」……の意です。
 目盛りだけあって文字のないのは各月の後半です。

 7月になって体重の上昇は無事に止まり、やや下がりました。めでたいです。♪
 7月前半に比べて、7月後半は微増なのですが、ま、誤差の範囲内ということで。

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